ファンタジー世界の難事件
ヴァリエの物語は別途、別の小説として書くつもりなので勇者編は別の作品で。
魔女の悠久の物語はまだまだ続きます。
愛息ヴァリエの偉大な旅路を見届け、百年の歳月が流れた後――。
天国にて、アイラとジュリアンは使命を全うしたヴァリエ、そして盟友たちと無事に再会を果たしていた。
世界を救った彼らの輝かしい活躍を心から労い、親として誇らしく抱きしめた後、アイラとジュリアンは再び地上へと下りてきた。
地上では、ヴァリエがかつてのレヴナント子爵家の陞爵を見事に達成し、レヴナント公爵家として立派に飛躍させていたのだ。
我が子の予想以上の成長ぶりは、二人にとって何よりも誇らしく、大変嬉しい誤算であった。
勇者を育てるという大役を終えた二人は、今回は特にこれといった目的も持たず、人間の大陸を気ままに旅することにしたのだ。
現在の彼らの身分はただの平民であり、しがらみのない冒険者である。
「さあジュリアン、美味しいものをたくさん見つけに行きましょう!」
「ああ、君の望むままに、どこへでもお供しよう」
二人は「若き賢者アイラ」と「魔法剣士ジュリアン」として、自由気ままな冒険を楽しむ。
悠久の生を謳歌する魔女アイラの物語は、まだまだ続くのであった。
「若き賢者アイラ」と「魔法剣士ジュリアン」として気ままな冒険の旅に出た二人がまず向かったのは、活気ある商業都市の冒険者ギルドであった。 彼らが面倒な下積み期間をすっ飛ばすことができたのは、昔からこのギルドの裏側で暗躍……いや、働いている魔女、ミラーアリスのコネクションのおかげである。
彼女の手回しにより、二人は最初から冒険者歴十年のベテラン、歴戦の凄腕である白金級冒険者として登録されていた。
「ふふっ、相変わらず手際がいいわね、アリスお姉様」
「これくらい造作もないことよ。……それよりアイラ、ジュリアン。あんたたちにちょうどいい、少し厄介な『指名依頼』があるのだけれど」
ギルドの奥にあるVIP専用の特別室で、妖艶に微笑むミラーアリスから差し出されたのは、一枚の古びた依頼書だった。
それは、ジァンパニア帝国の辺境に位置するハヤーシ村で起きているという、奇妙な殺人事件についての調査依頼である。
「殺人事件……ですか。冒険者ギルドというより、憲兵や騎士団の管轄では?」
ジュリアンが依頼書に視線を落としながら、静かに疑問を呈した。
「それがね、ただの殺人事件じゃないのよ。事件自体は連続して起きているんだけど、犯人は毎回すぐに捕まるの。男女も年齢もバラバラの村人たちがね」
「犯人がすぐに捕まるのに、事件が連続しているということですか?」
「ええ。問題は被害者の方よ」
ミラーアリスは声を潜め、意味深な視線を二人に向けた。
「殺されている被害者たちには、不自然なほど共通点がありすぎるの。……村人たちの間では、『被害者はすべて同一人物なのではないか』という気味の悪い噂まで持ち上がっているわ」
「同一人物が、何度も殺されている……?」
アイラは思わず身震いをした。
悠久の時を生きる最強の魔女とはいえ、正体不明のホラー要素には少しばかり背筋が冷たくなる。
「さらに不気味なことに、殺されたはずの遺体は毎回、忽然と姿を消してしまうそうなの。だから証拠も残らず、憲兵も手の出しようがない状態よ」
「なるほど。死体が消え、同じ人間が何度も殺される……確かに、ただの殺人事件ではなさそうですね」
ジュリアンが顎に手を当て、探求心に満ちた鋭い目を細めた。
世界を裏で操る異常者たちを相手にしていた彼らにとって、謎に包まれたこの不可解な事件は、退屈しのぎの冒険にはうってつけのスパイスと言えた。
「どう、アイラ? 気ままな旅の最初の事件としては、少し刺激的すぎるかしら?」
「ううん、受けて立つわ! 白金級冒険者の初仕事、アリスお姉様のためにもバッチリ解決してみせるんだから!」
かくして、アイラとジュリアンは不可解なホラーの謎が渦巻くジァンパニア帝国のハヤーシ村へと足を踏み入れることとなった。
ジァンパニア帝国の辺境に位置するハヤーシ村に到着したアイラとジュリアンは、さっそく村の宿屋兼食事処に腰を下ろしていた。
素朴だが温かみのある村の郷土料理に舌鼓を打ちながらも、周囲の異様な空気が二人の肌を刺す。 隣の席の村人が「また『あの女』が殺されたらしい」「あんなに無惨に切り刻まれていたのに……」と青い顔でヒソヒソと噂しており、村全体が奇妙な熱気と恐怖に包まれているのが手に取るようにわかった。
二人はミラーアリスから受け取った依頼書の詳細な報告書に目を通す。
「これ、ハヤーシ村だけの事件じゃないのね。ジァンパニア帝国の全土で似たような事件が起きているわ」
「ああ。どうやら一つの町や村で起こる事件は必ず一件だけのようだ。だからこそ、各地を巡回して情報を集約した調査官が来るまで、誰もこの奇妙な連続性に気が付かなかったのだろう」
ジュリアンが食後の紅茶を優雅に傾けながら、冷静に状況を分析する。
被害者の身体的特徴があまりにも酷似しており、どの現場でも遺体が忽然と消え失せている。
「同一人物が何度も殺されて、その度に死体が消えるなんて、普通の人間にできることじゃないわよね。人間ではない未確認生物……あるいは……」
「ああ。昔、お伽話に登場する魔族のような存在を人工的に創り出した者も居たからね。今回も、何者かが『不死身の生物』を生み出し、それが各地を徘徊している可能性はあるな」
アイラたちは、かつて対峙した吸血鬼の外見をしたエクレールのストーカーを脳裏に浮かべた。
「とりあえず、現場を見てみましょうか。村長さんに案内してもらって、遺体が置かれていた死体保管庫を調べてみるわ」
二人は食事を終えると、村の案内で冷やりとした空気が漂う地下の死体保管庫へと足を踏み入れた。
「アイラ、君の魔法で過去の映像を視てみるかい? そうすれば一瞬で真相がわかるが」
「ううん、魔女の能力は封印よ。だって、魔法でいきなり結末のページを開いちゃったら、ミステリーの面白さが台無しじゃない? 私たちは今、しがらみのない『若き冒険者』なんだから。足を使って、頭を悩ませて、地道に真相にたどり着くのが醍醐味なの」
アイラが楽しそうにウインクをすると、ジュリアンも「君がそう言うなら」と優しく微笑み、ランタンの灯りを頼りに物理的な痕跡を探し始めた。 ランタンの灯りが照らし出すのは、薄っすらと埃の積もった冷たい石床に広がる致死量を超える大量の血溜まりと、僅かに隙間を開けた裏口の窓。
二人は培ってきた鋭い観察眼で、暗闇に紛れた微かな違和感を次々と拾い上げていく。 そして、おびただしい血溜まりから外の泥土へと続く痕跡を辿ったジュリアンが、ふと動きを止めた。
「……なるほど。これは驚愕の事実だな」
「どうしたの、ジュリアン? 何か見つけた?」
ジュリアンの視線の先を追ったアイラも、その不可解な痕跡に目を丸くした。 「見てくれ、アイラ。死体保管庫から外へ向かって出て行った足跡だが、どう見ても複数ある。……だが奇妙なことに、足のサイズも歩幅も『完全に一致する三人』が、自力で歩いて出て行った痕跡だ」
「殺された被害者は『一人』の女性のはずよね? なのに、死体保管庫から出て行ったのは三人……?」
アイラは顎に手を当てて考え込んだ。 被害者の遺体が自力で歩き出したのか、それとも何者かが持ち去ったのかは定かではないが、確かなのは、この不自然な事件の現場には最低でも三人の関係者が介入していたということになる。
「謎が深まったわね。こうなると、実際に彼女を殺害したという『加害者』たちから直接話を聞くしかないわ」
「彼らは既に憲兵に捕縛され、一括して皇都へ護送されたと聞いている。皇都の牢獄に行けば、各地で捕まった加害者全員から話が聞けるだろう」
ジュリアンが立ち上がり、外套の埃を軽く払った。
「決まりね! 私たちは事件の依頼を受けた冒険者だから面会ができるはずだわ。さあ、次の目的地へ出発よ!」
「ああ。では行こうか、ジァンパニア帝国の心臓部……皇都トーキへ」
新たな謎と真実を求めて、白金級冒険者アイラとジュリアンの旅は、活気と陰謀が渦巻く巨大な皇都へと舞台を移すのだった。
この後、皇都トーキに到着したアイラたちを待っていたのは、更に奇怪な事実だった。




