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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編1

奴隷商人のアジトを更地(物理)にし、本物のお嬢様を救い出した見返りとして、私は三食おやつ付き・毎日お肉食べ放題の優雅な身分を手に入れた。


「……というわけで。私が現在お世話になっているのが、ここ『レヴナント公爵家』というわけよ」


私はふかふかのソファに深々と腰掛け、目の前に出された最高級の焼き菓子をサクッと齧りながら、心の中で現状を整理していた。


お養父様である、ガバナント公爵。


お養母様の、エレイン公爵夫人。


そして、私と瓜二つの容姿を持つお義姉様の、エイレーン公爵令嬢。


ここに私が「アイラ」として養女に入り、アイラ公爵令嬢(妹ポジション)が誕生した、という完璧な布陣である。


ちなみに、私が異次元から来た魔女だということは内緒にしてあるが、あの規格外の「魔法」の力を見せつけてしまったため、お養父様たちからは若干……いや、かなり警戒されている節があった。


『アイラは我が家の恩人だ。無理にどこかへ嫁がせるようなことはせず、好きなだけこの家で暮らすといい』


お養父様はそう言ってくれた。


要するに、「こんな規格外の爆弾娘を他家に嫁がせたら、どんな政治的トラブルが起きるか分からないから、うちに囲っておこう」という判断だろう。


私としては、政略結婚の面倒な義務から解放されて美味しいご飯を食べ放題なのだから、まさにウィンウィンの関係である。


「アイラ、退屈していないかい? お菓子のおかわりを頼もうか」


「あら、アイラったら。お口の周りにクリームがついていますわよ」


お養父様とお養母様が、私をまるで本当の娘のように優しく気遣ってくれる。


「ありがとうございます、お養父様、お養母様! このクリーム、とっても美味しいですわ!」


私が無邪気な(猫を被った)笑顔で応じると、二人はホッと安堵したように目を細めた。


私が大人しく美味しいものを食べている限り、この家は平和なのだ。


さて。私たちがなぜ今、応接室ではなく別の控え室で優雅にお茶を飲んでいるかというと。


「そろそろ、アルフレッド殿下とエイレーンのお話も終わる頃合いでしょうか」


お養母様が、少し心配そうに扉の方を見やった。


現在、レヴナント公爵家の応接室には、エイレーンお義姉様の婚約者である『アルフレッド第一王子』が来訪しているのだ。彼は正当な血筋で一番継承権が高いが、まだ立太子はしていないらしい。


他にも兄弟が何人もいて、水面下でバチバチと権力争いをしているとか。


(帝国の時みたいに、血で血を洗うようなドロドロの争いにならなきゃいいけどねぇ)


私は紅茶を啜りながら、先ほど挨拶したアルフレッド王子の顔を思い浮かべた。


金髪に青い瞳という、いかにもな王道ストライクの容姿だったが……その目には、強すぎる野心と自己顕示欲がギラギラと渦巻いていた。


(……なんかあの王子、すごく『踏み台王子』みたいな匂いがしたのよね。ヒロインに魅了されて有能な婚約者をあっさり捨てて、最後には自滅するタイプの……)


私の前世の意味記憶が、勝手にそんなメタ的な分析を弾き出す。


まあ、私の夫である「最強の腹黒王太子ジュリアン」に比べれば、あの程度の野心など可愛いものだ。


私に直接害が及ばない限りは、知ったことではない。


「お養父様。アルフレッド殿下とエイレーンお義姉様はお若いのですから、もう少しお二人だけの時間を楽しんでいただいてもよろしいのではありませんか?」


「う、うむ。そうだな。我々が居ては、殿下も羽を伸ばせまいからな」


私がにっこりと提案すると、お養父様も苦笑しながら同意してくれた。


「それなら私、今日の晩餐の準備を見に、厨房へ行ってきてもよろしいでしょうか? アルフレッド殿下も晩餐を召し上がっていくのでしょう?」


「おや、アイラが直々に厨房へ? それは料理長が緊張してしまいそうだが……構わないよ。好きになさい」


「言質とりましたわ!」


私はガッツポーズをして、ソファーから立ち上がった。


もちろん、ただの視察ではない。


お養父様たちの財力をフル活用して、私の胃袋を極限まで満たすための「アイラ特製・極上ディナー」を料理長に作らせるための強行軍だ。


「――というわけで、料理長! 今夜の晩餐は、この私が考案した特別レシピで行かせてもらいますわよ!」


レヴナント公爵家の広大な厨房に、私の高らかな宣言が響き渡った。


「あ、アイラお嬢様!? 厨房に令嬢が入られるなど……それに、特別レシピと申されましても、今夜はアルフレッド殿下をお迎えする大事な晩餐でして……」


恰幅の良い料理長が、冷や汗を流しながら戸惑っている。


「だからこそよ! 未来の国王陛下になるかもしれないお方に、ありきたりな香辛料まみれの肉料理を出すつもり? 食の感動こそが、最大の外交カードになるのよ!」


私は空間収納アイテムボックスから、あらかじめ書き出しておいたレシピの束をドンッと調理台に叩きつけた。


「前菜は『真鯛と帆立のカルパッチョ・特製柑橘ソース』。スープは素材の甘みを極限まで引き出した『冷製コーンポタージュ』。メインは『極厚牛ヒレ肉のロースト・焦がしバターと赤ワインの極上ソース』……そしてデザートは、何層にも織り込んだパイ生地に濃厚なカスタードと旬の果実を挟んだ『ミルフィーユ・オ・フリュイ』よ!」


「なっ……なんという緻密なレシピ……! 食材の旨味の相乗効果を、ここまで計算し尽くしているというのか……!?」


料理長は、私が書いたレシピを一目見た瞬間、職人としての目をギラリと光らせた。


そう、ここの料理長は腕が良い。


私の前世の知識と、数々の魔導具開発で培った「料理理論」を理解できるだけの確かな舌と技術を持っているのだ。


「アイラお嬢様……。このレシピの通りに作れば、間違いなく公爵家の歴史に残る至高の晩餐になります。……やらせてください! 私の料理人魂にかけて、必ずや完璧に形にしてみせます!!」


「いい返事ね! じゃあ、まずは試食会用のポーションを作るわよ! 全員、調理開始!!」


「「「オオォォォォッ!!」」」


私の号令とともに、レヴナント公爵家の厨房は、かつてないほどの熱気と一体感に包まれ、フル稼働を始めた。



数十分後。厨房に併設された味見用の小さなテーブルで、臨時の『試食会』が開かれた。


「お養父様、お養母様。お待たせいたしました。本日の晩餐の試作品ですわ」


「お、おお……なんという美しい香りだ」


呼び出されたお養父様とお養母様は、テーブルに並べられた料理の数々を見て、驚嘆の声を漏らした。


一人一口ずつの試食とはいえ、そのクオリティは完璧だ。


お養父様が、ローストビーフを一切れ口に運ぶ。


「……ッ!!」


瞬間、お養父様の目が見開かれた。


「美味い……! 肉がこれほどまでに柔らかく、噛むほどに深い旨味が口いっぱいに広がるなんて……! 香辛料の刺激に頼らず、肉本来の味を赤ワインのソースが完璧に引き立てている!」


「まあ……こちらのカルパッチョも素晴らしいですわ! 果実の酸味が魚介の臭みを完全に消し去り、さっぱりとしているのに後を引く美味しさです!」


お養母様も、頬を押さえてうっとりとしている。


「そして、この『ミルフィーユ』というデザート……! サクサクの生地と濃厚なクリームの食感の違いが、まさに芸術品だ……! アイラ、お前は魔法だけでなく、食の女神でもあったのか!」


お養父様が、感動のあまり涙ぐみながら私を絶賛した。


「ふふっ。料理長の腕が素晴らしいからですわ。……今日の晩餐とデザートは、これで決まりでよろしいですね?」


「ああ、もちろんだ! レヴナント公爵家の名にかけて、アルフレッド殿下の胃袋を完全に掌握してみせよう!」


お養父様の力強い承認を得て、厨房の料理人たちがガッツポーズで歓喜した。


こうして、私が裏で完全にコントロールしたレヴナント公爵家の極上ディナーが、野心家の王子を迎え撃つ準備を整えたのである。


(ふふふ……美味しいご飯の前に、人間の野心なんてどれだけちっぽけなものか、たっぷりと思い知らせてあげるわ!)


私は、出来立てのミルフィーユの切れ端をパクリと頬張りながら、ニシシと悪党のような笑みを浮かべるのだった。


私が裏から完全に支配プロデュースしたレヴナント公爵家の晩餐会は、大成功を収めた。


「ほう……。辺境の公爵家にしては、なかなか見所のある料理人を雇っているようだな」


豪華なダイニングテーブルの上座で、メインディッシュの『極厚牛ヒレ肉のロースト』を口に運んだアルフレッド王子は、驚きを隠せないように目を丸くし、次いで不遜な笑みを浮かべた。


「肉の旨味を引き立てるこのソース。王宮のシェフにも劣らぬ腕前だ。エイレーン、君の家も少しは役に立つものを持っているのだな」


「……はい、もったいないお言葉ですわ、殿下」


エイレーンお義姉様が、愛想笑いを浮かべて小さく頭を下げる。……が、ちょっと待ってほしい。


今、この踏み台王子、さらりと婚約者の実家を下に見た発言をしなかったか?


私はお養父様とお養母様の隣で、完璧な淑女の微笑みを貼り付けながら、アルフレッド王子の食事の様子を観察していた。


(肉ばかり食べてるわね……。まあ、育ち盛りだから仕方ないにしても)


私の目は、王子の皿の端に残された『冷製コーンポタージュ』の底や、美しく飾り付けられていた付け合わせの温野菜たちに釘付けになった。


(ちょっと。素材の甘みを極限まで引き出したニンジンとブロッコリーのグラッセを、どうして全部端っこに避けてるのよ。……信じられない、コーンポタージュも半分残してるじゃない)


私の中で、何かがピキッと音を立てた。


前世の記憶を持つ私にとって、美味しいご飯を意図的に残す行為は重罪だ。


ましてや、私が完璧なレシピを組み、料理長が魂を込めて作り上げた極上のディナーを、単なる「野菜嫌い」という子供じみた理由で残すなど、言語道断である。


(……許せない。私の美味しいご飯を粗末にするヤツは、悪魔でも王子でも関係ないわ。物理と魔法で……いや、ここは穏便にいきましょう)


私はテーブルの下でギリッと拳を握り締めながら、ドス黒いオーラを引っ込めた。


晩餐後、お養父様とお養母様が王子の相手をしている隙に、私は少し暗い顔をしてバルコニーに出ていたエイレーンお義姉様の元へ向かった。


「お義姉様、どうしたの? せっかくの美味しいディナーだったのに、全然進んでいなかったみたいだけど」


「……アイラ。ごめんなさいね、せっかくあなたが料理長と一緒に考えてくれたメニューだったのに」


エイレーンお義姉様は、夜風に亜麻色の髪を揺らしながら、深いため息をついた。


このお義姉様は、私と瓜二つの顔をしているが、性格はとても真面目で控えめだ。


「実は……アルフレッド殿下に、色々とご指導を受けていたの。『君のドレスは地味すぎる』とか『もっと僕の輝きを引き立てるように、三歩下がって控えめに振る舞え』とか……」


「……は?」


「『未来の王妃になるのだから、もっと僕の機嫌を取る努力をしたまえ。最近、学園で出会った男爵令嬢は、もっと素直で僕を癒してくれるぞ』……ですって」


(出たァァァッ! ザ・俺様踏み台王子のテンプレ発言!!)


私の脳内で、前世の乙女ゲームの知識が激しく警鐘を鳴らした。


婚約者を蔑ろにし、学園で出会った別の令嬢ヒロインにうつつを抜かす。


これは間違いなく、婚約破棄イベントに向かって突っ走る地雷ルートだ。


「……お義姉様。ちなみに、その王子様のこと、好き?」


「えっ? そ、それは……王命で決まった婚約ですし、殿下は立派な方ですから……」


「好きじゃないのね。了解」


私はエイレーンお義姉様の肩をポンと叩いた。


「大丈夫よ、お義姉様。あんな踏み台みたいな男、こっちから見限ってやればいいのよ。万が一何かあっても、私が物理的にお掃除してあげるから安心してね」


「ふふっ、アイラったら。本当に心強い妹ね」


お義姉様は私が冗談を言っていると思って笑ってくれたが、私は百二十万の帝国軍を消し炭にした実績を持つ魔女である。本当にやる時はやるのだ。


やがて、アルフレッド王子が帰還する時間となった。


エントランスに並んだ私たちレヴナント公爵家の一同に対し、王子はマントを翻して高慢な視線を向けた。


「ガバナント公爵。今日の晩餐は悪くなかった。また来月、視察に来てやろう」


「ははっ。殿下のお越しを、心よりお待ち申し上げております」


お養父様が恭しく頭を下げる。


そして、馬車に乗り込もうとした王子は、チラリと私の方を見た。


「……君が、最近公爵家の養女に入ったという『アイラ』だな」


「はい、殿下。お見知りおきを」


私は完璧なカーテシー(淑女の挨拶)で返した。王太子妃として培ったマナーの賜物だ。


だが、王子は鼻で笑った。


「スラムの孤児から公爵令嬢に成り上がった運の良さは認めてやろう。だが、所詮は泥水を啜ってきた平民だ。エイレーンの顔に泥を塗るような粗相があれば、王家が黙っていないぞ。……分を弁えることだな」


「……はい、肝に銘じますわ(笑顔)」


私は満面の笑みを貼り付けたまま、心の中で中指を立てた。


なるほど。野菜を残すだけでなく、初対面の相手に対するマナーもなっていないらしい。


(怒ってない。ええ、私はちっとも怒ってないわよ?)


私は、アルフレッド王子が背を向けて馬車に乗り込むその一瞬の隙を突き、右手の指先から微細な『黒魔法』の糸を編み上げた。


対象の精神に干渉し、特定の「恐怖」を植え付ける、極めて陰湿な呪い。


(ただ、あの完璧なディナーの野菜を残した『罪』を、少しだけ反省してもらうだけよ。……【もったいないおばけの呪縛ベジタブル・ナイトメア】!)


指先から放たれた見えない呪いが、王子の背中にスッと吸い込まれた。


「ん? 何か今、背中が冷たくなったような……。まあいい、出すぞ!」


何も知らない王子を乗せた馬車が、公爵邸を後にする。


これであの王子は、今夜から毎晩、夢の中で『自分が残した巨大なニンジンやブロッコリーの化け物に「なんで残したァ!」と追いかけ回される悪夢』を一生見続けることになる。


呪いを解く方法はただ一つ。


出された食事の野菜を、泣きながらでも残さず綺麗に食べ切ることだけだ。


「ニシシ……。せいぜい、野菜の恨みを骨の髄まで味わいなさいな」「アイラ? 今、何か悪い顔をしていなかったかい?」「ううん! 全然! さあ、冷めないうちに残りのデザートを食べましょう、お養父様!」


私は見事な完全犯罪(呪術行使)を成し遂げ、足取り軽くダイニングへと戻った。


翌朝。


朝食をたっぷりとおかわりして胃袋を満たした私を待っていたのは、貴族令嬢としての『マナー教育』の時間だった。


「アイラ様。スラムで育った貴女には厳しいかもしれませんが、公爵令嬢たるもの、歩き方からお茶の飲み方まで、一寸の隙もない所作が求められます。本日はみっちりと……」


王都でも一、二を争うほど厳しいと評判の、初老の家庭教師(マナー講師)が、分厚い教本を手に私を威圧してくる。


しかし。数十分後。


「……完璧ですわ。ティーカップの持ち方も、扇子の広げ方も、座る角度すらも……王宮の筆頭女官にも劣らぬ、まさに芸術的なカーテシー! お、お見事です、アイラ様!!」


「ふふっ、ありがとうございます。これくらい、朝飯前ですわ」


私は優雅にお茶を飲みながら微笑んだ。


当然だ。私はかつて、完璧主義の腹黒王太子・ジュリアンの妻として、王宮の超絶厳しいマナー教育を極め尽くした『元・王太子妃』なのだ。


ただの一介の公爵令嬢に求められるマナーなど、目をつぶっていてもできる。


「これなら、もはや私から教えることは何もありませんわ……!」


「まあ。それは残念です(棒読み)」


家庭教師が感動の涙を流しながら帰っていくのを見送り、私は応接室で一人、盛大なため息をついた。


「……暇ね」


マナーは完璧。


勉強も前世の知識(意味記憶)で大体カバーできる。


毎日美味しいご飯が食べられるのは最高だけど、ただ屋敷でゴロゴロしているだけでは、いずれカロリーを消費しきれずに太ってしまうかもしれない。


「そうだわ。令嬢教育をこなす『私』を置いて、ちょっと里帰りしましょう」


私はポンッと手を叩き、アイテムボックスから黒魔法使いの杖を取り出した。


白魔法と黒魔法を極めた『魔女』の私には、ある便利な特技がある。


「いくわよ。……【魔力分身ドッペル・アバター】!」


私が魔力を練り上げると、足元の影がぐにゃりと立ち上がり、光と混ざり合って、数秒後には『私と全く同じ姿をしたアイラ』がもう一人、目の前に完成した。


「よろしくね、私」『任せておいて、私。お勉強とお留守番はこっちでやっておくわ』


分身のアイラが、ニシシと私と同じように笑った。


この『魔力分身』、前世で読んだ有名な少年漫画の忍者が出てくる作品でよく見たアレだ。


分身が消滅した時、分身が見聞きし、経験した知識や記憶が、すべて本体にフィードバックされるという超絶便利なチート魔法である。


私がこの魔法を開発して『異次元の魔女の世界』で披露したところ、永遠の時を持て余していた魔女たちの間で爆発的に流行してしまった。


今では、本体は異次元のコテージでお茶を飲みながら、分身を人間界に遊びに行かせて買い食いをさせるという『リモート観光』が魔女界のトレンドになっている。


「じゃあ、この後の歴史のお勉強と、お養父様たちとのお茶会はお願いね」『オッケー。でも、おやつに出るフルーツタルトは私が食べちゃうから、本体あんたには味が伝わらないわよ?』「うっ……! そ、それは痛いけど、後で本物を食べるからいいわ!」


私は分身とハイタッチを交わし、部屋の空間をペティナイフのように指先でスッと切り裂いた。


パリンッ! とガラスが割れるような音とともに、『次元の裂け目』が開く。


「よし! それじゃあ、懐かしの家族が待つ天界と、ジュリアン様の魂を回収しに、レッツゴー!」


私は分身にウインクを残し、美味しいご飯と愛する人たちが待つ『異次元(と天国)』へ向けて、意気揚々と次元の裂け目へと飛び込んでいったのだった。


「ふぅ、やっぱり次元の壁を越えると少しだけ肩が凝るわね。……ただいま、エレノワールお姉様」


分身に面倒な令嬢教育を丸投げして次元の裂け目を潜り抜けた私が降り立ったのは、常に淡い紫と青のグラデーションの空が広がる『異次元の魔女の世界』だった。


かつて、すべてを失った私たちが逃げ込み、長い時を過ごした静寂と神秘の空間。


「あら、アイラちゃん。お帰りなさい。人間界の新しい体と生活はどう? 美味しいものは見つかった?」


「ええ、バッチリよ。新しい公爵家の厨房を完全に掌握して、専属のシェフみたいにこき使ってるわ」


コテージのテラスで優雅に星屑草のハーブティーを飲んでいた先祖の魔女・エレノワールお姉様が、クスクスと笑う。


「ふふっ、相変わらずね。……それで? 『人形使い』の魔法の宿題は進んでいるかしら?」


「もちろん。こっちも抜かりないわ」


私はニシシと笑って、アイテムボックスから作りかけの『ぬいぐるみ』を取り出して見せた。


私がエレノワールお姉様から直々に手解きを受けているのは、ただの人形遊びではない。


天国にいる死者の魂を一時的に現世の『器(人形)』に定着させ、一緒に行動できるようにするための、極めて高度な古代の黒魔法だ。


この人形が完成すれば、天国にいる私の愛する夫(ジュリアン様)の魂を入れて、毎日一緒にご飯を食べられるようになるのだ。


「器の最終調整までもう少しってところね。あとは、天界に提出している『魂のレンタル申請』の許可が下りるのを待つだけだわ」


「ええ、天界のお役所仕事は遅いから、直接文句を言いに行った方が早いかもしれないわね。いってらっしゃい」


「そうさせてもらうわ!」


私はエレノワールお姉様に手を振り、そのまま『天界(天国のオフィスがある空間)』へと続くゲートを開いた。


「――いい加減にしろ、この羽虫が!! 貴様、今日で三度目の脱走だぞ!」


「離せぇぇっ! こんな味気ない霞や光ばかり食わされて生きていけるか! 私は地上の美味い飯が食いたいんじゃぁぁっ!!」


天界のゲートを抜けた瞬間、私の鼓膜を強烈な怒号と叫び声が劈いた。


「…………はい?」


そこは、雲海が広がる神々しい天界の入り口……のはずなのだが。


目の前の大理石の床には、純白のシーツのようなものでグルグル巻きにされ、完全に『簀巻きの芋虫状態』にされた金髪の少女――死して天使となった元教皇のセレスが転がっていた。


「ア、アイラお姉様ぁぁっ! 助けてください、教皇様がまた暴れ出して……っ!」


「セナ! 大変そうね……」


私の姿を見るなり、不老のネフィリム(天使のハーフ)である妹分のセナが、涙目で駆け寄ってきた。そして、簀巻きのセレスを見下ろし、青筋を立てて頭を抱えているのは、美しい六枚の羽を広げた天使――シュシュエルだ。


「……おお、アイラか。ちょうどいいところに来た」


シュシュエルは、疲労困憊といった様子でため息をついた。


「こいつをどうにかしろ。天界の食事が不味いからと、毎日地上へ結界を破って密入国しようとするのだ。その度に我が捕縛しているが、全く懲りる気配がない」


「ふははは! アイラよ、よくぞ来た! 早く私をこの拘束から解き放つのじゃ! そして、お主のアイテムボックスに入っているであろう『極上の肉』を私に捧げよ!」


簀巻きのまま床をゴロゴロと転がりながら、セレスが威張った声で要求してくる。


相変わらず、食への執着だけは神話級だ。


「まあ、セレスの気持ちも分からなくはないわ。天界の食事って、基本的に栄養(魔力)を摂取するだけで、味付けなんて概念がないものね。……でも、あんた一応『天使』になったんでしょうが。少しは神聖な威厳ってもんを持ちなさいな」


私が呆れ果てて言うと、シュシュエルも深く頷いた。


「まったくだ。天界の秩序を乱すこの新米天使め。……で、アイラ。供物のスイーツは用意してあるのだろうな?」


「……アンタも結局、食べ物目当てじゃないの」


私はジト目でシュシュエルを睨みつつ、空間収納アイテムボックスを展開した。


レヴナント公爵家で、料理長に特別レシピで作らせた『試食会用の極上ディナーとデザートの予備』。


これを出さないと、天界の騒動が収まらないのは明白だった。


「はいはい、お土産よ。これで少しは大人しくしてなさい」


私が床の上のテーブルクロスに次々と料理を並べていく。


『極厚牛ヒレ肉のロースト』、そして『ミルフィーユ・オ・フリュイ』。


「おおおおおっ!! 肉じゃ! 肉の焼ける至高の香りじゃぁぁっ!!」


セレスが簀巻きのまま、芋虫のような凄まじい跳躍力でテーブルに迫ってくる。


「ちょっと、行儀が悪いですよ! セレス様、今ほどきますから!」


セナが慌ててシーツの結び目を解くと、解放されたセレスはフォークも使わず手づかみでローストビーフに齧り付いた。


「う、う、うめええええええっ!! 噛むほどに溢れる肉汁、赤ワインソースの深いコク……! これじゃ、これが人間界の至宝じゃ! 霞なんぞ食えるかぁぁっ!」


「ちょっ、セレス! なんて声出してるのよ!それと、私の分も残しなさいよ! シュシュエル、あんたはミルフィーユね」


「ふぁぁ……。相変わらず、お前の作る供物は天界の食事を遥かに凌駕するな。このサクサクとした生地と濃厚なカスタードのハーモニー、五臓六腑に染み渡るぞ」


神聖なる天界の入り口で、天使たちが一心不乱に肉とケーキを貪るという、神が見たら卒倒しそうなカオスな光景が繰り広げられていた。


「美味しいです、アイラお姉様! 私も、またお姉様の作ったご飯が食べられて幸せです!」


セナも、天使の微笑みを浮かべながらお上品にミルフィーユを食べている。


「ふふっ、喜んでもらえて何よりよ。……で、シュシュエル。賄賂は渡したんだから、本題に入らせてもらうわよ」


私は、自分の分のミルフィーユを味わいながら、シュシュエルを真っ直ぐに見据えた。


「私が出している『ジュリアン様の魂のレンタル申請』、進捗はどうなってるの?」


「む、あれか。……まったく、お前たち魔女のやることは無茶苦茶だ。天国で安らかに眠っている死者の魂を、わざわざ地上にレンタルして持ち出すなど、前代未聞の申請だからな」


シュシュエルはミルフィーユの最後の一口を名残惜しそうに飲み込み、口元を拭った。


「だが、お前が世界を救い、そして今回もこうして極上の供物を持参した功績に免じて……特別に許可をもぎ取ってきてやったぞ」


「本当!? 言質とったわよ!」


「ああ。ほれ、これが『魂のレンタル許可証』だ。天国のオフィスへ行き、本人から同意を得られれば、お前の作った人形に魂を定着させて地上に連れ出すことが可能になる」


シュシュエルが、金色の文字で書かれた羊皮紙の巻物をポンと私に投げてよこした。


「やったぁっ!! ありがとう、シュシュエル!」


「ふん。礼には及ばん。だが、その人形作りとやらは、くれぐれも失敗するなよ。魂の定着が甘ければ、現世の魔力に当てられてすぐに弾き出されてしまうからな」


「分かってるわ! エレノワールお姉様の特訓の成果、見せてあげるんだから!」


私は許可証を大切にアイテムボックスにしまい込み、ガッツポーズをした。


これで、愛するジュリアン様と再び地上で、毎日一緒に美味しいご飯を食べられるようになる。


「よし! 肉も食ったし、機嫌も直ったぞ! アイラ、私も地上に連れて行け!」


口の周りをソースだらけにしたセレスが、ビシッと私を指差して理不尽な要求をしてきた。


「ダメに決まってるでしょ! あんたは天界の住人なんだから、大人しくしてなさい!」


「ええーっ! ケチー!」


「セレス様、ダメですよ! アイラお姉様を困らせないでください!」


セナがセレスを引っ張って制止する。


「まったく、騒がしい連中だ……。アイラ、天国の貸し会議室はあっちだ。ジュリアンやレオンハルトたちも、お前が来るのを首を長くして待っているぞ」


シュシュエルが呆れながらも、雲海の奥へと続く道を顎でしゃくった。


「ええ、行ってくるわ。みんな、また後でお土産持ってくるからね!」


私は、騒がしくも温かい天使たちに見送られながら、愛する家族と夫が待つ『天国のオフィス』へと向かって、足取り軽く歩き出した。


雲海の奥へと続く道を抜け、私は懐かしき『天国のオフィス』の前に辿り着いた。


真っ白な壁紙に、等間隔に並んだ長方形の蛍光灯。


神話の存在が管理しているとは思えないほど無機質な「貸し会議室」のドアを、私は勢いよく開け放った。


「やっほー、みんな! お土産の極上ディナーとスイーツを持ってきたわよ!」


「おおおお! 私の愛しい娘よォォォッ!! 今日も元気に会いに来てくれたか! お父様は嬉しくてまた死んでしまいそうだよ!!」


「アイラ! 地上で悪い害虫に絡まれてないか? もしいるなら、愛しの妹たちに近づく害虫は、俺が天国からでも物理的に排除するぞ!」


ドアを開けるなり、親バカとシスコンを限界突破させたレオンハルトお父様とセオドアお兄様が、涙と鼻水を撒き散らしながら私に飛びついてきた。


私は華麗なステップで二人のハグを躱し、会議室の中央にあるグレーの長机に歩み寄る。


「おう、師匠! 腹減ったぜ、飯食わせてくれ! 天国には美味い飯がねえんだよ!」


巨大な大剣ヴァルムを背負ったクロードが、ニカッと笑って腹をさすりながら待ち構えていた。


「……僕の計算によれば、死者に胃袋はないはずですが。しかし、アイラ嬢の料理の香りを嗅ぐと、脳の記憶領域が食欲を錯覚するようです。まったく、もうアイラ嬢の行動は例外処理スルーします。胃に穴が空きそうです」


ノアがずり落ちた眼鏡を中指で押し上げながら、諦めの境地でため息をつく。


「アイラ様! 今日も素晴らしいお料理の匂いがします……!」


「お嬢様、天国でのお茶の準備は完璧に整えておりますわ」


あがり症を克服した絶世の美少女ミアと、完璧超人メイドのマリー姉ちゃんが、手際よく長机にテーブルクロスを敷いてくれた。


「みんな、お待たせ! 今日はレヴナント公爵家の厨房を完全に掌握して作らせた『極厚牛ヒレ肉のロースト』と『ミルフィーユ・オ・フリュイ』よ!」私がアイテムボックスからホカホカの料理を取り出すと、天国の家族たちは「うおおおっ! 肉だぁぁっ!」と歓声を上げ、霞のような天界の食事に飽き飽きしていた胃袋(魂)を満たし始めた。


その賑やかな喧騒の中、長机の奥から、一人の完璧な美青年が優雅な足取りで私のもとへ歩み寄ってきた。


「相変わらず、君の周りはいつでも騒がしくて温かいな」


金糸の髪とエメラルドの瞳。私を誰よりも愛し、時に腹黒く交渉を進める最強の夫――王太子ジュリアンだ。


「ジュリアン様!」


私は彼の胸に飛び込み、その温もりをしっかりと抱きしめた。


「私の愛しき妃よ。今日も君の笑顔を見られて嬉しいよ」


ジュリアン様は、私の背中を優しく撫でながら、極上に甘く蕩けるような微笑みを向けてくれた。


「ふふっ。ジュリアン様、今日はただご飯を食べに来ただけじゃないんですよ。……とびきりの報告があるんです!」


私はジュリアン様の腕から少し離れると、ニシシと悪党のように笑い、空間収納から羊皮紙の巻物を取り出した。


「ジャーン! シュシュエルから『言質』……じゃなくて、許可証とってきました!」


私が広げた羊皮紙には、神々しい金色の文字で天界の印が刻まれていた。


「これは……?」


「『魂のレンタル許可証』です! これがあれば、ジュリアン様の魂を一時的に現世の『器(人形)』に入れて、私と一緒に地上で過ごせるようになるんです! 毎日美味しいご飯を、また一緒に食べられるんですよ!」


私の言葉に、ジュリアン様のエメラルドの瞳が大きく見開かれた。常に冷静沈着で腹黒い王太子の彼が、言葉を失うほど驚いている。


「魂を現世に……。つまり、私は再び君の隣を歩けるということか」


「はい! エレノワールお姉様から『人形使い』の黒魔法の手解きを受けて、器の準備も進めています。あとはジュリアン様ご本人の同意があれば、地上へ連れて帰れるんです!」


「……フッ」


ジュリアン様は、驚きを隠すように一度目を伏せ、それから心の底から湧き上がるような喜びの笑みをこぼした。


「ああ。君の胃袋は一生私が面倒を見るさ。……そう約束したからね。地上だろうと異次元だろうと、君の行く場所が私の居場所だ。喜んで君に連れ去られよう」


「言質とりましたわ!」私がガッツポーズをした、その瞬間。


「な、なんだとぉぉぉっ!?」


ローストビーフを頬張っていたお父様とお兄様が、凄まじい勢いでこちらに詰め寄ってきた。


「アイラ! ジュリアン殿下だけ魂をレンタルするなどずるいぞ! 私も! 私の魂も一緒に地上へ連れて行っておくれ!!」


「そうだぞ! 愛しの妹たちに近づく害虫は、俺が物理的に排除するぞ! 私も現世でアイラの護衛をしなければ!」


「お父様とお兄様は順番待ち! まずはジュリアン様が先よ! あんたたちまで連れて行ったら、公爵家が騒がしすぎて私が買い食いできなくなるでしょ!」


私が容赦なく却下すると、二人は「そんな殺生なあああ!」と泣き崩れた。


「まあまあ、お父様、お兄様。いずれ皆様も順番に、地上へ遊びに来られるようになりますわ」


不意に、会議室のドアが開いて、私と瓜二つの容姿を持つ妹、リリアが天使のような微笑みを浮かべて入ってきた。


「おや、リリア嬢も来ていたのか」


ジュリアン様が声をかけると、リリアの隣から、生真面目な顔立ちの青年――エドワード殿下が嬉しそうに姿を現した。


「リリア! 君の淹れてくれるお茶の香りで、私の魂は完全に浄化される思いだよ」


「えへへ、エドワード様のお口に合って良かったですわ」


再会した二人の間には、天国の無機質な貸し会議室の空気すら完全に塗り替える、キラキラとしたピンク色の超甘々空間が形成された。


「実はお姉様、私も今日、天界の窓口にエドワード様の『魂レンタル申請』を出してきましたの!」


リリアが私に向かって、嬉しそうに報告する。


「私も、エドワード様ともう一度地上で一緒に過ごしたいですから。器となるお人形の最終調整、急がなくてはなりませんわね」


「リリア嬢……君という人は。私を再び君の側に置いてくれるのだね。リリア嬢、君の背中は私が絶対に守るからね」


エドワード殿下が真顔で歯の浮くような台詞を吐き、リリアは「はい、エドワード様!」と幸せそうに微笑んでいる。


「ふふっ、二人とも許可が下りたら、今度は四人で地上に美味しいものを食べに行きましょうね!」


私が宣言すると、ジュリアン様とエドワード殿下は揃って力強く頷いた。


「ああ。そのためにも、アイラ。君が用意してくれるという『器』の完成を楽しみに待っているよ」


ジュリアン様が、エメラルドの瞳を細めて期待の眼差しを向けてくる。


「……っ! ええ、任せてください! 私の全魔力を注ぎ込んだ、特製のお人形を完成させますから!」


私は少しだけ(嫌な予感から)目を逸らしつつも、力強く答えた。


実を言うと、私はまだ人間の姿を完璧に模した人形を作れるほど、古代の黒魔法に上達していなかったのだ。


(ジュリアン様、カッコいい人間の姿を想像してるみたいだけど……まあ、愛があれば器の見た目なんて些細な問題よね!)


「というわけで、私は一旦、器の最終調整のために魔女の世界へ戻りますね! また後で迎えに来ます!」


私はジュリアン様たちに大きく手を振り、美味しいご飯と愛する家族で満たされた天国の貸し会議室を後にした。


さあ、愛する夫を地上へ連れ戻すための『ぬいぐるみ』の仕上げに取り掛かる時間だ。


天国の貸し会議室で無事にジュリアン様の「同意」を得た私は、足取りも軽く『異次元の魔女の世界』にあるコテージへと帰還した。


「ただいまー! 魂のレンタル許可証、バッチリもらってきたわよ!」


「お帰りなさい、お姉様。私もエドワード様の許可証、いただいてきましたわ!」


コテージのリビングでは、すでに天界から戻っていたリリアが、満面の笑みで私を迎えてくれた。


彼女の膝の上には、もふもふとした手触りの良さそうな『猫のぬいぐるみ』が乗せられている。


どうやら、エドワード殿下の魂を入れるための『器』の最終調整をしているらしい。


「よし! それじゃあ早速、ジュリアン様の魂を私の特製のお人形に定着させるわね!」


私はアイテムボックスから、古代の黒魔法の術式をぎっしりと編み込んで丹精込めて作った『器』――一抱えもある大きなぬいぐるみを取り出し、テーブルの上にドンッと置いた。


そして、持ち帰ってきたジュリアン様の魂の光球を、そのぬいぐるみの胸元へと誘導する。


「さあ、ジュリアン様! 新しい体よ、入って入って!」


『……アイラ。君が私のために作ってくれた新しい体、期待しているよ。どんなに屈強な戦士の体であれ、王族としての威厳を……って、ん?』


光の球体から響くジュリアン様の声が、テーブルの上の『器』を見た瞬間、ピタリと止まった。


『…………アイラ、私の愛しき妃よ。一つ確認したいのだが』


「なに?」


『この、丸っこくて、頭の周りにポンデリングのようなフサフサの毛が生えている、ずんぐりむっくりした可愛らしい物体は……なんだい?』


ジュリアン様の声が、かつてないほど戸惑いに満ちていた。


無理もない。


彼が完璧な美貌を持つ腹黒王太子だったことを考えれば、目の前の『デフォルメされた二頭身のライオンのぬいぐるみ』を自分の新しい体だと認識するのは、かなり抵抗があるだろう。


「仕方ないじゃない! まだ人間の姿をした精巧な人形を作れるほどには、私のお人形作りのスキルが上達してないのよ!」


私が開き直って言い放つと、ジュリアン様の魂はしばらく絶句した後、深ぁぁいため息をついた。


『……やれやれ。君という人は、本当に予想の斜め上をいく。いくら何でも、この丸っこい毛玉が私だとは、王宮の誰も信じないだろうな』


「文句言わないの! 中身がジュリアン様なら、見た目が毛玉だろうと何だろうと私が愛してあげるから! ほら、早く入った入った!」


私が強引に魂の光球をぬいぐるみに押し込むと、ポンッ! という軽い音とともに、ぬいぐるみの体に魔力が定着した。


「……ふぅ。どうやら、無事に馴染んだようだな」


デフォルメされたライオンのぬいぐるみが、器用に短い手足を動かし、二本足でテーブルの上に立ち上がった。


そして、その丸っこい顔に、ジュリアン様特有の『腹黒くも優雅な笑み(のつもり)』を浮かべ、短い腕を組んで見せた。


「わぁっ! お姉様、そのお人形、すっごく可愛いですー!」


リリアが目をキラキラさせて拍手をする。


「でしょ? ニシシ! これでいつでもジュリアン様と一緒ね!」


私は一抱えもあるライオン・ジュリアンをギュッと抱きしめ、思い切りドヤ顔を決めた。


もふもふの毛並みと、ジュリアン様の魔力の温かさが伝わってきて、最高の抱き心地だ。


「……君が喜んでくれているなら、この姿も悪くはないか。だが、リリア嬢の隣にあるその『猫』のぬいぐるみを見るに……」


ジュリアン・ライオンが、リリアの膝の上のぬいぐるみを見て、どこか遠い目をした。


「我がエドワードも、間もなくこの可愛らしい『毛玉仲間』になるということだな。……真面目な彼がこの姿に耐えられるか、兄として少し心配だよ」


「大丈夫ですわ! エドワード様なら、私が作った猫ちゃんのお人形でも『君の愛がこもっているなら至上の喜びだ!』って、きっと泣いて喜んでくださいます!」


リリアが満面の笑みで言い切る。


うん、あの超絶一途なエドワード殿下なら、絶対にそう言うだろうね。


完全に想像がつくわ。


「時間は無限にあるんだから、そのうちちゃんと古代魔法をマスターして、人間の姿の完璧なお人形を作ってあげるわよ! だから、しばらくはそのライオンの姿で我慢してね」


私が言うと、ライオン・ジュリアンは首を傾げた。


「そういえば、アイラ。この私の姿は……何という生き物を模しているのだ? 我が国の図鑑でも、このようなポンデリング……いや、たてがみを持つ魔獣は見たことがないのだが」


「あ、これはね、『ライオン』っていう異世界の動物よ! 百獣の王って呼ばれてる、すごく強くてカッコいい生き物なんだから!」


このファンタジー世界には、偶然なのか「ライオン(獅子)」という動物が存在していなかった。だからジュリアン様が知らないのも無理はない。


「百獣の王、か。……なるほど、私にふさわしい誇り高い生き物というわけだ。君のネーミングセンスとデザインにはいつも驚かされるが、悪くない」


ジュリアン・ライオンは、百獣の王という響きが気に入ったのか、ふんすっと胸を張って短い腕で腰に手を当てた。


「ただの可愛いぬいぐるみだと思ったら大間違いよ? いざ戦闘になって私が魔力を流し込めば、このデフォルメ形態から、勇ましくて超巨大な『雄ライオン(リアル頭身)』に変身して、物理で敵を粉砕できるギミック付きなんだから!」


「ほう。それは頼もしい。君の護衛役としては申し分ないな」


ジュリアン様は、自分の新しい機能(戦闘ギミック)に満足げに頷いた。


「よし! ジュリアン様の器も完成したし、私は一旦、分身が待つ地上のレヴナント公爵家に戻るわね。リリアも、エドワード殿下の定着が終わったら遊びにいらっしゃい」


「はい、お姉様! 私もすぐに準備を整えますわ。また後で!」


私はリリアに手を振り、ジュリアン・ライオンを小脇に抱え込んだ。


「さあ、ジュリアン様! 新しい家族(公爵家)と、新しい厨房(美味しいご飯)が私たちを待ってるわよ!」


「ああ。君の新たな日常、そして君の胃袋を満たすための騒がしい日々に、私も存分に付き合わせてもらおう」


私は空間をペティナイフのように指先で切り裂き、『次元の裂け目』を開いた。


世界の終わりを経験し、すべてを失ったかのように見えた私たち。


しかし、異次元の魔女としての力と、終わらない食欲、そして天国との繋がり(チート)を手に入れたことで、私たちの物語は再び動き出した。


「行くわよ、地上へ!」


私は、愛するライオンの夫を胸に抱き、美味しいご飯と新たな事件の匂いがする人間界へと、意気揚々と飛び込んでいった。


魔女とライオン、そして個性豊かな仲間たちが織りなす、最高に美味しくて騒がしい『魔女編』の日常が、今、高らかに幕を開けたのである!


魔女には使い魔がつきものです。

たとえぬいぐるみだろうと。

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