王太子妃編プロローグ
書籍化のために改稿版の設定で、ミーアを描いています。
今後、全ての話に適用させていくつもりです。
改稿版では探偵編でミーアをスカウトしているので子供の頃からの中で、そのままタメ口になっています。
技術者はタメ口が基本というアイラの心情から、今でもタメ口になっています。
その辺りのシーンは、別の話で今後入れていきます。
激動の学園生活を乗り越え、同じ年である彼らが十八歳になって学園を卒業して程なくしてのことである。
王宮では、王国を救った英雄でもあるアイラとリリアの結婚式の準備が、急ピッチで進められていた。
二人がそれぞれ王家に連なる者へ嫁ぐにあたり、婚約者である男性陣の方にも大きな動きがあった。
王太子として次期国王となるジュリアンを臣下として全力で支えるという意思を明示するため、エドワードは自ら王族から離れて臣籍降下し、新たに公爵位を叙爵されたのだ。
これが、新たな名門たるガーランド公爵家の誕生であった。
これにて、エドワードはガーランド公爵となり、リリアはガーランド公爵夫人として彼を支える準備が完全に整ったのである。
慌ただしい準備期間はあっという間に過ぎ去り、王都が祝福の空気に包まれる結婚式当日を迎えた。
王宮に設けられた豪奢な式場の控室にて、アイラとリリア、そしてジュリアンとエドワードの四人は静かに待機していた。
純白のウェディングドレスに身を包んだ二人の新婦のあまりの美しさに、二人の新郎は目を奪われ、一瞬だけ言葉を失ってしまった。
しかし、彼らは直に持ち直し、愛する人へ心からの賛辞をおくる。
「アイラ、君は本当に美しいな。」
ジュリアンが感嘆の吐息を漏らし、愛おしそうにアイラの手を取った。
「ふふっ、当たり前じゃない。一生に一度の晴れ舞台なんだから、これくらい綺麗じゃないとね。」
アイラは少し頬を染めながらも、昔と変わらない強気な笑みを浮かべてみせた。
「リリア嬢、君の美しさはまるで天界から舞い降りた女神のようだ。」
「エドワード様……ありがとうございます。」
エドワードもまた甘く優しい声で賛辞を送り、リリアは恥ずかしそうに目を伏せた。
和やかな控室での時間を経て、ついに世紀の合同結婚式が始まった。
大聖堂の来賓席には各国の王族や貴族たちが大勢詰めかけており、祭壇の奥には、神聖ルシエラ教国から約束通り駆けつけた教皇セレスの姿があった。
二組の結婚を神の名のもとに祝福するという儀式を、教皇自らが行うというのは歴史上でも異例中の異例である。
これはクラエス王国の依頼に対する報酬という側面もあったが、かつて共に困難を乗り越えて行動していくうちに、セレスはこの大切な友人たちの門出には絶対に自分が直接祝福を与えると心に決めていたのだ。
また、参列席の最前列で見守るクロードやノア、オルフィアやセリアといった学園時代の他の友人らも、自分たちが心からの祝福を贈るために早く結婚してもらわなくてはと待ち望んでいた。
「汝ら、健やかなる時も病める時も、互いを愛し敬うことをここに誓うか。」
セレス教皇の厳かでありながらも温かな声が、大聖堂に響き渡る。
「「「「誓います。」」」」
四人の声が重なり、参列者たちから割れんばかりの拍手が巻き起こった。
粛々と結婚式が行われた後、王宮のホールにて華やかな舞踏会が催され、やがてそれは艶やかな夜会へと姿を変えて盛大な祝宴の幕を閉じた。
全ての行事を終えてそれぞれの寝室へと戻った二組の夫婦は、誰にも邪魔されることのない初夜を迎えた。
幼い頃からの長い道のりを経て、二組の夫婦はついに心と身体が完全に結ばれたのである。
そして、幸福で穏やかな朝の光が、新しい夫婦となった彼らを優しく照らし出して夜が明けた。
国を挙げての盛大な結婚式が終わり、熱気もすっかり冷めた頃のことである。
王太子妃という新たな立場になったアイラは、王妃と共に連日公務を行っていた。
彼女は王妃の公務を完璧にこなすだけでなく、あろうことか王太子であるジュリアンの公務まで積極的に手伝っている。
その働きぶりは誰もが認めるほどに優秀であり、国王も王妃も、アイラがここまで政務に長けているとは聞いていなかったため、大変な驚きを見せていた。
ある日の午後、王宮の執務室で大量の書類に囲まれながら、ジュリアンは向かいの席でペンを走らせる妻に感嘆の視線を送った。
「アイラ、君の処理能力には本当に恐れ入るよ。」
ジュリアンが苦笑いと共に声をかけると、アイラは顔を上げて得意げに笑った。
「ふふっ、これくらい当然じゃない。王太子妃として、あんたをしっかり支えてみせるって約束したんだから。」
アイラが手掛けているのは、単なる書類の整理などではない。
彼女は王国のインフラ事業の整備や、犯罪者を労働力として活用する画期的な制度の構築、さらには最新の農耕技術の導入など、多岐にわたる国政の根幹にまで手を入れているのだ。
「貴族同士の腹の探り合いや政治的な駆け引きなら、私は誰にも負ける気はしない。」
ジュリアンは立ち上がり、アイラの傍らに歩み寄ってその肩を優しく抱いた。
「だが、国政……特に内政の分野に関しては、間違いなく君の方が上だよ。」
次期国王であるジュリアンにそこまで言わしめるほど、アイラの提案する政策はどれも理にかなっており、王国を確実に豊かな方向へと導くものだった。
「ねえ、ずっと不思議に思っていたんだが……君は一体、何処でそんな高度な知識を身につけたんだ?」
ジュリアンが純粋な疑問を口にすると、アイラは少しだけ目を丸くしてから、いたずらっぽく微笑んだ。
「んー、そうね……実は私、他の文明がすごく進んだ世界を夢で見て、その内容を全部憶えているのよ。」
アイラが唐突に語った非現実的な言葉に、ジュリアンは一瞬きょとんとした後、吹き出すように笑った。
「ははっ、なんだそれは。相変わらず君は面白い冗談を言うな。」
ジュリアンはアイラの反応を見て完全に冗談だと思い込んでいるが、実は彼女の語った『夢』の話は全くの事実であった。
彼女の中には、この世界とは異なる高度な文明社会の記憶が確かに存在しているのだが、それを真面目に語るつもりはないらしい。
「冗談じゃないわよ。それに、私の計画はこれだけじゃないんだから。」
アイラはわざとらしく咳払いをすると、瞳をキラキラと輝かせながら新たな野望を口にした。
「次は、王国の食文化を大々的に刷新するわ!」
「食文化の刷新、だと?」
「ええ。アルジェント公爵家や王家の中では、私のプロデュースした美味しい料理がもう当たり前になっているでしょ。でも、今後はそれを他の貴族や、ゆくゆくは平民にまで広く浸透させていくのよ。」
アイラは拳を強く握り締め、王国の美食革命という壮大なビジョンを熱く語り始めた。
もともと買い食いや美味しいものが大好きな彼女にとって、王国全体の食のレベルを上げることは、インフラ整備と同じくらい重要な国家的課題なのだ。
「なるほど……いかにも美味しいものに目がない君らしい提案だな。」
ジュリアンは呆れたようにため息をつきながらも、愛する妻の活き活きとした表情を見て優しく微笑んだ。
「分かった。君のその素晴らしい野望が実現するよう、私も夫として最大限の後押しをしようじゃないか。」
「本当!? やったわ、ジュリアン大好き!」
アイラは満面の笑みでジュリアンの首に抱きつき、執務室には甘く幸せな笑い声が響き渡った。
王国の未来は、この破天荒で有能な王太子妃の手によって、さらに明るく美味しいものへと変わっていくことだろう。
アイラの手による王都の改革が始まってから、暫く経った頃のことである。
日課となっている王家の食卓を彩る料理を、アイラが厨房の料理人たちと自ら作っている最中のことだった。
彼女の元に、他国との交易を担う文官から『コーヒー豆』と呼ばれる未知の木の実についての情報が舞い込んできた。
「これよ、これ! 私がずっと探していたのは!」
報告書のスケッチを見た瞬間、アイラは目を輝かせて歓喜の声を上げた。
彼女の持つ夢(前世)の知識によれば、コーヒーとは執務中の眠気覚ましとして味わうのは勿論のこと、優雅なティータイムにも向いている至高の嗜好品である。
これを手に入れない理由は無いと考えたアイラは、どんな手を使ってでも優先的に仕入れるようにと文官へ厳しく指示を出した。
しかし、コーヒー豆は国を跨いで遠方から輸入されるため、実際に王宮へ届くまでにはどうしても少しの時間が空いてしまう。
ただ待っているだけでは時間が勿体ないと判断したアイラは、空いた時間を有効活用すべく、専属の王宮魔道具技師であるミーアを呼び出した。
ミーアはアイラが九歳の頃にクラエス王国からスカウトしてきた平民の少女で、今やアイラの公務やインフラ整備を支える最も頼もしい相棒となっている。
「アイラ、今度はどんな魔道具を作るの?」
執務室にやってきたミーアが、ワクワクした様子で身を乗り出した。
「ええ。ミーアの緻密な回路設計と魔石の調整技術を使って、最高の飲み物を淹れる機械を作ってほしいの。」
「任せて! アイラのアイディアを形にするのが私の仕事だもん!」
アイラが求めるのは、ただコーヒーを淹れるだけではなく、不良な豆を取り除くハンドピックから、豆を挽き、お湯の温度や注ぐ速度を調整してドリップするまでに徹底的に拘った魔道具であった。
ミーアはアイラの熱意あふれる無茶な注文にも笑顔で応え、持ち前の類稀なる才能を活かして、王宮の工房で直ちに開発へと取り組んでくれた。
アイラの知識とミーアの卓越した技術が融合し、数日の試行錯誤の末に、ついにアイラの理想とする完璧なコーヒー用魔道具が完成したのである。
「ありがとう、ミーア! これで最高のコーヒーが飲めるわ!」
「ふふっ、アイラがそんなに楽しみにしている飲み物、私も早く味わってみたいな。」
同い年で気心の知れた二人は、完成した立派な魔道具を前にして手を取り合いながら喜びを分かち合った。
そして、待ちに待ったコーヒー豆がいよいよ明日には王宮に届くという夜を迎えた。
アイラはジュリアンと同じベッドに入りながらも、明日から始まる素晴らしいカフェタイムのことで頭がいっぱいだった。
「アイラ、君はさっきからとても嬉しそうだな。」
ジュリアンが呆れたような、それでいて愛おしそうな声で笑いかけてくる。
「当たり前じゃない。明日には、私の野望をさらに押し上げる最高の飲み物が手に入るのよ。」
「ははっ、それは楽しみだ。君の淹れるその『コーヒー』とやらを、私も心待ちにしているよ。」
ジュリアンの温かい腕に抱かれながら、アイラは明日への期待に胸を膨らませて、幸せな気分で静かに眠りにつくのだった。




