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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編15

夜風が心地よい、数日後の夜。


ローゼリア救出の礼としてディナーに招待されたアイラたちは、豪奢にライトアップされたドミニケル王国の王城へと足を踏み入れた。


案内された豪華な晩餐の間には、アレクセイの他に、現国王であるセイムダル国王陛下と、王妃のシスティーナ妃が待っていた。


「この度は、我が息子の婚約者と、国の危機を救ってくれたこと、心より感謝申し上げる」


威厳あるセイムダル国王が深く頭を下げると、システィーナ王妃も優雅な笑みを浮かべて礼を述べた。


「ええ、私たちにできることをしたまでですから、お気になさらないでください」


アイラが楚々とした微笑みで返答すると、不意に部屋の奥の扉が開き、一人の女性が姿を現した。


「アレクセイ、恩人の方々が到着したと聞いたのだけれど……あら?」


その女性の姿を見た瞬間、アイラとリリアは小さく目を丸くした。


そこに立っていたのは、銀色の髪と青玉の瞳を持つ、アイラたちと瓜二つの容姿をした若々しい女性であった。


「おばあ様、本日はご同席いただきありがとうございます」


アレクセイが丁寧に迎え入れたその女性こそが、彼のおばあ様であり、かつてアイラの教え子であったリアスティエーゼの血を引く子孫、エクレールであった。


「まあ、あなたたち……私とそっくりじゃないの」


エクレールは驚いたようにアイラとリリアの顔をマジマジと見つめ、興味深そうに目を輝かせた。


その好奇心旺盛でどこか奔放な雰囲気は、真面目で不器用だったリアスティエーゼとは全く異なり、どちらかと言えばアイラ本人によく似た性格であるように感じられた。


「初めまして、エクレール様」


アイラは優雅にカーテシーを披露し、あらかじめ用意しておいた設定で自己紹介を始めた。


「私たちは、かつてこの地を治めたリアスティエーゼ様の師であり、同じ祖先を持つアイラの子孫です」


「先祖の血を色濃く受け継いだ遠い親戚、といったところでしょうか」


リリアもそれに続いて微笑むと、エクレールは嬉しそうに手を叩いた。


「なるほど、初代様であるアイラ様の子孫なのね! だから私とこんなにも似ているのね!」


「それにしても、エクレール様は随分とお若く見えますね」


ジュリアンが完璧な美青年の笑みを浮かべて尋ねると、アレクセイが少しだけ誇らしげに説明をした。


「ええ。おばあ様は、先祖から受け継いだ魔力が突出しておりまして、その力で若さを保っておられるのです」


アイラが大魔女の眼でエクレールの魔力を分析してみると、彼女の魔法特性は見事に黒魔法に偏っており、その内包する魔力はかつてのリアスティエーゼの二倍はくだらないほど膨大なものであった。


(これだけ膨大な魔力があれば、無意識に垂れ流しているだけでも肉体の若さを保てるのも頷けるわね)


アイラは内心で納得したが、同時に少しだけ残念な事実にも気がついていた。


(悲しいことに、彼女の魔力の扱い方は完全に赤点ね……)


白と黒の魔法使いにとって、強大な魔力を正しく制御するためには、優れた師の存在が最も重要である。


黒魔法の強力な素質は遺伝しているものの、その使い方までは頭に流れてこなかったようだった。


(私とリリアがすぐに魔法を使えたのは、双子というアドバンテージと相乗効果があったからこその例外中の例外だものね)


しかし、エクレールが魔法の達人でなくとも、彼女がこうして家族に囲まれて人間として幸せに笑っている姿を見られただけで、アイラとリリアは十分に満足であった。


「さあさあ、立ち話もなんですし、席に着きましょう! お城のシェフが腕によりをかけたお料理が冷めてしまうわ!」


エクレールが朗らかに促し、アイラたちは豪華なディナーの席へと着いた。


運ばれてくる料理はどれも一級品で、アイラは青玉の瞳をキラキラと輝かせながら、次々と絶品料理を堪能していった。


「んん〜っ、このお肉、口の中でとろけるわ! さすがお城のシェフね!」


アイラが幸せそうに頬を緩ませると、ジュリアンが優しく彼女の口元をナプキンで拭った。


「君が美味しそうに食べる姿は、どんな芸術品よりも美しいよ。……だが、あまり急ぐと喉に詰まらせてしまうから、ゆっくり味わっておくれ」


「ジュリアン様ったら、もう……」


アイラが照れくさそうに笑うと、向かいの席ではエドワードが生真面目な顔で魚の骨を綺麗に取り除いていた。


「リリア嬢、この白身魚はとても柔らかくて美味しいですよ。はい、あーん」


「ふふっ、ありがとうございます、エドワード様。……ん、とっても美味しいですわ」


リリアが嬉しそうにエドワードの手から料理を食べると、エドワードは顔を真っ赤にして相好を崩した。


その周囲が見えなくなるほどの甘々でピンク色な夫婦のやり取りに、セイムダル国王やアレクセイは少しだけ目のやり場に困っているようだった。


しかし、エクレールだけは面白そうにクスクスと笑っていた。


「あなたたち、本当に仲が良いのね。見ているこっちまで幸せな気分になってくるわ」


美味しい料理を堪能したアイラとリリアは、食後の優雅なティータイムの中で、エクレールと暫しの楽しい時間を満喫した。


「エクレール様は、何かお好きな魔法はあるのですか?」


アイラが尋ねると、エクレールは少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いた。


「それが、魔力はたくさんあるみたいなのだけれど、上手く扱えなくて……いつも物を壊してばかりなのよ」


その言葉を聞いて、アイラとリリアは顔を見合わせて優しく微笑んだ。


「それなら、私たちが少しだけ魔法のコツをお教えしましょうか」


「ええ、余生を楽しく過ごせるような、素敵な魔法が良いですわね」


アイラとリリアが提案すると、エクレールは少女のように目を輝かせた。


「本当!? ぜひ教えてちょうだい!」


アイラたちは王城の中庭へと移動し、エクレールに安全で楽しい魔法のレクチャーを始めた。


「まずは、指先に少しだけ魔力を集めて……お花を咲かせてみましょうか」


アイラが手本を見せると、中庭の芝生に色とりどりの美しい花畑が一瞬にして広がった。


「わあ、綺麗……! 私にもできるかしら?」


エクレールが見よう見まねで魔力を込めると、不格好ながらも可愛らしい一輪の花がポンッと咲いた。


「できましたわ! エクレール様、お見事です!」


リリアが拍手をすると、エクレールは嬉しそうに何度も花を咲かせ始めた。


その後も、アイラたちは水嶺の魔法を応用してキラキラと輝く噴水を作る魔法や、夜空に色鮮やかな花火を打ち上げる魔法など、生活を彩る楽しい時間を過ごせる魔法を次々と教えた。


「ふふっ、これならお庭でのお茶会がもっと楽しくなりそうだわ!」


夜空に咲く魔法の花火を見上げながら、エクレールは心から楽しそうに笑っていた。


その笑顔は、かつてアイラが不器用な教え子に見せてほしかったと願った、明るく幸せな未来の象徴でもあった。


「おばあ様がこれほど楽しそうに笑うのは、本当に久しぶりだ」


アレクセイもまた、祖母の笑顔を見て安堵の息を漏らした。


「君たちには、本当に何から何まで世話になったな。改めて、礼を言わせてくれ」


セイムダル国王も深く頷き、アイラたちに心からの感謝を伝えた。


「可愛い親戚の頼みですから、これくらいお安い御用ですよ」


アイラが茶目っ気たっぷりにウインクをすると、ジュリアンが彼女の腰を優しく抱き寄せた。


「さて、そろそろ夜も更けてきた。私たちはこれで失礼させてもらおうか」


「ええ。エドワード様、リリア嬢も帰りましょう」


ジュリアンとエドワードに促され、アイラたちは名残惜しそうにするエクレールたちに別れを告げた。


「またいつでも遊びにいらっしゃいね! 今度は私がお茶をご馳走するわ!」


エクレールの明るい声に見送られながら、アイラたちは王城を後にした。


「今日は本当に楽しい夜だったわね」


夜風に当たりながら王都の石畳を歩き、アイラは満足げに背伸びをした。


「ええ、お姉様。エクレール様が幸せそうに暮らしているのを見られて、私もとても嬉しかったですわ」


リリアもふんわりと微笑み、エドワードの腕にすり寄る。


「リアスティエーゼの血が、こうして温かい形で受け継がれているのを確認できて、本当によかったわ」


アイラが夜空を見上げて呟くと、ジュリアンが極上の笑みで彼女の銀髪に口付けた。


「君が蒔いた優しさの種が、数百年を経て立派な花を咲かせたということだね。君は本当に、世界で一番素晴らしい魔女だよ」


愛する夫の甘い言葉に顔を赤らめながら、アイラたちは彼らの現在の拠点である分身の家へと、ゆっくりと帰っていくのであった。


ドミニケル王国の王城でのディナーから三カ月程が経った。


その間、アイラたちは王都での生活を心ゆくまで満喫していた。


エクレールとのお茶会を楽しんだり、王都の様々な店を巡って食べ歩きをしたりする中で、アイラの中である思いがふつふつと湧き上がっていた。


ある日のこと、拠点である自宅で優雅なティータイムを過ごしている最中に、彼女はそれを口にした。


「王都リアスティエーゼ、とっても活気があって居心地が良いわね」


アイラが紅茶を飲みながら満足げに微笑むと、リリアもそれに同意して頷いた。


「ええ、お姉様。エクレール様も時々お茶に誘ってくださいますし、毎日がとても楽しいですわ」


「でも、せっかくしばらくこの国に滞在するつもりなら、ただ遊んでいるだけじゃなくて、何かお仕事をしてみない?」


アイラが不意に思いついたように提案すると、三人は不思議そうに目を丸くした。


「仕事、かい?」


ジュリアンが尋ねると、アイラは青玉の瞳をキラキラと輝かせて身を乗り出した。


「ええ。実は思い出したんだけど、分身を作る前に一度食堂を開いて、料理教室も開いていたの。でも、ドミニケル公爵領を出るときに分身を食堂経営に残して来たのよね。エベレンズピークでも看板娘をやっていたし、もう一度食堂を始めてみたいのよ!」


アイラの突飛な提案に、三人は顔を見合わせて少しだけ考え込んだ。


「なるほど。君のその絶品料理を世に広めるということだね」


「でも、お姉様。私たち、商売なんてまともにできるのでしょうか?」


リリアが小首を傾げて心配そうに呟く。


よくよく考えてみれば、この四人の中でまともに「労働」をして対価を得た経験がある者は皆無に等しかった。


ジュリアンとエドワードは元王太子と王子であり、死後も天国で優雅に暮らしていたため、自らの手でお金を稼ぐ必要がなかった。


アイラとリリアも元は公爵令嬢であり、魔女に覚醒してからは魔法の修行と気ままな旅に明け暮れ、お金を使うことしかしてこなかったのだ。


唯一の経験といえば、アイラの分身の記憶にある少しばかりの食堂経営と、アイラ本人が数百年前にエベレンズピークで看板娘をした程度である。


「大丈夫よ! こう見えて私たち、能力だけは規格外なんだから、手分けして準備を進めれば絶対になんとかなるわ!」


アイラが自信満々に胸を張ると、ジュリアンが腹黒くも甘い笑みを浮かべて彼女の肩を抱き寄せた。


「君がそう言うなら、全力で協力しよう。では、王都で食堂を開くために必要な手続きを、思いつく限りリストアップしてみようか」


「まずは、王都で店を開くための営業許可証の取得ね」


アイラが指を折って数え始める。


「それから、新鮮な食材を安く安定して手に入れるための仕入れルートの開拓」


「お店の宣伝と、お客様の呼び込みも必要ですわね」


リリアが付け加えると、エドワードも生真面目に頷いた。


「家賃や食材費、売り上げの予測など、詳細な損益計算も欠かせませんね」


「よし、それじゃあ適材適所で役割分担よ!」


アイラはパンッと手を叩き、それぞれの担当を元気よく発表した。


「営業許可の申請と損益計算は、元王太子で頭脳明晰なジュリアン様にお願いね」


「ああ、任せておくれ。役所の煩雑な書類仕事や税の計算など、かつての公務に比べれば児戯に等しいよ」


ジュリアンが余裕の極上スマイルで引き受ける。


「エドワード様には、店舗になりそうな空き物件の掃除や、内装の力仕事をお願いしたいわ」


「承知いたしました。リリア嬢が快適に過ごせるよう、塵一つ残さず完璧な空間に仕上げてみせます」


「リリアは、その可愛らしさを最大限に活かして、客の呼び込みとお店の宣伝担当ね!」


「ふふっ、お任せくださいませ。たくさんのお客様を笑顔でお迎えしますわ」


「そして私は、料理長としてメニュー開発と食材の仕入れルートを開拓するわ!」


役割がキッチリと決まり、商売の素人ばかりの四人によるドタバタ食堂開店プロジェクトが幕を開けた。


翌日、ジュリアンは分身の家で見つけた王都の一等地の空き店舗の権利書を手に、商業ギルドと役所へと足を運んだ。


「新規の食堂の営業許可申請ですね。こちらの書類に……ひっ!?」


窓口の役人は、ジュリアンのあまりにも完璧な美貌と、背後に漂う只者ではない王者のオーラに圧倒され、震える手で書類を差し出した。


ジュリアンは腹黒い笑みを隠し、優雅な所作でその書類をサラサラと書き上げていく。


「立地条件からの客層の予測、初期投資の回収計画、そして月々の損益分岐点……ふむ、この程度の税率と物価ならば、一ヶ月で黒字化は確実だね」


元王太子の凄まじい計算能力と威圧感のある交渉術の前に、煩雑なはずの許可申請はわずか数十分で全て完了してしまった。


一方、アイラはエドワードを荷物持ちとして引き連れ、王都の巨大な市場へと繰り出していた。


「さあ、私の魔眼で極上の食材を安く見極めるわよ!」


アイラは青玉の瞳をキラリと輝かせ、店先に並ぶ野菜や肉の鮮度を魔法で瞬時に分析していく。


「おじさん、このトマトとあっちの香草、魔力の巡りが最高に良いわね! 全部まとめて買うから、少し安くしてくれないかしら?」


アイラが愛嬌たっぷりに交渉すると、市場の店主たちは絶世の美女の可愛らしいお願いに鼻の下を伸ばし、次々と破格の値段で食材を卸してくれた。


「アイラ義姉上、その……あまり買いすぎると、持ち帰るのが大変なのでは?」


両手に抱えきれないほどの荷物を持たされたエドワードが真面目な顔で尋ねると、アイラは腰につけた空間魔法の収納鞄をポンと叩いた。


「大丈夫よ、入り切らない分はこれに入れるから! エドワード様は、そのまま筋トレだと思って頑張ってちょうだい!」


「な、なるほど……これもリリア嬢を守るための体力作りですね!」


エドワードは謎の納得を見せ、凄まじい身体能力で大量の食材を軽々と運び続けた。


数日後、エドワードの並外れた働きによって完璧に清掃・改装された店舗の前に、リリアが可愛らしいエプロン姿で立っていた。


「皆様、近日中に絶品のお料理を提供する食堂がオープンいたしますわ! ぜひいらしてくださいね!」


リリアが天使のような微笑みで宣伝のチラシを配ると、道行く人々は男女問わずその美しさに目を奪われ、次々と足を止めた。


「こ、こんな綺麗な嬢ちゃんがいる食堂なら、毎日通うぜ!」


「まあ、なんて可愛らしいのかしら……お友達も誘って行くわね!」


リリアの圧倒的な顔面偏差値による宣伝効果は絶大で、開店前にもかかわらず、食堂の噂は瞬く間に王都中に広まっていった。


「完璧だね。事前予約だけで、すでに初日の売り上げ目標をトリプルスコアで超えている。広めの店舗を押さえておいて正解だったよ」


店舗の奥で予約リストを整理していたジュリアンが、満足げに翠緑の瞳を細めた。


「エドワード様のおかげで厨房もピカピカですし、仕入れた食材の仕込みもバッチリよ!」


アイラが厨房から顔を出し、自信満々にVサインを作る。


王族や貴族、そして魔女という、およそ商売には不釣り合いな素人四人組であったが、それぞれの規格外の能力をフル活用した結果、開店準備は驚くほどスムーズに進んでいた。


「ふふっ、いよいよ明日がオープンですわね。なんだかワクワクしてきますわ」


リリアが嬉しそうにエドワードの腕にすり寄ると、彼も顔を赤らめて優しく微笑み返した。


「君の笑顔が見られるなら、どんな重労働も苦ではないよ」


相変わらず周囲が見えなくなるほど甘々でピンク色な雰囲気の妹夫婦を微笑ましく見守りながら、アイラはふうっと息を吐いて気合を入れ直した。


「さあ、明日は大魔女アイラの絶品料理で、この王都の胃袋を完全に掴んでやるわよ!」


「ああ。君の料理の虜になる客たちの顔を見るのが、今から楽しみだ」


ジュリアンがアイラの腰を抱き寄せ、その銀髪に愛おしそうに口付ける。


かつて分身が愛し、教え子の子孫たちが守り抜いてきたこの平和な王都で、アイラたちの新たなドタバタ食堂経営の幕が、今まさに上がろうとしていた。


いよいよ迎えた、アイラの食堂オープン当日の朝。


開店準備を整えて外の様子を窺ったアイラたちは、予想を遥かに超える光景に目を丸くした。


店先から通りに向かって、王都の人々がずらりと長蛇の列を作っていたのである。


「な、なによこの行列は……! まだ開店前だっていうのに、数百人は並んでいるわよ!」


アイラが窓から顔を覗かせて驚愕すると、隣で帳簿を確認していたジュリアンが余裕の笑みを浮かべた。


「リリア嬢の圧倒的な宣伝効果と、事前に予約を受け付けていた影響だろうね。だが、想定以上の客数だ」


ジュリアンは事前の計算に基づき、予約席とフリー客用の席を分けて確保していた。


だが、彼の完璧な予測をもってしても、この行列ではフリー客の待ち時間はかなりのものになってしまう。


「予約のお客様はすぐにご案内できますが、フリーでお待ちのお客様をこのまま立たせておくのはよろしくありませんわね」


リリアが心配そうに小首を傾げると、アイラはポンと手を叩いた。


「そうね。それじゃあ、店舗の奥にある今は何も置いていない倉庫のスペースを使って、待合室を作りましょう!」


アイラはすぐさま奥の倉庫へと向かい、指先から膨大な魔力を放った。


「【創造魔法クリエイト】!」


アイラの魔法によって、何もない空間から座り心地の良い上品な木製の椅子と、日差しを遮るための大きな日よけが次々と生み出されていく。


「さあ、ジュリアン様、エドワード様! これを外に運び出して、待機中のお客様に使ってもらうように設置してちょうだい!」


「ああ、任せておくれ。これも立派なサービスの一環だね」


「承知いたしました。お客様が不快な思いをしないよう、完璧な配置で設置してまいりましょう」


ジュリアンとエドワードは、アイラが生み出した椅子と日よけを軽々と持ち上げ、涼しい顔で店の外へと運び出していった。


顔面偏差値が高すぎる美青年二人が、汗一つかかずに重い家具を運んでいく姿に、並んでいた客たちからは黄色い歓声が上がっていた。


「よし、待合室の準備はこれでオーケーね。……でも、問題は厨房よ!」


アイラは厨房に戻り、山のように積まれたオーダー表の束を見て青ざめた。


いくら大魔女の圧倒的な手際があっても、この数の料理を一人で作るのは物理的に不可能に近い。


「フロアからは厨房が見えない作りになっているし、ここは遠慮なく魔法を使わせてもらうわ!」


アイラはパチンと指を鳴らし、自身の分身をポンポンと三体ほど創り出した。


分身たちはアイラと全く同じ思考と技術を持っており、無言で頷き合うと、目にも留まらぬ速さで調理を開始した。


コンロの火を自在に操り、複数のフライパンを同時に振り、絶品の料理を次々と完成させていくその光景は、まさに魔法のような効率の良さであった。


一方、フロアを担当するリリアは、押し寄せる客の対応に追われていた。


「こちらへどうぞ! お次のお客様、ご注文はお決まりでしょうか?」


いくらリリアが優秀でも、一人でフロア全体を回すのはやはり大変で、最初は少しだけ目が回るような忙しさであった。


しかし、外での椅子と日よけの設置を終えたジュリアンとエドワードがすぐに応援に入ったことで、事態は劇的に好転した。


「リリア嬢、こちらは私が引き受けます。君は少し休んでいてください」


エドワードが生真面目な顔でテキパキと料理を運び、ジュリアンが極上のスマイルで客のオーダーを捌いていく。


完璧な美貌を持つ彼らの接客に、客たちはただでさえ美味しい料理の味がさらに何倍にも跳ね上がるような錯覚を覚え、店内はたちまち幸せな活気に満ち溢れた。


「エドワード様、ジュリアン様、ありがとうございます。おかげで落ち着きを取り戻せました」


「君の負担を減らすのが私の役目だからね。……さあ、どんどん料理を運ぼうか」


四人の規格外な能力と連携により、初日の怒涛のような忙しさは見事に乗り切られ、大魔女の食堂は華々しいスタートを切ったのである。


それから数日が経過すると、初日のような爆発的な行列は落ち着き、フリーの客は少しずつ少なくなっていった。


「あら、今日は少し並んでいる人が少ないわね」


アイラが厨房からこっそりと様子を窺って呟くと、帳簿をつけていたジュリアンが首を横に振った。


「いや、客が減ったというよりは、来店する時間が疎らになっただけだよ。客単価と回転率を考えれば、最終的な売り上げは初日とそこまで大差はない」


ジュリアンの計算通り、食堂の経営は完全に軌道に乗り、安定した利益を生み出し始めていた。


しかし、王都の一等地という競合店がひしめく場所にあるため、当然ながら他の店舗に客が流れることもあった。


ある日、向かいにある老舗の食堂が、アイラの店の人気に対抗して『新作・特製香草焼き定食』という看板を大々的に掲げた。


「お姉様、向かいの食堂が新しいメニューを出したみたいですわ」


リリアが報告すると、アイラの料理人としての魂に火がついた。


「なるほど、売られた喧嘩は買う主義よ! 私たちも新メニューを開発して、味で勝負よ!」


アイラは分身の記憶と数百年分のレシピを総動員し、その日のうちに究極の煮込み料理を完成させた。


すると翌日には、隣の区画にある高級レストランが、接客サービスの質を向上させて対抗してくる。


「接客の質で勝負だと? 面白い。エドワード、私たちも本気を見せるとしようか」


「ええ、兄上。リリア嬢が働くこの店を、王都で一番の空間にしてみせましょう」


ジュリアンとエドワードが本気を出してフロアに立つと、その圧倒的な美貌と王族仕込みの完璧なホスピタリティにより、女性客を中心に客足は爆発的に増加した。


こうして、王都の食堂業界では、アイラの店を中心に『血で血を洗う新メニュー開発と恒常メニュー改善競争』が勃発したのである。


それは、相手の店に嫌がらせをするような陰湿な妨害工作ではなく、純粋に「味」と「サービスの質」のみで客を奪い合う、プロフェッショナルな食堂バトルであった。


「それにしても、これだけ激しい客の奪い合いをしているのに、どこからも嫌がらせや妨害が来ないのは少し不思議ね」


営業終了後、まかないの絶品料理を食べながらアイラが呟くと、ジュリアンが紅茶のカップを置いて微笑んだ。


「ああ。普通、ここまで急成長する新参の店があれば、悪徳業者や既得権益を持つ者からの妨害があってもおかしくないのだがね」


その理由を知りたくなったアイラは、自身の中に統合した分身の記憶を深く探ってみた。


(えーと、この王都の食堂業界のルールは……あ、あったわ! なるほど、そういうことだったのね)


記憶を読み解いたアイラは、思わずクスクスと笑い声を漏らした。


「どうしたんですか、お姉様?」


リリアが不思議そうに尋ねると、アイラはかつての教え子の武勇伝を語り始めた。


「実はね、この王都で悪質な妨害が起きないのは、かつてのドミニケル公爵時代に理由があるみたいなの」


アイラが北の地で初めて食堂の看板娘をした後、ドミニケル公爵夫妻であったリアスティエーゼとディーンは、アイラの食堂での思い出から『食堂』というものに強い幻想と愛着を抱いていた。


しかし、時代が下って彼らがドミニケル王国の王族となった頃、王都には悪徳業者が蔓延り、ライバル店への妨害工作が横行していた。


その結果、料理の味は落ち、値段は不当に上がり、王都の食堂業界はすっかり寂れてしまっていたのである。


「食堂業界の惨状を知って立ち上がったのが、当時九十歳近くなっていたリアスティエーゼだったのよ」


アイラが楽しそうに語ると、リリアも目を丸くした。


「お姉様が普段は真面目で大人しいと言われていたリアスティエーゼ様が、ですか?」


「ええ。あまり怒らない人が本気で怒ると怖いのよ。彼女、悪徳業者たちを私直伝の黒魔法で物理的にねじ伏せて、食堂業界に絶対の不文律を作ったの」


その不文律とは、『食堂の覇権は、提供する料理の味とサービスのみで示せ。姑息な真似をした者は、王族の権限と魔法で文字通り消し炭にする』という、極めて苛烈なものであった。


「なるほど。君の教え子であるリアスティエーゼは、君の愛した食堂という文化を守るために、自ら業界の聖域を作り上げたというわけだね」


ジュリアンが感心したように言うと、エドワードも深く頷いた。


「素晴らしい方ですね。九十歳になっても、アイラ義姉上から教わった魔法と正義感を失わずに、民のために力を行使したとは」


「ええ。分身のアイラも、リアスティエーゼの死後も彼女の遺志として、ずっとその不文律の後ろ盾になっていたみたいね。その後一度だけ悪徳業者が現れたみたいだけど、彼女は死してなお業界を守るという伝説を作ったのね」


アイラは、数百年の時を超えて、自分と教え子たちの想いがこの活気ある王都の食文化を守っていたことに、深い感動と喜びを覚えた。


「リアスティエーゼが守り抜いてくれたこの素晴らしい食堂業界で、私たちが負けるわけにはいかないわね!」


アイラが気合を入れ直して立ち上がると、三人も笑顔で頷き合った。


「ああ。明日からも、最高の料理と完璧なサービスで、この王都の客たちを虜にしてやろう」


ジュリアンが極上の笑みでアイラを抱き寄せると、アイラたちの食堂経営は、さらなる高みを目指して熱気を帯びていくのであった。


王都の食堂業界における、新メニュー開発とサービス改善の激しい競争は、日を追うごとに熱を帯びていた。


アイラたちの大魔女の食堂も、分身の知識と数百年分のレシピを駆使して連日大盛況を収めている。


しかし、この激しい競争の中で、遂に王都の食堂の頂点を決める決着の時が訪れようとしていた。


「お姉様、最近向かいの老舗食堂が、ものすごい勢いで客足を伸ばしているみたいですわ」


フロアの片付けを終えたリリアが、少しだけ心配そうな顔で報告してきた。


「ええ、私も気になっていたわ。昨日から、向かいの店から漂ってくる料理の匂いが、今までとは段違いに洗練されているのよ」


アイラは厨房から顔を出し、青玉の瞳を鋭く細めて向かいの店を睨みつけた。


「調べてみたところ、どうやら向かいの店は、最近になって新しい料理長を雇い入れたようだね」


ジュリアンが完璧な手際で帳簿を閉じながら、集めた情報を提供してくれた。


「その料理長が考案した新メニューが、王都の美食家たちの間で爆発的な話題になっているらしい」


「なるほど。それは料理人として、直接味を確かめに行かないと気が済まないわね!」


アイラの料理人としての魂、いや、単なる食欲に火がつき、四人は営業終了後に揃って向かいの老舗食堂へと偵察に赴くことになった。


店に入ると、そこには営業終了間際にもかかわらず、至福の表情で料理を堪能する客たちの姿があった。


「いらっしゃいませ! あら、向かいの食堂の方々ですね!」


厨房から元気よく飛び出してきたのは、まだ十代半ばと思われる、明るい笑顔が印象的な少女だった。


「私が新しくここの料理長を任されている、ソーカと言います!」


ソーカと名乗ったその少女は、アイラたちを席へと案内すると、自信満々に本日の特製コースを振る舞ってくれた。


運ばれてきた料理を一口食べた瞬間、アイラは目を見開いて言葉を失った。


(……美味しい! 食材の味を極限まで引き出しているのに、全く新しい発想のスパイスの組み合わせだわ!)


ソーカの料理は、アイラが数百年の修行や分身の記憶から得た知識で作る料理とは、根本的に何かが違っていた。


実力、発想力、美的感覚、どれをとっても完璧であり、何よりも料理に対する尋常ではない『熱量』が皿の上から溢れ出しているのだ。


ジュリアンも翠緑の瞳を驚きに見開き、素直な賞賛の言葉を漏らした。


「これは……本当に素晴らしい味だ。王宮の専属シェフとして働けるレベルの天才的な腕前だよ」


「本当に、ほっぺたが落ちてしまいそうなほど美味しいですわ」


「リリア嬢、あまり急ぐと喉に詰まらせてしまいますよ。……しかし、確かにこれは絶品ですね」


リリアとエドワードも、二人だけのピンク色の空間を作るのを忘れるほどに、その料理の味に没頭していた。


アイラの作る料理が魔法や完璧な知識に基づいた至高の味だとすれば、ソーカの料理には人間の情熱や泥臭さ、食べる人を想う熱量がこもっていた。


それはアイラの料理と同じくらい美味しいけれど、決定的に何かが違う味だった。


アイラは無言で皿を空にすると、厨房の奥をじっと見つめた。


そこには、額の汗を拭うことすら忘れ、心の底から楽しそうにフライパンを振るうソーカの姿があった。


(彼女の料理からは、『お客さんのたくさんの笑顔が見たい』という純粋でひたむきな思いが伝わってくるわ)


その一心で料理と向き合うソーカの姿を見て、アイラは自分自身の心の中にあった一つの答えに、ようやく気が付くことができた。


「……負けたわ」


アイラが清々しい笑顔でポツリと呟くと、ジュリアンたちは驚いて彼女の顔を見た。


「アイラ、君が料理の腕で完敗を認めるなんて珍しいね」


「ええ。ソーカちゃんは本職の料理人であり、紛れもない天才よ。……でもね、私が負けを認めたのは、技術の問題だけじゃないの」


アイラは、満ち足りた気分で空になった皿を見つめた。


「私の原動力はね、『美味しい料理を食べたい』『夢で見た料理を食べたい』『まだ見ぬ料理を食べたい』……そう、ただひたすらに『食べたい』から作っていただけなのよ」


アイラは自分が料理人ではなく、根っからの『食べる側の人間』であるという真理を、数百年生きてきて今さらながら再確認させられたのである。


「私は、ソーカちゃんみたいに純粋に『作りたい』わけじゃなかった。だから、料理人としての情熱と魂の勝負では、彼女に絶対に敵わないって分かったの」


そこに気が付いたアイラは、悔しいどころか、むしろ憑き物が落ちたように晴れやかな気分になっていた。


「ふふっ、なるほど。君らしい素晴らしい気づきだね」


ジュリアンが極上の笑みでアイラの頭を優しく撫でると、エドワードも生真面目に頷いた。


「アイラ義姉上が美味しいものを食べる姿を見ているのが、私たちにとっても一番の幸せですからね」


「ええ、お姉様。お姉様は料理人である前に、私の大好きな食いしん坊のお姉様ですわ」


リリアが嬉しそうに微笑むと、アイラは照れくさそうに笑って立ち上がった。


「ごちそうさま、ソーカちゃん! あなたの料理、本当に最高だったわ! 料理人としては私の完敗よ!」


アイラが厨房に向かって完敗を宣言すると、ソーカは驚きつつも、満面の笑みでペコリと頭を下げた。


「ありがとうございます! 私も、向かいのアイラさんのお店の味に負けないように、もっともっと美味しい料理を作りますね!」


店を出て、星空の下を歩きながら、アイラは大きく伸びをした。


「お姉様、料理の勝負に負けてしまったということは、私たちの食堂は畳んでしまうのですか?」


リリアが少し寂しそうに尋ねると、アイラは勢いよく振り返って首を横に振った。


「とんでもない! 食堂は絶対に畳まないわよ!」


アイラは青玉の瞳をキラリと輝かせ、自信満々に胸を張った。


「畳むときは、私たちがこの国を出て次の旅に向かう時だけよ。料理人としては負けたけれど、だからって経営まで投げ出すような中途半端な真似はしないわ!」


「ああ、その意気だ。王都の食堂業界を盛り上げながら、最高の食事を楽しみ続ける。それが今の私たちの目的だからね」


ジュリアンが腹黒くも頼もしい笑みを浮かべ、アイラの腰を優しく抱き寄せた。


「ええ! 明日からも、最高の笑顔でお客様をお迎えしますわ!」


リリアも元気よく頷き、エドワードの腕にすり寄る。


大魔女アイラの食堂は、天才料理人ソーカという最高のライバルを得て、王都の胃袋をさらに満たしていくのであった。


時折、お城からお忍びでやってくるエクレールにも特等席で絶品料理を振る舞いながら。


美味しい料理を「食べる」という、アイラにとっての究極の目的を果たすための、気ままな食堂経営はまだまだ続いていく。


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