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偽物令嬢にされて冷遇に文句を言ったら改善されたので本物の令嬢を探してあげました【連載版】  作者: ウナ
第二部

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学園編2

今回は学期をまたぐ休暇回です。

色々フラグを立ててます。

短い長期休暇バカンスに入り、王都のアルジェント公爵邸に帰還した翌日の朝。


公爵邸の豪華なダイニングには、いつもより賑やかな声が響いていた。


「アイラお姉様、リリアお姉様! おはようございます!」


パタパタと足音を立てて私たちに抱きついてきたのは、銀色の美しい髪と、神々しさすら感じる金色の瞳を持った小さな少女だった。


「おはよう、セナ。今日も可愛いわねぇ」


「おはようございます、セナ。よく眠れましたか?」


私とリリアは、競うように小さな妹の頭を撫でた。


彼女の名前はセナ。私と同じスラムの廃教会の出身で、マリー姉ちゃんと同じく数年前の事件の時に、アルジェント公爵邸に使用人見習いとして引き取られていた子だ。当時は6歳だった彼女も、今は10歳。私にとっては廃教会時代からの可愛い妹分である。


しかし、最近になって彼女の重大な秘密が発覚した。彼女はただの孤児ではなく、人間と『天使』の血を引くハーフだったのだ。


「えへへ、お姉様たちに撫でてもらうの大好き!」


無邪気に笑うセナの背後には、専属侍女であるエマが静かに控えている。


エマの中には天使のシュシュエルが間借りしているわけだが、彼女がセナの専属侍女に任命されたのには、深い理由があった。


実は、数年前の私の誘拐事件の際、公爵邸を覆っていた強力な『認識阻害の結界』を無意識に破り、天界から降り立ったシュシュエルが最初に接触したのが、当時、既に公爵邸で使用人見習いとして仕事を学んでいる途中だった幼いセナだったのだ。


その後、リュカの魔法が盗まれる事件を機に、天使の軍隊の部隊長から地上への常駐を命じられたシュシュエルは、エマに事情を話して彼女の体を間借りすることになった。


そして地上に留まる中で、シュシュエルはあの時結界を破ったセナが『自分と同じ部隊に所属していた天使の娘』であることを思い出したのだ。


天使との混血児など、教会勢力が見つければ「神の御使い」として強引に引き抜き、権力闘争の道具にすることは火を見るより明らかだった。


事態を重く見たシュシュエルから相談を受けたお父様は、教会の手が伸びるより先に公爵家の特権を使ってセナを徹底的に保護し、正式にアルジェント家の『養女(三女)』として迎え入れたのである。


現在、エマ(シュシュエル)はセナの監視役兼、教会に対する牽制役ホットラインとして機能しているだけでなく、かつての同僚の娘であるセナに『正しい天使の力の使い方』を密かに教える家庭教師のような役割も担っていた。


「セナ、走ると危ないですよ。お嬢様方のご迷惑にならないように」


エマがたしなめると、セナは「はーい」と素直に頷いた。


「いいのよエマ。学園のむさい筋肉ダルマ(クロード)や屁理屈メガネ(ノア)の相手ばかりだったから、昔から一緒にいるセナの天使の笑顔は最高の癒やしなんだから」


「……その表現はどうかと思いますが、確かにセナは我が家の宝です。天使の混血などという素晴らしい血筋、アルジェント家で責任を持って立派に育て上げねばなりませんからね」


ドサッ、と大量の紙袋を抱えて現れたのは、お父様レオンハルトとお兄様セオドアだった。


「さあ、可愛い娘たちよ! 今日は約束通り、王都の美味しいもの食べ歩きツアーだ! お父様が持つ全ての財力を注ぎ込んで、王都の経済を回してやろう!」


「護衛の準備は完璧です。不審者がいれば、私の魔法で王都の果てまで吹き飛ばします」


朝から完全に親バカ・妹バカのスイッチが入っている二人に、私とリリアは顔を見合わせて苦笑した。


馬車で王都の繁華街へと繰り出した私たちアルジェント家の一行は、すさまじい存在感を放っていた。


美貌の公爵令嬢である私とリリア、天使のように愛らしいセナ。


そして、その周囲を警戒度マックスの鋭い目つきで固める、屈強な公爵(お父様)と次期公爵(お兄様)。


エマは一歩引いたところで、やれやれといった顔で付き従っている。


「うわぁ……! すごい人です! お店がいっぱい!」


セナが目をキラキラと輝かせて周囲を見渡した。


公爵邸で安全に保護されていた彼女にとって、こうして賑やかな市井の空気に触れるのは初めてのことだ。


「さあ、まずはあれよ! 串焼き屋台の『特大スパイシーオーク串』!」


私は目ざとく屋台を見つけ、真っ先に駆け寄った。


学園の繊細な裏メニューもいいが、こういうジャンクでガツンとくる肉の脂と香辛料の味も、たまには無性に食べたくなるのだ。


「おやじさん! 全部で6本、お願い!」


「アイラ、買い食いは公爵令嬢としてのはしたない行為だぞ! ……しかし、私の分まで買ってくれるとは、なんて優しい娘だ……!」


お父様は注意しつつも、ホロリと涙を流して財布から金貨をポンと出している。お釣りはチップだそうだ。


「あちっ、でも美味しい!」


「お姉様、お口の周りにタレがついてますよ」


私とリリアが串焼きにかぶりついていると、セナも小さな口を大きく開けてお肉に噛み付いた。


「ん〜〜っ! お肉、おいしいです! じゅわってします!」


「ふふふ、そうでしょう? 私の妹なら、美味しいものをいっぱい食べて、立派に育たなきゃね!」


「はいっ! 私もアイラお姉様やリリアお姉様みたいに、強くて美味しく食べられる立派なレディになります!」


強くて美味しく食べられるレディ。若干意味がズレている気もするが、可愛いので良しとする。


その後も、私たちの買い食いツアーは止まらなかった。


広場で売られている冷たい果実水、裏路地の名店が焼く焼き立てのクレープ、老舗のパン屋の新作ペストリー。


私とリリア、そしてセナの女子三人組が「あれ食べたい!」「こっちも美味しそう!」と指をさすたびに、お父様とお兄様が光の速さで財布を開き、瞬く間に両手が紙袋と食べ物で埋まっていく。


「お父様、お兄様、少し買いすぎではありませんか? 食べきれませんよ」


リリアが心配そうに言うが、お兄様は満足げに胸を張った。


「問題ありません、リリア。食べきれない分は、邸の騎士たちへの差し入れにします。それに、君たちが笑ってくれるなら、これくらい安いものです」


「うむ。むしろ王都中の店を買い占めたい気分だ」


相変わらずの溺愛ぶりに、私は呆れながらも頬が緩むのを止められなかった。


「……平和ですねぇ」


背後でエマ(シュシュエル)が、串焼きを上品に齧りながらボソリと呟いた。


魔女と白魔法使い、そして天使のハーフが一緒に買い食いをしているという、客観的に見ればとんでもない光景だが、今はただの幸せな家族の休日にすぎない。


「アイラお姉様! あそこのお店、すごく甘くていい匂いがします!」


セナが、通りを指差してぴょんぴょんと飛び跳ねた。少しだけ、彼女の足元がふわりと地面から浮いているように見えたのは、シュシュエルの特訓の成果だろうか。


「よしきた! デザートは別腹よ! 突撃ー!」


「はいっ! 突撃ですー!」


私はセナの手を引き、リリアも笑って後に続く。


後ろからは、両手に荷物を抱えたお父様とお兄様が「転ばないようにな!」と慌ててついてくる。


学園でのドタバタな連帯責任生活も楽しいが、やっぱりこの過保護で温かい家族の時間は最高だ。


私は心の底からリフレッシュしながら、短いバカンスと美味しい王都の味を限界まで堪能するのだった。


アルジェント公爵家でのバカンスは、王都での買い食いツアーだけでは終わらない。


私たちには、まだ行使すべき「重大な権利」が残されていた。


「さあ、今日は王宮へ乗り込むわよ! 探偵編の時に王家と結んだ『王宮スイーツ永久食べ放題契約』、いよいよ発動の時ね!」


「お姉様、あくまでご挨拶と近況報告がメインですからね? あまりお行儀の悪い食べ方はダメですよ」


私の宣言にリリアが苦笑しながらも、私たちは馬車に乗り込み王宮へと向かった。


本日のメンバーは私とリリア、そして王宮の極上スイーツを食べさせるために連れてきたセナ。付き添いのメイドとして、マリー姉ちゃんとエマ(中身は天使シュシュエル)も一緒だ。


王宮の壮麗な庭園に設けられた、貴賓用の白亜のガゼボ(西洋風あずまや)。


そこで私たちは、王家の方々との優雅な(?)ティータイムを過ごしていた。


「リリア嬢、今日のドレスもとてもよく似合っている。学園の東屋も良いが、王宮の庭園で君と飲む紅茶は格別だね」


「ふふっ、ありがとうございます、エドワード殿下。殿下のお顔を見られて、私も嬉しいです」


テーブルの右半分では、第二王子のエドワード殿下とリリアが、周りにキラキラとした花が飛んでいそうなほど甘くロマンチックな空間を作り上げている。


一方、テーブルの左半分では。


「お前……相変わらず底なしだな。少しは公爵令嬢としての矜持を持ったらどうだ? 王家のパティシエが泣くぞ」


「第一王子たるもの、食欲の秋という言葉くらい理解なさいな、ジュリアン殿下! この三段重ねのタルト、最高に美味しいわよ!」


呆れ顔で頬杖をつく第一王子ジュリアンに対し、私は両手にフォークを持って次々とケーキを胃袋に収めていた。


「はぁ。王立学園での成績はトップらしいが、中身は昔と全く変わってないな、お前は」


「殿下こそ、相変わらず小言の多いお姑さんみたいね」


私とジュリアン殿下は、幼なじみ特有の遠慮のない軽口を叩き合っていた。


「……あれ? そういえば、セナは?」


ふと気付くと、一緒にガゼボに来ていたはずのセナの姿がない。付き添いのマリー姉ちゃんとエマも見当たらない。


「セナちゃん? そういえば、先ほど『お花を摘んできます』とメイドたちと席を外していましたが……遅いですね」


リリアも周囲を見回す。


「まさか、王宮で迷子!? 大変、探しに行かないと!」


私とリリア、そしてジュリアン殿下とエドワード殿下の四人は、慌てて席を立ち、王宮の奥へと向かった。


「セナー! マリー姉ちゃーん、エマー!」


王宮の廊下を探し歩き、私たちが「国王陛下のプライベートサロン」の扉の前に差し掛かった時だ。


中から、信じられない声が聞こえてきた。


『おお……なんという愛らしさだ。さあ、もう一口どうかな、セナちゃん?』

『あーん! ん〜っ、王様のお口に入れてくれるイチゴ、とっても美味しいです!』

「「…………は?」」


ジュリアン殿下とエドワード殿下の顔が、同時に引きつった。


私たち四人は、恐る恐るサロンの重厚な扉を少しだけ開けて中を覗き込んだ。


そこには、カオスな光景が広がっていた。


「ち、父上……!?」


「陛下!? 一体、何をされているのですか!?」


二人の王子が思わず扉を開け放って叫んだ。


部屋の中央にある豪華なソファ。


普段は威厳と冷徹さを纏い、諸侯から恐れられている絶対君主である国王陛下が……なんと、小さなセナを自分の膝の上に乗せ、デレデレの笑顔でケーキを『あーん』と食べさせていたのだ。


その後ろでは、マリー姉ちゃんが白目を剥いて気絶寸前になっており、エマ(シュシュエル)はやれやれと肩をすくめている。


「おお、ジュリアンにエドワードか。見てみろ、この純真無垢な天使を! 日頃の激務と貴族たちの権力闘争でささくれた私の心が、みるみる浄化されていくのが分かるぞ……!」


「王様、もっと撫でていいですよ! えへへ」


「おおおお! なんて良い子なのだ!」


完全に孫を愛でるお祖父ちゃん状態である。


二人の王子は「あの厳格な父上が……」と頭を抱えて崩れ落ちた。


「ちょっとエマ、どういう状況よこれ?」


私がヒソヒソと尋ねると、エマ(シュシュエル)が小さな声で答えた。


『庭園を散歩していたら、たまたま執務帰りの国王と鉢合わせたのです。そして、この娘から無意識に漏れ出る《天使の癒やしオーラ》をモロに浴びてしまい……疲労困憊の人間が抗えるはずもなく、ご覧の有様というわけです』

「なるほどね……」


天使のハーフの魅力、恐るべし。


「まあ! 抜け駆けはずるいですわよ、陛下!」


そこへ、サロンの奥の扉から華やかなドレス姿の王妃様が現れた。


「母上! 父上のご乱心を止めて……!」


ジュリアン殿下が縋るように叫ぶが、王妃様の目はセナに釘付けになっていた。


「私もセナちゃんを抱っこして、マカロンを食べさせます! ほら陛下、代わってくださいな!」


「むっ、ならん! 今は私の膝の上だ!」


「王様も、王妃様も、どっちも大好きですー!」


「「おおおおおっ……!!」」


セナの無邪気な一言で、この国のトップ二人が同時に陥落した。


まさかの王妃様まで参戦し、国王と王妃による『セナちゃんへのスイーツ餌付け合戦』が勃発してしまったのだ。


「……もうダメだ、この国の王家は終わりかもしれない」


ジュリアン殿下が遠い目をして壁に寄りかかる。


「ふふふ。でも、国王陛下も王妃様も、セナちゃんが天使のハーフだってご存知なんですよね?」


リリアが不思議そうに首を傾げる。


「うむ」


セナにマカロンを口に運びながら、国王陛下が頷いた。


「レオンハルトから『本物の天使のハーフを我が家の三女にした! 可愛かろう!』という、親バカ全開の自慢の手紙が来てな。半信半疑だったが……これを見れば納得だ。教会が血眼になって欲しがるのも無理はない」


「ええ、こんなに可愛い天使、教会なんかに絶対に渡してなるものですか! 王家の権力をもってしても、全力でアルジェント家のこの子を守り抜きますわ!」


王妃様もすっかりその気だ。


どうやら、お父様の根回し(親バカ自慢)は、王家を完全に味方につけるという最高の形で機能したらしい。


「王様と王妃様が守ってくれるなら、教会の連中も手出しはできないわね」


私はホッと胸を撫で下ろした。


「ほら、ジュリアン殿下もエドワード殿下も、落ち込んでないで一緒にスイーツ食べましょう! せっかくの食べ放題なんだから!」


「お前は本当に……自分の欲望にだけは忠実だな」


ジュリアン殿下が呆れながらも、差し出した私の手を取って立ち上がる。


隣では、エドワード殿下がリリアに勧められたクッキーを照れくさそうに齧っていた。


セナを膝に乗せてご満悦の国王夫妻と、甘い時間を過ごすリリアとエドワード殿下。そして、気絶から復帰したマリー姉ちゃんと苦笑するエマ。


私は、最高級のケーキを口いっぱいに頬張りながら、このカオスで甘い王宮での休日を、心の底から満喫するのだった。


王宮での「スイーツ永久食べ放題」という甘くカオスな癒やしの時間を満喫した翌日。


学園はまだ休みの期間中だったが、私たち連帯責任グループの6人は、誰もいない旧校舎の空き教室に集結していた。


「さて。連日の特訓と治療もあらかた終わって、あんたたちボトム3人も無事に『主力メンバー』の顔つきになってきたわね」


教卓の前に立ち、私は満足げに5人を見渡した。


文字の呪いを克服し、新たな魔法回路とタトゥーを得て炎の魔法剣士として覚醒しつつあるクロード。


魔力鈍感を克服し、明晰な頭脳と莫大な魔力で精密な魔法を操るようになったノア。


そして、恐怖を克服し、白魔法使いとしても覚醒した水魔法使いのミア。


私とリリア、セリアも含め、今の私たち6人は学園でもトップクラスの戦闘力と対応力を持つチームに成長していた。


「で? 休みの日だっていうのに、わざわざ集まって何の用だ? また新しい特訓か? それとも、美味いもんでも食いに行くのか?」


クロードがワクワクした顔で尋ねてくる。


「食べ歩きはまた今度よ。今日は、ずっと気になってた『ある事柄』の調査に乗り出そうと思って」


私は真剣な表情を作り、クロードをビシッと指差した。


「クロード。あんたの魔法回路を意図的に完全に破壊した、クソ野郎の正体を突き止めるわよ」


私の言葉に、教室の空気がピリッと引き締まった。


「……アイラ嬢。あれは『今はどうでもいい』と言っていたのでは?」


ノアが眼鏡を押し上げながら尋ねる。


「あの時は治療が最優先だったからね。でも、今は違う。うちの可愛い(?)チームメイトにこんな非道な真似をしたヤツが、のうのうと生きてるなんて腹の虫が収まらないのよ」


「アイラ様、素敵です! 悪人には私の『聖なる一撃フルスイング』で神の裁きを下さねばなりません!」


セリアが鼻息を荒くして木剣を素振りする。


「当の俺は、今は魔法も使えるようになったし、別に気にしてねえんだけどな……」


クロードがポリポリと頬を掻くが、リリアが静かに首を振った。


「ダメですよ、クロードさん。あなたほどの魔力を持つ子供を、殺すでもなく、わざわざ回路だけを破壊して放置した。そこには必ず、何か恐ろしい意図があります」


「僕の計算でも、リリア嬢の意見に同意です」


ノアが黒板の前に立ち、チョークで図を書き始めた。


「クロードの回路の潰れ方は、物理的なものではなく、極めて高度な『呪術』によるものでした。これを実行できるのは、宮廷魔術師クラスの相当な手練れだけです。クロード、君は幼い頃、どこで誰にやられたか全く覚えていないんですね?」


「おう。気づいたらスラムの路地裏で全身激痛で倒れててさ。それ以前の記憶がスッポリ抜けてんだよ」


クロードの言葉に、私は頷いた。


「そこで、ミアの出番よ」


「えっ、私ですか?」


ミアが目を丸くする。


「ええ。ミアの白魔法使いとしての固有スキル『聖なる水底ホーリー・ハイドロ』。あれは、水を通じて対象の深い精神や記憶を浄化・投影する力があるはずよ。クロードの失われた記憶を、水鏡に映し出してみてちょうだい」


「なるほど! さすがはお姉様、完璧な作戦です!」


ミアは「は、はいっ! やってみます!」と強く頷き、クロードの前に立った。


彼女の杖の先から、清らかな青い水が溢れ出し、空中に大きな水鏡を作り出す。


「クロードさん、少し冷たいですが、リラックスしてくださいね」


ミアがクロードの額にそっと指を触れる。


水鏡に波紋が広がり、やがてぼんやりとした映像が浮かび上がってきた。


――それは、薄暗い地下室のような場所だった。


石造りの冷たい床に、幼いクロードが縛り付けられている。


『……素晴らしい魔力量だ。だが、平民のガキがこれほどの力を持つなど、神の定めた秩序に反する。……この力は、我ら《深淵》が有効活用させてもらう』

水鏡の中に、顔を黒いローブと深いフードで隠した男が現れた。


呪文を唱えるため、男がゆっくりと顔を上げた瞬間――フードの奥の素顔が露わになる。


「ひっ……!」


映像を見ていたミアが、思わず短い悲鳴を上げた。


男の顔にあったのは、人間の瞳ではなかった。白目すらなく、底なしの泥のように濁った『黒一色』に塗りつぶされた両目。光をすべて吸い込むような、絶対的な闇がそこにあった。


男が呪文を唱えると、幼いクロードの体から強烈な光が放たれ、同時に彼が絶叫を上げる――。


「……っ!!」


クロードが頭を押さえて顔を歪めた。


「そこまでです!」


リリアが咄嗟に白魔法でクロードを癒やし、ミアが水鏡を解除する。


「はぁっ、はぁっ……思い、出した。あのローブの男……!」


息を切らすクロードに、ノアが興奮した声で身を乗り出した。


「見えましたか、皆さん! 今の映像、男の指に光っていた指輪の紋章を!」


「ええ。確かに見えたわ。『双頭の蛇』の紋章ね」


私が答えると、ノアは眼鏡をギラリと光らせた。


「やはり。あれは、数百年前に滅びたとされる王国裏社会の暗殺・呪術教団『黒蛇の目』の紋章です。まさか、現代に生き残っていたとは……! しかも、彼らの信仰する『神』というのは一般的な光の神ではありません。禁忌とされる『邪神』です」


「邪神ね。私やリリアから言わせれば、ただの『高位の悪魔』よ」


私が冷たく吐き捨てると、クロードたちが揃って目を丸くした。


「あ、悪魔!? いやいや、悪魔ってただのおとぎ話だろ!?」


クロードが素っ頓狂な声を上げる。


「僕の計算でも、悪魔の実在を証明する科学的・魔術的データは存在しません。あくまで比喩表現ですよね……?」


ノアも眼鏡をずらしながら信じられないという顔をしている。


「あ、悪魔さんなんて、そんな怖いもの……本当にいるんですか?」


ミアも怯えたように私のローブの裾を掴んだ。


無理もない。一般の人間にとって、天使や悪魔というのは神話の中だけの存在だ。


だが、私たちは数年前の事件の時から、その存在を嫌というほど知っている。


「いるのよ。あんたたちが知らないだけでね。そして、悪魔がいるのなら……こっちには『天使』の出番ってわけ」


「……え?」


ポカンとする3人をよそに、私はリリアとセリアに視線を送った。


「ええ。セナちゃんやエマさん(シュシュエル)の持つ、あの神々しく光り輝く天使の力とは真逆……。あの黒く塗りつぶされた瞳は、間違いなく悪魔に魅入られ、同化した者の瞳です」


リリアが険しい顔で頷く。


「相手が悪魔教団となれば、規模によっては私たちだけじゃなく、専門家の応援を呼ばないといけませんね!」


セリアが木剣を握り直して言った。


「天使って……おいおい、今度は天使かよ!? どうなってんだお前らの周りは!」


「僕の常識が……これまでの人生で積み上げてきた論理が崩壊していく……」


パニックになりかけるクロードと、頭を抱えるノア。


「詳しい話は道中と、向こうに着いてから説明してあげるわ。とりあえず、学園は休みなのにこんなカビ臭い空き教室で話し込んでても仕方ないしね」


私は腕を組み、不敵な笑みを浮かべた。


「面白くなってきたじゃない。ただの学園生活じゃ退屈してたところよ。相手が古の暗殺教団だろうが悪魔崇拝者だろうが何だろうが、完膚なきまでに叩き潰して、クロードの落とし前をつけさせるわよ! さあ、行くわよあんたたち!」


「アイラ嬢……お前、本当に公爵令嬢か? スラムの顔役みたいなこと言ってるぞ」


クロードが呆れながらも、その目には確かな闘志が宿っていた。


「アイラ様がおっしゃるなら、どこまでもついていきます!」


「……ええい、乗り掛かった船です。僕の頭脳で、悪魔でも天使でも分析してやろうじゃないですか」


「わ、私も……みんなを守るために、戦います!」


リリアとセリアも力強く頷き、私たちの意思は一つにまとまった。


クロードの過去に隠された巨大な陰謀と、天使と悪魔という裏の世界の対立。


それらを全てひっくるめて解決すべく、私たち『最強の6人組』は、天使の専門家シュシュエルの待つアルジェント公爵邸へと足早に向かうのだった。


王立学園の旧校舎から急いで馬車を走らせ、私たち6人はアルジェント公爵邸へと帰還した。


お父様とお兄様は騎士団の仕事で不在だったため、私たちはすぐさまサロンに専属侍女の『エマ』を呼び出した。


「エマ。急でごめんなさい、シュシュエルに代わってもらえるかしら。緊急事態なの」


「畏まりました、お嬢様」


エマが静かに目を閉じ、深く息を吸い込む。


次に彼女が目を開けた瞬間――その瞳は神々しい金色に輝き、背後には幻影の白い羽が大きく広がった。


「「「うおおおおっ!?」」」


「「「ひぃぃっ!?」」」


その神々しい変貌を目の当たりにしたクロード、ノア、ミアの三人が、文字通り飛び上がってソファの裏に隠れた。


「め、メイドの姉ちゃんから後光が射してるぞ!?」


「質量を持たない光の翼……。これが超常存在『天使』……! ああ、僕のこれまでの科学的知見が音を立てて崩壊していく……!」


「す、すごいです……綺麗すぎて、目が潰れちゃいそうです……!」


パニックになる三人組をよそに、エマの姿をした天使シュシュエルは、やれやれと深くため息をついた。


「……相変わらず騒々しい娘だ。せっかく昼寝を満喫していたというのに、今度は何事だ?」


「ごめんね、シュシュエル。でも、見過ごせない情報を掴んだの」


私は、ミアの『聖なる水底』で視たクロードの過去の記憶――彼を縛り付け、魔法回路を破壊した『黒蛇の目』という教団と、黒く塗りつぶされた目を持つ悪魔崇拝の男について説明した。


「……なるほど。数百年前に滅ぼしたはずの『邪神』の信徒どもが、地下深くで生き延びていたということか。人間界の衛生管理はどうなっているのだ、全く」


シュシュエルは忌々しそうに舌打ちをすると、ソファの裏で震えているクロードにツカツカと歩み寄った。


そして、クロードの顔をジッと覗き込む。


「……む?」


「な、なんだよ。俺の顔に何かついてるか?」


クロードが引きつった顔で後ずさる。


「……なるほどな。お前の魔法回路が意図的に破壊されていた理由、そして、魔法を放てない代わりに『自動的に強力な身体強化が発動する』という奇妙な体質の理由が分かったぞ」


シュシュエルは腕を組み、私たち全員を見渡した。


「クロード。お前は、5千年ほど前の悪魔との全面戦争で、我々天界の軍勢と共に地上で悪魔と戦い続けた『討魔の戦士』の末裔だ」


「と、討魔の戦士の末裔!? 俺が!?」


「そうだ。お前のその莫大な魔力は、先祖代々受け継がれてきたもの。そして『自動身体強化』は、悪魔の放つ猛毒の瘴気から身を守り、物理的な一撃で悪魔の装甲を粉砕するために最適化された、お前の一族特有の『戦闘血脈』なのだ」


シュシュエルの言葉に、私たちは息を呑んだ。


クロードのあの規格外の身体能力と魔力は、ただの突然変異ではなく、人類を悪魔から守るために研ぎ澄まされた『歴史の結晶』だったのだ。


「『黒蛇の目』の悪魔崇拝者どもは、お前の血筋の危険性に気付いたのだろう。殺せば天界に気付かれる恐れがある。ゆえに、お前の魔法回路だけを呪術で破壊し、魔力の暴走によって自滅するように仕向けたのだ」


「……あの野郎ども。俺の先祖が強かったからって、そんな卑怯な真似を……っ!」


クロードがギリッと拳を握り締める。


「だが、アイラたちが新しい回路とタトゥーを刻んだことで、お前は再びその力を行使できるようになった。……ならば、返す時が来たようだな」


シュシュエルは虚空に向かって手を伸ばした。


すると、空間が黄金の光と共に割れ、そこから重厚な装飾が施された『一本の大剣』がゆっくりと現れた。


「こ、これは……」


「我ら天界が長らく管理・封印していた、お前の先祖が使っていた魔剣……『討魔の大剣ヴァルム』だ。本来の持ち主の末裔が力を取り戻した今、これはお前が振るうべきものだ」


シュシュエルが魔剣ヴァルムを差し出すと、クロードは震える手でその柄を握った。


ズワァァァッ……!

その瞬間、クロードの全身から燃え盛るような闘気と魔力が溢れ出し、大剣の刃が美しい真紅の光を放って共鳴した。


「すげえ……。なんだこれ。初めて持った気がしねえ……。剣が、俺の魔力に喜んで応えてくれてるみたいだ……っ!」


クロードの目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。


それは、過酷なスラムの生活を生き抜き、理不尽に奪われた力を取り戻し、ついに自分自身の本当のルーツと誇りに巡り会えた男の、魂の涙だった。


「クロードさん、かっこいいです……!」


ミアが感動して両手を組む。


ノアも「ふっ。非科学的ですが、美しい光景ですね」と眼鏡を拭いていた。


「よし。これでクロードの装備も完璧ね!」


私もリリアたちと顔を見合わせて笑い合った。


「喜ぶのはまだ早いぞ、人間の小娘ども」


シュシュエルは厳格な声色に戻り、懐から『純白の羽飾りがあしらわれた小さな笛』を取り出して私に投げ渡した。


「これは『天星の呼子てんせいのよびこ』だ。お前たちが『黒蛇の目』のアジトを突き止め、万が一、高位の悪魔が現れるような事態に陥ったら、迷わずそれを吹け。人間界のことわりを超えた存在には、我ら天使の軍勢が相対しよう」


「いいの? 天界の戦士様が、直々に加勢してくれちゃって」


私がニヤリと笑うと、シュシュエルも不敵に微笑み返した。


「勘違いするな。我々の目的はあくまで悪魔の殲滅だ。ついでにお前たちの命を拾ってやるだけのこと。……それに、セナを保護してくれた礼も、まだ返していなかったからな」


シュシュエルの粋な計らいに、私は「ありがとう」と素直に呼子を握りしめた。


「アイラ嬢! 俺、絶対にあいつらをぶっ飛ばしてやるぜ! 俺の先祖と、俺自身の誇りにかけて!」


魔剣ヴァルムを肩に担ぎ、クロードが太陽のように笑う。


「当然よ! 王立学園のボトム3人組の真の力、あの悪魔かぶれどもにたっぷりと思い知らせてやりましょう!」


私たちは力強く拳を突き合わせた。


悪魔教団『黒蛇の目』との戦いは、もう目の前に迫っていた。


「よし、それじゃあ『黒蛇の目』を完膚なきまでにぶっ潰すわよ!」


アルジェント公爵邸のサロンにて、私は力強く宣言した。


クロードは先祖の魔剣『ヴァルム』を背負い、私は天使を呼ぶ『天星の呼子』を懐に忍ばせている。戦力も装備もバッチリ、士気は最高潮だ。


「おう! やってやるぜ!」


「彼らの教義と呪術体系、僕の頭脳で丸裸にして差し上げましょう」


「わ、私も……みんなの後ろから、全力でサポートします!」


私たちの連帯責任グループ6人は、固い決意で頷き合った。


……だが、私たちはすぐに「とある重大な問題」に直面することになる。


「……で。あいつら、今どこにいるの?」


私の素朴な疑問に、その場にいた全員が沈黙した。


「さあ?」


クロードが首を傾げる。


ノアも眼鏡をずり落ちさせながら、「……僕の計算に、彼らの現在地というデータはインプットされていません」と目を逸らした。


そう。数百年前に滅んだとされる裏社会の暗殺・呪術教団『黒蛇の目』は、現在表立って活動している形跡が全くないのだ。


敵を倒すための最強の剣を手に入れたはいいが、肝心の「斬る相手の居場所」が分からないのでは話にならない。


「仕方ないわ。短い休暇中だからあまり王都を離れられないし、まずは王都内に『黒蛇の目』が潜んでいないか探ってみるしかないわね」


私は気を取り直し、クロードに視線を向けた。


「クロード。あんたが昔、魔法回路を破壊されて倒れていた場所。そこから手がかりを見つけ出しましょう」


クロードの案内に従い、私たち6人は王都の片隅、スラム街の入り組んだ路地裏へとやってきた。


昼間でも薄暗く、じめじめとした苔と生活排水の匂いが混じる場所だ。


「ここだ。ガキの頃、俺が全身激痛で倒れてた場所」


クロードが指差した先は、行き止まりになったゴミ捨て場の裏だった。


「よし。ミア、リリア、セリア。白魔法による『空間記憶の抽出』、やってみて」


「はい、お姉様。……ミアさん、セリアちゃん、合わせますよ」


三人の白魔法使いが協力し、その場に残る過去の残留思念を読み取ろうと試みる。


ミアの『聖なる水底』で映像を定着させ、リリアの高度な白魔法で過去の音波を拾い上げ、セリアの祈り(魔力探知)で邪悪な魔力の残滓を追う作戦だ。


空中に淡く光る水鏡が展開され、そこに過去の光景が浮かび上がろうとする。


……しかし。


「ダメです……! 映像が、うまく結像しません……っ!」


ミアが額に汗を浮かべ、杖を持つ手を震わせる。


水鏡に映るのは、激しい砂嵐のようなノイズと、ごくわずかに横切る黒いローブの裾のような影だけ。


聞こえてくる音も、『……ジジッ……魔力……ガキが……』という、途切れ途切れの不気味なノイズばかりだった。


「時間が経過しすぎているのですね……。これほどの魔力を以てしても、当時の明確な事象を引き出すことは不可能です」


リリアが悔しそうに魔法を解除した。


「……僕の計算でも、この断片的なデータから彼らの現在地やアジトを特定するのは、砂漠の中から一粒の特定の砂金を探し出すよりも困難です。捜査の進展は……絶望的ですね」


ノアが冷酷な事実を告げた。


「そ、そんな……」


「結局、振り出しに戻っちまったな」


クロードが背中の魔剣ヴァルムを撫でながら、深くため息をつく。


「……仕方ないわね」


私は腕を組んで、何の手がかりも得られなかった路地裏を見渡した。


「手がかりがこれしかないなら、今すぐどうにかできる問題じゃないわ。王都の治安維持はお父様たち騎士団の仕事でもあるし、もし『黒蛇の目』が動き出せば、公爵家の情報網に引っかかるはずよ」


「じゃあ、アイラ嬢。この件は……」


「ええ。一旦『保留』よ」


熱く燃え上がった正義感と闘志は、圧倒的な「情報不足」という現実の壁の前に、あっさりとクールダウンさせられてしまった。


まあいい。私たちにはまだ、消化しきれていない学園のバカンスが残っているのだから。


敵が尻尾を出すその時まで、私たちは学園でさらに力を蓄えておけばいいだけのことだ。


「さあ、帰るわよ! 頭と魔力を使って疲れたから、学園に戻る前においしいスイーツでも食べに行きましょう!」


「おおっ! 賛成だ!」


こうして、私たちの『黒蛇の目』追撃作戦は、始まった途端にまさかの長期戦(休戦)へと突入するのであった。


王立学園の短い長期休暇も終盤に差し掛かった頃。


王宮の絢爛豪華な大広間では、王族が主催する夜会が開かれていた。そして、その大広間に隣接する華やかな小サロンでは、今年15歳を迎える貴族の子女たち――つまり、本格的な社交界デビュー(デビュタント)を控えた若者たちを集めた『プレ・デビュタントのお茶会』が同時開催されていた。


「はぁ……。また、これなのね」


色とりどりのドレスを着飾った令嬢たちが談笑する中、私はテーブルに並べられた軽食とスイーツを見て、深く深いため息をついた。


何年経っても、この世界の貴族の味覚は変わらない。


王宮の最高級の料理であっても、これでもかと高価な香辛料が振りかけられ、素材の味が消え失せた肉料理。そして「砂糖をどれだけ多く使えるかが権力と豊かさの証」とばかりに、舌が痺れるほど甘いだけの巨大なケーキが並んでいる。


スラムの廃教会にいた頃なら喜んで食べただろうが、美食を極め、自分たちで究極の裏メニューまで開発した今の私にとっては、もはや苦行に近い。


「お姉様、またお顔が死んでいますよ」


「アイラ様、限界ですか?」


「わ、私、胃薬の魔法を準備しましょうか……?」


隣の席で、リリア、セリア、ミアの三人が心配そうに私を覗き込む。


彼女たちのドレス姿は息を呑むほど美しく、すでに周囲の子息たちから熱視線を集めまくっているのだが、私にとって今は花より団子だ。


「……決めた。私、ちょっと王宮の厨房借りてくる」


「えっ」


私は立ち上がると、ドレスの裾を翻して迷いなくサロンを飛び出し、王宮の厨房へと向かった。


かつては「まだ子供だから」「背が届かないから」と火や包丁を扱わせてもらえなかったが、15歳になった今の私には、立派な身長と大人の体力がある。もはや私を止められる者は誰もいない。


「あら? アイラ様、どちらへ?」


「アイラ嬢、まさかまた……」


私が席を立つと、リリアたち3人もすぐに後を追ってきた。


そして、そのテーブルに一人残されていたのは、没落貴族の三男坊であるノアだった。(クロードは平民なので、このお茶会には呼ばれていない)

「僕の計算通りですね。やはりあの食卓の料理では、彼女の舌は満足しませんか」


ノアは眼鏡を押し上げながら、やれやれと紅茶をすすった。


「というわけで、ちょっと厨房の片隅と食材を貸してちょうだい!」


王宮の広大な厨房に突撃した私は、唖然とする王室専属の料理長と使用人たちを公爵令嬢の権威(と、以前スイーツ永久食べ放題の件で築いた王家とのコネ)で隅に追いやり、見つけた真新しいエプロンをドレスの上から身につけた。


「アイラ様、私たちもお手伝いします!」


「ミア、野菜のカットをお願い。セリアは生クリームの泡立て、リリアは火加減の調整よ!」


「「「はいっ!」」」


数年間の修行(自炊)で培われた私たちの連携は、そこらの一流シェフなど足元にも及ばない。


「まずはしょっぱい系ね! 卵をたっぷり使った『特製・和風キッシュ』よ!」


ミアが包丁でタマネギとベーコンを均等なミリ単位で美しくみじん切りにしていく。


私はボウルに卵を割り入れ、そこに『アルジェント家秘伝(私が開発した)』の黄金の出汁をたっぷりと注ぎ込み、軽やかに混ぜ合わせる。


ジュワァァァッ!

オーブンで香ばしく焼き上がっていくキッシュからは、香辛料のツンとした匂いではなく、魚介と昆布の深い旨味が凝縮された、えも言われぬ芳醇な香りが王宮の厨房いっぱいに広がった。シェフたちが「な、なんだあのいい匂いは……」とざわめいている。


「次はスイーツよ! 砂糖の暴力じゃない、本物の果物の甘さを活かした『宝石箱のフルーツタルト』を作るわ!」


セリアが腕力……いや、聖なる祈りを込めて、ボウルの中の生クリームを絶妙な角が立つまで一瞬で泡立てる。私がそこに加えるのは、ほんの少しの砂糖と、風味付けのバニラだけだ。


サクサクに焼き上げたタルト生地に、軽やかなカスタードと生クリームを敷き詰め、その上にイチゴ、桃、ブドウ、メロンといった旬のフルーツを、隙間なく美しく飾り付けていく。


表面に薄くシロップを塗れば、まるで本物の宝石のようにキラキラと輝きを放ち始めた。


「完成よ!」


私が汗を拭って満足げに頷いた、その時だった。


背後で様子を窺っていた王室専属の料理長が、震える足取りで歩み寄ってきた。


「あ、アイラ様……どうか、その料理の端切れで構いません。私めに、味見をさせてはいただけないでしょうか……?」


「え? ええ、構わないわよ。はい、これ」


私が切り分けたキッシュとタルトの切れ端を渡すと、料理長は恭しくそれを受け取り、ゆっくりと口に運んだ。


もぐり、と咀嚼した瞬間。


「……っ!! おおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


料理長の目から、滝のような涙が溢れ出した。


「なんという……なんという事だ! 私は今まで、王族の方々やアイラ様のような高位の貴族に、素晴らしい素材の味を無駄な香辛料と砂糖で完全に殺したものを『至高のフルコース』だと勘違いしてお出ししていたというのか……!」


料理長はその場に崩れ落ち、声を上げてむせび泣き始めた。


周囲の料理人たちも、分けてもらった一口を食べて次々と涙を流して膝をついていく。


「アイラ様! 今までの私の無知と傲慢をどうかお許しください!」


料理長が私の前に深々と頭を下げた。


「そしてどうか、私どもにその究極の料理理論をご教示ください! 料理人としての誇りに懸けて、これからは必ずやアイラ様を、ひいてはこの国の全ての方々を真に満足させる料理を作ってみせると誓います!」


その熱い料理人魂に、私は思わずニヤリと笑った。


「ふふっ、いい覚悟ね。いいわ、それなら特別に、香辛料に頼らない『低温調理の極上ローストビーフ』の火入れの極意と、果実の酸味を活かした『魚介のさっぱりマリネ』のレシピを教えてあげる!」


私が調理のポイントを伝授すると、王宮の料理人たちの目の色が変わった。


彼らは涙を拭い、アイラたちのいる片隅からそれぞれの持ち場へと一斉に散っていった。


「火加減は絶対に強すぎるな! 肉の旨味を閉じ込めるんだ!」


「マリネ液の乳化を急げ! アイラ様の教え通りに!」


王宮の厨房が、かつてないほどの熱気に包まれる。


教えられたレシピと料理方法を瞬時に理解し、彼ら自身の研ぎ澄まされた技術を乗せて、巨大な厨房のあちこちで次々と極上の料理が完成していく。


「すごい手際……それに、一度言っただけで完璧に火加減をコントロールしてるわ」


リリアが感嘆の声を漏らす。


「ええ。流石に何十年も包丁を握ってる本職は違うわね。……ふふ、私たちも負けてられないわよ!」


私はエプロンの紐を締め直し、さらなる闘争心(料理への情熱)を燃やした。


プレ・デビュタントのサロンに、私たちが作ったばかりの料理が運ばれてくると、周囲の貴族たちがざわめき始めた。


「まあ、あれは……?」


「なんという美しいお菓子……」


匂いと見た目に惹きつけられる令嬢たち。しかし、私がエプロン姿のまま現れると、一人の高慢な令嬢が扇子で口元を隠し、眉をひそめた。


「まあ、アイラ様。公爵令嬢たる者が、神聖な王宮の夜会で自ら厨房に立ってエプロンを身につけ、包丁を握るなんて……。まるで平民の使用人のような真似、はしたないにも程がありますわ!」


その言葉に、周囲の令嬢たちもコソコソと同意の声を上げる。


貴族が料理をするなど、この世界ではあり得ないことなのだ。


「……はしたない、ですって?」


私はふんぞり返り、その令嬢を真っ直ぐに指差した。


「貴女たち、料理をただの肉体労働だと思ってるの? 異なる食材の旨味成分を掛け合わせ、温度変化によるタンパク質の変性を緻密にコントロールし、最高の状態を保ったまま皿というキャンバスに構築する……! これは高度な錬金術であり、魔法陣の構築と同等の『高等学問』よ! 食を蔑む者は、魔法のことわりすら理解していないのと同じよ!」


「なっ……! れ、錬金術……? 学問……?」


私の圧倒的な『料理理論(ただの自炊の理屈)』と迫力に、令嬢たちは気圧されて言葉を失った。


「まあ、四の五の言わずに食べてみなさいな」


私は切り分けたキッシュとタルトを彼女たちの前に差し出した。


恐る恐る、令嬢がキッシュを口に運ぶ。


「……ッ!?」


その瞬間、彼女の目が見開かれた。


「な、なにこれ……! 香辛料の強い刺激が全くないのに、口いっぱいに広がるこの奥深くて優しい味わいは……! 卵がふわふわで、旨味が滝のように押し寄せてきますわ……!」


続いてタルトを口にした別の令嬢が、恍惚とした表情で頬を押さえた。


「んんっ……! クリームが雲のように軽くて、砂糖の暴力ではなく、果物本来の瑞々しい甘さが極限まで引き立っています……! こんなに美味しいお菓子、生まれて初めて……!」


あっという間に、令嬢たちは「はしたない」と言っていたことも忘れ、私たちが作った料理に群がり、無我夢中で食べ始めた。


そこへ、バンッとサロンの扉が開き、白衣をピシッと着こなした王宮の料理長たちが、銀のドームを乗せたワゴンを押して堂々と入場してきた。


「皆様! 本日はアイラ様の素晴らしいご教示のもと、我々王室厨房が全霊を懸けてお作りした『真のフルコース』をご用意いたしました!」


ドームが開かれると、香ばしくピンク色に輝く極上のローストビーフと、キラキラと輝く魚介のマリネが姿を現した。


アイラ直伝のレシピに、王宮料理人たちの究極の技法が合わさった芸術品だ。


「な、なんだあの素晴らしい匂いは!」


「私にも一口所望する!」


令嬢たちだけでなく、遠巻きに見ていた子息たちもたまらず群がり始める。


サロンは完全に、美食の虜となった貴族たちの熱狂の渦に包まれた。


「ふふっ、私の料理理論と王宮シェフたちの腕前にひれ伏すがいいわ」


私はエプロンを外し、ドヤ顔で腕を組んだ。


「お見事です、アイラ様!」


「私たちの連携の賜物ですね!」


「私も、タマネギ切るの頑張りました!」


私とリリア、セリア、ミアの四人は、自分たち用の料理が盛られた皿を持って、ノアが待つテーブルへと戻った。


「ノアさん、お待たせしました。一緒に食べましょう」


「やれやれ。君たちの料理への執念には恐れ入りますが……相変わらず計算が行き届いていて、完璧な味ですね」


ノアはタルトを上品に口に運びながら、少しだけ微笑んだ。


公爵令嬢である私とリリア。教国の聖女であるセリア。そして、前髪を上げて絶世の美少女として覚醒したミア。


学園でもトップクラスの美少女4人が、楽しそうに笑い合いながら、一人の男子生徒を囲んでお茶をしている。


「……な、なんだあいつは!?」


「確か、ウィンザー家の……ただの没落貴族の三男坊だろう!?」


「なぜ、あんな超絶美少女たちに囲まれているんだ!? しかも、アイラ様直伝のあの神のような料理を独占しているだと!?」


周囲のテーブルでは、美食にありつきながらも、貴族の子息たちがハンカチをギリィィと噛み千切りながら、ノアに向かって血走った嫉妬の眼差しを向けていた。


「ノアさん、周囲の人たちがすごく睨んでますけど……大丈夫ですか?」


ミアがオドオドと周囲を見回す。


「気にする必要はありませんよ、ミア嬢。彼らは僕の明晰な頭脳と、この素晴らしい環境を論理的に理解できず、ただ感情のままに嫉妬しているだけですから。……ふっ」


ノアは眼鏡を光らせ、わざと見せつけるように優雅に紅茶を飲んだ。


クロードという物理的な壁がいないサロンで、インテリ没落貴族の彼は、密かに周囲への優越感を噛み締めていたのだ。


料理で令嬢たちを黙らせ、料理人たちを感涙させ、美貌で子息たちを狂わせる。


私たちのプレ・デビュタントのお茶会は、こうして色々な意味で「圧倒的無双状態」のまま幕を閉じるのであった。


その頃、私たちがいる小サロンに隣接する大広間では、王族が主催する大人の夜会が華やかに執り行われていた。


「む? なんだ、新しい料理が追加されたようだな」


談笑していた国王陛下と王妃様は、給仕が運んできた銀のトレイに目を留めた。


そこに並べられていたのは、先ほど王宮の厨房で完成したばかりの『低温調理の極上ローストビーフ』と『魚介のさっぱりマリネ』だった。


「いつもなら、肉が見えないほど香辛料がまぶされているはずだが……。今日はやけにシンプルだな。どれ」


国王陛下がローストビーフを一口サイズに切り分け、口に運ぶ。


もぐ、と咀嚼した瞬間、その威厳ある顔が驚きに見開かれた。


「な、なんだこれは!? 肉が信じられないほど柔らかい! それに、噛めば噛むほど肉本来の濃厚な旨味が口の中で爆発するぞ! 香辛料の刺激など全く必要ないではないか!」


「まあ! こちらのマリネも素晴らしいですわ! 果実の酸味が爽やかで、魚介の臭みが一切ありません。まるで口の中を清流が吹き抜けたようです!」


王妃様もマリネを頬張り、感動の声を上げた。


夜会の参加者たちも次々と料理に口をつけ、あちこちから感嘆の溜め息が漏れ始めている。


「料理長! 料理長はいるか!」


国王陛下に呼ばれ、厨房から料理長が飛んできた。彼の顔は、なぜかまだうっすらと涙に濡れている。


「ははっ! お呼びでしょうか、陛下!」


「この素晴らしい料理はなんだ! お前が考案したのか?」


「滅相もございません! これは、プレ・デビュタントのサロンにいらしたアイラ・アルジェント様が、私どもの厨房で直々にご指導してくださったレシピと技法によるものです! 私は今日、これまでの己の無知を恥じ、これからはアイラ様に教えを請い、我々が培ってきた技術を惜しみなく発揮して、全身全霊を懸け新たな料理の境地へと進む覚悟です! そしてこの究極の味を、王宮を中心として広く教え伝えてみせます! 料理人として、アイラ様、ひいては王族の皆様方を真に満足させる道を突き進むと心に誓った次第であります!!」


料理長が熱い涙を流しながら熱弁を振るうと、国王陛下と王妃様は顔を見合わせた。


「アイラ嬢だと? ふはははっ! なるほど、あのお転婆公爵令嬢か! 先日のスイーツといい、あの娘の食への探求心は計り知れんな!」


「ええ! 本当に素晴らしいですわ。ふふ、直接お礼を言わなくてはなりませんね。あわよくば、もっと他の料理も……」


国王夫妻はニヤリと笑い合うと、周囲の貴族たちに声を張った。


「皆の者、少々席を外すが、変わらず夜会を楽しむように!」


そう言い残すと、二人は足早に大広間を後にし、プレ・デビュタントのサロンへと向かっていった。


その様子を、大広間の片隅で見ていた者たちがいた。


「おい、父上と母上がどこかへ行かれたぞ。随分とご機嫌だったようだが……」


第一王子のジュリアン殿下が訝しげに呟く。


「あの料理長が何か言っていましたね。聞いてみましょう」


第二王子のエドワード殿下が、興奮冷めやらぬ料理長を捕まえた。


その周囲には、アイラとリリアの過保護な父親であるレオンハルト公爵と兄のセオドア。リリアに熱烈な片思いをしている熱血騎士のカイル。教会の特使でありセリアの兄であるサミュエル。そして、探偵編で私たちと共に戦い、今や王宮の重要ポストに就いている生意気な天才魔法使いリュカの姿もあった。


「どうしたのだ、料理長。陛下はどこへ?」


ジュリアン殿下が尋ねると、料理長は再びアイラの料理無双の顛末を語って聞かせた。


「おおおお! さすが私の愛娘アイラ! 王宮の厨房を乗っ取り、王室のシェフたちを屈服させるとは! 何という才能だ! すぐに褒めてやらねば!」


父様レオンハルトが感動の涙を流して拳を握る。


「父上、悠長に感心している場合ではありません。愛しの妹たちの手料理を、我々家族以外の有象無象が口にするなどあってはならないことです。……急ぎ保護に向かいましょう」


兄様セオドアが極めて冷静な顔で、妹への過保護全開な恐ろしいことを言っている。


「あいつ……王宮の夜会でまで自分の欲望のままに動き回っているのか……」


ジュリアン殿下がやれやれと頭を抱える。


「リリア嬢も手伝ったということか! 私も彼女の手料理を食べたい! 行こう!」


エドワード殿下が目を輝かせる。


「おおおお! 我が女神リリア様の手料理! この騎士カイル、死ぬ気で平らげねばなりませんな!」


カイルが暑苦しく叫んで立ち上がる。


「愛しの妹であるセリアの手料理とあらば、兄として見過ごすわけにはいかないな。教会の特使としての立場はさておき、俺も行くぜ」


サミュエルもニヤリと笑った。


「ふん。相変わらず騒がしいお嬢様たちだね。まあ、公爵令嬢の料理理論がどれほどか、天才の僕がわざわざ味見しに行ってあげるよ」


リュカが生意気な笑みを浮かべて肩をすくめる。


「「「よし、アイラ(たち)のところへ向かうぞ!!」」」


こうして、この国のトップ層を担う王族、高位貴族、実力者たちのイケメン集団は、国王陛下たちを追って、ぞろぞろとプレ・デビュタントの小サロンへと大移動を開始したのである。


一方、その頃のプレ・デビュタント会場。


「ふう、お腹いっぱい。お茶が美味しいわね」


「はい、アイラ様。最高のお茶会です」


私はエプロンを外し、リリア、セリア、ミア、そして周囲の子息たちから親の仇のように睨まれているノアと共に、優雅に食後の紅茶を楽しんでいた。


令嬢たちはすっかり私の料理の虜になり、会場は満ち足りた平和な空気に包まれていた。


――バンッ!!

突如、サロンの重厚な扉が勢いよく開け放たれた。


「アイラ嬢! リリア嬢! 先ほどの料理は素晴らしいぞ!!」


「もっと他のレシピも教えてちょうだいな!」


乱入してきたのは、満面の笑みを浮かべた国王陛下と王妃様だった。


「えっ!?」


「こ、国王陛下!? 王妃様!?」


デビュタント前の若者たちしかいないサロンに、突然国の最高権力者が現れたのだ。


令嬢や子息たちは悲鳴のような声を上げ、パニックになりながら一斉にその場にひざまずいた。


「ちょっ、陛下!? 王妃様!? なんで大人の夜会から抜け出してきてるんですか!」


私が驚いて立ち上がった、次の瞬間。


「アイラァァァ! お父様はお前の料理が食べたいぞぉぉぉ!」 「アイラ! リリア! 愛しの妹たちの手料理は、兄である私が全て責任を持って回収します!」 「おいアイラ、俺の分も残ってるだろうな?」 「リリア嬢! 私にも君の手料理を!」 「我が女神リリア様ァァァ! このカイルに、至高のお恵みをーーっ!」 「セリア、可愛い妹よ! 兄にも分けてくれるだろうな?」 「ふん。君たちの料理がどれほどのものか、天才の僕が評価してあげるよ」


国王夫妻の後ろから、レオンハルト公爵、セオドア、ジュリアン殿下、エドワード殿下、カイル、サミュエル、リュカという、国を動かすレベルの錚々たる顔ぶれが雪崩れ込んできたのだ。


「キャアアアアッ!! ジュリアン殿下にエドワード殿下!?」


「あ、あの若き天才魔術師のリュカ様まで!?」


「アルジェント公爵閣下に、次期公爵のセオドア様……!」


突然の王族と高位貴族、さらには超絶イケメン集団の大量乱入に、令嬢たちは黄色い悲鳴を上げて卒倒寸前になり、嫉妬していた子息たちはあまりの権力の圧に「ひぃぃっ」と震え上がって床にへばりついている。


「ちょ、ちょっと! 何よこのカオス!!」


私が叫ぶのも虚しく、お父様たちはあっという間に私たちのテーブルを包囲した。


「さあアイラ! まずは私にその極上のキッシュを!」


「父上、抜け駆けはずるいですよ。全て私が没収します」


「リリア嬢! 隣に座ってもいいだろうか!?」


「アイラ嬢、王室厨房のレシピを独占するなど不敬罪だぞ、ほら、僕の口にも運びたまえ」


過保護な家族たちと、図々しい王族たち、そして愉快な仲間たちに囲まれ、私たちのテーブルは一瞬にして王宮で最も騒がしく、最も権力が密集したブラックホールのような空間と化してしまった。


「ああもう! うるさいうるさい! 順番に並びなさいよ!! 今から厨房に残ってる食材で追加を作ってくるから!!」


私はため息をつきながら再びエプロンを身につけた。


ノアは眼鏡を光らせながら、「……僕の計算を遥かに超えるカオスですね」とポツリと呟いている。


こうして、優雅であるはずのプレ・デビュタントのお茶会は、王宮のトップ層を巻き込んだ前代未聞の『アイラの特製スイーツ&料理の試食会』へと変貌を遂げ、大騒ぎのまま夜は更けていくのだった。


「ああもう! うるさいうるさい! 順番に並びなさいよ!! 今から厨房に残ってる食材で追加を作ってくるから!!」


王宮のトップ層が押し寄せたカオスな試食会は、私が厨房とサロンを数往復して彼らの胃袋を満たすことで、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


「ふむ。アイラの料理理論も大したものだけど……君の魔法の『計算(構築)』も、なかなか面白いじゃないか、ノア」


満足げに紅茶を飲んでいた生意気な天才魔法使いリュカが、ふとノアに向かって声をかけた。


「……リュカ様。恐縮です」


ノアはすっと立ち上がり、一礼してから眼鏡を押し上げた。


「アイラ嬢たちの治療によって魔力神経が開通し、僕の明晰な頭脳と魔力を直結させることができるようになりました。……ですが、若き天才と名高いあなたの数式には、まだ僕の頭脳でも及ばない部分があります。実戦的な魔法構築の最適化においては、あなたがこの国で一番だと計算していますよ」


常に自信満々でふんぞり返っているノアだが、リュカの実力だけは自分より上だと素直に認めていた。


「へえ、ただ自分が一番だと思い上がってるわけじゃないんだね。いいよ、君のそういう理知的なところは嫌いじゃない」


リュカは生意気な笑みを浮かべ、ノアに指を突きつけた。


「どうだい、学園を卒業したら僕の下で働きなよ。自分ほどじゃないにせよ、君はかなり優秀だ。魔法師団で、僕の右腕として育ててあげるよ」


「それは……僕の将来の計算式において、最も効率的で光栄なルートですね。謹んでお受けしましょう」


「ははっ、いい返事だ。それじゃ、僕はもう行くよ。またね、アイラ、リリア」


リュカが手をひらひらと振ってサロンを出ていくと、それを合図にしたように国王夫妻をはじめとするVIPたちも、「素晴らしい夜だった!」「アイラ、リリア、また後でな!」と嵐のように大広間へと戻っていった。


「はぁ〜……疲れた。なんで私、自分の休暇の夜会で王宮の厨房とサロンを何往復もして、親たちに料理振る舞ってんのよ……」


大物たちが去り、奇妙な静寂が降りたプレ・デビュタントの小サロンで、私はエプロンを外してソファに深く沈み込んだ。


「お疲れ様です、お姉様。でも、皆様とても喜んでいらっしゃいましたね。お父様なんて、キッシュをホールごと抱えて泣いていましたし」


「エドワード殿下も、リリア様のマリネを食べて昇天しそうになっていましたからね」


「セオドア様とサミュエル様も、タルトを巡って静かな殺気を飛ばし合ってました……」


リリア、セリア、ミアの三人も、苦笑しながら労い合う。


私たちのテーブルだけは、相変わらずマイペースな「いつもの学園の日常」の空気が流れていた。


一方、その周囲では。


「…………」


「…………」


先ほどまでの圧倒的な権力の乱入と、あまりにもカオスな光景を目の当たりにした貴族の子女たちは、完全に魂が抜けたようにポカンと固まっていた。


無理もない。デビュタント前の若者たちの常識は、アイラの料理とVIPたちの過保護っぷりによって粉々に粉砕されたのだ。


だが、その沈黙は長くは続かなかった。


「(……皆様、見まして?)」


一人の令嬢が扇子で口元を隠し、周囲の令嬢たちにヒソヒソと囁きかけた。その視線の先にあるのは、紅茶を優雅に飲んでいるノアだ。


「(ええ……。ウィンザー家の三男坊、ノア様……。ただの魔力を持たない没落貴族だと蔑まれていましたけれど)」


「(アルジェント公爵家のご令嬢方や、教国の聖女様と懇意にしているだけではありませんわ。先ほど、ジュリアン殿下やエドワード殿下とも、ごく自然に言葉を交わしておられました……!)」


令嬢たちの瞳に、肉食獣のような鋭い『打算』と『熱』が宿り始める。


「(それに、皆様聞きましたわよね!? 先ほどの、あの若き天才魔術師であるリュカ様との会話を!)」


「(ええ! 魔力を持たないはずのノア様が、アイラ様たちの治療によって魔法を使えるようになったと! しかも、リュカ様ご自身がノア様の実力を高く評価し、将来の宮廷魔法師団の右腕として直々にスカウトしておられましたわ!)」


「(没落貴族だと思っていた私たちの目が節穴でしたわ。国を動かすトップ層との強固なパイプを持ち、魔法まで使えるようになり、将来の宮廷魔法師団の重要ポストまで確約されているなんて……!)」


彼女たちの評価は、ここで限界を突破し、完全に上書きされた。


「(よく見れば、切れ長の知的な瞳に、端正な顔立ち……。間違いなく大出世する、超絶エリートの優良物件ですわ!)」


「(あのようなお方が、今まで婚約者も持たず野放しになっていたなんて! もし彼を婿に迎えれば、我が家は王家や公爵家、魔法師団とまで強力に繋がることができる……!)」


貴族の令嬢にとって、結婚とは家を存続・繁栄させるための最大の生存戦略ゲームである。


「(……出し抜かせてはいただきませんわよ。次のお茶会の招待状は、我が家が一番に……)」


「(いいえ、わたくしが先ですわ!)」


表面上は優雅に微笑み合いながらも、令嬢たちの間でバチバチと激しい火花が散る。


ここに、王都の社交界を揺るがす『ノア・ウィンザー(将来の魔法師団幹部候補)婿争奪戦』の火蓋が、密かに切って落とされたのである。


そんな令嬢たちの熱気と、子息たちからのさらに濃くなった嫉妬の殺気に、私はいち早く気付いた。


「……ねえ、ノア。なんかあんた、周りの令嬢たちからすっごい見られてるわよ? しかも、値踏みするような……いや、獲物を狙う肉食獣みたいな目で」


私が呆れながら指摘すると、ミアも「ひぃっ! なんだか皆さんの目が怖いです……!」と肩をすくめた。


しかし、当のノアはフッと鼻で笑った。


「ふん。気にする必要はありませんよ、アイラ嬢。彼らは僕の明晰な頭脳と、VIPの方々とも対等に渡り合える論理的思考力、そしてリュカ様との高度な魔法理論の会話に圧倒され、ただ恐れおののいているだけです。僕の完璧な立ち振る舞いが、彼らの劣等感を刺激してしまったようですね」


「……」


私はジト目でノアを見つめた。


(いや、絶対違うわ。あんた、完全に『逆玉の輿の超優良物件』としてロックオンされてるわよ……)

いくら頭脳明晰で計算高いノアであっても、貴族社会特有のドロドロとした令嬢たちの『生存戦略』までは計算式に組み込めていないようだ。


「ノア様、モテモテですね! 素晴らしいことです!」


セリアが無邪気に拍手をする。


「ふっ、僕の魅力がようやく世界に理解され始めたということでしょう。まあ、取るに足らない有象無象の視線など、僕の計算には影響しませんがね」


得意げに紅茶を飲むノアの未来には、計算外の令嬢たちによる猛烈なアタックと、山のようなお茶会の招待状(という名の包囲網)が待ち受けているのだが――。


それを彼が知るのは、もう少し先のことになる。


「まあ、いっか。面白いから黙っておこう」


私はこっそりと悪党のような笑みを浮かべた。


短い長期休暇のプレ・デビュタントは、私の料理無双と、ノアの壮大なフラグ建築という、予想外の成果を残して幕を閉じるのだった。


短かった長期休暇バカンスも、ついに最終日を迎えた。


今日から私たちは、再びあの波乱に満ちた王立学園へと戻ることになる。


アルジェント公爵邸のエントランスには、私たちの帰還を惜しむ過保護な家族たちと、見送りの使用人たちがずらりと並んでいた。


「アイラぁ! リリアぁ! 本当に学園に戻ってしまうのか!? お父様は寂しくて死んでしまいそうだ……! いそ、私が学園の理事長を買収して、公爵邸の隣に学園を移転させようか!?」


「父上、それは非効率です。私と父上が学園の教師として潜入した方が、妹たちを24時間体制で見守れます。すでに騎士団には休暇届を……」


「お父様、お兄様。重い、暑苦しい、離れて」


私は、左右からギュッと抱きついて離れないレオンハルトセオドアの顔を、両手で容赦なく押し返した。


リリアも苦笑いしながら、二人の背中をポンポンと撫でている。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。私たちには、頼もしい仲間がいますから」


「ううっ……そうだな。アイラ、リリア。何かあればすぐにこの結界具を起動しなさい。お父様が光の速さで駆けつけるからな! 食料の仕送りも毎日馬車で送らせよう!」


「アイラお姉様、リリアお姉様! 学園のお勉強、頑張ってくださいね!」


小さな天使のハーフであるセナが、ぴょんぴょんと跳ねて手を振る。


「ええ、ありがとうセナ。マリー姉ちゃんも、セナの面倒よろしくね」


「お任せください、アイラお嬢様。セナのことはエマと共に責任を持ってお世話いたします。……お嬢様方も、学園で羽目を外しすぎて退学などにならぬよう、くれぐれもお気をつけくださいませ」


廃教会時代からの付き合いであり、今や私とリリアの専属侍女(筆頭侍女)として公爵家を支える完璧超人侍女マリー姉ちゃんが、優雅な所作で一礼しつつ、チクリと釘を刺してきた。


そして、セナの専属侍女であるエマが、私の前に静かに進み出た。


ほんの一瞬だけ、その瞳が神々しい金色に光る。


『……人間界の学問など退屈だろうが、せいぜい楽しんでくることだ。それと……《黒蛇の目》の件は忘れるな。万が一、悪魔の影を感じたら、我に渡された「天星の呼子」を迷わず吹け』

「分かってるわ、シュシュエル。あなたも、私たちがいない間にお父様たちやセナのことをよろしくね」


私はエマ(シュシュエル)と小さく頷き合った。


『黒蛇の目』の調査は一旦保留となっているが、奴らがいつ動き出すかは分からない。警戒は怠らないつもりだ。


過保護すぎる家族たちに見送られ、私とリリアを乗せた公爵家の馬車は王都を出発した。


学園に向かう道中の合流地点で、ボトム組の三人やセリアと合流することになっている。


「あっ、アイラ様! リリア様! おはようございます!」


合流地点の宿場町で待っていたのは、すっかり明るい表情になったミアと、木剣を背負ったセリア、そして先祖の魔剣『ヴァルム』を担いだクロードだった。


「おう! お前ら、バカンスは楽しんだか? 俺は毎日剣の修行と……あと、あの角煮丼の味が忘れられなくて、ずっと腹減ってたぜ!」


「クロードさんは相変わらずですね。セリア、ミア、待たせてごめんなさい」


私たちが馬車から降りて挨拶を交わす中、一人だけ、この世の終わりのような顔をしてベンチにぐったりと座り込んでいる男がいた。


「……あれ? ノア、どうしたの? めっちゃゲッソリしてない?」


私が声をかけると、ノアは隈の濃い目で私を見上げ、ズレた眼鏡を力なく押し上げた。


「……アイラ嬢。僕の計算は、完璧なはずでした」


「はあ」


「僕の明晰な頭脳と、リュカ様からのお墨付き。それに公爵家や王家とのパイプ。それを知った令嬢たちが、あそこまで……あそこまで肉食獣のような包囲網を敷いてくるなど、僕のデータには存在しなかったんです……っ!」


ノアは頭を抱え、ワナワナと震え始めた。


プレ・デビュタントの夜会以降、将来有望な超絶エリート(※魔法も使えるようになった)として完全にロックオンされたノアのもとには、王都中の令嬢たちから山のようなお茶会の招待状と、高価なプレゼントが連日送りつけられてきたらしい。


実家であるウィンザー家の屋敷は、彼を婿に迎えようとする貴族の使者で溢れ返り、ノアは逃げるように屋敷を飛び出してこの合流地点までやってきたのだという。


「……計算外の猛烈なアプローチにより、僕の精神的疲労度は限界を突破しました。……早く、早く誰もいない静かな図書室に引きこもって、数式と戯れたい……」


「あはははっ! あんた、モテモテじゃない! 良かったわね!」


私が腹を抱えて笑うと、ノアは恨めしそうに私を睨みつけた。


「笑い事ではありません! 全てはあなたが、あの夜会で料理無双なんて目立つ真似をしたせいです!」


「えー? 私は美味しいもの作って食べただけだし。あんたが勝手にフラグ立てたんでしょ」


「フラグとは何ですか! ああもう、この理不尽な世界は僕の計算を狂わせてばかりだ!」


クロードが「なんだノア、お前そんなにモテたのか!? すげえな!」と無邪気に背中をバンバン叩き、ノアが「痛い! 物理的なダメージはやめてください!」と悲鳴を上げる。


ミアは前髪をピンで留めた可愛い素顔で「ふふっ」と微笑み、セリアも「さあ、学園に戻ったらまた地獄の……いえ、愛の特訓の再開ですね!」と目を輝かせている。


「よし! 全員揃ったわね。それじゃあ、私たちの戦場(学園)へ戻るわよ!」


私が高らかに宣言すると、五人がそれぞれの思いを胸に頷いた。


文字の呪い、魔力鈍感、そしてあがり症。それぞれの弱点を克服し、真の力と絆を手に入れた私たち『最強の6人組』。


悪魔教団の影はまだ潜んでいるし、私の『最後の魔女』という称号も気になるところだ。


だが、今の私たちならどんな困難も(物理と魔法と料理で)乗り越えていける気がする。


短いバカンスが終わり、秋風が吹き抜ける。


王立学園の第2学期――さらなる波乱と試練が待ち受ける後半戦が、今、幕を開けようとしていた。



楽しんで頂けましたでしょうか?

今回は3万文字近くになってしまいました。

私はページを推移するのと沢山更新画面を行き来するのがが面倒なタイプなので、

一気に投稿してしまうのですが、やはり読みやすさを考慮すると1話4、5線文字の方が良いのでしょうか?

今から変えるのもなんだかなと思ってますが。

「r」の件、別エディタで書いていたから改行コード統一したときにエスケープ文字を忘れたっぽいです。ご指摘ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
楽しい文章なので、全然文字数気になりません。 多くても少なくても小分けにしても、書きやすいように投稿されると良いと思います。根を詰めすぎないよう、お体にお気をつけください。
妹の超絶プリティロリ自慢からの、王都食い倒れツァー、王宮での妹取り合い合戦、そして始まる殺伐としたオレはヤルぜ!の気力ヤル気十二分のカチコミかけたはいいけど、あてが外れ、まぁいいか。 そこまでも何この…
rさん自己主張激しすぎん?
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