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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
魔女編

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魔女編4

テオドール殿下との婚約が無事に整い、エイレーンお義姉様の『王太子妃教育』が王宮で本格的にスタートした。


私たち『魔法の国のプリンセス三姉妹』は、愛するお義姉様を最強の王妃にプロデュースすべく、早速行動を開始したのだった。


「さて、まずは現状把握からね」


私たちは【透明化インビジブル】の魔法で完全に姿と気配を消し、王宮で行われているお義姉様の授業にこっそりと同行していた。


優秀な魔法使いである私とリリア、そして大魔女であるエレノワールお姉様の隠密行動を、地上の人間が見破れるはずもない。


「……ふふっ、なるほどね」


エレノワールお姉様が、空中で優雅に腕を組みながら呆れたように呟いた。


「歴史や語学はともかく、あのマナーや社交の授業は古臭すぎて欠伸が出るわ」


「そうですわね」


リリアも真剣な表情で同調する。


「数百年前のしきたりがそのまま形骸化して残っているだけで、現代の貴族社会の実情には全く合っていませんわ」


「ただでさえ覚えることが多いのに、そんな無駄なことに時間を割くなんて非効率の極みよ」


私も激しく同意して深く頷いた。


そこで私たちは、王宮の教育カリキュラムの内容を魔法で全てスキャンして網羅し、公爵邸に持ち帰って徹底的に魔改造することにした。


形骸化した古いマナーは思い切って削り落とし、今の時代に合ったスマートで洗練された作法へと最適化していく。


さらに、私の持つ前世の『現代知識』や、魔女の世界で私たちが実際に国を動かしていた『国政に的確に口出しできる政治経済のノウハウ』をたっぷりと追加した。


「でもお姉様、こんなに膨大な知識を普通に詰め込んだら、お義姉様が過労で倒れてしまいますわ」


リリアが、分厚い辞書のようになった新しいカリキュラムの束を見て、心配そうに眉を寄せる。


「ふふっ、そこは魔女の知恵の出番よ」


エレノワールお姉様が、妖艶な笑みを浮かべて指を鳴らした。


「『睡眠学習の夢魔法』を使うのよ」


「ああ、なるほど!」


私はポンと手を打って合点がいった。


「寝ている間の夢の中で、脳に直接知識をインストールしていくのね!」


「その通りよ」


エレノワールお姉様が自信満々に頷く。


「夢の中なら時間の感覚も自由に引き伸ばせるし、肉体的な疲労も一切残らないわ」


「知識の暗記は、全て睡眠中に終わらせてしまうのですわね!」


リリアも感心したように手を合わせた。


「そうすれば、起きている間の実際の講義では、覚えた知識をどう実践で使うかという『応用力』や『考える力』を養うことに専念できるわ!」


私はこの完璧な教育計画に、ニシシと悪党のように笑った。


『……君たち、エイレーン嬢を一体どんな恐ろしい王妃に仕立て上げるつもりなんだ?』


私の腕の中で、ライオン・ジュリアンが戦慄したような念話を送ってくる。


『兄上、もはや私たちには見守ることしかできません』


猫・エドワードも、リリアの膝の上で諦めきった声で同調した。


「ふふふっ、楽しみね」


「ええ、最強の王妃様の誕生ですわ!」


「私たちの可愛いお義姉様を、誰にも文句を言わせない完璧な淑女にしてあげるわ」


かくして、何も知らないエイレーンお義姉様が夜ごと不思議で濃密な夢を見るようになり、日中の講義で恐るべき応用力と政治的見識を発揮して王宮の老教師たちを震え上がらせるようになるのは、ごくごく間近のことであった。


「……というわけで、昨夜の夢でインストールした内容の小テストは満点ね。さすがはお義姉様だわ」


王宮の控え室。


【透明化】の魔法でエイレーンお義姉様の横に座っているエレノワールお姉様が、満点のテスト用紙を見て満足げに頷いた。


「本当に、信じられませんわ……! 朝起きると、頭の中に歴史も法律も外国語も、すんなりと入っているんですもの」


エイレーンお義姉様は、自分でも信じられないというように頬を高揚させている。


連日の睡眠学習のおかげで、お義姉様の知識量はすでに現役の王太子や宰相を凌駕するレベルに達していた。


その結果、日中の王太子妃教育は、知識を詰め込む講義から、完全に「応用」と「身体を使うもの」へとシフトしたのだ。


「エイレーン様、今日の外交シミュレーションも見事でしたぞ。あの難しい隣国の大使を、あれほど的確な法律の知識と話術で論破し、我が国に有利な条約を引き出すとは……!」


王宮の老教師が、感動のあまりハンカチで目頭を押さえながらプルプルと震えている。


(ニシシ、当然よ! 私とリリアが魔女の世界で磨き上げた、超絶ブラックな外交ノウハウも叩き込んであるんだから!)


私は透明なまま、ドヤ顔で胸を張った。


しかし、知識だけでは完璧な淑女とは言えない。


王宮の授業が終わると、舞台はレヴナント公爵邸へと移り、今度はエレノワールお姉様による「特別講義」が始まるのだ。


「さあエイレーン、知識は十分よ。ここからは、その知識をどう生かすか、そして『女としての魅力』をどう磨くかの実践編よ」


私室に用意された特大の黒板の前に立ち、エレノワールお姉様が妖艶に微笑む。


「はい、エレノワールお姉様!」


お義姉様は、すっかりエレノワールお姉様を信奉する熱心な生徒になっていた。


「今日は『基礎知識の応用術講座』、そして『男を意のままに操る女の手管』について教えるわよ」


エレノワールお姉様の言葉に、私とリリアも「おおーっ!」と目を輝かせてエイレーンお義姉様の隣の席に陣取った。


魔女の世界で国を動かす政治力は身につけたけれど、「女の魅力で男を操る」なんて高度なテクニックは、ずっと色気より食い気だった私たちには無縁の領域だったからだ。


「ちょっと待て」


私たちの後ろで、ライオン・ジュリアンと猫・エドワードが冷や汗を流しながら立ち上がった。


『……我々は、王家を取り巻く政争の状況を確認し、少し裏で動いてくるとしよう』


『え、ええ、兄上。この授業を、我々男が聞いてはいけない気がします。……というか、リリア嬢にそんな恐ろしい手管を教えないでいただきたい!』


ぬいぐるみ二匹は、かつてないほどの素早い動きで窓からスタコラサッサと逃げ出していった。


「あら、逃げられちゃったわね。まあいいわ、男はこういう裏側を知らない方が幸せなのよ」


エレノワールお姉様はクスクスと笑い、チョークを手にした。


「いいこと、エイレーン。どんなに正しい知識も、伝え方ひとつで相手の受け取り方は変わるわ。特に男はプライドの生き物。彼らの自尊心を満たしつつ、自分の意見を『彼ら自身が思いついた素晴らしいアイデア』だと思い込ませて誘導するのよ」


「……なるほど、彼らのプライドを……!」


エイレーンお義姉様が、真剣な顔でメモを取る。


「そう。そして時には、視線の動かし方、声のトーン、ほんのわずかなボディタッチ。これらを計算し尽くして使うことで、男は貴女の思い通りに動く優秀な駒になるわ」


(ひええ……エレノワールお姉様、えげつないわね……!)


私とリリアは、大魔女の底知れぬ手管に戦慄しながらも、必死にノートに書き留めた。


こうして、エイレーンお義姉様は「完璧な知識」に加えて「大人の女の恐ろしい手管」までも身につけ、誰も逆らえない最強の王太子妃への道を、超特急で駆け上がっていくのだった。


「……というわけで、ここからが正念場よ」


王宮の奥深くにある、テオドール殿下の執務室。


私たち『魔法の国のプリンセス三姉妹』は、【透明化インビジブル】の魔法で完全に姿を消し、壁際に張り付いて息を殺していた。


「ええ、ついに応用から『実践』、つまり実務へのシフトですわね」


透明なまま、リリアが極小の声で囁く。


エレノワールお姉様による恐ろしい「女の魅力アップ作戦」から数ヶ月が経ち、エイレーンお義姉様の教育は最終段階に入っていた。


それは、テオドール殿下の執務室で実際に公務の手伝いをし、未来の王妃としての実務能力を示すことである。


執務机に向かうテオドール殿下の傍らで、エイレーンお義姉様は美しく微笑みながら書類の整理を行っていた。


「殿下、こちらの南部領地の治水工事に関する報告書ですが、過去の類似事例の資料も合わせてご用意いたしましたわ」


「おお、ありがとう、エイレーン。丁度その資料を探させようと思っていたところだ」


テオドール殿下が、お義姉様の完璧なタイミングでのサポートに目を丸くする。


「いえ、殿下が常に領民のことを第一に考え、先を見据えておられるからこそ、私も準備ができたのですわ」


お義姉様は、決して自分の有能さをひけらかすことなく、一歩引いた位置から殿下を立てる言葉を添えた。


優秀なこの時代の女の立場として、過度な口出しはせず、あくまでサポートに徹するという完璧な立ち回りだ。


(おおっ、お義姉様、素晴らしいわ!)


私は透明なまま、音を立てずにガッツポーズをした。


「……この問題だが、予算の配分をどうすべきか少し悩んでいるんだ」


テオドール殿下が、難しい顔をして書類を見つめる。


そこですかさず、お義姉様が動いた。


「殿下の御心は、すでに決まっておられるのではありませんか?」


お義姉様は、ほんの少しだけ首を傾げ、甘く信頼に満ちた視線を殿下に向ける。


「え?」


「例えば……以前殿下が仰っていた、周辺の村々との協力体制を築くという案。あの素晴らしいお考えを今回の件に当てはめれば、予算を削減しつつ、より大規模な治水が可能になるのではないでしょうか?」


(キターーーッ! エレノワールお姉様直伝の、『自分の意見を相手が思いついたかのように誘導する』魔法の言葉!)


私は心の中で大喝采を上げた。


お義姉様は、睡眠学習で得た高度な政治知識をフル活用して導き出した最適解を、まるで殿下自身のアイデアであるかのように優しく提示したのだ。


「……っ! そうか、その手があったか!」


テオドール殿下の顔がパァッと明るく輝く。


「エイレーン、君と話していると、自分の考えが驚くほどクリアにまとまっていく。君は本当に私の女神だ」


殿下が感動したようにエイレーンお義姉様の手を取り、熱い瞳で見つめる。


「もったいないお言葉ですわ、テオドール様」


お義姉様は頬を染め、恥じらうように目を伏せた。


(完璧……! 完璧すぎるわ、お義姉様!)


私は感動で打ち震え、隣のリリアと固い握手を交わした。


「ふふっ、私があれほど教え込んだ『視線の動かし方』と『声のトーン』を、あそこまで自然に使いこなすなんてね」


背後で、同じく透明になっているエレノワールお姉様が、我が子の成長を喜ぶ聖母のような笑みを浮かべていた。


知識、応用力、そして女としての魅力。


そのすべてを完璧なバランスで発揮し、決して目立たずに男を立て、かつ国政を正しい方向へと導く。


私たちは、愛するエイレーンお義姉様が、誰もが認める『最強の王太子妃』として完全に覚醒した瞬間を、息を殺して見届けたのだった。


「エイレーンお義姉様の公務の実践は、完璧な大成功を収めたわ」


テオドール殿下への見事なサポートと誘導を見届けた私たちは、ホッと胸を撫で下ろして公爵邸の自室へと戻ってきた。


「これで、お義姉様の王太子妃としての仕上がりは完璧ですわね」


リリアが、嬉しそうに私の淹れた紅茶を受け取る。


「ええ、もう誰にも文句は言わせないわ」


私もクッキーを齧りながら、満足げに頷いた。


「私たちのプロデュースは大成功というわけね」


ソファで寛いでいたエレノワールお姉様も、妖艶に微笑んでワイングラスを傾けている。


「さて、お義姉様の仕上がりも確認できたことだし、私たちは一度『魔法の国(魔女の世界)』に帰りましょうか」


私が提案すると、リリアもエレノワールお姉様も賛同してくれた。


ずっとこちらに付きっきりだったから、あちらの家の掃除や、畑に植えた魔法野菜の収穫も気になっていたのだ。


「でも、お姉様」


リリアが、少し心配そうに眉を寄せる。


「私たちが留守の間に、もし何かトラブルが起きて、これまでの成果が水の泡になったらどうしますの?」


「もちろん、その辺の抜かりはないわよ」


私はニシシと悪党のように笑い、指をパチンと鳴らした。


シュンッ、シュンッ、と魔力の光が弾け、部屋の中に私そっくりの姿が二体現れる。


「その手がありましたわ」


両手をパチンと打った。


シュンッ、シュンッ、と魔力の光が弾け、今度はリリアそっくりの姿が二体現れる。


「用心に用心を重ねて、私とリリアの【魔力分身ドッペル・アバター】を二体ずつ、計四体をこの国に置いていくわ」


私がドヤ顔で宣言すると、四体の分身たちがビシッと完璧な動きで敬礼した。


「私とリリアの一体ずつはお義姉様の影に潜ませて常時絶対護衛、残りの二体は王宮や貴族たちの動向を探る監視要員として放つのよ」


「まあ、それなら万が一の事態が起きても、即座に物理と魔法で対処できますわね!」


リリアもポンと手を打って、天使のような笑顔で物騒な賛同を示す。


「ふふっ、本当に過保護な妹たちね」


エレノワールお姉様が、私たちの完璧すぎる防衛ラインを見てクスクスと笑った。


その様子を絨毯の上で見ていたライオン・ジュリアンと猫・エドワードは、引きつった顔で無言の視線を交わした。


『……かつて、我々がアイラたちを心配するあまり過保護になりすぎたことを、彼女たちはよく呆れていたが……』


ジュリアン様が、呆れ果てたような念話を送ってくる。


『ええ、兄上。……私たちの事、全く言えませんよね』


エドワード殿下も、自分たちの生前の過保護な行動を完全に棚に上げている私たち姉妹を見て、心の中で深く呟いた。


「何か言ったかしら、ジュリアン様?」


『いや、君たちの深すぎる家族愛に感服していただけだよ』


私の鋭い視線に、ライオン・ジュリアンが慌てて誤魔化す。


こうして、私たちは愛するお義姉様に過剰なほどのセキュリティ網を残し、一旦懐かしき魔女の世界へと帰還するのだった。


魔女の世界に帰還した私たちは、溜まっていた家の掃除や庭の魔法野菜の世話を完璧に終わらせてから、リビングに集まっていた。


「さて、地上での遊びは一旦お休みして、本来の目的である新しい魔法の習得を始めるわよ」


エレノワールお姉様が、黒板の前に立って教師用の指示棒をピシッと鳴らす。


「はい、エレノワール先生!」


私とリリアは、背筋を伸ばして真面目な生徒モードで返事をした。


その光景を、ライオンと猫のぬいぐるみが絨毯の上から目を丸くして見つめている。


『……アイラたちが、あのように素直に授業を受けている姿など、初めて見たぞ』


『ええ、兄上。いつもは常識を破壊して回る彼女たちが、まるで普通の学生のようです』


ジュリアン様とエドワード殿下が、こそこそと念話を交わしていた。


「それじゃあ、助手に入ってもらうわね。入ってきなさい」


エレノワール先生がドアの方へ声をかけると、ガチャリと扉が開いた。


「失礼いたします。準備が整いましたよ、エレノワール様」


そこに立っていたのは、美しい二十歳頃の容姿を持つ、見慣れた女性だった。


『なっ……!? ミ、ミーア嬢!?』


『どういうことですか!? 彼女は天国にいるのでは……!』


ジュリアン様とエドワード殿下が、ぬいぐるみの短い毛を逆立てて驚愕の声を上げる。


「ニシシ! 驚いたでしょ。このミーアはね、エレノワール先生が作った『お人形』なのよ」


私が得意げに説明すると、リリアもニコニコと頷いた。


「エレノワール先生が天国からミーアの魂をレンタルして、このお人形に入れているんですの」


「レンタル歴は、もう数十年になるわね。アイラたちに色々と教えるのに、彼女のサポートが一番効率が良かったのよ」


エレノワール先生が妖艶に微笑む。


「お久しぶりですね、ジュリアン様にエドワード様」


ミーアが、昔と変わらない優しい微笑みでペコリとお辞儀をした。


実は私たち、天国で家族と再会したり、セレスが天使化したりする前から、この魔女の世界でミーアに会っていたのだ、亡くなって直にエレノワールお姉様がレンタルしてたのよ。


「だからね、私たちが一番最初に始めた魔法の修行は、この『人形作り』だったのよ」


私が言うと、リリアが残念そうに眉を下げた。


「でも、本当に難しくて……数十年修行した今でも、私たちは動物のぬいぐるみを作るのが限界なんですの」


『……あの高度な古代魔法のぬいぐるみが、妥協の産物だったというのか』


ジュリアン様が戦慄したような念話を送ってくる。


「だって、人間の肉体を魔力で完全に再現するなんて、至難の業だもの。特に生殖能力さえ完璧であれば、すぐにでも本物の肉体として直に作れるようになるんだけどね」


私が真剣な顔で魔法理論の分析を口にする。


「ええ、お姉様の言う通りですわ。魂から精子を生成する機構を魔力回路で構築するのが、またとてつもなく難しくて……」


リリアも、白衣を着た研究者のような顔つきで、しれっと医学的かつ魔法的な単語を連発した。


『ま、待て待て待て!』


『淑女の口から、何という単語が飛び出しているのですか!?』


ジュリアン様とエドワード殿下が、かつてないほど激しく動揺してツッコミを入れる。


私とリリアは、不思議そうに首を傾げた。


「え? 生命の構造を学ぶ上で、生殖機能の理解は必須でしょ?」


「男の方々のデリケートな部分の魔力構築は、本当に緻密な計算が必要なんですのよ?」


『頼むから、もうそれ以上は言わないでくれ……!』


『私たちの尊厳のために、どうか別の話題を……!』


生前の恋人たちからの切実な懇願に、私たちは顔を見合わせて肩をすくめたのだった。


こうして、予想外の助手を迎えた私たちの、真面目で少しだけ物騒な新たな魔法修行の幕が上がった。


「さて、人形作りの基礎の復習はここまでにして、次の授業にいくわよ」


エレノワール先生が、チョークで黒板をコンコンと叩いた。


「今日のテーマは、地上における『人間以外の種族』についてよ」


「人間以外の種族って……もしかして、エルフとかドワーフみたいな亜人種のこと!?」


私が前世のファンタジー知識を思い出しながら驚いて尋ねると、エレノワール先生は満足げに頷いた。


「でもお姉様、私たちがかつて住んでいた国々の周りには、そのような種族の方々はいませんでしたわ」


リリアが不思議そうに首を傾げる。


無理もない。


この地上の人々の一般的な認識では、自分たちの住む広大な大陸が世界の全てであり、船の航路も大陸沿いに限られているのだ。


さらに言えば、世界は丸い惑星ではなく平面であり、世界の終端は海の水が流れ落ちる巨大な滝になっているとすら信じられているのである。


私自身は前世の現代知識があるから平面説なんて信じていなかったけれど、昔見た世界地図が地球で言うところのパンゲア大陸みたいに巨大だったから、大陸は一つしかないものだと勝手に思い込んでいた。


「ふふっ、地上の人間たちは本当に井の中の蛙ね」


エレノワール先生が、黒板に巨大な円を描いた。


「この地上の世界の直径は、約十二万キロメートル以上ある、超巨大な惑星なのよ」


(ち、地球の三倍!?)


私が驚愕して目を見開く。


「そして、人間の住む大陸から海を遠く隔てた別の巨大大陸に、彼ら亜人種は独自の文化を築いて暮らしているのよ」


『なんと……世界がそれほどまでに広大で丸く、未知の大陸と種族が存在していたとは……』


『私たち王族すら、世界のほんの一部しか知らなかったのですね』


絨毯の上で授業を聞いていたジュリアン様とエドワード殿下も、これまでの常識を根本から覆されて深いショックを受けている。


「そして、彼らは人間とは全く違う独自の『魔法』を使っているのよ」


エレノワール先生が分厚い魔導書をパラパラと捲り、空中に光の文字を浮かび上がらせた。


「エルフは精霊と対話する精霊魔法、ドワーフは武具に力を宿す鍛冶・付与魔法、獣人は己の肉体を極限まで高める身体強化魔法……魔女はあらゆる魔法の根源に通じる至高の存在だから、彼らの魔法理論さえ理解できれば、あんたたちでも使えるようになるわ」


「へええ! 理論さえ分かれば、私たちでもそんなすごい魔法が使えるようになるのね!」


私が目を輝かせると、リリアもニコニコと頷いた。


「精霊さんたちとは、すでにお友達ですから、力を貸してもらうのも簡単そうですわね!」


かくして私たちは、エレノワール先生から未知の大陸に住む種族たちと、彼らの扱う未知の魔法についての授業を真剣に受けるのだった。


「……というわけで、百聞は一見に如かず。実際に彼らの魔法を見に行きましょうか!」


エレノワール先生の言葉に従い、私とリリアは教えてもらった座標に向けて【空間転移テレポート】の魔法を展開した。


私たちが一瞬にして降り立ったのは、遥か海を越えた別大陸にある『エルフの里』であった。


そこは、天を突くような巨大な世界樹の根本に広がる、神秘的で美しい森の集落だ。


私たちの突然の出現に、美しい容姿を持ったエルフたちが驚いて集まってきた。


「な、何者だ! 結界を破って現れるとは……!」


弓を構えるエルフの戦士たち。


しかし、私たちの姿を、正確には私たちが纏う『莫大で濃密な魔力』を感じ取った瞬間、彼らの顔色は驚愕と畏怖へと変わった。


「こ、この途方もない魔力……まるで、精霊の王そのもののようだ……!」


そこに、長い杖をついたエルフの長老が、震える足取りで進み出てきた。


エルダーエルフ。数千年を生きるという、エルフの中でも最上位の存在だ。


ちなみに、千数百年生きるのがハイエルフで、通常のエルフは千年を超えることは稀らしい。


「おおお……なんと神々しい。貴女様方は、もしや伝説に聞く『魔女』様であらせられるか?」


長老が深々と頭を下げる。


エルフにとって、魔法そのものと深く結びついている魔女は、大いなる意志として崇められる存在なのだ。


「ええ、そうよ。今日はこの子たちの授業のために、視察に来たの」


エレノワールお姉様が妖艶に微笑んで答えると、長老は涙を流してひれ伏した。


「おお、偉大なる魔女様が三人(と、ぬいぐるみ二匹)も我が里に降臨されるとは! これは奇跡じゃ! 皆の者、宴の準備じゃ! 盛大に魔女様を歓迎するのじゃ!」


長老の号令とともに、エルフの里は一気に祭りの熱狂に包まれた。


夜の森に、無数の光の精霊たちが舞い降り、エルフたちが奏でる幻想的な楽器の音色に合わせてクルクルと踊り始めた。


「わぁっ! お姉様、見てください! 精霊さんたちが踊っていますわ!」


リリアが両手を叩いて喜ぶ。


エルフの歌い手たちが美しい歌声を響かせ、私たちをもてなすための豪勢な果実や酒が次々と運ばれてくる。


「いいこと、アイラ、リリア。エルフの里に降り立った魔女には、やらなければならない重要な行事があるのよ」


エレノワールお姉様が、果実酒の入った杯を置き、真剣な教師の顔になって言った。


「魔女は大地に実りを与え、世界樹に魔力を循環させることで、彼らの魔法の根源である自然の力を維持する役目があるの。今日は授業の一環として、それを実践してもらうわ」


「はい、エレノワール先生!」


私とリリアは立ち上がり、教わった通りの手順で里の畑に【豊穣】の魔法をかけ、実りを齎した。


さらに世界樹に手を触れ、魔女の膨大な魔力を循環させて活力を与えると、世界樹は一層まばゆい光を放ち、里全体が清らかな気に包まれた。


「おおお……! 世界樹様が喜んでおられる! やはり魔女様は我らの救世主じゃ!」


エルフたちが一斉に歓喜の声を上げる。


「やっぱり、魔女の力って凄いわね。正しい儀式を行うだけで、こんなに世界が元気になっちゃうなんて」


私は、世界樹の放つ圧倒的な生命力と、自分たちの持つ魔女としての責任とチートっぷりを改めて実感した。


一方、その頃。


絨毯ならぬ草むらの上で、ライオン・ジュリアンと猫・エドワードは、完全に呆然として固まっていた。


『……にゃあ』


『……うむ』


なぜなら彼らは今、エルフの子供たちに囲まれ、リボンを結ばれたり、尻尾を引っ張られたりして、完全に「可愛い動くぬいぐるみ」として弄ばれていたからである。


『兄上……私たちは、一体何のためにこの未知の大陸まで来たのでしょうか』


『……子供たちの笑顔を守るためだと思えば、この屈辱も甘んじて受け入れようではないか』


偉大なる魔女たちが重要な儀式と宴を謳歌する裏で、かつての王族二人は、子供たちの無邪気な攻撃に為す術なく耐え忍ぶのであった。


エルフの里での盛大な歓迎の宴を満喫し、実りを残して私たちは魔女の世界へと帰還した。


「……でね、一つ言い忘れていたことがあるんだけど」


リビングのソファに座り、エレノワールお姉様がワイングラスを傾けながら切り出した。


「何かしら、エレノワールお姉様?」


「エルフの里への視察や魔力循環の儀式なんだけど……大体、一万年周期で行くのが通例なのよ」


「……はい?」


私とリリアの動きがピタッと止まった。


「い、一万年!? そんなスパンでやってるの!?」


私が驚愕の声を上げると、エレノワールお姉様はクスクスと笑った。


「そうよ。魔女の魔力は強大だから、一度循環させれば一万年くらいは平気で持つの。エルフの寿命なんてせいぜい数千年だから、彼らにとっては伝説上の神様が降臨したレベルの奇跡なわけよ」


(一万年周期の行事って……!)


私とリリアは、新米魔女として、これから先の自分たちの「長すぎる生」という現実に戦慄を覚えた。


「……あの、エレノワールお姉様」


リリアが、恐る恐る尋ねる。


「エレノワールお姉様は、一体何歳……いえ、どれほどの時を生きておられるのですか?」


その質問に、エレノワールお姉様は少しだけ目を丸くし、そして吹き出した。


「ふふっ、正確な年齢を覚えてる魔女なんて居ないわよ。何百年、何千年と数えるのは途中で馬鹿らしくなるの。たぶん、最古の魔女だと数百万年じゃないかしら?」


「す、数百万年……!」


私はクラクラと眩暈を覚えた。


地球の歴史レベルのスケールに、私の元・日本人の常識的な感覚が完全に置いてけぼりにされている。


「そのうち慣れるわよ、永遠なんてただの言葉遊びみたいなものだから」


エレノワールお姉様はこともなげに言い放ち、さっさと次の話題へ移った。


「さて、次に行きましょう。次は『ドワーフ』についての講義よ」


エレノワールお姉様が空中に魔導書を広げる。


「ドワーフは、私たち魔女の世界の重要な取引相手なの。彼らの高度な細工技術や、女性ドワーフによる特別な裁縫技術で作られた品は、魔女の膨大な魔力を非常によく通すのよ」


「えっ、取引相手?」


「そう。最高の魔道具の素材になるの。例えば……」


エレノワールお姉様は、私たちが普段から使っている魔導鍋や、今まさにリリアが着ているエプロンドレスを指差した。


「あなたたちが使っているそれ、全部『メイド・イン・ドワーフ』よ。私が彼らから仕入れて、家に置いておいたものだからね」


「な、なんだってー!?」


私とリリアは、自分たちの愛用品の驚くべき出生の秘密に目をひん剥いた。


「ど、どうりで、どれだけ高火力の黒魔法で煮込んでも鍋が溶けないし、リリアのエプロンも絶対に破れないわけね……!」


『ほう……。ドワーフの武具、か』


絨毯の上で話を聞いていたライオン・ジュリアンと猫・エドワードが、身を乗り出した。


『お伽話に出てくる彼らの作る武具。……いつか人間の姿に成れたなら、ぜひ彼らの作った本物の剣を振るってみたいものだ』


『ええ、兄上。私も同感です。お伽話で登場する武具がどれほどの切れ味か、騎士として心が躍ります』


元王族の二人は、男のロマンを刺激されたのか、ドワーフの幻の武器を想像してうっとりとした表情をしていた。


「ニシシ! じゃあ、今度はドワーフの里にカチコミ……じゃなくて、お買い物の授業に行きましょうか!」


私たちは、エルフの一万年のスケールからあっという間に立ち直り、新たな未知の技術(と強力な武器)を求めて次なる作戦会議を始めるのだった。


「さあ、それじゃあ実際にドワーフの国に行ってみましょうか」


エレノワールお姉様からドワーフの住む山岳地帯の座標ポイントを教わった私たちは、再び【空間転移テレポート】の魔法を展開した。


一瞬の浮遊感の後、私たちが降り立ったのは、峻険な岩山に穿たれた巨大な洞窟の奥深くであった。


「うわぁ……!」


「これは、驚きましたわ……!」


私とリリアは、目の前に広がる光景に息を呑んで立ち尽くした。


ドワーフの国といえば、赤々と燃える溶炉と鉄を打つ音が響く、むさい鍛冶場を想像していたのだ。


しかし、実際にそこにあったのは、煌びやかな光に包まれた超未来的な巨大地下都市であった。


金属とガラスで構成された高層建築がそびえ立ち、空を飛ぶ謎の乗り物が規則正しく行き交っている。


「ちょっと待って、この国だけ文明レベルが違いすぎない!?」


私が思わず叫ぶと、案内役のエレノワールお姉様は妖艶に微笑んだ。


「ふふっ、魔女の膨大な魔力とドワーフの極限の技術が合体すると、こういう結果になるのよ」


私たちは、まるで前世の未来の世界に迷い込んだような気分で、エレノワールお姉様に続いて街の通りを歩き出した。


武具の並ぶ商店を覗き込むと、そこにはさらに私の常識を破壊する光景が広がっていた。


「これ、光の剣とかレーザー銃じゃない!?」


私が指差した先には、もはや刀身など存在せず、魔力の光刃を発生させる様な近未来的な武器がズラリと並んでいたのだ。


「ええ、刃のついた実体剣もありますけれど、どれも超振動とか高周波とか、なんだかハチャメチャな機能が付いていますわね」


リリアが、ブルブルと細かく震える魔法剣を観察しながら呆れたように言う。


『おお……! これがドワーフの神髄! なんという男のロマンに溢れた武器なのだ!』


『兄上、あの光の剣はぜひとも一度振るってみたいですね!』


ぬいぐるみ姿のジュリアン様とエドワード殿下も、ショーケースに張り付いて大興奮している。


「いいこと、アイラ、リリア」


エレノワールお姉様が、真剣な表情で私たちに語りかけた。


「私たち魔女には、全魔力を持ってこのドワーフの国を守るという絶対の義務があるのよ」


「義務、ですか?」


リリアが不思議そうに首を傾げる。


「ええ、彼らのこの異常なまでの技術力は、私たち魔女にとって最高の魔道具を生み出してくれる、絶対に失ってはならない超重要な取引相手だからよ」


「なるほど、これだけの技術を独占できるなら、そりゃあ全力で守護するわよね」


私は、このトンデモ技術の恩恵を理解して深く納得した。


「さて、授業はこれくらいにして、お土産というか、欲しいものをたっぷり買い物して帰りましょうか!」


私はニシシと笑い、新しい便利グッズや強力な武器を求めて、SF都市のショッピングを満喫するのであった。


「ただいまー! いやぁ、本当にいい買い物ができたわね!」


私はドワーフの国から魔女の世界の自宅へと帰還し、ドサリと荷物をテーブルに置いた。


「ええ、驚くような機能の魔導具ばかりでしたわね」


リリアもニコニコと笑いながら、購入したばかりの美しい刺繍が施されたドワーフ製の布地を撫でている。


「ふふっ、二人とも満足できたようで何よりよ」


エレノワールお姉様がソファに腰を下ろし、優雅に脚を組んだ。


「エルフの里とドワーフの国、立て続けに二カ国も回ったから、さすがお腹が空いたわね」


私はぐぅぅと鳴ったお腹をさすりながら、アイテムボックスから先ほど手に入れたばかりの『最新型・超高火力魔導オーブン』を取り出した。


「さあ、ここからはお待ちかねの昼食とティータイムよ!」


「わぁっ! お姉様、エルフの里でいただいた新鮮な果物と、ドワーフの国で買った特上のお肉がありますわ!」


リリアが楽しそうに食材をキッチンへと運んでいく。


『……また君たちの恐ろしい食欲が火を噴く時間が来たようだな』


『私たちも、あのエルフの里での一件でひどく疲れましたからね……美味しいものをいただいて気力を回復させたいところです』


ライオン・ジュリアンと猫・エドワードが、クッションの上でぐったりとした様子で念話を発した。


「ニシシ! 任せておきなさい、今日のランチはこの私が腕によりをかけて極上のメニューを作ってあげるわ!」


私は袖をまくり上げ、魔導オーブンとドワーフ製の魔導鍋をフル稼働させた。


「メインは、特大の骨付き肉をドワーフ製のオーブンで一気に焼き上げた『超極厚骨付き肉のロースト・エルフの特製果実ソース掛け』よ!」


私が魔法で火力を調整すると、あっという間に表面はカリッと、中は肉汁たっぷりに焼き上がった。


「そしてデザートには、エルフの森のベリーをふんだんに使った『山盛りベリーの贅沢パンケーキ』と、エレノワールお姉様のお手製ハーブティーね!」


「まあ、なんて素晴らしい香りなんでしょう……!」


リリアが目を輝かせ、エレノワールお姉様も満足げに微笑んだ。


「さあ、冷めないうちにいただきましょう!」


私たちはテーブルを囲み、一斉にフォークとナイフを構えた。


「ん〜っ! お肉が柔らかくて最高! 果実の酸味が脂のしつこさを完全に消してくれて、無限に食べられちゃうわ!」


私は特大の肉の塊に齧り付き、至福の声を上げた。


「本当ですわ! お姉様、この果実のソース、とっても美味しいです!」


リリアもお上品に、しかしものすごいスピードでお肉を胃袋へと収めていく。


『……ああ、美味い。やはり君の作る料理は、地上でも異次元でも最高だ』


『このパンケーキの甘さも、疲れた体と魂に染み渡ります……』


ぬいぐるみ姿のジュリアン様とエドワード殿下も、私が小さく切り分けてあげたお肉とケーキを幸せそうに頬張っていた。


「ふふっ、よく食べる妹たちで頼もしいわね」


エレノワールお姉様は、私たちの凄まじい食欲を微笑ましく見守りながら、優雅にハーブティーを啜っている。


「当然よ! 美味しいご飯と莫大なカロリーこそが、私たち魔女の力の源泉なんだから!」


私はパンケーキを口いっぱいに頬張りながら、力強く宣言した。


未知の国を巡る大冒険も、お義姉様の王太子妃プロデュースも、すべてはこの平和で美味しい日常を守るためなのだ。


お腹いっぱい食べて、笑い合って、そしてまた新しい魔法の修行に励む。


これこそが、私たち『魔女』の最高に正しくて、最高に美味しい日常なのであった。


「ふぅ、すっかりお腹いっぱいだわ!」


私は大きくなったお腹をさすりながら、満足げにソファへともたれかかった。


「ええ、ドワーフの国で仕入れたお肉も、エルフの里の果物で作ったソースも、本当に絶品でしたわね」


リリアも幸せそうな笑顔で、エレノワールお姉様が淹れてくれたハーブティーの残りをゆっくりと楽しんでいる。


『……君たちの胃袋は、本当に次元の壁を超越しているな』


絨毯の上で丸くなっていたライオン・ジュリアンが、呆れたような、それでいてどこか安心したような念話を送ってきた。


『ですが、兄上。アイラ嬢やリリア嬢がこうして美味しそうに食事をする姿を見ていると、我々まで満たされた気持ちになるのは不思議なものです』


猫・エドワードも、短い尻尾をパタパタと揺らしながら同意する。


「ニシシ! だって美味しいご飯こそが、私たち魔女の最大のモチベーションなんだから!」


私が胸を張って答えると、エレノワールお姉様がクスクスと妖艶に笑った。


「そうね。永遠の時を生きる私たちにとって、変わらない喜びを与えてくれる『食』は、とても大切な要素よ」


エレノワールお姉様は空になったティーカップをテーブルに置き、ふと真面目な顔になった。


「ところで、地上のレヴナント公爵家に残してきた分身たちからの報告はどうなっているのかしら?」


「あ、そうだったわ」


私はポンと手を叩き、分身たちと意識を繋いで最新の情報を引き出した。


「……うん、完璧ね」


私はニヤリと笑い、皆に報告を始めた。


「エイレーンお義姉様は、テオドール王子殿下と共に、見事な手腕で王宮の公務を次々と片付けているみたいよ」


「まあ! それは素晴らしいですわ!」


リリアがパァッと顔を輝かせる。


「古いマナーやしきたりに囚われない柔軟な発想と、相手を自然に誘導する完璧な淑女の手管……もはや王宮の古狸たちも、お義姉様には完全にひれ伏しているそうよ」


「ふふっ、私があれだけ教え込んだのだから当然の成果ね」


エレノワールお姉様が、誇らしげに腕を組んで頷く。


『テオドール王子も、彼女の的確なサポートを得て、さらにその才覚を発揮しているようだな』


『ええ、あの二人ならば、間違いなくこの国をより良い方向へ導いていけるでしょう』


ジュリアン様とエドワード殿下も、未来の王と王妃の姿に太鼓判を押した。


「これで、人間界のゴタゴタも一件落着ね」


私は大きく背伸びをして、窓から見える魔女の世界の美しいグラデーションの空を見上げた。


「奴隷商人のアジトを更地にしたり、誘拐犯を物理で成敗したり、色々あったけれど……結果的に、美味しいご飯を毎日食べられる最高の環境が整ったわ」


「はい、お姉様! これからもずっと、皆で一緒に美味しいものをたくさん見つけていきましょうね!」


リリアが私の手をギュッと握り、満面の笑みを向けてくれる。


「もちろんよ! この広大な世界には、まだ私たちの知らない未知の食材や絶品スイーツが山ほど眠っているんだから!」


私は黒魔法使いの杖を空高く掲げ、高らかに宣言した。


「私たちの『美味しい日常』は、まだ始まったばかりよ!」


魔女とぬいぐるみ、そして愛する家族たちとの果てしない美食探求の旅は、これからも騒がしく、そして最高に楽しく続いていくのであった。


美味しいランチとティータイムを満喫した私たちは、次の目的地についての作戦会議を始めていた。


「さて、次は獣人の国に行くわよ」


「獣人って、耳や尻尾が生えてる人たちのことよね?」


私が尋ねると、エレノワールお姉様は優雅に頷いた。


「ええ、そうよ。彼らはエルフやドワーフと違って、私たち魔女と国を挙げた特別な取引や行事があるわけじゃないの」


「そうなの?」


「だけど、見た目が愛らしいから、個人的に使い魔として契約を結ぶ魔女も偶にいるわね」


エレノワールお姉様の言葉に、私とリリアは顔を見合わせた。


「それにね、アイラ」


エレノワールお姉様は、私の腕の中にいるライオン・ジュリアンを指差した。


「あなたたちがいた大陸にはいなかったみたいだけど、この世界には『ライオン族』という獣人が存在するのよ」


「えっ、ライオンの獣人!?」


「彼らが獣化という能力を使えば、いざという時のジュリアンのようなライオンの姿になることができるわ」


その言葉に、ライオン・ジュリアンが短い耳をピクッと動かした。


『ほう……私と同じ姿を持つ獣人がいるというのか。それは興味深いな』


「じゃあ、さっそく行ってみましょう!」


私はニシシと笑い、リリアとエレノワールお姉様と共に【空間転移テレポート】の魔法を展開した。


一瞬の浮遊感の後、私たちが降り立ったのは、活気に満ちた獣人族の国の大きな街だった。


周囲には、犬や猫、狼など、様々な動物の特徴を持った獣人たちが、賑やかに行き交っている。


「わぁ……! 皆様、とっても可愛らしい耳と尻尾をお持ちですわ!」


リリアが目を輝かせて周囲を見渡した。


私たちが街を歩き始めると、すぐに周囲の獣人たちの視線が私たち……正確には、私とリリアの腕の中にいるぬいぐるみたちに集まった。


「きゃああっ! 何あの可愛い生き物!」


「まぁるくてフワフワで、すっごく愛らしいわ!」


獣人の女性たちが次々と集まってきて、ジュリアン様とエドワード殿下のデフォルメされたぬいぐるみ姿に黄色い歓声を上げる。


『お、おい、アイラ。なんだか物凄い勢いで見つめられているのだが……』


『リリア嬢、私、少し怖いです……』


戸惑うぬいぐるみ二匹をよそに、女性たちは「撫でてもいいですか?」と詰め寄ってきた。


「ええ、どうぞ! 噛まないから大丈夫よ!」


私が快諾すると、女性たちはライオン・ジュリアンと猫・エドワードを嬉しそうにモフり始めた。


『くっ……またしてもこの展開か……!』


『ううっ、リリア嬢以外の女性に撫でられるなど……!』


王族としての威厳を完全に失い、愛玩動物としてモフられまくる夫たちを見て、私とリリアは顔を見合わせてクスクスと笑った。


「おや? その不思議な生き物は、我がライオン族を模しているのか?」


不意に、野太く力強い声が響いた。


群衆を掻き分けて現れたのは、黄金のたてがみのような髪と、屈強な体格を持つ男性の獣人たちだった。


彼らから放たれる圧倒的な威圧感は、間違いなく百獣の王たるライオン族のものである。


「ええ、そうよ。この子はライオンのぬいぐるみよ」


私が答えると、ライオン族の戦士たちは腕組みをしてジュリアン様を見下ろした。


「ふむ。丸っこくて威厳の欠片もないが……よく見れば、我が一族の特徴を捉えておるな」


「おいおい、こんな毛玉が我らと同じだなんて冗談だろう?」


戦士たちがからかうように笑うと、ジュリアン様の誇り高き王太子のプライドが刺激されたらしい。


『……アイラ、少しだけ力を貸してくれ。私とて、一国の王太子として侮られたままではいられない』


ジュリアン様からの念話に、私はニヤリと笑った。


「分かったわ。ジュリアン様、いっちょ見せつけてやりなさい!」


私がジュリアン様に魔力を流し込むと、デフォルメされたぬいぐるみの体が眩い光に包まれた。


光が収まると、そこには見上げるほどに巨大で、圧倒的な王者の風格を漂わせる本物の雄ライオンの姿があった。


『……どうだ。これでもまだ、威厳の欠片もない毛玉と笑うか?』


ジュリアン様が地響きのような低い唸り声を上げると、周囲の獣人たちは息を呑んで後ずさった。


「お、おおおおっ……! なんという猛々しさだ!」


「この圧倒的なプレッシャー、そして気高い黄金の鬣……! まさしく完璧な百獣の王の姿ではないか!」


ライオン族の戦士たちの目に、先ほどまでのからかいの色は微塵もなく、ただ純粋な感銘と尊敬の光が宿っていた。


「おい、嬢ちゃん! この素晴らしい使い魔を作ったのはお前か!?」


リーダー格の戦士が、興奮した様子で私に詰め寄ってくる。


「え、ええ。私がこの子の器を作ったのよ」


私が答えると、戦士はガシッと私の両手を握りしめた。


「素晴らしい! 我らライオン族の気高き姿を、これほどまでに完璧な形で使い魔の器に選ぶとは! お前は最高のセンスの持ち主だ!」


「えっ? あ、あはは……ありがとう?」


私は、ただ前世の記憶にあったカッコいい動物を選んだだけなのだが、ライオン族の彼らには『自分たちの種族を最高のものとして評価してくれた』と受け取られたらしい。


「皆の者! この素晴らしいセンスを持つ嬢ちゃんと、気高き使い魔に歓迎の宴を用意しろ! 今夜は我ら自慢の極上肉を振る舞うぞ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


ライオン族の戦士たちの雄叫びが響き渡る。


「言質とったわ!!」


『極上肉』という甘美な響きに、私の胃袋は即座に反応して歓喜の声を上げた。


「お姉様、また美味しいお肉が食べられますわね!」


リリアも天使のような笑顔でパチパチと拍手をする。


「ふふっ、人間界も異次元も、結局あんたたちはご飯に辿り着くのね」


エレノワールお姉様が、呆れながらも楽しそうに妖艶な笑みをこぼした。


『……まあ、私の姿が君の美味しい食事に貢献できたのなら、悪くない気分だ』


巨大なライオンの姿のまま、ジュリアン様が優しく私の頭を擦り寄せてくる。


「ええ! ジュリアン様のおかげよ! さあ、遠慮なくライオン族の極上肉を平らげに行きましょう!」


私はニシシと笑い、新たな美食と出会う喜びに胸を躍らせながら、獣人たちの歓迎の宴へと意気揚々と乗り込んでいくのだった。


「……ふぅ、さすがの私もお腹がはち切れそうよ」


獣人の国での熱烈な歓迎の宴を終え、魔女の世界のコテージへと帰還した私は、ソファに深く倒れ込んだ。


「ええ、ライオン族の皆様が振る舞ってくださった極上肉、本当に美味しかったですわね」


リリアも満足そうな笑顔で、自身のぽっこり膨らんだお腹を優しく撫でている。


『……君たちの胃袋の限界がどこにあるのか、私には未だに理解できない』


ライオン・ジュリアンが、絨毯の上で呆れたように念話を送ってきた。


『ですが、獣人の方々の活気は素晴らしいものでしたね』


猫・エドワードも、満腹で丸くなりながら嬉しそうに目を細めている。


「さて、二人ともお疲れ様」


亜麻色の髪を揺らし、エレノワールお姉様が優雅にハーブティーのカップをテーブルに置いた。


「エルフ、ドワーフ、そして獣人と、異種族についての特別授業はこれで全て終わりよ」


「やったー! 授業終了ね!」


私が歓声を上げると、エレノワールお姉様は妖艶に微笑んだ。


「ええ、だからしばらくの間は、座学も実地視察もお休みよ」


「つまり、いつも通りの魔女の生活に戻るってことですね!」


リリアがパァッと顔を輝かせる。


エイレーンお義姉様の王太子妃プロデュースや、未知の大陸への視察など、ここ最近は目まぐるしく動き回っていたのだ。


たまには、この魔女の世界で何もしない平和な日常を満喫するのも悪くない。


そして翌朝から、私たちのお決まりの生活が再開された。


「それじゃあ、まずは魔法野菜の収穫からね!」


私はコテージの裏手に広がる広大な畑に向かい、黒魔法使いの杖を振り上げた。


「【風のウィンド・カッター】!」


シュパパパパッという音と共に、無数の風の刃が正確に熟した野菜の根本だけを切り裂いていく。


「わぁっ、お姉様、大豊作ですわ!」


リリアが【浮遊レビテーション】の白魔法を使い、切り落とされた野菜たちを次々と空中に浮かせて大きなカゴへと運んでいく。


『……相変わらず、魔法の使い方のスケールがおかしいな』


『本来、それらは軍隊を薙ぎ払ったり、巨大な岩を動かしたりするような大魔法のはずなのですが……』


縁側で日向ぼっこをしていたぬいぐるみ二匹が、私たちの農作業を見て引きつった念話を交わしている。


「細かいことは気にしないの! 美味しい野菜を効率よく収穫するためなら、大魔法の無駄遣いだって立派な生活の知恵よ!」


私はニシシと笑い、採れたてのトマトを服で軽く拭いて丸齧りした。


甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がり、太陽と魔力の恵みが体に染み渡っていく。


お昼には、収穫したばかりの新鮮な野菜をたっぷり使ったミネストローネと、香ばしい焼きたてパンを皆で囲んだ。


午後はエレノワールお姉様が調合した怪しげな(でもお肌にすっごく良い)魔法の薬湯に浸かり、夕方は魔女の森を散歩して精霊たちと戯れる。


「やっぱり、こういうのんびりした生活が一番ね」


夕食後、暖炉の火の前で、私はジュリアン様のもふもふとした背中を撫でながら呟いた。


「はい、お姉様」


リリアも、エドワード殿下を膝の上に乗せて天使のような微笑みを浮かべている。


「地上での騒がしい毎日も楽しいけれど、こうして皆で静かに過ごす時間は、何よりの宝物ですわ」


『……ああ。君たちが無事で、笑顔でいてくれるなら、私はどこにいても幸せだ』


『リリア嬢の温もりを感じられるこの平和な時間が、永遠に続けばいいと心から思います』


愛する人たちからの甘い言葉に、私とリリアは顔を見合わせてクスクスと笑った。


「ふふっ、しばらくはここで英気を養いなさいな」


エレノワールお姉様が、読んでいた魔導書から顔を上げて優しく目を細めた。


「あなたたちのことだから、またすぐに地上で面白い騒動を巻き起こすんでしょうからね」


「ニシシ! そりゃあもちろんよ!」


私は力強く頷き、明日食べる予定の極上スイーツのメニューに思いを馳せた。


しばらくの間、魔女の世界のコテージには、平和で温かくて、そして最高に美味しい日常の時間がゆったりと流れていくのであった。


魔女の世界に戻ったアイラたちの回でした。

この話で、この作品の世界観の全てが出そろった感じです。

魔女編は始まったばかりです。

気の遠くなるような長い時間の物語が始まります。

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