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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
第二部

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学園編9

今回は、アイラとリリアのご先祖様が登場します。

ヴァリエール王国に帰ってきた一行は、色々ありますが、アイラたちの周りだけ書いていきます。

「じゃあ、私はこれで帰国する。アイラ、あまり羽を伸ばしすぎるなよ」


クラエス王都の王宮前。特使としての前半の公務を終え、ヴァリエール王国へ帰国するジュリアン殿下が、馬車の前で私に軽く釘を刺した。


「はいはい、気をつけて帰ってくださいね。学食のメニュー制覇や魔導具開発はまだまだこれからですから」


「全く、お前は……。まあいい、帰国したら王宮の厨房で存分に腕を振るってもらうからな」


ジュリアン殿下は呆れたように笑うと、私の頬にそっと手を触れ、満足げに馬車に乗り込んだ。


そして彼と入れ替わるように、後半の特使としてやってきたのが第二王子のエドワード殿下だ。


「リリア嬢! 会いたかった……!」


「エドワード殿下……! 私も、ずっとお待ちしておりましたわ!」


馬車から降り立つなり、エドワード殿下はリリアの手を取り、熱い視線を交わし合った。瞬く間に、二人の周囲にキラキラとしたピンク色の甘い空間(お花畑)が形成されていく。


「ああ、リリア嬢の顔を見ると、長旅の疲れも一瞬で吹き飛んでしまうよ。離れていた間の君の様子を、すべて聞かせてくれないか?」


「はい、エドワード殿下。殿下のお話も、たくさん聞かせてくださいね」


完全に二人だけの世界だ。 私とクロード、そして見送りに来ていたクラエス王国の平民特待生・ミーアの三人は、その圧倒的な糖度の前に顔を見合わせた。


「……ねえ。私たち、完全に空気じゃない?」


「おう。あの二人の間には、魔剣でも斬り込めねえ分厚い壁があるな」


「あ、あの……お邪魔、ですよね……」


ミーアも気まずそうに目を泳がせている。


「気を利かせて、私たちは退散しましょうか。さあ、ミーア、クロード。工房に行くわよ! 新しい調理魔導具の開発が私たちを待ってるわ!」


私は二人の背中を押して、甘い空間から早足で離脱した。


学園の空き教室を改造した私たちの即席工房。 「さて! 炊飯器で最高のお米が炊けるようになったなら、次に必要なのは最強の『おかず』を作るための魔導具よ!」


私がドンッと机を叩くと、ミーアが目を輝かせてノートを開いた。


「最強のおかず、ですか? お肉料理でしょうか?」


「その通り! 目指すは『魔導フライヤー』よ! 油の温度を寸分の狂いもなく一定に保ち、かつ油ハネを風魔法の結界で完全に防ぐ画期的な揚げ物機を作るの!」


「温度を一定に保つ火の魔石と、油ハネを防ぐ風の結界ですね……! それなら、オーブンで使った術式の応用でいけます!」


ミーアが羽ペンを猛烈な勢いで走らせる。


「よし、クロード。今回も重い耐熱鋼のパーツが必要になるから、資材庫から運んできてちょうだい!」


「おう! 任せとけ師匠! 完成したら、その『揚げ物』ってやつ、腹いっぱい食わせてくれよな!」


「もちろんよ! 外はサクサク、中はジューシーな最高のトンカツをご馳走してあげる!」


クロードが力仕事で重厚な金属パーツを組み上げ、ミーアが緻密な魔導回路を構築し、私が料理の観点から口を出す。私たちの完璧な連携作業により、数日後には見事に『魔導フライヤー』が完成し、私たちは極上の揚げ物を堪能したのだった。


そうして、美味しい魔導具開発と騒がしい日常を過ごしているうちに、私たちの特命留学の期間もいよいよ終わりに近づいていた。


「ミーア。今日はあんたの実家に行くわよ」 放課後、私は突然ミーアにそう告げた。


「えっ!? わ、私の実家にですか!?」


「ええ。留学が終わったら、私たちはヴァリエール王国に帰るわ。だからその前に、ちゃんとご両親に挨拶しておかないとね」


私たちはクロードを護衛兼荷物持ちとして連れ、王都の平民街にあるミーアの実家を訪れた。 ミーアの家は小さな工房を兼ねた質素な家だった。


「お父さん、お母さん。ただいま戻りました」


「ミーア! おかえり……って、そ、その後ろの方々は!?」


ミーアのご両親は、公爵令嬢である私と、大きな魔剣を背負ったクロードを見て、目を丸くして固まってしまった。


「初めまして。ヴァリエール王国のアルジェント公爵家長女、アイラと申します。ミーアさんには学園で大変お世話になりました」


私が優雅に微笑むと、ご両親は慌てて深く頭を下げた。


「そ、そのような高貴なお方が、我が娘に何の御用でしょうか……! もしや、娘が何か粗相を……っ!」


「とんでもない。むしろ逆です。ミーアさんの魔導具技師としての才能は、百年の一人の逸材ですわ」


私はジュリアン殿下が用意してくれた、王家の紋章が入った正式な契約書を取り出した。


「彼女を、ヴァリエール王家の『専属魔導具技師』としてお迎えしたいのです。独立した工房と、何不自由ない地位をお約束します」


「王、王家の専属……!? 娘が!?」


ご両親が信じられないというようにミーアを見ると、彼女は照れくさそうに、しかし誇らしげに頷いた。


「それと、もう一つご提案があるの」


私はニシシと笑って、ご両親の顔を見据えた。


「ミーアさんがヴァリエール王国に来るなら、ご家族も一緒に引っ越してきませんか? 向こうでの住居も生活の保証も、すべて王家とアルジェント家で手配します。ミーアさんも、ご家族が近くにいる方が安心して開発に打ち込めるでしょうし」


「えっ……! 家族も一緒に、ですか!?」


ミーアが驚きの声を上げる。


「当然よ。専属技師の家族を人質に取られたりしたら困るし、安心して私の調理魔導具を作ってもらうためには、最高の環境が必要だもの」


「ア、アイラ様……っ!」


ミーアは感極まって涙ぐみ、ご両親も「こんな奇跡のような話が……」


と泣き崩れて私に何度も感謝の言葉を述べた。


「へへっ、よかったなミーア! 向こうに行っても、また俺たちと一緒に美味い飯が食えるな!」


クロードが笑ってミーアの肩を叩く。


「はいっ……! クロードさん、アイラ様……私、本当に嬉しいです!」


こうして、ミーアの家族の引っ越しも無事に決まり、私の「美味しいご飯のための専属技師」の囲い込みは完璧に完了した。 クラエス王国での特命留学は、最高の調理魔導具と、新しい仲間の未来という素晴らしいお土産を手にして、大満足のフィナーレへと向かっていくのだった。


「さあ、私の提案はこれくらいにしておくわ。ミーア、せっかく実家に帰ってきたんだから、ご両親とゆっくりこれからのことを話し合ってきなさい」


私はそう言うと、立ち上がってクロードに目配せをした。


「私とクロードは、少しその辺を散歩してくるから。家族水入らずで過ごすといいわ」 「お、おう! じゃあなミーア、また後で迎えに来るぜ!」


「ア、アイラ様、クロードさん……! お心遣い、ありがとうございます……っ」


何度も頭を下げるミーアとご両親を残し、私たちは小さな工房を兼ねた彼女の実家から外へと出た。


私たちが去った後の小さな部屋には、温かい静寂が落ちていた。


「ミーア……お前が、王家の専属技師になるだなんて。夢でも見ているようだ」


お父さんが、震える手でアイラが置いていった王家の紋章入りの契約書を見つめる。


「お母さんたちも一緒にヴァリエール王国に行けるなんて、アイラ様には何とお礼を言えばいいか……」


お母さんも涙を拭いながら、ミーアの手をぎゅっと握りしめた。


「お父さん、お母さん。私、アイラ様のためにもっともっと腕を磨いて、最高の魔導具を作ってみせる。家族みんなで、新しい国で幸せに暮らそうね」


ミーアのアメジストの瞳には、かつてのおどおどした色はなく、魔導具技師としての確かな誇りと決意が宿っていた。三人はしっかりと抱き合い、新しい未来への希望に満ちた涙を流し、家族の絆を確かめ合う温かい時間を過ごした。


しばらくして、路地裏の散歩から戻ってきた私たちが出迎えると、ミーアは晴れやかな笑顔を見せた。


「アイラ様、クロードさん! お待たせいたしました。両親ともしっかり話ができました。私、ヴァリエール王国で一生懸命働きます!」


「ええ、期待しているわよ。さあ、学園に帰りましょうか」


「おう! 帰ったらまた美味いもん食おうぜ!」


私たちは充実した気持ちを胸に、夕暮れの王都を抜けて学園へと帰還した。



そして、ついにクラエス王国での特命留学の期間が終了し、ヴァリエール王国へ帰国する日がやってきた。 学園の正門前には、私たちの帰国のために豪奢な魔法馬車が用意されていた。エドワード殿下とリリアは、いつものようにキラキラとしたピンク色の甘い空間を作り出し、名残惜しそうに別れの言葉を交わしている。


「さて、私たちも馬車に乗り込みましょうか。ミーアのご両親の引っ越し手配も済んだし、あとは帰るだけね」


私は大きく背伸びをして、馬車の扉を開けた。 しかし、その馬車の中には、なぜか先客が『二人』、ふんぞり返って座っていたのだ。


「おお! 遅かったではないか、アイラ! 待ちくたびれたぞ!」


「よっ! 帰りの馬車は一緒に行かせてもらうぜ!」


「…………は?」


私は目を疑った。馬車のふかふかの座席で特製のクッキーを齧っているのは、金髪碧眼の可憐な少女と、筋骨隆々の大男。 そう、神聖ルシエラ教国の現在の最高権力者である教皇セレスと、その特使であるサミュエルだったのだ。


かつてはサミュエルの父親が教皇を務めていたが、現在は引退しており、その後を継いだのがこの見た目16歳の純粋で可憐な少女・セレスである。その儚げな外見からは想像もつかないほど豪快な性格の彼女だが、正真正銘の教皇なのだ。


「な、なんで教皇セレスとサミュエルさんがここにいるのよ!? あんたたちの国は別の方角でしょ!?」


私が驚愕して叫ぶと、見た目は完全に16歳の無邪気な少女であるセレスは、子供のように足をぶらぶらとさせながら笑った。


「ふははは! 案ずるな、教国の退屈な執務はすべて『サミュエルの父親』に任せてきた! ヴァリエール王国には、まだ私の知らぬ絶品グルメがたくさんあると聞いてな! だからサミュエルも連れて、このままお主たちについていって、視察(ご当地グルメ巡り)を続けることにしたのじゃ!」


「親父には『たまには昔を思い出して執務を頼む!』って手紙を置いてきたから、俺たちの帰国がどれだけ遅くなっても問題ねえぜ! はっはっは!」


「ちょっと待って。サミュエルさんの、前教皇であるお父様に国のトップの仕事を全部丸投げしてきたってこと!? いくらなんでも自由すぎない!?」


「よいよい! 私は『現在』の最高権力者じゃからな! 前教皇にはたまには体を動かしてもらわんとな! さあ、出発進行じゃー!」


見た目は可憐な16歳の少女なのに、その振る舞いはあまりにも自分勝手だ。だが、彼女がトップである以上、誰も止めることはできない。


呆れ果てる私をよそに、セレスとサミュエルはすっかりくつろいでいる。


「……僕の計算では、帰路も致死率100%のストレスが予想されますが……もはや、教皇聖下の行動は計算に入れてはいけない『乱数(例外処理)』ですね」


後ろでノアが分厚い眼鏡を押し上げ、仏のように穏やかで完全に諦めきった笑みを浮かべた。


「さあ、ミアさん。馬車に乗り込みましょう。大自然の猛威に抗っても無駄です」


「は、はい……! ノアさん、なんだかすごく後光が差して見えます……!」


現実逃避するようにミアを促し、さっさと馬車に乗り込むノアを見て、私は盛大にため息をついた。


「まあいいじゃないか! サミュエルさんも一緒なら、賑やかで楽しい旅になりそうだぜ!」


クロードが豪快に笑い、私たち『最強の6人組』に教皇と特使を加えた一行は、新たなトラブルと美食の予感を乗せて、故郷ヴァリエール王国への帰路につくのだった。



長い旅路と致死率100%のストレス(ノア談)を乗り越え、私たちの乗る魔法馬車は、無事に故郷ヴァリエール王国の王都へと到着した。


広場に到着し、馬車から降りた私たちは、まずはここで解散することになった。


「じゃあな、師匠! 俺は実家に帰って、久しぶりにじいちゃんに顔を見せてくるぜ! 次学期からは、またこっちの王立学園でよろしくな!」


クロードが魔剣ヴァルムを背負い直し、ニカッと笑って手を振る。


「ええ。ミアも、過酷な特命留学お疲れ様。フローレス子爵邸でゆっくり休んでね」


「はい! アイラ様、リリア様も本当にお疲れ様でした……! 次学期からはクラエス王国からミーアさんも合流する予定ですし、また学園で皆さんとお会いできるのを楽しみにしています!」


あがり症を克服し、前髪をピンで留めた絶世の美少女・ミアは、迎えに来ていたフローレス子爵家の馬車に乗り込み、笑顔で手を振って帰っていった。


ノアも、ズレた眼鏡を中指で押し上げながら、仏のように穏やかな笑みを浮かべた。


「僕の計算通り、無事に帰還できましたね。それでは、僕も実家に帰国の報告をして、次期が始まるまで静かな書庫でゆっくり休ませてもらいます。大自然の脅威(セレス様たち)から離れて……」


そう言い残し、ノアも足早に去っていった。


「さて、私たちも帰りましょうか」


私とリリアは、迎えに来ていた公爵家の馬車に乗り換え、アルジェント公爵邸へと向かった。



「おお、アイラ! リリア! 無事の帰国、お父様はどれほど待ちわびたことか!」


「愛しの妹たちよ! クラエス王国での特命留学、さぞや過酷だっただろう! さあ、ゆっくりと羽を伸ばすんだ!」


公爵邸のエントランスでは、レオンハルトお父様とセオドアお兄様が、親バカとシスコンを全開にして涙を流しながら出迎えてくれた。 相変わらずの溺愛っぷりを適当にあしらいつつ、「ただいま戻りました」と屋敷の中へ入ろうとした、その時だった。


「うむ! なかなか立派な屋敷ではないか! ここが今日からの私の城(宿)じゃな!」


「お邪魔するぜ、公爵閣下!」


「アイラ様、リリア様! お家にお招きいただきありがとうございます!」


私たちの後ろから、我が物顔でぞろぞろと屋敷に上がり込んでくる者たちがいた。


お父様とお兄様が目を丸くして固まる。


「き、貴様らは……神聖ルシエラ教国の教皇セレス聖下に、サミュエル特使、そしてセリア嬢!? なぜ各々のご実家や教国へ帰らず、我がアルジェント公爵家に!?」


お父様の驚愕の問いに、少女の姿の教皇セレスはふんぞり返って答えた。


「王宮の迎賓館など堅苦しくてかなわん! サミュエルとセリアも一緒じゃし、アイラの家なら毎日極上の飯が出ると聞いておるからな! しばらくここに滞在させてもらうぞ!」


「えええっ!?」


結局、最高権力者の自由すぎる宣言を断れるはずもなく、なし崩し的に教国トップの滞在が決まり、公爵家の豪華なダイニングで盛大な帰国祝いの夕食会が開かれることになった。



テーブルには、私が開発した『魔導オーブン』や『魔導フライヤー』を駆使して料理長が腕を振るった、極上の料理の数々が並べられている。


「ん〜っ! やっぱりうちの料理長が作るご飯は最高ね!」


「お姉様、本当にお疲れ様でした。お父様たちも、一緒に食べましょうね」


私、リリア、お父様、お兄様、そしてセレス、サミュエル、セリアが席に着き、和やかに食事が進む。 給仕をしてくれているのは、完璧超人メイドのマリー姉ちゃんと、私とリリアの専属侍女であるエマだ。


しかし、メインディッシュの極上ローストビーフが運ばれてきた、その時だった。


エマがふと動きを止め、深く息を吸い込む。 パチリと目を開けた瞬間、その瞳は神々しい金色に輝き、背後には美しい白い羽の幻影が顕現した。


「……ふぁぁ。良い匂いがするな。我も相伴にあずかるとしよう」


メイドの姿のまま、完全に天使シュシュエルへと切り替わった彼女は、極めて自然な動作で空いていた席にドカッと座り、ナイフとフォークを手に取った。


「なっ……!? エマ!? いや、シュシュエル殿!?」


お父様とお兄様が椅子から転げ落ちそうになる。


「悪魔教団の事件は解決したはずでは!? なぜ未だにエマの体の中に居座っているのですか!?」


シュシュエルはローストビーフを優雅に口に運びながら、面倒くさそうに答えた。


「天界の飯より、こっちの飯の方が格段に美味いからな。それに、この娘の体は居心地が良い。エマ自身も『有給休暇と特別手当が出るならいくらでもどうぞ』と合意済みだ」


「えっ、エマ、そうなの?」


私が尋ねると、シュシュエルがフッと瞳を閉じ、一瞬で本来の穏やかなエマの瞳に戻った。


「はい、アイラお嬢様。お給金が三倍になりましたので、お食事の時くらいなら喜んでお体を貸し出しております。……あ、皆様、お肉のソースが足りませんね。少々お待ちを」


エマの意識のまま立ち上がり、手際よくソースを補充する。 そして再び自分の席に戻ると、また瞳が金色に光り、シュシュエルが肉を頬張る。


「うむ、このソースは絶品だな。アイラ、おかわりだ」


普段はエマの意識が主体で完璧な給仕をしつつ、美味しい料理が目の前に来ると一瞬でシュシュエルに切り替わって食卓に参加する。 そんなカオスすぎる光景に、私は思わず天を仰いだ。ノアがここにいたら、確実に致死量のストレスで胃薬を飲んでいただろう。


「ふははは! 天使と共に食卓を囲むとは、流石は魔女アイラの家じゃな! ますます気に入ったぞ!」 セレスが大笑いし、セリアとサミュエルも教国の人間とは思えないほど豪快に肉を食べている。


「お父様、お兄様。もうツッコミを入れるだけ無駄ですから、気にしないで食べましょう? ご飯が冷めちゃいますよ」


「そ、そうだな……我が家の食卓は、すでに神話の領域に達してしまったようだな……」


お父様とお兄様は遠い目をしながらも、完全に諦めた様子でフォークを動かし始めた。


クラエス王国での特命留学を終え、次期からの王立学園での生活に向けて英気を養う実家でのひととき。 私たちの騒がしくもカオスな、そして最高に美味しい日常は、こうして再び幕を開けるのだった。



帰国祝いの夕食会は、完璧超人メイドのマリー姉ちゃんと、天使シュシュエルに切り替わりながらローストビーフを堪能するエマという、極めてカオスな給仕体制のまま進行していた。


「まあ、美味しいご飯を前にして悩んでも仕方ありませんわ。冷めないうちに頂きましょう」


私が開き直ってフォークを動かすと、セレスやサミュエル、セリアも「うむ! このソースは絶品じゃ!」「おう! ヴァリエール王国の飯も最高だな!」と豪快に平らげていく。


お父様とセオドアお兄様だけが、未だに天使が同席する神話級の食卓に胃を痛めながら、ちびちびとスープを啜っていた。


その時だった。 二皿目のお肉をペロリと平らげたシュシュエルが、食後のワインを傾けながら、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば。すっかり言い忘れていたが……リリア」


「はい? 何でしょうか、シュシュエル様」


リリアがお肉を飲み込み、可愛らしく小首を傾げる。 シュシュエルは極めて平坦な、まるで明日の天気を告げるようなトーンで爆弾を投下した。


「お前、魔力の循環と共鳴の条件を満たしたようだな。近日中に黒魔法が使えるようになり、『魔女』に覚醒するぞ」


「「「…………は?」」」


ダイニングに、お父様とお兄様、そしてサミュエルたちの間の抜けた声が響き渡った。


「ま、待て、シュシュエル殿!? 今、何と!?」


お父様が椅子からガタッと立ち上がり、セオドアお兄様も顔面を蒼白にしている。


「愛しのリリアが、おとぎ話の魔女に……!? アイラだけでも心臓に悪いというのに、我が家の天使(妹)までが世界を滅ぼす存在に!?」


「騒々しい人間どもだ。以前も説明しただろう。天界における『魔女』の定義とは、純粋に白魔法と黒魔法の両方を極め、同時に行使できる特殊な個体の総称にすぎん」


シュシュエルがやれやれと首を横に振る。


「アイラが白魔法を解放し『魔女』に至ったのと同じ理屈だ。本来は白魔法使いであるリリアも、双子であるアイラと長年行動を共にし、魔力の共鳴を続けた結果、黒魔法の適性が完全に開花しようとしている。近いうちに黒魔法が使えるようになり、定義上、魔女となる。それだけのことだ」


シュシュエルのあっさりとした解説に、お父様とお兄様は「そんなバカな……」と頭を抱えて崩れ落ちた。


しかし、当の本人であるリリアは、パァッと青玉の瞳を輝かせた。


「まあ! ということは、私、お姉様と完全に『お揃い』になるのですね!?」 「ええ、そうよリリア! しかも魔女になると、魔法の循環で生命力が活性化するから『永遠の若さ(アンチエイジング)』のおまけ付きよ! 最高じゃない!」


「本当ですか!? お姉様と一緒に、ずっと若く美しいままでいられるなんて、夢みたいですわ!」


私とリリアがキャッキャと両手を取り合って喜んでいると、お父様とお兄様は完全にキャパシティを超え、遠い目をしながら魂を口から吐き出しかけていた。


「ふははははっ! これはめでたい! アルジェント公爵家から二人の魔女が誕生するとはな! まさに奇跡の血筋じゃ!」


セレスが手を叩いて大笑いし、セリアも「リリア様、おめでとうございます! これからは黒魔法で筋肉を鍛えられますね!」とズレた祝福を送っている。


「……やれやれ。これで驚いていては、身が持たんぞ人間ども」


シュシュエルが、運ばれてきた食後の特製デザート――幾重にも層になった極上のフルーツパフェを前にして、さらなる爆弾の導火線に火をつけた。


「それと、もう一つ報告だ」


「報告? まだ何かあるの?」


私がパフェのスプーンを持ちながら尋ねると、シュシュエルは一口アイスを頬張り、至極当然のように告げた。


「五千年前の戦争の時、我々天使に加勢してくれた古い知り合いの『魔女』がいてな。戦後、人間界に嫌気がさして異次元へと去ってしまったのだが……どうやら最近、気まぐれでこの地上に遊びに来ているらしい」


「へえ、先輩魔女さんが。それで?」


「以前、お前たちが地下遺跡で見つけた『五千年前のゴーレム(天使の器)』を天界へ回収しただろう? あれを返すがてら、この屋敷の飯が信じられないほど美味いと伝えたら、ひどく興味を持ってな。……近々、この屋敷の夕食に呼ぶことにした」


「「「…………はあああああっ!?」」」


今度こそ、私を含めた全員の声が盛大にハモった。


「ちょ、ちょっと待ってシュシュエル! 異次元にいる神話の時代の魔女を、なんで勝手にうちの夕食に招待してるのよ!?」


私が目を見開いてツッコミを入れると、シュシュエルはパフェのイチゴを優雅に口に運んだ。


「何が不満だ。美味い飯には客を呼びたくなるものだろう? それに、アイラとリリアにとっては魔女の『大先輩』にあたる。挨拶くらいしておいて損はないぞ」


「そういう次元の話じゃないでしょ! お父様とお兄様を見てみなさいよ!」


私が指差した先では。 お父様とセオドアお兄様が、ついに致死量のストレス(びっくりのオンパレード)に耐えきれず、完全に白目を剥いて椅子から滑り落ち、気絶していた。


「ガハハハハッ! 公爵閣下たちがついにダウンしたぞ! おい、誰か水を持ってきてやれ!」


サミュエルが腹を抱えて大爆笑し、マリー姉ちゃんが手際よくお父様たちを介抱し始める。


「ふははははっ! 天使が住み着き、双子の魔女が誕生し、さらに神話の時代の異次元の魔女まで客としてやって来るのか! この屋敷の食卓は、完全に『神話のたまり場』じゃな!」


セレスがパフェを掲げ、嬉々として笑い声を響かせた。


「……まったく、うちの屋敷をなんだと思ってるのよ」


私は大きくため息をつきつつも、パフェを一口食べてニシシと口角を上げた。


「まあいいわ。先輩魔女さんが来るなら、アルジェント公爵家の……いいえ、『最後の魔女』としての誇りにかけて、極上の超特大フルコースでおもてなししてやろうじゃないの。お父様たちの胃薬も、最高級のものを多めに用意しておかないとね!」


「はい、お姉様! 私もお料理、お手伝いしますわ!」


リリアも満面の笑みで頷く。


神話の存在すらも引き寄せるアルジェント公爵邸の食卓。 クラエス王国からの帰国直後からフルスロットルで展開されるびっくりのオンパレードに、私たちの騒がしくも最高に美味しい日常は、さらなるカオスへ向けて(お父様たちの胃痛とともに)加速していくのだった。



前回の夕食会でのお父様たちの気絶から数日後。いよいよ、シュシュエルが勝手に夕食に招待した「先輩魔女」がやってくる日が訪れた。


「じゃあ、ちょっと客を迎えに行ってくる。夕食までには戻るから、とびきり美味い飯を用意しておけよ」


メイド服姿のエマに宿る天使シュシュエルは、そう言い残してパタパタと白い羽の幻影を散らしながら、屋敷の窓から空へと飛んでいってしまった。


残された私とリリアは、公爵家の厨房で料理長たちと共に「先輩魔女」をもてなすための、超特大フルコースの準備に取り掛かっていた。


「お姉様、ソースの味見をお願いできますか?」


「うん、バッチリよ。……それにしても」


私は鍋をかき混ぜながら、隣で手際よく調理を手伝うリリアを見つめた。


「先日シュシュエルが言っていたけど、リリアも近いうちに黒魔法が使えるようになって『魔女』になるのよね。……そもそも、どうして双子なのに、最初は私が黒魔法で、リリアが白魔法って、使える魔法が違ったのかしら?」


「そうですね……。お姉様と私は魂の形もそっくりなはずなのに、不思議ですわ」


私たちが首を傾げて疑問を口にした、まさにその時だった。


『ピコンッ♪』


突如として、私たちの目の前の空間に、半透明の青いシステムウィンドウがポップアップした。


【 条件クリア:魔法の起源に対する疑問と探求心を観測 】

【 リリア・アルジェント:黒魔法が解放されました。条件を満たし、『魔女』へと覚醒しました 】

【 アイラ・アルジェント:新たな魔女の誕生により、称号【最後の魔女】から「最後の」が消失。『魔女』へと変更されました 】

【 双子の魔力共鳴が完了。アイラとリリアの魔法スキルリストが完全に同期(共有)されました 】


「…………は?」


「えっ!?」


私とリリアの間の抜けた声が厨房に響き渡った。


「ちょっと待って! なにこのご都合主義なシステム! 疑問を持った瞬間に『はい、じゃあ同期しときますね!』って、前世のスマホのアップデートじゃないんだから!」


私は空中のウィンドウに向かって全力でツッコミを入れた。相変わらず、このファンタジー世界にあるまじき電子音とシステムは、空気を読むということを知らないらしい。


「お姉様! 私、なんだかお姉様が使っていた黒魔法の使い方が、頭の中に全部流れ込んできました……!」


「私もよ。リリアの白魔法の細かな結界術の感覚が分かるわ。……まあ、便利だからいいけど」


こうして、私は「最後の」という物騒な肩書きが外れて安堵し、リリアも無事に『魔女』として覚醒を果たしたのだった。



夕暮れ時。極上のフルコースの準備が整い、豪華なダイニングテーブルには、胃薬を何錠も流し込んでギリギリ復活したお父様とセオドアお兄様が、青白い顔で座っていた。セレスやサミュエル、セリアも興味津々で待機している。


「……ただいま戻った。約束通り、客を連れてきたぞ」


窓からフワリと舞い戻ってきたシュシュエルの後ろに、一人の女性が立っていた。


「初めまして。あなたが今の時代の魔女ね。シュシュエルから聞いて、ご飯目当てで遊びに来ちゃったわ」


鈴を転がすような、それでいてどこか深淵を感じさせる声。 五千年前の大戦で天使に加勢し、その後人間界に嫌気がさして異次元へと去ったという、神話の時代の魔女だ。 しかし、その姿を見た瞬間――。


「「っ!?」」


お父様とセオドアお兄様が再び椅子から転げ落ちそうになり、雷に打たれたように完全に硬直した。


「……ば、馬鹿な……」


「母、上……?」


私もリリアも、目を丸くして彼女を見つめた。 輝く銀糸の髪に、青玉のような瞳。その顔立ちは、屋敷に飾られている肖像画の女性――私とリリアの亡き母、エレオノーラに生き写しだったのだ。


「……ん? ああ、なるほどね」


魔女は、驚愕するお父様たちを見てクスリと微笑んだ。


「私の名前は『エレノワール』。五千年前から生きてる魔女よ。……あなたたちのその反応を見るに、あなたたちが私の『子孫』なのね」


「「「子孫!?」」」


「ええ。人間界を去る前、私には愛した人がいて、子供を残していたの」


エレノワールは、レオンハルトお父様の顔をじっと見つめ、ひどく愛おしそうに、懐かしむように目を細めた。


「……あなた。私の愛した彼にそっくりね。とても面影があるわ」


「なっ……私が、ですか?」


「ええ。彼は強大な黒魔法使いだった。どうやら、私と彼が残した子供の血脈は、五千年の歴史の中で『二つ』に分かれたみたいね」


エレノワールは、私とリリア、そしてお父様を交互に見つめた。


「一つは、彼の面影と黒魔法使いとしての血を色濃く受け継いだ、アルジェント公爵家。そしてもう一つは、私の面影と白魔法の血を受け継いだ、エレオノーラという女性の家系」


お父様とセオドアお兄様が、雷に打たれたように息を呑んだ。


「別たれた二つの血筋が、五千年の時を超えて、あなたとエレオノーラが愛し合い、結ばれたことで再び一つに交わった。……なんてロマンチックな奇跡かしら」


エレノワールは、私とリリアの頬を優しく撫でた。


「だから、あなたたち双子には強大な白と黒の魔力が最初から宿っていたのよ。五千年の時を経て、完全なる『魔女』の血が復活したのね」


長年の謎が一瞬で氷解した。 私たちが双子で魔女として覚醒したことも、お父様が強大な黒魔法の血筋であったことも、すべてはこの神話の魔女・エレノワールと彼女が愛した男の血筋だったからなのだ。


「そ、そんな……私たちアルジェント家も、そして亡き妻も、神話の魔女の子孫だったなど……。別れた血筋が、私と妻を結びつけたというのか……っ」


お父様とお兄様は、致死量の驚愕ストレスと、それ以上の深くドラマチックな感動に完全に魂が抜けかけ、口から白い煙を吐き出していた。


「さあさあ、難しい話や感動の再会はこれくらいにして、ご飯にしましょう! 私、アイラちゃんの料理が楽しみで来たんだから!」


エレノワールは無邪気に席に着き、私が腕によりをかけたフルコースを口に運んだ。


「ん〜っ! 美味しい! 異次元のご飯なんて比べ物にならないわ! ねぇ、私、ここがすごく気に入ったからしばらく滞在させてもらっていいかしら!?」


「えっ!? あ、はい、お肉とケーキでよければいくらでも出しますけど……」


私が頷くと、エレノワールは「やったー!」と大喜びでシュシュエルとハイタッチを交わした。


「ふははは! 異次元の魔女まで加わるとは、この屋敷は本当に飽きんのう!」


教皇セレスが大笑いし、サミュエルたちも豪快に食事を楽しんでいる。


天使が住み着き、双子の魔女が誕生し、現役の教皇が滞在し、ついには神話の時代の『先祖の魔女』までが居候することになったアルジェント公爵家。 人間基準で言えば、完全に『神話の時代』へと突入してしまった我が家の食卓は、五千年の時を超えた奇跡のロマンと、さらなるカオス、そして最高の美食に包まれながら、賑やかに夜が更けていくのだった。



「さあ、私の可愛い子孫たち! 白と黒の魔力は、ただ交互に撃つだけじゃダメよ。二つの相反する力を体内で完全に循環させ、螺旋のように練り上げるの!」


アルジェント公爵邸の広大な訓練場。 神話の時代の魔女であり、私たちの偉大なる先祖・エレノワールによる『魔女修行』が、朝からハードに展開されていた。


「こうですか、エレノワールお姉様!」


「そうよリリアちゃん! 白魔法の神聖な防壁に、黒魔法の絶対的な吸収力を付与するの!」


先日、システムウィンドウの謎のアップデートで魔法スキルが完全に同期した私とリリアは、エレノワールの指導の下、次々と未知の複合魔法を習得していた。 白と黒の魔力を共鳴させ、【黒炎の呪弾】に、【浄化の光】を重ね合わせる。すると、二つの相反する魔法が反発するどころか融合し、全てを無に帰す白黒の螺旋魔法へと昇華された。


「すごいわ、アイラちゃん、リリアちゃん! これなら悪魔の軍勢が何万来ても一掃できるわね!」


エレノワールは手を叩いて大絶賛だ。


そんな私たちの凄まじい魔力の大爆発を、訓練場の隅で呆然と見つめている男たちがいた。 レオンハルトお父様と、セオドアお兄様だ。


「……父上。アイラとリリアが、もはや我々人間の手の届かない神話の領域へ行ってしまったような気がします。兄として、守るべき背中が遠く……」


「言うなセオドア。私も、父親としての威厳が保てるか心配で夜も眠れん……」


親バカとシスコンをこじらせた二人が、ハンカチを噛み締めながら落ち込んでいる。 そこへ、エレノワールがニヤリと笑いながら近づいていった。


「あら、落ち込むのは早いわよ。あなたたちだって、私の愛した『強大な黒魔法使い』の血を色濃く受け継いでいるんだから」


「「えっ?」」


「五千年の時を経て復活した血脈は、双子の魔女だけじゃないわ。あなたたちの中に眠る『黒魔法使いの遺伝子』も、私が直接叩き起こしてあげる!」


エレノワールが二人の額にポンと指を当てた。 その瞬間。 「「がっ……!?」」 お父様とお兄様の体から、尋常ではない量の漆黒の魔力が、まるで封印が解けたかのように爆発的に吹き荒れた。


「なんだ、この力は……! 体の奥底から、無尽蔵に力が湧いてくる!」


「これが、我らアルジェント公爵家の真の力……!」


「そうよ。さあ、あなたたちは騎士なんだから、その黒魔法の魔力を体外に放出するんじゃなくて、自身の武器に極限まで圧縮して纏わせるの!」


エレノワールのスパルタ指導が、今度は男たちへと向けられた。


お父様とお兄様は、以前天使からそれぞれ授かっていた『五千年前の魔法剣』を揃って抜き放ち、エレノワールの言う通りに漆黒の魔力を刃へと集束させていく。


「もっとよ! もっと圧縮して! 何か強い感情……そう、一番の『執念』を魔力に乗せるのよ!」


執念。 その言葉を聞いた瞬間、お父様とお兄様の目の色が変わった。


「愛しのアイラとリリアに近づく害虫どもを……!」


「塵一つ残さず、この世から消し去るための力ァァァッ!!」


ボワァァァッ!! 二人の持つ魔法剣の刃が、光を完全に吸い込むような絶対的な『漆黒』へと染まり上がった。 ただの身体強化ではない。黒魔法の持つ「崩壊」と「吸収」の概念を、物理的な剣撃に付与する神話の絶技。 これこそが、新たな力――『黒魔法剣』の覚醒だった。


「おおおおっ!! 行くぞセオドア!」


「はい、父上!!」


二人が漆黒の刃を訓練場の巨大な魔導標的に向けて振り抜いた。 音はなかった。 ただ、空間そのものが削り取られたかのように、巨大な標的が跡形もなく『消滅』したのだ。


「「「…………」」」 あまりの威力に、振るった本人たちすらもポカンと口を開けている。


「ほう……。五千年前の黒魔法戦士と同等の威力だな」


いつの間にかテラス席で優雅にお茶を飲んでいたエマの姿の天使シュシュエルが、感心したように頷いた。


「見事なものだ。これほどの漆黒の刃であれば、あの『最高位悪魔』であっても、何発か当てれば跡形もなく滅ぼせるだろう」


「「……え?」」


シュシュエルのあっさりとした絶賛に、私とリリアは思わず間の抜けた声を漏らした。


最高位悪魔。 それは、クラエス王国の地下遺跡で遭遇した際、あまりの圧倒的なプレッシャーと恐怖の前に、私たちが指一本動かすことすらできずに震えていた、あの絶望的な化け物だ。


「え、ちょっと待ってシュシュエル。あの最高位悪魔(絶望の化け物)って……人間が剣で叩き切って倒してたの!?」


私が顔を引きつらせて尋ねると、シュシュエルは紅茶のカップを置き、至極当然のように答えた。


「そうだぞ? 五千年前では、エレノワールのような魔女と、前衛の強靭な黒魔法戦士たちが白黒魔法と物理で叩き切って討伐していた。……この親子の今の力なら、十分にそれが可能だ」


「「えええええええっ!?」」


私とリリアは、神話の化け物がまさかの「人間の物理攻撃(剣)」で倒せるというあまりにも脳筋な真実に、目を見開いて盛大に絶叫してしまった。


「完璧ね! これで、あなたたちも立派な神話の戦士よ!」


エレノワールは満足げに頷き、そして私の方へ満面の笑みで振り返った。


「さあ、修行はこれくらいにして、お腹が空いたわ! アイラちゃん、今日のお昼ご飯は何かしら!?」


「任せておいて! お父様たちも新しい力に目覚めてカロリーを使っただろうし、今日は巨大な魔導オーブンで焼き上げた『特大メガ・ローストビーフ』と、炊きたてのお米のセットよ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


神話の魔女も、覚醒した黒魔法剣士たちも、全員が食欲という名の執念の前に目を輝かせた。


天使が滞在し、双子の魔女が覚醒し、さらに当主と次期当主までが『黒魔法剣』を習得したアルジェント公爵家。 神話の時代に完全突入した我が家の武力は、もはや最高位悪魔すら物理で粉砕できるレベルに到達していたが……私たちの最大の関心事は、今日も変わらず「最高に美味しいご飯」にあるのだった。



ヴァリエール王国の王立魔法学園の次学期開始が間近に迫ったある日のこと。


王都の職人街に、一台の馬車が到着した。 馬車から降り立ったのは、薄紅色の髪を持った少女――クラエス王国からやってきた魔導具技師志望の平民特待生、ミーアとそのご両親だった。


「これが、今日から私たちの家……」


アイラがジュリアン王太子の権限とアルジェント公爵家の財力を駆使して手配したその場所は、一階が広々とした最新設備の工房、二階が生活に十分すぎるほど立派な居住スペースとなっている、夢のような物件だった。


「ミーア……こんな素晴らしい工房と家をいただけるなんて。アイラ様には、何とお礼を申し上げたらよいか……」


お父さんが震える手で真新しい工房の作業台を撫で、お母さんも涙ぐんでいる。


「お父さん、お母さん。私、アイラ様のご期待に応えられるように、ここで一生懸命働いて、最高の魔導具を作ってみせます!」


ミーアは強く頷くと、荷解きもそこそこに身なりを整えた。


「私、アイラ様にご挨拶と到着の報告をしてきます。アルジェント公爵邸へ行ってきますね!」



王都の中心にそびえ立つ、アルジェント公爵邸。 門番に身分を告げ、案内されたミーアは、その豪華絢爛な屋敷の作りに圧倒されながら、緊張でガチガチになって敷地内を歩いていた。



(アイラ様は公爵令嬢で、次期王太子妃殿下……。失礼のないように、しっかりご挨拶しなくちゃ……!)


ミーアが案内されたのは、屋敷の裏手にある広大な訓練場に隣接するテラス席だった。 しかし、そこに近づくにつれ、ミーアは「何か」がおかしいことに気づき始めた。


ズバァァァァンッ!!


「えっ!?」


ミーアが悲鳴を上げて立ち止まる。 訓練場の中央で、屈強な二人の騎士――レオンハルト公爵とセオドアが、光を吸い込むような『漆黒の剣』を振り下ろし、巨大な標的を空間ごと消滅させていたのだ。


「フハハハッ! 見たかセオドア! 私の黒魔法剣の威力がまた上がったぞ! これならアイラに近づく害虫など一瞬で塵だ!」


「流石です父上! 私も愛しのリリアを守るため、さらに修練を積まねば!」


ミーアが目を白黒させていると、そこに豪快な笑い声が響き渡った。


「はっはっは! 公爵閣下もセオドアも、まだまだ甘いぜ! そぉいッ!!」


ズドォォォォォンッ!!!


レオンハルトたちのさらに上を行く、凄まじい真紅の爆炎と剣圧が訓練場を吹き荒れ、巨大な標的どころか、その背後の強固な防壁魔法までをも一撃で粉砕してしまった。


「なっ……!? クロード、貴様また威力が上がったのか!?」


「くそっ、次期公爵たる私が、なぜこの平民に勝てないのだ……!」


レオンハルト公爵とセオドアが、悔しそうに歯を食いしばる。 煙の中から現れたのは、巨大な魔剣『ヴァルム』を肩に担いだ、見慣れた茶髪の青年――クロードだった。


「ク、クロードさん!?」


ミーアは思わず声を上げた。見知らぬ神話級の光景の中で、クラエス王国で一緒に過ごしてきた知った顔を見つけ、ホッと安堵の息が漏れる。


「おう、ミーアじゃねえか! ついに着いたんだな!」


クロードがニカッと太陽のように笑って手を振る。


「あら、驚くことはないわよ」


テラス席から声をかけたのは、輝く銀糸の髪を持つ、深淵のような魔力を纏った絶世の美女だった。


「クロード君に流れている五千年前の『最強の魔法戦士』の遺伝子は、今まで不完全覚醒状態だったのよ。だから、私がちょっと直接手を加えて完全覚醒させてあげたの。そしたら、黒魔法剣を極めつつあるレオンハルトたちをあっさり超えちゃったってわけ」


「五千年前の魔法戦士の完全覚醒……」


ミーアは呆然とする。


(あ、あんな美しい方、クラエス王国でも見たことがない……!)


ミーアが目を丸くしていると、その美女の隣で、メイド服を着た女性が優雅に紅茶を飲んでいるのが目に入った。 しかし、そのメイドの背後には、はっきりと『美しい白い羽の幻影』が揺らめいている。


「ふぁぁ。人間にしては悪くない威力だ。最高位悪魔もこれなら容易く叩き斬れるだろう」


「うむ! まことに見事じゃ! さあ、おかわりを持ってこい!」


天使のメイド(シュシュエル)の隣には、なぜか神聖なオーラをこれでもかと放つ金髪碧眼の少女(教皇セレス)が、口の周りにクリームをつけながら大声で笑っている。


「……あ、あれ?」


ミーアは自分の目を疑った。 巨大な漆黒の斬撃を飛ばす公爵たち。それを圧倒するクロード。 底知れぬ魔力を放つ謎の美女。 白い羽の生えたメイド。 神聖すぎるオーラを放つ少女。


(ここは……本当に人間の公爵家、ですよね……? 私、もしかして神話の世界に迷い込んじゃったんでしょうか……?)


いくらクロードがいて安心したとはいえ、やはり周囲の状況がカオスすぎてミーアが白目を剥きかけた、その時だった。


「あっ! ミーア!!」


アイラは、テラスでお茶を飲みながら新しい魔導具の設計図を引いていた手を止め、案内されてきたミーアの姿を見つけてパァッと顔を輝かせた。


「アイラ様……っ!!」


「ミーア! ついにヴァリエール王国に到着したのね! いらっしゃい! よく来たわね!」


私が駆け寄ってミーアの手を取ると、リリアも満面の笑みで後からついてきた。 「ミーアさん! ようこそアルジェント公爵邸へ! 道中、お疲れにはなりませんでしたか?」


「は、はい……! ご用意いただいた工房、本当に素晴らしくて……っ! クロードさんがいらっしゃって少しホッとしたのですが……ア、アイラ様! あの、ここは一体……?」


混乱するミーアを見て、私は「ああ、これね」と苦笑してテラスの面々を指差した。


「紹介するわ。こっちは私たちの先祖で、五千年前から生きてる神話の魔女・エレノワールお姉様。こっちはエマの体を間借りしてる天使のシュシュエル。そして、あっちでケーキを頬張ってるのが神聖ルシエラ教国のトップ、教皇セレスよ。ついでに、あそこでクロードに負けて悔しがってるのがうちのお父様とお兄様ね」


「……は、はい?」


あまりにもあっさりとした、情報過多すぎる紹介に、ミーアの思考が完全にフリーズする。


「よろしくね、ミーアちゃん! アイラちゃんから聞いてるわよ、優秀な魔導具技師なんですってね!」


エレノワールが気さくにウィンクし、シュシュエルも「ほう。お前が『冷蔵コンテナ』とやらを作った娘か」と興味深そうに頷く。


「ま、魔女に、天使に、きょ、教皇様……っ!?」


ミーアはついにキャパシティを超え、膝から崩れ落ちそうになった。


「驚くのも無理ないけど、慣れてちょうだい。うちの食卓は毎日こんな感じだから」


私はミーアの背中をポンと叩き、ニシシと笑った。


「それよりミーア! あんたが来てくれるのを首を長くして待ってたのよ! 学園が始まる前に、さっそく開発に取り掛かりたい『新しい調理魔導具』の構想が山ほどあるの!」


「あ、新しい魔導具……!」


その言葉を聞いた瞬間、ミーアのアメジストの瞳に、魔導具技師としての職人魂がパッと宿った。


「はいっ! 私、アイラ様のご期待に応えられるなら、どんな魔導具でも作ってみせます!」


「頼もしいわね! 挨拶もそこそこに悪いけど、今日はこのまま『魔導たこ焼き器』の設計会議よ! 終わったら、王室のシェフを脅して……じゃなくて説得して作らせた、最高級のウェルカム・ディナーをご馳走してあげるからね!」


「おおっ! 美味い飯か! ミーア、飯の前に俺も開発手伝うぜ! 力仕事なら任せとけ!」


クロードが魔剣を背負ったままニカッと笑い、ミーアの肩を叩く。


「クロードさん! はいっ、私、たくさん作って、たくさん食べます!」


神話級の存在がゴロゴロと居候し、当主たちが黒魔法剣を振り回し、それを五千年前の血を完全覚醒させた親友が圧倒する、常識外れのカオスなアルジェント公爵邸。 圧倒的な環境に最初は度肝を抜かれたミーアだったが、アイラの変わらない「美味しいご飯」への執念と、クロードの存在、そして温かい仲間たちの歓迎に、新天地での生活への不安は一瞬で消え去っていた。


次学期から始まる新たな学園生活と、魔導具開発の輝かしい日々。 ミーアのヴァリエール王国での人生は、こうして賑やかに、そして最高に美味しい形で幕を開けるのだった。



ヴァリエール王国の王立魔法学園、二年生への進級を数日後に控えた朝。 アルジェント公爵邸のエントランスには、学園寮へ移動するための大量の荷物と、何台もの立派な馬車が並べられていた。


「アイラぁ! リリアぁ! 愛しの娘たちが学園の寮に入ってしまうなんて! お父様は寂しくて死んでしまいそうだ……!」


「父上、やはり私が学園の特別警備員として潜入すべきです。妹たちに近づく害虫を黒魔法剣で駆除しなければ!」


馬車の前では、お父様レオンハルトとお兄様セオドアが、私たちのドレスの裾を掴んでポロポロと血の涙を流していた。


「お父様、お兄様。重い、暑苦しい、離れて。週末には帰ってくるんだから大げさすぎるわよ」


私が冷たく言い放ち、リリアも苦笑しながら二人を宥めている。


「アイラお姉様、リリアお姉様……いってらっしゃいませ!」


私たちの足元で、銀色の髪と金色の瞳を持つ小さな少女――天使とのハーフであり、アルジェント公爵家の養女(三女)として迎えられたセナが、少し寂しそうに、けれど元気に手を振っていた。 セナも来年には王立学園に入学できる年齢になるが、今年はまだ公爵邸でお留守番だ。


「ええ、いってくるわ。セナはマリー姉ちゃんやエレノワールお姉様と一緒に、お屋敷でお利口にお留守番していてね」


「セナ、週末には必ず帰ってきますからね。一緒にお茶会をしましょう」


私とリリアがしゃがみ込んで頭を撫でると、セナはパァッと花が咲くような笑顔を見せた。 「はいっ! お姉様たち、学園のお勉強頑張ってください!」


「おう! 荷物の積み込みは全部終わったぜ! 完全覚醒した俺の筋肉なら、馬車ごと担いで学園まで走れそうだぜ!」


先日の特訓で五千年前の魔法戦士としての血を完全覚醒させ、お父様たちすら圧倒する力を手に入れたクロードが、ニカッと笑って現れた。 相変わらず巨大な魔剣ヴァルムを背負っているが、その体から発せられる魔力のプレッシャーは、以前とは比べ物にならないほど澄み切って強大だ。


そして、そのクロードの背後から、大事そうに一冊の分厚い本を胸に抱いたミーアが進み出てきた。


「エレノワール様……! いただいたこの『魔導具の基礎理論』の書物、一生の宝物にします……っ! 熟読して、必ずアイラ様のお役に立つ魔導具を作ってみせます!」


ミーアは、見送りに来ていた銀髪の美女――神話の時代の魔女エレノワールに向かって、深々と、そして感極まった様子で頭を下げた。


数日間の公爵邸での滞在で、ミーアの魔導具技師としての熱意と才能をすっかり気に入ったエレノワールは、気まぐれにある技術書を彼女に伝授(譲渡)したのだ。


「ふふっ。言っておくけどミーアちゃん、それ、ただの五千年前の古い技術じゃないわよ」


エレノワールはウィンクをして、ニヤリと笑った。


「異次元に渡った私たち魔女が、五千年間ずっとあっちの世界で試行錯誤して、今も現役で使ってバリバリに改善を続けてる『最新の基礎理論』なんだから。現代の魔導具技術と、私たちの生きた理論が組み合わされば、きっと面白いものができるわ。アイラちゃんの美味しいご飯のために、しっかり腕を磨くのよ」


「……っ!! 異次元の最新技術……! はいっ!! 命に代えても読み込んでみせます!」


ただでさえ貴重な魔女の知識が、五千年の時を経てアップデートされ続けている現在進行形の技術だと知り、ミーアは感動と興奮でアメジストの瞳をギラギラと輝かせた。


「異次元の魔女の最新技術まで習得した特待生とか、これからの魔導具開発が恐ろしいわね……いや、最高に楽しみだわ!」


私がニシシと悪党のように笑うと、メイド服姿のエマ(シュシュエル)がやれやれと肩をすくめた。


「……学園の施設を爆破しない程度にしておけよ、人間ども。我もエマの体を借りて、アイラたちの専属侍女として寮に同行するゆえ、あまり騒がしくしないことだ」


「ふははは! 案ずるな天使よ! 私という教皇(同級生)がおるのだ、学園生活は間違いなく楽しくなるぞ!」


少女の姿の教皇セレスが、すでに馬車の中から身を乗り出して大はしゃぎしている。相変わらず、彼女の国政は前教皇に丸投げのままだ。


「……僕の計算によれば、二年生の学園生活も、これまで以上のカオスと致死率100%のストレスが約束されていますね。最初からすべてを例外処理スルーして、図書室に引きこもることにします」


少し離れた馬車の隅では、完全に悟りを開いたノアが、すでに胃薬の瓶を握りしめながら仏のような笑みを浮かべていた。


「さあ! 涙のお別れはここまでよ! 私たちの、新しくて最高に美味しい二年生の始まりよ!」


私が高らかに宣言し、馬車に乗り込む。 リリアがそれに続き、クロードとミーアも笑顔で乗り込んだ。


「アイラぁ! リリアぁ!」


「害虫が寄り付いたら、すぐに私を呼ぶのだぞぉぉぉ!」


お留守番のセナの可愛らしい声援と、お父様とお兄様の暑苦しい絶叫、そしてエレノワールやマリー姉ちゃんたちの温かい見送りを受けながら、私たちの乗る魔法馬車は王立学園へと走り出した。


双子の魔女、完全覚醒した魔法剣士、異次元の魔女の最新技術を受け継いだ魔導具技師、そして自由すぎる教皇と悟りを開いた天才。 もはや『学生』の枠を完全に超越した神話級のメンバーを乗せ、私たちの新たな学園生活は、さらなるカオスと絶品グルメの予感を漂わせながら幕を開けるのだった。



お楽しみいただけたでしょうか?

今回、最後に、あれ?ミア・フローレンスは?と疑問に思うでしょうが、勿論、次の話に出てきますよ。

忘れたわけではありません。本当ですよ?

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今話一のトピック→「愛しのアイラとリリアに近づく害虫どもを……!」「塵一つ残さず、この世から消し去るための力ァァァッ!!」 ――――王子達逃げてぇぇぇっ!!
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