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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編21

ドラネコン連合国での一件を分身たちに託し、アイラたち本体はデブリスコスモ王国のレヴナント子爵邸へと帰還した。


息をつく暇もなく、アイラたちはセレスを伴って王宮へと赴き、テオドール国王陛下とバルディア侯爵に事の顛末を報告するための極秘会議を開いた。


「……というわけで、ドラネコン連合国は現在、冒険者ギルドと弱小商業ギルドの合同による暫定統治状態にありますわ」


アイラがドラネコンでの政変と、クインシー商会の麻薬密輸、そして彼らが他国へ逃亡したことを報告すると、テオドール国王とバルディア侯爵は深刻な顔で唸った。


「まさか、あの商業大国が内側から崩壊し、新たな道を歩み始めるとはな……」


テオドール国王が重々しく頷く。


「ええ。ですが、これは好機ですわ。新しく立ち上がるであろう『商業冒険者連合国』の両ギルドに働きかけ、この犯罪組織対策のために国際会議へ合流してもらうのです」


アイラが提案すると、ジュリアンも極上の笑みで言葉を継いだ。


「共通の敵を持つことで、新国家との強固な連携が築けます。これはデブリスコスモ王国にとっても大きな益となるでしょう」


「うむ……素晴らしい提案だ。すぐに外交の使者を送り、彼らを次の国際会議に招き入れる手筈を整えよう」


テオドール国王の力強い決断により、国際的な包囲網の形成は見事にまとまった。


「さて、大きな方針が決まったところで、これからは手分けして行動しましょうか」


王宮から戻ったレヴナント子爵邸のサロンで、アイラは特大のフルーツタルトを切り分けながら宣言した。


「リリアとエドワード様は、このデブリスコスモ王国でそれぞれ魔法師団と騎士団に合流して、内部からの護りを固めてちょうだい」


「はい、お姉様! 私たちの力で、王都の平和をしっかりとお守りしますわ」


「アイラ義姉上、お任せください。リリア嬢の背後は私が必ず守り抜きます」


エドワードが生真面目な顔で頷くと、アイラはジュリアンに視線を向けた。


「ジュリアン様は、この子爵家で留守番……という名目で、各方面から集まってくる情報の収集と整理役をお願いね」


「ああ、任せておくれ。君たちが動きやすいように、完璧な盤面を整えて待っているよ」


ジュリアンが腹黒くも頼もしい笑みを浮かべたのを確認し、アイラは最後にセレスとセナを見た。


「そして私とセレスたちは、神聖ルシエラ教国に戻って、国の中に残っている『膿』を物理的に出し切るわよ」


「ふははは! ついに私の『有難い聖書朗読会』の出番じゃな! 悪党どもに神の御言葉をたっぷりと聞かせてやるわ!」


セレスが鼻息を荒くして立ち上がった。


教国の地下施設をアイラが更地にしたとはいえ、教国内部にはまだ帝国の亡霊や悪魔の知識に染まったスパイたちが多数潜伏しているはずだ。


「でも、教国全土の人間を一人一人調べていくのは時間がかかりすぎますわ。どうするおつもりですか?」


セナの尤もな疑問に、アイラはニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。


「簡単なことよ。セレスの声を、王都全体に響き渡らせるような特大の魔導具を作ればいいのよ!」


かつて、アイラたちがヴァリエール王国にいた頃、アーサー子爵たちと共に戦ったコンテナ防衛戦で、国営放送のスピーカーを使ってセレスの聖書朗読を響かせたあの作戦の再現である。


「というわけで、最高の魔導具技師を借りに、ちょっと実家へ行ってくるわね!」


アイラは空間跳躍のゲートを開き、一路、魔女の世界へと向かった。


「やっほー、ミーア! ちょっとあなたの腕を借りに来たわよ!」


魔女の世界のコテージに到着したアイラは、エレノワールの助手として魔法研究に没頭していたミーアに声をかけた。


「アイラ様! お久しぶりです。私の腕ですか? ええ、もちろん何でも作りますよ!」


全盛期の美しい姿をしたミーアが目を輝かせて駆け寄ってくる。


アイラが「教国中に声を響かせるための、超強力な音声拡張魔導具」の構想を説明すると、ミーアはすぐに設計図を引き始めた。


「あらあら、下界でまた面白いことを始めようとしているのね」


そこに、妖艶な笑みを浮かべたエレノワールがワイングラスを片手に現れた。


「面白そうだから、私も一緒について行かせてもらうわ。退屈しのぎには丁度良さそうだしね」


「言質とったわ! 大魔女のお姉様が来てくれるなら百人力よ!」


かくして、アイラとミーア、そして面白半分でついてきたエレノワールの手によって、王太子妃時代に使ったものを遥かに凌駕する、規格外の拡声魔導具が瞬く間に完成したのである。


神聖ルシエラ教国、王都の大聖堂。


大聖堂の最も高い尖塔に巨大な魔導スピーカーを設置し、マイクのような魔導具の前に、教皇の法衣をバッチリ着込んだセレスが立った。


「よし、準備はいいわねセレス。マイクテストも兼ねて、一回全力でいってみましょう!」


アイラが合図を出すと、セレスはコホンと大きく咳払いをして、分厚い聖書を開いた。


「『――光あれ! さすれば闇は払われ、穢れし地は浄化の炎によって清められん!!』」


セレスの神々しくも圧倒的な声量の朗読が、ミーアの作った魔導具によって何千倍にも増幅され、教国の王都全域に轟き渡った。


その瞬間である。


「ぎゃあああああっ!?」


「ひぃぃぃっ! 体が、体が燃えるぅぅっ!!」


王都のあちこちから、この世のものとは思えない凄まじい絶叫が上がり始めた。


悪魔の知識に染まり、少しでも瘴気を帯びていた者たちが、セレスの神聖な御言葉のシャワーを浴びて、次々と眩い浄化の光に包まれ、文字通りパラパラと灰となって消滅していったのである。


「うわぁ……街の至る所で灰の柱が上がっているわね。想像以上に、かなりの数が教国に入り込んでいたみたいだわ」


時計塔の上から王都を見下ろしていたアイラは、ポンポンとポップコーンのように消滅していくスパイたちを見て呆れ果てた。


「ふふっ、これなら手間が省けて良いわね。まるで害虫駆除みたいで爽快だわ」


エレノワールが、灰になっていく悪党たちを眺めてクスクスと妖艶に笑う。


「ふははは! どうじゃ! 私の祈りの力は凄まじいじゃろう!」


マイクの前でドヤ顔をしているセレスに、セナが胃を押さえながら震え声で言った。


「教皇様……これでは、浄化というよりただの無差別攻撃です……一般の信徒の方々まで腰を抜かして震え上がっていますよ……」


「まあ、悪い奴しか灰にならないんだから、細かいことは気にしないの! さあ、出発よ! 地方に散らばる『影の国家』の残党どもを綺麗にお掃除して、ついでに教国全土の美味しいご当地グルメを制覇するわよ!」


アイラはパンッと手を打って、これからの計画を宣言した。


「ふははは! 待ちに待った特産品めぐりじゃ! 私の胃袋はすでに臨戦態勢じゃぞ!」


食欲に釣られたセレスが即座に同意し、王都の門前に用意した特大の豪華な魔法馬車に乗り込むと、アイラとセレスは意気揚々と拳を突き上げた。


今回の「聖なる巡礼ツアー」のメンバーは、アイラ、セレス、セナのいつもの三人に加え、面白半分でついてきたエレノワールと、魔導具技師のミーアである。


「アイラ様、セレス様……あくまで目的は教国内の拠点を潰すことです。食べ歩きはついでですからね?」


胃の辺りを押さえながらセナが釘を刺すが、アイラとセレスの耳にはすでに「ご当地グルメ」という単語しか届いていない。


「ふふっ、良いじゃないの。お掃除の後の美味しい食事は、魔女の特権よ」


エレノワールが、朝から優雅にワイングラスを傾けながら妖艶に笑う。


「さあ、最初の目的地は、教国でも有数の穀倉地帯である『サリバン領』よ。あそこには、新鮮な野菜と、特産の香草を使った絶品の豚肉料理があるらしいわ!」


アイラの指示で、馬車は空を飛ぶようなスピードで街道を駆け抜けていった。


数時間後、一行は豊かな麦畑が広がるサリバン領の中心都市に到着した。


一見すると平和でのどかな町だが、大魔女であるアイラとエレノワールの目には、町のあちこちから『影の国家』特有の、悪魔の知識に由来する淀んだ瘴気が立ち上っているのがハッキリと視えていた。


「うわぁ……長閑な風景に似合わず、結構な数が潜り込んでいるわね。どうやらここで例の『瘴気入りの麻薬』でも密造するつもりだったのかしら」


アイラが呆れたように呟くと、ミーアが馬車から大八車に乗せたような巨大な蓄音機を引きずり出してきた。


「アイラ様! 王都で使った巨大スピーカーを改良して、『移動式・超広域拡声魔導具(ポータブル版)』を作っておきました! これなら、町の広場に置くだけで全域をカバーできますよ!」


「さすがはミーア! 仕事が早いわね!」


アイラたちは町の広場にその物騒な魔導具をセッティングし、マイクの前に教皇の法衣を着たセレスを立たせた。


町の人々が「何事か」と不思議そうに集まってくる中、セレスはコホンと大きく咳払いをして、分厚い聖書を開いた。


「『――光あれ! さすれば闇は払われ、穢れし地は浄化の炎によって清められん!!』」


ミーアの魔導具によって何千倍にも増幅されたセレスの神々しい美声が、サリバン領の全域に轟き渡った。


その瞬間である。


「ぎゃあああああっ!?」


「ひぃぃぃっ! 身体が光に焼かれるぅぅっ!!」


パン屋の裏路地、宿屋の二階、さらには畑のど真ん中から、この世のものとは思えない絶叫が上がり、悪魔の知識に染まった『影の国家』の構成員たちが次々と眩い光の粒となってパチパチとはぜ、灰となって消滅していった。


「おお……! ポンポンとよく燃えるわね。花火みたいで綺麗だわ」


「ふふっ、本当に手間が省けて良いわね」


アイラとエレノワールが、ポップコーンのように灰になっていく悪党たちを眺めて優雅に笑っていると、町の人々は突然の出来事に腰を抜かして震え上がっていた。


「あ、悪党どもが消えた……!? 天使様の奇跡だ!」


「教皇猊下! ありがとうございます!!」


事情を察した町長や住民たちが、涙を流してセレスを拝み始めた。


「ふははは! 苦しゅうない! 影に潜む悪党は私が残らず浄化してやったぞ! さあ、感謝の印として、この町の特産品である『香草豚のロースト』を出すのじゃ!」


セレスが堂々と要求すると、町長は慌てて「は、はいっ! ただちに極上のお肉をご用意いたします!」と厨房へ走っていった。


「もう、セレス様ったら……完全にただの恐喝ですわ……」


セナが頭を抱えてしゃがみ込むが、結果的に町から犯罪組織の拠点が一つ消えたのだから、誰も文句は言わないのである。


その後、運ばれてきた『香草豚のロースト』は、まさに絶品だった。


「んん〜っ! 豚肉の甘い脂と、この爽やかな香草の風味が絶妙にマッチしているわ!」


アイラが分厚い肉を頬張って幸せそうに笑うと、セレスも両手に肉を持ってガツガツと食らいついていた。


「うむ! この柔らかさ、天界の食事など足元にも及ばん! おかわりじゃ!」


「ふふっ、これならドワーフの強いお酒にも合いそうね」


エレノワールも、優雅にナイフとフォークを使いながら満足げに微笑む。


腹ごしらえを終えた一行は、満面の笑みで町長たちに手を振り、次の町へと向かった。


サリバン領で『影の国家』の残党を灰にし、極上の香草豚のローストを胃袋に収めたアイラたちの「聖なる巡礼ツアー」は、さらに勢いを増して教国全土を駆け巡っていた。


次なる目的地は、険しい山々に囲まれた鉱山町『ゴルム』である。


「うーん、山の澄んだ空気が美味しいわね! でも……」


魔法馬車から降り立ったアイラは、町を見下ろす高台から、巨大な鉱山の入り口へと視線を向けた。


「あの坑道の奥から、ドス黒い悪魔の知識の瘴気がプンプン漂ってきているわ。どうやら、『影の国家』の連中はあの入り組んだ坑道をアジトにして、違法な魔力鉱石でも採掘しているみたいね」


「ふふっ、ネズミのようにコソコソと暗い穴倉に隠れているなんて、本当に可愛らしい連中ね」


エレノワールが、ワイングラスを片手に妖艶な笑みを浮かべる。


「でもお姉様、あんなに広く入り組んだ坑道の中を、一人一人探し出して倒していくのは骨が折れますわ」


リリアの姿に変装していない時のように、真面目な顔でセナが心配そうに言うが、アイラとセレスは顔を見合わせてニシシと笑った。


「そのための巨大スピーカーよ! ミーア、準備はいいわね?」


「はい、アイラ様! 坑道の奥の奥、ネズミの巣穴の隅々にまで教皇様の美声を届ける『指向性・反響増幅魔導アンプ』、セッティング完了です!」


ミーアが目を輝かせながら、まるで城門を吹き飛ばす攻城兵器のような無骨な鉄の筒を鉱山の入り口に向けて設置した。


「よし! セレス、遠慮はいらないわ。思いっきりぶっ放してやりなさい!」


「ふははは! 任せておけ! 穴倉の底まで神の御言葉を響かせてやるわ!」


マイクの前に立ったセレスは、教皇の法衣を翻し、息を大きく吸い込んだ。


「『――光あれ! 闇に潜む穢れし者どもよ、浄化の炎に焼かれて塵と化せ!!』」


ミーアの魔導具によって極限まで増幅され、さらに指向性を持たせたセレスの超絶大音量の朗読が、大砲のように坑道の中へと撃ち込まれた。


直後。


「ぎゃあああああっ!?」


「ひぃぃぃっ! 目が、目が潰れるぅぅっ!!」


「助け……体が灰にぃぃっ!」


坑道の奥深くから、反響しながら幾重にも重なった絶叫が響き渡った。


ドス黒い瘴気と共に坑道に潜んでいた『影の国家』の残党たちが、入り組んだトンネルの中で逃げ場を失い、次々と浄化の光に焼かれて、暗闇の中で花火のようにポンポンと弾け、灰になっていくのが魔力感知でハッキリと分かった。


「うんうん、見事なお掃除ね。これでこの町の治安もバッチリだわ」


アイラが満足げに頷くと、騒ぎを聞きつけたゴルムの町長や鉱夫たちが、慌てて駆けつけてきた。


「おお……! 坑道に居座っていた悪党どもの気配が、完全に消え去っている! まさか、教皇猊下自ら我々を救ってくださるとは!」


「ふははは! 苦しゅうない! 悪党は一匹残らず私が灰にしてやったぞ! さあ、感謝の印として、この町で一番美味いものを出すのじゃ!」


セレスが堂々と要求すると、鉱夫たちは「おおっ! すぐに宴の準備を!」と大喜びで厨房へと走っていった。


セナだけが「だから、それはただの恐喝です……」と頭を抱えていたが、結果オーライである。


その日のランチにゴルムの町で振る舞われたのは、清らかな山の渓流で獲れた大ぶりの川魚を、鉱山で採れた極上の岩塩で豪快に包み焼きにした『川魚の岩塩焼き』だった。


「んん〜っ! 皮はパリッと香ばしくて、中の白身はふっくらホロホロ! この岩塩のまろやかな塩気が、魚の甘みを極限まで引き出しているわ!」


アイラが両手で魚の串を持ってガツガツと齧り付くと、セレスも負けじと二本同時に頬張っていた。


「うむ! この塩気、最高じゃ! ご飯が無限に進むぞ!」


「ふふっ、この塩気の効いた魚は、ドワーフたちが造る強い蒸留酒にピッタリね。最高のおつまみだわ」


エレノワールも、優雅に強い酒を煽りながら、ご機嫌で魚を味わっている。


「本当に、教国は地方によって全く違う美味しさがあって最高ね! さあ、次に行くわよ!」


腹ごしらえを終えた一行は、満面の笑みで鉱山町を後にし、次なる目的地へと馬車を走らせた。


続いてアイラたちが到着したのは、教国でも随一の美しさを誇る広大な湖に面した漁村『シーリス』である。


「わぁ……風が気持ちいい! 水の気配がして、とってもいい場所ね!」


アイラが湖畔の景色に感動していると、エレノワールが扇子で口元を隠し、冷ややかな視線を船着き場へと向けた。


「でも、あの網小屋や船底の辺り……水草の匂いに混じって、酷く淀んだ瘴気が漂っているわね」


「ええ。どうやら『影の国家』の連中は、善良な漁師のふりをして、あの船で危険な薬品や違法な物資の密輸ルートを築いていたみたいね」


アイラは青玉の瞳をギラリと輝かせ、ミーアに合図を送った。


「ミーア、今度は広域拡散モードよ! 湖の上の船にも届くようにしてちょうだい!」


「了解です! 『水面反射・超広域拡散スピーカー』、起動します!」


ミーアが湖畔にスピーカーを設置し、マイクの前に立つセレス。


村の漁師たちが「なんだなんだ?」と不思議そうに集まってくる中、セレスは分厚い聖書を開いた。


「『――光あれ! 水底に沈む悪意よ、裁きの光に貫かれて消え去るが良い!!』」


湖の水面を反射して、セレスの神々しい声がシーリス村全体、そして湖に浮かぶ何十隻もの漁船へと響き渡った。


「ぎゃあああああっ!? またあの声だーっ!?」


「ひぃぃぃっ! なんで湖の真ん中まで響いてくるんだよぉぉっ! 水の中に逃げろ……がぼぼぼっ!!」


網小屋の中に隠れていたスパイや、密輸船の船底に潜んでいた悪党たちが、セレスの声による光のシャワーを浴びて絶叫を上げた。


湖に飛び込んで逃げようとした者たちも、水面を透過する浄化の光に貫かれ、湖面に反射した光が網小屋ごと彼らをキラキラとした灰の雪に変えていった。


「はいはい、いつものお掃除完了っと」


アイラはすっかり手慣れた様子で、湖面にきらきらと降り注ぐ灰の雪を見ながら呆れ半分で眺めていた。


そこに本物の漁師たちが震える声で叫んだ。


「て、天使様の奇跡だ……! 最近村に入り込んで、勝手に船を使っていたよそ者たちが、全員消え去っちまったぞ!」


「ふははは! 密輸団は私が残らず海の藻屑……いや、湖の灰にしてやったわ! さあ、村の特産品をありったけ持ってくるのじゃ!」


その後、村の広場で大鍋を使って振る舞われたのは、湖で獲れたばかりの新鮮なエビや貝、肉厚な白身魚を、特産のハーブと白ワインでグツグツと煮込んだ『魚介のハーブ煮込み』だった。


「ん〜っ! 魚介の濃厚な出汁が、スープに全部溶け出しているわ! これを焼き立てのパンにたっぷり浸して食べると……もう、ほっぺたが落ちそう!」


アイラがパンをスープに浸して幸せそうに頬張ると、セレスも大鍋の前に陣取って狂ったようにおかわりを連発していた。


「うむうむ! このハーブの爽やかな香りが、魚介の臭みを完全に消し去っておる! スープを一滴も残したくないわ!」


「お姉様……セレス様……これだけ食べて、どうしてその体型を維持できるのでしょうか……」


セナが、山積みになっていく空のお皿を見て、信じられないというように呟く。


「ふふっ、魔女も天使も、カロリーは全部魔力に変換できるからね。最高の燃費よ」


アイラはニシシと笑い、最後の一滴まで魚介のスープを堪能した。


「いやあ、教国って美味しいものがたくさんあるのね! お掃除の後のご当地グルメ、最高だわ!」


アイラは帰りの馬車の中で、ポンポンに膨らんだお腹をさすりながら大満足の笑みを浮かべた。


「ええ、本当に。ミーアの魔導具とセレス様の朗読のおかげで、教国全土の『影の国家』の拠点は、一つ残らず完全に灰になりましたわね」


セナが、持ち歩いている確認用のリストにチェックを入れながらホッと胸を撫で下ろす。


数週間にも及んだ、教国全土を巻き込む容赦のない「聖なる巡礼ツアー」。


一行は、サリバン領、鉱山町ゴルム、漁村シーリスなど、ありとあらゆる地方を回り、悪党を物理的に消滅させながら、その土地の極上グルメを食い尽くしたのだ。


「これで、教国の中の膿は完全に出し切ったわね。もう悪魔の知識がはびこることはないわ」


アイラは王都へ向かう馬車の窓から、すっかり平和な気配を取り戻した景色を眺めて頷いた。


「さて、教国のお掃除が完璧に終わったことだし。次はいよいよ、リアスティエーゼたちの子孫がいる『ドミニケル王国』ね」


アイラの言葉に、全員の表情が引き締まった。


いや、セレスだけは「次はどんな美味い飯があるんじゃ!」とヨダレを垂らしていたが。


ジュリアンの情報によれば、次の国際会議の日程はまだ決まっていないものの、年内には開催するつもりでいるらしい。


「年内の国際会議までに、ドミニケル王国の方も綺麗にお掃除して、完璧な状態で会議のテーブルに着いてやるわよ!」


アイラは青玉の瞳をキラリと輝かせ、次なる美食と無双の舞台であるドミニケル王国へ向けて、力強く宣言するのであった。


広大なルシエラ教国を巡る「聖なる巡礼ツアー」は、行く先々で悪党どもを物理的(灰)にお掃除し、極上のご当地グルメを平らげるという大成功を収めていた。


湖畔の漁村シーリスを後にした一行の豪華な魔法馬車は、次なる目的地へと向かって街道を滑るように進んでいる。


「むにゃむにゃ……ハーブ煮込み、もう一杯じゃ……」


馬車の奥のふかふかのソファでは、お腹をパンパンに膨らませたセレスが、幸せそうな寝顔で爆睡していた。


セナが呆れたようにため息をつく横で、アイラが空間収納アイテムボックスから取り出した書類や怪しげな物品を、コトン、と音を立ててチェスの駒でも並べるようにテーブルの上へ理路整然と配置していく。その瞬間、馬車の中の緩みきった空気が、ピンと張り詰めた。


「さてと。ただ美味しいご飯を食べて回っていただけじゃないわよ。お掃除のついでに、灰になった連中のアジトから回収してきた証拠品を整理しましょうか」


アイラが青玉の瞳をキラリと輝かせると、優雅にワインを飲んでいたエレノワールと、魔導具の調整をしていたミーアも興味深そうにテーブルを覗き込んだ。


「あら、随分とたくさん溜め込んだわね」


「はいっ! アイラ様が『燃やす前にめぼしいものは全部回収して!』と仰るので、私がアジトの隠し金庫からごっそり頂いておきました!」


ミーアが胸を張って答える。


アイラはテーブルの上に置かれた通信用の魔導具(ミーア特製の通話機)のスイッチを入れた。


「聞こえる? ジュリアン様。こちらアイラよ」


『ああ、感度良好だ。ルシエラ教国の巡礼ツアー(という名の暴食ツアー)は順調のようだね』


通信機越しに、デブリスコスモ王国で留守番と情報整理を任せているジュリアンの、腹黒くも甘い声が響いた。


「ええ、お腹いっぱいよ! それでね、教国各地の『影の国家』の拠点から回収した証拠品と、ジュリアン様がそっちで集めた情報を照らし合わせたいの」


『なるほど。名探偵アイラの推理の時間というわけだ。私の方の準備もできているよ』


アイラはテーブルに広げた証拠品を、指先で一つ一つ指し示していった。


「まず、最初のサリバン領で回収した書類。表向きはただの麦や香草の取引記録だったけれど、裏帳簿の暗号を解読したら、とある『特殊な植物』の違法栽培リストだったわ」


「特殊な植物、ですか?」


セナが首を傾げると、アイラは通信機に向かって頷いた。


「ええ。ドラネコン連合国から逃亡した『クインシー商会』が密造していた、あの『瘴気入りの麻薬』の原材料よ。サリバン領の豊かな土壌を使って、彼らは麻薬の原料を大量生産しようとしていたのね」


『点と点が繋がったね。ドラネコンから逃げたクインシー商会の残党が、ルシエラ教国内に潜む「影の国家」と合流し、麻薬製造の新たな生産ラインを構築していたということだ』


ジュリアンの的確な相槌に、アイラはさらに二つ目の証拠品――ゴルムの鉱山町で回収した、ドス黒い魔力を帯びた鉱石の欠片を持ち上げた。


「そしてこれが、鉱山町ゴルムで彼らがこっそり採掘していた魔力鉱石。ミーアに分析してもらった結果、この鉱石には『瘴気を長期間保存し、さらに増幅させる』という厄介な性質があることが分かったわ」


「はい! この鉱石を粉末にして麻薬に混ぜ込めば、以前ドラネコンで見たものより遥かに強力で、しかも長持ちする『強化版・瘴気入り麻薬』が完成してしまいます」


ミーアの解説に、エレノワールが扇子で口元を覆い、冷ややかに目を細めた。


「なるほどね。サリバン領で原料を作り、ゴルムの鉱山で保存・強化用の容器(鉱石)を調達する。……完全に、国を跨いだ巨大な麻薬のサプライチェーンが完成しかけていたというわけね」


「その通りよ。そして最後が、シーリスの漁村で押収したこの海図と密輸ルートの計画書」


アイラは羊皮紙の海図をバサッと広げた。


そこには、教国の港から海を渡り、隣接する大国へと続く赤い線が何本も引かれていた。


「彼らはシーリスの漁村を中継地点にして、完成した強化版麻薬を大量に『ある国』へと密輸しようとしていたわ」


『……その密輸先が、リアスティエーゼたちの子孫がいる「ドミニケル王国」というわけだね』


ジュリアンの低く冷たい声が通信機から響き、馬車の中の空気がピリッと張り詰めた。


「ええ。彼らの目的は単純な金儲けじゃないわ。ドミニケル王国の貴族や騎士団にこの強化版麻薬をばら撒き、内部から暴走させて国を崩壊させる。そして、その混乱に乗じて『影の国家』を完全に再建するつもりだったのよ」


アイラが推理の全容を語り終えると、セナが青ざめた顔で両手で口を覆った。


「そんな恐ろしい計画が……。もし、アイラ様たちが教国の拠点を潰していなかったら、今頃ドミニケル王国は麻薬によって内側から火の海になっていたかもしれませんね」


「ふふん、残念だったわね。彼らのサプライチェーンは、私の『お掃除』とセレスの『朗読会』で、根元から全部灰になっちゃったんだから」


アイラは誇らしげに腕を組み、ニシシと悪党のような笑みを浮かべた。


「これで、ジュリアン様の方で準備してくれている『国際会議』に向けて、影の国家とクインシー商会の繋がりを示す決定的な証拠カードが揃ったわ」


『ああ、完璧だ。デブリスコスモ王国、ドミニケル王国、そしてルシエラ教国の三国が同盟を結ぶ国際会議の場で、この証拠を突きつければ、影の国家の残党どもは完全に逃げ場を失うだろう。引き続き、こちらは万全の盤面を整えておくよ』


「頼んだわよ、ジュリアン様! エドワード殿下とリリアにもよろしくね」


通信機を切り、アイラは大きく伸びをして背もたれに寄りかかった。


「はぁ〜っ、頭を使ったらなんだか甘いものが食べたくなってきたわね!」


「もう! アイラ様ったら、あんなにカッコよく名探偵の推理を披露していたのに、結局最後は食欲なんですから!」


セナが呆れたように笑い、エレノワールもクスクスと妖艶に肩を揺らした。


「いいじゃないの。完璧なお仕事の後のスイーツは格別よ」


アイラはアイテムボックスから、王都で買っておいた特大のフルーツケーキを取り出した。


「さあ、教国の証拠品整理も終わったし! 私たちの次なる舞台は、可愛い子孫たちが待つドミニケル王国よ! 会議の前に、あっちの美味しいものも全部平らげてやるんだから!」


ただご飯を食べていたわけではない、大魔女にして名探偵たるアイラたちの完璧な裏工作。


迫り来る国際会議という大舞台に向けて、アイラたちの容赦のない包囲網は、今、確実な証拠と共に完成しつつあった。


ルシエラ教国の地方巡礼ツアーという名の「お掃除と美食の旅」を終え、一行の豪華な魔法馬車は、次なる目的地である『ドミニケル王国』へと向けて順調に空を駆けていた。


馬車のテーブルに広げた証拠品の数々を見下ろし、アイラは通信機越しのジュリアンとさらに深い推理を交わしていた。


「彼らの狙いが、ドミニケル王国を内部から暴走させて『影の国家』を再建することなのは分かったわ。でもね、ジュリアン様……少しだけ引っかかるのよ」


アイラが腕を組んで青玉の瞳を細めると、通信機からジュリアンの低く知的な声が響いた。


『ああ。君の引っかかっている点、私にもわかるよ。彼らが目指す「国家の再建」とは、決して領土や国境を持ち、城を構えるような「国体」を築くことではない、ということだね』


「ええ、その通りよ」


アイラは大きく頷いた。


「国という実体を持ってしまえば、それこそ他国から正規軍を向けられ、私たちのような超越者や騎士団に『攻め込む大義名分』を与えてしまうわ。彼らは悪魔の知識を持っているとはいえ、真正面からの戦争で勝てるほどの力はないもの」


『ご名答だ、私の愛しき名探偵。だからこそ、彼らの組織は厄介なんだ。彼らはかつてのように表舞台には決して出てこない。実態を持たず、闇から闇へと寄生虫のように這い回り、他国の中枢に巣食う……まさに、実態なき【影の王国】と呼ぶべき存在だ』


「実態なき影の王国……」


隣で話を聞いていたセナが、ブルッと肩を震わせた。


「そんな、国という形を持たない組織だなんて……」


「でも、寄生するからには、その国の権力の中枢に確実な『宿主』が必要になるわよね?」


アイラが言うと、ワイングラスを傾けていたエレノワールが、妖艶な笑みを浮かべて言葉を継いだ。


「そうね。裏社会のゴロツキや下級貴族だけじゃ、国を動かすほどの陰謀は企てられない。確実で手っ取り早いのは……その国の『王族』を抱き込むことよ」


『その通りだ、エレノワール殿』


通信機越しに、ジュリアンが冷酷な響きを帯びた声で同意した。


『野心、嫉妬、あるいは純粋な欲望。そうした心の隙間を突いて、甘い蜜と悪魔の知識でどこかの国の王族を誘惑し、自分たちの操り人形にする。それが影の王国の常套手段だ』


「なるほどね……」


アイラは顎に手を当てて、これから向かうドミニケル王国の顔ぶれを頭の中に思い浮かべた。


ドミニケル王国には、かつてアイラが救った教え子・リアスティエーゼの血を引く、アイラとそっくりな顔の『エクレール大太后』がいる。


そして、その孫である優秀な『アレクセイ王太子』や、現国王である『セイムダル国王』も、基本的には民想いの立派な王族たちだ。


「つまり、今のドミニケル王国というより、ダイダロス王国の元王族の中に、すでに『影の王国』に抱き込まれ、麻薬密輸の受け入れ先となっている裏切り者がいる可能性が極めて高い、ってことね」


『そういうことだ。国際会議の前に、その裏切り者の元王族を特定し、影の王国の根を完全に絶ち切らねばならない』


「言質とったわ! まとめて綺麗にお掃除してあげる!」


アイラが力強く宣言すると、馬車の奥のソファで幸せそうに爆睡していたセレスが、ムクッと勢いよく起き上がった。


「むにゃ……お掃除じゃと!? ならば私の有難い聖書朗読会の出番じゃな! ドミニケル王国の王城のど真ん中で、思いっきり朗読してやるわ!」


「ちょっとセレス様、寝ぼけないでください! さすがに他国のお城でそれをやったら、ただのテロ攻撃になっちゃいますから!」


寝ぼけて暴走しようとするセレスを、セナが慌てて羽交い締めにして必死に止める。


その横で、アイラの専属メイドとしてちゃっかりこの旅に同行しているエマは、我関せずといった様子で優雅に紅茶を淹れていた。


「アイラ様、食後のハーブティーをお持ちしました。……セナちゃん、セレス様のお世話、頑張ってね」


エマは完璧なメイドの微笑みを浮かべながら、暴れるセレスをセナに完全丸投げした。


かつて戦争の時にシュシュエルの器としての立場を利用して天界へ避難した時もそうだったが、彼女は本当に自分の安全と快適なポジションを確保するのが上手い。


「もう、エマさんったら! 少しは手伝ってくださいよぉ!」


「私はあくまで『アイラ様の専属メイド』ですから。セレス様のお目付け役は、聖女であるセナちゃんの立派なお仕事よ」


涙目で訴えるセナに対し、エマは涼しい顔で紅茶を啜っている。


「ふふっ、エマは本当にちゃっかりしてるわね。でも、セレスが暴れる前に美味しいものでも食べさせて大人しくさせておかないとね」


アイラが笑いながら言うと、エマも嬉しそうに目を細めた。


「ええ。ドミニケル王国には、素晴らしい海鮮スパイス料理の店があると聞いております。私も、アイラ様のお供としてその味を学ばせていただくのが楽しみですわ」


「おおっ! スパイス料理じゃと!? それは楽しみじゃ!」


影の王国の恐ろしい陰謀の話題から一転、馬車の中はあっという間に「ドミニケル王国の美味しいご当地グルメ」の話題で持ちきりとなった。


『……やれやれ。君たちのその食欲とマイペースさには、本当に敵わないよ。気をつけて向かっておくれ、アイラ』


通信機越しに、ジュリアンが呆れ混じりの、しかし極上に甘い笑い声を響かせた。


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