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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編23

遂に動き出す影の国家。


とある暗い洞窟の中でのこと。


如何にも怪しげなローブを纏った人影が多数集まっていた。


「計画は順調だ」


「連合を組んで我々に対応しようとする国ができたが、色々勘違いをしてくれている」


「他の幾つかの王国も合流しようとしているが、我々の目的に気づいている者はいまい」


「尤もらしい目的は用意してやったからな」


「よく分からない勢力もいるみたいよね」


「構わないさ、どちらにしろ我々の目的は変わらないのだから」


「でも、この目的は普通に分からないと思うわ。私にも意味不明なんだもの」


「この目的は数百年前の前身である影の国家が共有していた物なんだがね」


「こんな目的で動く我々もどうかしているのさ」


「さて、大陸の王国の方々には楽しんで頂けるかな?」


この不気味な会話を最後に、彼らは闇へと溶けるように洞窟から去っていくのだった。


それから数日後。


ドミニケル王国の王都リアスティエーゼは、間近に迫った国際会議の準備でかつてないほどの熱気に包まれていた。


参加国は、主催国であるドミニケル王国をはじめ、デブリスコスモ王国、神聖ルシエラ教国、トラジスタ王国、ヴェスワー王国の計五か国である。


そして今日、デブリスコスモ王国からの公式使節団が王都へと到着した。


「ああ、私の愛しいアイラ! 君の顔を見られない数日間、私は世界から色彩が失われたような暗闇の中で生きていたよ!」


王宮に設けられた使節団専用の豪華なサロン。


その豪奢な扉が開いた瞬間、ジュリアンは周囲の視線など一切気に留めることなく駆け寄り、完璧な美貌に情熱的な笑みを浮かべてアイラを力強く抱きしめた。


「もう、ジュリアンったら大袈裟ね。でも、私もあなたに会えて嬉しいわ。……デブリスコスモの美味しいお土産、ちゃんと持ってきてくれた?」


アイラが照れ隠しのように尋ねると、ジュリアンは愛おしそうに彼女の銀髪を撫でた。


「もちろんだとも。君の美しい瞳を輝かせるために、王都で一番有名なパティスリーの新作ケーキを空間魔法の鞄に山ほど詰め込んできたよ」


「やったあ! さすが私のジュリアン、話が分かるわ!」


食欲という確かな愛で結ばれた二人が甘い空気を漂わせる傍らでは、もう一組の夫婦が感動の再会を果たしていた。


「お姉様! ……そして、エドワード様!」


「リリア嬢……! ああ、無事に再会できて本当に良かった。君がいない間、私は心配で夜も眠れませんでした」


リリアとエドワードがお互いの手を握り合い、周囲の景色がピンク色に染まるかのような二人だけの甘い世界を作り上げている。


「……相変わらず、どっちも暑苦しいくらいラブラブね。見てるこっちが恥ずかしくなってくるわ」


ソファで優雅に紅茶を飲んでいたエレノワールが、呆れたように肩をすくめた。


「まあまあ、エレノワールお姉様。若い夫婦の仲が良いのは素晴らしいことじゃありませんか。……それにしても、あの子たちのケーキ、すごく美味しそうね」


エクレールが、ジュリアンが取り出した宝石のようなケーキの山を前に目を輝かせている。


「うむ! 再会の喜びは、美味しい甘味と共に分かち合うのが一番じゃ! さあ、遠慮なくいただくとするぞ!」


教皇セレスが一番にフォークを構え、サロンは一気に賑やかなお茶会の会場へと早変わりした。


ひとしきりお土産のケーキを堪能し、甘い再会を済ませた後。


サロンの空気を一変させるように、周囲に厳重な防音と認識阻害の結界が張られた。


集まっているのは、アイラたち魔女一行とジュリアンたち、そしてドミニケル国王セイムダルとアレクセイ王太子の限られた面々である。


「さて、甘い時間はここまでにして、現状の擦り合わせを行おうか」


ジュリアンが冷徹な為政者の顔つきになり、テーブルに広げられた大陸の地図を指し示した。


「リリア嬢とエドワードの調査により、大陸全土で小規模な武器の不自然な輸送が確認されていることは事前に伝えた通りだ。彼らの狙いは、特定の国を落とすことではなく、大陸全土での同時多発テロである可能性が高い」


ジュリアンの言葉に、セイムダル国王が険しい顔で頷いた。


「我が国で尻尾を掴んだバルバトス公爵は、そのための盛大な『囮』というわけだな」


「ええ。ですが、そのバルバトス公爵の動きについて、さらに奇妙なことが分かったのですわ」


アイラが空間収納から取り出した裏帳簿をテーブルに置いた。


「これは公爵の金庫から押収した帳簿ですが、彼が密輸しているのは大量の武器と麻薬です。しかし、奇妙なことに、それらが市場に流れたり、売り捌かれたりしている形跡が全くないのです」


「売り捌いていない……? では、密輸した品はどうしているのだ?」


アレクセイ王太子が眉を顰めると、アイラは帳簿のある一点を指差した。


「すべて、各地の地下に隠された巨大な倉庫に眠らされていますの。まるで、何かの『時が来る』のを待っているかのように」


その指摘に、エドワードがハッとしたように顔を上げた。


「武器と、麻薬……。もしや、それらはセットで使われる予定なのではないでしょうか?」


「どういうことかしら、エドワード様?」


リリアが小首を傾げると、エドワードは真剣な表情で推測を口にした。


「麻薬を使った事件が起きていないということは、利益目的ではないということです。そして、大量の武器。これらを組み合わせれば……例えば、特定の日時に、大量の民衆や下級兵士に麻薬を投与して狂化させ、武器を持たせて一斉に暴動を起こさせる……といったことが可能です」


「……ッ! な、なんという恐ろしいことを!」


セイムダル国王が青ざめて絶句する。


「確かに、国を持たない影の国家が大陸全土を混乱に陥れるには、最も効率的で悪辣な手段ね。……でも、それだけじゃない気がするわ」


アイラが腕を組んで唸った。


「バルバトス公爵が関わっていた奴隷オークションの記録も調べたけれど、違法な仕入れ以外は普通のオークションだったわ。人体実験のスポンサーに供給している様子もなかった。つまり、彼らは単純な暴力や暴動だけを目的としているわけじゃないのよ」


「アイラの言う通りだ。ただ暴動を起こすだけなら、これほど回りくどい組織図を作る必要はない。彼らの根底には、もっと『別の目的』が隠されているはずだ」


ジュリアンが翠緑の瞳を鋭く細める。


「そもそも、彼らの目的は我々のような常識人から見れば『意味不明』なものなのだろう。数百年前の影の国家の前身が共有していたという、狂気に満ちた執念のような何かがね」


「意味不明な目的、ねえ……。まあ、考えても分からないことは、直接本人たちから吐かせるのが一番よ」


エレノワールが妖艶に微笑みながら、扇をパチンと閉じた。


「バルバトス公爵の倉庫の場所は割れているのでしょう? だったら、国際会議が始まる前に、私たちがその倉庫を一つ残らず『お掃除』してしまえばいいのよ」


「ええ、大賛成よ! 私も新しい魔法を試してみたかったところだし!」


エクレールがノリノリで立ち上がり、魔女たちが物騒な笑顔を交わし合う。


「ふふっ、頼もしい限りだ。では、ドミニケル王国周辺の倉庫群の制圧は君たちに任せよう。私とエドワード、そしてセレス教皇は、国際会議の場で他国の要人たちを警戒しつつ、バルバトス公爵がボロを出すのを待つとしよう」


ジュリアンが完璧な采配を下し、反撃の準備は整った。


数日後。


王都リアスティエーゼの王宮にて、ついに国際会議の幕が上がった。


荘厳な大広間には、五か国のトップとそれぞれの重鎮たちが顔を揃え、張り詰めた空気が漂っていた。


トラジスタ王国の厳格な国王、ヴェスワー王国の若き女王など、錚々たる顔ぶれが円卓を囲む。


その中には、神聖ルシエラ教国の教皇として威風堂々と座るセレスの姿もあった。


「これより、大陸の平和と協調を目指す五か国会議を執り行う」


セイムダル国王の重厚な宣言により、歴史的な会議がスタートした。


ジュリアンはデブリスコスモ王国の代表団として、完璧な微笑みを浮かべながら他国の要人たちと舌戦を繰り広げている。


その視線の端では、ドミニケル王国の重鎮として末席に座るバルバトス公爵が、どこか落ち着かない様子で周囲を窺っていた。


(……さあ、踊ってもらおうか。自分たちが盤面を支配していると勘違いしたまま、滑稽なダンスをね)


ジュリアンが心の中で冷酷に笑う。


一方その頃。


国際会議の熱気から遠く離れた、王都郊外の薄暗い地下施設。


バルバトス公爵が管理する、最大の隠し倉庫の前に、アイラたち魔女一行の姿があった。


「さてと。ここが、武器と麻薬がいっぱい詰まった悪い子たちの秘密基地ね」


アイラが楽しそうに黒魔法使いの杖を肩に担ぐ。


「ええ。ミーアの魔導具の反応によると、中にはかなりの数の武装した構成員が潜んでいるようですわ」


リリアが白魔法の光を指先に集めながら、静かに告げる。


「ふふっ、私の混沌魔法の初陣にはピッタリの舞台じゃない。さあ、派手にいかせていただくわよ!」


エクレールが不敵に笑い、両手に黒と白の魔力を同時に展開した。


「あまりやりすぎて証拠を全部消し飛ばさないようにね、可愛い子孫たち。……まあ、私がお手本を見せてあげるわ」


エレノワールが妖艶にウインクを飛ばし、圧倒的な魔力を解放する。


大陸全土を巻き込む陰謀を企てる影の国家に対し、規格外の魔女たちによる理不尽で容赦のない「大掃除」が、今まさに始まろうとしていた。


王都郊外の薄暗い地下施設。


バルバトス公爵が管理する最大の隠し倉庫へと足を踏み入れたアイラたちを待っていたのは、武装した男たちの集団であった。


彼らは盗賊やギャングの下っ端など、いかにも粗暴な普通の犯罪者の類である。


侵入者が女だけの集団であると気づくと、男たちは下卑た視線と言葉を送ってきた。


「なんだ、迷子のお嬢ちゃんたちか? ここはガキの遊び場じゃねえぞ」


「おっと、よく見りゃとびきりの上玉揃いじゃねえか。俺たちがたっぷりと可愛がってやるよ」


下劣な挑発に対して、魔女たちは余裕の笑みを崩さなかった。


「ふふっ、私の混沌魔法の初陣には丁度いい的ね。さあ、派手にいかせていただくわよ!」


エクレールが先陣を切って飛び出し、両手に黒と白の魔力を同時に展開した。


彼女の放った混沌の魔力弾が、先頭にいた男たちを容赦なく吹き飛ばす。


「なっ、なんだこいつら! ただの女じゃねえぞ!」


予想外の反撃を受け、形勢が一気に不利になったと悟った男たちは、慌てて懐から小瓶を取り出した。


彼らは密輸品である麻薬を自らに投与し、一気に狂暴化する。


さらに男たちは、倉庫に隠されていた密輸品の武器を手に取り、獣のような咆哮を上げて襲いかかってきた。


その武器は普通の剣や槍ではなく、禍々しい魔力を帯びた魔剣の類であった。


狂暴化した彼らの動きは、常人の枠を容易く踏み越えていた。


魔剣を振るう腕は残像を残し、踏み込んだ石畳は粉々に砕け散る。


中には血走った目を剥き出しにしながら、不可視の念力で周囲の木箱を宙に浮かせ、砲弾のように放ち始める者まで現れた。


その麻薬による強化は凄まじいものであった。


一般の戦力に照らし合わせても、基本能力ならば各国の騎士団長を超える者が殆どだろうとアイラは推測した。


人間であった頃のジュリアンですら、手も足も出ずに殺される未来視しか見えないほどの異常な強化である。


真の魔法を知る前の、定義だけの魔女だった頃のアイラであれば、一人を相手にするのがやっとだっただろう。


だが、次元を渡る魔女として大覚醒している今のアイラたちにとっては、全く敵ではなかった。


そう考えると、定義上の魔法使いになったばかりで大覚醒を果たしたエクレールの凄さがよく分かる。


アイラの遺伝もあるだろうが、先祖であるエレノワールの覚醒大遺伝の可能性の方が大きいかもしれないと、アイラは身内の才能に感心していた。


「ほらほら、どうしたの! その程度じゃ準備運動にもならないわよ!」


エクレールが高笑いを上げながら、魔剣の一撃を白魔法の盾で防ぎ、即座に黒魔法で反撃する。


「ええ、全く歯応えがありませんわね。白魔法の光よ、彼らを縛りなさい」


リリアが指先から純白の光の鎖を放ち、念力を使おうとした敵を拘束して床に叩きつけた。


「あらあら、少しは楽しませてくれるかと思ったけれど、ただの力任せの獣じゃない」


エレノワールが妖艶に微笑みながら扇を振るうと、見えない不可視の刃が敵の魔剣ごと両断した。


どれほど麻薬で強化されようとも、アイラたちには敵う筈もなく、男たちは圧倒的な力で無慈悲に蹂躙されるのであった。


ものの数分で戦闘は終わり、倉庫内には呻き声を上げて倒れ伏す男たちの姿だけが残された。


「ふぅ、お掃除完了ね。それじゃあ、重要な物証を回収しましょうか」


アイラが指示を出すと、ミーアが魔導具を使って隠された書類関係を素早く探し出す。


関係する書類や裏帳簿を押収したアイラたちは、武器や麻薬に関してはドミニケル王国の騎士団と魔法師団に任せることにした。


これだけ大量の危険物は、国際会議でも大事な物証となるからである。


現場の制圧と書類の解析を終え、アイラは一つの恐ろしい結論に行き着いていた。


今回相手にしたような、魔剣を装備して騎士団長クラスに強化された狂戦士の集団。


分かったことは、これを全国の王国で一度に実行されたら王国が滅びるレベルの物だということだ。


特定の国を落とすのではなく、国境を持たない影の国家による大陸規模の同時多発テロ。


その狂気に満ちた計画の全貌が、いよいよ現実の脅威として迫ってきている。


「さて、裏の証拠は十分に揃ったわ。あとは表舞台で、踊らされているピエロの首根っこを掴むだけね」


アイラが不敵な笑みを浮かべて、押収した書類を空間収納へと仕舞い込んだ。


各国のトップが集う国際会議という大舞台に向けて、魔女たちの反撃の準備は完全に整ったのであった。


王都リアスティエーゼの王宮にて、五か国が参加する国際会議は白熱した議論が交わされていた。


円卓には各国のトップたちが座り、デブリスコスモ王国代表団のジュリアンが持ち前の有能さで会議をリードしている。


その末席に座るドミニケル王国の重鎮、バルバトス公爵は、どこか余裕の笑みを浮かべて周囲の様子を窺っていた。


自分だけが影の国家と繋がり、この盤面を裏から支配しているのだという優越感に浸っていたのだろう。


しかし、その滑稽な余裕は、大広間の重厚な扉が勢いよく開け放たれた瞬間に崩れ去ることになる。


「お話し中のところごめんなさいね。ちょっとした『忘れ物』を届けに来たの」


アイラが不敵な笑みを浮かべて、エクレールやリリアたちと共に堂々と会議場へと足を踏み入れた。


彼女の背後では、セレス教皇も面白そうに口角を上げている。


「な、なんだ貴様らは! 神聖な国際会議の場に無断で立ち入るとは!」


バルバトス公爵が立ち上がって怒鳴り声を上げたが、アイラは全く意に介さず、空間収納から取り出した書類の束をテーブルの中央に放り投げた。


「バルバトス公爵、あなたの悪巧みもここまでよ。……王都郊外にあるあなたの隠し倉庫は、私たちが綺麗にお掃除しておいたわ」


その言葉を聞いた瞬間、バルバトス公爵の顔から一気に血の気が引いた。


テーブルに散らばったのは、麻薬や武器の密輸ルートが記された裏帳簿と、彼自身の署名が入った密約書である。


「叔父上……! まさか、本当に国を売るような真似を企てていたとは!」


アレクセイ王太子が黒曜石の瞳に激しい怒りを宿して立ち上がった。


セイムダル国王もまた、苦渋に満ちた表情で近衛騎士たちに捕縛の合図を送る。


「言い逃れはできんぞ、バルバトス。貴様には国家反逆罪の容疑がかかっている。直ちに捕縛せよ!」


国王の命令により、屈強な騎士たちが青ざめたバルバトス公爵を取り押さえた。


国際会議の場は、証拠を手に入れたアイラたちが登場したことで、瞬く間にバルバトス公爵への断罪の場へと変わっていった。


バルバトス公爵は、旧ダイダロス王国の血を引く王族である。


これだけ大掛かりな密輸と陰謀に関与していたのだから、さぞやドミニケル王家への恨みや、王位奪還を目論む壮大な野望があるのだろうと誰もが思っていた。


事の重大さを正確に把握するため、アイラは彼の頭に手を触れて直接記憶を読み取る魔法を使用した。


しかし、アイラの脳内に流れ込んできた記憶は、あまりにも予想外で拍子抜けするものだった。


「……えっと。あなた、王位奪還とか、そういう野望は全くなかったのね?」


アイラが呆れたような声で尋ねると、床に押さえつけられた公爵は情けなく首を振った。


「そ、そうだ! 私はただ、『絶対安全で高報酬な仕事がある』と言われたから、空いている地下倉庫の鍵を渡しただけで……っ! リスクなんてないと、そう聞いたんだ!」


「麻薬の効果や、あの大量の魔剣の使い道も知らなかったの?」


「何も聞かされていない! 私はただ、誰も使っていない地下倉庫を『保管する場所』として提供しただけだ!」


彼の記憶に嘘はなく、本当にただ場所を貸しただけで、倉庫の警備をしていた悪人たちも全て組織の構成員が用意した人員だった。


確かに、事前の公爵への尋問と屋敷の捜索で見つかった証拠はそれだけだったのだ。


少し気になったので記憶まで覗き見たアイラだったが、彼は本当に、組織の末端ですらないただの『場所貸し』に過ぎなかったのである。


アイラの脳裏には、前世の記憶にある『闇バイト』という言葉が鮮明に浮かんでいた。


「信じられないくらい小物ね……。という事は、他の国でも知らない間に『場所だけ』という名目で土地や倉庫を提供させられている地主などがいるのではないかしら?」


アイラが推測を口にすると、ジュリアンやエドワードも険しい表情で頷いた。


影の国家は、トカゲの尻尾切りが容易になるよう、何も知らない一般人や欲に目が眩んだだけの小悪党を巧妙に利用しているのだ。


全国で麻薬と魔剣を使った同時多発テロが起きれば、どうなるか。


ただ単に世界を混乱に落とすだけではないかと、アイラは思考を巡らせる。


薬の効力からすれば、あの異常な強化状態が持って二、三時間程度だろう。


しかし、一般の騎士団長クラスを凌駕する狂戦士が各地で暴れ回れば、王国に致命的なダメージを与えるには十分すぎる時間だ。


その間に、王族を皆殺しにするという任務だけで動かれたら、本当に目も当てられない惨状になる。


もの凄く悪質で、極めて迷惑なテロである。


大覚醒を果たしたアイラたち魔女からすれば、どれだけ強化されようが赤子の手をひねるようなもので、その程度の脅威でしかない。


だが、実際に地上で暮らす普通の人々や騎士たちにとっては、文字通り国を揺るがす大事である。


美味しいご飯を心置きなく楽しむためにも、そしてレヴナント子爵家の復権を確実なものとするためにも、どうしても防ぐ必要があるのだ。


アイラたちの推測と倉庫での戦闘報告を聞き、国際会議に参加した五か国のトップたちは青ざめながらも、強固な連携と防衛体制を敷くことで固く決意を交わした。


各国の騎士団と魔法師団が最高警戒態勢に移行し、いつどこで起こるとも知れない大規模テロに備えてピリピリとした空気が大陸全土を包み込んだ。


しかし、そんな国際会議に参加した五か国の決意や緊張も空しく、何事も無く平穏な日々は過ぎていくのであった。


王都の街並みはいつも通りに賑わい、不審な暴動の報告も一切上がってこない。


静かすぎる、実に静かすぎるのだ。


「おかしいわね……。もしかして、アイラたちの推理は間違っているのかしら?」


王宮のテラスで優雅に紅茶を飲みながら、エクレールが不思議そうに小首を傾げる。


アイラもまた、美味しいフルーツタルトを頬張りながら、眼下に広がる平和な王都の景色を見つめていた。


嵐の前の静けさなのか、それとも全く別の目的が隠されているのか、不気味な空白の時間がただ過ぎていくのであった。


静かに時が過ぎる中、ドミニケル王国で開催された国際会議は無事に幕を閉じた。


各国の連携による徹底した捜査網が敷かれ、王国の各地で密輸品の押収と、組織に場所を貸していただけの小物たちの逮捕が速やかに完了したのである。


恐れられていた影の国家による同時多発テロは、結局のところ起きなかった。


アイラたちはデブリスコスモ王国へと帰還し、王宮の執務室で集まっていた。


「密輸ルートの末端は完全に潰せましたが、どうにも不気味なほどにあっさりと片付きすぎましたね」


山積みになった報告書に目を通しながら、エドワードが真剣な表情で呟いた。


「あぁ、私も同感だ。影の国家がこれほどの規模で物資を動かしておきながら、何のアクションも起こさないのは不自然すぎる」


ジュリアンもまた、有能な為政者の顔つきで眉間を揉み解していた。


「何か、決定的な事態を見落としているのではないかしら?」


アイラが用意された絶品のショートケーキにフォークを突き刺したまま、小首を傾げる。


その疑問への回答は、最悪の形で直に出ることとなった。


突触として、けたたましい警報の魔導具が王宮内に鳴り響いたのである。


「報告します! 王都郊外の押収品保管庫から、突如として巨大な異形の魔物が発生しました!」


血相を変えて飛び込んできた近衛兵の言葉に、その場にいた全員の顔色が変わった。


彼らが急いで現場へと駆けつけると、そこには保管庫を突き破って現れた、複数の腕と禍々しい角を持つ巨大な魔物が暴れ狂っていた。


「なるほど、武器と麻薬を人間ではなく『空間』に密集させることで、魔物を錬成する仕掛けだったのですね」


リリアが白魔法の光を両手に集めながら、冷静に事態を分析する。


「君の背中は私が絶対に守るからね、リリア嬢!」


エドワードが魔剣を構えてリリアの前に立ち、迫り来る魔物の触手を鮮やかに切り伏せた。


「まったく、美味しいケーキを食べる時間を邪魔するなんて万死に値するわ! ジュリアン、お肉を焼く前の準備運動よ!」


「君の胃袋は一生私が面倒を見るさ。さあ、派手に片付けてしまおうか」


アイラの放った極大の黒魔法の炎と、ジュリアンの鋭い剣撃が交差して魔物の巨体を容赦なく吹き飛ばした。


一方その頃、ドミニケル王国の王都リアスティエーゼでも全く同じ事態が発生していた。


「くっ、この魔物、いくら斬っても再生してきやがる!」


アレクセイ王太子が黒曜石の瞳を鋭く光らせながら魔法剣を振るうが、魔物の分厚い皮膚に阻まれて決定打を与えられずにいた。


周囲を見渡せば、精鋭であるはずの騎士たちが次々と魔物の触手に薙ぎ払われ、血を流して倒れている。


彼らの顔には抗いようのない絶望が浮かび、王都の防衛線は今にも決壊しようとしていた。


もしここに彼女たちがいなければ、間違いなくこの国は今日、この恐るべき化け物によって滅亡していただろう。


「もう、アレクセイったらだらしないわね! こういう時は混沌魔法で一気に消し飛ばすのよ!」


「ええ、大人の女の魅力と同じで、魔法も押し引きのバランスが大事なのよ」


エクレールとエレノワールが高笑いを上げながら、黒と白の魔力、そして古代の魔法を同時に放ち、巨大な魔物を瞬く間に塵へと変えてしまったのである。


後にミーアが開発した通信魔導具で情報交換が行われ、大陸全土の王国で同時に魔物が発生したことが確認された。


各王国は騎士団と魔法師団を総動員して必死に抵抗し、何とか魔物を撃退することに成功したという報告が上がってくる。


だが実態は、人間の力で倒したというより、暴れ狂う魔物が突如として自壊したおかげで命拾いした、という方が正しいだろう。


エレノワールとエクレールがいたドミニケル王国と、アイラたちがいたデブリスコスモ王国が被害を最小限に抑えて魔物を打倒できたのは、ただ単に規格外の魔女たちが直接支援したからに過ぎない。


事態が収束した後、アイラたちは魔物の残骸と保管庫の調査を行った。


「魔物を調査した結果、やはり押収して一箇所に集められた麻薬と魔剣が共鳴して発生した魔物だという結論に至りましたわ」


リリアが調査結果をまとめると、アイラは難しい顔をして腕を組んだ。


物質を掛け合わせて無から魔物を生み出すなど、どんな技術で発生させたのかは全くの謎であり、この報告を受けた人間側の各国の首脳陣は一様に戦慄していた。


「この悍ましい魔力の気配、間違いないわね。……エマ、ちょっといいかしら?」


アイラが声をかけると、控え室の影からメイド服姿のエマが進み出てきた。


「お嬢様、特別手当のお時間ですね。それでは、少々お待ちを……」


エマが目を閉じると、その雰囲気が厳格で威厳のあるものへとガラリと変わった。


「ふぁぁ……。今度はなんだ? 王都に着いたばかりだというのに、もう厄介事か?」


エマの体を借りて表に出てきた天使シュシュエルが、大きな欠伸をしながら周囲を見渡した。


「シュシュエル、この魔物の残骸を見てちょうだい。これは悪魔の仕業よね?」


アイラが尋ねると、シュシュエルは残骸に触れて顔を顰めた。


「アイラたちの見解通り、悪魔がらみと言えるが、地獄の門を開放するような大規模なものではないな。知識だけを授けられた人間の仕業という結論に至るだろう」


「どういうことだ? 悪魔が直接手を下していないと言うのか?」


ジュリアンが鋭い視線を向けると、シュシュエルは面倒くさそうに首を振った。


「これは、地獄の門の開放を目的にしない古い伝統なのだ。人間と悪魔が契約すると、死後の魂が悪魔に譲渡される仕組みになっている」


シュシュエルの説明によれば、人間の魂をたくさん集めると地獄の上層部から褒められるため、中級以下の悪魔が人間と契約するために日夜営業活動をしているのだという。


「集められた魂は、基本的に悪魔のおもちゃにされるか、力の回復に使われるだけだ。別に悪魔自身が強くなるわけではないので、我々天使もそこまで気にはしていない」


「そんな下らない理由のために、人間は悪魔に魂を売るのね……」


アイラが呆れたように呟くと、シュシュエルはさらに言葉を続けた。


「問題なのは、その契約した人間が異常者だった場合だ。得た知識を使って、面白半分で世界を混沌に落とそうとか考える輩もいるからな」


その言葉を聞いた瞬間、執務室にいた全員の間に冷たい空気が流れた。


これほど大規模な密輸組織を作り上げ、大陸全土に魔物を発生させるという手の込んだテロを実行した影の国家。


彼らの目的が、支配や利益などではなく、ただの暇潰しや狂気によるものだとしたら。


「まさか、現在の影の国家と呼んでいる組織は、この愉快犯たちではないだろうか?」


アイラがその恐ろしい推測を口にすると、ジュリアンもエドワードも険しい表情で黙り込んだ。


もしそうであれば、彼らには交渉の余地も、論理的な妥協点も存在しないということになる。


ただ世界が燃えるのを笑って見ているだけの、純粋な狂気の集団。


アイラたちは、底知れぬ悪意の深さを想像し、思わずゾッとするのであった。


影の国家という組織の正体が、ただ世界が燃えるのを見て楽しむだけの純粋な愉快犯かもしれない。


その底知れぬ悪意の深さを想像し、アイラたちは執務室の中で思わずゾッとした。


重苦しい沈黙が部屋を満たす中、アイラは冷めてしまった紅茶を一口飲んで小さく息を吐いた。


「それにしても、一つ気になっていることがあるのだけれど」


アイラが用意されていた山盛りのクッキーに手を伸ばしながら、ふと疑問を口にする。


「影の国家みたいな、ただ世界が滅びるのを見て楽しむ異常者が昔から存在していたとしたら、人間側はどうやって対応していたのかしら?」


その言葉に、同席していたジュリアンやエドワードも険しい顔で考え込んだ。


「確かに、アイラの言う通りだ。悪魔の知識を与えられた異常者たちが歴史の裏で暗躍していたのなら、人間界がとっくに滅びていてもおかしくはない」


「世界が滅びていない以上、過去にも誰かが彼らの目論見を阻止していた筈です」


ジュリアンとエドワードの推測に、エレノワールが優雅に紅茶のカップを置いた。


「人間側の歴史書には残っていないでしょうね。……エマ、ちょっと聞いてみましょうか」


エレノワールが声をかけると、部屋の隅で控えていたメイドのエマが静かに目を閉じた。


「ふぁぁ……。相変わらず、お前たちは厄介な疑問ばかり抱くのだな」


エマの体を借りて表に出てきた天使シュシュエルが、大きな欠伸をしながら渋々といった様子で口を開いた。


「天界の記録によれば、今から三千年ほど昔の話になるが、神聖ルシエラ教国には『神の代行者』と呼ばれる異端審問官たちが存在していたのだ」


シュシュエルの説明によると、彼らは悪魔の契約者を討滅するためだけに訓練された、強力な神聖魔法の使い手たちだったという。


「彼らが歴史の裏で悪魔の契約者を狩り続けていたからこそ、世界の均衡は保たれていたのだ」


「むむっ、そのような便利な武闘派集団、今の教国にはおらんぞ!」


遊びに来ていたセレス教皇が、クッキーの粉を撒き散らしながら声を上げた。


「ええ、現在の神聖ルシエラ教国の人間には、それだけの戦力は残っていないわ。平和ボケした代償ね」


エレノワールが肩をすくめると、執務室に再び重苦しい空気が漂った。


「このままだと、人間の大陸だけが滅びてしまうかもしれないわね……」


アイラが深刻な顔をして呟くと、リリアも不安そうにエドワードの袖を掴んだ。


アイラたち魔女にとって、人間の大陸が滅びることは自身の生存に直結するわけではないが、それは同時に重大な損失を意味していた。


「そんなことになったら、美味しいお肉も、新作のケーキも食べられなくなってしまうわ! この地上は私たちの最高の遊び場なのに!」


食欲という最大の動機を前に、アイラは絶対に大陸の滅亡を防ぐと固く決意したのである。


「とはいえ、私たちだけで大陸全土に潜む狂信者たちを全て探し出して潰すのは骨が折れるわね。……ここは一つ、魔女世界のお姉様たちに意見を出してもらいましょうか」


エレノワールの提案により、アイラたちは魔女世界へと一時帰還することになった。


「君の行く場所が私の居場所だと言いたいところだが、今回は人間界側の事後処理がある。留守は任せておきたまえ」


ジュリアンが有能な微笑みを浮かべて見送り、アイラ、リリア、エレノワール、そしてエクレールの四人が次元の壁を越えることになった。


「まあっ! これが魔女世界……なんて澄み切った魔力に満ちた空間なのかしら!」


一番新しい魔女として初めて魔女世界に降り立ったエクレールは、目の前に広がる幻想的な光景に少女のように目を輝かせていた。


彼女らが向かったのは、魔女世界の中心部に位置する荘厳な白亜の神殿であった。


そこには、魔女世界のご意見番である「マザーシックス」と呼ばれる六人の偉大なる魔女たちが集っていた。


マーリン、ルサールカ、エマニエル、フルフル、オフィーリア、ローリエと名乗る彼女らは、人間に嫌気がさして次元を渡った後輩魔女たちとは一線を画す存在である。


彼女たちは、魔女が平穏に暮らす世界を創造するために、この異次元空間そのものを創り上げた「偉大なる魔女の母」という立ち位置であった。


「よく来たわね、愛しき娘たち。地上の遊び場が随分と騒がしいようね」


マザーシックスを代表して、星屑を散りばめたようなローブを纏うマーリンが、慈愛に満ちた微笑みを浮かべてアイラたちを迎え入れた。


アイラたちが影の国家の愉快犯たちによる大陸滅亡の危機について説明し、どう対応すべきか意見を求めると、マーリンの回答は驚くほど単純なものであった。


「私たち魔女が、人間のいざこざに直接手出しをするのは無粋というものよ。影から大陸の人間が全滅するのを防ぐ程度に留めておきなさい」


「ですが、マーリン様。それだけでは、美味しいご飯を作ってくれる料理人たちまで死んでしまうかもしれませんわ!」


アイラが食い下がると、マーリンは楽しそうにクスクスと笑い声を上げた。


「だから、良い機会だし昔の『遊び』を教えてあげるわ。……『勇者計画』という遊びよ」


「勇者計画……ですか?」


リリアが不思議そうに首を傾げると、隣にいた水の魔女ルサールカが引き継ぐように説明を始めた。


「ええ。素質のある人間の子供を見つけ出し、育て上げ、世界の危機に対応させるのよ。私たち魔女は、あくまでその勇者の助言役や助力者として行動し、子供に世界を救わせるというわけ」


「直接戦うよりも、手駒を育てて盤面をひっくり返す方が、神々の遊戯みたいで面白いでしょ?」


風の魔女フルフルも、悪戯っぽい笑みを浮かべて同意した。


「昔はよく、悪魔相手に天使も巻き込んで、どちらの陣営が育てた勇者が勝つか賭けたりして遊んだものよ。シュシュエルあたりは、そのせいで胃に穴を開けていたかもしれないけれどね」


マーリンが昔を懐かしむように語る思い出話に、アイラはエマの中にいる苦労性の天使の顔を思い浮かべて密かに同情した。


「なるほど……私たちが直接暴れるのではなく、勇者を育てて戦わせるのね。それなら、美味しいご飯を食べながら高みの見物ができるわ!」


アイラの思考は、あっという間に勇者計画のメリットを食欲に結びつけていた。


「ふふっ、なんだか面白そうじゃない! 私も魔女としての初めてのお弟子さんを育ててみたいわ!」


エクレールもまた、新しい遊びを提案された子供のように大喜びで賛同する。


「そういうことなら、人間界に戻ってさっそく『勇者の原石』探しを始めないといけないわね」


エレノワールが妖艶に微笑みながら、今後の壮大な悪ふざけ……もとい、救世の計画に向けて意気込んだ。


偉大なる魔女の母たちからお墨付きと昔の遊びを教わったアイラたちは、大陸の危機を救うための全く新しいアプローチを胸に、意気揚々と人間界への帰途につくのであった。


次元の壁を越え、澄み切った魔力に満ちた魔女世界から人間界へと帰還したアイラたちは、デブリスコスモ王国のレヴナント子爵邸へと降り立った。


「おかえり、私の愛しいアイラ。魔女世界の居心地はどうだったかな?」


留守を任されていたジュリアンが、完璧な美貌に優雅な笑みを浮かべて出迎える。


「ええ、とても有意義な時間だったわ。……それで、美味しいケーキは用意してあるかしら?」


アイラが帰還の挨拶よりも先に食欲を満たそうとすると、ジュリアンは苦笑しながら子爵邸のサロンのテーブルに用意された色とりどりのスイーツを示した。


「もちろん用意してあるとも。君の胃袋を満たすことが、私の最優先事項だからね」


「お姉様、エドワード様! ただいま戻りましたわ!」


リリアもまた、エドワードの胸の中に飛び込んで感動の再会を果たし、部屋の隅で早くも二人だけの甘いピンク色の空間を作り出していた。


「……相変わらず、どっちも暑苦しいわね。さっさと報告を済ませてお茶にしましょう」


エレノワールが呆れたように肩をすくめ、用意されていたソファに優雅に腰を下ろした。


全員が席に着き、アイラはお茶会の準備を進めながら、マザーシックスから教わった「勇者計画」についてジュリアンたちに説明を始めた。


「なるほど……我々が直接手を下すのではなく、素質のある人間の子供を『勇者』として育て上げ、世界を救わせるというわけか」


ジュリアンが紅茶のカップを手に取り、感心したように翠緑の瞳を細めた。


「為政者の視点から見ても、非常に理にかなった手法だ。強力な個人が全てを解決してしまえば、人間の大陸は魔女に依存することになり、自浄作用を失ってしまうからね」


「そうそう、ジュリアンの言う通りよ。昔、人間に頼られすぎて何もかも解決してあげたら、人間自身が考えることをやめてしまって、すっごく面倒なことになったのよね」


アイラが過去の魔女たちの失敗談を思い出すように、軽く同意の声を上げた。


「ええ、あの時は本当に世話が焼けたわ。だからこそ、私たちが直接駆け回るよりも、手駒を動かして高みの見物をしながら美味しいご飯を食べる方が楽しいし、人間たちのためにもなるのよ!」


アイラが新作のフルーツタルトを頬張りながら、身も蓋もない本音を口にする。


「ええ、私も同感だわ! 早く私のお弟子さんになる『勇者の原石』を見つけに行きましょうよ!」


エクレールもまた、新しい遊びのおもちゃを欲しがる子供のように目を輝かせていた。


「とはいえ、そう簡単に世界を救えるほどの素質を持った人間の子供が見つかるものでしょうか?」


「あるいは……自分たちで直接子供を産んで育てるか、ね」


エレノワールが妖艶な笑みを浮かべて爆弾発言を投下した。


「子供……! アイラ、それだ! 私と君の愛の結晶こそが、最強の勇者となるに違いない!」


ジュリアンが立ち上がり、アイラの手を情熱的に握りしめた。


「ええ、そうね。ジュリアンとの子供を産んで勇者に育てるのも悪くないわ」


「お姉様! それなら、私とエドワード様の子供も立派な勇者に育て上げますわ!」


「ああ、リリア嬢……! 私たちの子供が勇者……なんて素晴らしい響きだろうか!」


ジュリアンとエドワードの二人の王子は、愛する伴侶からの提案に歓喜し、サロンの温度が一気に急上昇した。


「あらあら、若いっていいわね。私もどこかで適当な男でもひっかけてこようかしら」


エレノワールが扇で口元を隠しながら楽しそうに笑うが、すぐに面倒になったのか肩をすくめた。


「でも、後腐れがあるのは面倒だから、やっぱり私はパスね。エクレールはどうするの?」


「私にはそもそも相手がいないわ! だから、自分で産むのは断念して、外で面白そうな人間の弟子を現地調達してくることにする! 私の魔法の的にしても壊れないくらい、とびきり頑丈な子を見つけてみせるわ!」


エクレールが少し悔しそうにしながらも、前向きに宣言した。


「方針は決まったわね。それじゃあ、勇者の育成をサポートしてもらうために、天使陣営にも協力を要請しましょう。……エマ、ちょっといいかしら?」


アイラが声をかけると、控え室から有能なメイドのエマが静かに姿を現した。


「奥様、特別手当のお時間ですね。それでは、少々お待ちを……」


エマが目を閉じ、次に目を開けた時には、その雰囲気は厳格で威厳のあるものへと変わっていた。


「ふぁぁ……。今度はなんだ? 悪魔の仕業について解説してやったばかりではないか」


エマの体を借りて表に出てきた天使シュシュエルが、大きな欠伸をしながら面倒くさそうに口を開く。


「シュシュエル、『魔女世界』はこの件に対して『勇者計画』を発動するわ。天使陣営も参加するか聞いて来て」


アイラの唐突な提案に、シュシュエルは呆れたようにため息をついた。


「……は? 勇者計画だと? また懐かしく面倒な……いや、今の私なら現場を駆け回る下っ端ではなく、安全圏から勇者を選定する側で済むか。良かろう……そこまで言うなら、協力してやろう。天使陣営から『光の種』を与えることで、勇者候補たちに神聖魔力を宿らせることができる。それが天界の『勇者』になる」


過去の激務を思い出し嫌な顔になったが、現在の立場では楽に参加できると考え直し、自らも参加を表明した。


シュシュエルは一度天界に行ってくると言い残し、去っていった。


「よし、これで役者は揃ったわね。ジュリアン、美味しいご飯をたくさん食べて、元気な子供を作りましょう!」


「ああ、君の望むがままだよ、私の愛しいアイラ」


影の国家による大陸滅亡の危機が迫る中。


美味しいご飯と高みの見物を目的とした魔女たちによる、前代未聞の「勇者生産および現地調達計画」が、今ここに幕を開けたのである。


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