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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
王太子妃編

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王太子妃の事件簿_File_003

巨大な裏組織編です。

極上の海鮮丼とカルパッチョでお腹を満たした私たちは、カジノ船での激闘の疲れを癒すように、その夜は泥のように深い眠りについた。


翌朝、王宮の奥深くにある防音の会議室には、朝食後の穏やかな時間とは裏腹に、ピリッとした緊張感が漂っていた。


円卓を囲むのは、私とジュリアン様、そしてセオドアお兄様やエドワード殿下といった、国の中枢を担う信頼できるメンバーたちだ。


「さて、カジノ船で捕縛したバルバロス伯爵たちの尋問結果だが……見事に真っ黒だったよ。」


ジュリアン様が、分厚い羊皮紙の束をテーブルの中央にドサリと置いた。


「彼の口から吐き出された、我が国に潜む裏切り者たちのリストがこれだ。」


セオドアお兄様が、冷ややかな視線をそのリストに落としながら腕を組んだ。


「思った以上に根が深いようだな。」


「ええ、我が国の貴族だけでなく、大手の商会まで裏で他国と繋がっていたとは驚きです。」


エドワード殿下も、信じられないといった顔でリストを覗き込んでいる。


「バルバロス伯爵は、あのカジノ船での違法な賭博や密輸品の売買を通じて、莫大な裏金を国内の派閥に流していたらしいの。」


私がこれまでの情報を整理するように補足すると、皆の顔がさらに険しくなった。


「問題は、このリストに載っている者たちをどうやって確実に捕らえるかだ。」


ジュリアン様が、鋭い視線で私たちを見渡す。


「下手に動けば証拠を隠滅されるか、あるいは国外へ逃亡される恐れがあるからね。」


「確かに、一人ずつ順番に捕まえていては、他の者たちに警戒されてしまいます。」


セオドアお兄様の言う通り、一網打尽にするための確実な策が必要だった。


私が何か良い方法はないかと腕を組んで考えていると、ふとあるアイデアが閃いた。


「ねえ、ジュリアン様。」


「ん? どうした、アイラ。」


「このリストに載っている関係者たちって、要するに自分たちの利益になる『甘い汁』を吸うのが大好きな人たちですよね?」


「ああ、間違いなくそうだろうな。」


「だったら、彼らが絶対に飛びついてくるような、もっと大きくて甘い『極上の餌』を撒いてみませんか?」


私の提案に、ジュリアン様とお兄様が顔を見合わせた。


「極上の餌、とは具体的に何をするつもりだ?」


「近日中に、王太子夫妻の主催で、新たな魔導具の利権や特産品の独占取引権を発表する『特別なお茶会』を開くんです。」


「なるほど、それは確かに彼らが喉から手が出るほど欲しい情報だろうね。」


エドワード殿下が、意図を察して納得したように頷く。


「もちろん、ただのお茶会ではありません。」


私は不敵な笑みを浮かべた。


「ミーアの最新魔導具を駆使した、絶対に嘘がつけない、そして逃げられない『究極の尋問お茶会』ですわ。」


「おいおい、また君はとんでもないことを考えついたな。」


ジュリアン様は呆れたように息を吐きつつも、その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。


「でも、彼らを一箇所に集めて一気に証拠を突きつけるには、それが一番手っ取り早いかもしれない。」


セオドアお兄様も、悪党には容赦がない性格なので、すぐに賛同してくれた。


「決まりですね。」


私はパンッと手を合わせて立ち上がった。


「さっそく、ミーアに『食べると真実しか話せなくなる特製お茶菓子』のレシピ相談と、会場の防犯用魔導具の調整を頼んできます。」


「頼もしい限りだ。」


ジュリアン様が優しく私の頭を撫でる。


「さて、私腹を肥やした裏切り者たちには、極上のスイーツと共に、地獄のフルコースを味わってもらおうか。」


こうして、私たちによる国を挙げた『大掃除』の準備が、密かに、そして着々と進められていくのだった。


「ミーア、ちょっといいかしら?」


会議室を出た私が、王宮の一角にある魔導具開発室へ顔を出すと、ミーアが目を輝かせて振り返った。


「はいですぅ! アイラ様、何か新しい美味しいお料理の相談ですかぁ?」


「ええ、今回は美味しいのはもちろんだけど、食べた人が思わず本音をペラペラ喋っちゃうような、ちょっと特殊なお菓子を作りたいの。」


「ほ、本音を喋っちゃうお菓子、ですかぁ……?」


ミーアが不思議そうに首を傾げる。


「 私が修行の末に会得した魔法料理なんだけど」


ミーアはポンッと手を叩いた。


「ああっ、ミア・フローレスさんの事件の時に使ったという、容赦ない自白魔法ですねぇ!」


「今回はお茶会で複数人を同時に相手にするから、私が一つ一つ魔法をかけるより、魔導具で一気に作れた方が効率的だと思ってね。」


私はポケットから、淡い光を放つ手のひらサイズの魔石を取り出した。


「だから、この魔石にあの時使った魔法を封じ込めておいたわ。」


「わぁ、すごい魔力量ですぅ……!」


ミーアが目を輝かせて魔石を両手で受け取る。


「この魔石を魔導オーブンの魔力回路に直接組み込んで、お菓子の焼き上げ工程で生地の芯まで魔法を浸透させるような仕組みを作れないかしら?」


私が尋ねると、天才魔導具技師であるミーアは自信満々に大きく頷いた。


「お任せくださいですぅ! アイラ様の強力な魔法を魔石から抽出して、お菓子の甘い香りと一緒に絶妙なバランスで乗せる特製オーブンに改造してみせますぅ!」


「ありがとう、さすがミーアね。」


私は、裏切り者たちの顔を思い浮かべながら、エプロンの紐をキュッと結び直した。


「さあ、国を裏切った代償がどれほど高くつくか、私の料理でたっぷりと教えてあげるわ。」


王太子妃としての権力と、圧倒的な料理の腕前、そして最新魔導具の力を結集した、史上最凶のお茶会の幕が上がろうとしていた。




数日後、王宮で最も美しいとされる薔薇園にて、王太子夫妻主催の『特別なお茶会』が華々しく開催された。


会場には、色とりどりのドレスや豪奢な礼服に身を包んだ貴族たちが集まり、優雅な音楽と歓談の声が響き渡っている。


私は王太子妃として完璧な淑女の微笑みを浮かべながら、次々と挨拶に訪れる貴族たちを歓待していた。


もちろん、このお茶会に招待された客の中には、全く潔白な善良なる貴族たちと、カジノ船の裏帳簿に名前が載っていた裏切り者の貴族たちが、意図的に混ぜて呼ばれている。


最初からターゲットだけを呼び集めれば、彼らも警戒して尻尾を出さないからだ。


「本日は素晴らしいお茶会にお招きいただき、光栄の至りに存じます。」


恰幅の良い、いかにも強欲そうな男が、私とジュリアン様の前に進み出て恭しく頭を下げた。


彼こそが、裏帳簿のリストの筆頭に名を連ねていた、悪徳商会と癒着するゴードン侯爵である。


「ようこそいらっしゃいました、ゴードン侯爵。」


私は内心の冷たい怒りを完璧な笑顔の下に隠し、扇で口元を覆った。


「本日は皆様に、我が国が新たに開発した魔導具の利権について、特別なご相談があって集まっていただいたのですわ。」


私が『利権』という言葉を口にした瞬間、ゴードン侯爵を含むターゲットの貴族たちの目が、獲物を見つけたハイエナのようにギラリと光った。


彼らが利益の匂いに完全に釣られたことを確認し、私は視線で合図を送った。


すると、あらかじめ打ち合わせていた通り、エドワード殿下とリリアが絶妙なタイミングで人垣を割って現れた。


「皆様、ご歓談の途中に失礼いたします!」


エドワード殿下が、持ち前の爽やかな笑顔で貴族たちに呼びかける。


「実は、この奥の温室で、東の教国から取り寄せた非常に珍しい『月光樹』の花が、ちょうど今、見頃を迎えているのです。」


「よろしければ、わたくしたちが皆様をご案内いたしますわ。」


リリアも、女神のように純真で愛らしい微笑みを浮かべ、見事に招待客たちの心を惹きつけた。


「まあ、それは素晴らしいですわね!」


「ぜひ拝見したいものです。」


純粋にお茶会を楽しみに来ていた善良な貴族たちは、エドワード殿下とリリアの巧みな誘導に乗って、次々と奥の温室へと移動していく。


彼らが巻き添えにならないようにするための、完璧な隔離作戦だ。


そして、その場に残ったのは、私の言葉に釣られて『特別な利権の話』を今か今かと待ち構えている、十数名の裏切り者たちだけとなった。


「さて、ゴードン侯爵をはじめとする皆様。」


ジュリアン様が、甘いマスクに冷徹な光を宿して静かに告げた。


「ここから先は、極秘の商談となりますので、奥の特別室へご案内いたしましょう。」


私たちは彼らを、薔薇園の奥にひっそりと佇む、豪奢な装飾が施されたガラス張りのガゼボへと招き入れた。


彼らが中に入り、全員が優雅な椅子に腰を下ろした瞬間。


キィンッ、と微かな音を立てて、ガゼボの周囲に不可視の結界が展開された。


これはミーアが徹夜で調整してくれた、防音と物理的な脱出を完全に封じる最新の防犯用魔導具の力だ。


「お待たせいたしました、皆様。」


私は彼らの前に、三段の美しいケーキスタンドを置いた。


「商談の前に、わたくしが自ら焼き上げた『特製のマカロン』をどうぞお召し上がりくださいませ。」


鮮やかなパステルカラーの可愛らしいマカロンからは、甘く香ばしい極上の香りが漂っている。


しかし、その生地の芯にはミーアの魔導オーブンによって限界までたっぷりと魔法が練り込まれているのだ。


「おお、王太子妃殿下の手作りとは、なんと光栄な!」


「ありがたく頂戴いたしますぞ!」


何の疑いも持たず、欲に目を眩ませた裏切り者たちは、一斉にその致死量(社会的な意味で)の魔法が詰まったマカロンへと手を伸ばした。


私はジュリアン様と視線を交わし、不敵な笑みを深くした。 さあ、宴の始まりだ。


「美味い、なんという美味なるマカロンだ!」


ゴードン侯爵が一つ目のマカロンを飲み込んだ瞬間、彼の瞳の焦点がわずかにぼやけ、トロンとした表情に変わった。


「ああ……それにしても、あのカジノ船の儲けは最高だったな。」


突如として彼が発したその言葉に、他の貴族たちが「おい、何を言っている!」と止めようとするが、彼らもすでにマカロンを口にしていた。


「全くですな、我が領地で横流しした密輸品の利益も、全てあのカジノの裏金に回して大正解でしたよ。」


「私など、他国のスパイに王宮の警備配置図を売って得た金で、愛人に新しい別荘を買ってやりましたからね。」


魔法の効力は絶大で、彼らは隠すべき自身の悪行を、まるで昨日の夕飯のメニューを語るかのようにペラペラと自白し始めたのだ。


私はジュリアン様と頷き合い、あらかじめテーブルの下に仕掛けておいたミーア作の『自動速記魔導具』が、彼らの発言を一言一句漏らさず記録しているのを確認した。


「我が家の地下金庫の暗証番号は『金貨万歳』でしてね、そこに他国との密約の証拠書類も全部隠してあるんですよ。」


「私なんか、賄賂を渡した役人のリストを日記帳の裏に隠しています!」


自白は止まることを知らず、文字通りの『黒い自白』がガゼボの中に次々と響き渡る。


これほどあっさりと証拠が揃うとは、エレノワール先生直伝の魔法とミーアの技術の合わせ技は、恐ろしいほどの効果だ。


そんな中、私は一人の青年貴族の動向に注目していた。


彼の名はアーサー・ノエル子爵といい、若くして当主となった非常に真面目で領民想いだと評判の、優秀な人物だった。


彼のような清廉潔白な人物の名前が裏帳簿のリストにあった時は、セオドアお兄様もエドワード殿下も信じられないと驚いていたのだ。


彼もまた、他の者たちにつられてマカロンを口に運び、ゆっくりとその効果に身を委ねていた。


「……私は、ノエル家の当主として、決して許せないことがありました。」


アーサー子爵がぽつりと呟いたその言葉に、私たちは「ついに彼も悪事を口にするのか」と身構えた。


「彼らが行っている悪事は、単なる貴族の汚職などという可愛いものではありませんでした。」


彼は虚ろな瞳のまま、淡々と、しかし強い使命感を帯びた声で語り続けた。


「私は独自に彼らの懐に飛び込み、潜入調査を続けていたのです。」


「……えっ?」


予想外の『白い自白』に、私とジュリアン様は思わず顔を見合わせた。


「調査の結果、恐るべき事実が判明しました。」


アーサー子爵の口から紡がれる言葉は、私たちの想像を遥かに超えるものだった。


「彼らを操っている巨大組織は、我が国や隣国といった特定の国家を主体とするものではありません。」


彼は息を呑むような秘密を、スラスラと暴露し始める。


「国境を越え、世界中の裏社会を繋ぎ合わせ、一つの巨大な『影の国家』として機能している、強大な闇のシンジケートなのです。」


そのスケールの大きさに、私は思わず背筋が寒くなるのを感じた。


「そのシンジケートの幹部の名前は、ええと、たしか東の教国に潜伏している枢機卿の……」


「待って待って、ストップですわアーサー子爵!」


これ以上の機密情報をこんな場所で、しかも他の裏切り者たちの前で喋らせるわけにはいかないと判断した私は、慌てて彼の口に用意していた解毒用のクッキーを突っ込んだ。


「むぐっ!?」


クッキーを飲み込んだアーサー子爵は、ハッと我に返り、自分がとんでもない場所で機密を漏らしかけていたことに気づいて顔面を蒼白にさせた。


「殿下、王太子妃殿下! わ、私は一体何を……!」


「落ち着いてください、アーサー子爵。」


ジュリアン様が優しく微笑みかけ、彼の肩に手を置いた。


「まさか君が、国を想って単独で潜入調査を行っていたとは知らず、巻き込んでしまってすまなかったね。」


「えっ……あの、私の素性はバレていなかったはずでは……?」


「ええ、ですからこの『絶対に真実しか話せなくなる特製マカロン』の力を借りたのですわ。」


私が種明かしをすると、アーサー子爵は自分の身に起きたことを理解し、呆然とマカロンを見つめた。


「とりあえず、あなたは私たちの『味方』だと分かって、本当に嬉しいハプニングでしたわ。」


私はホッと胸を撫で下ろし、彼に微笑みかけた。


「このお茶会は、彼ら裏切り者を一網打尽にするための罠なのです。」


「罠、ですか……なるほど、そういうことでしたか。」


アーサー子爵は安堵の溜息をつき、椅子に深く腰掛け直した。


「ですからアーサー子爵、あなたにはこの後、私たちと一緒に別室でその『影の国家』についての詳しいお話を聞かせていただきたいのです。」


「承知いたしました、このノエル、我が国の未来のために全てをお話ししましょう。」


こうして、思いがけない優秀な協力者を得た私たちは、ペラペラと自白を続ける悪徳貴族たちを放置したまま、新たなる巨大な敵の存在へと立ち向かう準備を整えるのだった。


あの狂乱のお茶会から数日が経過した。


王都のあちこちにある悪徳貴族たちの邸宅には、エドワード殿下とセオドアお兄様が率いる騎士団が次々と踏み込み、自白通りの隠し場所から決定的な証拠品を山のように押収していた。


そして今日、王宮の裏手にある薄暗い中庭では、見苦しく命乞いをする裏切り者たちが、冷たい地下牢へと次々に連行されていく光景が広がっている。


私たちは王宮の執務室の窓から、その哀れな末路を静かに見下ろしていた。


「ここから先は、彼らを操っていた巨大な『影の国家』との本格的な戦いになりますね。」


窓辺から離れてソファに腰を下ろしたアーサー子爵が、真剣な面持ちで口を開いた。


「ああ、君が命懸けで集めてくれた情報のおかげで、敵の尻尾を掴むことができたよ。」


ジュリアン様が、テーブルの上に広げられた巨大な地図に駒を置きながら頷く。


「しかし、敵は国家という枠組みを持たない巨大な闇のシンジケートです。」


アーサー子爵は、地図のあちこちに散らばる不審な組織の拠点を指差した。


「私が潜入して得られた情報もまだ氷山の一角に過ぎず、さらに深く彼らの懐に入り込む必要があります。」


「その件についてだが、アーサー子爵にはこれからも我々の強力な手駒として動いてもらいたい。」


ジュリアン様は、鋭い知性を感じさせる笑みを浮かべてアーサー子爵を見つめた。


「そこで、君の潜入捜査をサポートするために、王家直属の優秀な平民の情報屋を数名紹介しようと思う。」


「平民の情報屋、ですか?」


アーサー子爵が少し驚いたように目を瞬かせる。


「ああ、貴族社会のしがらみや監視の目が行き届かない裏路地や酒場には、平民ならではの広大な情報ネットワークがあるのさ。」


ジュリアン様がその意図を説明すると、アーサー子爵は深く納得したように頷いた。


「なるほど、私の貴族としての立場と、彼らの草の根のネットワークを組み合わせれば、敵の死角を突くことができるというわけですね。」


「そういうことだ。」


ジュリアン様が満足げに微笑むと、私は執務室の机の引き出しから小さな木箱を取り出した。


「そして、これは私から……正確にはミーアとリュカからの、危険な任務に赴くあなたへのお守りですわ。」


私が木箱の蓋を開けると、中には澄んだ青色の魔石がはめ込まれた銀の指輪が収められていた。


「これは、美しい指輪ですが……ただの装飾品ではありませんね?」


「ええ、私たちの頼れる仲間であるリュカが編み出した『空間転移魔法』を、天才魔導具技師のミーアが限界まで小型化して封じ込めた、緊急脱出用の魔導具よ。」


私の説明を聞いて、アーサー子爵は信じられないといった顔で息を呑んだ。


「空間転移魔法の魔導具化など、歴史上でも成功例がないほどの神業ではありませんか!」


「指輪の魔石に強い魔力を込めるだけで、あらかじめ設定しておいた王宮内の安全な地下室へと瞬時に転移できる優れものですわ。」


私はその指輪をアーサー子爵の手にしっかりと握らせた。


「これがあれば、敵の罠に落ちて絶体絶命のピンチに陥っても、必ず生きて帰ってくることができます。」


「……王太子妃殿下、ジュリアン殿下。」


指輪を強く握りしめたアーサー子爵の瞳に、熱い忠誠の光が宿る。


「このアーサー・ノエル、お二人の深い御恩とご期待に報いるため、必ずや『影の国家』の全貌を暴き出してみせましょう。」


「頼りにしているよ、アーサー。」


ジュリアン様が力強く彼の肩を叩いた。


「さあ、いよいよ本腰を入れて、世界を股にかける大悪党どもをお掃除する時間ね。」


私はニヤリと笑い、次なる戦いに向けて気合いを入れるのだった。


アーサー子爵に空間転移の指輪を託した秘密会議から数日が経過した。


王宮に設けられた私専用のサロンでは、今日もお茶会という名の「極秘の報告会」が開かれていた。


「――現在、ジュリアン殿下からご紹介いただいた平民の情報屋たちと連携し、『影の国家』の末端組織への接触を試みております。敵は非常に警戒心が強く、神経をすり減らす作業の連続ですが……」


テーブルの向かいに座るアーサー子爵が、真面目な顔つきで書類を読み上げている。若くして当主となった彼は責任感が強く、自ら危険な潜入調査に身を投じるほど国想いな人物だ。


「お疲れ様、アーサー。報告も大事だけど、あまり根を詰めすぎると胃に穴が開くわよ? ほら、まずは腹ごしらえからね」


私がドンッとテーブルの中央に置いたのは、ミーアの『魔導オーブン』で焼き上げたばかりの熱々の料理だった。


「こ、これは……王太子妃殿下のお手製ですか?」


「ええ。『魚介の旨味が詰まった特製・熱々魔導ドリア』よ。海鮮の濃厚な出汁をたっぷり吸い込んだライスに、私の特製ホワイトソースと、三種類のチーズをたっぷり乗せて焦げ目がつくまで焼き上げたの。冷めないうちにどうぞ」


アーサー子爵は恐縮しながらもスプーンを取り、とろりと糸を引くチーズごとドリアを掬い上げて口に運んだ。


「……っ!!」


瞬間、彼の目がこれ以上ないほど見開かれた。


「な、なんという濃厚な旨味……! 海老やホタテの奥深い出汁と、まろやかなホワイトソースが完璧に調和しています! とろけるチーズの香ばしさが、極度の緊張で冷え切っていた胃腸を優しく、かつ力強く温めてくれます……!」


「ふふっ。私の料理は、疲労回復の最高のバフだからね。遠慮せずにおかわりしてね」


私がニシシと笑うと、隣で優雅に紅茶を傾けていたジュリアン様も満足げに頷いた。


「君の言う通りだ、アーサー。アイラの作る料理は、王太子の激務による重圧すらも忘れさせてくれるからね。しっかり食べて英気を養ってくれ」


「は、はいっ! ありがたく頂戴いたします!」


アーサー子爵が感動の涙を浮かべながらドリアを頬張っていた、まさにその時だった。


「――おい。いい匂いをさせているが、まさか我の存在を忘れたわけではあるまいな、魔女よ」


不意に、サロンの扉が音もなく開き、一人のメイドが姿を現した。私とリリアの専属侍女であるエマだ。


「えっ? エマ殿……? いくら王太子妃殿下の専属侍女とはいえ、王族の同席する報告会にノックもなしに入室するとは……」


アーサー子爵が怪訝そうに眉をひそめ、注意しようと立ち上がった瞬間。


「我が求めているのは飯ではない。あの時の『約束の供物』だ」


エマが静かに目を閉じ、深く息を吸い込んだ。


次に彼女がゆっくりと目を開けた時――その瞳は神々しい金色に輝き、彼女の背後には、美しく輝く『六枚の白い羽の幻影』が顕現した。


「なっ……!?」


アーサー子爵が、ドリアのスプーンを取り落とした。


「……天を穢す忌まわしき瘴気を持つ悪魔の出来損ないどもを、君たちの代わりに解体してやったのだ。此度の働きに対する供物は、極上のスイーツを要求すると言ったはずだぞ、アイラよ」


口調も、纏うオーラも完全に『神話の存在』へと切り替わった彼女の威圧感に、アーサー子爵は腰を抜かし、ソファーの背もたれに張り付いてガタガタと震え始めた。


「ひぃぃぃっ!? て、天使様!? なぜ神話の存在が、一介のメイドの体に……っ! いえ、それよりも、なぜ王宮のサロンに天使様が降臨なされているのですか!?」


「うるさい人間だな。我がここにいるのは、美味いスイーツを食うためだ。それ以外の理由などない」


エマの体を間借りしている天使・シュシュエルは、極めて尊大な態度でアーサー子爵をスルーし、空いていたソファーにドカッと腰を下ろした。


「ちょ、ちょっとシュシュエル! 突然出てきてアーサーを脅かさないでよ! ……でも、悪魔の出来損ないって、あのカジノ船で出たキメラのこと?」


「そうだ。あれは五千年前にも、悪魔に魅入られた人間が創り出した忌まわしき代物だ。どこかに当時の設計図が残っていたか、あるいは人間が悪魔を召喚して作り方を聞き出したのだろう」


シュシュエルは腕を組み、不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「だが、悪魔どもは現在、我ら天界に分かるように挑発的な休暇を取っておるからな。ゆえに、あれは悪魔が自発的に動いて創らせたものではないようだがな」


「……なるほどね」


私は顎に手を当て、カジノ船での出来事を思い返した。


(だからあの時、司会者の男は私のことを『最強の魔女』と呼んでいたのね。五千年前の設計図や知識を受け継いでいる組織なら、私やリリアの規格外の力を見て、魔女の系譜だと気づいてもおかしくないわ)


悪魔が直接手を下さなくても、その知識を利用して世界を裏から支配しようとする巨大な影の国家。


「悪魔だけじゃなく、人間にも色々と厄介なのがいるものね……」


私が思わずそうこぼすと、ジュリアン様も険しい顔で頷いた。


「ああ。悪魔の知識を自らの欲望のために振るう人間……ある意味で、悪魔以上にタチが悪いかもしれないな」


シリアスな空気がサロンに流れかけた――その時だった。


「人間の厄介な事情など我の知ったことか。さあ、カジノ船でのお掃除の報酬、極上の供物を早く出すのだ。我の期待を裏切るような真似は許さんぞ」


シュシュエルがテーブルをバンバンと叩き、容赦なく話をスイーツへと引き戻した。


私は呆れてため息をつきつつも、空間収納アイテムボックスを展開した。


「はいはい、分かってるわよ。報酬はバッチリ用意してあるわ」


私がテーブルの中央にドンッと置いたのは、見たこともないほど巨大で豪華なグラスに盛り付けられた『焦がしキャラメルと旬の果実の特大タワーパフェ』だった。


「おおお……!」


シュシュエルの金色の瞳が、子供のようにキラキラと輝いた。


「下層には濃厚なカスタードとサクサクのパイ生地。その上に、ミーアのアイスメーカーで作った特製のバニラアイスと、甘酸っぱいベリーをこれでもかと敷き詰めたわ。トドメに、ほんのり苦味を効かせた焦がしキャラメルソースをたっぷりとかけた、大人のための極上パフェよ」


「……見事だ。やはりお前の作る供物は天界の食事を遥かに凌駕する」


シュシュエルは、神々しいオーラを放ったまま、猛烈なスピードでパフェを掘削し始めた。


「うむ! このキャラメルのほろ苦さが、アイスの甘さを完璧に引き立てておる! 素晴らしいぞ、魔女よ!」


神話の世界の真実とスイーツが融合したあまりにもカオスな光景を前に、アーサー子爵は完全に魂が抜けたような顔で硬直していた。


「て、天使様が……パフェを……美味しそうに頬張って、おられる……? 私の常識が、音を立てて崩れていく……」


「アーサー、あなたも食べる? 糖分は疲れた脳みそに効くわよ」


私がもう一つのパフェを差し出すと、アーサー子爵は震える手でスプーンを受け取った。


「い、いただきます……っ。……!? う、美味い!! なんですかこの滑らかなアイスと、キャラメルの絶妙なハーモニーは! ドリアで満たされたはずの胃袋に、スルスルと吸い込まれていきます!」


アーサー子爵もまた、完全にパフェの虜になり、天使と並んで無我夢中でスイーツを貪り始めた。


「ふふっ。ようこそ、我が陣営の日常へ。君もすぐにこの光景に慣れるさ」


ジュリアン様が、優雅に紅茶を飲みながら腹黒く、かつ同情的な笑みを浮かべる。


そこへ、大量の書類を抱えたノアが、ずり落ちた分厚い眼鏡を押し上げながらサロンに入ってきた。


「……アーサー子爵。僕の計算によれば、アイラ嬢の周囲では常識を保とうとするだけ脳のメモリの無駄遣いです。神話の存在だろうと何だろうと、『すべて例外処理スルー』するスキルを身につけなければ、過労で胃に穴が開きますよ」


ノアの悟りを開いたような言葉に、アーサー子爵は涙目になりながらも、大きく頷いた。


「は、はい……! 私、国のため、そしてこの極上の料理のために……いかなる神話級のカオスにも耐え抜いてみせます!」


「その意気よ、アーサー! さあ、おかわりは無限にあるから、限界まで食べ尽くしなさい!」


巨大な『影の国家』との熾烈な戦いの合間に訪れた、天使と食べる極上スイーツの休息時間。


真面目なアーサー子爵の常識は粉々に打ち砕かれたが、彼の忠誠心(と胃袋)は、この日を境に私たちに完全に掌握されるのだった。


アーサー子爵が極上パフェの味と神話級のカオスに完全に魂を奪われていた、その直後だった。


「アイラ、リリア! 邪魔するぞ!」


「やれやれ、相変わらず騒がしいサロンですね」


バンッ、と扉を開けて入ってきたのは、騎士団の軍服を纏ったセオドア兄様と、魔法師団のローブを着たリュカだった。


その後ろには、近衛騎士のカイルや、諜報員のザックの姿もある。


「お兄様、リュカ! どうしたの、揃いも揃って」


「おう、師匠! 実は、少しきな臭い情報が入ってきてよ」 クロードに続き、ザックが一歩前に出た。


「妃殿下。アーサー子爵と連携し、スラムの裏ルートを洗っていた件ですが……『影の国家』の末端と思われる商人たちが、最近、大量の『特殊な魔導具の部品』と『魔獣の餌』を買い集めていることが判明しました」


「魔獣の餌?」 私が首を傾げると、今度はリュカが眼鏡を光らせた。


「ええ。そして僕の完璧な魔力観測網が、王都郊外にある『旧採掘場』の周辺で、不自然な魔力異常を検知しました」


リュカが広げた地図の一点を指差す。


「何重にも隠蔽結界が張られていますが、五千年前の知識を持つ僕とノアの計算式をごまかせるはずがありません。あそこには間違いなく、大規模な魔導炉と、多数の生体反応……魔獣のようなものが隠されています」


「さらに、だ」


セオドア兄様が、腕を組んで鋭い視線を地図に向けた。


「騎士団のカイルが、王都に出入りする不審な荷馬車の轍を追跡したところ、見事にその旧採掘場へと繋がっていた。……我がアルジェント公爵家の暗部にも周辺を探らせたが、完全武装した傭兵たちが警備を固めているようだ」


騎士団の物理的な追跡、魔法師団の魔力探知、そして平民の情報屋と公爵家の暗部による裏の動きの把握。


「……なるほど。私たちが別々に追っていた『点』が、見事に一つの『線』になったというわけですね」


ジュリアン様が、エメラルドの瞳を細めて不敵に笑う。


「あのカジノ船で見た『キメラ』。……もしかすると、あそこが彼らの新しい製造工場、あるいは実験施設なのかもしれないわね」


私がニシシと悪党のような笑みを浮かべて立ち上がると、アーサー子爵は目を丸くして震えていた。


「わ、王国の最高戦力である騎士団と魔法師団、さらには王家と公爵家の情報網が、これほど迅速に、しかも一つのサロンで連携して動くなど……! これが、アイラ様を中核とするチームの真の力……!」


「そういうこと。さあアーサー、パフェの糖分で体力は回復したわね?」


私が『黒魔法使いの杖』を空間収納から引き抜く。


「敵の拠点が分かったなら、やることは一つよ! 探偵令嬢団と最強の仲間たちで、その旧採掘場に『カチコミ』に行くわよ!」


王都郊外にある『旧採掘場』。 夜闇に紛れ、私たち探偵令嬢団と最強の仲間たちは、鬱蒼と茂る森の中からその厳重な入り口を見下ろしていた。


「……見張りが六人。それに、周囲には微弱な魔力感知の結界が張られていますね」


アーサー子爵が、暗闇の中で鋭い視線を巡らせて小声で報告した。


「アイラ様、ここはスニークミッションです。私とザック殿が気配を殺して先行し、見張りを無力化して結界の解除を――」


「あら、見張りならもういませんわよ」


「……えっ?」


アーサー子爵が振り返ると、そこにはいつの間にか戻ってきていたマリー姉ちゃんが、優雅にメイド服の埃を払っていた。


「アイラお嬢様。入り口の『見張り』は、すべて音もなく気絶させて縛り上げておきました。巡回ルートの死角に隠してありますので、当分は見つかりませんわ」


「ありがとう、マリー姉ちゃん。さすがの気配遮断ね」


アーサー子爵が慌てて入り口を確認すると、先ほどまでいた完全武装の傭兵たちが、文字通り一人残らず跡形もなく消失していた。


「なっ……いつの間に!? いえ、それより魔力感知の結界はどうやって……!?」


「結界なら、僕がとっくに【光学迷彩インビジブル】と認識阻害の術式で上書きしてハッキング済みだ。これなら堂々と歩いても警報は鳴らないよ」


リュカが金縁の眼鏡を光らせながら、不敵に笑う。


「僕の計算によれば、次の巡回班が来るまであと四分二十秒。……さあ、突入するなら今のうちです」


ノアが分厚い懐中時計を見ながら正確な時間を告げた。


「よし、行くわよ。ここからは敵の懐よ、音を立てないようにね」


私の合図で、一行は旧採掘場の内部へと足を踏み入れた。


薄暗い坑道を進むと、やがて人工的に整備された広大な地下施設へと出た。


「……これは」


セオドア兄様が息を呑む。


そこには、赤黒い培養液で満たされた巨大な水槽がいくつも並んでおり、中にはカジノ船で見た『キメラ』の未完成体が不気味に浮かんでいた。


「やはり、ここが彼らの製造工場か。……だが、これだけの数を一体何に使うつもりだ?」


ジュリアン様が険しい顔で周囲を見渡す。


「手がかりを探しましょう。リリア、【真実のトゥルー・サイト】をお願い」


「はい、お姉様」


リリアが瞳を黄金色に輝かせる。


通常なら見えない隠蔽結界や仕掛けが、彼女の目には薄皮のように透けて見えるのだ。


「……あちらの壁の奥に、強力な結界で守られた隠し部屋がありますわ。おそらく、研究資料や計画書が保管されている執務室かと」


私たちは音を殺してその扉の前に移動した。


「複雑な魔力ロックがかかっていますね。強引に破壊すれば警報が鳴りますが……」


アーサー子爵が扉の構造を見て顔をしかめるが、リリアはそっと扉の取っ手に手を触れた。


「大丈夫ですわ。……【物体の記憶オブジェクト・メモリー】」


リリアが白魔法を発動させると、取っ手に残された過去の魔力波長とパスワードの入力手順が、彼女の脳裏に鮮明に再生された。


「……右に三、左に二……開きましたわ」


カチャリ


小さな音とともに、厳重なロックがあっさりと解除される。


「魔法でパスワードの過去を読み取るなど……このチームにかかれば、どんな強固な拠点も丸裸ですね……」


アーサー子爵が、もはや驚くのを通り越して引き攣った笑いを浮かべていた。


執務室に忍び込んだ私たちは、手分けして機密書類を漁り始めた。


アーサーも有能な情報収集スキルを発揮し、机の隠し引き出しから分厚い羊皮紙の束を見つけ出した。


「アイラ様、ジュリアン殿下! これを!」


アーサー子爵が差し出した書類に、ランタンの微かな明かりを寄せる。


そこに記されていた『今後の計画』を読んだ瞬間、私とジュリアン様の顔色が変わった。


「……王都の主要な物流ルートの襲撃計画。それも……エルフィア王国からの特産品を運ぶ、南方の街道を重点的に狙うと書いてあるわ」


私がギリッと奥歯を噛み締める。


「エルフィア王国からの輸入ルート……。アイラが整備した、あの『水精麦(お米)』の専用ルートか!」


ジュリアン様が鋭く目を細めた。


「ええ。このキメラたちを使って物流の要所を破壊し、王都を深刻な食糧難に陥れてパニックを引き起こす。それが『影の国家』の次なる一手みたいね」


「なんという卑劣な計画……! 国民の命の綱である食糧を絶ち、国を内側から崩壊させる気か!」


アーサー子爵が義憤に駆られて拳を握りしめる。


だが、私の怒りのベクトルは少しばかり違っていた。


「…………私の、お米のルートを」


私の背後に、どろりとした漆黒のオーラが立ち昇る。


エルフィア王国との交渉の末、苦労して開拓したお米の輸入ルート。


ふっくらツヤツヤの銀シャリを毎日食べるための、私の至福の時間を脅かそうとしているのだ。


「私の……銀シャリのルートを脅かすなんて……絶対に許さないッ!! 食べ物の恨みは海より深いのよ!!」


「あ、アイラ! 落ち着いて! 殺気が漏れてる! 敵に気づかれるよ!」


ジュリアン様が慌てて私を宥める。


「お姉様、ここはスニークミッションですわ!」


「……ええ、分かってるわ」


私はスーッと深呼吸をして、冷徹な探偵の顔に戻った。


「実行日時は三日後。狙われるのは『魔導冷蔵コンテナ』を積んだ第三輸送隊ね。……向こうが襲撃してくるっていうなら、こっちから盛大に『おもてなし』してやるわ」


アーサー子爵は、敵の恐るべき計画と、それに(食への執念で)マジギレする私の姿を見て、戦慄しつつも確信していた。


「全員、必要な証拠はアイテムボックスに回収して! 気づかれる前に、音もなく撤収するわよ!」


「「「了解!」」」


かくして、敵の全容と次なる計画の手がかりを完璧に引っこ抜いた私たちは、まるで幻影のように、旧採掘場から静かに姿を消すのだった。


旧採掘場での鮮やかなスニークミッションから無事に帰還した私たちは、深夜の王宮サロンに再び集まっていた。


テーブルの上には、アーサー子爵が見つけ出した分厚い羊皮紙の束や、暗号化された指示書が広げられている。


「……それにしても、解せませんね」


持ち帰った資料を猛烈なスピードで読み解いていたノアが、ずり落ちた分厚い眼鏡を中指で押し上げた。


「敵の計画書によれば、彼らが三日後に襲撃しようとしているのは、エルフィア王国から『水精麦(お米)』を運ぶ南方の物流ルートのみです。……僕の計算によれば、ここだけを潰したところで、王都全体の食糧供給に致命的な影響はありません。他の小麦や芋のルートは健在なのですから」


「確かにその通りだ。パニックを引き起こすのが目的なら、もっと王都近郊の主要な農倉地帯を同時に狙うはずだ」


ジュリアン様も顎に手を当て、険しい顔で頷いた。


「ええっ!? じゃあ、どうしてわざわざ私のお米ルートだけを執拗に狙うのよ!」


私はバンッとテーブルを叩いた。銀シャリへの愛が深すぎるあまり、私に対する個人的な嫌がらせかとすら思えてくる。


「アイラ様、落ち着いてください。……もしかすると、敵の狙いは『食糧』ではないのかもしれません」


アーサー子爵が、冷静な顔つきで一つの資料を指差した。


「この輸送部隊の編成表を見てください。今回の第三輸送隊には、鮮度を保つために最近導入されたばかりの最新鋭の設備が積まれています。……つまり、ミーア殿が開発された『魔導冷蔵コンテナ』です」


「ミーアの魔導具……?」


私が目を丸くすると、ノアがハッとして手元の資料を漁り始めた。


「……なるほど、そういうことですか! アイラ嬢、あの『魔導冷蔵コンテナ』の冷却と風の循環システムには、先日、魔女エレノワール様からミーア殿が譲り受けた『異次元の魔導具の基礎理論』が組み込まれていましたよね!?」


「あ……!」


私は思わず声を上げた。 そうだ。ミーアは、五千年前から生きる私たちの先祖・エレノワールお姉様から、異次元で五千年間アップデートされ続けたという『最新の基礎理論』の書物を授かっていたのだ。


その技術は、氷と風の相反する魔石を完璧に制御し、現代の人間には解析不可能なブラックボックスの塊となっている。


「敵の本当の狙いは、水精麦(お米)によるパニックなどというちっぽけなものではありません」


ノアの瞳に、知的な光がギラリと宿った。


「彼らは、『影の国家』の強大な資金力と悪魔の知識をもってしても創り出せない……異次元の魔女のオーバーテクノロジー(魔導冷蔵コンテナ)を、丸ごと強奪して解析しようとしているんです!」


「なっ……なんという恐ろしい……! もしあの技術が軍事転用でもされれば、王国にとって計り知れない脅威となります!」


アーサー子爵が顔面を蒼白にさせた。


「……食料を奪うついでに、私の可愛い専属技師ミーアの技術をパクろうだなんて……」


私の背後に、どろりとした漆黒の魔力がオーラとなって立ち昇り始めた。


「お米の恨みだけじゃなく、仲間へのリスペクトの欠如。……悪党としても三流以下ね、絶対に許さない」


「アイラ、落ち着け。窓ガラスにヒビが入っているよ」 ジュリアン様が苦笑しながら私の肩を抱き寄せ、そして、冷徹な王太子の顔へと切り替わった。


「だが、これで敵の狙いと手口は完全に把握できた。向こうが魔導具目当てで襲撃してくるというのなら……それを利用して、一網打尽のデストラップを張ってやろう」


「殿下、何か良いお考えが?」 アーサー子爵が身を乗り出す。


「ああ。敵が奪いたいのは『魔導冷蔵コンテナ』そのものだ。ならば、中身が水精麦(お米)であろうと何だろうと、彼らは必ずコンテナごと奪い去ろうとするはずだ」


ジュリアン様が、悪魔のように艶やかな微笑みを浮かべた。


「アイラ。コンテナの中に、極上の『おもてなし』を詰め込んでやってはどうだい? 例えば……物理で全てを粉砕する筋肉クロードや、神聖なセリアといった、とびきりのサプライズをね」


「……最高じゃない、その作戦!」


私はニシシと悪党のような笑みを浮かべ、アイテムボックスから黒魔法使いの杖を引き抜いた。


「ミーアの技術をパクろうとしたお礼に、コンテナを開けた瞬間、天界と魔女のフルコース(物理と魔法の暴暴力)を味あわせてやるわ! 探偵令嬢団、三日後の迎撃作戦の準備よ!」


「は、はいっ! 私も全力でサポートします!」


アーサー子爵が、冷や汗を流しながらも力強く頷く。


お米のルートと、仲間の技術。


私が愛するすべてを守るため、敵を完膚なきまでに叩き潰す「コンテナ防衛&逆襲ミッション」が、今ここに決定したのだった。


「コンテナの中に、極上の『おもてなし』を詰め込む……ですか?」


王宮のサロンで、アーサー子爵が不思議そうに首を傾げた。


「ええ。敵が奪いたいのは、ミーアの技術が詰まった『魔導冷蔵コンテナ』そのもの。中身がお米だろうと何だろうと、必ずコンテナごと奪い去ろうとするはずよ」


私はニシシと悪党のような笑みを浮かべ、テーブルをドンと叩いた。


「だから、お米の代わりに、コンテナの中には物理で全てを粉砕する『脳筋』を詰め込んでやるのよ! コンテナを開けた瞬間、中から凶悪な戦士が飛び出してくる……完璧なトロイの木馬作戦でしょ?」


「おう! つまり俺の出番だな、師匠!」


背中の大剣『ヴァルム』を叩きながら、近衛騎士のクロードが嬉々として前に出た。


「狭い箱の中で息を潜めて、敵が開けた瞬間に大上段からぶった斬る! 任せとけ!」


「ええ、クロードは確定ね。……でも、相手は『影の国家』。カジノ船や旧採掘場にいたキメラ……つまり『悪魔の出来損ない』を操る連中よ」


私は腕を組み、真剣な顔で仲間たちを見渡した。


「物理攻撃だけじゃなくて、悪魔の瘴気を吹き飛ばせる強力な『浄化の力』を持つ脳筋が、もう一人欲しいわね」


「浄化の力と、圧倒的な物理的破壊力を兼ね備えた脳筋……。となれば、一人しかいませんね」


ジュリアン様が、エメラルドの瞳を細めてクスリと笑う。


「僕の計算でも、適任者は彼女しかいません」 ノアがずり落ちた眼鏡を中指で押し上げた。「ですが、彼女は現在、神聖ルシエラ教国にて『聖女』としての公務に就いていますよ」


「なら、話は早いわ! 協力を頼みに教国へ行くわよ!」


私は立ち上がり、空間収納アイテムボックスから手土産用の特製スイーツの箱を取り出した。


「ついでに、あの食いしん坊な教皇様セレスにも、『影の国家』が五千年前の悪魔の技術を使っていることを共有しておかないとね」


「きょ、教国へ行く、ですか? いまから!?」


アーサー子爵が目を丸くする。


「しかし、神聖ルシエラ教国までは、馬車で数週間はかかる道のりですが……」


「アーサー、この規格外チーム(我々)の移動手段を舐めないことだ」


ジュリアン様が優雅に立ち上がると、ノアが足元に素早く魔法陣を展開した。


「リュカ先生から伝授された古代の空間転移術式と、僕の計算処理能力のハイブリッド。……座標固定、神聖ルシエラ教国・教皇の私室。いきますよ」


「えっ? し、私室に直接!? お待ちを、いくら何でも教皇聖下の私室にアポなしで――」


アーサー子爵の悲鳴は、眩い転移の光にかき消された。


一瞬の浮遊感の後、私たちが降り立ったのは、神聖な空気に満ちた豪奢な部屋のど真ん中だった。


「――んん? 誰じゃ、私の優雅なティータイムを邪魔する者は!」


フリルのついた純白の法衣を着た、金髪碧眼の可憐な十六歳の少女――神聖ルシエラ教国の最高権力者である『教皇セレス』が、口の周りにクリームをつけながら振り返った。


「やっほー、セレス。遊びに来たわよ」


「おおおっ! アイラにジュリアンではないか! ということは、美味い手土産は持ってきたのであろうな!」


一国の王族と教皇の、威厳の欠片もないフランクすぎる挨拶に、アーサー子爵は完全に白目を剥いて壁に寄りかかっていた。


「もちろん。新作の『三種のベリーと濃厚チーズの魔導タルト』よ。……でもその前に、少し真面目な報告があるの」


私はタルトの箱をテーブルに置き、セレスと向かい合った。


そして、私たちが追っている『影の国家』の存在と、彼らが五千年前の設計図を用いて『キメラ』を製造していること、そしてミーアの技術を狙ってきていることを簡潔に伝えた。


タルトを頬張っていたセレスの瞳から、スッと無邪気な色が消え、教皇としての神聖で底知れぬ威圧感が宿る。


「……なるほど。悪魔の知識を利用し、世界を裏から操ろうとする愚か者どもか。我が教国としても、決して看過できん事態じゃな」


セレスが指を鳴らすと、部屋の奥の扉が開き、一人の凛とした少女が現れた。


「お呼びでしょうか、セレス聖下!」


純白の修道服を見事に着こなしながらも、その下から圧倒的なオーラ(と物理的な躍動感)を放つ教国の聖女――セリアだった。


「セリア、ちょうど良かったわ! 実はね、三日後に迫った輸送隊の防衛ミッションで、あんたの力を貸してほしいの」


「アイラ様! もちろんですわ! して、どのような悪党に神の裁きを下せばよろしいのでしょうか?」


セリアが目を輝かせて両拳を打ち合わせると、ゴキボキッと物騒な音が鳴った。


「ミーアの作った魔導冷蔵コンテナの中に、クロードと一緒に丸一日隠れてもらって……敵がコンテナを開けた瞬間に、内側から『物理と神聖魔法』でブッ飛ばすお仕事よ」


「まぁ……! 狭く密閉されたコンテナの中での長時間待機! 体幹とインナーマッスルが極限まで鍛えられそうですわ! 素晴らしい修行ミッションです!」


セリアが、ズレた方向に感動して深く頷く。


「……僕の計算によれば、コンテナを開けた敵は、クロード君の大剣とセリア嬢の神聖フルスイングの同時攻撃を受け、コンマ一秒で肉片も残らず浄化されますね。完全にオーバーキルです」


ノアが胃を押さえながら呟くと、ジュリアン様も腹黒い笑みを深めた。


「構わないさ。彼らが愛しいアイラの『お米ルート』と『仲間の技術』を狙った時点で、その程度の報いは受けてもらわなければならないからね」


「うむ! セリアよ、我が教国の聖女として、悪魔の知識に溺れた愚か者どもに、存分に鉄槌(物理)を下してくるがよい!」


セレスがタルトを掲げて高らかに承認する。


「はいっ! 筋肉と信仰の力で、必ずやコンテナを守り抜いてみせますわ!」


セリアが気合十分に素振りを始める横で、アーサー子爵は震える声で呟いていた。


「……教皇聖下が、他国での軍事行動コンテナでのカチコミを、タルト一つで即決された……。もう、何も驚くまい……」


かくして、教国の強力なバックアップと「脳筋聖女」の合流を果たした――と、全員が安堵したその瞬間だった。


「――いや、待てよ」


二つ目のタルトに手を伸ばそうとしていたセレスが、ふと真剣な顔つきになり、フォークをピタリと止めた。


「悪魔の知識を利用し、世界に混乱を招こうとする愚か者ども……。そのような不届き者を、教会がただ黙って指をくわえて見ているなど、教皇の名が廃るというものじゃ!」


「えっ? セレス、それって……」


私が嫌な予感を覚えて尋ねると、セレスはビシッと私を指差した。


「私も行くぞ、アイラ! その『トロイの木馬作戦』とやらに、この私も参加しよう!」


「はいぃぃっ!?」


完全に限界を超えたアーサー子爵が、本日何度目か分からない素っ頓狂な悲鳴を上げた。


「きょ、教皇聖下が自ら!? いえ、お待ちください! 今回の作戦は、狭いコンテナの中に丸一日身を潜めるという過酷なスニークミッションです! しかも、コンテナが開いた瞬間に敵と直接交戦する危険な最前線……そこに一国の、しかも教国のトップが赴くなど……!」


「構わん! むしろ、狭いコンテナの中こそ私の神聖なオーラが凝縮される絶好の環境じゃ!」


セレスはアーサー子爵の必死の制止を華麗にスルーし、ふんすっと胸を張った。


「コンテナが開いたその瞬間……捕まえた犯人どもに、この私が直々に『神聖ルシエラ教国の有難い聖書』を、耳元でたっぷりと朗読してやろう! 悪魔の知識に溺れた穢れた魂を、神の御言葉で浄化(物理的音圧)してやるのじゃ!」


「おおおっ! 素晴らしいお考えです、セレス聖下!」


セリアが感動の面持ちで両手を組み、ゴキボキと指の関節を鳴らす。


「私が物理で敵の肉体を粉砕し、逃げ場のない空間でセレス聖下が有難い聖書を爆音で朗読する……! これぞまさに、心身ともに救済をもたらす完璧な布陣ですわ!」


「「…………」」


私とジュリアン様は、顔を見合わせて絶句した。


「……ノア。今の布陣、計算するとどうなる?」


私が小声で尋ねると、ノアはずり落ちた眼鏡を中指で押し上げ、胃の辺りを押さえながら答えた。


「……僕の計算によれば、閉鎖空間での『脳筋聖女による暴暴力』と『教皇による聖書の強制朗読』のハイブリッドは、敵の精神をコンマ五秒で完全に崩壊させますね。完全にオーバーキルです。……悪魔の知識を使う者たちとはいえ、少しだけ同情したくなります」


「同感だ。……だが、我が国と愛しいアイラのお米ルートを狙った代償としては、これ以上ない極上の『おもてなし』になるだろうな」


ジュリアン様が、エメラルドの瞳を細めて悪魔のように艶やかに微笑む。


「は、ははは……」


アーサー子爵はもはや止めることを諦め、白目を剥いて壁に寄りかかっていた。


「教皇聖下と聖女様が、他国のコンテナに潜んでカチコミと聖書朗読……。もう、何が起きても驚きません。私の常識は、今日この日をもって完全に新しいものへとアップデートされました……」


「その意気よ、アーサー! これが私たちの『規格外の日常』なんだから!」


私はニシシと悪党のように笑い、空間収納からさらに追加のスイーツを取り出した。


「さあ、作戦は決まりね! ミーアの魔導冷蔵コンテナの中に、天界と教国の最高戦力を詰め込んで……三日後、影の国家のネズミどもに最高の『ざまぁ』をプレゼントしてやるわよ!」


かくして、教皇自らが参戦を表明したことにより、ただでさえカオスだった『トロイの木馬(脳筋)作戦』は、さらなる狂気と神聖な圧力を増し、いよいよ決行の時を待つばかりとなったのだった。


三日後。王都へと続く南方の街道。


ミーアの最新技術が詰まった『魔導冷蔵コンテナ』を積んだ輸送隊は、鬱蒼とした森を抜ける一本道で、予定通り「影の国家」の襲撃を受けた。


「止まれ! そのコンテナを置いていけ!」


黒装束に身を包んだ数十人の構成員たちが、武器を構えて馬車を取り囲む。


彼らはあっさりと御者たち(に扮していた騎士たち)を退かせると、獲物であるコンテナの重厚な扉に手をかけた。


少し離れた丘の上。 私とジュリアン様、ノア、そしてアーサー子爵は、【遠視の鏡】を使ってその様子を高みの見物と洒落込んでいた。


「さあ、コンテナが開きますよ……。果たして、敵はどんな反応を……」


アーサー子爵が、ゴクリと生唾を飲み込む。


「目標の魔導冷蔵コンテナだ。開けろ!」


構成員の一人がロックを解除し、勢いよく扉を開け放った――その瞬間。


「オラァァァッ!! 邪魔だァァァッ!」


「主の裁きをお受けなさいませぇぇッ!!」


ドゴォォォォォォォンッ!!!


コンテナの内側から、クロードの大剣による爆炎と、セリアの神聖魔法を限界まで乗せた右ストレートが、文字通り「爆発」した。


扉の前にいた構成員たちは、悲鳴を上げる間もなく数十メートル後方まで吹き飛ばされ、木々に激突して白目を剥いた。


「な、なんだ!? 中に何が……ヒィィッ!?」


「悪党ども、覚悟ぉ!」


狭いコンテナで丸一日息を潜めていた筋肉たちが、解放された喜びと共に大暴れする。


結果、戦闘はわずか数十秒で終了。影の国家の構成員たちは、一人残らずボコボコにされ、地面に転がされていた。


「……さすがクロード君とセリア嬢です。僕の計算よりも十秒早い制圧完了ですね」


ノアが眼鏡を押し上げて冷静に分析する。


「さあ、ここからが本番よ。極上の『おもてなし』のメインディッシュね」


私がニシシと笑うと、遠視の鏡の映像の中で、コンテナの奥から純白の法衣を靡かせて、あの方が優雅に姿を現した。


「ふはははっ! よくやった、我が教国の聖女よ! そして勇敢なる騎士よ!」


教皇セレスだ。彼女は気絶している構成員たちの前に立つと、コホンと一つ咳払いをした。


「さて、悪魔の知識に溺れし迷える愚か者どもよ。目覚めよ! この教皇自ら、ありがたーい神の御言葉を授けてやろう!」


セレスがパチンと指を鳴らして回復魔法をかけると、構成員たちがハッと目を覚ました。


そして彼女は、分厚い『神聖ルシエラ教国の聖書』を開き、朗読を始めた。


「――光は闇を払い、神の慈悲はあまねく世界を包み込む……!」


その朗読の声は、美しくも圧倒的な音圧(と神聖な魔力)を伴って周囲に響き渡る。


しかし、異変はすぐに起きた。


「ぎゃあああああああっ!?」


「耳が、体が、焼けるぅぅぅっ!?」


聖書の言葉が紡がれるたび、構成員たちの体からドス黒い瘴気が噴出し始めたのだ。


彼らは耳を塞ぎ、地面をのたうち回って苦しみだした。


「えっ? セレスの朗読って、そんなに物理的な破壊力があるの!?」


私が驚いていると、映像の中の構成員たちの体にヒビが入り始めた。


「……己の罪を悔い改め、魂を浄化せよ……!」


「や、やめろぉぉぉ……っ!」


セレスが朗読を続ける中、構成員たちの体は、足元からサラサラと『真っ白な灰』に変わり始めたのだ。


そして数秒後。数十人いた構成員たちは、文字通り真っ白な灰となって風に吹き飛ばされ、跡形もなく崩れ去ってしまった。


「「「…………え?」」」


丘の上で見ていた私たちも、コンテナの前にいるクロードとセリアでさえも、完全に絶句した。


「は、灰に……!? 聖書を朗読しただけで、人間が灰になって消滅した!?」


アーサー子爵が、もはや自分の常識の崩壊を隠そうともせずに絶叫した。


「ノア! 今のは何!? 音波による精神攻撃ってレベルじゃないわよ!?」


私が尋ねると、ノアは額に大量の冷や汗を浮かべながら、猛烈な勢いで計算を弾き出していた。


「……ち、違います。あれは物理的、あるいは魔術的な『完全浄化』です。彼らは悪魔の知識や技術を取り込みすぎた結果、肉体そのものが悪魔の性質に変質していたのでしょう。それが、教国の最高純度の神聖魔力(教皇による聖書朗読)と強烈に反発し、肉体ごと強制的に消滅させられたんです」


「なるほど……。つまり、悪魔の知識で動く連中にとって、神聖ルシエラ教国の教えそのものが『最大の弱点』だったというわけだ」


ジュリアン様が、エメラルドの瞳を細めて鋭く指摘する。


遠視の鏡の中では、セレスが、…あれ? まだ三ページしか読んでおらんのじゃが……。と、灰になった構成員たちを見てぽかんとしている。


「影の国家の連中、とんでもない弱点を持っていたわね。……教皇様を味方につけた私たちの、完全勝利じゃない!」


私が高らかに笑うと、アーサー子爵はフラフラと膝をついた。


「教皇聖下の朗読会で、敵が灰になる……。神聖ルシエラ教国、恐るべし……!」


こうして、ただの嫌がらせ(精神攻撃)のつもりだった「有難い聖書朗読会」は、敵の最大の弱点を暴き出すという、これ以上ない最高の結果をもたらしたのだった。


コンテナ襲撃での「有難い聖書朗読会(物理的消滅)」から数日後。


私たちは空間転移を利用し、再び神聖ルシエラ教国にある『教皇セレスの私室』へと集まっていた。


「――というわけで、ノアの計算と分析により、影の国家の構成員およびキメラたちは、我が教国の放つ高純度の神聖魔力、ならびに『聖書の言霊』そのものに対して致命的な拒絶反応を起こすことが実証されたわけじゃ!」


口の周りにクリームをつけた教皇セレスが、アイラが持ち込んだ『特製フルーツタルト』を掲げながら高らかに宣言した。


「ええ。悪魔の知識をベースに作られた彼らの肉体は、教国の教義と決定的に反発します。……問題は、この弱点をどうやって王国の防衛に活かすかです」


アーサー子爵が、真面目な顔つきで腕を組んだ。


「敵がいつ、どこに現れるか分からない以上、すべての街道や街に教国の神官を配置するのは現実的ではありません。かといって、聖女様や教皇聖下にずっと王国を巡回していただくわけにも……」


「あら、そんなの簡単じゃない」


私はタルトを一口で頬張り、ニシシと悪巧みをするような笑みを浮かべた。


「全部の街に神官を配置できないなら、神官の『声(神聖魔力)』だけを国中に届ければいいのよ」


「……声だけを届ける?」


ジュリアン様が、面白そうに緑の瞳を細めた。


「そう! 前世……ゴホンッ、私の思いついた画期的なシステム、『国営放送』よ!」


私はテーブルの上に、ミーアが通信用に開発した魔導具の設計図を広げた。


「ミーアに頼んで、音と魔力を増幅・拡散させる巨大な『魔導スピーカー』を王都や主要都市の広場に設置するの。そして、この教国に発信用のマイク(集音魔導具)を置いて、空間を繋いでリアルタイムで音声を流し続けるのよ!」


「なるほど……!」 ノアがハッとして眼鏡を押し上げた。


「集音魔導具を通して放たれた神聖魔力付きの朗読を、王国中に設置したスピーカーから大音量で垂れ流す……。見えない結界のような働きをし、影の国家の連中はその街に足を踏み入れることすらできなくなるというわけですか!」


「その通り! 名付けて『24時間・有難い聖書朗読アワー』よ!」


私がドヤ顔で言い放つと、アーサー子爵が顔を真っ青にして立ち上がった。


「お、お待ちくださいアイラ様! 防衛網としては完璧かもしれませんが、一国の王都や街角で、他国の宗教の聖書を24時間大音量で垂れ流すなど……政治的にも、騒音問題的にも大クレームが起きます!」


「構わん。影の国家のネズミどもを防げるなら、安いものだ」


ジュリアン様が、紅茶を優雅に啜りながら秒で承認スルーした。


「王太子殿下ぁっ!?」


「でも、セレスが毎日24時間朗読するのは流石に喉が枯れちゃうでしょ?」


私はアーサー子爵の悲鳴を無視して、セレスに向き直った。


「だから、普段の放送は教国の暇してる神官たちにローテーションでシフトを組んで読んでもらうの。……でも、やっぱり一番魔力が強いセレスの声が最大の防衛兵器になるから、週に一回、一番人が集まる休日の昼間に『教皇セレスのスペシャル朗読アワー』の特別番組を放送するってのはどう?」


「おおおっ! それは面白そうじゃ!」


セレスが身を乗り出して目を輝かせた。


「週に一回、私を有難く拝聴する時間を作るのじゃな! うむ、アイラが毎週とびきりのスイーツを差し入れしてくれるなら、喜んで美声を響かせてやろう!」


「言質とったわ! じゃあ、これで王国の防衛網は完璧ね!」


私がパンッと手を叩いて喜んでいると――部屋の隅で控えていた教国の重鎮たち、枢機卿や司教たちが、ワナワナと肩を震わせ始めた。


(あ、しまった。いくら教皇が乗り気でも、お堅い教会の上層部からすれば、神聖な聖書を魔導具の機械通しで流すなんて不敬だって怒られるかも……)


私が少しだけ身構えた、その瞬間だった。


「す、素晴らしい……っ!!」


「なんという画期的なシステム!!」


枢機卿たちが、ボロボロと感動の涙を流しながら、私の前に進み出て深く平伏したのだ。


「えっ?」


「我ら教国の神官が、わざわざ他国へ足を運び、泥に塗れて布教して回らなくとも……ただこの部屋で聖書を読んでいるだけで、魔導具を通して世界中の人々に神の教えが勝手に広まっていくというのですか!?」


「究極の布教の自動化システム! しかも王国の国営事業として堂々と流していただけるなど……これほど有難いお話はありません!! 大賛成です、教国の全神官のシフト管理は我々にお任せを!!」


教国の幹部たちは、神聖な教義がどうのというプライドよりも、「自動で世界中に布教できる超絶効率化」という圧倒的メリットに魂を売……もとい、深く感動していたのだった。


「……宗教国家のトップたちが、布教の効率化に涙を流して喜んでいる……。私の常識が、また一つ音を立てて崩れていく……」


アーサー子爵が、もはやツッコミを諦めて壁に寄りかかり、魂の抜けたような顔で呟いた。


「……アーサー子爵。僕の計算によれば、この『国営放送』を数ヶ月も続ければ、王国民の半数が無自覚にルシエラ教の熱心な信徒と化し、実質的な教国による思想侵略が完了しますね」


ノアが胃を押さえながら冷静な分析を口にする。


「だから構わんと言っているだろう。この最高にクレイジーな防衛網(放送局)の創設を急がせろ」


ジュリアン様は、相変わらず腹黒い笑みを浮かべたまま一切のブレを見せなかった。


かくして。


転生者の思いつきと、スイーツに釣られた教皇、そして布教の自動化に歓喜する教会幹部たちによって。


王国全土に教皇の美声(と致死量の神聖魔力)を垂れ流すという、前代未聞のカオスな『対悪魔・国営防衛放送』の創設が、今ここに爆誕したのだった。


王都や主要都市に魔導スピーカーを設置し、教皇セレスや神官たちの神聖魔力付きの朗読を垂れ流すというこの前代未聞の作戦について、私は正直なところ、目に見えない成果しか出せないだろうと思っていた。


あくまで悪魔の知識を持つ「影の国家」の連中が街に近づけなくなる程度の、地味な防衛・牽制の役割に終わるはずだったのだ。


だが、事態は私の想像を遥かに超えた方向へと転がることになる。


「ん〜っ! 今日の差し入れの『特製フルーツタルト』も絶品じゃな! 果実の甘みとカスタードのバランスが完璧じゃ!」


神聖ルシエラ教国にある、教皇セレスの私室。


私は、週に一回の『スペシャル朗読アワー』を終えたセレスを労うため、約束通りとびきりのスイーツを持参してお茶会を開いていた。


「お気に召して何よりよ。でも、朗読作戦を始めてからこっち、敵が全く動く気配を見せないわね。見えない結界としては優秀だけど、これじゃあいつまで経っても根本的な解決にはならないんじゃないかって思ってたのよ」


私が紅茶を啜りながらボヤいていると、不意に私室の空間が揺らいだ。


「――ふぁぁ。美味そうな匂いがするな。我の分の供物もちゃんと用意してあるのだろうな、魔女よ」


専属侍女エマの姿のまま、神々しい金色の瞳と白い羽の幻影を背負って現れたのは、天使シュシュエルだった。


相変わらず、美味しいご飯の匂いを嗅ぎつけると次元を超えてでもやってくるらしい。


「はいはい、ちゃんとシュシュエルの分のタルトもあるわよ。それで? 今日はただお茶を飲みに来ただけじゃないんでしょ?」


私がタルトの皿を差し出すと、シュシュエルは優雅にフォークを手に取りながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ああ。お前たちのあの狂った放送作戦だが……どうやら別の方向で、意外な結末を迎えそうだぞ」


「意外な結末?」


私とセレスが顔を見合わせると、シュシュエルはタルトを一口味わい、満足げに頷いてから口を開いた。


「実はな、天界の監視網から報告があったのだが……地下深くで休暇を楽しんでいた悪魔たちが、人間のせいでせっかくの休暇が台無しになったと激怒しているらしい」


「……は?」


私はポカンと口を開けた。


「あいつら、地下遺跡での決戦の後に『二百年後にまた会おう』とか言って、勝手に長期休暇(休眠)に入ってたわよね? それがどうして人間のせいで台無しになるのよ」


「お前たちが国中に響かせている、あの『神聖魔力付きの聖書朗読』のせいだ。あれが地下深くにいる悪魔たちにまで地味に響き渡ってな。……静かに眠りたい悪魔たちにとっては、絶え間なく続く教国の教義の音波が、最悪の騒音被害と不快感を与え続けていたらしい」


「騒音被害って……悪魔がご近所トラブルみたいなこと言ってキレてるの!?」


「うむ! 私の美声と神聖魔力が、地下の底まで届いておったとは! さすがは私じゃな!」


ドン引きする私をよそに、セレスがふんすっと胸を張っている。


「で、騒音でブチギレた悪魔たちはどうしたの? まさか、寝不足の怒りで地上に攻めてきたとか……」


私が身構えると、シュシュエルは呆れたように肩をすくめた。


「いや。悪魔の怒りの矛先は、強固な結界を張っている王国や我々天使ではなく……あろうことか、『悪魔の知識を利用してコソコソと騒ぎを起こしている人間ども』に向けられたのだ」


「……それってつまり」


「そうだ。今、『影の国家』の構成員たちは、我々天使の手を下すまでもなく……安眠を妨害されてキレた悪魔たち自身の手によって、次々と処理(物理的に消滅)され始めている」


「「…………え?」」


私とセレスの声が見事にハモった。


まさか、私たちが仕掛けた防衛策が、悪魔の安眠を妨害し、結果的に悪魔と悪魔崇拝者たちの間で盛大な内ゲバを引き起こすことになるとは、ノアの天才的な頭脳をもってしても計算できなかっただろう。


「影の国家の幹部たちは、崇拝していたはずの悪魔に突如として命を狙われ、今頃恐怖で泣き叫びながら命からがら逃げ惑っているだろうな。組織のネットワークは完全に瓦解した。……当面、数十か数百年単位で、奴らが表舞台で行動することはできなくなるだろう」


シュシュエルが、残りのタルトをペロリと平らげながら淡々と告げた。


「……つまり。あの厄介な巨大犯罪組織は、悪魔の寝不足による八つ当たりで壊滅したってこと?」


「結果的にそうなるな。お前たちの作戦の、完全な勝利だ」


スケールが大きすぎるのか小さすぎるのか分からない結末に、私はしばらく言葉を失っていたが……やがて、耐えきれずに吹き出した。


「あははははっ! なにそれ、最高じゃない! 悪魔の知識で威張ってた連中が、本物の悪魔に処理されるなんて、これ以上ない極上の『ざまぁ』ね!」


「ふはははは! 悪党どもは神の教え(騒音)と悪魔の怒りの前に滅び去ったというわけじゃ! 素晴らしい結末じゃな!」


私とセレスが腹を抱えて大笑いし、シュシュエルも「次のおかわりを頼む」と空の皿を差し出している。


目に見えない防衛作戦がもたらした、斜め上すぎる結末。


こうして、私たちの平穏な日常と美味しいご飯を脅かしていた「影の国家」の脅威は、悪魔たちの理不尽な怒りによって、数十百年先まで完全に沈黙することになったのだった。


神聖ルシエラ教国での爆笑のお茶会から数時間後。


ヴァリエール王国の王宮にある特別サロンに帰還した私は、早速ジュリアン殿下や仲間たちを集め、シュシュエルから聞いた『影の国家』の衝撃的な末路について報告を行った。


「……というわけで。国営放送の騒音にキレた悪魔たちの八つ当たりによって、あの厄介な『影の国家』は壊滅したわ。めでたしめでたしよ!」


私がテーブルに用意されたクッキーを齧りながらあっけらかんと締めくくると、サロンには重苦しい……いや、完全に脱力したような沈黙が降りた。


「……あの巨大な裏組織が、悪魔のご近所トラブルによる八つ当たりで壊滅、だと?」


ジュリアン殿下が、優雅に持っていたティーカップをピタリと空中で止め、ひどく呆れたような顔で呟いた。


「ええ、そうですわ。お姉様たちが発案した『有難い聖書朗読アワー』が、思いのほか地下の悪魔たちに効果的だったようです」


隣でリリアがニコニコと微笑む。


「……僕の計算でも、全く予想外の結末ですが。しかし、今の報告を聞いて、ある一つの論理的な結論に行き着きました」


円卓の端で、ノアがずり落ちた分厚い眼鏡を中指でクイッと押し上げた。その瞳には、彼特有の鋭い知性の光が宿っている。


「論理的な結論? どういうこと、ノア」


私が首を傾げると、ノアは立ち上がり、サロンの中心で解説を始めた。


「悪魔たちはなぜ、騒音の元凶である教国や、放送を主導した我々を直接狙わなかったのか、ということです。寝不足で激怒しているなら、普通は原因を直接排除しようとするはずですからね」


ノアの言葉に、クロードやミアも「確かに」「なんでだろうな?」と顔を見合わせる。


「まず、神聖ルシエラ教国へ直接攻撃を仕掛けるという選択肢です。しかし、これをやれば『信徒と教皇を守護する』という大義名分のもと、天界から天使の軍勢が大挙して介入してくることは明白です。悪魔たちにとっても、それは避けたい全面戦争を意味します」


ノアは指を一本立て、次に私とリリアの方へ視線を向けた。


「では、アイラ嬢たちを直接狙うか? ……これも、計算するまでもありませんね。今のあなたの陣営に直接攻撃を仕掛ければ、神話級の力を持つ『魔女』が二人。さらに、天使のハーフであるネフィリム(セナちゃん)が一人。おまけに、本物の天使(シュシュエル様)までが常駐して手ぐすねを引いています。……いくら高位悪魔といえども、寝起きの最悪なコンディションでこれほどの過剰戦力デストラップに突っ込むのは、自殺行為以外の何物でもありません」


「……なるほど」


ジュリアン殿下が、納得したように悪魔的な笑みを浮かべた。


「教国を攻めれば天界が動き、アイラたちを狙えば神話級のバケモノたちに物理で粉砕される。……悪魔の立場からすれば、どちらも絶対に踏みたくない『特大の地雷』というわけだな」


「その通りです」


ノアが深く頷き、結論を導き出した。


「となれば、寝不足でイライラした悪魔たちが、どこかに怒りの矛先を向けようとした場合……自分たちの知識をコソコソと利用し、なおかつ自分たちの力なら『簡単に始末できる存在』が、最も手頃な八つ当たりのターゲットになる。……それが、『影の国家』の構成員たちだったというわけです」


「……」


見事すぎるノアの分析に、私たちはしばらく言葉を失った。


「なるほどね。自分より強い奴には手を出さず、手近な弱い奴に八つ当たりして憂さ晴らししたってわけだ。悪魔のくせに、随分と人間臭いというか……セコい連中ね」


私が呆れ果ててクッキーを飲み込むと、不意に私の背後で、紅茶のポットを持っていたエマの瞳が神々しい金色に光った。


「……あり得るな」


メイドの体を間借りしている天使シュシュエルが、静かに、そしてひどく納得したように呟いた。


「連中も、五千年前の戦争で我々天使や魔女に散々痛い目を見ているからな。寝起きの不快な状態で、わざわざ勝ち目の薄い相手に挑むような真似は避けたのだろう」


シュシュエルのその一言が、ノアの仮説を完全に裏付ける決定打となった。


「ふっ……。最強の盾に囲まれていると、敵の方から勝手に自滅してくれるとはな。アイラ、君という存在は本当に底知れないよ」


ジュリアン殿下が楽しそうに肩を揺らし、私を愛おしそうに見つめてくる。


「まあ、結果オーライじゃない! これで面倒な事件も本当に解決したし、今夜は心置きなく、最高の『影の国家壊滅祝いディナー』が楽しめるわね!」


私が両手を挙げて歓声を上げると、ノアは深くため息をつき、クロードは「肉だ肉!」と喜び、リリアとエドワード殿下は幸せそうに見つめ合った。


悪魔のセコい八つ当たりと、天才の完璧な分析によって締めくくられたこの騒動。 私たちの規格外な日常は、今日も最高に美味しく、そして平和に過ぎていくのだった。


悪魔の八つ当たりによる『影の国家』の自滅という、斜め上すぎる結末で世界の危機が去ってから数日後。


「――というわけで! 影の国家の壊滅と、私たちの完全勝利を祝して! 盛大に乾杯よ!!」


王宮の貸し切りダイニングルームに、私の高らかな声が響き渡った。


「「「乾杯!!」」」


クリスタルグラスが触れ合う涼やかな音が、部屋中に響く。


グラスに注がれているのは、王宮の地下セラーから特別に出してもらった極上のヴィンテージワインや、甘く芳醇な果実酒だ。


テーブルの上には、私とミーアが開発した『調理魔導具』をフル稼働させて作った、暴力的なまでのごちそうが所狭しと並べられていた。


魔導オーブンで絶妙なミディアムレアに焼き上げた極厚のローストビーフ。魔導フライヤーで外はカリッと、旨味を一切逃さずに揚げたエルフィア牛の特製カツ。


そしてもちろん、魔導炊飯器で炊き上げた、真珠のように輝くツヤツヤの『銀シャリ』の山である。


「うおおおおっ! やっぱ師匠の飯は最高だぜ! 悪党どもが勝手に自滅してくれたおかげで、気兼ねなく肉が食える!」


クロードが魔剣を降ろし、両手にフォークとナイフを持って猛烈な勢いでローストビーフを胃袋に収めていく。


「ええ! タンパク質が筋肉の隅々まで染み渡りますわ! クロードさん、こちらの極厚カツも筋肉の修復に最適ですのよ!」


教国から駆けつけてくれた聖女セリアも、純白の修道服姿でありながら、豪快に肉を頬張っている。


「ん〜っ! 我が教国にはない、この暴力的な旨味! たまらんのう!」


少女の姿をした教皇セレスも、口の周りにソースをつけながら大はしゃぎだ。


彼女はわざわざこの戦勝パーティー(という名のご飯)のために、前教皇に仕事を丸投げして再び王都にやってきたらしい。


「ふぁぁ……。相変わらず、ここの飯だけは天界を超えるな。アイラ、我の分の特製スイーツは用意してあるのだろうな?」


エマの体を借りた天使シュシュエルも、神々しい金色の瞳を輝かせながら、ちゃっかりと席について肉を堪能している。


「もちろんよ! 食後には『三種のベリーと濃厚チーズの魔導タルト』と、特大のフルーツパフェを用意してあるから楽しみにしてて!」


私が胸を張って答えると、ミーアが嬉しそうに微笑んだ。


「私が開発した魔導具が、こんなにたくさんのお料理に役立っているなんて……感無量ですぅ!」


その横では、いつものようにリリアとエドワード殿下が、周囲の喧騒をよそにピンク色の甘い空間を展開していた。


「リリア嬢、この海鮮カルパッチョも絶品だよ。あーん」


「まあ、エドワード様……美味しいですわ。殿下も、こちらのお肉をどうぞ」


「ありがとう。君に食べさせてもらうと、どんな料理も世界一の味になるよ」


「……僕の計算によれば、このダイニングルームのカロリー密度と糖度は、すでに致死量を超えていますね。胃薬が手放せません」


ノアが分厚い眼鏡を押し上げながら、ため息交じりにハーブティーを啜っている。


「まあまあ、ノア。今日くらいは例外処理スルーして、思いっきり楽しみなさいな」


私が笑いかけると、隣に座るジュリアン様が、悪魔のように艶やかな微笑みを浮かべて私の腰を抱き寄せた。


「アイラの言う通りだ。これほどの完璧な勝利は、君たちの見事な連携と、彼女の食への執念のおかげだからね」


ジュリアン様はそう言って、美しい琥珀色の果実酒が注がれたグラスを口に運んだ。


「それにしても、このお酒……随分と美味しいが、一向に酔いが回らないな」


「あっ」


私はその言葉にポンッと手を打った。


「ジュリアン様、もしかしてミーアが作った『完全毒物分解・オートクリーンアミュレット(極)』をつけたままお酒を飲んでいませんか?」


「ん? ああ、カジノ船の潜入任務の時からずっと身につけたままだが……」


「それ、アルコールも毒として認識・分解しちゃうから、どれだけお酒を飲んでも絶対に酔えなくなる(シラフのまま)欠点があるんですよ!」


私が指摘すると、ジュリアン様は目を丸くし、そしてフッと笑い声を上げた。


「なるほど、道理で悪酔いしないわけだ。だが、今日はせっかくの祝宴だ。たまには君の作った美味しい料理と共に、美酒に酔いしれるのも悪くない」


彼は首からペンダントを外し、テーブルにコトリと置いた。


「さあ、アイラ。これからも、君のその素晴らしい料理と規格外の力で、私の隣を騒がしく彩ってくれ」


「ええ、もちろん。私の美味しいご飯の邪魔をする者は、悪魔だろうが何だろうが物理と魔法で薙ぎ払ってみせますから!」


私は極厚の牛カツを頬張りながら、最高の仲間たちを見渡した。


ドタバタで騒がしく、神話級のトラブルが日常茶飯事の私たち。


でも、この最高に美味しくて温かい食卓がある限り、私たちの無敵の日常は終わらない。


「さあ! 宴はまだまだこれからよ! スイーツも無限にあるから、胃袋の限界まで食べ尽くしなさい!!」


私の高らかな宣言と共に、王宮の夜は賑やかに、そして幸せに更けていくのだった。



巨大裏組織壊滅!

次からの事件簿と行きたいところですが、続きません。

ちょっと休憩話をはさむ予定です。

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