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第23話 脈動

 ――あの時から誓った。

   もう二度と負けないと。


 イリスに負けたあの日以来、アムールが負けたことはただの一度もなかった。それは、何も勝負に限った話ではない。恋愛、魔法学、白兵戦......身近なものでいえばチェスや口喧嘩までも『敗北』の二文字はなかった。自分一人いればすべてが解決できる。今回も、誰一人死なせることはないと思っていた。


 しかし現実はどうだ。村の人々は連れ去られ、誰一人として救うことができず、今も一人の少女が傷つき苦しんでいる。


 ――超天才様の力はそんなものか?


(違う。こんなものじゃない。この程度で終わらせてたまるか)


 身体の内から、煮えたぎるマグマのような熱いものが噴き出て、血と共に体中を巡っていくのがわかる。脳波冴え、時間の進みがゆっくりに感じてくる。目の前にいるフィルマンが小さな存在に見えてきた。

 アムールの口元に笑みがこぼれた。


「何がおかしい? 俺様は魔王様に認めてもらえたものだぞ。貴様なんぞ呪印がなくたって始末してやる」

「俺を始末するとは、面白い冗談を言うな~お前。魔王様に脳みそは詰めてもらえなかったのか?」


 フィルマンの怒りが消え、殺意が支配する。


「ぶっ殺す!」


 フィルマンがまさに猪突猛進といわんばかりにアムールに向けて飛び込んでいく。手にはナイフより少し大きい調理に使うような刃物が握られており、刀身はのこぎりのように、鋸歯状となっていた。月明かりに照らされ刃が光の礫を飛ばす中、アムールは気にすることはなく、ただ漠然とその場に立ち尽くしていた。


(危ない、避けてアムール!)


 シェリの悲痛な叫びは空気となってひび割れた喉を笛のように鳴らすだけであった。もぞもぞと動くシェリを一瞥すると、アムールは微笑むように語りかけた。


「大丈夫じゃよ。奴はすでに完成しておる。何も心配する必要はない」


 しかし、そんなアムールの態度とは裏腹にシェリの目には悲惨な光景が写ろうとしていた。

 アムールが視線を戻すと同時にフィルマンの刃がアムールの左胸へと刺さっていこうとしていたのだ。


(そんな......私はまた救えないの?)


 胸の奥で後悔が滲む。目の間で母をズタズタにされたあの時のトラウマが目の前を真っ赤に染め上げていく。悔しくて、悔しくて、唇から血が滴るほどに唇を噛み締めていた。


「シェリ、そんなに唇噛み締めて痛くないのか? もしかして、身体の亀裂の痛みをごまかそうとしているのか? それならすまん。もう少し待っててくれ。こいつをすぐに片付けるから」


 シェリはアムールの声にハッとし、目を覚ましたかのように再び意識を現実に戻した。すると、そこには心配そうにこちらを見つめるアムールと、()()に阻まれ動けずにいるフィルマンの姿があった。

読んでいただきありがとうございます!

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