魔女編3
「あーっ、このフルーツタルト、最高に美味しいわ!」
王都のレヴナント公爵家タウンハウス、その私室。
私は、お養母様が手配してくれた王都で一番人気のケーキ屋さんのタルトを頬張りながら、至福の声を上げた。
サクサクの生地に、カスタードクリームと旬の果実がたっぷりと乗っていて、カロリーの暴力とも言える素晴らしい一品だ。
「本当ですわね、お姉様! 私、お代わりを持ってまいりますわ!」
同じく十二歳の姿に変装したリリアが、嬉しそうにワゴンへ向かう。
私たちの足元では、ライオンのぬいぐるみ(ジュリアン様)と猫のぬいぐるみ(エドワード殿下)が、私がこっそり切り分けたタルトを器用にモグモグと食べていた。
『……うむ。このカスタードはなかなかの絶品だな』
『はい、兄上。リリア嬢が淹れてくれた紅茶と実によく合います』
平和だ。
アルフレッド殿下が急逝し、エイレーンお義姉様が自由の身となってから数日、私たちレヴナント公爵家は穏やかで美味しい日々を満喫していた。
「……さてと。おやつも食べたし、そろそろ分身たちを回収しようかしら」
私は紅茶で喉を潤すと、王都のあちこちに放っていた【魔力分身】を一斉に解除した。
シュンッ、と微かな魔力の波が広がり、数人の分身たちが集めてきた記憶と情報が、私の脳内に直接流れ込んでくる。
「ん……なるほど、なるほどね」
私は目を閉じ、情報網から得た王宮の裏事情を整理した。
「……あっ!」
不意に、私の中で一つの点と点が繋がり、カチリと音を立ててパズルが完成した。
「わかっちゃったわ……! アルフレッド殿下の死の理由!」
私がパッと目を見開いて嬉しそうに叫ぶと、リリアの肩がビクッと跳ね、足元のぬいぐるみ二匹がスゥッと視線を逸らした。
「お、お姉様? どうされたんですの、急に……」
リリアが冷や汗を流しながら、不自然な笑みを浮かべる。
「ニシシ! いやね、ずっとモヤモヤしてたのよ。いくらあんたたちが裏で手を回したとはいえ、あんなに健康体で野菜嫌いの踏み台王子が、数日で『急病』でポックリ逝くなんて不自然すぎるって思ってて」
私は立ち上がり、名探偵のようにビシッと指を突きつけた。
「ズバリ、死因は『戦死』ね!」
『……ほう。続けてみろ、私の愛しき名探偵よ』
ライオン・ジュリアンが、短い腕を組みながら面白そうに先を促す。
「王宮の暗部や軍の裏帳簿を分身に探らせて、ようやく分かったのよ。エンプリテン殿下が向かった、南の島への遠征軍。その補給物資の木箱の中に、気を失ったアルフレッド殿下が『荷物』として詰め込まれていたのね」
「…………」
リリアとぬいぐるみたちは、無言で聞いている。
「殿下が木箱の中で目を覚ました時、そこはすでに南の島の最前線。ちょうど現地部族の奇襲攻撃を受けて、激しい戦闘が始まっていた真っ最中だった!」
私は得意げに推理を披露した。
「何も分からないまま木箱から飛び出した殿下は、運悪く飛び交う矢か槍に当たって、あっけなく戦死してしまった。王家としては、第一王子が勝手に遠征軍の荷物に紛れ込んで犬死にしたなんて、恥ずかしくて絶対に公表できないわよね。だから、急な重病という理由で処理したってわけ!」
私は両手をポンッと叩いた。
「ねえ、あんたたちが夜会の後に言ってた『祭り』って、このことだったのね!?」
私の問いかけに、ライオン・ジュリアンは深い深ぁぁいため息を吐き出した。
『……やれやれ。君の分身による情報収集能力は、我が国の筆頭諜報員すら遥かに凌駕しているな。まさか軍の極秘報告書まで覗き見るとは』
「ニシシ! 伊達に魔女やってないわよ! で、図星なんでしょ?」
『……さあ、なんのことかな。我々はただ、彼に少しばかりの旅行をプレゼントしただけだ。南の島の陽気な「祭り(戦場)」を、特等席で楽しんでもらおうと思ってね』
ジュリアン様が、ぬいぐるみ特有の丸っこい顔に、極めて腹黒い悪魔のような笑みを浮かべた。
『ええ、兄上の仰る通りです。決して私たちが直接手を下したわけではありません。彼が運悪く祭りの熱狂に巻き込まれてしまったのは、全くもって不幸な事故ですね』
猫・エドワードも、生真面目な声で恐ろしい言い訳を口にする。
「そうですわ、お姉様! たまたま彼が気絶して、たまたまそこにあった遠征用の木箱にすっぽりと入り込んでしまっただけですもの! 私たちは親切に、木箱に蓋をしてあげただけですわ!」
リリアが天使のような微笑みで、完全にブラックな発言を追認した。
(なるほどね! 自分で手を下したわけじゃなくて、戦場に放り込んだだけなのね! それなら魔法の痕跡も残らないし、アリバイもバッチリだわ。完全犯罪ってやつね!)
私は、心の底から感心してしまった。
「あーっ、スッキリしたわ! ずっとどうやって始末したのか気になっててモヤモヤしてたから、謎が解けて本当に気分がいいわ!」
私は満面の笑みでソファーにダイブし、ゴロゴロと転がった。
『アイラ、君は人が一人死んでいるというのに、そのように清々しい顔ができるのだな……まあ、そこが君らしくて愛おしいのだが』
ジュリアン様が呆れつつも、甘い声で囁いてくる。
「だって、あの踏み台王子は私の完璧なディナーの野菜を残した大罪人だし、何よりエイレーンお義姉様を傷つけた害虫だもの。同情する余地なんて一ミリもないわよ!」
私はキッパリと言い切った。
美味しいご飯を粗末にする者と、愛する家族を悲しませる者には、慈悲など必要ないのだ。
「それにしても、あんたたちも相変わらずえげつないことするわね。でも、お義姉様の笑顔を守ってくれたことには感謝するわ!」
『ふん。我が妻の義理の家族に無礼を働いたのだ、当然の報いだろう』
『リリア嬢が悲しむような顔は、一秒たりとも見たくありませんからね』
ぬいぐるみ二匹が、揃って誇らしげに胸を張る。
「さあ、謎も解けてスッキリしたことだし、美味しいおやつの続きにしましょう! リリア、フルーツタルトのお代わりお願いね!」
「はい、お姉様! エドワード様とジュリアン様の分も、大きめにカットしてまいりますわね!」
アルフレッド殿下の死の真相という、ちょっとだけ物騒で真っ黒な謎解きは、こうして明るく楽しく幕を下ろした。
私たちの王都での生活は、今日も最高に平和で、そして最高に美味しいのだった。
「今日は普通の公爵令嬢らしい一日を過ごしましょう!」
エイレーンお義姉様のその一言で、私たちの王都ショッピングツアーが幕を開けた。
まだまだ社交シーズン真っ只中ということもあり、王都のメインストリートは華やかに着飾った貴族たちで賑わっている。
私たちの陣容は、私とリリア、そしてエイレーンお義姉様の令嬢三人だ。
それぞれに専属のメイドが一人ずつ付き、周囲を三人の屈強な護衛騎士が固めるという、まさに絵に描いたような高位貴族のお出かけスタイルである。
私とリリアの腕の中には、もちろんライオンと猫のぬいぐるみが抱えられていた。
「普通の公爵令嬢のお買い物、とっても楽しみですわね、お姉様!」
「ええ、魔法で更地にしたり、魔物を狩ったりしない、平和なお出かけなんて久しぶりだわ」
私の言葉に、腕の中のライオン・ジュリアンがピクッと反応したが、外なので喋れないらしい。
私たちは、公爵家御用達の高級ブティックへと足を踏み入れた。
カランコロン、と上品なベルの音が鳴る。
「いらっしゃいま……ひぃっ!?」
出迎えた恰幅の良い店主が、私たち三人を見て目を剥いて硬直した。
それもそのはず。
もともとエイレーンお義姉様と私は瓜二つの容姿であり、さらに私の双子の妹であるリリアも加わったことで、見た目が完全に『三つ子』になっていたからだ。
「店長、ごきげんよう。私の可愛い妹たちを紹介するわね」
エイレーンお義姉様が優雅に微笑むと、店主は慌てて深く頭を下げた。
「こ、これはエイレーン様! まさか、これほどまでに似ておられる妹君が二度も……いや、お二人も増えられたとは、全く存じ上げませんでした!」
店主の案内で、私たちは奥のVIPルームへと通された。
ふかふかのソファに座ると、すぐさま極上の紅茶と、宝石のように美しい焼き菓子が運ばれてくる。
(おおっ、これがお買い物中のティータイムってやつね!)
私がさっそくクッキーに手を伸ばしていると、店員たちが次々と最新流行のドレスや反物、輝くジュエリーを運び込んできた。
「さあ、アイラ、リリアちゃん。好きなものをどんどん試着してみてちょうだい!」
お義姉様の号令とともに、私たちの着せ替え人形タイムが始まった。
「お姉様、この薄紅色のドレス、とっても可愛らしいですわ!」
「リリアは本当に天使ね! こっちの水色のも似合うと思うわよ!」
私たちはキャッキャと笑い合いながら、色とりどりのドレスを身体に当てていく。
その間にも、お義姉様は真剣な眼差しで布地の手触りを確かめ、宝石の輝きを吟味していた。
「店長、このドレスと、あちらの三着……それから、このエメラルドのネックレスと、お揃いのイヤリングをいただくわ。もちろん、三人分色違いで揃えてちょうだいね」
「かしこまりました、エイレーン様!」
(えっ、値段も聞かずに全部お買い上げ!? これが……王都の貴族の買い物!)
私は、札束(あるいは金貨)が乱れ飛ぶような豪快な買いっぷりに、思わず目を丸くした。
私が以前いたアルジェント家は武門の家柄で質実剛健だったし、私自身もスラム上がりだから、こういう華やかな金銭感覚にはいまだに慣れないのだ。
「お義姉様、そんなにたくさん買ってしまって大丈夫なの?」
私が尋ねると、エイレーンお義姉様はふふっと上品に笑った。
「ええ、もちろんよ。アイラ、よく覚えておいて。私たち貴族の令嬢にとって、オシャレは女の武装ですの」
「武装……?」
私は首を傾げた。
武装といえば、ミスリル製の剣とか、高火力の魔法杖とかを思い浮かべてしまう。
「夜会やお茶会という名の社交の場は、決して血の流れない戦場ですわ。身に纏うドレスの品質、流行を取り入れたデザイン、そしてそれに負けない堂々とした振る舞い。それらすべてが、自分と家を守るための鎧であり、相手を牽制する剣となるのよ」
エイレーンお義姉様の言葉には、公爵令嬢としての強い誇りと覚悟が滲んでいた。
なるほど、物理的な暴力(魔法含む)で解決しがちな私とは、戦うフィールドが違うということか。
「だからこそ、妹であるあなたたちにも、最高の『武装』を用意してあげたいの」
「お義姉様……!」
リリアが感動したように両手を胸の前で組む。
私も、お義姉様の深い愛情に心が温かくなった。
「ありがとう、お義姉様! 私、最強に可愛く武装して、お義姉様の隣で完璧なディナー……じゃなくて、夜会を乗り切ってみせるわ!」
『……結局、君の思考は食べ物に行き着くのだな』
腕の中のライオン・ジュリアンから、呆れたような念話が飛んできたが、私はニシシと笑って無視した。
「ふふっ、頼もしいわね。さあ、次は靴と帽子を見に行きましょう!」
こうして、私たち三つ子(仮)の平和で華やかなショッピングツアーは、夕方までたっぷりと続くのだった。
*
「お茶会って、美味しいお菓子がたくさん食べられるから最高よね!」
華やかなショッピングから数日後、私たち三人は、王都で開かれたとある伯爵家主催のお茶会に参加していた。
色とりどりのドレスを纏った令嬢たちが集う庭園は、まるで花畑のような美しさだ。
しかし、今日のお茶会の主役は、間違いなく私たち『レヴナント公爵家の三つ子(仮)』であった。
「まあ、エイレーン様! そちらのお二人は、もしかして……!」
「なんて愛らしいのでしょう! まるで鏡を見ているようですわ!」
私とリリアがお義姉様の両隣に立つと、年頃の令嬢たちが驚きの声を上げて次々と集まってきた。
同じ容姿をした双子の令嬢は偶にいるが、三人揃って全く同じ顔、しかも公爵家となれば、興味を持たれないはずがない。
「ごきげんよう、皆様。私の可愛い妹のアイラとリリアよ」
エイレーンお義姉様が優雅に扇で口元を隠し、誇らしげに私たちを紹介した。
私とリリアも、完璧な淑女の笑みとカーテシーで令嬢たちに挨拶を返す。
「お見知りおきを、皆様」
私たちの声まで綺麗にハモったことで、令嬢たちからは黄色い歓声が上がった。
もちろん、私たちの腕の中には、お約束のライオンと猫のぬいぐるみが抱えられている。
「ところで、アイラ様とリリア様は、これまでどちらにいらしたの? 社交界でお見かけするのは初めてですけれど」
一人の令嬢が、興味津々といった様子で尋ねてきた。
その質問を待っていたとばかりに、エイレーンお義姉様が目をキラキラと輝かせた。
「実はね、この子たちは『魔法の国』からやってきたのよ! とっても不思議な力を持っているの!」
お義姉様の爆弾発言に、令嬢たちが一斉にどよめいた。
「ま、魔法の国ですって……!?」
「素敵……! まるでおとぎ話のようですわ!」
(お義姉様、その設定、本当に外でも堂々と言っちゃうのね……!)
私は心の中で冷や汗を流しながら、必死に愛想笑いを浮かべた。
腕の中のライオン・ジュリアンも、呆れたように小さくため息をついたのが分かった。
「あの、不思議な力って、一体どのようなことができるのですか?」
別の令嬢が、身を乗り出して聞いてくる。
私はリリアとチラリと視線を交わし、ニシシと悪党のように心の中で笑った。
「実は私たち、『占い』が得意なんですの」
私がもったいぶってそう言うと、占い好きの年頃の令嬢たちは、完全に目を奪われた獲物のような顔になった。
「占い……! ぜひ、私を占っていただけませんこと!?」
「私も! ぜひお願いしたいですわ!」
瞬く間に、私たちの周りに占いを希望する令嬢たちの長蛇の列ができあがった。
魔女の世界では、大半の者が魔力による記憶の読み取りや過去視といった技術を習得しているため、わざわざ誰かを『占う』なんてことはあり得ない。
しかし、ここは魔法がすっかり衰退した地上の国だ。
リリアの得意なダウジング能力(物体の記憶の読み取りや過去視)と、私の黒魔法を少し応用すれば、令嬢たちの悩みや秘密を当てるなど、赤子の手をひねるより簡単なのだ。
「ふふっ、では順番に視て差し上げますわ。お代は……そうね、あちらのテーブルにある美味しいケーキを一皿、ということでいかがかしら?」
私がちゃっかりと報酬を要求すると、令嬢たちは喜んでケーキを運んできた。
「ええと、あなたの悩みは……最近、お慕いしている騎士様が、別の方を見ているのではないかという不安ですね?」
リリアが令嬢の手をそっと握り、天使のような微笑みでダウジングの結果を告げる。
「ひぃっ! な、なぜそれを……!?」
「安心して。彼は昨日、あなたに贈るための髪飾りをこっそり特注していましたわ。明日の夜会で、きっと素敵なサプライズがありますよ」
リリアが告げた『事実』に、令嬢は顔を真っ赤にして歓喜の声を上げた。
「す、すごいですわ! 本当に魔法の国の占いですわね!」
エイレーンお義姉様も、自分のことのように手を叩いて喜んでいる。
その後も、私たちによる百発百中の『魔法の国の占い』は、お茶会が終わるまで大盛況となった。
『……やれやれ。君たちは、他人のプライバシーを魔法で覗き見て、ケーキを巻き上げているだけではないか。見事な詐欺師っぷりだな』
帰り道の馬車の中で、ライオン・ジュリアンが呆れ返った念話を送ってきた。
『兄上、リリア嬢はそのような悪意など微塵もありません。純粋に人助けをしているつもりなのですから、どうか詐欺師呼ばわりはご遠慮いただきたい』
猫・エドワードも、自分の愛するリリアを庇うように真面目な声で抗議する。
「いいじゃない! 令嬢たちは悩みが解決してハッピー! 私はケーキが食べられてハッピー! 誰も損してない完璧なビジネスモデルよ!」
私は、戦利品として持ち帰ったクッキーを齧りながら、堂々と胸を張った。
「そうですわ! お姉様のおかげで、皆様とっても笑顔になっておられましたもの!」
リリアも、猫のぬいぐるみを撫でながら嬉しそうに同意する。
私たちの王都での輝かしい社交デビューは、こうして甘いお菓子と『魔法の占い』とともに、大成功に終わるのだった。
「あー、本当に美味しいケーキがいっぱい食べられて、最高のお茶会だったわ!」
レヴナント公爵邸の私室に戻った私は、ベッドにごろんと転がりながら伸びをした。
「ええ、お姉様のおかげで、皆様にも大変喜んでいただけましたわね」
リリアもニコニコと笑いながら、手慣れた様子でお茶の準備を始めている。
平和な空気が流れる中、私はふと表情を引き締め、ベッドから上体を起こした。
「……でもね、ただ占いでケーキを稼いでただけじゃないのよ」
私の声のトーンが変わったことに気付き、絨毯の上に座っていたライオン・ジュリアンと猫・エドワードが、ピクッと耳を動かした。
「はい……少し、いえ、かなり不穏なものを視てしまいましたわ」
リリアも、お茶を注ぐ手を止めて悲痛な表情を浮かべる。
『不穏なもの、とは?』
ライオン・ジュリアンが、鋭い声で問いかけてきた。
「リリアのダウジングで令嬢たちの悩みを読み取ったついでに、私の黒魔法で魔女の占いの真骨頂である『未来視』もこっそり行っていたのよ」
私は真剣な眼差しで、ぬいぐるみ二匹を見据えた。
「そしたら、今日占った令嬢たちのうち、数人が全く同じ『最悪の未来』を辿るビジョンが見えちゃったの」
『同じ未来……集団で何かの事件に巻き込まれるということですか?』
猫・エドワードが、生真面目な声で尋ねてくる。
「ズバリ、誘拐よ」
私がハッキリと告げると、部屋の空気が一気に冷たくなった。
「私たちがこのまま何もせずに未来が流れた場合、数日以内に彼女たちは何者かの手によって次々と拐われますわ」
リリアが、ギュッと胸の前で両手を組みながら言葉を継ぐ。
「……そして、後日、街の路地裏で無残な姿で発見されるのです」
『無残な姿……殺害されるということか?』
ジュリアン様が低い声で唸る。
「命は無事よ。でも、身につけていたドレスや宝石は剥ぎ取られ、心と体に深い傷を負って……令嬢としての尊厳を、完全に奪われるの」
私はギリッと奥歯を噛み締めた。
「魔法が衰退したこの国で、特に貴族社会において、そんな傷を負った令嬢がどうなるか……あんたたちなら分かるでしょ?」
『……ああ。他国からの圧力や派閥争いが絡む貴族社会では、それは死以上の絶望をもたらすだろうな』
『彼女たちの婚約は破綻し、家名を重んじる実家からは見放され、修道院か離れでの永遠の幽閉生活が待っているでしょう』
ジュリアン様とエドワード殿下が、かつてこの国の王族であった視点から、残酷な現実を口にする。
無邪気に占いを楽しんで、恋の悩みに頬を染めていたあの可愛い令嬢たちが、そんな理不尽な絶望に突き落とされる未来など、あってはならない。
「これはもう、人間だとか魔女だとか、そういう次元の問題じゃないわ」
私は立ち上がり、拳を固く握りしめた。
「女として、絶対に、絶対に見過ごせないわ!」
「はい、お姉様! 私も同感ですわ! あの優しい皆様の未来を、あんな卑劣な悪党どもに奪わせるわけにはいきません!」
リリアも力強く頷き、その瞳には静かな怒りの炎が宿っていた。
『ふむ……我が愛しき魔女がそう決断したのなら、私に異論はない。存分に暴れてくるがいい』
『ええ。リリア嬢の美しき心を痛めつけるような外道は、私としても決して看過できません。全力でサポートいたします』
ライオンと猫のぬいぐるみが、揃って頼もしい言葉を返してくれる。
「ニシシ! そうこなくっちゃね! 私たちのお茶会仲間を泣かせるようなクソッタレな誘拐犯ども、物理と魔法で残らず消し炭にしてやるわよ!」
私はニヤリと悪党のような笑みを浮かべ、すぐさま最悪の未来をぶち壊すための作戦会議を始めるのだった。
「……というわけで、貴女たちの未来にちょっぴり悪い影が見えたから、私たちが護衛させてもらうわ」
お茶会の後、私たちは標的となる令嬢たちをこっそり別室に集め、事の次第を説明した。
「ま、魔法の国のプリンセスであるアイラ様たちが、私たちを助けてくださるのですか……!」
「なんて心強いのでしょう!」
令嬢たちは恐怖で震えるどころか、おとぎ話のヒロインになったようなキラキラとした瞳で私たちを見つめてきた。
「ええ、魔法の国のプリンセスとして、このまま見過ごすわけにはいきませんわ」
リリアが両手を胸の前で組み、天使のような微笑みで設定を強化する。
「これからの数日間、私たちの【魔力分身】を貴女たちの影に潜ませて、片時も離れず絶対に守り抜くから安心してね」
私は胸を張り、令嬢たちに頼もしく宣言した。
もちろん、愛するエイレーンお義姉様にも、本体の私が側にいない時は常に最高強度の分身を護衛につけている。
そして数日後の夜、私たちが視た未来の通りに、卑劣な誘拐犯どもが動き出した。
「ひぃっ……!」
とある令嬢が夜会からの帰宅途中、路地裏で黒装束の男たちに囲まれた。
「へへへ、大人しくついてきてもらおうか、お嬢ちゃん」
男たちが汚い手を伸ばそうとしたその瞬間、令嬢の影から飛び出した私の分身が、物理(鉄拳)で男たちの顔面を鮮やかに陥没させた。
「ぐはぁっ!?」
「令嬢に気安く触ろうなんて、一万年早いのよ!」
私とリリアの本体もすぐに合流し、一瞬にして犯人たちを無力化して縛り上げた。
「さあ、ここからが本番よ」
私は気絶した犯人の顔をじっと見つめ、黒魔法で自分とリリアの姿を犯人そっくりに偽装した。
「私たちがこの男たちに成りすまして、令嬢の身代わり(分身)をアジトまで運んで、親玉の正体を暴いてやるわ」
私たちは、気を失ったふりをする分身を担ぎ、犯人の記憶から読み取った王都の地下水道の奥にあるアジトへと潜入した。
「おお、連れてきたか。ご苦労だったな」
薄暗いアジトの奥で、ふんぞり返っていた小太りの男が、下劣な笑みを浮かべてこちらを見た。
「これで依頼主の侯爵様から、たっぷり報酬がもらえるぜ」
「言質とったわ!!」
私が偽装を解いて元の姿に戻りながら叫ぶと、アジトにいた悪党どもが一斉に目を丸くした。
「な、なんだお前たちは!?」
「ニシシ! 魔法の国からお仕置きにやってきた、正義のプリンセスよ!」
私は悪党のような笑みを浮かべ、指先でパチンと魔力を弾いた。
「ジュリアン様、出番よ!」
私の合図とともに、私の腕の中にいたライオンのぬいぐるみが、眩い光に包まれた。
『……久方ぶりに、少しばかり体を動かすとしよう』
光が収まると、そこには愛らしいぬいぐるみの姿はなく、見上げるほどに巨大で猛々しい、本物の百獣の王の姿があった。
「ひぃぃぃっ!? ば、化け物……!」
悪党どもが腰を抜かして悲鳴を上げる中、本物の動物形態となったライオン・ジュリアンが、地響きのような恐ろしい咆哮を上げた。
『我が愛しき魔女の友人を狙った罪、万死に値する』
ジュリアン様は一瞬で敵の懐に飛び込むと、その鋭い牙と爪で、悪党どもの武器を粉々に砕き、服をズタズタに切り裂いていく。
「あああっ! 助けてくれぇっ!」
「容赦しませんわ!」
リリアも白魔法の光の鎖で、逃げ出そうとする親玉を簀巻きにして天井から吊るし上げた。
カチコミはものの数分で終了し、アジトは完全な修羅場と化した。
「ふぅ、これでスッキリしたわね」
私は、ボロ雑巾のように倒れ伏す悪党どもを見下ろして満足げに頷いた。
「ふぅ、これでスッキリしたわね」
私は、ボロ雑巾のように倒れ伏す悪党どもを見下ろして満足げに頷いた。
「あの、アイラ……一つ頼みがあるのだが」
巨大なライオンの姿のままのジュリアン様が、少し気まずそうに声をかけてきた。
「どうしたの? どこか怪我でもした?」
私が首を傾げると、ジュリアン様はもじもじと巨大な前足を動かしながら答えた。
「いや、そうではない。……実は、私はまだこの『ライオン』という姿を、自分の目でしっかり見たことがないのだ」
「あっ……!」
「君たちが『百獣の王で強くてカッコいい』と言うものだから、その……少し、自分の姿を確認してみたくてな」
(あ、なるほど! ジュリアン様って、こういうカッコいい生き物とか好きなのね!)
私はニシシと笑い、リリアに視線を送った。
「リリア、水鏡をお願い!」
「はい、お姉様!」
リリアが白魔法で空中に巨大な水鏡を作り出すと、そこには黄金の鬣を揺らす、威風堂々たる巨大な獅子の姿が映し出された。
『おお……! これが、私……!』
ジュリアン様は水鏡に顔を近づけ、右を向いたり左を向いたりして、自分の姿を真剣に見つめている。
『ふむ。この鋭い牙と爪、そして王者の風格を漂わせる黄金の鬣……確かに、カッコいい』
ジュリアン様は自分の姿にすっかり悦に入って、低く満足げな喉を鳴らした。
私とリリアは、その様子をまるで新しいおもちゃを貰った子供を見るような、とても微笑ましい目で見守った。
「さて、ジュリアン様の鑑賞会も終わったし、こいつらから情報を引き出しておきましょうか」
私は気絶している親玉を軽く蹴っ飛ばし、リリアに促した。
「はい。先ほど私のダウジングで彼らの記憶を読み取ったところによると、依頼を出したのは、王都でも新興勢力である『バルディア侯爵』でしたわ」
リリアの報告に、私は腕を組んで深く頷いた。
「なるほどね。自分たちの派閥の令嬢を社交界で優位に立たせるために、邪魔な他の派閥の令嬢たちを誘拐して傷物にしようとした、ってわけね」
「なんて卑劣な考えなのでしょう……絶対に許せませんわ!」
「ええ。だから、ここは私たちの『お養父様』の出番よ」
私はニヤリと悪党のような笑みを浮かべた。
国境を守る筈の侯爵が、自国の令嬢たちにこの様な事を。
しかも、私たちの身内(お茶会仲間)に手を出そうとしたのだ。
公爵家と侯爵家、序列一位と二位の圧倒的な権力の差というものは、こういう時のために正しく使うべきである。
そして翌朝、私たちが集めた証拠と事の顛末を聞いたレヴナント公爵であるお養父様は、静かに、しかし火山のような怒りを爆発させた。
「我が愛娘たちの友人になんという真似を……! 徹底的に潰してくれるわ!」
お養父様は即座に公爵家の私兵と騎士団を動かし、私たちが提供した確たる証拠を手に、バルディア侯爵家へと踏み込んだ。
公爵家の圧倒的な権力と、捕らえた誘拐犯の自白、そして誘拐されかけた令嬢本人の証言も合わさり、侯爵は一切の言い逃れができなかった。
見苦しく命乞いをする侯爵は、あっけなく捕縛され、一族もろとも破滅への道を歩むことになったのだ。
「やっぱり、権力での物理攻撃が一番手っ取り早くて確実よね!」
お養父様からの報告を聞きながら、私は私室のソファで優雅に紅茶を飲んで頷いた。
「本当に良かったですわ! これで、皆様も安心してお茶会を楽しめますね!」
リリアも、膝の上の猫のぬいぐるみを優しく撫でながら嬉しそうに微笑む。
こうして、王都の裏で蠢いていた卑劣な陰謀は、魔法の国のプリンセスと百獣の王、そして公爵家の正しい権力行使によって、完全に粉砕されたのだった。
と、思ったのだが。
バルディア侯爵の逮捕から数日後、レヴナント公爵家にはさらなる激震、いや、王都全土を揺るがす大嵐が吹き荒れていた。
「アイラ、リリア。お前たちが捕らえてくれた誘拐犯たちの証言から、芋づる式にとんでもない事実が発覚したよ」
私室でお茶を飲んでいた私たちの元に、お養父様であるレヴナント公爵が興奮した様子でやって来た。
「バルディア侯爵の単独犯ではなかったということですか?」
私が首を傾げると、お養父様は深く頷いた。
「ああ、そうだ。あの愚か者の裏で甘い汁を吸い、誘拐された令嬢たちの売買や脅迫に関与しようとしていた貴族の派閥が、複数存在していたのだ」
「まあ……! なんておぞましい方々なのでしょう!」
リリアが両手で口元を覆い、悲痛な声を上げる。
「安心しなさい。この件に関しては、我が公爵家だけでなく、王家も全面的に動いている」
お養父様の言葉に、私は少し驚いて目を丸くした。
王家といえば、あの野菜嫌いの踏み台王子を生み出した場所であり、私の中ではあまり良い印象がなかったからだ。
「国王陛下は、この報告を受けて激怒された。未来の王家に嫁ぐかもしれない優秀な令嬢たちが、そのような下劣な目的で傷物にされるなど、国家的な大損失であると」
お養父様は力強く語る。
「それに、陛下は貴族たちの長として、一人の親として、そして同じ男として、このような卑劣な行いを絶対に許しては置けないと、大層な剣幕でな」
『……ほう、現国王はなかなか骨があるようだな』
私の腕の中で、ライオン・ジュリアンが感心したように念話を送ってきた。
「しかも、王妃様の怒りは陛下以上だそうですわ。女の敵は絶対に許さないと、近衛騎士団の全権を握って自ら指揮を執っておられるとか」
お養父様が苦笑いしながら付け加える。
なるほど、女の怒りは恐ろしいのである。
そうして始まったのは、レヴナント公爵家と王家による、前代未聞の合同捜査と大粛清劇だった。
関与した貴族の屋敷には次々と近衛騎士団が踏み込み、抵抗する暇も与えずに当主や関係者たちを引きずり出していく。
甘い汁を吸っていた連中は、爵位剥奪、財産没収、そして地下牢への投獄という、徹底的な社会的抹殺を受けることになったのだ。
「いやー、見事な手際ね! 私たちが出張るまでもなく、あっという間にゴミ掃除が終わっちゃったわ!」
私は、王都の空を飛び交う騎士団の伝令の鳩を窓から眺めながら、最高級の紅茶を優雅に啜った。
「本当に良かったですわ。これで、王都の令嬢たちは誰も悲しい思いをせずに済みますね」
リリアもニコニコと笑い、膝の上の猫・エドワードを優しく撫でている。
正直なところ、あのアルフレッドの親だからと王家には期待していなかったが、ここまで徹底的に自浄作用を働かせ、悪を根絶やしにしてくれるとは思っていなかった。
「あの王様と王妃様、なかなか話が分かるじゃない。少し見直したわ」
私が素直に称賛すると、ぬいぐるみ二匹も静かに同意を示した。
『ああ。王家の権威とは、かくあるべきだ。民と臣下を守るためにこそ、その力は振るわれるべきだからな』
『兄上の仰る通りです。彼らの迅速な対応は、称賛に値するでしょう』
魔法の国のプリンセス(仮)と百獣の王たちによる、王都での小さなお節介は、結果的に国を挙げての大粛清という特大の花火を打ち上げるに至った。
権力者たちが正しく権力を使ってくれるなら、私は美味しいお菓子を食べることに専念できるというものだ。
私たちの平和で甘い日常は、こうしてより一層強固なものとして守られるのだった。
「国王陛下の素早い対応を見るに、現王家はかなりまともなようね」
王家と公爵家による大粛清の嵐が落ち着いた頃、私は私室で紅茶を飲みながら頷いた。
あの野菜嫌いのアルフレッド殿下が異常だっただけで、国王としての手腕は確かなものだと証明されたのだ。
「そうですわね、お姉様」
リリアも、手作りのクッキーを齧りながら同意する。
「ねえ、リリア」
私はふと、ある閃きを得て身を乗り出した。
「王様がまともなら、他の王子様たちも実は結構まともなんじゃないかしら?」
「あっ……!」
「今、エイレーンお義姉様はフリーの身でしょ。もし他の王子様に素晴らしい人がいたら、お義姉様に相応しい相手として推せるんじゃないかって思ってね」
私の提案に、リリアはパァッと顔を輝かせた。
「まあ! それは素晴らしい名案ですわ、お姉様!」
『……君たち、また良からぬことを企んでいるな』
私の腕の中で、ライオン・ジュリアンが呆れたような念話を出してきた。
『他国の王族を勝手に査定しようとは、相変わらず恐ろしい姉妹です』
猫・エドワードも、リリアの膝の上で生真面目にツッコミを入れる。
「いいじゃない! 可愛いお義姉様の幸せのためよ!」
私はニシシと笑い、さっそく王宮へ複数の【魔力分身】を放った。
リリアもダウジングの能力を使い、王族たちの人柄や能力の調査を開始する。
ターゲットは、テオドール、ロクシタン、トリスタン、ガニーメ、パブルフといった王子たちと、メイリーン王女、そしてエンプリテン殿下の母親である妾だ。
そして数時間後、集まってきた情報を整理した私たちは、言葉を失っていた。
「…………えっと」
「…………これは、どういうことでしょう」
私とリリアは、顔を見合わせて首を傾げた。
「テオドール王子は内政に明るく、領民からの人望が厚い」
「ロクシタン王子は芸術と外交の才能に秀でていて、他国との関係を良好に保っていますわ」
「トリスタン王子とガニーメ王子は騎士団を率いて魔物討伐で成果を上げているし、パブルフ王子は魔法研究で特許を取るほどの天才肌よ」
「それに、メイリーン王女殿下も大変真面目で、王族としての公務を立派にこなしておられます」
私たちは、次々と判明する『超優秀で人格者な王族たち』のプロフィールに戸惑いを隠せなかった。
「極めつけは、南の島の戦場に向かったエンプリテン殿下ね。彼は兵士たちと寝食を共にし、前線で剣を振るう素晴らしい指揮官だったわ」
「エンプリテン殿下のお母様である妾の方も、身分こそ低いですけれど、非常に聡明で王妃様を影から支える有能な方でしたわ。妾ではなく、側室に迎えるべきお方かと思えます」
情報を総括すると、現王家は恐ろしいほどに優秀で、非の打ち所がない素晴らしい一族だったのだ。
『……見事なものだな。国が平和である理由がよく分かる』
『はい。これほど優秀な王族が揃っているのなら、王国の未来は安泰でしょう』
ジュリアン様とエドワード殿下も、素直に感心している。
「あれ? 凄くまとも……っていうか、まともすぎない?」
私は頭を抱えた。
「これじゃあ、アルフレッド殿下がまるで『用意された悪役』みたいじゃないの!」
「本当に……あの方だけが、あまりにも不自然なほど愚かでしたわね」
リリアも困惑したように眉を下げた。
あの野菜を残す踏み台王子がいなければ、私たちから見た王家の評価は、最初から最高ランクだったはずなのだ。
「……ねえ、もしかして」
私は、ある恐ろしい仮説に思い至ってしまった。
「アルフレッド殿下って、実は産まれた時に取り違えられた、全く別の人間の子供だったというオチはないわよね?」
「ひぃっ! そ、それはいくらなんでもホラーすぎますわ、お姉様!」
リリアが涙目になって首を横に振る。
『……いくらなんでも、それはないだろう。王家の血筋の魔法的検査は厳密だからな』
『ええ。単に、彼だけが突然変異的に愚かだったとしか……』
元王族であるぬいぐるみ二匹も、私の突拍子もない仮説は否定してくれた。
「じゃあ、結局アルフレッド殿下っていったい何だったのよ……」
私は深い深ぁぁいため息を吐き出した。
あまりにも完璧な一族の中で、たった一人だけ燦然と輝いていた無能な一番星。
エイレーンお義姉様の素晴らしいお相手を探すはずが、結果的に王家の闇(?)という名のミステリーに直面してしまったのである。
「まあいいわ! お義姉様には、この優秀な王子様たちの中から、一番相性の良さそうな人をじっくり選んでもらいましょう!」
私は思考を放棄し、美味しいフルーツタルトを頬張ることで、このもやもやした謎を胃袋の奥底へと沈めることにした。
王宮の謎はさておき、今日のケーキも最高に美味しいのだった。
*
社交シーズン最後の舞踏会は、思わぬビッグニュースで締めくくられることになった。
なんと、私たちの愛するエイレーンお義姉様が、あの優秀なテオドール王子の婚約者に選ばれたのだ。
「まあ、お義姉様ったら、すっかりテオドール殿下に夢中みたいね」
王都の公爵邸の私室で、私はほくほく顔でお茶を飲みながら呟いた。
「ええ、本当に幸せそうですわ」
リリアもニコニコと頷いている。
『テオドール王子か。内政に明るく人望もある、王家の良心とも言える傑物だな』
ライオン・ジュリアンが短い腕を組みながら感心したように言う。
『ええ。エイレーン嬢の相手として、これ以上ないほど相応しい方でしょう』
猫・エドワードも真面目に同意した。
「でも、お義姉様とテオドール王子って、年が八つも離れているのよね」
私が首を傾げると、リリアがふんわりと微笑んだ。
「年齢なんて、愛の前では些細な問題ですわ! 殿下のあの大人な包容力に、お義姉様はすっかり心を奪われてしまったようですの」
「確かに、あの踏み台王子みたいな同年代のガキより、ずっと頼りがいがあって素敵よね」
私は深く頷いて、用意された高級チョコレートを一粒放り込んだ。
婚約が決まった後、エイレーンお義姉様は私たちに真剣な表情で決意を語ってくれたのだ。
「テオドール殿下は本当に素晴らしい方よ。あの方の隣に立つには、私には一層の努力が必要ですわ」
その瞳には、未来の王太子妃、あるいは王妃となるための強い覚悟が宿っていた。
*
「というわけで、私たちもお義姉様を全力でバックアップするわよ!」
私が立ち上がって宣言すると、ぬいぐるみ二匹が少し呆れたような気配を見せた。
『……アイラ、我々は一応、人間社会に過度に干渉しないという建前があったはずだが?』
ジュリアン様が痛いところを突いてくる。
「大丈夫よ! 国の歴史を直接書き換えたり、王家を乗っ取ったりするわけじゃないもの」
私は堂々と胸を張って言い訳を展開した。
「過度にならなければいいのよ。可愛いお義姉様を一人、ちょっとばかり優秀な令嬢に教育するくらい、神様だって見逃してくれるわ!」
「そうですわ! 私たちの持つ知識と魔法で、至らない所は協力してお義姉様を押し上げましょう!」
リリアも力強く賛同し、白魔法の光をキラキラと放つ。
『……やれやれ。君たちがそう決めたのなら、もはや誰も止められまい』
『エイレーン嬢が過労で倒れないことだけを祈りましょう』
ライオンと猫のぬいぐるみが、揃って諦めの深いため息をついた。
こうして、レヴナント公爵家が誇る『魔法の国のプリンセス(仮)』たちによる、エイレーンお義姉様の徹底的な淑女プロデュース計画が幕を開けた。
王宮の歴史に残るであろう完璧な王妃が誕生するのは、そう遠い未来ではないだろう。
私は、この先の楽しい予定にニシシと笑いながら、残りのチョコレートを美味しく平らげるのだった。
*
エイレーンお義姉様の『最強の王太子妃プロデュース計画』を始動するにあたり、私とリリアは必要なアイテムを調達するため、一旦魔女の世界へと帰還した。
私たちが生み出した魔女の結界内にある、懐かしき『実家(アルジェント公爵邸のコピー)』のリビング。
そこで私たちを出迎えたのは、予想外の人物だった。
「あら、おかえりなさい。地上でのバカンスは楽しんでいるかしら?」
ソファで優雅に足を組み、ワイングラスを傾けていたのは、私たちの魔法の師匠であり、魔女の世界の重鎮であるエレノワールお姉様だった。
「エレノワールお姉様! どうしてここに?」
私が驚いて声を上げると、彼女は妖艶に微笑んだ。
「あなたたちが地上で面白そうなことをやっているのを、風の噂で聞いたのよ。それでね、新しい魔法の修行に良さそうなものを持ってきたんだけど……」
エレノワールお姉様は、テーブルの上に置かれた分厚い魔導書と、怪しげな光を放つ宝石の山を指差した。
「……どうやら、もっと面白い事が進行中みたいね?」
エレノワールお姉様の鋭い視線に、私はニシシと笑って計画の全貌を打ち明けた。
エイレーンお義姉様とテオドール王子の婚約のこと、そして私たちが彼女を完璧な淑女(そして最強の王妃)にプロデュースしようとしていることを。
「なるほどね。頭の弱い王子の代わりに、真面目で優秀な王子と結ばれたのね」
エレノワールお姉様は興味深そうに顎に手を当てた。
「愛する者のために努力する決意……なかなか骨のある娘じゃない。魔女も永遠の時を生きてると退屈しちゃうし……私もその計画に、乗させてもらうわ」
「えっ! エレノワールお姉様も手伝ってくれるの!?」
リリアがパァッと顔を輝かせる。
「ええ。私から教えられる『大人の女の魅力と社交の裏技』も、たくさんあるわよ。それに……」
エレノワールお姉様は、悪戯っぽい笑みを浮かべて立ち上がった。
「他の魔女から聞いたわよ。あなたたち、『魔法の国のプリンセス』なんて設定で動いてるんでしょ? なら、私にも相応しい役回りが必要よね」
数日後、王都のレヴナント公爵邸に、一人の絶世の美女が降り立った。
私たち姉妹と同じ、艶やかな亜麻色の髪に、優しげな茶色い瞳。
その立ち振る舞いは、王族すらも圧倒するほどの気品と色気を漂わせている。
「はじめまして、レヴナント公爵、そしてエイレーン嬢。私はアイラとリリアの『姉』である、エレノワールと申しますわ」
年齢は二十歳という設定で、エレノワールお姉様は優雅なカーテシーを披露した。
「ま、魔法の国から、一番上のお姉様まで……!」
エイレーンお義姉様が、感動で胸を押さえてプルプルと震えている。
「妹たちがいつもお世話になっております。本日は、妹たちの修行を手伝ってくださったお礼と……エイレーン嬢、貴女の素晴らしい決意に胸を打たれ、微力ながらご協力させていただきたいと思い、参上いたしましたの」
エレノワールお姉様の完璧な淑女の微笑みと、魔法の国の第一王女(仮)という圧倒的なオーラに、お養父様たちもすっかり圧倒されていた。
「なんてお美しい……! まるで、エイレーンがそのまま立派な大人の女性に成長した姿を見ているようですわ!」
お養母様が、エレノワールお姉様とエイレーンお義姉様を交互に見比べて感嘆の声を上げる。
「本当に……! 私、成長したらエレノワール様のようになりたいですわ!」
エイレーンお義姉様も、目を輝かせて憧れの眼差しを向けている。
『……おい、アイラ。あの魔女殿まで出てきて、いよいよ後戻りできないカオスな状況になっていないか?』
私の腕の中で、ライオン・ジュリアンが引きつった顔で念話を送ってくる。
「大丈夫よ! エレノワールお姉様は教えるのも上手だし、お義姉様は絶対に完璧な淑女になれるわ!」
私はニシシと笑い、エレノワールお姉様の背中を頼もしく見つめた。
こうして、魔法の国のプリンセス三姉妹(仮)による、エイレーンお義姉様へのパーフェクト・王妃教育という名の、波乱に満ちた日々が幕を開けるのだった。
きりの良いところまで書けたので、魔女編三話として投稿しました。
続きもお楽しみに。




