魔女編22
ルシエラ教国全土を巻き込んだ「聖なる巡礼ツアー(という名の暴食とお掃除の旅)」を大成功に収めたアイラたちは、豪華な魔法馬車に揺られ、次なる目的地である『ドミニケル王国』の王都リアスティエーゼへと到着した。
今回の訪問は、デブリスコスモ王国の「レヴナント子爵夫人」としてのアイラ、そして神聖ルシエラ教国の「教皇」であるセレスという、二カ国の代表による公式な入国であった。
王宮の壮麗な謁見の間に通されると、そこには威厳あるセイムダル国王とシスティーナ王妃、有能なアレクセイ王太子、そしてアイラと瓜二つの容姿を持つ若々しい大太后、エクレールが待ち受けていた。
「おお、アイラ殿! 先日我が国の危機を救ってくれたばかりか、今回は二カ国の代表として来られるとは。よくぞお越しくださった!」
セイムダル国王が相好を崩して歓迎すると、エクレールも目を輝かせて駆け寄ってきた。
「アイラ! また会えて嬉しいわ! 今日はどんな面白いお話を聞かせてくれるの?」
エクレールの相変わらずノリの良い歓迎を受けつつ、アイラとセレスは完璧な礼を執った。
「本日は公式な訪問として参りましたの。……実は、近日開催される国際会議に向けて、ドミニケル王国に潜伏している『影の国家』の残党についてお伝えしなければならないことがありまして」
アイラは、教国での調査結果と、影の国家の残党がドミニケル王国の元王族を抱き込み、麻薬密輸の受け入れ先としている可能性が高いことを説明した。
「なんと……。我が国の旧王族の中に、そのような裏切り者が……」
アレクセイ王太子が黒曜石の瞳を険しくする中、アイラはニヤリと不敵に笑った。
「ご安心ください。誰が裏切り者かを一人一人探り出す必要はありませんわ。悪魔の知識に染まった悪党どもを、一網打尽に炙り出して無力化する最高の方法がありますの」
アイラの合図で、セレスがコホンと咳払いをして教皇の威厳ある顔を作った。
「我が教国に伝わる神聖な儀式、『聖書朗読』じゃ。これを悪魔の知識に染まった者たちが聞けば、その身は灰となって浄化される」
そのあまりにも物騒で物理的な説明に、セイムダル国王とエクレールは顔を見合わせた。
「は、灰になる……ですか? それはまた、ずいぶんと強力な……」
「一般の民にはただの有難いお説教にしか聞こえませんので、ご安心を。……言葉で説明するよりも、実際に見ていただいた方が早いでしょう」
アイラが提案し、彼らは効果を実証するため、王都の一角にある、事前に目を付けていた怪しい歓楽街へと向かうことになった。
王都リアスティエーゼの裏通り。
一般市民を遠ざけ、王宮の近衛騎士たちが周囲を固める中、セレスは分厚い聖書を開いた。
標的は、ダイダロス王国時代の元王族が裏で出資していると目される、怪しい商会の建物である。
今回は教国の時のような巨大スピーカーは使わず、セレスの地声による局地的な浄化である。
「それでは、いくぞ。……『光あれ。さすれば闇は払われ、穢れし地は浄化の炎によって清められん』!」
セレスの朗々とした声が、神聖魔力を伴って裏通りに響き渡った。
アイラたちや騎士たちには、ただの綺麗な声にしか聞こえない。
しかし、次の瞬間だった。
商会の建物の中から、「ぎゃあああっ!」という絶叫が上がり、窓や扉の隙間からチリチリと音を立てて灰色の煙が吹き出し始めたのだ。
「な、なんと……!?」
セイムダル国王が驚愕に目を見開く中、数十人の影の国家の関係者たちが、建物の中で文字通り灰と化していった。
わずか数分で朗読が終わると、残ったのは無人の建物と、サラサラと風に舞う灰だけだった。
「……ご覧の通りですわ」
アイラが微笑むと、セイムダル国王はゴクリと唾を飲み込み、深く頷いた。
「……恐ろしいまでの効果だ。これなら、罪のない民や騎士たちを危険に晒すことなく、確実に悪党のみを排除できる」
事態を重く見たセイムダルは、アイラとセレスに向かって深々と頭を下げた。
「我が国の平和のため、ドミニケル王国全土での聖書朗読巡礼を許可しよう。……ただし、一つだけ条件がある」
「条件、ですか?」
アイラが小首を傾げると、セイムダルは隣で目を輝かせている母、エクレールを指差した。
「母上を、この巡礼の旅に同行させてやってほしいのだ」
「えっ、エクレール様を?」
「母上は先祖から受け継いだ膨大な魔力を持っているが、その制御が苦手でな。城にいると、暇を持て余して時折壁や家具を吹き飛ばしてしまうのだ。……貴女方のような優秀な魔法の使い手であれば、旅をしながら母上に魔力の制御を教えていただけるのではないかと思ってな」
要するに、「強すぎる力を持て余している母の面倒を見てほしい」という、息子からの切実な願いであった。
「あら、私は大歓迎よ! アイラたちと一緒に旅ができるなんて、すっごく楽しそうじゃない!」
エクレールがノリノリで賛同すると、アイラも悪戯っぽく笑って頷いた。
「ええ、構いませんわ。可愛い親戚のお願いですもの。……それに今回は、魔法の真髄を教えるのにピッタリな先生も連れてきていますし」
アイラは、背後で優雅に扇で口元を隠しているエレノワールを振り返った。
「ご紹介するわ。私の知り合いの魔女、エレノワールよ。こっちは魔導具技師のミーア」
エクレールは、紹介されたエレノワールの顔をまじまじと見つめた。
アイラやリリア、そして自分自身にもどこか面影が重なるその絶世の美貌を見て、エクレールはポンと手を打った。
「まあ、お美しい方! アイラたちとも似ているから、きっと同じご先祖様をルーツに持つ魔法使いの方なのね! よろしくお願いするわね、エレノワール!」
エクレールが人懐っこく手を差し出すと、エレノワールは妖艶な笑みを浮かべてその手を取った。
「ええ、よろしくね、可愛いエクレール。ふふっ、本当に見事な魔力の素質だわ。私、あなたみたいに元気で面白い子は大好きよ?」
エレノワールがお茶目にパチンとウインクを飛ばして微笑むと、エクレールも嬉しそうに笑い返した。
こうして、エクレールを加えた一行は、ドミニケル王国の平和を守るための、少し物騒で賑やかな聖書朗読の旅へと出発することになった。
王国全土を巡る旅は、思いのほか快適で美味しいものだった。
一行は豪華な大型馬車に揺られながら、行く先々の街で名物の海鮮料理や山の幸を食べ歩き、裏社会の拠点を見つけてはセレスが朗読で灰にする、という教国時代からのルーティンを順調にこなしていた。
「エクレール、まずはあなたの得意な黒魔法からよ。基本は『破壊』ではなく『収束』。魔力を指先に集めて、圧縮するイメージを……」
「こうかしら? ……えいっ!」
ドカーンと、街道沿いの野営地で轟音が響き、エクレールの放った漆黒の魔力の塊が的の岩を粉々に吹き飛ばした。
「……うーん、威力は申し分ないのだけれど、少し大雑把すぎるわね。もっと繊細に魔力を編み上げないと」
アイラが苦笑しながら指導をする。
エクレールの魔力は、かつてのアイラの一番弟子、リアスティエーゼの血を引いているだけあって規格外だった。
しかし、それを操る技術が全く追いついていない状態だったのだ。
そんな修行の様子を、野営の火のそばで肉の串焼きを頬張りながら見ていたセレスが、ふと真面目な顔になってアイラに耳打ちをした。
「……なあ、アイラ。あのエクレールという娘、ただの人間ではないな」
「どういうこと? 魔力が多すぎるって話なら、今さらだけど」
「いや、私たち天使には、人間の寿命が大枠で見えるのじゃが……あの娘の寿命、どう少なく見積もってもあと五百年は堅いぞ」
「五百年……?」
アイラは青玉の瞳を丸くした。
膨大な魔力で若さを保っているとはいえ、人間の寿命の枠を完全に超えている。
「おそらく、先祖返りで魔女の素質を強く受け継いでいるのだろう。このままでは、彼女は近いうちに普通の人間として生きられなくなるぞ」
セレスの言葉を聞き、アイラと、横で聞いていたエレノワールは顔を見合わせて深く頷いた。
その夜、食事を終えてお茶を飲んでいる時、アイラはエクレールに向き直った。
「ねえ、エクレール。あなたに打ち明けなきゃいけないことがあるの」
アイラの真剣な声色に、エクレールも不思議そうに首を傾げた。
「なあに? 改まって」
アイラは深呼吸をすると、自分たちの正体について語り始めた。
自分たちやエレノワールが魔女であること。
セレスが天使であり、セナがそのハーフであること。
魔女世界と天界、そして天国の存在。
さらには、自分たちが数百年前から生きており、かつてリアスティエーゼに魔法を教えた「アイラ本人」であることを。
「……というわけなの。私は、あなたのご先祖様が魔法を教わった、アイラ本人なのよ」
全てを打ち明け終わると、エクレールはポカンと口を開けたまま固まってしまった。
「……エクレール様、驚かせてしまってごめんなさい」
セナが心配そうに声をかけると、エクレールは突然、パァッと顔を輝かせた。
「やっぱり! なんだか普通の人間じゃないなって思ってたのよ! だって、私と瓜二つなのに、魔法の腕も料理の腕も桁違いなんだもの!」
「えっ、驚くのそこ!?」
アイラがずっこけると、エクレールは興奮したようにアイラの手を握った。
「じゃあ、アイラは私の『ひいひいひいおばあちゃん』くらいの世代の人ってこと!? すごいわ、生きた伝説が目の前にいるなんて!」
「『おばあちゃん』って言われると、すっごく年寄りみたいで複雑なんだけど……」
アイラが頬を引きつらせたが、エクレールが真実をあっさりと受け入れてくれたことに、一行はホッと胸を撫で下ろした。
「エクレール。あなたの寿命も、すでに普通の人間を超えようとしているわ」
アイラが真剣な顔で告げると、エクレールも少しだけ居住まいを正した。
「だからこそ、私たちが『魔女』としての生き方と、そこに至るための本当の魔法をしっかりと教えてあげる」
「本当の魔法?」
「ええ。そもそも魔女というのはね、破壊や物理現象を司る『黒魔法』と、治癒や生命を司る『白魔法』……その相反する二つの力を同時に操り、それを『混沌魔法』へと昇華させた存在のことを言うの」
「混沌、魔法……」
「今のあなたは先祖返りで膨大な魔力を持っているけれど、黒魔法に力が偏りすぎているの。だから力が暴走してしまう。でも、私たちが対極にある白魔法を教えてあげる。そして二つの力を結びつけることができれば、あなたは真の魔女に至ることができるわ」
「……私に、そんなことができるかしら?」
「できるわよ。だって、あなたは私の可愛い子孫だもの」
アイラが力強く頷くと、エクレールは決意に満ちた顔で両手を握りしめた。
「分かったわ。よろしく頼むわね、おばあちゃん!」
「だからおばあちゃんはやめてってば!」
それから数週間の間、エクレールの魔法修行はさらに過酷さを増した。
膨大すぎる黒魔法の制御に加え、全く経験のなかった白魔法の展開を同時に行うという神業は、彼女の心身を極限まで削ったが、エクレールは持ち前のノリの良さと根性でそれを乗り越えていった。
そして、旅の終わりが近づいたある日のこと。
深い森の中で瞑想の修行をしていたエクレールの体から、突如として二つの光の柱が立ち上った。
「……これは!」
お茶を淹れていたエマが目を細めると、アイラとエレノワールが嬉しそうに微笑んだ。
それは、漆黒の『黒魔法』と、純白の『白魔法』だった。
二つの相反する魔力は、反発し合うことなく、まるで天に昇る二匹の龍のように絡み合い、美しく螺旋を描いて立ち上っていく。
周囲の空気が清浄な力と重厚な力で満たされ、木々がざわめいた。
「ええ。黒と白が見事に溶け合っているわ。……ついに、至ったわね」
アイラが呟くのと同時に、膨大な二つの魔力がエクレールの中に収束していく。
相反する力が彼女の内で混ざり合い、やがて万物を内包するような『混沌魔法』の神秘的な輝きへと昇華していった。
エクレールがゆっくりと目を開けた瞬間、周囲の空間がふわりと歪み、彼女の瞳が深淵のような混沌の輝きを帯びた。
「あらあら、無事に綺麗に孵ったわね。新しい家族が増えるのは、とっても嬉しいことだわ」
エレノワールが、ワイングラスを片手に優雅に歩み寄りながら、嬉しそうに目を細めた。
「エレノワール……私、なんだか体がすごく軽いわ。黒と白、二つの魔力が、指の先まで自分の意志で編み上げられるのが分かるの」
エクレールが自身の両手を見つめて感動していると、アイラがニヤリと笑って種明かしをした。
「エクレール。実はね、エレノワールお姉様はただの知り合いの魔女じゃないの。私とリリアの姉であり……あなたの、ずっとずっと遠い、本当のご先祖様なのよ」
「えっ……? ご先祖様のご先祖様……!?」
エクレールは、目の前でお茶目に小首を傾げる圧倒的な美しさを持つエレノワールを見て、信じられないというように両手で口を覆った。
『改めて初めまして、私のかわいい子孫。お前は黒魔法の素質がズバ抜けていると思っていたが、見事に白魔法も修め、真の魔女へと至ったようね。本当によく頑張ったわ』
エレノワールが慈愛に満ちた妖艶な笑みを浮かべ、優しくエクレールの銀髪を撫でると、エクレールの目から大粒の涙が溢れ出した。
「私……ずっと、自分の強すぎる魔力を持て余して、誰にも理解されないんじゃないかって、心のどこかで不安だった……。でも、こんなに素敵なご先祖様たちと血が繋がっていたなんて……っ」
血の奇跡と、永遠を生きる家族の絆に触れ、エクレールは子供のように泣きじゃくった。
アイラが優しく彼女の背中を撫でる。
「泣かないで、エクレール。これからは、あなたも私たちと同じ魔女よ。絶対に孤独になんてさせないわ」
『ああ、その通りよ。アイラたちが国際会議のためにドミニケル王国を離れた後は、このお姉さんが直接、あなたに混沌魔法の真髄を叩き込んであげるわ。ビシバシいくから、ちゃんとついてきなさいよ?』
エレノワールが妖艶に、それでいてお茶目にウインクをして宣言すると、エクレールは涙を拭って力強く頷いた。
「はいっ! よろしくお願いします、エレノワールお姉様!」
ドミニケル王国の悪党たちを朗読で浄化し、新たな魔女の家族を迎え入れたアイラたち。
永遠の時間を生きる魔女たちの絆はさらに深まり、目前に迫る国際会議という大舞台に向けて、彼女たちの賑やかで美味しい旅は、まだまだ続いていく。
そして、エクレールが見事「真の魔女」へと覚醒を果たした翌日のこと。
アイラたち一行は、ドミニケル王国最大の貿易港として栄える港町、ポルト・ド・レーヌを訪れていた。
「んん〜っ! この港町の名物、『三首海竜の豪快ブイヤベース』、最高に美味しいわ! 魚介の濃厚な出汁と、ピリッと効いた香草がたまらないわね!」
アイラが海沿いのテラス席で、顔の大きさほどもある深皿を抱え込むようにしてスープを堪能していた。
「うむ! この大ぶりのエビもプリプリで絶品じゃ! 天界の霞など比べ物にならんわ! おかわりじゃ、店主!」
教皇の法衣を適当に捲り上げたセレスが、ジョッキに注がれたエールを煽りながら大声を上げる。
「ちょっとセレス様、教皇猊下が真昼間からお酒をガブ飲みしないでください……っ、また私の胃が……」
「セナ様、胃薬なら私が調合したものがありますから。さあ、この白身魚のカルパッチョも美味しいですよ。食べて忘れましょう」
胃を押さえる聖女セナに、メイド服姿のエマが慣れた手つきで薬と料理を差し出していた。
修行の合間の休息として、一行はこの港町で最高級の海鮮料理を出すと評判のレストランを貸し切って、盛大なランチタイムを満喫していた。
「ふふっ、アイラもセレスも本当に美味しそうに食べるわね。私も負けていられないわ!」
エクレールもまた、アイラと瓜二つの顔に満面の笑みを浮かべ、豪快にカニの爪にかぶりついていた。
「あらあら、若い子はたくさん食べて偉いわね。私はこの潮風に合う、キリッと冷えた白ワインだけで十分よ」
エレノワールが妖艶に微笑みながら、優雅にグラスを傾ける。
「さて、お腹もいっぱいになったことだし……そろそろ『食後の腹ごなし』に行きましょうか」
食後のデザートであるフルーツタルトを平らげたアイラが、口元をナプキンで優雅に拭いながら立ち上がった。
その言葉に、セレスもニヤリと笑って分厚い聖書を小脇に抱える。
「そうじゃな。美味い飯を食わせてくれたこの町への恩返しとして、ドブ掃除くらいはしてやらんとな」
二人が言う「食後の腹ごなし」と「ドブ掃除」とは、言うまでもなく、この港町に潜伏している『影の国家』の拠点潰しのことである。
港の端にある、薄暗くカビ臭い巨大な倉庫街。
一般人の立ち入りが禁止されているその一角が、今回の標的だった。
「アイラ様、事前調査の結果が出ました!」
魔導具技師のミーアが、自作の小型魔導具のパネルを操作しながら真剣な表情で報告する。
「倉庫の地下に空間が広がっていて、数十人の生体反応があります! 表向きは輸入雑貨の倉庫を装っていますが、高度な認識阻害の結界が張られているので、クロで間違いありません!」
「ありがとう、ミーア。……それじゃあセレス、お願いね」
アイラが合図を送ると、セレスは倉庫の前に立ち、大きく息を吸い込んだ。
「『光あれ。さすれば闇は払われ、穢れし地は浄化の炎によって清められん』!」
セレスの澄んだ声が、神聖魔力の波動となって倉庫全体を包み込む。
直後、倉庫の内部から「ぎゃあああっ!」という絶叫が響き渡り、換気口からチリチリと音を立てて灰色の煙が吹き出し始めた。
悪魔の知識に染まった者だけをピンポイントで灰にする、教国仕込みの絶対的な浄化魔法である。
数分後、悲鳴が完全に途絶えたのを確認し、アイラたちは悠々と倉庫の扉を開けて中へと入った。
「うーん、見事に灰しか残ってないわね。お掃除完了よ」
アイラが倉庫内に散らばるサラサラの灰を見下ろして頷く。
「しかしアイラ、毎回灰にしてしまっては、国際会議に提出するための『証拠』が残らないのではないか?」
セレスが聖書をパタンと閉じて尋ねると、アイラは悪戯っぽく笑った。
「大丈夫よ。人間は灰になっても、特殊な加工がされた物や、強力な魔導具は燃え残るからね。……ほら、ミーア、出番よ」
「はい、お任せください!」
ミーアが倉庫の奥、一段と厳重に隠されていた隠し部屋の扉の前に立ち、持参した魔導具を構える。
「この扉の魔力構造、少し古い型ですね……私が新しく開発した『魔力波長同調器』なら、数秒で解錠できます!」
そう言ってミーアが魔導具を起動させると、あっさりと扉が解錠されて中へと入ることができた。
そこには、無傷で残された巨大な黒鉄の金庫が鎮座していた。
「この金庫、ドミニケル王家の古い紋章が刻まれてるわね。間違いない、裏で糸を引いている旧王族の持ち物よ」
エクレールが金庫の表面を撫でながら、確信を持った声で言った。
「開けられるかしら、ミーア?」
「はい、私にお任せください! アイラ様のご期待に応えられるよう、持てる技術の全てを注ぎ込んで作った解析魔導具の出番です! この程度の魔力鍵なら、五分もあれば……って、これは……!?」
ミーアが金庫の鍵穴に解析用の魔導具を差し込もうとした、その時だった。
「――さすがミーアね。その金庫には、悪趣味な呪い(トラップ)が仕掛けられているわ」
エレノワールが扇で口元を隠しながら、鋭い声で警告した。
『無理に開けようとすれば、中身の書類ごと周囲を吹き飛ばす自爆式の黒魔法よ。しかも、発動条件が複雑に編み込まれているわね』
「えっ、自爆!? 証拠が燃えちゃったら意味ないじゃない!」
エクレールが声を上げると、アイラはニヤリと笑ってエクレールの肩を叩いた。
「エクレール。あなた、ちょうど昨日『魔女』になったのだから初仕事にしましょう?」
「え? ……私がですか?」
「これも修行の一環よ。トラップの魔法を白魔法で中和しながら、同時に黒魔法で鍵の構造だけを破壊して開けるの。魔女なら朝飯前よ」
アイラに煽られ、エレノワールからも「期待しているわよ、可愛い子孫さん」とお茶目なウインクを飛ばされ、エクレールは「やってみるわ!」と腕まくりをした。
エクレールは金庫の前に立ち、深呼吸をする。
右手に漆黒の魔力を、左手に純白の魔力を集束させる。
「……いくわよ」
エクレールは金庫の表面に両手を触れ、覚醒したばかりの相反する二つの魔力を、迷うことなく同時に流し込んだ。
金庫に仕掛けられていた自爆の呪いが発動しようと黒い瘴気を放つが、即座に純白の白魔法がそれを包み込んで相殺する。
その隙を突き、極限まで細く圧縮された黒魔法が、鍵の心臓部のみをピンポイントで破壊した。
カチッ……という乾いた音と共に、重厚な金庫の扉がゆっくりと開いた。
「やった! 開いたわ!」
エクレールが歓声を上げると、アイラとエレノワールが拍手を送った。
「お見事。とても綺麗に魔力を編めていたわよ」
「ふふっ、さすが私の子孫ね。これで証拠集めもバッチリよ」
金庫の中には、案の定、大量の裏帳簿と、麻薬の密輸ルートが記された海図、そして……ドミニケル王国の元王族であり、現国王セイムダルの叔父にあたる『バルバトス公爵』の署名が入った密約書が保管されていた。
「バルバトス公爵……。昔から権力欲が強くて鼻持ちならない男だと思っていたけれど、まさか『影の国家』と手を組んで国を売ろうとしていたなんてね」
エクレールが密約書を睨みつけ、青玉の瞳に怒りの炎を宿す。
「これで言い逃れはできないわね。国際会議の場で、この証拠を突きつけて首根っこを押さえてやるわ」
アイラが裏帳簿を空間収納の魔法袋へと放り込み、満足げに笑った。
美味しいご当地料理を食べて英気を養い、腹ごなしに悪党を灰にして、確実に証拠を掴んでいく。
このドミニケル王国巡礼の旅を通して、エクレールは魔女としての圧倒的な力を手に入れただけでなく、国を蝕む病巣を自らの手で切り裂く覚悟を決めていた。
「さあ、王都リアスティエーゼに帰りましょうか。私たちの可愛い孫や息子が、お土産(証拠)を待っているわよ」
アイラがエクレールにウィンクをすると、エクレールも力強く頷いた。
「ええ! ドミニケル王国を脅かす害虫は、私たちが残らず駆除してやるわ!」
豪華な魔法馬車は、王都へと向けて再び走り出す。
道中での食い倒れと浄化の旅を終え、圧倒的な力と証拠を手に入れた魔女たちは、いよいよ各国のトップが集う「国際会議」という大舞台へと乗り込んでいくのであった。
ドミニケル王国全土を巡る『聖書朗読(という名のお掃除)と食い倒れの旅』を終えたアイラたちは、王都リアスティエーゼの王宮へと無事に帰還した。
彼女たちが持ち帰った黒鉄の金庫とその中身――バルバトス公爵の署名が入った密約書を見たセイムダル国王とアレクセイ王太子は、驚愕と怒りに顔を険しくしていた。
「まさか、叔父上が……。ダイダロス王国時代の旧態依然とした考えを持つ者だとは思っていたが、国を売るような真似まで企てていたとは……!」
セイムダル国王が、バンッ!と執務机を強く叩いた。
「父上。この証拠があれば、すぐにでも公爵を国家反逆罪で捕縛できます。近衛騎士団を動かしましょうか」
アレクセイ王太子が黒曜石の瞳を冷たく細めて提案するが、アイラは少しだけ考え込むように口元に手を当てた。
「陛下、アレクセイ殿下。彼がクロであることは間違いありませんが、処分を下すのは少しだけ待っていただけませんこと? ……私、どうにも引っかかることがあるのですわ」
アイラの言葉に、セイムダルたちは不思議そうに顔を見合わせた。
「引っかかること……とは?」
「それを確かめるためにも、一度、私の『優秀なブレイン』と情報を擦り合わせたいのです。……今夜、改めてお話しする時間をいただけますかしら」
アイラが不敵な笑みを浮かべて提案すると、セイムダル国王は深く頷いてそれを了承した。
その夜。
王宮の客室としてアイラに与えられた豪華な部屋のテーブルには、夜食として用意された色とりどりのフルーツタルトと、芳醇な香りの紅茶が並べられていた。
アイラはタルトを一口かじって幸せそうに頬を緩めると、テーブルの中央に置かれた鏡型の『通信魔導具』を起動させた。
鏡の表面が水面のように波打ち、ややがてそこに、デブリスコスモ王国のレヴナント子爵邸の執務室にいるジュリアンの姿が映し出された。
『やあ、私の愛しいアイラ。そちらでの旅は快適だったかい? 君の美しい顔が見られなくて、私は砂漠に放り出されたような気分だったよ』
鏡越しのジュリアンは、相変わらず極上に甘い微笑みを浮かべ、優雅にワイングラスを傾けていた。
「もう、相変わらずね、ジュリアン。でも……私も、あなたが隣にいなくて少しだけ寂しかったわ」
アイラが照れたように笑うと、鏡の向こうのジュリアンは嬉しそうに翠緑の瞳を細めた。
「それで、ジュリアン。今日連絡したのは、証拠集めの結果と、ちょっとした違和感についてなの」
アイラが表情を引き締めると、ジュリアンもまた、優秀な為政者としての冷徹な顔つきに切り替わった。
「影の国家の残党と手を組んでいたのは、ドミニケル王国の元王族……『バルバトス公爵』だったわ。金庫から署名入りの密約書を見つけたの」
『ふむ……バルバトス公爵か。セイムダル国王の叔父にあたる人物だったね。だが、アイラ。君も感じているのだろう? その人選に対する違和感を』
「ええ、その通りよ」
アイラは紅茶を一口飲み、頭の中の情報を整理するように言葉を紡いだ。
「影の国家にとって、『元王族』という肩書きは、クーデターを起こして成功させ、国を乗っ取らない限りは全く意味のないものよ。彼らほどの力を持った組織が、そんな不確実で面倒な手段を重要視するとは思えないわ」
『ああ。ただの麻薬密輸の隠れ蓑として使うだけなら、わざわざ目立つ元王族を抱き込む必要はない。むしろ、無名だが金と権力を持つ豪商を裏で操る方が、よほど効率的で安全だ』
ジュリアンがワイングラスを置き、アイラの推測を完璧に補強していく。
「そうよね。だから、バルバトス公爵は……影の国家にとっては、操り人形のような末端にも満たない、ただの『捨て駒』なんじゃないかって思うの」
『あるいは、我々のような存在の目を惹きつけるための、よくできた『囮』だろうね』
二人の優秀な頭脳が導き出した結論は完全に一致していた。
『バルバトス公爵という目立つ存在に反逆の準備をさせ、王家の目をそこに向けさせる。その隙に、彼らはもっと深く、もっと確実にドミニケル王国……あるいは、これから開かれる『国際会議』そのものに致命的な一撃を与えようとしているのかもしれない』
「だとしたら、今すぐバルバトス公爵を捕縛してしまうのは悪手ね。彼を泳がせておいて、影の国家の『本当の目的』を炙り出さないと」
アイラがニヤリと唇の端を吊り上げると、鏡の中のジュリアンもまた、悪魔のように魅惑的な笑みを浮かべた。
『ああ。君の言う通りだ。……さすがは私のアイラ、本当に君は賢くて美しい。早く君を抱きしめたいよ』
「ふふっ、国際会議でデブリスコスモ王国の代表団としてこっちに来るまで、もう少しだけ我慢してね」
アイラは甘い言葉にウインクで返し、通信魔導具の接続を切った。
その隣のソファで、自分の分までタルトを平らげていたエレノワールが、呆れたように肩をすくめていた。
『相変わらず、熱々で何よりね。でも、あんたたち夫婦の推測は完璧よ。……さあ、明日は国王たちに、ちょっとした爆弾を落としてやりましょうか』
翌朝。
セイムダル国王の執務室には、国王とアレクセイ王太子、そして彼らの護衛としてエクレールが同席していた。
「……なるほど。バルバトス公爵は、影の国家にとって『末端以下の捨て駒』、あるいは『囮』の可能性が高いと」
アイラからの進言を聞いたセイムダル国王は、腕を組んで深く唸り声を上げた。
「ええ。もし彼らが本気で国を乗っ取るつもりなら、あんな分かりやすい場所に証拠の金庫など残しませんわ。あれは、私たちが『見つけるように仕向けられた』証拠だと思った方が自然です」
アイラが冷静に告げると、アレクセイ王太子もハッとしたように顔を上げた。
「確かに……。叔父上の不審な動きは、あまりにも目に余るものがありました。まるで、自分に注目を集めようとしているかのように」
アレクセイの鋭い洞察に、アイラは満足げに頷いた。
「影の国家には、他に隠れているものや、真の目的があるはずです。例えば……これから王都で開催される『国際会議』の妨害、あるいは各国の要人の暗殺など」
「……ッ!」
その言葉に、セイムダル国王とアレクセイは息を呑んだ。
国際会議には、デブリスコスモ国王や教皇セレスをはじめ、各国のトップが一堂に会する。
もしそこが狙われれば、被害はドミニケル一国にとどまらず、世界中が未曾有の混乱に陥ることになる。
「だからこそ、陛下。バルバトス公爵は今すぐには捕縛せず、泳がせておいてくださいませ。彼が『自分は上手くやっている』と思い込んでいる間に、私たちは裏の裏をかいて、影の国家の真の狙いを潰しますわ」
アイラが不敵な笑みを浮かべて言い放つと、横で聞いていたエクレールが「面白くなってきたわね!」と目を輝かせた。
「その通りよ、セイムダル! 私たちがいれば、どんな悪党の企みだって粉砕してやるわ。だから、あなたは堂々と国際会議の準備を進めなさい!」
大太后であり、真の魔女へと至った母の力強い言葉に、セイムダル国王はフッと肩の力を抜き、頼もしそうに微笑んだ。
「分かった。バルバトス公爵の監視は秘密裏に続けさせ、決して表立っては動かないようにしよう。……アイラ殿、そして母上。どうか、我が国と、世界を救うために力を貸してほしい」
セイムダル国王が深く頭を下げる。
「ええ、お任せくださいませ。私たちは、美味しいご飯を邪魔する害虫は決して許しませんから」
アイラが優雅にカーテシーをすると、エクレールとエレノワールも楽しそうに笑い合った。
かくして、バルバトス公爵という囮を逆手に取る作戦が静かに幕を開けた。
各国のトップが集う「国際会議」の開催まで、あとわずか。
アイラたち魔女の圧倒的な力と、ジュリアンの冷徹な知略が交差する大舞台に向けて、事態は一気に加速していくのであった。
アイラたちがドミニケル王国で「聖書朗読と食い倒れの旅」を満喫し、バルバトス公爵の尻尾を掴んでいた頃。
デブリスコスモ王国の王都にあるレヴナント子爵邸では、お留守番を任されている三人の優秀な家族たちが、持ち込まれた膨大な情報の整理に追われていた。
「ふう……。本日の魔法師団と騎士団の合同任務、無事に終了いたしましたわ」
子爵邸の執務室のソファに、魔法師団のローブを纏ったリリアがふわりと腰を下ろす。
「お疲れ様です、リリア嬢。少し魔力を使いすぎたのではないですか? ほら、甘いハーブティーを淹れましたから、飲んでください」
騎士団の制服をスタイリッシュに着こなしたエドワードが、甲斐甲斐しくティーカップを差し出し、リリアの肩を優しく揉みほぐす。
「ありがとうございます、エドワード様。エドワード様の淹れてくださるお茶は、いつも最高に美味しいですわ」
「君のその天使のような笑顔が見られるなら、私はいつでも最高のお茶を淹れてみせますよ」
疲労も忘れていつものように甘いピンク色の空間を作り出す妹夫婦を、執務机で書類の山と格闘していたジュリアンが、呆れたような、それでいてどこか羨ましそうな翠緑の瞳で見つめていた。
「やれやれ、君たちの熱々ぶりを見ていると、ドミニケル王国にいる私の愛しいアイラに今すぐ飛んでいきたくなるよ」
ジュリアンが優雅にため息をつきながらペンを置くと、リリアとエドワードはフフッと微笑んで居住まいを正した。
「それで、ジュリアン義兄様。お姉様から、ドミニケル王国の状況について何か連絡はありましたか?」
リリアの問いに、ジュリアンは昨晩アイラと交わした通信魔導具での会話の内容を共有した。
バルバトス公爵という元王族が裏で糸を引いていたこと。
そして、それが影の国家にとっては『末端の捨て駒』であり、国際会議や各国の目を惹きつけるための『囮』である可能性が高いこと。
「なるほど……。元王族という目立つ存在をあえて使うことで、私たちや各国の警戒をドミニケル王国に集中させようとしているのですね」
エドワードが顎に手を当てて納得するように頷く。
しかし、その報告を聞いたリリアは、ティーカップを持ったまま、天使のような笑顔からスッと表情を消した。
「……ジュリアン義兄様。お姉様の推測は、おそらく半分正解で、半分間違っていますわ」
「ほう?」
ジュリアンが興味深そうに目を細めると、リリアは持参した革の鞄から、数枚の羊皮紙を取り出してテーブルに広げた。
「これは、私が魔法師団の任務で解析した周辺国の魔力波長の乱れと、エドワード様が騎士団の極秘任務で収集した『周辺国における物資の動き』をまとめたものです」
リリアが指差した羊皮紙には、大陸の地図と、そこを交差する複雑な矢印が記されていた。
「ここ数週間、ドミニケル王国周辺だけでなく、大陸のあちこちで小規模ですが『武器や食糧の不自然な輸送』が確認されています。……ですが、これはある国が隣国に戦争を仕掛けるための準備としては、明らかに規模が小さすぎます」
「確かに。局地的な小競り合いならともかく、国同士の戦争を起こすには、こんなバラバラで少量の武器輸送では到底足りないな」
ジュリアンが地図を俯瞰して呟くと、エドワードが言葉を引き継いだ。
「ええ。ですが、点と点を繋いでみると、ある不気味な事実が浮かび上がってきます。これらの物資が運ばれているのは、各国の『国境付近の要衝』や『魔物が多発する危険地帯の近く』ばかりなのです」
エドワードの指摘に、ジュリアンの翠緑の瞳が鋭く光った。
「……なるほど。彼らの目的は『特定の国同士を戦争させること』ではない、ということか」
「その通りですわ。ドミニケル王国と、そこに集まる国際会議に各国のトップと精鋭部隊の注意を完全に向けている間に……彼らは『別の国々』、あるいは『大陸全土』で、同時多発的に何かを起こすつもりなのではないでしょうか」
リリアの静かで、しかし確信に満ちた声が執務室に響く。
「影の国家には、守るべき自国の領土(国体)がありません。だからこそ、彼らは特定の国を攻め落とすのではなく、この大陸そのもの、全ての国を盤上に並べた恐ろしい規模のゲームを仕掛けているのですわ」
国を持たないからこそ可能な、国境という概念を無視した大陸規模のテロリズム。
その壮大で狂気に満ちた計画の輪郭に気づき、執務室は水を打ったような静寂に包まれた。
「……背筋が凍るような推測だが、信憑性は極めて高いね。さすがは私の義妹君だ、君の頭脳はアイラに引けを取らない」
ジュリアンが冷徹な為政者の顔で口元を覆う。
「すぐにアイラに連絡を取ろう。この情報をドミニケル王国側にも共有し、彼らの『真の目的』が何なのかを先回りして叩き潰さねばならない」
ジュリアンはそう言うと、テーブルの中央に置かれた通信魔導具の鏡を起動させた。
魔力が練り込まれ、鏡の表面が波打つと、すぐにドミニケル王国の客室にいるアイラの姿が映し出された。
『あら、ジュリアン。どうしたの、こんな真昼間から。……もしかして、私が恋しくて仕事が手につかなくなっちゃった?』
鏡の向こうのアイラは、エクレールとお揃いの優雅なドレスに身を包み、悪戯っぽく微笑んでいた。
「ああ、君の美しさに私の心は常に乱されているよ。……だが、甘い会話はここまでだ。今は緊急事態だ。リリア嬢とエドワードが、とんでもない情報を持ってきてくれた」
ジュリアンが甘い言葉を早口で片付けると、アイラもすぐに事態の深刻さを察知し、大魔女としての真剣な表情に切り替わった。
「お姉様、聞いてください。影の国家の狙いは、ドミニケル王国や国際会議だけではないかもしれません」
リリアが鏡越しに、先ほどの推測と大陸全土の不自然な物資の動きについて詳細に説明した。
『……なるほど。国体を持たない組織による、大陸全土を巻き込んだ同時多発テロ……。確かに、それなら全てに辻褄が合うわね』
話を聞き終えたアイラは、青玉の瞳にゾクッとするような冷たい光を宿して呟いた。
『……もし彼らの準備がすでに最終段階に入っているのだとしたら、もうどこかの国で火の手が上がっていてもおかしくないわ』
鏡の向こうでは、話を一緒に聞いていたエクレールやエレノワールも険しい顔をしている。
『私たちがバルバトス公爵の尻尾を掴んで「影の国家の目的はドミニケルにある」と得意になっている間に、裏で大陸全土を火の海にする準備を進めていたってわけね。……本当に、腹立たしいくらいよくできた囮だわ』
「アイラ、国際会議の開催まであまり時間がない。ドミニケル王国周辺の警戒は君たちに任せるが、大陸の他の不穏な動きについては、こちらでデブリスコスモ国王に進言し、各国の防衛網を密かに固めさせておく」
ジュリアンが素早く役割分担を提案すると、アイラは力強く頷いた。
『ええ、頼んだわ、ジュリアン、リリア、エドワード。……影の国家の連中、自分たちが盤面を支配しているつもりみたいだけど、思い知らせてやりましょう』
アイラが不敵な笑みを浮かべ、黒魔法使いの杖をコンッと床に突く。
『大陸全土をゲーム盤にするっていうなら、私たちがその盤面ごと、あいつらを粉々に吹き飛ばしてやるわ』
通信魔導具の光が消え、執務室は再び静寂に包まれた。
しかし、三人の目には確かな闘志が宿っていた。
ドミニケル王国とデブリスコスモ王国、離れた二つの場所で、魔女と為政者たちの圧倒的な反撃の準備が、静かに、そして確実に始まろうとしていた。




