第三話 黒豹の求婚【3/3】
ギルドから出た一行は、ヴェロニカの助言に従い、街の中心部へと足を向けていた。
ルーメンベルの都市中心には、冒険者にとっての心臓部――ダンジョンの入り口がある。
「すごい……ダンジョンの入り口が......市場みたいになってる......」
フィオナが目を見開いて呟いた。
石畳の大通りの先に広がるのは、巨大な円形広場。
その中心には、地下へと続く黒鉄の門と、警備兵に囲まれたダンジョンの入口が鎮座している。
そしてその周囲には、露店がぐるりと円を描くように並び、喧騒と熱気が渦巻いていた。
「香辛料……地図……ん?“内部構造速報”?」
セリカが目を丸くする。
露店の看板には「最深部の罠配置最新版!」「罠の回避ルート限定5部!」「本日発見!レアモンスターの出没地点」など、耳慣れない文言が並んでいた。
「本当に……情報が、商品になってるんですね」
セオドアが圧倒されたように呟く。
店先には情報商人らしき者たちが並び、地図や巻物、さらには戦利品を模した模型までを並べて声を張り上げている。
中には「特定フロアの安全時間帯」など、セオドアたちの感覚では想像もしなかったような“売り物”まである。
「……あ、セオドア、見て!」
フィオナが指差した先に、一軒の露店があった。
そこには、羊皮紙に描かれた複雑なダンジョン構造の図と、ルーン文字のような暗号文が並べられている。背後には、若い女店主と、厚い手帳をめくる助手の姿。
「構造図だ……!」
セオドアが駆け寄り、店先の紙を覗き込む。
「初階層から第五層までの地形、確認済み……ただし罠は随時変化、周回制限あり……」
「かなり詳細ね。よくここまで……」
セリカが食い入るように見つめる。
女店主が視線に気づき、笑顔で声をかけた。
「そこのお兄さん、お嬢さん方、地図はどう?」
「情報がこんなに……お金で買えるんですね」
セオドアが正直な感想をこぼすと、女店主は得意げに頷いた。
「そりゃそうさ。命と同じくらい、貴重なんだもの」
「……っ」
その一言が、セオドアの胸に鋭く刺さった。
(競合……。ヴェロニカさんの言っていた通りだ。僕たちの“冒険の書”と同じ......)
そんな風に呆然と立ち尽くすセオドアの背後で、フィオナが小声で囁いた。
「……でも、逆に言えば、ここの情報が本物なら――あたしたちにも、まだまだ載せられることがあるってことよね」
その言葉に、セオドアはふっと表情を引き締めた。
「……そうですね。まだ始まったばかりなんですから、やれることは全部やりましょう」
頷き合う二人。
その後ろを男が通っていく。
その時ー、
「惚れたァ!!!」
広場に大声が響く。
セオドアとフィオナが反射的に振り返る。
そこに立っていたのは、獣人族の黒髪でガタイのいい男。歳は20代半ばといったところであろうか。
口元には余裕の笑みを浮かべているが、背中には二本の湾曲した刃――暗殺者用の双剣が見える。
「何よ、あんた?」
フィオナは訝しげに男を見る。男はズカズカとフィオナに近寄る。
「え?なになになに!?」
男はフィオナの前に立つとその場で跪く。
「貴方の綺麗な髪、瞳、綺麗に通った鼻筋!艶やかな唇!男、ザガン!貴方に一目惚れをしてしまいました!!」
フィオナの手を取る。
「俺と結婚してくれないか!!!」
ザガンと名乗った獣人の男は堂々と、そして突然にフィオナに求婚した。
ブックメーカーに衝撃が走る。
「け、けけけ結婚!?」
ノエルとセリカが顔を赤面させて驚嘆の声をあげた。
求婚を受けた当の本人は目を丸くして固まっていた。セオドアも突然の事に固まる。
「イエスって事でいいのかい?レディ?」
ザガンが上目遣いでそう尋ねるとフィオナも我に返り眉を吊り上げる。
「はぁ?いやよ!」
「どうしてだ、レディ!?」
ザガンはフィオナの拒絶に食い下がる。
「どうしてもこうしても、見ず知らずの男の求婚に答える女はいないわよ!」
フィオナはザガンが取る手を振り放す。
「で、では!お互いに知り合ったらいいとの事だな!?俺はザガンだ!26歳!これでもプラチナランク冒険者だ!食うのには困らせねぇ!」
プラチナという言葉にフィオナは眉を動かす。
セオドアもプラチナという言葉にバルトの姿が脳裏を過ぎる。
「プラチナ?......ってそういう事でもないわよ!!」
「副業もしてるから稼ぎもあるぞ!」
「だぁかぁらぁ!そういう問題じゃないってば!!」
「じゃあ問題を言ってくれ!全部直して見せよう!」
ザガンは再びフィオナの手を取る。
その時ー、
セオドアの手がザガンの腕を掴み取っていた。
ザガンは鋭い眼差しをセオドアに向ける。
「おいおい。男に手を取られる趣味はないんだが......?」
「……うちのパーティーメンバーが嫌がっていますので、やめて頂いてもよろしいでしょうか?」
セオドアも鋭い眼差しをザガンに向ける。
「パーティーメンバー?」
ザガンはセオドアのマントについているゴールドバッジに視線を移す。
「おいおい。こんなガキがゴールドランクとは......見ねぇ顔だな?どこの冒険者だ?」
「ウィンドミルのブックメーカーというパーティーです」
セオドアの返答にザガンは眉を顰める。
「ブックメーカー......?しらねぇなぁ。ウィンドミルで知っているのはバルトっておっさんくらいだ」
ザガンはセオドアの手を振り払うとフィオナの方へ向き直り笑顔を浮かべる。
「レディ!俺はこのルーメンベルで一番の“鋭爪の環-クロー・リンク-”ってクランに所属してる!こんなガキの弱小パーティーなんて捨てて俺のとこに来ないか?」
(クラン......確か冒険者パーティーが一つのグループとして組織されるとクランになるはず......
この巨大な都市ルーメンベルで1番のクラン......)
セオドアはフィオナが靡いてしまうのではないかと不安でフィオナの方へと視線を向ける。
フィオナは拳を震わせる。
「バカ言わないで!そのバルトに勝ったのがセオドアよ!」
「レディ......バルトのおっさんは確かプラチナランクだろ?それがこのガキにどうこうできる訳ないだろ?」
「事実よ!それに!あんたみたいな奴にこのパーティーを弱小呼ばわれされる筋合いはないわ!」
フィオナの言葉にセオドアの目が見開かれる。
「フィオナさん......」
フィオナはセオドアに近づくと、セオドアの手を取る。
「私はセオドアと一緒に冒険するの!これからもずっと!!」
フィオナはそう宣言すると髪を振り払う。
(馬鹿ですね......僕は......いらない心配でした......)
セオドアは笑みを浮かべる。
花畑での約束を思い出す。
「ザガンさん......と、言いましたね。そういう事ですのでここはお引き取りお願いします」
セオドアはザガンに頭を下げる。フィオナは鋭い眼差しを向け、そこにドラン、ノエル、怯えた様子のセリカが並び立つ。
ザガンはブックメーカーの圧に顔を顰め、残念そうに肩をすくめた。
「わかったよ......レディ。今回は俺が唐突すぎた。パーティーを悪く言ったこともすまなかった。申し訳ない」
ザガンは素直に頭を下げた。
もっと食い下がると思っていたザガンにあまりにも聞き分けの良さにブックメーカーは顔を見合わせる。
「でも!!俺はあんたを諦めきれない!!」
「え?」
「これは運命の出会いだ!」
ザガンはそう叫ぶと背を向けて走り始めた。
「懲りないね〜」
ノエルが顔を引き攣らせる。
「また会いましょう!」
ザガンはフィオナに手を振りながら走り去っていった。
「変な奴に絡まれたもんね」
フィオナはため息混じりにそう呟く。
「そうですね......」
セオドアも顔を引き攣らせながら、頬を掻く。
二人が振り返ると、ノエル、セリカ、ドランがまじまじと二人を見ていた。
セオドアとフィオナは不思議そうに首を傾げる。するとノエルが満面の笑みで口を開いた。
「それで?二人はいつまで手を繋いでるの?」
「え?」
セオドアとフィオナは自分たちの手元に視線を落とすと二人の手が固く結ばれていた。
「わぁあっ!!ごめんなさい!!」
「違うのよ!これは!!」
二人で弁明しようとするも、ノエルは満面の笑みを浮かる。
「見たよね?みんな」
セリカは恥ずかしそうに赤面して頷く。ドランは無言で頷いた。
「ち、違うのってば!こら、ノエル〜!」
フィオナは逃げるノエルを捕まえようと駆け出す。
さっきまでの騒動が嘘の様にいつものブックメーカーに空気に変わる。
セオドアはその雰囲気に笑みを浮かべる。
「食事にしましょうか!」
セオドアのその一言で揉み合っていたフィオナとノエルが顔を上げる。
「ごはん!」
「ルーメンベル料理!待ってました!」
先頭を歩くセオドアに自然と全員が後ろにつく。
ダンジョン......競合相手......鉤爪の環......、ルーメンベルでは色々な問題が浮き彫りになった。けど......ブックメーカー、アトラス商会の仲間達となら、乗り越えられる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
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