37.凛音の母親
「ごめんねー急に2人で話したいなんて言い出しちゃって」
「いえいえ」
「今日、如月くんと話したかったのはお礼を言いたかったからなの」
「お礼ですか?」
俺は七海さんからお礼を言われるようなことをした覚えがないため不思議に思った。
「そうよ」
七海さんは先ほど凛音にしたように真面目な顔をした。
「凪咲をこの会社で雇ってくださりありがとうございます」
「え?」
俺はびっくりして変な声が出てしまった。
「なんでそんなことでって思うわよね?」
「まあ」
「凪咲はここで活動をするようになってからすごく明るくなったわ」
「そうなんですか?」
「学生の頃は人間関係で色々あったみたいでね。学校の話とか聞かせてくれなかったし友達もいなかったようで学校が終わったらまっすぐ家に帰ってくる子だったわ」
なんとなくだが恋愛系で揉めてそうだ。
「あの子の性格的に自分から人と関わりに行こうとするタイプでもないしそっけないじゃない?」
「きちんと関わるとそうでもないんですけどね」
今では俺と2人だと別人のように変わるしNoxlunarisのみんなといても感情が表に出ているから気を許した相手には素になれている。
「それがこの会社に入ってから活動の事を楽しそうに話すようになったの。ダンスや歌のレッスンの話やグループの子たちと出掛けた話とか如月くんの話とかね」
「俺の話もしているんですか?いい話だといいんですが」
「それはナ・イ・ショ」
グループの話とかなら分かるが俺の話とは何を話しているのか気になる。
「最初ね。私たちはこの活動することを反対していたの。凪咲は頭が良くて成績も良かったから城女の推薦を貰っていたから大学にいて欲しかったわ」
城女とは城聖女子大学のことで超有名大学だ。偏差値は学部によって違うが65〜70とレベルが高く難関大学の中にも入っている。
卒業すれば勝ち組と言われ有名企業に就職することもできる将来が約束されているような学校だ。
「自分が言ってはあれですけどそれは反対しますね」
将来的に見たら大学に行く方がいいに決まっている。
「でもね。凪咲はあなたの事務所の募集配信を見て大学には行かずにこの活動をしたいって言ってきたわ」
勿体無いというレベルではない。こんなVtuberという将来食っていけるか分からないのに将来安泰の大学の推薦を蹴ってまで就く職業ではない。
「それで凪咲と大喧嘩したの。自分の子供が人生のギャンブルをしようとしていたから親として止めるのは当たり前でしょ?」
「はい」
子供が間違った道に進もうとしているのだ。反対して当たり前だ。
「でもあの子の中でどうしても譲れないものがあったようでね。条件付きで挑戦させたの。事務所に落ちたら諦めて大学に行く。受かったら応援するって」
「だいぶ譲歩しましたね」
「まぁ言っても聞かなかったのよ。それならやらせるだけやらせた方がいいじゃない?時期的にまだ立て直せる時期だったし」
確かに面接をしたのが10月だったので事務所に落ちても一般入試には間に合う。
「結果的にやりたいことをやらせて良かったと思うわ。今のあの子がとても幸せそうだから」
親目線でそう感じるならそうなのだろう。
「活動に誇りを持っているし仲間にも恵まれているようだしあなたにも出会えたようだしね」
「そうだと嬉しいですね」
「だからね、如月くんには感謝しているの。私の娘をこの事務所に所属させてくれて」
「お礼を言うのはこちらですよ」
七海さんたちが凛音のやりたいことを優先してくれたおかげでリープ前も今も凛音を推せている。
なんなら今では仲間として近くで支える事ができている。
「凪咲さんたちが頑張っているので僕も頑張ろう、みんなを支えよう、みんなの夢を叶えたいって思えるんです」
みんなの努力が俺の活動のモチベーションを上げてくれている。
どんなに忙しくても嫌なことがあっても辞めたいと思ってもそれだけでそんなことを忘れてしまうくらいswearのみんなは輝いている。
「俺は凪咲さんたちから貰ってばかりですよ」
「お互いに良い出会いをしたのね」
「そうですね」
つくづくいい人たちに恵まれたなと自分の運に感謝している。
「それでいつ凪咲と付き合うの?」
「ゴホン、ゴホン」
今までいい話をしていたのに急にぶっ込んできた。
「付き合いませんよ!」
「あら?そうなの?凪咲は如月くんに好意を寄せていると思うけど」
「そうかもしれないですけど付き合わないですよ」
「気づいてはいるのね」
(気づかないわけがないんだよなー)
「僕たちはあくまでビジネスパートナーです」
「うーん。如月くんは固いなー。自分で言うのもあれだけど私に似て美人だと思うんだけどなー」
「そういう問題じゃないんです」
「もしかして年上が好きなの?駄目よ〜私は人妻よ。それとももしかして親子」
「ストーップ」
(駄目だ。止める人がいないから暴走してる)
凛音がいたので止めてくれていたがいなくなった今、ストッパーまで外れてとんでもないことを言うようになった。
「それも違います。俺と凪咲さんは雇用関係なんです。社内恋愛して仮に別れて今の関係が終わったら最悪じゃないですか」
「如月くんはきちんと後のことを考えているのね」
「そうです。俺はこの事務所に人生を注いでいるので生半可な気持ちでやりたくないんです。凪咲さんには申し訳ないんですが」
「それだけの覚悟があるならしょうがないわね」
凪咲は好ましいと思うし男からしたら付き合いたい。
だがここまで作り上げてきたもの全てを壊してまで付き合いたいかと言えばそれは違う。
「でも心配だわ〜」
「?」
「凪咲って私に似てたぶん嫉妬深いしヤンデレ気質もあると思うから如月くんに何かしないといいけど」
「そんなふうには見えないですけどね」
「でもこの事務所には可愛い子も多いし嫉妬してもおかしくないと思うわ。これまでに片鱗を見せていない?」
「そんなことはなか」
少し前のある事を思い出し言葉が止まってしまった。
九尾ちゃんの配信を見ている話をした時に俺が語っていたのも悪いが実は凛音の目が笑っていなかった。
そのあと弁明して解決したがこれが片鱗だとするなら納得だ。
「心当たりがあったようね」
「あれがそうならありますね」
「でしょ?だから気をつけてね!」
「気をつけます」
気をつけると言ったが地雷が何かわからないので防ぎようがない。
「それじゃあ凪咲が待っていると思うしそろそろ行くわね」
「はい」
七海さんが控え室を出ると凛音はきちんと外で待っていた。
「話は終わった?お母さん、如月さんに変なこと言ってないよね?」
この控え室の壁は割と分厚いので声は漏れてないはずだ。
「さぁ?どうかしらね」
「如月さん!お母さんから何か言われたりしましたか?」
七海さんがとぼけたせいでこちらに回ってきた。七海さんの顔を見るとニコッと笑っていた。
(この人、娘をいじって楽しんでるな。いい性格してるわ)
「ライブの話とか世間話していただけだよ」
「それならいいのですが」
「如月くん時間をあけてもらってごめんね」
「いえいえ、休憩中やることなかったので気にしないでください」
「さっきも言ったけど気をつけてね。それじゃあこれからも凪咲のこと、よろしくね!」
「はい!任せてください!」
「ほんとに何を話していたのよ〜」
七海さん相手だと凛音の子供っぽい一面が見れたので役得だった。
(琴莉が今の凛音を見たら可愛い!って言って抱きつくだろうな)
琴莉は普段ですら凛音によくくっつきに行っているのにあれを見たら母性本能が出て頭を撫でる姿まで想像できる。
「昼休憩に行こ」
もともと昼休憩の2時間だったので昼ごはんを食べることにした。確か今日の弁当はヒレカツ弁当のはずだ。
ヒレカツが好きな俺は少しテンションが上がっている。
弁当を取りに向かっていたら琴莉がキョロキョロしていた。俺を見つけるとこちらに走ってきた。
「如月さん!やっと見つけた!」
「琴莉どうしたの?そんな慌てて」
「瑠奈が倒れちゃった!」
「え!?」
昼ごはんどころではなくなったようだ。




