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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
学園編

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学園編6

今回は中々無い乙女ゲームっぽい設定にしてみました。

アイラたちがヒロインではありませんけどね。

隣国クラエス王国の王立魔法学園への特命留学が始まって、数日が経過した。私たち最強の6人組と教皇セレスは、悪魔教団の調査という裏の任務を抱えつつも、悪魔の気配が鳴りを潜めているのをいいことに、表向きの平和な学園生活を絶賛エンジョイしていた。


特に私は、この国の未知なるスパイスと高カロリーな学食メニューの開拓に全力を注いでいる。


その日の昼休み。リリアはエドワード殿下への手紙を書くために中庭の東屋へ、ノアは図書室へ、クロードとセリアは鍛錬場へとそれぞれの目的で散っていく中。


私は一人、購買部で数量限定でしか売られていないというクラエス王国名物、幻の激甘クリームパンを見事ゲットし、ホクホク顔で中庭のベンチを探して歩いていた。


「ふふふ、カロリーの塊……! この濃厚なクリームの重み、最高ね! これで午後の魔法実技も魔力全開だわ!」


そんな平和な昼下がりを満喫していた、その時だった。


「きゃっ!」


「危ない、ミーア!」


「大丈夫かい、僕の小鳥ちゃん」


ん?


不自然なほど甘ったるい、そしてどこか前世の記憶を強烈に刺激するテンプレのようなセリフが聞こえてきた。


私が歩みを止めて視線を向けると、中庭の中心にある噴水の前で、なんとも『既視感』のある光景が繰り広げられていた。


中心にいるのは、少しドジっ子っぽいが愛らしい、薄紅色の髪をした平民らしき少女。


そして、彼女を囲むようにして立ち並ぶ、無駄にキラキラしたオーラを放つ数人のイケメンたち。


一人は俺様系の赤い髪の剣士、一人は優しげな緑の髪の魔道士、そして真ん中でヒロインの腰を抱き寄せているのは、金髪碧眼のいかにも王太子といった風貌の美青年だった。


ちょっと待って。


これ、前世で言うところの乙女ゲームの逆ハーレム展開そのまんまじゃない!?


私は手にしたクリームパンを落としそうになるのを必死に堪えながら、心の中で盛大にツッコミを入れた。


さらに視線を少しずらすと、その甘ったるい空間を親の仇のように睨みつけている集団がいた。


「……平民の分際で、殿下の御心を惑わすなんて、はしたない泥棒猫ですわ!」


扇子をギリィッと握りしめ、完璧な金髪の縦ロールを揺らしているのは、いかにも悪役令嬢といった風格の派手な美女。


彼女の周囲には、イケメンたちの本来の婚約者らしき令嬢たちがズラリと控え、ヒロインに向けて凄まじい殺気を放っている。


どうやら彼女がクラエス王国の王太子の婚約者らしい。


うわぁ……テンプレの過積載。


これ絶対、王太子の婚約者【悪役令嬢】と、平民の特待生【ヒロイン】を巡るドロドロの学園恋愛ゲーム的なやつだわ、と思った。


私はジュリアン殿下という腹黒王太子の婚約者であり、数々の神話級の悪魔を物理と魔法で薙ぎ払ってきた魔女である。


こんな下らない、胃もたれしそうな恋愛のゴタゴタに巻き込まれる義理はない。触らぬ神に祟りなし。


私はこの幻のクリームパンを安全な場所で食べるのよ……!


私は完全に気配を殺し、そーっとUターンしてその場を立ち去ろうとした。


――しかし。


「あっ、ミーア! 危ない!」


「きゃああっ!?」


ヒロインの少女が、何もない平坦な石畳で自ら派手に足をもつれさせ、こちらに向かって勢いよくすっ飛んできた。


そして、あろうことか。


ベチャッ!


……あ。


ヒロインの顔面が、私が死守しようとしていた、幻の激甘クリームパンにクリーンヒットした。


クリームが爆発し、ヒロインの顔と私の真新しい制服を白く甘く染め上げる。


「なっ……! き、貴様! 僕のミーアに何をするんだ!」 「わざとぶつかって嫌がらせをしたな!? カテリーナの手先め!」


クリームまみれで涙目になるヒロインを見たイケメンたちが、私を悪役令嬢の差し金と勘違いし、怒りの形相で詰め寄ってきた。


王太子の婚約者【悪役令嬢】は、カテリーナと言うらしい。


――しかし、彼らの怒声は、私の口から漏れた地を這うような低い声にかき消された。


「……わ、私の……クリームパン……っ!」


ギリッ、と奥歯が鳴る。 私の背後に、どろりとした漆黒のオーラが立ち昇った。


数量限定で、朝から並んでようやく手に入れた幻の激甘クリームパン。一口も食べられずに石畳のシミと化したその無惨な姿を見て、私の食に対する執着と怒りが完全に限界を突破したのだ。


「ぶつかってきたのはそっちでしょうがぁぁぁっ!! 私の、私のカロリーの塊を返せええええっ!!」


「ひぃっ!?」


「な、なんだこの尋常じゃない威圧感と、禍々しい魔力は……っ!?」


私が本気の殺気と魔力のプレッシャーを解放して睨みつけると、先ほどまで偉そうに喚いていたイケメンたちが、顔面を蒼白にして後ずさった。


平和な学園生活の第一歩を邪魔した連中には、黒魔法と公爵家の武力による最高にえぐい報いを受けてもらうしかない。


「ちょっと、そこの女! 弁償しなさい! 今すぐ購買部に戻って同じものを……」 私がヒロインの胸ぐらを掴んで揺さぶろうとした、その時だった。


「あなたたち、一体何をしているの!!」


鋭い声と共に、完璧な金髪の縦ロールを揺らした悪役令嬢――カテリーナが、取り巻きを掻き分けて大慌てで進み出てきた。


「カテリーナ! 貴様、ついにミーアに直接危害を……」


「黙りなさい、このすっとこどっこい!!」


王太子らしきイケメンの言葉を、カテリーナは扇子でピシャリと遮った。


そして、クリームまみれで般若のような顔をしている私を見るなり、顔面を青ざめさせてガクガクと震え出し、なんとその場に深々とカーテシー【最上級の礼】をしたのだ。


「ア、アイラ様……! なぜ、このような場所に……っ! いいえ、大変申し訳ございません! 殿下たちが、とんだご無礼を……!」


「は? カテリーナ、お前は何を言っているんだ。この女は……」


「無礼者!! このお方は……大国ヴァリエール王国の第一王子、ジュリアン王太子殿下の婚約者であり、アルジェント公爵家の長女、アイラ・アルジェント様ですわよ!!」


カテリーナの絶叫に、中庭の時間がピタリと止まった。


ジュリアン殿下との婚約は、すでにヴァリエール王国のデビュタントで大々的に発表されている。


他国の王家や有力貴族に嫁ぐ令嬢の顔と名前を事前学習しておくのは、高位貴族として当然の嗜みだ。


カテリーナは悪役令嬢らしく、そのあたりの情報収集とマナーは完璧だったらしい。


「「「……は?」」」


「ヴァリエール王国の……次期、王太子妃、だと……!?」


先ほどまで私をカテリーナの手先呼ばわりしていたイケメンたちと、私のクリームパンを粉砕したヒロインの顔から、一瞬にしてすべての血の気が失せた。


「……あら、私の素性をご存知でしたのね。でも、今はそんなことどうでもいいんです」


私は、ドン引きしているカテリーナやイケメンたちに向かって、漆黒のオーラを纏ったまま一歩前に出た。


「私のクリームパンを粉砕した罪は重いですよ。さあ、どう落とし前をつけてくれますか? 幻のクリームパン百個か、それともクラエス王国名物の極上スイーツ食べ放題コースか……胃袋が納得するまで、ヴァリエール王国次期王太子妃としての権限で、国際問題レベルで徹底的に追及させてもらいますからね!!」


私の言葉に、中庭の空気は文字通り完全に凍りついた。


一瞬の静寂の後、カテリーナは見事なまでの切り替えの早さを見せた。


み、ミーア、大丈夫かい!?


とまだ状況を理解できていない頭のお花畑な王太子と取り巻きたちを完全に無視し、扇子をパチンと鳴らして配下の令嬢たちに指示を飛ばしたのだ。


「……何をしているの! 今すぐ学園で一番見晴らしの良い特別サロンを押さえ、王都で最も高名なパティシエを呼び寄せなさい! クラエス王国が誇る極上のスイーツを、ありったけ、アイラ様のご機嫌が直るまでお出しするのです!」


「は、はいっ、カテリーナ様!」


有能な取り巻き令嬢たちの迅速極まる手配により、私はあっという間に学園の豪奢なサロンへと案内された。


テーブルの上には、粉砕された幻のクリームパンの損失を補って余りあるほどの、きらびやかなケーキや焼き菓子の山が並べられている。


うんうん、やっぱり話が分かる悪役令嬢【カテリーナ】って最高ね。お腹も膨れるし。


私はホカホカの高級紅茶を啜りながら、ご満悦で特製のショートケーキを頬張っていた。


「……此度は、我が国の恥部とも言えるお見苦しい修羅場をお見せしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


カテリーナは私の対面に座り、深く頭を下げた。彼女の後ろには、同じく婚約者をヒロインに寝取られかけている優秀な令嬢たちが、疲労困憊といった顔で控えている。


「いいですよ、ケーキ美味しいですし。これで国際問題は保留にしてあげます」


私が上機嫌で答えると、令嬢たちは心底ホッとしたように安堵の息を吐いた。


「それにしても、あのおかしな集団は何なんですか? クラエス王国の次期王太子殿下があんな調子で、国は大丈夫なんですか?」


私が何気なく尋ねると、カテリーナたちは顔を見合わせ、深く、深いため息をついた。


現場の惨状を他国の、しかも大国の次期王太子妃にガッツリ見られてしまった以上、もはや隠し立てはできないと悟ったのだろう。


「……アイラ様。全ては遡ること、一年前。あの平民の特待生、ミーアがこの学園に入学してきた日から始まりましたの」


カテリーナの瞳に、静かな絶望と諦念が浮かぶ。


「それまで、エドガー殿下【王太子】は立派な次期国王としての自覚をお持ちでした。他の子息たちも、それぞれの家を背負う優秀な方々でしたわ。しかし……あのミーアが現れてから、彼らはまるで何かの呪いにでもかかったように、おかしくなってしまったのです」

「呪い、ですか?」


「ええ。彼女が何もない所で転べば殿下が抱き留め、彼女が涙を流せば騎士団長の息子が激怒し、彼女が微笑めば魔道士の息子が花を贈る……。そして、本来彼らを国政の場で支えるために、幼い頃から血の滲むような努力をしてきた私たち婚約者は、ミーアを虐める悪辣な女として理不尽に蔑まれるようになりましたわ」


有能な令嬢たちが、次々とハンカチで目元を拭い始める。


うわぁ……完全な乙女ゲームの強制力じゃないの。


国のために頑張ってきた有能な悪役令嬢たちが不憫すぎるわね。


私は内心で深く同情しつつも、目の前の極上マカロンに手を伸ばした。


「へえ、それは大変ですねぇ。でもまあ、あんな頭のお花畑な男たち、こっちから見限ってしまえばいいのでは?」


「それができれば苦労はいたしません。私たちは家と国を繋ぐ政略の要……あのような体たらくでも、見捨てることは許されないのですわ」


「なるほど……」


私はフォークを置き、カテリーナたちを真っ直ぐに見据えた。


他国の次期王太子妃として、ここでただ大変ですね。


と流すのは少々薄情というものだろう。


美味しいケーキをご馳走になっている義理もある。


「なら、一つ提案なのですが。いざという時のために、皆様のご実家と、婚約者であるご令息たちの実家からも、学園に密偵を配置してもらってはいかがですか?」


「婚約者の実家からも、ですか?」


「ええ。今の状況だと、もしそのミーアさんに何かトラブルが起きた時、真っ先に疑われて理不尽な断罪や冤罪をかけられるのはカテリーナ様たちですよね? 恋に盲目になった男たちの証言なんてアテになりません。だからこそ、客観的な第三者の目を学園内に置いておくんです。しかも、ご令嬢側の実家の密偵だけでなく、婚約者側の実家の密偵も同じ証言をすれば、その証拠能力は段違いに跳ね上がります。万が一の時に皆様の無実を証明する、これ以上ない確固たる盾になりますよ」


私の言葉に、カテリーナたちはハッと目を見開いた。


「なるほど……! 学園内は生徒の自治に任されているとはいえ、婚約者の暴走の牽制と令嬢の保護を名目にすれば、双方の実家筋から優秀な密偵を紛れ込ませることは可能ですわ!」


「もしもの時の冤罪対策として、あえて相手方の実家をも巻き込み証拠を固める……アイラ様、なんという先見の明、そして完璧なご助言でしょう! ヴァリエール王国の次期王太子妃殿下は、これほどまでに聡明で慈悲深くあらせられるのですね……!」


カテリーナを始めとするクラエス王国の有力貴族の令嬢たちが、一斉に感涙に咽び、私に向かって深く、そして熱烈な忠誠を誓うような最上級の礼を執った。


えっ、いや、前世の悪役令嬢ものなら冤罪対策は基本中の基本だし、美味しいケーキのお礼にちょっと言ってみただけなんだけど……。


私は少し引き攣った笑顔を浮かべながら、このタルトもすごく美味しいです。


と誤魔化し、出された極上スイーツを限界まで堪能していた。


――しかし。


この時の私は、甘いクリームと極上の紅茶に完全に思考を溶かされていたのだ。


有能な令嬢たちに的確な助言を与え、他国の有力貴族たちの絶大な支持を集め、大国の次期王太子妃としての地盤を無自覚に強固なものにしていく。


というこの行動が結果的に、双方の実家から配置された密偵たちが掴んでしまった。


クラエス王国次期王太子の廃嫡とクーデター問題という他国の超特大の修羅場に、私を首の深さまで引きずり込む、完全な巻き込まれる事になっていたことに。


コンコン、と。 不意に、サロンの重厚な扉が控えめに叩かれた。


「……こんな時間に誰かしら。入りなさい」 カテリーナが凛とした声で応じると、ギィッ……と扉が少しだけ開き、そこから顔を真っ青にさせた小柄な少女が恐る恐る入ってきた。


「あ、あの……! も、申し訳ございません……!」


そこにいたのは、先ほど私のクリームパンを顔面で粉砕した平民の特待生、ミーアだった。 彼女は綺麗に顔を洗ってはいたが、完全に怯えきった小動物のようにガタガタと震え、その手にはなけなしの銅貨が数枚、握りしめられていた。


「ミーア……! 貴女、殿下たちはどうしましたの!?」


「で、殿下たちには『一人で反省してきます』と嘘をついて、撒いてきました……。あの、アイラ様、これ……っ」


ミーアは私の前に進み出ると、土下座の勢いで銅貨をテーブルに差し出した。


「先ほどのパンの代金です! これしかなくて……本当に、本当にごめんなさい! 国際問題だけは、どうか、どうかお許しをぉぉ……!」


大粒の涙をボロボロとこぼし、床に額を擦りつけるミーア。


……あれ?私はタルトを咀嚼しながら、小首を傾げた。


前世の乙女ゲームのヒロインなら、ここで王子たちが乱入してきて、僕のミーアを虐めるな!と庇うのがお約束だ。


なのに、彼女はわざわざ攻略対象たちを撒いて、自腹を切って謝罪に来たのだ。


「……ねえ、ミーアさんだっけ。あんた、なんであんな頭のお花畑な男たちと一緒にいるの? 見るからに趣味じゃなさそうだけど」


私が率直な疑問をぶつけると、ミーアはビクッと肩を跳ねらせ、やがて堰を切ったように泣きじゃくりながら真実を吐露し始めた。


「わ、私だって、一緒にいたくなんてないですぅ……っ!!」


「「「……えっ?」」」


私と、カテリーナたち令嬢の声が見事にハモった。


「私、ただの平民なんです! 家族の期待を背負って、死に物狂いで勉強して、やっとの思いでこの学園の特待生になったのに……! なのに、入学した日から殿下たちが勝手に付きまとってきて……っ!」


「勝手に……?」


「はい! 勉強したいから図書室に行けば、真面目な君も可愛いって邪魔されて、食堂で安いパンを食べていれば、そんなものは捨てろって高級料理を無理やり口に押し込まれて……! 私、本当は静かに一人で勉強して、立派な魔導具技師になって実家に仕送りがしたいだけなんです!!」


涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ミーアは魂からの叫びを響かせた。


「でも……相手は王太子殿下や、高位貴族の息子さんたちで……。学園に平民は私一人だけだし、もし逆らったら不敬罪で殺されるか、実家の家族がどうなるか分からないから……怖くて、ずっと笑って誤魔化すしかなくて……うわぁぁぁんっ!!」


うわぁ。私は内心で、盛大に頭を抱えた。


乙女ゲームのヒロインだの、魅了の呪いだの、そんなチャチなものではなかった。


これは完全に、権力を笠に着た男たちによる特待生への悪質な付きまといの被害者じゃないか!


「なっ……な、なんですって……!?」


カテリーナを始めとする令嬢たちが、扇子を取り落とし、顔面を蒼白にさせた。


「あのバカ共は……国を背負う勉学に励む特待生に対して、己の権力を振りかざして邪魔をしていたというの!? 相手が拒否できないことをいいことに!?」


「そんな……私たちはてっきり、貴女が殿下たちを唆しているのだとばかり……っ」


有能で国を想う彼女たちにとって、権力を持たない平民を力で押さえつけるような男たちの振る舞いは、貴族として最も恥ずべき最低の行為だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい……! 私がもっと、はっきり断れていれば……っ」


土下座して泣き続けるミーア。


「……はぁ。なるほどね、大体の事情は分かったわ。ミーアさん、あんたのパンの代金は受け取らないわ。代わりに……これから私と、そこにいるカテリーナ様たちが、あんたの平和な勉学環境を全力で保証してあげる」


「え……?」


「カテリーナ様。さっきの双方の実家からの密偵の話、覚えていますか?」


私が視線を向けると、有能な悪役令嬢――いや、誇り高きクラエス王国の令嬢は、すぐに私の意図を察して獰猛な笑みを浮かべた。


「ええ、もちろん。……そういうことでしたのね。あの愚か者どもから、この不憫な少女を、物理的かつ社会的に保護すればよいのですね?」


「その通り。密偵たちを使って王子たちの動向を監視し、ミーアさんに近づこうとしたら全力で進路を妨害する。彼女の周りには常にカテリーナ様たちが壁となって付き従い、あのバカ男どもを寄せ付けない、絶対防衛線を構築するんです」


大国の次期王太子妃からの提案に、令嬢たちの目の色が変わった。


「お任せくださいませ! 同じ学園で学ぶ女生徒を、これ以上あの愚か者どもの毒牙にかけるわけにはいきませんわ!」


「ええ! 私たちが責任を持って、ミーアさんを完璧な特待生として首席で卒業させてみせます!」


「み、皆様……っ!」


憎き泥棒猫から一転、守るべき不憫な後輩へと評価が反転したミーアを、令嬢たちが一斉に優しく抱き起こし、ハンカチでその涙を拭い始めた。


「あ、あの……アイラ様、カテリーナ様! 私、何とお礼を言えば……!」


「お礼なら、カテリーナ様たちに出世払いで返しなさいな。私はこのケーキで十分満足してるから」


私がニシシと笑ってフォークを掲げると、ミーアはまるで神か天使でも見るようなキラキラとした瞳で私を拝み始めた。


乙女ゲームのテンプレ展開は、私の食欲と的確なアドバイスにより完全に崩壊した。


ここから先は、有能な令嬢たちと真面目な平民特待生による愚かな婚約者たちを社会的に抹殺し、国を正すための女たちの戦いへとシフトしていくのだ。


うんうん。


これで私の平和な学園生活も安泰ね!


他国の次期王太子妃という最強のカードを切り、クラエス王国のクーデターの火薬庫に特大の着火剤を投げ込んだことにも気づかず、私は出された極上のマカロンを美味しく頬張るのだった。


私が幻のクリームパンを粉砕された事件から、数日が経過した。学園の特別サロンでは、今日も平和で甘いティータイムが開かれていた。


「アイラ様、カテリーナ様! 皆様の『絶対防衛線』のおかげで、殿下たちが図書室に乱入してくることもなくなり、やっと落ち着いて古代魔導術の勉強ができています! 本当に、何とお礼を申し上げればよいか……!」


平民特待生のミーアが、感動の涙を浮かべて深く頭を下げている。


「いいのよ。あんたはしっかり勉強して、立派な魔導具技師になりなさいな」


「ええ。我が国の未来を担う優秀な特待生を、あの愚か者どもの毒牙にかけるわけにはいきませんわ」


私がクッキーを齧りながら言うと、カテリーナたちも誇り高く頷いた。


双方の実家から放たれた密偵たちによる監視と、有能な令嬢たちによる完璧なブロックにより、頭のお花畑なエドガー殿下と取り巻きたちは、完全にミーアから物理的に隔離されていた。


私たちが優雅にお茶を楽しんでいた、その時だった。


「――楽しそうな茶会を開いているね、アイラ。相変わらず、君の周りには面白い話が集まるようだ」


コンコン、と控えめなノックの直後。


サロンの扉が開き、この場にいるはずのない見慣れた金髪の美青年が、優雅な微笑みを浮かべて立っていた。


「じゅ、ジュリアン殿下!?」


私が目を見開くと、カテリーナたち令嬢は。


ヴァリエール王国の王太子殿下……っ!?


と顔色を変え、一斉に立ち上がって最上級のカーテシーを執った。


「どうしてここにいるんですか!?」


「特使として、ここ【クラエス王国】との魔法技術協定の締結に来たのだよ。前半の公務は私が担当することになっていてね。……まあ、表向きは学園の視察ということにして、君の顔を見に来た」


ジュリアン殿下は私の隣に座ると、呆然とするカテリーナたちに、楽にしてくれと鷹揚に頷いた。


相変わらず、隙あらば私を溺愛しにくるフットワークの軽さだ。


「それで? ヴァリエール王国の次期王太子妃殿下は、留学早々、他国でどのような騒動を解決しているのかな?」


ジュリアン殿下が、面白そうに目を細めて尋ねてくる。


私は肩をすくめ、クリームパンの恨みから始まり、双方の実家の密偵による監視網の構築。


そして、実はミーアは権力ハラスメントの被害者だった。という、クラエス王国王太子たちの呆れた体たらくの全容を説明した。


話を聞き終えたジュリアン殿下は、紅茶のカップをそっとテーブルに置いた。


そして、そのエメラルドの瞳に、ぞくりとするほどの冷酷で腹黒い歓喜の光を宿したのだ。


「……なるほど。クラエス王国の次期国王と重鎮の息子たちが、揃いも揃って平民の特待生に権力ハラスメントを行い、国を支える優秀な婚約者たちを蔑ろにしている、と」


「殿下、悪い顔になってますよ」


「ふっ、仕方あるまい。大国の特使として、これほど素晴らしい外交交渉のカードはないからな。しかも、令嬢や婚約者側の実家の密偵たちが、すでにその確固たる裏付けを固めているのだろう?」


ジュリアン殿下は、悪魔のように艶やかに微笑んだ。


「カテリーナ嬢と言ったか。君たち有能な令嬢の苦労は、この私が保証しよう。……私からも少し、クラエス国王に苦言を呈する形で動いてみるよ。大国の王太子からの忠告となれば、向こうの国王も愚息の暴走を放置するわけにはいかなくなるからね」


「じゅ、ジュリアン殿下……! なんという慈悲深さ……! 心より感謝申し上げますわ!」


「素晴らしいネタが手に入った。アイラ、君をこの学園に送り出したのは大正解だったよ。……では、今夜の王宮の夜会でエスコートするから、ドレスを着て待っているように」


ジュリアン殿下は私にウインクを残し、極上の獲物を見つけた狩人のような足取りで、満足そうに学園を去っていった。


……あーあ。クラエス国王、今頃ジュリアン殿下に何を吹き込まれて、どんな胃痛を味わうことになるのやら。


私は出されたマカロンを頬張りながら、密かに他国の国王に同情したのだった。



その日の夜。 クラエス王国の王宮で開催された、各国の特使や高位貴族を招いた豪奢な夜会。


私はヴァリエール王国の次期王太子妃として、ジュリアン殿下にエスコートされながら会場へと足を踏み入れていた。


「ん〜っ! さすが他国の王宮の夜会、ビュッフェのメニューがうちの国と違って新鮮ね!」


「アイラ、一応他国の王族の目があるのだから、あまり皿に山盛りにするのは……まあいい、好きに食べなさい」


ジュリアン殿下は私の食欲に早々に諦めをつけ、優雅にグラスを傾けていた。


会場を見渡すと、カテリーナをはじめとする有能な令嬢たちが、それぞれの実家の当主と共に、静かに、そして冷ややかな目を光らせて佇んでいた。


その視線の先には――。


「ミーア! なぜ僕を避けるんだ! 君にはこのドレスの方が似合うと言っただろう!」


「あ、あの、殿下……わ、私はお勉強が……!」


相変わらず空気を読まず、嫌がるミーアを無理やり夜会の会場に連れ出し、取り囲んでいるエドガー王太子とポンコツ令息たちの姿があった。


だが、会場の空気は明らかに異常だった。


一段高い玉座の前に立つクラエス王国の国王は、エドガー王太子たちを見るなり、怒りと屈辱で顔面をドス黒く変色させ、今にも卒倒しそうにワナワナと震えている。  


うわぁ……ジュリアン殿下、昼間に国王へ相当えげつない交渉をかけたわね、あれ。


さらに、カテリーナたち令嬢と、その背後に立つ重鎮の貴族たちの目には、もはや次期国王に対する敬意など微塵もなかった。


双方の実家の密偵から裏付けられた、王太子たちの愚行の証拠。


そして、ヴァリエール王国の王太子【ジュリアン】という絶対的な外圧。全ての盤面は、完全にひっくり返っていた。


「……さあ。喜劇の幕開けだ」 ジュリアン殿下が、私の耳元で楽しそうに囁く。


その視線の先――会場の最も目立つ中央に、エドガー王太子とポンコツ令息たちが、怯えてガタガタと震えるミーアを無理やり連れ出してきたのだ。


「カテリーナ・フォン・クラエス! 貴様はそこにいるか!!」


エドガー王太子が、静まり返る会場に響き渡る声で叫んだ。


名指しされたカテリーナは、完璧な淑女の所作でスッと一歩前に出た。


その顔には、微塵の動揺もない。


「ここに。……何か御用でしょうか、エドガー殿下」


「とぼけるな! 貴様がこの純真なミーアに対して行ってきた、数々の悪辣な嫌がらせ……もはや看過できん!」


エドガー王太子は、怯えるミーアの肩を抱き寄せながら。


ミーアは、ヒィッ、と小さな悲鳴を上げて逃げようとしているが、男の腕力で押さえ込まれている。勝ち誇ったように断罪の口上を並べ立て始めた。


「貴様はミーアの才能と美しさに嫉妬し、図書室で彼女が読んでいた古代魔導術の専門書を破り捨てたな! さらには、食堂で彼女に腐った豚の餌のような黒パンを無理やり食わせようとし、あまつさえ階段から突き落とそうとした!!」


うわぁ。私はローストポークを頬張りながら、内心で盛大にドン引きした。


図書室でミーアから本を取り上げたのも、食堂で彼女が節約のために食べていた黒パンを捨てたのも、


お前たちバカ男どもの権力ハラスメントだろうが。


階段の件に至っては、ミーアが何もない平坦な石畳で自ら転んで私のクリームパンを粉砕しただけだ。


それをすべて婚約者の嫉妬による虐めに脳内変換するとは、いくらお花畑でも限度がある。


「殿下の仰る通りだ! 僕の婚約者も、ミーアに暴漢を差し向けて襲わせようとしたに違いない!」


「僕の婚約者なんて、ミーアの靴に画鋲を入れたんだぞ! なんて卑劣な女たちだ!」


取り巻きの令息たちも、エドガー王太子に便乗して自分たちの婚約者を次々と糾弾し始めた。


証拠など何一つない、完全な妄想と偏見のオンパレードだ。


彼らは、悲劇のヒロインを守る正義の騎士を気取っているつもりなのだろう。


だが、糾弾されたカテリーナたち令嬢の反応は、エドガーたちの予想とは全く異なるものだった。


泣いて許しを乞うわけでも、見苦しく喚き散らすわけでもない。


ただ、扇子で口元を隠し、絶対零度の冷ややかな目で見下すように彼らを見ていたのだ。


「で、殿下……! ち、違います、カテリーナ様たちはそんなこと……っ!」


見かねたミーア本人が、真っ青な顔で否定しようと声を振り絞った。


「無理して庇わなくていいんだよ、ミーア。君は優しすぎる。僕が、君を虐げるこの醜悪な女たちを必ず排除してあげるからね」


「違いますぅぅっ! 助けてくれたのはカテリーナ様たちで……ひぐっ、離してくださいぃ!」


エドガーはミーアの必死の訴えを、恐怖による強がりと完全に勘違いし、さらに力強く彼女を抱きすくめた。


もはや会話が成立していない。


双方の実家の密偵から裏付けられた王太子たちの愚行の完全なる証拠は、すでに国王と当主たちの手元に提出済みである。


彼らのこの痛々しい断罪劇は、自らの首を絞めるための完璧な公開処刑の舞台でしかなかったのだ。


何も知らないエドガー王太子は、己の正義を疑うことなく、深々と息を吸い込んだ。


「平民であろうと、僕の愛する彼女ミーアを次期王太子妃に迎えることを、ここに宣言する!」


エドガー王太子が、頭のお花畑全開でそう叫んだ瞬間。


会場は水を打ったように静まり返り――直後、クラエス王国国王の怒号が、王宮のガラス窓をビリビリと震わせた。


「黙れ、この大馬鹿者どもがぁぁぁっ!!」


「ち、父上……!?」


エドガー王太子と、その後ろでミーアを守る。


と意気込んでいたポンコツ令息たちは、国王のガチギレした姿を見てビクッと肩を跳ねらせた。


国王は玉座から立ち上がり、怒りと屈辱で顔をドス黒く染めながらエドガーたちを睨みつけた。


「貴様らのこれまでの数々の愚行、全て筒抜けなのだぞ! 国を支えるべき優秀な婚約者たちを蔑ろにし、あまつさえ、権力を持たない平民の特待生に己の権力を笠に着て無理やり付きまとっていたとは! 王族として、貴族として、これ以上ない恥晒しだ!」


「な、何を仰いますか! 僕はミーアを愛して……」


「黙れ! 貴様らのストーカーまがいの権力ハラスメントの証拠は、すでに双方の実家から放たれた密偵たちによって完全に裏付けられている!」


「それに、大国ヴァリエール王国のジュリアン王太子殿下からも、直々に、我が国の王太子の素行について厳重な抗議を受けているのだぞ!」


国王がチラリとこちらを見ると、私の隣に立つジュリアン殿下は、グラスを片手に優雅で腹黒い微笑みを浮かべてみせた。


うわぁ……ジュリアン殿下のちょっとした苦言、完全に致命傷のトドメになってるじゃない。


私はローストポークを咀嚼しながら、事の顛末をワクワクと見守った。


「エドガー! 貴様は本日をもって王太子の座を廃嫡とする! その他、同調した令息どもも全員、実家の継承権を剥奪し、国境警備の最前線にある修道院で一生土を耕し反省の日々を送るがよい!」


「そ、そんな! 父上!」


「カテリーナ! 僕を見捨てないでくれ!」


泣き叫ぶエドガーたちを、カテリーナたち令嬢は扇子で顔を隠し、自業自得ですわ。


さようなら、すっとこどっこい。


と氷のように冷たく見下ろしていた。


騎士たちに引きずられていくポンコツ男たちの姿は、実に滑稽だった。


男たちが退場させられた後、国王は静かに息を吐き、今度は一人残されて震えているミーアへと向き直った。


「……ミーアとやら」


「ひぃっ! は、はいぃぃっ! 申し訳ございません、私なんかが、その……っ」


「顔を上げなさい。……此度は、我が国の愚息どもの横暴により、勉学の機会を奪われ、恐ろしい思いをさせたこと、この国の最高権力者として深く謝罪する。貴女が彼らを唆したのではなく、逆らえなかった被害者であることは調査で明白になっている。これまでの精神的苦痛への慰謝料と、今後の学園での特待生としての最高級の支援は、王室が全額保証しよう。……どうか、立派な魔導具技師になって、この国を支えてやってほしい」


「こ、国王陛下……っ! ありがとうございます、ありがとうございますぅぅっ!」


ミーアは感極まってその場に泣き崩れ、カテリーナたち令嬢が優しく彼女を抱き起こして背中を撫でていた。


おおー、国王陛下、話が分かる名君じゃないの。これならクラエス王国も安泰ね!


「……さて。これでカテリーナ嬢たちも、あの愚かな婚約者と縁を切り、新たな有能な伴侶を迎えるか、あるいは自らが当主として国を引っ張っていく輝かしい未来が開けたというわけだ。彼女たちの優秀さを考えれば、これからのクラエス王国の発展は目覚ましいものになるだろうね」


ジュリアン殿下が、私の耳元で楽しそうに囁く。


「ですね。ミーアさんもこれで平穏に勉強できるし、メデタシメデタシです。……あ、お肉のおかわりもらってきてもいいですか?」


「お前は本当に……他国の歴史的瞬間を、ただのディナーの余興くらいにしか思っていないな」


ジュリアン殿下が呆れたように笑う。


カテリーナたち令嬢が、遠くから私に向かって深い感謝と忠誠の最敬礼をしているのが見えたが、私は、どういたしまして。


と心の中で返しつつ、ビュッフェの新作スイーツへと足取り軽く向かった。


有能な令嬢たちに的確な助言を与え、他国のクーデター騒動を解決し、大国の次期王太子妃としての権力基盤を無自覚に盤石にしてしまった私。


その事実が、後々クラエス王国からの絶大な支持という形でさらなる面倒な外交案件を引き寄せることになるのだが……今の私にとっては、目の前の美味しいケーキの方が一万倍重要だった。


「ん〜っ! クラエス王国のケーキも最高ね!」


クラエス王国の王宮夜会で、見事なまでに自滅したエドガー元王太子とその取り巻きたちの断罪劇から、数日が経過した。


私たち最強の6人組と教皇セレスは、今日もクラエス王国王立魔法学園の広大な学生食堂で、平和でカロリーに満ちたランチタイムを満喫していた。


「ん〜っ! やっぱりクラエス王国の学食は最高ね! この特製デミグラスソースのチーズハンバーグ、お肉の旨味とチーズのコクが絶妙なバランスで絡み合ってて、カロリーの暴力って感じがたまらないわ!」


「お姉様、本当によく食べますね。でも、こちらの魚介とトマトの冷製パスタもさっぱりしていて美味しいですよ」


「ふははは! 私はこの特大ステーキをもう一枚追加じゃ! 学食とはいえ、中々侮れぬ味をしておるな!」


私がハンバーグを頬張り、リリアが優雅にパスタを巻き、少女の姿の教皇セレスが豪快に肉を喰らっている。


相変わらず、新しい教皇はずいぶんと豪快だ。


ノアは分厚い魔導書を読みながらサンドイッチを齧り、セリアとクロードは、どっちが早く大盛りカレーを完食するか、という不毛な勝負を繰り広げ、ミアはそんな彼らをオドオドしながらも見守っていた。


夜会でのドロドロした権力闘争が嘘のような、実に穏やかな学園の日常だ。


「――相変わらず、君のテーブルだけは別の国のような賑やかさだな」


不意に、私たちのテーブルの横にスッと一つの影が落ちた。


顔を上げると、周囲の女生徒たちが顔を赤らめて遠巻きに見つめる中、完璧な微笑みを浮かべた金髪の美青年――ヴァリエール王国の王太子ジュリアン殿下が立っていた。


「あら、ジュリアン殿下。特使のお仕事は終わったんですか? ハンカチなら貸しませんよ、今ソースがついてるので」


「お前のその食い意地には恐れ入るよ。……まあいい、少し隣に座らせてもらうぞ」


ジュリアン殿下は私の隣に腰を下ろすと、周囲に聞こえないようにスッと声を潜め、表情を王太子の冷徹なものへと切り替えた。


「……アイラ。少し、耳障りな情報が入ってきた」


「耳障りな情報?」


私がハンバーグを切る手を止めると、リリアたちもただならぬ気配を察して食事を止めた。


「先日の夜会で廃嫡され、国境の修道院へ護送されたエドガー元王太子と、その取り巻きの令息たちだが……」


ジュリアン殿下は、エメラルドの瞳を細めて忌々しげに言った。


「目的地である修道院に到着し、護衛の騎士たちが馬車の扉を開けた時……彼らは、忽然と姿を消していた。そうだ」


「「「……えっ?」」」


「姿を消したって……逃げたんですか? あの頭のお花畑なポンコツ男たちが、完全武装の騎士の護衛を振り切って?」


「いや、自力で逃亡したわけではない。……道中、護衛の騎士たちは誰一人として異常を感じず、襲撃を受けた形跡も一切なかったそうだ。しかし、外側から厳重に施錠され、窓すらない護送馬車の中だけが、到着した時には完全にもぬけの殻になっていたのだ」


ジュリアン殿下の言葉に、ノアがずり落ちた眼鏡を中指でクイッと押し上げた。


「……僕の計算と分析によれば、彼ら自身の能力で強力な空間転移を使うことは100%不可能です。道中誰も気づかず、外側から鍵がかかったままだったということは、物理的な脱走でもない。……つまり、外部からの極めて高度な空間魔術による強制転移が、走行中の馬車に対して行われたとみるべきですね」


空間転移……。


私は、過去に自分たちがスラムの廃教会で遭遇した事件を思い出した。


あの時も、密室から痕跡もなく子供たちが消え去っていた。


「ねえ、シュシュエル。これって……」


私が、背後に控えていた専属侍女のエマ【シュシュエル】に視線を送ると、彼女は静かに目を閉じ、そして微かに頷いた。


ああ。人間の魔道士が数十人がかりで儀式を行わなければ不可能な規模の空間転移だ。


それを移動中の馬車に対して、痕跡も残さずやってのけるとなれば……考えられる存在は一つしかないな。


シュシュエルの声が、テレパシーのように私の脳内に直接響いた。


「悪魔、ですね」


リリアが青ざめた顔で呟いた。


悪魔は、絶望や憎悪といった強烈な負の感情を好む。


先日の夜会で、国の頂点から一気にどん底の修道院行きへと叩き落とされたエドガーたち。国を追われ、婚約者に見捨てられ、愛していたはずのミーアにも拒絶された彼らの心は、間違いなく巨大な絶望と後悔に染まりきっていたはずだ。


「……悪魔からすれば、極上の供物が護送馬車という名の箱に入って運ばれてきたようなものね」


私が冷たい声で言うと、クロードが背中の魔剣を撫でながらギリッと歯を食いしばった。


「クソッ、あのバカども、最後まで迷惑かけやがって……! 悪魔に利用されて、また王都を吹き飛ばすような爆弾にされるかもしれねえってことかよ!」


「その可能性は極めて高いわ。五千年前の戦争でも、奴らはそうやって絶望した人間を地獄の門を開くための触媒にしてきたんだから」


平和な学園生活の裏側で、再び神話スケールの厄介な陰謀が動き出した。


しかも、今度は他国の元王太子という、政治的にも魔力的にも面倒な爆弾を抱え込んで。


「……ジュリアン殿下。この件、クラエス王国の国王陛下は?」


「極秘裏に捜索隊を出しているが、お手上げ状態だ。……だからこそ、私が君たちの力を借りに来た。彼らが悪魔に魅入られ、最悪の事態を引き起こす前に、居場所を突き止めて未然に防ぎたい」


ジュリアン殿下からの、正式な特命依頼。


私は、残っていたハンバーグを最後の一口で綺麗に平らげ、フォークをドンッとテーブルに置いた。


「……いいわ。受けてあげる」


「お姉様! 私も手伝います! あの愚か者たちがこれ以上、この国を……ミーアさんやカテリーナ様たちを苦しめるのは許せません!」


「おう! 悪魔の気配がするなら、俺の魔剣の出番だぜ!」


リリアが立ち上がり、クロードたちも闘志を燃やす。 私はニシシと笑い、ジュリアン殿下を真っ直ぐに見据えた。


「ただし、相手が悪魔となればカロリーの消費が激しいの。……この事件を解決したら、クラエス王国の王室の厨房も貸し切りにして、極上スイーツの食べ放題を追加してもらうわよ?」


「ははっ、いいだろう。君のその頼もしい食欲と強欲さに、王家の権力を懸けて応えようじゃないか。それに、今回の事でクラエス王国にも天使と悪魔の情報を開示すれば……」


腹黒王太子と探偵令嬢の、悪魔的な契約が再び結ばれた。


消えた元王太子たちと、その背後で糸を引く悪魔の影。


私たちの平和で美味しい留学生活は、クラエス王国全土を巻き込む、新たな神話の死闘へと足を踏み入れていくのだった。



楽しんで頂けたでしょうか?

次は悪魔退治ですね。

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