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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編20

商業連合国家、ドラネコン連合国の首都ヌエネヤデンナ。


アイラとリリアの精巧な分身は、この都に在る大商会『ヌエ-カイダクア』の地下施設へと移送されていた。


薄暗く湿った地下牢のようなその場所には、カビと鉄錆の嫌な匂いが立ち込めている。


冷たい石の床の上で、分身の他に、各国から集められただろう見目麗しい少女たちが、おびえた様子で固まって震えている。


「ひっ、怖いよぅ……お母さん……」


「ここから出して……お願い……」


少女たちのすすり泣きが響く中、分身たちはその話の輪に入って怯えているふりをしつつ、影に潜ませた使い魔を放って情報収集にいそしんでいた。


商業連合国家というだけあり、金こそ全てと言う感じの大商会の連合が国の方針を決めているらしい。


犯罪組織の拠点もここには幾つもあり、みかじめ料を徴収していたり、大商会が直接裏稼業に手を染めていたりと、「闇しかないこんな国家も珍しい」と、アイラは分身からの報告を受けて呆れ果てていた。


分身たちの出品されるオークションは、日程が決まっていないが、三カ月以内には開催する様に指示されているらしい。


内政干渉になるので、各国は表立っては動けない状況だった。


どの様な形で関わるかが問題だった。


「国ごと滅ぼそうかとも思ったけれど、良い感じの団体を見つけたわ」


レヴナント子爵邸のサロンで、アイラが分身から送られてきた情報を羊皮紙にまとめながら言った。


「良い感じの団体、ですか?」


リリアが首を傾げると、アイラは青玉の瞳をキラリと輝かせた。


「ええ。どうやらこの国の闇に立ち向かう弱小商会の集まりと、それを支援する冒険者が居るみたいなの」


「冒険者の彼らは、この国を憂いてクーデターに参加して、大商会を叩き潰すらしいわ」


アイラの言葉に、ジュリアンが翠緑の瞳を面白そうに細めた。


「クーデターが成功したとしても、その後の連合国が良い国になるとは考えられないが、今よりはましになるかもしれない。と言う理由から手を貸しているというのが本音だろうね」


「流石に正義のためにとは考えてないと思いたいわ」


アイラが肩をすくめると、エドワードが生真面目な顔で頷いた。


「この団体に情報や有利に事が進むように誘導するのが良さそうです。今回追っている組織の情報が入れば御の字でしょう」


「そうじゃな! 悪党どもを叩き潰して、新たな美食の国を探す絶好の機会じゃ!」


セレスがタルトを頬張りながら目を輝かせると、セナが胃を押さえて震えた。


「クーデターに加担するなんて……またカオスなことになりそう……」


「よし、方針は決まったわね! ドラネコン連合国へ向かうわよ!」


アイラが立ち上がると、ジュリアンが優しく微笑んだ。


「その前に、デブリスコスモ王国の国王陛下に報告をしておくべきだろうね。他国での失踪事件の捜査を、情報屋の依頼という形で進めると」


「ええ、そうね。早速国王様にお手紙を書きましょう」


アイラたちは素早く準備を整え、デブリスコスモ王国国王への報告を済ませると、空間魔法で一気にドラネコン連合国へと移動した。


ドラネコン連合国の首都ヌエネヤデンナ。


活気ある市場や華やかな商館が立ち並ぶ表の顔とは裏腹に、裏路地には貧困と暴力の匂いが色濃く漂っていた。


「なるほど、金が全てというだけあって、貧富の差が激しい街ね」


アイラが街並みを観察しながら呟くと、リリアが悲しそうに目を伏せた。


「ええ、あちこちで孤児たちが飢えに苦しんでいるようですわ」


「我々が介入することで、少しでも状況が良くなればいいが」


エドワードが真剣な表情で周囲を見渡す。


「さて、まずはその弱小商会の集まりとやらと接触を図ろうか。彼らの拠点に、僕たちの有能な情報屋を派遣しよう」


ジュリアンが腹黒い笑みを浮かべ、使い魔の一匹を影に潜ませて放った。


しばらくして、使い魔から情報がもたらされた。


「どうやら、弱小商会の集まり『黎明の風』は、今夜、大商会『ヌエ-カイダクア』の倉庫の一つを襲撃する計画を立てているようだね」


「あら、それは好都合ね。私たちが少しだけサポートしてあげましょう」


アイラが青玉の瞳をギラリと輝かせ、作戦を練り始めた。


「彼らが襲撃する倉庫には、実は『ヌエ-カイダクア』の裏帳簿が隠されているらしいの。それを手に入れれば、大商会の悪事を暴く決定的な証拠になるわ」


「なるほど。僕たちは影から彼らを援護しつつ、その裏帳簿をコピーしていただこう。それこそが、この国の闇を暴き、他国への影響力を強めるための重要なカードになる」


ジュリアンが完璧な計画を立てると、全員が賛同した。


その夜、『黎明の風』のメンバーたちが倉庫に忍び込んだ。


彼らは冒険者を中心とした実力者揃いだったが、大商会の警備も厳重だった。


「チッ、見つかったか!」


「くそっ、囲まれたぞ!」


『黎明の風』のメンバーたちが苦戦を強いられる中、突如として警備の男たちが次々と気絶して倒れ始めた。


「な、何が起こったんだ?」


「誰か助けてくれたのか?」


混乱する彼らをよそに、影に潜んでいたジュリアンの使い魔が、見事に裏帳簿をコピーして回収していた。


「ふふっ、作戦成功ね」


遠く離れた宿屋の一室で、アイラが使い魔から送られてきた裏帳簿のコピーを広げながら笑った。


「これで、『ヌエ-カイダクア』の悪事は完全に把握できたわ。あとは、この情報をどう使うかだけど……」


アイラが裏帳簿を眺めていると、ジュリアンが翠緑の瞳を細めてある一箇所を指差した。


「アイラ、ここを見てごらん。この大商会、他国の犯罪組織とも深く繋がっているようだ」


「本当だわ……。それに、この組織の名前……どこかで聞いたことがあるような」


アイラが記憶を辿ると、リリアがハッとしたように声を上げた。


「お姉様、これは……! 以前、私たちが壊滅させた『影の国家』の残党ではありませんか?」


「ええ、間違いないわ。あの時、悪魔の知識に染まっていた連中の生き残りが、ここでまた組織を再建しようとしているのね」


アイラが青玉の瞳に冷たい光を宿すと、セレスが立ち上がって高笑いをした。


「ふははは! ならば話は早い! 悪魔の知識に染まった悪党どもには、私の『有難い聖書朗読会』が一番じゃ!」


「ええ、その通りね。今度こそ、根こそぎお掃除してやるわ!」


アイラが力強く頷き、ドラネコン連合国での暗躍は、さらに激しさを増していくのだった。


ドラネコン連合国の首都ヌエネヤデンナは、表面上の華やかさとは裏腹に、どす黒い欲望が渦巻いていた。


アイラたちは宿屋の一室で、使い魔がもたらす映像を食い入るように見つめていた。


「どうやら、いよいよ『黎明の風』が動くみたいね」


アイラが青玉の瞳を輝かせると、ジュリアンが優雅に紅茶を啜りながら頷いた。


「ええ。彼らはついに、連合議会に乗り込む決意を固めたようだ。僕たちが提供した裏帳簿のコピーが、決定的な証拠になると信じているからね」


映像の中では、弱小商会連合『黎明の風』の代表者たちと、彼らに協力する冒険者たちが、連合議会の議事堂を取り囲んでいた。


彼らの背後には、警備隊を始めとした連合国の兵力も控えている。


「ふむ、なかなか壮観な景色じゃな。悪党どもが震え上がる姿が目に浮かぶわ!」


セレスが山盛りのクッキーを頬張りながら楽しそうに笑う。


「でも、なんだか嫌な予感がします……。あの議会の人たち、全然焦っていないように見えますわ」


リリアが不安げにエドワードの袖を掴むと、エドワードは優しく彼女の手を握り返した。


「リリア嬢の言う通りだ。それに、あの警備隊の動きも不自然だ。まるで……」


エドワードの言葉を遮るように、映像の中で事態が急変した。


『黎明の風』の代表者が裏帳簿を突きつけ、大商会の悪事を糾弾しようとしたその時。


彼らを支援するはずだった警備隊や連合国の兵力が、一斉に武器を構え、『黎明の風』と冒険者たちを包囲したのだ。


「なっ……! どういうことだ!?」


「罠だ! 警備隊も議会とグルだったんだ!」


絶望的な叫びが響き渡る中、議席に座る大商会の重鎮たちが醜悪な笑みを浮かべていた。


「馬鹿め。この国の全ては我々大商会が握っているのだ。警備隊も、連合議会そのものもな」


「貴様らのような羽虫が、我々に逆らえるとでも思ったか?」


圧倒的な絶望が『黎明の風』を包み込む。


しかし、アイラはニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


「あらあら、やっぱりそうきたわね。でも、彼らをただの羽虫だと思ったら大間違いよ」


アイラの言葉に応えるかのように、包囲された冒険者たちが動いた。


彼らは一様に、余裕の笑みを浮かべていたのだ。


「おいおい、罠なんて百も承知だぜ」


「むしろ、これで心置きなく暴れられるってもんだ」


彼らから放たれる圧倒的な魔力とプレッシャーに、兵士たちがたじろぐ。


「な、なんだこいつら……!」


「ただの冒険者じゃないぞ!」


それもそのはず。


今回の作戦に関わっている冒険者たちは、最低でもAランク。


さらに、Aランクパーティーが三つ、そしてSランクパーティーが一つという、規格外の戦力だったのだ。


「それにしても、冒険者ギルドも随分と大盤振る舞いしたわね。まさか、ギルド本部副ギルド長まで混ざっているなんて」


アイラが呆れたように呟くと、ジュリアンが面白そうに目を細めた。


「ふふっ、冒険者ギルドもこの国の腐敗には手を焼いていたのだろうね。この機会に、一気に膿を出し切るつもりなのだろう」


映像の中では、Sランク冒険者たちと副ギルド長が圧倒的な力で兵士たちを制圧していく。


その鮮やかな手口と、王道ストーリーさながらの展開に、ジュリアンとエドワードは胸を熱くしていた。


「素晴らしい! まさに英雄の如き活躍だ!」


「ええ、剣の軌道に一切の迷いがありません。見事な剣術です!」


二人の様子に、アイラは苦笑しながら肩をすくめた。


「あなたたち、完全に物語の読者になってるわよ。まあ、見ていて気持ちがいいのは確かだけど」


あっという間に連合国の兵力は無力化され、大商会連合議会の重鎮たちは冒険者たちによって捕縛された。


先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた重鎮たちの顔が、信じられないものを見るように歪み、一瞬にして血の気が引いていく。


彼らがすがるように向けた視線の先では、頼みの綱であった兵士たちも、圧倒的な力で仲間が次々と薙ぎ倒される光景に恐れをなし、武器を取り落として後ずさっていた。


「ひっ、許してくれ! 金ならいくらでも払う!」


「命だけは助けてくれぇ!」


醜く命乞いをする重鎮たちを見下ろし、副ギルド長が冷酷に告げる。


「貴様らの罪は重い。これより、商業都市は我々冒険者ギルドと、作戦に加担した弱小商業ギルドによって統治される」


その言葉に、『黎明の風』の代表者たちも驚きを隠せない様子だった。


「ご、合同統治……ですか?」


「そうだ。商業と冒険者のギルド本部をこの町に設置し、互いに協力して新時代を築く」


副ギルド長は、利益を共存できる新たな国家の樹立を提案した。


ギルドはあくまで相談役に留まり、住民による代表者を選出する。


それは、この世界における初めての『民主主義』の始まりを意味していた。


「なるほど、弱小商業連合に手を貸す代わりに、彼らを大商会に成り上がらせる……。その代わり、暗い商いには手を出させないよう、互いに監視役を派遣するというわけか」


ジュリアンが感心したように呟くと、アイラも深く頷いた。


「ええ、よく考えられたシステムね。これなら、一部の権力者が暴走するのを防げるわ」


「ふむ、新しい国の誕生か。これは祝宴を開かねばならんな! 美味い酒と肉を用意せよ!」


セレスが満面の笑みでバンバンと机を叩くと、セナが慌てて彼女を止める。


「セ、セレス様! まだ事件は終わっていませんよ!」


「セナの言う通りよ。私たちの本当の目的は、犯罪組織の壊滅と、オークションにかけられる予定の人たちの救出なんだから」


アイラが青玉の瞳をギラリと輝かせると、エマが静かに口を開いた。


「アイラお嬢様、冒険者ギルドの部隊が、大商会連合のブラックマーケットへ向けて出発したようです」


「よし、私たちも行くわよ! 悪党どもに、正義の鉄槌(と私のお腹の空き具合)を思い知らせてやるんだから!」


アイラたちは決意を新たに、ブラックマーケットへと向かう冒険者たちの後を追うのだった。


ブラックマーケットの隠された地下施設へと踏み込んだ冒険者たちの活躍は、スマートで合理的かつ効率的なプロフェッショナルな動きだった。


彼らの洗練された身のこなしは、下手な警備隊や騎士団など目ではないと、アイラたちは物陰から感心して見つめていた。


即席のレイドパーティーでこれほどの練度を引き出しているというのは凄いことだと、ジュリアンも目を丸くしている。


基本的に冒険者は特定のパーティーかソロで活躍する。


中には災害級と呼ばれる大規模討伐でレイドを組むこともあるらしいが、ここまで見事に連携できるものではないと思うのだが、自分たちの冒険者に対する情報が古いのだろうかとアイラが首を傾げていると、司令塔らしき冒険者が展開している魔法式に興味が湧いた。


なぜなら、その魔法式の出力には、術者の周りに見えないウィンドウを表示させ、レイドメンバー全員の現状状態をリアルタイムでモニターするという画期的な機能が備わっていたからだった。


「へえ、あれは面白い魔法ね」


アイラは青玉の瞳を瞬かせて感心した。


このような大規模なメンバーの状況把握魔法は、常軌を逸した魔力と感知能力を持つ魔女には必要ないが、システムとして見れば素晴らしい出来だった。


限られた魔力とリソースで最大限の効率を求めるのは、人間ならではの知恵と言っても良いだろうと、アイラは感心していた。


「あれほど緻密な術式を、戦闘中に維持し続けるとは大したものだ」


ジュリアンもまた、感心したように翠緑の瞳を細めた。


アイラは青玉の瞳に微かな魔力光を宿すと、瞬きする間にその複雑な術式を音もなく解きほぐし、あっさりと自分の知識へと組み込んでみせた。


魔法の構造自体は複雑だったが、理屈さえ分かれば魔女の力で再現するのは容易いことだった。


何かお礼をしないといけないなと思いつつ、アイラたちは身を隠したまま戦況を監視するのであった。


結局のところ、アイラたちの出番はない。


司令塔が展開している魔法で的確な指示が飛び、各冒険者が監禁されている人たちを次々に救い出していく。


手際よく縛めを解かれ、保護されていく人々を見守りながら、アイラたちは一つだけ気になる反応が出たところに向かうのであった。


気になった反応、それは濃密な瘴気だった。


瘴気は悪魔が発するものと、地獄から直接漏れ出すもの等があるが、これはどれよりも薄いが、規模が異常に大きい。


「お姉様、この奥から嫌な気配がしますわ」


リリアが少しだけ顔をしかめると、エドワードが彼女を庇うように前に出た。


どうやらあの規格外な教皇、セレスの活躍する場所の様だ。


アイラたちが気配の元へ辿り着くと、そこには地下空間の中心で仁王立ちするセレスの姿があった。


セレスは、聖書を片手にコホンと咳払いをして、聖書の一節を高らかに読み始めた。


「『光あれ。さすれば闇は払われ、穢れし地は浄化の炎によって清められん』!」


セレスの朗々とした声が響き渡るたびに、空間を満たしていた瘴気がチリチリと音を立てて消滅していく。


思う存分聖書を読み終わったセレスは、とても良い笑顔だったが、周辺が強烈な神聖魔力で完全に聖域化しているではないか。


「ふはははは! 悪魔の残滓ごとき、私の祈りの前には塵芥に等しいわ!」


高笑いするセレスの周囲には、天使の輪のような光の輪がいくつも浮かび上がり、神々しいまでの光を放っていた。


「……あれ、やりすぎて普通の人間が入ってこられないレベルになってないかしら」


アイラが呆れたように呟くと、ジュリアンが苦笑交じりに頷いた。


「まあ、元々瘴気が溜まっていた危険な場所だ。これだけ浄化されれば、困る人はいないだろうから放置して帰る事にしよう」


「そうですわね。巻き込まれて私たちが浄化されてはたまりませんわ」


リリアも同意し、アイラたちは満足げなセレスに声をかけることもなく、静かにその場を後にした。


冒険者たちによる大商会連合の制圧と、人質たちの救出は完全に成功を収めたようだった。


そして、拠点としている宿屋の部屋に帰ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。


今回囮役として大商会に捕まっていたはずのアイラとリリアの分身たちが、部屋のソファで優雅に寛いでいたのだ。


「あら、お帰りなさい。なんだか外が騒がしかったけれど、もう終わったのかしら?」


分身のアイラが、本物と全く同じ仕草でお茶を啜りながら首を傾げた。


「ええ、終わったわ。それにしても、あなたたち……いつの間に抜け出してきたのよ」


アイラがため息をつきながら尋ねると、分身のリリアがクスクスと笑った。


「冒険者の方々が突入してきて警備が手薄になった隙に、影に潜んで帰ってきましたの。だって、あんな薄暗い地下牢より、こちらのふかふかのソファの方が良いですもの」


「まったく、主の性格を忠実に引き継ぎすぎているね」


ジュリアンが呆れたように肩をすくめると、部屋の奥からセナが顔を出した。


「お姉ちゃんたち、おかえりなさい! ご飯、もうできてるよ!」


「まあ! さすがセナね、ちょうどお腹が空いていたところなの!」


アイラは青玉の瞳を輝かせ、先ほどまでのブラックマーケットでの出来事などすっかり忘れたように、食卓へと駆け出していくのだった。


大商会連合の壊滅という激動の一夜が明け、ドラネコン連合国は新たな朝を迎えていた。


窓から差し込む清々しい朝の光が、昨夜のどす黒い陰謀をすっかり洗い流したかのようだった。


外からは、不安と期待が入り交じりながらも、どこか活気を取り戻し始めた街の喧騒が微かに聞こえてくる。


冒険者ギルドと弱小商業連合『黎明の風』による暫定統治が始まり、街は混乱しながらも希望の熱気に包まれている。


そんな喧騒をよそに、アイラたちは宿屋の豪華なスイートルームで、優雅な朝食の時間を満喫していた。


「うむ! 相変わらず、お前の作る飯は天界の食事を遥かに凌駕するな。このサクサクとした生地と濃厚なカスタードのハーモニー、五臓六腑に染み渡るぞ」


セレスが、焼きたてのフルーツタルトを頬張りながら至福の表情を浮かべる。


「ええ、今日は特別にクリームを増量したの。美味しいご飯のためなら、観察眼も冴え渡るってもんよ」


アイラもまた、特大のオムレツを切り分けながら青玉の瞳を輝かせていた。


「それにしても、見事な手際だったね。冒険者たちの連携も素晴らしかったが、君たちの分身の潜伏能力も本物と見紛うほどだ。勝手に帰ってきてふかふかのソファで寛いでいるところなど、特にね」


ジュリアンが、美しい所作で紅茶を傾けながら微笑む。


「ええ、こちらのふかふかのソファの方が良いに決まってますもの」


リリアもエドワードに寄り添いながら、分身の行動に深く同意していた。


因みに、分身たちは未だベッドで寝ている。


「さて、囮役の分身たちも無事に戻ってきたことだし、現状整理をしましょうか」


食後のお茶を楽しみながら、アイラは一同を見回した。


机の上には、ジュリアンの使い魔が集めてきた膨大な情報がまとめられた書類の山が積まれている。


「今回の事件、大商会連合の裏に『影の国家』の残党が絡んでいたことは間違いないわね」


「ええ。彼らは、あの地下施設を利用して、違法なオークションや人身売買、そして……得体の知れない薬品の密造を行っていたようだ」


ジュリアンが書類の一部を指差す。


「得体の知れない薬品、ですか?」


エドワードが眉をひそめると、アイラが頷いた。


「セレスが浄化したあの地下施設、異常な瘴気が溜まっていたでしょ。あれは悪魔が直接現れたわけじゃなくて、何か別の原因があると思っていたの」


アイラは、分身たちが持ち帰ってきた情報を元に推測を語る。


「おそらく、彼らは何らかの方法で悪魔と契約を結び、知識と力を手に入れたのよ。悪魔自体が直接手を下しているわけではないだろうけど、人間から見れば化物に等しいわね」


「ふはははは! 悪魔の知識に溺れた愚か者どもめ。この私が全て浄化してやったわ!」


セレスが胸を張って豪語するが、その口元にはまだタルトのクリームがついている。


「セレス様のおかげで、あの施設は二度と使い物にならないでしょう。でも、問題は彼らの逃走経路と、次に何を企んでいるかですわ」


リリアの指摘に、アイラが冷静に答える。


「浄化された施設の所有者は既に割れている。クインシー商会よ」


「クインシー商会……表向きは武器商会でしたよね?」


セナが首を傾げる。


「ええ。普通なら、武器商会の裏の顔といえば武器の密輸などを想像するだろうけど、彼らの本命は『麻薬』の密輸取引よ」


アイラが書類の中から、クインシー商会の裏帳簿のコピーを抜き出した。


「どちらにしても黒だけど、武器は国によっては合法で取引できるから、表の顔としては都合が良かったんでしょうね」


「ただの麻薬なら、各国の治安維持組織に任せればいいことだ。だが、問題はそこではない」


ジュリアンが翠緑の瞳に冷酷な光を宿す。


「この麻薬には、微量ながら瘴気が混入されている形跡がある。おそらく、使用者の精神に強く作用するものだろう」


「瘴気入りの麻薬……ですか。それは、一時的に人間のレベルを超越した力を手に入れられる、ということでしょうか?」


エドワードの問いに、アイラが深く頷く。


「その通りよ。下級悪魔未満の力かもしれないけれど、人間にしては強い部類に入るわ。一般人が、何もしなくてもAランク冒険者程度の力を手に入れられるのだから」


その言葉に、室内の空気がピンと張り詰める。


Aランク冒険者といえば、一騎当千の猛者だ。


それが薬一つで量産されるとなれば、各国の軍事バランスは崩壊し、世界は混乱に陥るだろう。


「とは言え、そんな都合の良い話には当然、大きな反動があるわ」


アイラが呆れたようにため息をつく。


「戦闘などでその力を限界まで引き出そうものなら、次の日から一週間は全身骨折の上、小錦十人に押しつぶされるくらいの激痛が続くでしょうね」


「こ、こにしき……? それは、どのような悪魔なのでしょうか?」


リリアが不思議そうに首を傾げると、アイラは少し考えてから分かりやすい例えを出した。


「そうね……フルプレートアーマーを着たサミュエル様を思い浮かべてみて」


「ヒィィッ!?」


その想像を絶する光景を思い浮かべたのか、セレスがガクガクブルブルと震え出した。


ガタガタと震え続けるセレスを見て、少し脅かしすぎたかしらとアイラとリリアは顔を見合わせて苦笑いした。


「あ、あの暑苦しい筋肉ダルマが十人……しかもフルプレートアーマーで……!? そ、それは地獄以上の苦しみじゃ!」


「ええ、だからこそ放ってはおけないの。そんな危険なものをばら撒かれたら、世界中が大パニックよ」


アイラが青玉の瞳をギラリと輝かせる。


「クインシー商会は既にこの国を脱出し、別の拠点へ向かった可能性が高いわ」


「では、すぐにお姉様たちも追撃を……!」


セナが意気込むが、アイラはニヤリと笑って首を横に振った。


「いえ、私たち(本体)は一度、デブリスコスモ王国へ戻るわ」


「えっ? 戻るのですか?」


驚くセナに、ジュリアンが優しく説明する。


「彼らを追うのは、分身たちに任せることにしたんだ。彼女たちなら、僕たちの使い魔と連携して、確実にクインシー商会の尻尾を掴んでくれるだろう」


「それに、私たちにはまだデブリスコスモ王国でやるべきことがあるの。今回の件も含めて、各国の情報を整理し、次の『影の国家』の動きを予測しなければならないからね」


アイラがそう言うと、リリアも納得したように頷いた。


「お姉様の言う通りですわ。私たちが直接動くのは、敵の本拠地を突き止めてからでも遅くありません」


「うむ! ならば、まずはデブリスコスモ王国に帰って、国王の開く豪華な晩餐会に参加するとしよう! 勝利の宴じゃ!」


すっかり立ち直ったセレスが、両手を挙げて歓声を上げる。


「もう、セレス様はご飯のことばかりですね……」


セナが呆れながらも、嬉しそうに微笑んだ。


こうして、クインシー商会の追跡を精巧な分身たちに託し、アイラたち本体は、次なる戦いに備えるため、一路デブリスコスモ王国へと帰還するのであった。


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