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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編2

「ただいまー。お留守番、お疲れ様」


「おかえりー。そっちもお疲れ様」


レヴナント公爵邸の私の私室。異次元の実家(と天国)から帰還した私は、部屋で本を読んでいた『もう一人の私』とハイタッチを交わした。


「なっ……アイラが、二人……!?」


私の小脇に抱えられていたライオンのぬいぐるみ(中身はジュリアン様)が、信じられないというように短い手で目を擦った(手は届いてない)。


「ふふん、驚いた? 【魔力分身ドッペル・アバター】で作った私の分身よ。私が異次元に行っている間、この子を身代わりにして面倒な令嬢教育やお茶会をこなしてもらってたの」


『そういうこと。あー、今日の歴史の授業は退屈だったわー』


分身の私が肩をすくめると、ライオン・ジュリアンはぽかんと口を開けた。


「魔力で自分と寸分違わぬ分身を作り、自律行動させるなど……。王宮の魔法師団が束になっても不可能な神話の術式だぞ。君という人は、本当に息をするように常識を破壊するな」


「便利でしょ? しかも、この分身を解除するとね……」


私がパチンと指を鳴らすと、分身のアイラは光の粒子となってフッと消え去り、私の中にスッと吸い込まれた。


「ん。なるほどなるほど。今日の歴史の授業の内容と、お養父様たちとのお茶会で出た『新作のフルーツタルト』の味……バッチリ記憶が共有されたわ!」


「……味まで共有されるのか。それは確かに、君にとっては最高の魔法かもしれないな」


ジュリアン様が呆れ半分、感心半分といった様子でため息をついた。


分身が経験した知識や記憶、そして食べたものの味まで、本体にフィードバックされるのだ。


カロリーこそ増えないが、色々な場所の美味しいものを同時に味わえるという、まさに私のためにあるようなチート魔法である。


「特に変わった事件も起きてなかったみたいだし、お留守番は完璧だったわね」


私はライオン・ジュリアンを抱き上げ、目の高さに合わせた。


「さあ、ジュリアン様。せっかく地上に来たんだから、お養父様たちやエイレーンお義姉様に、私の『新しいお友達』として挨拶に行きましょうか」


「……本気かい? 私の魂が入っているとはいえ、この丸っこい毛玉の姿だぞ? 威厳も何もない」


「いいのいいの! 可愛いぬいぐるみだって言えば、誰も警戒しないわよ!」


まずは、エイレーンお義姉様の部屋の扉を叩いた。


「お義姉様ー、入ってもいい?」「ええ、アイラ。どうぞ」


控えめな声に促されて部屋に入ると、エイレーンお義姉様は刺繍の手を止めて微笑んでくれた。


「あのね、私、新しいお友達を連れてきたの。ほら、ご挨拶して」


私がライオン・ジュリアンを前に突き出すと、彼は仕方なさそうに短い手をペコリと下げ、腹黒王太子らしい優雅な低音ボイス(ぬいぐるみ仕様)で口を開いた。


『初めまして、エイレーン嬢。私はアイラの夫……ゲフン。アイラの使い魔の、ジュリアンと申します。以後、お見知りおきを』


「まあ……っ!」


エイレーンお義姉様は、目をまん丸に見開いた。そして次の瞬間。


「か、可愛いわ……っ! 自分で歩いてお喋りするお人形なんて! アイラ、抱っこしてもいいかしら!?」


「え? あ、どうぞ」


私が差し出すと、お義姉様はライオン・ジュリアンをギュッと胸に抱きしめ、ポンデリングのようなフサフサのたてがみに顔を埋めてすりすりとし始めた。


「んんっ、もふもふしてて最高の手触りね……! この丸っこいお腹もたまらないわ!」


『ちょ、エイレーン嬢、苦し、レディが殿方にそのように……っ』


王太子としての威厳など木っ端微塵に砕け散り、ただの愛玩動物としてモフられまくるジュリアン様。


(ニシシ。やっぱり女の子はこういう可愛い生き物に弱いのよね。ジュリアン様の困った声、最高に面白いわ)


その後、すっかりライオン・ジュリアンを気に入ったエイレーンお義姉様と一緒に、私たちはお養父様とお養母様がいる応接室へと向かった。


「お養父様、お養母様。アイラがとっても可愛い使い魔のお人形を連れてきたんです!」


『……ガバナント公爵、並びに夫人。初めまして、ジュリアンと申します』


お義姉様の腕の中から、ライオン・ジュリアンが疲れ切った声で挨拶をする。


それを聞いたお養父様とお養母様は、「なんと、自律して喋る魔導人形ですか!」「アイラ、お前は本当に凄い魔法使いなのだね」と、驚きはしたものの、全く警戒する様子を見せなかった。


あの時、私が奴隷商人のアジトを更地(物理)にした規格外の魔法を見ているはずなのに、「見た目が可愛いぬいぐるみ」というだけで、ここまで警戒心が薄れるとは。


(思わぬ副効果ね。これなら、ジュリアン様も堂々と私の側で行動できるわ)


そして、その日の夕食。


レヴナント公爵家の豪華なダイニングテーブルには、料理長が腕によりをかけた極上の料理が並んでいた。


もちろん、私がプロデュースした「素材の味を活かした」絶品メニューだ。


私の隣には、子供用の高い椅子が用意され、そこにライオン・ジュリアンがちょこんと座っている。


『……アイラ』


「なに? ジュリアン様」


『一つ、重大な問題が発生した。……この体、手が短すぎてフォークもナイフも持てない。テーブルの上の料理に全く届かないんだが』


ジュリアン様が、丸っこい短い手をパタパタと動かして抗議してきた。


確かに、二頭身のぬいぐるみ形態では、人間用の食器を扱うのは物理的に不可能だ。


「あら、大変。魔法で器用に浮かせて食べる?」


『いや、周囲の目がある。私がただの可愛い使い魔として振る舞うなら、高度な無詠唱魔法を見せびらかすのは得策ではないだろう』


「……ふふっ。それもそうね」


私はニシシと笑い、自分のフォークで柔らかいローストビーフを一口サイズに切り分けた。


「それじゃあ、仕方ないから私が食べさせてあげるわ。はい、あーん」


私がフォークを差し出すと、ジュリアン様は一瞬だけ呆れたように目を伏せたが、すぐに諦めたように小さな口を開けた。


『……あーん』


パクリ。もぐもぐもぐ。


『……美味い。だが、なんだかひどく情けない気分になるな。私が君を甘やかす側のはずなのに』


「文句言わないの。ほら、お口の周りにソースがついてるわよ」


私はナプキンで、ライオン・ジュリアンの口元を優しく拭ってあげた。


(こういう『お世話』するの、一度体験してみたかったのよね! 大人になった私じゃ、絶対にジュリアン様にご飯を食べさせるなんてできないし)


今の私は、変装魔法で『十二歳の少女の姿』になっている。だからこそ、こうして堂々とぬいぐるみにご飯を食べさせるという、まるでおままごとのような微笑ましい光景が成立しているのだ。


「まあ、アイラ。使い魔にご飯を食べさせてあげるなんて、本当に面倒見のいい優しい子ね」


「うむうむ、実に微笑ましい光景だ」


エイレーンお義姉様やお養父様たちも、私たちの様子を見てホッコリと目を細めている。


これがもし、十九歳の本当の私の姿で、中身が夫である王太子だと知っていれば、ただの「胃もたれするほど甘ったるいバカップルの食事風景」としてドン引きされていたことだろう。


『アイラ。次はあの野菜のスープをもらおうか』


「はいはい、熱いから気をつけてね。フーフー……はい、あーん」


ジュリアン様も、最初は抵抗があったようだが、私の手から直接ご飯を食べさせてもらうというシチュエーションが満更でもないらしく、すっかり私に身を委ねて甘えきっていた。


(ふふふ。エイレーンお義姉様たちが見ている前ではイチャイチャできないけど、これなら堂々と合法的にイチャつけるわね! ぬいぐるみモード、最高!)


私は、大好きな美味しいご飯と、大好きな夫の可愛い姿を両方堪能しながら、至福のディナータイムをこれでもかと満喫するのだった。


「ジュリアン様の紹介(という名のお披露目会)」から数日後。


レヴナント公爵家の屋敷内は、まるで戦場のような慌ただしさに包まれていた。


「アイラ、新しいドレスの仕立ては済んだかい? 社交シーズンは貴族にとって戦いのようなものだからね。準備は怠らないように」


「はい、お養父様! 完璧ですわ!」


そう、いよいよこの国の貴族たちがこぞって王都に集う『社交シーズン』が始まるのだ。


ここで、少しだけ今の私たちの状況を補足しておこう。


現在私たちがいるこの国は、かつて私とリリアが『概念崩壊・カタストロフィ・スマッシュ』で丸ごと消し炭にしたアウストラル帝国に隣接していた小国の一つが母体となっている。


帝国が滅びた後、降伏して生き残った国同士が統合し、現在の強大な王国として成り立っているらしい。


で、今その統合国家の実権を握っているのが――『デブリスコスモ王家』という一族だ。


(……デブリスコスモ。直訳すると『宇宙のゴミ』って意味にならない? なかなかロックな名前をつけるわね、この国の創設者)


私はおやつのクッキーを齧りながら、お養父様から渡された「王家に関する資料」をペラペラと捲った。そこには、王族の家系図と簡単なプロフィールが載っている。


まずは、エイレーンお義姉様の婚約者であり、先日見事なまでに野菜を残して私の呪いを受けた第一王子、アルフレッド殿下。


その下には、テオドール、ロクシタン、トリスタン、ガニーメ、パブルフと、なんと五人もの王子たちがひしめき合っている。


さらに、現在の私(変装時の設定)と同じ十二歳の王女、メイリーン王女殿下。


極めつけは、現国王の愛人が産んだとされる『妾腹の王子』、エンプリテン殿下の存在だ。


(正妃と愛人の子供たちが入り乱れて、水面下で後継者争いを繰り広げている……。うわぁ、熱いお茶とせんべいを片手に見る『昼ドラ』みたいなキャスト陣ね。ドロドロの愛憎劇の匂いしかしないわ)


前世のサスペンスやドロドロ劇の記憶が激しく刺激されるが、まあ、私に直接害が及ばなければ知ったことではない。


私が興味があるのは、王都に集まるであろう「全国各地の未知の特産品と極上スイーツ」だけなのだから。


翌日。私たちレヴナント公爵家の一行は、豪華な馬車に揺られ、王都『エデンヘイゲル』へと向かって旅立った。


「ん〜っ! お養母様が用意してくださったこの『特製道中弁当』、冷めても美味しいように計算されていて最高ですわ!」


「ふふっ、アイラがいっぱい食べてくれると、作り甲斐があるわね」


道中も私の胃袋は絶好調だ。私の膝の上にはライオンのぬいぐるみ(ジュリアン様)がちょこんと座り、私がこっそりと口に運んであげるお肉をモグモグと咀嚼している。


『……アイラ。馬車の中で弁当を三つも平らげる令嬢は、王宮でも見たことがないぞ』


(いいじゃないですか。カロリーは私の魔力の源なんですから。ジュリアン様ももっと食べます?)


『……いただくよ。この卵焼きはなかなか悪くない』


念話テレパシーでこっそりやり取りしながら、長旅の疲れもなんのそので、私たちはついに王都エデンヘイゲルへと到着した。


「わぁ……! すごく大きな街!」


馬車の窓から顔を出すと、石畳の大通りには数え切れないほどの馬車が行き交い、レンガ造りの美しい建物がどこまでも続いている。


活気に満ちた人々の声と、あちこちから漂ってくる美味しそうな屋台の匂い。


(へえ、私のいたヴァリエール王国と同じくらい活気があるわね。今の国王の治世は、それなりに上手くいっているみたい)


私たちは王都の中心部にあるレヴナント公爵家のタウンハウス(別邸)に到着し、各々の部屋で旅の疲れを癒やすことになった。


「ふぅーっ、ふかふかのベッド最高!」


自室に案内された私は、ベッドにダイブして大きく伸びをした。


ライオン・ジュリアンも、短い手足でよじ登ってきて、私の隣にゴロンと転がる。


「さてと。そろそろ約束の時間ね」


私は起き上がり、部屋の鍵をしっかりと掛けたことを確認してから、空間をペティナイフのように指先でスッと切り裂いた。


パリンッ! とガラスが割れるような音とともに、『次元の裂け目』が開く。


「お姉様! お待たせいたしましたわ!」


裂け目の向こうから飛び出してきたのは、私の愛する双子の妹、リリアだ。ただ、彼女の今の姿は、いつもの銀髪に青玉の瞳を持つ絶世の美少女ではない。


「おっ、バッチリねリリア」


「はい! お姉様からお話を聞いて、面白そうだったので私もお姉様と全く同じ『変装』をしてきましたの!」


そう、今のリリアは、私と同じ『亜麻色の髪に茶色の瞳』を持つ、十二歳の少女の姿に変装しているのだ。


顔も私と全く同じ(双子だから当然だが)。


もし公爵家の人たちがこの部屋に入ってきたら、「アイラが二人いる!?」と大パニックになること間違いなしである。


「これで、お姉様と入れ替わって屋敷を探検したりできますわね! ふふっ!」


「いいわねそれ! 後でエイレーンお義姉様にイタズラしてみようかしら。ニシシ!」


私たちがキャッキャと悪巧みをしていると、リリアの胸に抱かれていた『白い毛玉』が、ゴソゴソと動き出した。


「おや、それは……」


『ふっ。ようやく私に気づいてくれたかな、兄上、そして義姉上あねうえ


リリアの腕の中から顔を出したのは、真っ白でふわふわの毛並みを持つ、少しデフォルメされた二頭身の『猫のぬいぐるみ』だった。


「おおー! ついにエドワード殿下の魂も定着したのね!」


『はいっ! お姉様が作ってくださった型紙をベースに、私が愛情を込めて縫い上げましたの! とっても可愛いですわ!』


リリアが猫・エドワードの頬にすりすりと顔を擦り寄せる。


『ああっ、リリア嬢……君の温もりが、フェルトと綿越しにも伝わってくるようだ。君の愛があれば、この丸っこい猫の姿であろうと私にとっては至上の喜びだよ』


『エドワード様ぁ……っ!』


真面目な声で歯の浮くようなセリフを吐く猫のぬいぐるみと、それに感動してピンク色のオーラを放つ美少女(変装中)。


「……相変わらず、君の妹はブレないな」


ライオン・ジュリアンが、呆れたように短いため息をついた。


「いやぁ、それにしても見事なデフォルメっぷりね。前世のアニメやゲームで見たマスコットキャラクターそのものじゃない」


私は猫・エドワードをツンツンと突きながら、感心したように頷いた。


「このライオンと猫のぬいぐるみモード、周りの目を誤魔化すには完璧だけど……そのうち、もっと色んなバリエーションの『器』を作ってみたくなってきたわね」


『バリエーション、とは?』


「例えば、呪文を唱えたら魔法少女のステッキみたいなアイテムに変身するとか! あとは、顔を隠す『仮面』の形にして、装着したら変身ヒーローみたいに戦えるとか! いや、いっそ巨大なロボットを作って、お父様たちに乗ってもらうのもアリじゃない!?」


私のオタク的(メタ的)な発想が爆発し、熱弁を振るう。


『ま、魔法少女……? 仮面のヒーロー……?』


『ロボット……? アイラ、君の頭の中はどうなっているんだ……』


エドワードとジュリアンは、私の全く理解できない前世の概念に完全にドン引きしていたが、リリアだけは目をキラキラさせていた。


「素敵ですわ、お姉様! 私、お裁縫だけでなく、彫金や鍛冶の技術もエレノワールお姉様から習ってきます! いつか、お姉様の理想とする『変身アイテム』や『ロボット』を作りましょう!」


「言質とったわ! さすがリリア、話が早くて助かるわ!」


こうして、私たちのタウンハウスでの秘密の合流は、新たなる(斜め上の)野望を燃やしながら、最高に楽しく騒がしく過ぎていくのだった。


明日から始まる社交シーズン。


そして、あの『昼ドラ王家』のドロドロの権力闘争。


そこに私たち探偵バディと、ぬいぐるみになった腹黒王太子&純情第二王子が加われば、退屈な夜会もきっと、最高に愉快なショーに早変わりすることだろう。


「さあ! 明日の夜会に向けて、今日はいっぱい美味しいものを食べて英気を養うわよ!」


『お姉様、ルームサービスで王都の特産スイーツを頼みましょう!』


王都エデンヘイゲルの夜は、私たちの果てしない食欲と共に、静かに更けていくのだった。


王都エデンヘイゲルでの『社交シーズン』の幕開けを告げる、王家主催の盛大な夜会。


シャンデリアの眩い光が降り注ぐ大広間には、着飾った貴族たちがひしめき合い、優雅なオーケストラの調べが響き渡っていた。


「……はぁ。どこの国に行っても、夜会の空気っていうのは息が詰まるわね」


私は、壁際にズラリと並べられた豪華なビュッフェのテーブルの端陣取り、色とりどりの料理を次々と自分のお皿に確保しながら小さくため息をついた。


「お姉様、そんなに山盛りにしたらドレスが苦しくなってしまいますわよ?」


隣で優雅にフルーツポンチを掬っているのは、私と同じ亜麻色の髪に茶色の瞳(十二歳の姿に変装中)のリリアだ。


「大丈夫よ。カロリーは私の魔力の源泉なんだから、いくら食べても全部消費できるわ。それに、この『鴨肉のロースト・特製ベリーソース掛け』、お肉がしっとりしていて最高に美味しいのよ!」


私はもぐもぐと咀嚼しながら、足元の『見えない空間』に向かってこっそりと念話テレパシーを送った。


(ジュリアン様、エドワード殿下。そっちにもお肉落としますね)


『ああ、頂こう。……それにしても、床を這いつくばって肉を食う日が来るとは思わなかったよ』


『リリア嬢! このお肉も美味しいですが、君の笑顔の方が何百倍も素晴らしいです!』


足元から聞こえてくるのは、腹黒王太子と純情第二王子の声だ。


実は今、私たちの足元には、認識阻害の魔法をかけて『他の人からは完全に見えなくした』ライオンのぬいぐるみ(ジュリアン様)と、猫のぬいぐるみ(エドワード殿下)がちょこんと座っているのだ。


自分たちも夜会に参加して様子を探りたいという彼らの要望に応え、密航させてきたのである。


「さてと。他の王族の方々も揃っているみたいね」


私はお肉を飲み込み、一段高くなった王族たちの席へと視線を向けた。


そこには、デブリスコスモ王家の王子たちがズラリと並んでいた。


その中で、私とエイレーンお義姉様が真っ先に注目したのは、お義姉様の婚約者である第一王子、アルフレッド殿下だった。


「……まあ。アルフレッド殿下、なんだか随分とおやつれになっているような……?」


エイレーンお義姉様が、扇子で口元を隠しながら心配そうに囁く。


それもそのはず。


アルフレッド王子は、頬がげっそりとこけ、目の下には濃い隈を作り、まるで数日間まともに眠れていないかのような、ひどく憔悴しきった顔で玉座の横に立っていた。


(どうやら、私の【もったいないおばけの呪縛ベジタブル・ナイトメア】がバッチリ効いているみたいね。あの様子だと、毎晩巨大なニンジンやブロッコリーに追いかけ回されてるってわけだわ。……でも、呪いを解くために『野菜を残さず食べる』っていう選択肢には至ってないのね。どんだけ野菜嫌いなのよ。ニシシ)


私は内心で悪党のように笑いながら、一口サイズにカットされた温野菜のマリネをパクリと食べた。


野菜も残さず美味しくいただくのが、真の美食家の流儀なのだ。


「あちらにおられるのが、噂の『エンプリテン殿下』ですわね」


リリアが、視線を別の王子へと移した。


王族の席の端に、どこか他の王子たちとは違う、影のある……しかし圧倒的に洗練された美貌を持つ青年が立っていた。


彼が、国王の愛人が産んだとされる『妾腹の王子』エンプリテン殿下だ。


(へぇ……。どこか憂いを帯びた瞳に、銀色の長髪。……外見的に彼がこの国の『主人公』でしょうね、この世界が小説とかゲームの世界でならば、だけど)


私の前世の意味記憶が、勝手に彼を主要キャラクターとして分類する。


すると、近くにいた貴族の夫人たちがヒソヒソと囁き合っているのが耳に入ってきた。


「聞きました? エンプリテン殿下、今度『遠征』に行かれるそうですわよ」


「ええ。南の島々の部族間の小競り合いに、自ら志願して鎮圧に向かわれるとか。……妾腹の身で、なんとか武功を立てようと必死なのですわね」


(まって、戦争? 今のところお養父様たちや学園の授業でも、戦争の話なんて聞いてないわよ!)


私はピクリと反応した。島を荒らされて報復と統合を見越しての遠征……。


どうやら、デブリスコスモ王国も水面下で色々と動いているらしい。


(まあ、私に影響が無ければ好きにすればいいけど。美味しいご飯の流通ルートに関わるようなら潰さないといけないし……後で各地に分身を派遣して、詳しく調べてみましょう)


私がそんなことを考えていると。


「……エイレーン。こんな隅にいたのか」


不意に、高慢で冷たい声が響いた。振り返ると、そこにはげっそりとやつれた顔の第一王子、アルフレッド殿下が立っていた。


そして、その腕には――。


「アルフレッド殿下……。そちらの、方は……?」


エイレーンお義姉様が、目を見開いて硬直した。


アルフレッド殿下の腕にぴったりと寄り添い、甘えるようにしなだれかかっている、派手なドレスを着た小柄な令嬢。


「紹介しよう。彼女はアリア男爵令嬢だ。学園で出会ってね、彼女の素直で純真な心に、私はひどく癒されているのだよ」


アルフレッド殿下は、婚約者であるエイレーンお義姉様の目の前で、堂々と浮気相手(?)を披露した。


「初めましてぇ、エイレーン様ぁ。アリアですぅ。アルフレッド様から、いっつもエイレーン様のお話は伺ってますぅ。とっても厳しくて、お堅い方だってぇ」


アリア男爵令嬢が、あからさまに見下したような、ねっとりとした甘ったるい声で話し始めた。


そこから彼女は「アルフレッド様は私がいないとダメなんですぅ」「この間の学園のお茶会でもぉ」と、うんたらなんたらと中身のない自慢話を長々と垂れ流し始めた。


(……話が長いわね。要するに『私の方が王子様に愛されてるのよ、ざまぁみさい』って言いたいだけでしょ)


私は内心で盛大なため息をつきつつ、横目でエイレーンお義姉様を見た。


お義姉様は、反論することも、声を荒らげることもせず、ただ扇子を強く握りしめ、悲しそうにうつむいていた。


アルフレッド殿下のことは別に好きではないはずだ。


けれど、この大勢の貴族が集まる公衆の面前で、自分の婚約者が身分的に低い令嬢を連れてきて、自分と比較して貶めているのだ。


公爵令嬢としてのプライドが、ズタズタに引き裂かれている。


(そりゃ、悔しいに決まってるわよね。でも、ここで怒ったり泣き喚いたりしないところが、エイレーンお義姉様らしい。本当に、優しくて真面目な子なのね)


「分かったら、エイレーン。君もアリアのこの素直さを見習って、もう少し私を敬う努力をしたまえ。……行くぞ、アリア」


「はいぃ、アルフレッド様ぁ」


アルフレッド殿下は、エイレーンお義姉様に冷酷な言葉を投げつけると、アリアを連れて得意げに背を向け、去っていった。


「…………っ」エイレーンお義姉様の肩が、微かに震えている。


私が慰めの言葉をかけようとした、その時だった。


『……ふん。我が妻の義姉を、あのような安い芝居でコケにするとは。あの王子、万死に値するな』


『ええ、兄上。リリア嬢の義理の姉君を傷つけるなど、騎士として見過ごせません。……少々、指導が必要ですね』


足元から、地を這うような恐ろしい念話が響いた。


見ると、認識阻害で見えなくなっているはずのライオン(ジュリアン様)と猫(エドワード殿下)のぬいぐるみが、音もなく立ち上がり、アルフレッド殿下とアリアの後ろを、無言で尾行し始めたのだ。


(ちょっと、他の人からは見えないから良いとして、二頭身のライオンと猫のぬいぐるみが、王子の背後をストーカーみたいに追いかけていくの、すっごくシュールな構図だわ……!)


私がツッコミを入れようとした、さらに次の瞬間。


「……お姉様。私も、少しお手洗いに行ってまいりますわね(超絶笑顔)」


隣にいたリリアが、いつもの天使のような微笑みを浮かべていた。


……ただし、その茶色の瞳は、これっぽっちも笑っていなかった。


完全に、極寒の絶対零度である。


「あ、うん。いってらっしゃい……(アーメン)」


リリアもまた、認識阻害の魔法を展開して完全に姿を消し、ぬいぐるみたちの後を追って闇の中へと消えていった。


あのポンコツ王子と男爵令嬢が、この後王宮の暗がりでどんな『物理的かつ精神的な指導』を受けることになるのか……想像するだけで合掌したくなる。


「アイラ……私、ダメね。公爵令嬢として、あんな風に言われて、何も言い返せないなんて……」


エイレーンお義姉様が、ついに堪えきれずに涙をポロリとこぼした。


「そんなことないわ、お義姉様」


私は、お義姉様の手を優しく、けれどしっかりと握りしめた。


「悲しい時も、辛い時も、美味しいものを食べれば何となく元気になるものよ。さあ、一緒にビュッフェの続きを制覇しに行きましょう! あの特大のフルーツタルト、全部私たちが買い占める勢いで食べるわよ!」


「アイラ……ありがとう」


私は、優しいお義姉様の手を引き、夜会の喧騒の中、極上のスイーツが並ぶテーブルへと向かった。あの踏み台王子が自滅の道を突っ走っている間に、私たちは私たちの『美味しい日常』を全力で謳歌するだけだ。


「さあ、お義姉様! 悲しい時は美味しいものを食べるに限りますわ。この『特大ローストポーク・りんごのコンポート添え』なんて絶品ですよ! お肉の旨味と果実の甘みが、傷ついた心を優しく包み込んでくれますから!」


私はお義姉様のお皿に次々とお肉やスイーツを盛り付けていく。


「ありがとう、アイラ……。ふふっ、なんだかあなたと一緒にいると、ちっぽけなことで悩んでいたのが馬鹿らしくなってくるわ」


お義姉様は涙を拭い、ローストポークを一口食べてふわりと微笑んだ。よしよし、美味しいご飯は世界を救うのだ。


私たちが心ゆくまで美食を堪能していると、ふと、会場の入り口付近がざわついた。見ると、先ほどアルフレッド殿下に連れられて消えたはずの、アリア男爵令嬢だけが一人で会場に戻ってきていた。


彼女は一人ぼっちで、誰かを探すようにおろおろと周囲を見回している。その顔には、先ほどまでの勝ち誇ったような余裕は微塵もなく、ひどく焦燥し、怯えきっているようだった。


「……アリアさん? 殿下はどうされたのかしら。もしかして、何かあったんじゃ……」


優しくて真面目なエイレーンお義姉様が、心配そうに声をかけようと一歩踏み出した。


「お義姉様、ストップ」


私はお義姉様の腕をサッと掴んで止めた。


「アイラ?」


「関わっちゃダメです。どうせ、今あの子に話しかけても、『エイレーン様がアルフレッド様を隠したんでしょう!』とか、理不尽な難癖を付けられるのがオチですよ。放っておきましょう」


私の忠告に、お義姉様は少し躊躇ったものの、足を止めた。


「でも……」


「いいですか、お義姉様。私たちは誇り高き公爵令嬢ですわ」


私はビュッフェのプチタルトを口に放り込み、極上の悪役スマイルを浮かべた。


「地を這う虫けらに気を使って歩けるほど、私たちは神経質ではありませんのよ?」


私の突拍子もない、それでいて傲慢な例えに、エイレーンお義姉様は目を丸くした。


そして数秒後。


「……ふふっ、ふふふふっ」


お義姉様は、扇子で口元を隠し、肩を揺らして笑い出したのだ。


「あはは、アイラったら。本当に……ふふっ、そうね。虫けらに気を使う必要なんて、どこにもないわね」


(……あれ?)


私はタルトを咀嚼しながら、少しだけ首を傾げた。


私の『虫けら』発言は、前世の悪役令嬢ネタを真似ただけのちょっとした冗談のつもりだった。お義姉様がそのメタ的なネタを分かって笑ってくれたわけではないと思う。


というか、それ以外の意味で、こんなに心底楽しそうに笑うって……え?


お義姉様の瞳の奥に、何かドス黒い、吹っ切れたような光が見えた気がした。


(エイレーンお義姉様……もしかして、静かにキレてる? なんだか少し怖くなったわね……)


温厚な人間が怒ると一番怖いという前世の格言を思い出し、私はそっとタルトの皿を勧めるにとどめた。


何事もなく夜会も終わり、私たちは王都のタウンハウスへと帰宅した。


アルフレッド殿下がその後どうなったのかは知らないし、どうでもいい。


それよりも、私が気になっていたのは、夜会で耳にした『エンプリテン殿下の遠征』という、戦争の噂だ。


「美味しいご飯の流通ルートに関わるかもしれないし、放置はできないわね」


自室に戻った私は、こっそりと【魔力分身ドッペル・アバター】を展開し、分身たちを情報収集のために放った。


そして翌朝。分身を解除し、フィードバックされた記憶を整理した私は、ベッドの上で大きく背伸びをした。


「……なるほどね」


分身たちが集めてきた情報によれば、南の島々で起こっている部族間の小競り合いに、デブリスコスモ王国も地味に巻き込まれ、被害が出ているらしい。そして、その報復と、島々の統合を見越しての遠征軍が組織されるとのことだ。


「要するに、『何じゃ? お前らはぁ? はぁ? 私に従えボケェ!』っていう感じの、武力による制圧と吸収ね。島を荒らされた挙句、二勢力ともに吸収されるなんて、向こうからしたらいい迷惑でしょうけど」


私はあくびをしながら呟いた。


「まあ、この国とあの島々の問題だし。好きにすればいいわ、私のご飯に影響が無ければ……ね」


どうやら大規模な世界戦争というわけではなく、小規模な遠征で済みそうだ。ひとまず安心である。


しかし、その日の午後。タウンハウスの応接室で優雅に紅茶を飲んでいた私たちのもとに、お養父様が血相を変えて飛び込んできた。


「た、大変だ! 王宮から緊急の報せが届いたぞ!」


「お養父様? 落ち着いてくださいませ。どうされましたの?」


「アルフレッド殿下が……行方不明になられたそうだ!!」


「「えっ!?」」


私とエイレーンお義姉様【リリアの変装】は、見事なまでにハモって驚いた。


お養父様の話によれば、昨夜の夜会の中途から姿を消し、王宮にも戻っておらず、近衛騎士団が総出で捜索しているという。


(行方不明……?)


私はハッとして、足元を這い回っているライオン(ジュリアン様)と猫(エドワード殿下)、そしてソファで本を読んでいる変装中のリリアを横目で見た。


昨夜、アリア男爵令嬢の後を追って消えた、この三匹の捕食者たち……。


お養父様が「エイレーンの婚約者が消えるなど、大変な事態だ!」と大慌てで出て行った後、私は部屋に鍵をかけ、三人に詰め寄った。


「ちょっと。あんたたち、アルフレッド殿下をどうしたのよ」


私がジト目で睨みつけると、ライオン・ジュリアンは短い腕を組み、そっぽを向いた。


『……さあ? 我々は知らないな』


『ええ。兄上の言う通り、私たちには何のことやら……』


猫・エドワードも、あからさまに目を泳がせている。


「リリア?」


「お、お姉様! 私たち、ただお祭りに送り出しに行っただけですのよ! 本当です!」


「……祭り?」


私はぽかんとした。王都で今、お祭りなんてやっていただろうか。


それに、この三人が結託して教えてくれないということは、間違いなく『物理的かつ精神的に徹底的な指導(制裁)』が行われたに違いない。


数日後。王宮から、さらに驚くべき公式発表がなされた。


『第一王子アルフレッド殿下は、急な重病に侵され、急逝された』


「……急逝」


私は新聞の号外を見つめながら、盛大に言葉を失った。


病に侵されて急逝……? あの健康体で野菜嫌いの踏み台王子が? 行方不明になって数日で?


(何があった!? あんたたち、裏で一体どんな『祭り』を開催したのよ!!)


私の脳内で、前世のヤクザ映画も顔負けの凄惨なリンチシーンが再生される。恐ろしすぎて、これ以上は絶対に追求しないでおこうと心に誓った。


「アイラ! 聞いてちょうだい!」


そこへ、エイレーンお義姉様が、満面の笑みで部屋に駆け込んできた。


「アルフレッド殿下の訃報に伴い……私と殿下との婚約が、正式に白紙になったの!」


お義姉様の顔は、これまで見たことがないほどキラキラと輝き、晴れ晴れとしていた。悲しむ様子など微塵もない。むしろ「自由よ!」と言わんばかりの喜びオーラが全開だ。


「まあ! それは……ご愁傷様で……いえ、おめでとうございます、お義姉様!」


「ええ! これで私、もう誰の顔色も窺わなくていいのね! ふふっ、お腹が空いてきちゃったわ。アイラ、一緒にお茶にしない?」


ニコニコと笑うお義姉様を見て、私は肩をすくめた。


(まあ、エイレーンお義姉様が嬉しそうなので、細かいことはいっか)


あの踏み台王子の末路は自業自得だ。野菜を残した呪いを見るまでもなく、勝手に退場してくれたおかげで、私の大好きな新しい家族(お義姉様)の笑顔が守られたのだから。


「ええ、もちろん! 今日は特別に特大のケーキを焼きましょう!」


ドロドロの昼ドラ展開は、腹黒いぬいぐるみたち(と妹)の暗躍によって、呆気なく幕を下ろした。私たちの王都での生活は、今日も最高に平和で、美味しいのだった。


アルフレッド殿下が『急逝』という形で綺麗に退場し、エイレーンお義姉様の婚約が白紙になった翌日。


私は自室のベッドでゴロゴロしながら、昨日【魔力分身ドッペル・アバター】たちに調べさせておいた『戦争の裏事情』について思考を整理していた。


「なるほどね。エンプリテン殿下が行く南の島の遠征って、要するに部族間の小競り合いに対する報復と、島々の統合を見越した武力制圧なのね」


私は天井を見上げながら呟いた。


「向こうの部族が荒らしてきたから、『何じゃ? お前らはぁ? はぁ? 私に従えボケェ!』って感じで、二勢力ともに力で吸収しちゃう算段らしいわ」


『……随分と物騒で、身も蓋もない要約だな』


ベッドの脇のクッションで丸くなっていたライオン・ジュリアンが、呆れたようにため息をつく。


「でも、大規模な世界大戦に発展するようなものじゃないし、私の美味しいご飯の流通ルートにも影響はなさそうよ。だから、好きにすればいいわ。私に影響が無ければね」


『まあ、そうだな。他国の局地的な遠征まで首を突っ込んでいてはキリがない。放置で正解だろう』


ジュリアン様も同意してくれた。これで戦争に関する懸念事項もクリアだ。


「さてと。それじゃあ今日も一日、美味しいおやつを食べてのんびり……」


私が大きく伸びをした、その時だった。


コンコン。


「アイラ、入ってもよろしくて?」


不意に扉がノックされ、エイレーンお義姉様の声が聞こえた。


「えっ!?」


私は飛び起きた。なぜなら、今の私の部屋には、私と瓜二つの容姿(十二歳の亜麻色の髪)に変装したままのリリアと、猫のエドワード殿下が遊びに来ていて、一緒にお茶を飲んでいたからだ。


「お、お姉様! どうしましょう! 私、変装を解いて隠れた方が……!」


リリアが慌てて立ち上がるが、エイレーンお義姉様は「入るわよー」と、すでにドアノブを回してしまっていた。


ガチャリ。


「アイラ、今日の午後のお茶会なんだけれど……」


部屋に入ってきたお義姉様は、言葉を途中で切り、目を丸くして固まった。


無理もない。部屋の中には、同じ亜麻色の髪と茶色の瞳をした、瓜二つの少女が『二人』いるのだ。


「え……? あ、アイラが……二人……!?」


お義姉様は、私とリリアを交互に指差し、信じられないものを見るように目をパチクリさせている。そりゃそうだ。いくら私が規格外の魔法使いだと知っていても、突然双子に増えていたら驚くに決まっている。


(ヤバい。リリアの存在をどう誤魔化す!? 双子の妹ですって言ったら、今まで孤児って言ってた設定と矛盾するし、そもそも身分がないから不法滞入になっちゃうわ!)


私の脳内で、前世のサスペンスとラノベの知識が超高速で回転し、導き出された『言い訳』は――これしかなかった。


「……お義姉様。驚かせてごめんなさい」


私は神妙な顔を作り、リリアの手を取って前に出た。


「実を言うと、私はただのスラムの孤児ではないんです」


「え……?」


「私たちは……遠い遠い異次元にある、『魔法の国』からやってきたプリンセスなのです!」


「「「…………は?」」」


エイレーンお義姉様だけでなく、足元にいたライオン(ジュリアン様)と猫(エドワード殿下)までもが、同時に間の抜けた声を漏らした。


『アイラ、君は急に何を言い出しているんだ……?』




ジュリアン様の念話が聞こえたが、私は完全に無視した。


「魔法の国……の、プリンセス?」


お義姉様が、ポカンと口を開けている。


「そうなんです! 魔法の国はとても厳格で、退屈なところでした。だから私たちは、美味しいご飯と平和で自由な生活を求めて、この人間界にお忍びでやって来たんですわ!」


私が堂々とトンデモ設定を語ると、なんと隣のリリアが、パァッと目を輝かせて即座に同調してきた。


「そうなんですの、お義姉様! 私はアイラの双子の妹、リリアと申します! お姉様だけ人間界で美味しいものを食べていると聞いて、私も魔法の国からこっそり抜け出してきてしまいましたの!」


(リリア、ノリノリね!? 助かるわ!)


リリアはふんわりとスカートの裾をつまみ、完璧なプリンセスのカーテシーでお辞儀をして見せた。


「魔法の国から……だから、アイラはあんなに規格外の魔法が使えたのね……!」


エイレーンお義姉様は、私の奴隷商人アジト爆破事件や、これまでの完璧すぎるマナーを思い出し、なんとこの『斜め上すぎる設定』をあっさりと信じ込んでしまったのだ。


「そ、そうよ! 私の魔法は、魔法の国のプリンセスだから特別なの!」


「まあ……! なんてロマンチックなの……!」


お義姉様は両手で頬を押さえ、キラキラとした瞳で私たちを見つめた。


「アイラに、こんなに可愛らしい双子の妹さんがいたなんて……! ねぇ、リリアちゃん。あなたもこのまま、私の『妹』にならないかしら!?」


「えっ?」


「お父様とお母様にお願いして、リリアちゃんもレヴナント公爵家の養女にしてもらいましょう! アイラが二人になれば、楽しさも可愛さも二倍ですもの! 絶対に賛成してくださるわ!」


「ええええっ!?」


私とリリアが驚く間もなく、エイレーンお義姉様は「すぐにお父様たちにお話ししてくるわ!」と、弾んだ足取りで部屋を飛び出していった。


残された私たちは、顔を見合わせてポカンとするしかなかった。


『……魔法の国のプリンセスという設定が通った上に、リリア嬢まで公爵家の養女になるとは。君たち姉妹の周りでは、常識というものが息をしていないな』


ライオン・ジュリアンが、呆れ果てて前足で顔を覆う。


「でも、結果オーライじゃないですか! これで私も、堂々とお姉様と一緒に公爵邸で暮らせますわ!」


猫のエドワード殿下を抱き上げながら、リリアが嬉しそうにクルクルと回る。


「……まあ、確かにね」


私はニシシと笑って、ベッドにダイブした。


これで、リリアをこっそり部屋に呼ぶ手間も省けるし、何より「魔法の国のプリンセス」という設定が通ったことで、私が突然いなくなったり、得体の知れない魔法を使ったりしても「魔法の国の用事があるのね」「プリンセスだから仕方ないわね」で全て誤魔化せる最強の免罪符を手に入れたのだ。


「暇つぶしも、邸宅を空ける理由を説明する必要も無くなったわ。最高に都合がいいから、良しとしましょう!」


私が高らかに宣言すると、リリアも「はい、お姉様!」と満面の笑みで頷いた。


その後、エイレーンお義姉様の猛プッシュを受けたお養父様とお養母様は、「我が家に恩人の天使アイラがもう一人増えるだと!? 万歳!!」と大喜びでリリアを養女として迎え入れた。


戸籍や身分の問題も、公爵家の絶大な権力(と、ちょっとした魔法の力)によって、あっという間にクリアされてしまった。


アルフレッド王子の急逝により、自由を手に入れたエイレーンお義姉様。


そして、「魔法の国のプリンセス」という謎設定を引っ提げて、公爵家での優雅なニート令嬢生活を満喫する私とリリア。


さらに、私たちの足元で暗躍(?)する、ライオンと猫のぬいぐるみたち。


世界の終わりを経験した私たちが、新たに辿り着いたこの『新たなる大地』での日常は。


美味しいご飯と、ちょっぴりのカオス、そして温かい新しい家族たちに囲まれて、これからもドタバタと楽しく続いていくのだ。


「さあリリア! 今日の午後のお茶会は、公爵家の厨房を貸し切って特大のフルーツパフェを作るわよ!」


「はい、お姉様! エドワード様とジュリアン様にも、たっぷり食べさせてあげましょうね!」


『……ほどほどにお願いするよ、私の愛しき魔女たち』


腹黒王太子の呆れた声と、私たちの明るい笑い声が、公爵邸の青空に心地よく響き渡った。


今回でリリアとエドワードも合流、にぎやかになります。

これで貯めてたの全部放出しました。

続きは、これから執筆します。

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