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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編14

最北の地エベレンズピークを出発したアイラたち四人は、気ままな南下の旅を続けていた。


数百年ぶりの下界の空気は新鮮で、行く先々で出会う未知の魔物や、新しく生まれた生態系の食材を狩りながらの旅は、アイラにとって至福の連続であった。


かつては雪に閉ざされたドミニケル公爵領も、今は暖かな季節に入り、雪も解けて草花が咲いていた。


エベレンズピークのように、常に雪に閉ざされた極寒の地とは違い、ここでは季節の移り変わりを感じることができる。


「うーん、この南下するにつれて暖かくなっていく感じ、とっても良いわね!」


アイラが両手を大きく広げて背伸びをすると、銀色の長い髪が春の風に揺れてキラキラと輝いた。


大人の女性へと成長した彼女のプロポーションは、見事な曲線を描いており、無邪気な仕草の中にもハッとするような色気が同居している。


「ああ、君の言う通りだね。雪山の厳しさも悪くはないが、やはり君にはうららかな陽だまりがよく似合う」


ジュリアンが極上に甘い微笑みを浮かべ、アイラの腰を自然な動作で抱き寄せた。


「ほら、足元が少しぬかるんでいる。転ばないように、しっかりと私に掴まっているといい」


「もう、ジュリアン様ったら過保護なんだから。私、これでも大魔女なんですよ?」


アイラは口ではそう言いながらも、満更でもない様子でジュリアンに身を預けた。


「リリア嬢、君も気をつけておくれ。この辺りは新緑の季節特有の、毒を持った虫がいるかもしれないからね」


その後ろでは、エドワードが生真面目な顔つきで周囲を警戒しながら、リリアの手をしっかりと握りしめていた。


「ふふっ、ありがとうございます、エドワード様。でも、お姉様の結界がありますから、虫一匹近寄れませんわよ」


リリアがふんわりと微笑んでエドワードの腕にすり寄ると、彼もまた顔を赤らめてデレデレと相好を崩す。


相変わらず周囲の景色が見えなくなるほどに甘々でピンク色な雰囲気の妹夫婦を微笑ましく見守りながら、アイラは視線を前方へと向けた。


木々がまばらになり、視界が開けた先に、見覚えのある地形が広がっていた。


「……あれは」


アイラが足を止めると、三人もつられるようにして前方を見つめた。


そこには、小高い丘の上に、崩れかけた巨大な石積みの残骸が広がっていた。


かつては分厚い石の壁と高い塔を備えた堅牢な城塞であったことが窺えるが、今はその大部分が崩落し、緑の蔦や苔に覆われて自然に還りつつある。


「あそこは……確か、お姉様がソロキャンプの時に滞在していたという、ダイダロス王国のドミニケル公爵領の邸宅……があった場所のようですね」


リリアの言葉に、アイラは静かに頷いた。


「ええ、そうね。数百年の間に廃墟になってしまったみたいね。私がリアスティエーゼに魔法を教えて、ディーン公爵との不器用な夫婦の仲を取り持った場所だわ」


アイラは、少しだけ懐かしむような眼差しで、既に廃墟となった城塞へと歩みを進めた。


崩れかけた石門をくぐり、かつて中庭だった場所へと足を踏み入れる。


そこは、リアスティエーゼが初めて【氷結アイス・メイク】の魔法を成功させ、嬉しそうに笑っていた場所だ。


ディーン公爵が、顔を真っ赤にしながら不器用にお茶の差し入れを持ってきた場所でもある。


しかし今、そこには見渡す限りの雑草が生い茂り、当時の面影を残すものは、苔生した石畳の破片くらいしかなかった。


「数百年も経てば、人間の造ったものなどこうして自然に飲み込まれてしまうのだね」


ジュリアンが、崩れた城壁の一部を手で撫でながら、静かな声で言った。


「ええ。人間の一生なんて、魔女である私たちからすれば瞬きのようなものだわ」


アイラは、かつてここで共に過ごした、自分の可愛い子孫たちの顔を思い浮かべた。


アイラのプロデュースによって、リアスティエーゼは過去の呪縛から解放され、公爵夫人として堂々と生きる道を見つけた。


彼らはきっと、あの後も二人で協力してこの過酷な北の大地を治め、幸せな一生を全うしたはずだ。


その彼らの生きた証であるこの城塞が、こうして廃墟となっているのを見るのは、永遠を生きる者特有の、ほんの少しだけ胸を締め付けられるような寂しさを伴うものだった。


「……アイラ」


ジュリアンが、アイラの肩を優しく抱き寄せた。


「もし君が望むなら、王家の情報網……いや、今はもう王太子ではないが、私の知識と君たちの魔法を駆使して、ドミニケル公爵家の子孫がどうなったのか、探してみようか?」


ジュリアンの提案に、エドワードも深く頷いた。


「ああ。アイラ義姉上の大切な教え子であり、君たちの血を引く者の末裔なのだろう? 探せば、きっとどこかで命を繋いでいるはずだ」


二人の気遣いに、アイラは嬉しそうに微笑んだ。


しかし、彼女はゆっくりと首を横に振った。


「ありがとう、二人とも。でも、無理に探す必要はないわ」


「お姉様、よろしいのですか?」


リリアが不思議そうに小首を傾げると、アイラは空を見上げて、ある偉大な魔女の顔を思い浮かべた。


「ええ。エレノワールお姉様が、五千年の時を超えて、私たちという子孫に出会ってくれたようにね」


アイラの言葉に、リリアもハッとして青玉の瞳を見開いた。


「血の繋がりや、魂の縁というものは、私たちが想像する以上に強くて不思議な力を持っているの」


アイラは、崩れかけた城塞の石を優しく撫でた。


「もし彼らの子孫がこの世界のどこかで生き残っていて、私たちと出会う運命にあるのなら、きっといつか、磁石が引き合うように自然と巡り会うことができるはずよ」


「なるほど……。魔女としての悠久の時を生きる君たちにとっては、焦って探し回るよりも、運命の流れに身を任せる方が自然だということだね」


ジュリアンが感心したように微笑み、アイラの銀髪に軽く口付けをした。


「ええ、その通りですわ。私とお姉様には、これからも果てしない時間が用意されているのですから」


リリアもエドワードの腕に抱きつきながら、晴れやかな笑顔を見せた。


「それに、今私たちが気にするべきなのは、過去の感傷よりも、これからの『ご飯』のことよ!」


アイラが急に声のトーンを上げて宣言すると、ジュリアンとエドワードは苦笑いを漏らした。


「ふふっ、やはり君はそうこなくちゃね」


「このドミニケル公爵領がこんな廃墟になっているということは、当時のダイダロス王国そのものが、現在どうなっているのかも分からないわ」


アイラは、かつて自分が外交官として潜入し、裏で糸を引いていた帝国の残党を消し炭にした『夜会』の舞台を思い出した。


「ダイダロス王国は、教国からの軍事技術を失って世界統一の野望を挫かれたはずだけれど、あの国がその後どういう歴史を辿ったのか、純粋に気にならない?」


「確かに。国が存続しているのか、それとも分裂して新たな国が生まれているのか。為政者としては、非常に興味を惹かれるところだね」


ジュリアンが腹黒王太子としての知的好奇心を刺激されたように、翠緑の瞳を細めた。


「それに、国が変われば、食文化も大きく変わっているはずよ! 新しい国で、私たちがまだ食べたことのない、未知の絶品グルメが待っているかもしれないわ!」


アイラが青玉の瞳をキラキラと輝かせて力説すると、三人は一斉に笑い声を上げた。


「アイラ義姉上のその食への情熱は、数百年経っても、大人の姿に成長しても、全く変わらないのだな」


「だからこそ、私の愛するアイラなのさ」


「ふふっ、お姉様、さっそくダイダロス王国の王都があった方向へ出発しましょう!」


アイラたちは、自然に還りつつあるドミニケル公爵領の城塞跡に背を向け、新たな冒険と美食を求めて、確かな足取りで歩き出した。


数百年の時を経て、世界がどのように姿を変えているのか。


そして、その先でどんな運命の出会いが待っているのか。


顔面偏差値が高すぎる美青年たちと、絶世の美女へと成長した双子の魔女による、気ままな南下の旅は、まだまだ始まったばかりであった。


廃墟となったドミニケル公爵領を後にしたアイラたちは、かつてのダイダロス王国の王都を目指してさらに南下を続けていた。


道中、彼らの行く手を阻むように魔物の群れが次々と襲い掛かってきたが、大魔女であるアイラたちにとっては路傍の石を退ける程度の労力でしかなかった。


「あら、また魔物ね。……お肉の質としてはどうかしら?」


アイラが物騒なことを呟きながら指先を軽く振ると、襲い掛かってきた漆黒の狼の群れが一瞬にして見えない刃に切り裂かれ、次々と地に伏した。


「見事な解体技術だが、少し筋張っていて食用には向かないかもしれないね」


ジュリアンが倒れた魔物を一瞥し、優雅な微笑みを浮かべながらアイラの腰を自然な動作で抱き寄せた。


「残念ですわ。もう少し南に行けば、美味しいお肉を持った魔物がいるでしょうか」


アイラは少しだけ頬を膨らませて、ジュリアンの胸に寄りかかった。


「しかし、それにしても魔物の数が多いですね」


エドワードが周囲を見渡しながら、真剣な表情で口を開いた。


「ええ。かつては北の防波堤となっていたドミニケル公爵家が、あの様に廃墟となってしまっていた影響でしょうね」


リリアがエドワードの腕に身を寄せながら、静かに同意する。


「これほど魔物が点在しているとなると、人類の生存領域はかなり南へと後退していると見て間違いないだろうね」


ジュリアンは鋭い翠緑の瞳を細め、かつての腹黒王太子としての政治的な思考を巡らせるように呟いた。


「最悪の場合、ダイダロス王国そのものが既に滅びている可能性も考慮した方が良いかもしれない」


その言葉に、一行の間に僅かな沈黙が落ちた。


数百年という時間は、一つの大国を歴史の砂に埋もれさせるには十分すぎる長さである。


アイラもまた、かつて自身が暗躍した国の現状を想像し、少しだけ目を伏せた。


だが、その沈黙は長くは続かなかった。


「……お姉様、あちらをご覧ください。何か土煙が上がっていますわ」


リリアが前方の一角を指差した。


小高い丘を越え、かつての王都が近付いてきたと思われる平原の先で、激しい戦闘の音が響いていた。


アイラたちが視力を強化する魔法を用いて遠目から観察すると、そこにはかなりの数の人間たちが陣形を組み、魔物の群れと交戦している光景が広がっていた。


「どうやら、人類の防衛最前線はここまで後退してしまったようだが、完全に滅びているわけではないようだね」


ジュリアンが感心したように、眼下の戦場を見下ろしながら言った。


軍旗を掲げ、魔法や剣で魔物を押し返す兵士たちの姿には、まだ十分な統制と活力が残されている。


「戦況は人間側の優勢ですね。魔物の数もそれほど多くはありませんし、放っておいても彼らの勝ち戦でしょう」


エドワードが冷静に戦況を分析し、リリアを庇うように立ち位置を変えた。


「わざわざ戦場に突っ込む必要もないわね。私たちはあそこを避けて、迂回して進みましょうか」


アイラは最初、面倒事を避けるように提案したが、すぐに何かを思いついたように青玉の瞳をきらりと輝かせた。


「……いえ、待って。やっぱり少しだけ手を貸してあげましょうか」


「おや、珍しいね。君から厄介事に首を突っ込むなんて」


ジュリアンが面白そうに眉を上げると、アイラはニヤリと打算的な笑みを浮かべた。


「数百年ぶりに地上に来た私たちには、今のこの世界の状況や、各国の情報が圧倒的に不足しているわ」


アイラは、遠くで戦う兵士たちを見つめながらパチンと指を鳴らした。


「ただ普通に接触して情報を引き出すよりも、少しばかり恩を売っておいた方が、絶対に話が早いはずよ」


「なるほど。命の恩人として歓待されれば、彼らの拠点にある美味しい料理にもありつけるかもしれない、ということだね」


ジュリアンがアイラの真意を見透かして笑うと、アイラは嬉しそうに何度も頷いた。


「その通りよ! 美味しいご飯と有益な情報を得るためなら、これくらいの労力は全く苦じゃないわ!」


「相変わらず、君の行動原理はブレないね。……いいだろう、君の好きにするといい。私もその方が、後々の交渉がしやすい」


ジュリアンが同意すると、リリアとエドワードも顔を見合わせて微笑んだ。


「お姉様がそう仰るなら、私もお手伝いしますわ」


「私も微力を尽くそう。ただし、リリア嬢の安全が最優先だがね」


方針が決まると、アイラは優雅な所作で片手を前に突き出した。


「勝ち戦の邪魔にならない程度に、派手に援護してあげるわ。……さあ、数百年ぶりの恩売り作戦、開始よ!」


アイラの高らかな宣言と共に、彼女の手のひらから圧倒的な密度の魔力が収束し始めた。


「待って、お姉様。このまま私たちが大魔法を放てば、彼らが驚いて警戒してしまいますわ」


リリアが慌ててアイラの袖を引いた。


「そうね。今後は普通の魔法使いとして振る舞う方が得策ね」


アイラは収束させていた魔力をあっさりと霧散させ、コホンと一つ咳払いをした。


「現在彼らが使っている魔法のレベルに合わせて、少し優秀な魔法使い程度に擬態しましょう」


「なら、戦闘の主軸は私とエドワードで引き受けよう」


ジュリアンが一歩前に出て、優雅な笑みを浮かべた。


「ええ、お任せください。アイラ義姉上とリリア嬢は後方からの支援をお願いします」


エドワードも頼もしく頷き、腰に帯びた剣の柄に手をかけた。


「それなら、まずは彼らの陣形の後方に転移して、増援として参加するのが自然ね」


アイラが指先で空間に円を描きながら提案した。


「いきなり最前線や魔物の群れの真ん中に現れたら、かえって怪しまれるものね」


ジュリアンもその案に同意し、一行はアイラの空間魔法によって、戦場となっている平原の後方へと一瞬で転移した。


「加勢いたします! 私たちも共に戦わせてください!」


エドワードがよく通る声で陣形の後方から叫ぶと、兵士たちが驚きつつも安堵の表情を見せた。


「冒険者か!?有難い!」


戦闘に突入すると、ジュリアンとエドワードはエベレンズピークで手に入れたドワーフ産の光の剣と魔剣を抜き放ち、前線へと躍り出た。


二人の剣技は常人を遥かに凌駕しており、光と闇の軌跡を描きながら次々と魔物を討ち取っていく。


一方、アイラとリリアは後方の魔法使い部隊に混ざり、魔法を放ち始めた。


「周囲の魔法使いが使っている魔法のレベルは、このくらいですわね」


リリアが周囲を観察しながら、自身の魔力を極限まで絞り込んで小さな光の矢を放った。


「威力を抑える代わりに、連射スピードを二倍程度に引き上げておけば、優秀な助っ人として重宝されるはずよ」


アイラもまた、周囲の魔法使いと同じ程度の威力の炎の矢を、彼らの倍の速度で連射して見せた。


その常軌を逸した連射速度に、隣で魔法を放っていた兵士が目を見開いて驚愕の声を上げた。


「な、なんて連射速度だ……!? あんな魔法使い、見たことねえぞ!」


前線のジュリアンとエドワードの圧倒的な武力と、後方からの絶え間ない魔法の援護により、魔物の群れはあっという間に殲滅された。


戦闘終了後、アイラたちの目論見通り、彼らは命の恩人かつ優秀な助っ人として兵士たちのベースキャンプに歓待された。


「いやあ、助かりました。あなた方のような腕の立つ方々が通りかかってくれなければ、被害はもっと大きくなっていたでしょう」


部隊の隊長らしき男が、温かいスープと干し肉を差し出しながら深々と頭を下げた。


「困った時はお互い様ですから」


アイラは楚々とした微笑みを浮かべながら、内心では久しぶりの人間の料理に舌鼓を打っていた。


食事を進めながら、一行はごく自然な流れで兵士たちから今の世界の情報を収集していった。


「ダイダロス王国は、今はドミニケル王国と名前を変えているのですね」


エドワードが、集めた情報を整理するように小さく呟いた。


「ええ。何でも、現在のドミニケル国王は、銀色の髪に黒い瞳を持つ魔法剣士だそうだよ」


ジュリアンが、面白そうに翠緑の瞳を細めてアイラを見た。


「銀の髪に黒の瞳……それに魔法剣士だなんて、どうやら運命は既に交差していたようね」


アイラは、かつての教え子であるリアスティエーゼとディーン公爵の顔を思い浮かべ、愛おしそうに目を細めた。


「ええ、きっと彼らの子孫に違いありませんわ」


リリアも嬉しそうにエドワードの腕に身を寄せた。


有益な情報を十分に得たアイラたちは、丁重に見送られながらベースキャンプを後にし、ドミニケル王国の首都へと歩みを進めた。


「まさか、リアスティエーゼの名前がそのまま王都の名前になっているとは思わなかったわ」


アイラが、これから向かう王都リアスティエーゼの光景を想像しながら、弾むような声で笑った。


兵士たちのベースキャンプを後にしたアイラたちは、ほどなくしてドミニケル王国の首都、リアスティエーゼへと辿り着いた。


かつての教え子の名が冠されたその街は、活気に満ち溢れ、行き交う人々の顔には明るい笑顔が浮かんでいた。


「素晴らしい街だね。活気があって、民の生活が豊かであることがよく分かるよ」


ジュリアンが、整然と区画された石畳の通りを見渡しながら、感心したように頷いた。


「ええ。リアスティエーゼ様とディーン公爵が、どれほどこの地を大切に治めてきたかが伝わってきますわ」


リリアもまた、街の平和な光景に目を細めて微笑んだ。


「お姉様の教えが、こうして数百年の時を超えて息づいているのですね」


「そうね。二人とも立派にやってくれたみたいで、教え甲斐があったわ」


アイラが満足げに頷きながら街を歩いていると、ふと、視界の端に見覚えのある銀髪の女性が映り込んだ。


すれ違う人々が思わず振り返るほどの美貌を持つその女性は、道の真ん中で腕を組み、アイラをジト目で見据えていた。


「……あら?」


アイラが思わず足を止めると、視線の先の女性もまた、鏡合わせのようにピタリと足を止め、無言でこちらをじっと見つめ返ってきた。


「おや、アイラ。あちらにいるのは、どう見ても君のようだがね」


ジュリアンが面白そうに翠緑の瞳を細めると、エドワードも目を丸くした。


「本当だ。アイラ義姉上と全く同じ顔をしていますね」


「もしかして、お姉様……数百年前にこの地に残した分身を、そのまま忘れていらっしゃったのですか?」


リリアがクスクスと笑いながら尋ねると、アイラはハッとして気まずそうに視線を泳がせた。


「あ、あはは……。リアスティエーゼたちのサポートのために残しておいたのだけれど、すっかり回収するのを忘れていたわね」


アイラが苦笑いを浮かべながら近づくと、分身のアイラは抗議するように大きくため息をついた。


「いい加減、本体に戻るわよ」


分身のアイラがそう呟くと、彼女の姿は光の粒子となって、アイラの中へと吸い込まれていった。


その瞬間、数百年間という膨大な時間の記憶——ドミニケル公爵家が王国へと変貌していく歴史、この地に根付いた文化の変遷、そして何より、分身が数百年かけて研鑽を積んできた『地上での極上レシピの数々』——が、濁流のようにアイラの脳内に流れ込んできた。


「……っ!」


あまりの情報量にアイラがふらりとよろめくと、すかさずジュリアンが力強い腕で彼女を抱きとめた。


「大丈夫かい、アイラ。いくら君でも、数百年分の記憶を一度に処理するのは負担が大きかったかな?」


「え、ええ。ありがとう、ジュリアン。……でも、大丈夫よ。すごく有益な情報がたくさん手に入ったわ」


アイラはジュリアンの胸に寄りかかりながら、嬉しそうに微笑んだ。


(なるほど、分身のヤツ、王国のご意見番『大太后』としてお城の奥に居座っていたのね……)


アイラは内心でそんなことを思いながら、さらに分身の記憶を掘り起こした。


「リアスティエーゼとディーンがどんな最期を迎えたのか、そして彼らの子孫がどのようにこの国を築き上げてきたのか……全部見えたわ」


彼らが手を取り合い、生涯愛し合って幸せな一生を全うしたという記憶に、アイラは心の底から安堵した。


「それは良かった。彼らもきっと、天国で君に感謝しているだろうね」


ジュリアンが優しくアイラの銀髪を撫でると、アイラはぱあっと顔を輝かせた。


「それだけじゃないわ! 分身が数百年かけて、この世界の料理技術を極めてくれていたの! 今夜は私が腕を振るって、極上のディナーをご馳走するわね!」


アイラの宣言通り、その日の夜に宿の厨房を借りて作られた料理は、数百年の歴史と現代日本の知識が融合した、筆舌に尽くしがたいほどの絶品であった。


「これは……! お姉様の手料理は元々最高でしたが、さらにとんでもない高みに到達していますわ!」


「ああ、言葉にならないほど美味い。地上に戻ってきて良かったと、心から思える味だね」


リリアとエドワードが感動に打ち震えながら食事を進める中、ジュリアンもまた優雅な所作でワイングラスを傾けながら満足げに微笑んだ。


「君の胃袋を掴んだ分身の功績は大きいね。明日の観光も楽しみになってきたよ」


翌日、美味しい料理とデザートでお腹をいっぱいに満たした一行は、活気あふれる首都の観光を満喫していた。


市場を巡り、新しい魔導具の店を冷やかし、最後に彼らが足を運んだのは、街の小高い丘に建つ壮麗なドミニケル城だった。


「立派なお城ね。かつての公爵邸とは比べ物にならないくらい大きくなっているわ」


アイラが城壁を見上げながら感心していると、城の門から一台の豪華な馬車が通りかかった。


馬車が彼らの近くで止まり、護衛の騎士に傅かれながら一人の青年が降りてくる。


短く切り揃えられた銀髪に、黒曜石のように深く冷たい瞳を持った、整った顔立ちの青年だった。


「国王というよりは、王子という雰囲気だね。現在の国王は壮年の男性だと、分身の記憶にあったのだろう?」


ジュリアンが小声で尋ねると、アイラは小さく頷いた。


「ええ。どうやら跡継ぎにも恵まれているみたいね。立派に育っていて何よりだわ」


自分たちの子孫の姿をこっそりと見届けたアイラたちは、満足して宿に戻ろうと踵を返した。


「……待て」


その時、背後から彼らを呼び止める冷たい声が響いた。


先ほどの銀髪の青年が、驚いたような顔でアイラたちを見つめている。


「どうかされましたか?」


アイラが振り返り、隣にいたリリアと共に小首を傾げると、青年の目がさらに大きく見開かれた。


「え……? 二人……?」


青年は、瓜二つの顔を持つアイラとリリアを交互に見比べ、ひどく混乱した様子を見せた。


「どうやら人違いのようですね。私たちはただの旅の者です」


エドワードが一歩前に出て、リリアを庇うように立ち塞がった。


「いや、すまない……。ただ、君たちが私のおばあさまに瓜二つだったもので、つい声をかけてしまった」


青年が申し訳なさそうに謝罪すると、アイラとリリアは顔を見合わせて瞬きをした。


(おばあさま? 私たち、そんなに老けて見えないはずだけど……!)


アイラは内心でムッとしたが、すぐに分身から得た記憶の欠片を思い出し、ハッとした。


(そういえば、彼女……分身のアイラは、この国の大太后としてお城の奥で暮らしていたんだったわね。しかも魔女だから若々しい姿を保ったままで)


アイラは納得して、心の中で一人頷いた。


「そうですか。それは奇遇ですね」


アイラが楚々とした笑みを浮かべて誤魔化すと、青年もまた軽く会釈をして去っていった。


「おばあさま、ですか……。お姉様、なんだか少し気になりますわね」


リリアが青年の背中を見送りながら、そっとアイラの袖を引いた。


「そうね。私たちと瓜二つのおばあさま……。そのうち、機会があったら会いに行ってみましょうか」


アイラは面白そうな予感に青玉の瞳を輝かせ、ジュリアンたちと共に笑顔で宿への帰路についた。


次の日の朝、宿屋を出たアイラたちは、分身の住んでいたという家へと向かっていた。


分身がアイラ本体へと統合された際、受け継いだのは数百年分の記憶や料理の知識だけではなく、なんと彼女が所有していた不動産も含まれていたのである。


「まさか、王都のこんな一等地に家を持っていたなんてね」


ジュリアンが、整然と並ぶ立派な邸宅群を見渡しながら、感心したように呟いた。


「治安の良い富裕層が住む区画ですから、拠点にするには申し分ありませんね」


エドワードも周囲の警備の目が行き届いていることを確認し、満足げに頷いた。


案内された家は、女性の一人暮らしにしてはかなり大きめの、立派な造りの邸宅であった。


中に入ると、ベッドやクローゼットなど生活に必要な物が一式揃った主寝室の他に、料理研究のための部屋、魔法研究のための部屋、そしてどこか怪しげな雰囲気の漂う占い師としての部屋が存在していた。


「なるほど、分身の君は裏の顔として、趣味で占い師をやっていたというわけだね」


ジュリアンが、水晶玉やタロットカードが置かれた薄暗い部屋を見て、面白そうに翠緑の瞳を細めた。


「ええ。結構な評判で、お得意様もついていたみたいよ」


アイラは誇らしげに胸を張ると、これからの生活に向けて部屋の割り振りを提案した。


「この家は、しばらく私たちの活動拠点として使わせてもらうわ。魔法研究の部屋は片付けてリリアとエドワードの部屋に、料理研究の部屋は私とジュリアンの部屋にしましょう」


「それなら、元々分身が使っていた主寝室は、私とお姉様の衣装室として使えますわね」


リリアが嬉しそうに提案すると、アイラも賛同して頷いた。


「そうと決まれば、新しい生活基盤を整えるためにお買い物よ!」


アイラの号令と共に、四人は一日かけて街を巡り、生活の必需品や新しい家具、そして大量の食材を買い揃えた。


夕方になり、アイラはキッチンでリリアと共に夕食の準備に取り掛かっていた。


買ってきたばかりの新鮮な食材を使って、分身の記憶にある最高のレシピを再現しようと腕を振るっていると、玄関のドアをノックする音が響いた。


「あら、誰かしら?」


リリアが不思議そうに首を傾げると、アイラは分身の記憶を引き出してポンと手を打った。


「そうだったわ。どうやら、占いの予約を入れていたお客さんみたいね」


アイラは火加減をリリアに任せると、急いで占い師の部屋へと向かった。


「お姉様、夕食の準備は私に任せて、お仕事に行ってらっしゃいませ」


「ええ、お願いね。すぐに終わらせてくるわ」


ジュリアンたちには、分身が占いをしていたことをすでに話してある。


ジュリアンは面白がって物陰から様子を窺っているようだったが、特に邪魔をしてくる気配はなかった。


アイラは占い師専用の深いフードが付いたローブをすっぽりと被り、顔と髪の毛を隠して客室の扉を開けた。


「いらっしゃいませ。迷える子羊よ、今日はどのようなお悩みで……」


仰々しい態度で水晶玉の前に座り、客を迎え入れたアイラだったが、入ってきた人物を見て内心で目を丸くした。


そこに立っていたのは、昨日お城の近くで出会った、黒曜石の瞳を持つ銀髪の青年だったのだ。


(昨日出会った王子様じゃない! まさか、この人がお得意様だったなんて……!)


アイラは焦りを隠し、あくまでミステリアスな占い師を演じようと咳払いをした。


「さあ、お座りなさい。あなたの運命を紐解いて差し上げましょう」


少しだけ声を低くして語りかけたが、青年は椅子に座るなり、じっとアイラの方を見つめてきた。


「……奇遇だな。まさか、昨日街で見かけた女性が、高名な占い師だったとは」


青年が冷静な声でそう告げると、アイラは思わずギクッと肩を揺らした。


「な、何のことかしら? 私はずっとこの部屋で、星の巡りを見ていたのだけれど……」


「顔は布で隠れていても、その声の響きや、隠しきれない魔力の気配で分かる。君は、昨日私のおばあさまにそっくりだった女性だろう?」


青年の優秀すぎる洞察力に、アイラは降参したように大きくため息をついた。


(声と魔力の気配だけで見抜くなんて、随分と優秀な王子様ね。さすがは、あの不器用で真面目だったリアスティエーゼとディーンの子孫だわ)


アイラはローブのフードをあっさりと脱ぎ捨て、本来の明るい声で笑いかけた。


「ご名答よ。昨日ぶりね、王子様」


「やはりそうか。……いや、占い師としての腕は確かだと聞いているから、君の正体が誰であれ構わない」


青年は真剣な表情に戻ると、アイラに向かって身を乗り出した。


「実は、今日は君に占ってほしい、いや、頼みたいことがあるのだ」


(一体、どんな依頼をしに来たのかしら?)


アイラは、目の前の優秀な子孫が抱える悩みに興味津々となり、探るように青玉の瞳を輝かせた。


アイラは水晶玉を脇に押しやると、興味津々な様子で身を乗り出した。


「それで、王子様が直々に占い師を頼るほどの悩みって、一体何かしら?」


アイラが単刀直入に尋ねると、銀髪の青年は一つ深呼吸をしてから静かに口を開いた。


「私の名前はアレクセイだ。今日は、私の婚約者であるロッテン伯爵令嬢、ローゼリアのことで依頼に来た」


アレクセイは黒曜石の瞳に深い憂いを滲ませ、重々しい口調で語り始めた。


「彼女はここ半年ほど、原因不明の病で病床に伏せっているのだ。彼女の生家である伯爵家からは面会も断られており、一切の接触ができない状態が続いている」


「半年も面会謝絶……それは確かに不自然ね」


アイラが相槌を打つと、アレクセイは苦渋に満ちた表情で頷いた。


「ああ。社交界では、彼女が何らかの呪いを受けたという根も葉もない噂まで流れており、私の婚約破棄が近いとまで囁かれている始末だ」


アレクセイはギュッと拳を握りしめ、言葉を紡いだ。


「そこまでの噂が流れるのは百歩譲って良いとしても、どうやら私の婚約を巡る問題が、一部の貴族家を巻き込んだ派閥争いにまで発展しているようなのだ。このままでは、ローゼリアが何らかの危機的状況に陥ってしまうかもしれない」


「なるほど。自分の婚約者がそんな状況に置かれているのなら、見過ごすわけにはいかないわね」


アイラが感心したように言うと、アレクセイは真っ直ぐにアイラを見つめてきた。


「私はローゼリアを心から愛しているし、彼女を見捨てるつもりなど毛頭ない。だから、君の力で彼女の現在の本当の状況を占ってほしいのだ」


「彼女の安否確認ね。それなら簡単だけれど、まだ続きがあるのでしょう?」


アイラが探るように青玉の瞳を細めると、アレクセイは少しだけ驚いたような顔をした後、自嘲気味に笑った。


「君には誤魔化しが利かないな。……その通りだ。私は、自分を取り巻くこの不自然な動きが、一体どこから来ているのかも見てほしいのだ」


アレクセイは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、アイラの前に広げた。


そこには、ドミニケル王国における複数の貴族家の名前と、複雑に絡み合う相関図が細かく書き込まれていた。


「自分で各家の動向や派閥を分析してみたのだが、どうにも腑に落ちない。純粋な政治的観点や利害関係からだけでは、全く説明がつかない争いの構図が出来上がってしまうのだ」


アレクセイの言葉に、物陰から様子を窺っていたジュリアンが、面白そうに笑いながら姿を現した。


「おや、これは見事な分析だね。君が現在の国王の有能な跡継ぎであることが、この一枚の紙からよく伝わってくるよ」


「なっ、あなたは……昨日の!?」


突然現れたジュリアンにアレクセイが驚きの声を上げるが、ジュリアンは優雅な所作で相関図を覗き込んだ。


「確かに、この相関図には不自然な点が多い。本来なら対立するはずのない家同士が結託し、利益を生まない争いに固執しているように見えるね」


かつての腹黒王太子としての経験を持つジュリアンが的確な指摘をすると、アレクセイは目を丸くして彼を見つめた。


「その通りだ。なぜあなたがそこまで読み取れるのかは分からないが……とにかく、これには何か裏があるとしか思えないのだ」


「ええ、そうね。政治や利権が絡まない、もっと別の『何か』が原因で人々が操られているとすれば、辻褄が合うわ」


アイラがそう呟くと、ジュリアンも楽しそうに同意した。


「例えば、精神に干渉する魔法や、悪魔の誘惑、あるいは……本当に呪いの類かもしれないね」


「そんな馬鹿な……。では、ローゼリアの病も、本当に呪いによるものだと言うのか!?」


アレクセイが焦燥感に駆られたように身を乗り出すと、アイラは彼を落ち着かせるように優しく微笑んだ。


「まだ確定したわけじゃないわ。でも、全容を解明する必要があることだけは分かったわ」


アイラは、かつての教え子であるリアスティエーゼとディーンの血を引く、この真面目で一途な青年のために一肌脱ぐことを決めた。


(数百年経っても、やっぱり可愛い教え子の子孫は放っておけないわね)


「いいでしょう。その依頼、この大魔女アイラが引き受けたわ」


「……大魔女?」


アレクセイが不思議そうに首を傾げたが、アイラはふふっと笑って立ち上がった。


「詳しいことは気にしないで。とにかく、まずはそのローゼリアさんという令嬢の状況を視てみましょうか」


アイラが水晶玉に手をかざすと、膨大な魔力が部屋中を満たし始めた。


アイラが水晶玉に手をかざすと、部屋中を満たした魔力が収束し、玉の奥底に薄暗い景色が浮かび上がった。


「これが、ロッテン伯爵家の屋敷の中……ローゼリア嬢の部屋ね」


アイラが静かに呟くと、アレクセイが息を呑んで水晶玉を覗き込んだ。


そこには、天蓋付きの立派なベッドがあり、一人の若い女性が横たわっている姿が映し出されていた。


「ローゼリア……!」


アレクセイが悲痛な声を上げるが、水晶玉の中の景色は静まり返っていた。


どうやら眠っているように見えるが、アイラが魔力を操作して視点を移動させ、彼女の顔を覗き込むように映像を拡大した瞬間、ジュリアンが僅かに眉をひそめた。


「……眠っているわけではないようだね」


「ええ、そのようね」


アイラが同意した通り、映像の中のローゼリアの目は見開かれており、その瞳孔は光のない部屋の中でも完全に開ききっていた。


しかし、全体をよく観察してみると、彼女の胸は微かに上下に動いており、間違いなく息はあるように見えた。


「一体、彼女の身に何が起きているのだ……?」


アレクセイが震える声で尋ねると、アイラは水晶玉から視線を外さずに、冷静に分析を始めた。


「大魔女である私だから視認できるのだけれど、彼女の体からかすかに『瘴気』が立ち上っているわ」


アイラの言葉に、ジュリアンも翠緑の瞳を細めて考え込んだ。


「瘴気ということは、悪魔か、あるいは地獄から這い出た亡者の類が関与していると推測できるね」


「そうね。でも、悪魔の仕業にしては瘴気の濃度が薄すぎるし、亡者に憑りつかれているにしては彼女の様子が大人しすぎるのよ」


アイラは首を傾げながら、アレクセイが持ち込んだ複雑な相関図を横目で見た。


「あの利害関係にそぐわない相関図と、彼女のこの状態が何か関係しているのかしら」


「呪いそのものが瘴気を帯びているケースは少ないが存在はするが、今の地上でそれを使える者がいるのかい?」


ジュリアンの問いに、アイラは少しだけ険しい表情を作った。


「魔女か悪魔ならば可能だけれど、悪魔にとってはこんな陰湿な呪いは契約したところで魂の価値が下がるだけだから、基本的にはやらないはずよ」


アイラは、かつて対峙した下級悪魔たちの行動原理を思い出しながら思考を巡らせた。


「じゃあ魔女の仕業かというと、この類の術は天界を出禁になるレベルで天使たちに嫌われるから、まともな魔女なら絶対に手を出さないわ」


「なるほど。推測を重ねても答えは出ないということだね」


ジュリアンが肩をすくめると、アイラはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ええ。だから、推測なんて面倒なことはやめて、呪いの出処そのものを力技で辿ってみるわ」


アイラが水晶玉にさらに強力な魔力を注ぎ込むと、映像の中のローゼリアから細い瘴気の糸が伸びているのが可視化された。


アイラはその糸を空間ごと手繰り寄せるようにして、呪いの発信源へと強引に視点を移動させた。


水晶玉の景色がぐにゃりと歪み、次に映し出されたのは、真っ赤に輝く不気味な魔法陣のど真ん中に浮かぶ一人の男の姿だった。


「……これは、随分と珍しいお客様ね」


アイラが面白そうに目を細めると、アレクセイも驚愕に目を見開いた。


そこに映っていたのは、銀色の髪に赤い目を持ち、耳が人間よりも鋭く尖った男だったのだ。


「吸血鬼や魔族なんて、この世界にいたという話は数百年生きていても聞いたことがないわよ?」


アイラが呆れたように呟くと、ジュリアンも興味深そうに映像を覗き込んだ。


「突然変異か、かつて君が滅ぼした帝国の忘れられた遺物か、それとも悪魔が作ったおもちゃだろうか」


「どれでもいいけれど、これだけ派手な魔法陣を広げておきながら、こちらからの逆探知に全く気が付かないなんて、随分と力の差があるようね」


アイラは、相手が自分たちに気付いていないことを確認すると、ポンと手を打った。


「相手の種族が何なのか、そしてどんな目的でこんな真似をしているのか、直接調べる必要があるみたいね」


アイラがそう言うと、ちょうど夕食の準備を終えたエドワードとリリアが、エプロン姿のまま部屋に入ってきた。


「お姉様、夕食の準備ができました……あら、何か面白いことが起きていますの?」


リリアが水晶玉に映る赤い目の男を見て小首を傾げると、アイラは立ち上がって意気揚々と宣言した。


「ええ。未知の勢力がこの国の貴族たちを操って、アレクセイの婚約者を呪っていることが分かったわ」


アイラは、水晶玉に映る男の現在位置を魔力で正確に特定し、青玉の瞳をキラリと輝かせた。


「場所もバッチリ特定できたし、ここは一つ、カチコミね!」


「カチコミね!」と意気揚々と宣言したアイラだったが、すぐにふうっと息を吐いて表情を緩めた。


「……と言いたいところだけれど、その前にまずは食事にしましょうか」


「な、何を言っているんだ! ローゼリアの命が危ないかもしれないのに!」


アレクセイが血相を変えて立ち上がるが、アイラは彼を宥めるように手で制した。


「落ち着きなさい、王子様。水晶玉での監視は続けているから、もし何かが起きてもすぐに転移で駆けつけられるわ」


アイラはローブを外して、リリアが運んできた料理をテーブルに並べる。


「それに、今のところ直に事が動くような状況ではないし、まずは腹ごしらえをしてからでも遅くはないわよ」


アイラの強引な説得に、アレクセイは渋々といった様子で頷き、共に食卓に着いた。


(あれだけ派手な魔法陣を敷いておきながらこちらの逆探知に気付かないなんて、あれが本当の黒幕とは思えないのよね)


アイラは内心でそう思いながら、少し様子を見るためにゆっくりと食事の時間を楽しんだ。


分身の残した最高のレシピで作られた料理は絶品で、最初は焦燥感に駆られていたアレクセイも、一口食べた途端に目を丸くして無言で食べ進めるほどであった。


食事が終わり、満足げにお茶を飲んでいたアイラが立ち上がった。


「さて、美味しいご飯で魔力も満ちたことだし、食後の運動と行きましょうか」


アイラとリリアが指を鳴らすと、彼女たちが着ていた服が、一瞬にして動きやすい戦闘用の服装へと切り替わった。


「なっ、無詠唱の早着替えだと……!?」


驚愕するアレクセイをよそに、アイラたちは水晶玉に映る吸血鬼のような男の場所へと一瞬で転移した。


「な、貴様ら何者だ! 私の結界をどうやって破った!?」


突然部屋に現れたアイラたちに驚き、男は鋭い爪を剥き出しにして襲い掛かってきた。


「君のような三下に出番などないよ」


「大人しくしていろ」


しかし、男がアイラたちに届くよりも早く、ジュリアンとエドワードが一瞬で間合いを詰め、圧倒的な武力で男を床に押さえつけた。


「ぐはっ……! き、貴様ら……!」


「さあ、少し記憶を覗かせてもらうわよ」


アイラは身動きが取れなくなった男の頭に手を置き、強制的にその記憶の奥底へとアクセスした。


脳内に流れ込んできた情報によると、この男は自然発生した種族ではなく、かつて帝国と呼ばれた国の人間による悪魔の実験で作られた遺物に近い存在のようだった。


膨大な魔力を持ち、狡猾でプライドが高いこの男は、自分を作った人間たちを殺して世に出たらしい。


「種族名もないし、吸血鬼みたいな見た目だけど血は吸わないのね。……人間以上、エルフ未満の『魔族』といったところかしら」


アイラが男の正体を呆れたように分析すると、ジュリアンが冷ややかな視線を向けた。


「さて、どうしたものか。とりあえず、ローゼリア嬢の呪いは解いてもらおうか」


「嫌だと言うなら、私とお姉様で強引に解きますけれど、呪い返しの激痛であなたがどうなるかは保証しませんわよ?」


リリアが極上に愛らしい笑顔で物騒な脅迫を行うと、魔族の男はガタガタと震え上がり、泣きそうになりながら魔法陣を解除した。


アイラが直に遠視の魔法で見ると、ローゼリアが丁度、目を覚ました所だった。


「ああ、ローゼリア……! 本当に、君たちには何と礼を言えば良いか……!」


アレクセイが安堵の涙を流してアイラたちに深く頭を下げた後、アイラは足元の魔族をジト目で見下ろした。


「それで、相関図の不審な動きもあなたが裏で貴族たちを操っていたからみたいだけれど、一体何が目的だったの?」


アイラが問い詰めると、魔族は観念したように口を開いた。


「あ、あの城の奥にいる、強い魔力を持った女……アレクセイの祖母に自然に接触するためだ! 派閥争いで城を混乱させれば、あの人間離れした美しき女を俺のモノにできると……俺は、一目惚れしたんだっ!」


「……は? つまり、王子さまのおばあさまのストーカーの巻き添えで、色々な人が迷惑を被っていたということ?」


アイラが呆れ果ててため息をつくと、床に押さえつけられていた魔族は、アイラとリリアの顔をマジマジと見上げた。


「お、お前たち、あの女と同じ顔をしているじゃないか……! そうか、俺は今、お前たち二人に運命を感じたぞ!」


「「……は?」」


アイラとリリアが心底嫌そうな声を上げるより早く、彼女たちを溺愛する伴侶の堪忍袋の緒が完全に切れた。


「……エドワード。このゴミは、私たちの手で適切に処理する必要があるね」


「ええ、兄上。リリア嬢の視界にこれ以上、この汚物をおいておくわけにはいきません」


ジュリアンとエドワードは、絶対零度の笑みを浮かべながら、魔族の首根っこを掴んでズルズルと部屋の奥の暗がりへと引きずっていった。


「ひぃっ!? や、やめろ、俺はただ純粋な愛を……ぎゃあああああっ!!」


部屋の奥から響き渡る魔族の断末魔を聞きながら、アレクセイが顔面蒼白になっている横で、アイラはリリアと共に見ざる聞かざるを貫いて優雅にお茶を飲んでいた。


「……少し騒がしいわね」


アイラが微笑むと、アレクセイは引き攣った顔で無言で頷くことしかできなかった。


その後、この哀れな魔族の姿を見た者は誰もいなかった。


「と、とりあえず、これで事件は解決ということで、めでたしめでたしね」


アイラがパンッと手を叩いて明るく告げると、アレクセイは顔を引き攣らせながら何度も頷いた。


後日、ローゼリアを救い出し国の危機を未然に防いだお礼として、アイラたちはアレクセイから城への招待を受けた。


「お城の専属シェフが腕によりをかけた極上ディナー……すごく楽しみだわ!」


アイラは青玉の瞳をキラキラと輝かせ、次なる美食への期待に胸を膨らませるのだった。

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