第三話 黒豹の求婚【2/3】
ルーメンベルの冒険者ギルドは、都市の中央広場に面した場所にあった。
「ここは冒険者ギルド......ルーメンベル支部!」
石造りの堂々たる建物は三階建てで、正面玄関には赤い幕が掲げられ、人の出入りが絶えない。冒険者、荷運び人、情報屋、そして職員たちが忙しく行き交っている。
「大きいわねー!」
フィオナはギルドの建物を見上げる。
「いやいやいや......私......こんな人が多い場所でやっていける気がしません......」
セリカは周りの人混みに疲れる様に肩を落とす。
「……人の数が全然違いますね」
セオドアがギルドの前に立ち、思わず呟いた。
入り口に入ると喧騒もウィンドミルのそれとは比べ物にならないくらいに賑わっていた。
「受付カウンターの数も三倍くらいありそうね」
フィオナが周囲を見渡しながら言う。
「冒険者の数も多いな......」
ドランもあまりの人の多さに静かに驚嘆の声を上げる。
セリカは革袋からメリルミントを取り出すと鼻に詰め始める。
「何してるんですか、セリカさん......」
セオドアが顔を引き攣らせながら、セリカに問いかける。
「人混みに酔いました」
セリカの表情は至って真剣だった。
ギルド内部は石と木で構成された広々とした空間で、中央には巨大な掲示板が設置されている。掲示板の前では何組もの冒険者たちが依頼書を吟味していた。
カウンターは五つ。右端に設けられた“受付”の札が掲げられた窓口に、セオドアたちは歩み寄った。
その奥にいたのは、紺の制服を着た一人の受付嬢が立っていた。
青髪のボブカット、細く整った顔立ちであるが、目の下には深い隈が見られ、その表情はまるで石像のように動かず、視線すらまったくこちらを向かない。
「……あの、すみません。ウィンドミル支部の紹介で来た、ブックメーカーという冒険者パーティーなのですが......」
セオドアが丁寧に声をかけると、受付嬢は顔を上げた。セオドア達の顔をゆっくりと眺めると深いため息をつく。
「はぁ〜また、新しい冒険者が増えましたか......」
受付嬢はあからさまに項垂れる。
(ため息をつかれた......)
セオドア達は顔を引きらせる。
「チッ、ルーメンベル冒険者ギルド、受付担当ミュレナです。ご用件をどうぞ」
(今、舌打ちされた!?)
ミュレナと名乗った受付嬢にあからさまに歓迎されているないセオドアは冷や汗を流す。
「え、えっと。ウィンドミル支部のグレッグギルド長からこちらのギルド長に話がいっていると思うのですが......」
「はいはい。確認しますよ」
ミュレナは手持ちにあった書類をパラパラとめくる。
「あぁ......ブックメーカー一行ですね。グレッグウィンドミル支部ギルド長より連絡を受けております。
ギルド長のヴェロニカ・ストラーダがブックメーカーが見えたら部屋に通せとの言伝を承っています。勝手に二階へどうぞ」
全てを言い切った後、再び完全に動きを止めるミュレナ。瞳すら動かないその様子に、ノエルが小声でぼやいた。
「……ミアさんとは真逆タイプだ……」
「死んだ魚の目ってあれのことを言うのね……」
フィオナが囁くと、セリカが顔をしかめながら「過労死寸前では?」と呟いた。
そんな空気の中、セオドアたちは言われた通りに階段を上がる。
二階の奥にある重厚な扉をノックすると、即座に声が返ってきた。
「開いてるぞ!勝手に入りな!」
声は女だが、酒場の女将のように太く、どこか楽しげでもあった。
セオドアが扉を開けると、奥の机に肘をついていた女性が立ち上がった。
灰色の長い髪の大柄な女。筋肉質な腕は片方が鉄の義手であるのが見てとれた。
「誰だ?」
「ウィンドミルから来ました、冒険者パーティーブックメーカーのセオドアです」
「フィオナよ!」
「ノエルだよ〜」
「......ドランだ」
「......せ、セリカです......」
「おぉ!お前達がブックメーカーか!」
女性はずかずかと近寄ってくると、ドランの肩をバンッと叩いた。
「お前がセオドアだな!」
「......ドランだ」
ドランは静かに否定する。
「何!」
ヴェロニカはすぐに他のメンバーへと視線をむける。
「セオドアは僕です」
セオドアがもう一度名乗る。
「おぉ!お前がセオドアか!てっきりノッポの方がセオドアかと思ったぞ!」
ヴェロニカはセオドアに近寄り力強く肩に手を置く。
「ようこそルーメンベルへ!あたしがこの支部のギルド長、ヴェロニカ・ストラーダだ!」
「……っ!あ、ありがとうございます!」
セオドアは肩を押さえながらも必死に頭を下げた。
「グレッグのおっさんから話は聞いてる!反対派のやつらを納得させて、冒険の書を広めた立役者だってな!」
「い、いえ……僕だけの力じゃ……」
「その謙遜ができるのも実力者の証拠よ!」
ヴェロニカはガハハと笑うと、後ろの机に戻って腰を下ろした。
「で、その冒険の書ってのを見せてもらえるか?」
「もちろんです。こちらが初級編と……中級編です」
セオドアが丁寧に冒険の書を取り出して机に置くと、ヴェロニカはさっと手に取り、ざっと目を通す。
「ふむ……見やすい、簡潔、実戦的。これをガキどもに配ったのか?」
「が、ガキども......?」
「悪い悪い。新人冒険者って事だ」
「あぁ、はい。中級編からはスチールからシルバーランク向けです」
「面白い!あたしは好きだぜ、こういうの!ガキどもがこれで強くなってくれるのなら文句はない!!」
ヴェロニカは口元を吊り上げた。
「それで?ウィンドミルではプラチナ級の戦いを見せたって聞いてるよ。冒険者登録してまだ、半年かそこらでゴールド冒険者に上がったと......」
「いえ、まだまだ修行中の身です……」
「面白いやつだ!グレッグのおっさんは信用がどうこう言っていただろうが、このルーメンベルでは実力主義だ!強さこそが信用だ!強いやつは大歓迎さ!」
そう言うと、ヴェロニカは中級編の表紙をとんと指で叩いた。
「あんたらが強ければ、冒険の書も自ずと街に歓迎される!あたしもギルドとして協力するからそのつもりでいてくれ!」
「……ありがとうございます」
セオドアは深く頭を下げる。
「ギルド長。この街でも冒険の書に反対する様な冒険者はいるの?」
フィオナが質問する。
「誰だお前は!」
ヴェロニカは悪気はない感じでフィオナに聞き返す。
「フィオナです......」
フィオナは肩を少し落とす。
「そうか!すまんな、人の名前を覚えるのが苦手でな!反対する者がいるかって?いるにはいるだろう!だが、ウィンドミル程じゃない!」
「そうなの?」
「あぁ!このルーメンベルはダンジョンの街だ!情報の売り買いは日常茶飯事だからな!」
セオドア達は反対派が少ないことに安堵する。そんな様子のブックメーカーに気がついたヴェロニカは口を開く。
「安心するのはまだ早いぞ!情報の売り買いがすでにあるって事だ!」
ヴェロニカの言葉にブックメーカーの面々は顔を見合わせる。
「つまり......?」
ヴェロニカにはニヤリと笑みを浮かべる。
「競合相手がいるって事さ!」
「......競合......」
セオドアはその言葉に衝撃を受ける。
「あぁ!まぁ、ダンジョンの入り口に行けばわかるさ......自分達の目で確かめるといいさ!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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