第二話 鐘の鳴る都市【2/2】
セリカが近くにあった、薬草を採取しその場で傷薬を調合していく。
「ほぉ、周りの草で傷薬を作れるのですか?」
「はい、この薬草は穏やかな気候の場所には大抵生えているもので、民間療法には多く用いられる傷薬になる薬草なんです」
セリカが饒舌に薬草について説明する。
「なるほどなるほど、冒険者の方々は本当によく物を知っていて勉強になります」
「セリカが特別なだけよ。ここまで薬草やらに詳しい冒険者はそうはいないわ」
フィオナは腕組みをしながらヘンリクに説明する。
「毒ではないだろうな?」
リヴィはきつい視線を送り、セリカはびくりと身体を震わせる。
「リヴィ!恩人に対してなんて事を言うんだ!謝りなさい!」
ヘンリクの叱責にリヴィは素直に頭を下げる。
「失礼致しました」
主従関係の様な二人のやり取りにセオドアは苦笑する。
「ヘンリクさんとリヴィさんは何故、森の中に?」
セオドアの問いかけにヘンリクは傷口から視線をセオドアへと上げる。
「あぁ、私とリヴィで町からルーメンベルへと向かっている途中だったのです。近道になると思い、森を抜けようとしたのがいけませんでした」
ヘンリクはそう言うとへつらった様な笑みを浮かべる。
「不覚を取ってしまい、申し訳ありませんでした」
リヴィはヘンリクに頭を下げる。
「いや、リヴィは私の指示に従っただけだ。責を感じなくていい」
「有り難きお言葉」
リヴィは再度、ヘンリクに頭を下げる。ヘンリクは頷くとセオドア達へと向き直る。
「セオドアさん達はどうして森へ?」
「僕達もルーメンベルへと向かう途中で仲間が馬車酔いになってしまって、薬草を取りに森に入っていたんです。戦闘の音が聞こえて、ヘンリクさん達を見つけたんです」
「なるほど、馬車酔いになったお仲間のおかげで私たちは命拾いしたと言う事ですね」
ヘンリクは「ふふ」と笑みを浮かべる。
「ノエルの馬車酔いがまさか人助けに繋がるとはね」
フィオナが苦笑する。
「世の中何があるのかわかりませんね」
セオドアがヘンリクに笑いかける。
「ええ、まったくです」
ヘンリクも口元を緩めて笑みを見せた。
「ルーメンベルへはここから馬車でも二日かかります。僕達もルーメンベルへと向かう途中でしたので、よかったらヘンリクさん達も一緒に馬車に乗って行きませんか?」
セオドアの提案にヘンリクは顔を明るくさせる。
「本当ですか?それは助かります!」
「ええ、街道に仲間を待たせていますので、一緒にいきましょう」
森を抜けると、穏やかな陽光が街道を照らしていた。
「マックスさん!」
セオドアが声をかけると、木陰で読書していたマックスが顔を上げた。隣ではノエルが依然として青い顔で荷台にもたれている。
「おかえりなさい、セオドア代表。おや……お客様ですか?」
「森で助けた旅人の方々です。ルーメンベルまでご一緒することになりました」
「お世話になります。私はヘンリクと申します。こっちは連れのリヴィです」
ヘンリクとリヴィは軽く頭を下げる。
「これはご丁寧に......アトラス商会にて運営を任されているのマクシミリアン・エルバートと申します。マックスとお呼びください。……こちらのノエルさんは馬車酔いで動けませんのでお気になさらず」
「うぇ〜……どなたかは知らないけど、こんにちは〜……」
ノエルが力なく手を振った。ヘンリクがやや困惑しながら微笑む。
「彼女のおかげで命拾いしました。感謝しています」
「ふふ、ノエルさんの功績ですね」
セリカがからかうと、ノエルはうめきながら顔を背けた。
マックスは馬車に乗り込む二人を真剣な眼差しで見守る。
「すいません、急に人を連れてきて」
セオドアがマックスに声を掛ける。
「いえいえ。それにしてもあの方は......随分と品のある方ですね」
マックスは二人を観察する様に目を細める。
「そうですね......旅をしている事は聞きましたが、それ以上は.....」
「そうですか......これはいいご縁となりそうです」
マックスは薄っすらと笑みを浮かべた。
こうして二人の旅人を加えたアトラス商会一行は、再び馬車を走らせた。
ノエルはセリカにメリルミントを鼻の穴にぶち込まれふがふがと言っていたが、馬車酔いが落ち着いたのか、鼻に薬草を突っ込んだまま寝息を立てていた。
「先ほど、マックスさんがアトラス商会と申していましたが......あれは?」
ヘンリクが疑問を投げかけた。
「あぁ、僕達、冒険者稼業の傍ら、商会をやっているんです」
「代表はセオドアよ」
「その若さで商会の代表とは......!」
「いえいえ、皆さんに支えられてばかりの未熟者ですが」
「そんなご謙遜を。商会では何を取り扱っているのでしょうか?」
ヘンリクがそう尋ねる。
「こちらをどうぞ」
すかさずマックスが冒険の書をヘンリクに丁寧に手渡した。
「ありがとうございます。これは......冒険の書?」
「はい。冒険者の指南書となる様な本や素材の図鑑を取り扱っています」
マックスは丁寧に説明を行う。ヘンリクは感心した様に頷きながら、冒険の書をめくる。
「これは......すごいですね......モンスターの弱点や習性が事細かに......この情報は誰が?」
「はい、記載されている内容に関しましては、セオドア代表とその冒険者パーティー『ブックメーカー』の皆さんによって集められた情報でございます」
「この情報をセオドアさん達が?失礼ですが、冒険者ランクはいくつなんですか?」
「先日ゴールドに上がったばかりです」
「セオドアはスキルも習得して実力は既にプラチナレベルよ!」
フィオナは誇る様に腕組みをする。
「ちょっと、フィオナさん」
セオドアが謙遜する反応を見せるもヘンリクは驚嘆の声を発した。
「プラチナ!?それは凄い!確かに助けて貰った時のあの太刀筋......納得がいきます!」
ヘンリクは食い入る様に冒険の書に目を通す。
「これがあれば私でも冒険者が務まる様に思えてきました」
それにマックスはニヤリと笑みを浮かべる。
「ご興味があれば、差し上げます」
マックスは笑顔で提案した。
「いえいえ!助けていただいた恩義もあるのに無償で頂くなんてできません!」
ヘンリクが気遣っている裏でフィオナがセリカに耳打ちする。
「なんかマックス変じゃない?」
「変とは?」
セリカは首を傾げる。
「あのマックスが“タダ”で冒険の書をあげるって言ってるのよ。おかしいと思わない?」
「確かにそうですけど......それをフィオナさんが言いますか?」
セリカはフィオナを横目に見る。
「なんで私が言っちゃいけないのよ?」
「え、フィオナさん守銭奴じゃないですか?」
セリカの言葉にフィオナは眉を吊り上げる。
「何ですって!」
「いやいやいや!すいません!」
ヘンリク、リヴィを加えた一行はルーメンベルへの道のりを進み、日を追うごとに賑わいが増している事に気がついた。
二日かけて進んだ街道では、隊商や冒険者、王国兵の一団、遠国からの旅人まで、様々な往来が見られるようになっていた。
「さすがに王都近郊……活気が桁違いね」
フィオナが馬車の座席から身を乗り出し、遠くを見渡した。
その先、丘の向こうに姿を現したのは――
白亜の城壁。堅牢な石造りの要塞が都市を囲い、中央の門には風にたなびく青と金の旗。そして、紋章の中心には、大きな鐘の意匠が刻まれていた。
「……あれが、ルーメンベル……」
セオドアが息を呑んで呟く。
門の前には行列を成す商人たち。騎馬の貴族、露店の行商人、重装備の冒険者……人と情報と貨幣が渦巻くような喧騒に包まれている。
その時――風に乗って、澄んだ金属音が響いてきた。
ゴォォン……
「鐘の音……?」
鼻にメリルミントを詰めたノエルが目を覚ます。
すると、隣にいたヘンリクが微笑みながら口を開いた。
「ルーメンベルは、“鐘の都市”とも呼ばれています。かつて魔王が現れた時に出現したダンジョンから冒険者が帰ってくる度にこの鐘の音が鳴らされたと言われているんです」
「……へぇ」
セオドアが思わず聞き返す。
「今じゃ時報として鳴らされていますがね」
ヘンリクは視線を街の中心へと向けた。そこには遠く、巨大な鐘楼の姿が霞んで見える。
「都市の中心には、大鐘が掲げられています。街の守護の象徴であると同時に、時を告げ、災いを祓うものとして信仰されてきたのです」
「詳しいんですね……」
セオドアが感心したように言うと、ヘンリクはどこかはにかんだように微笑んだ。
「昔、そういう話をよく聞かされたもので。……旅をしていると、少しは土地の歴史を知っていた方が安心できますから」
マックスが目を細める。だがそれ以上は何も言わず、ただ馬車の手綱を操った。
やがて、一行を乗せた馬車が都市の大門をくぐる。
石畳の大通りがまっすぐ延び、左右には多層建築の建物群。店先からは香辛料の香りが漂い、人の声と馬のいななきが交差する。
鐘の音は、確かに街の空気の奥底に溶け込んでいた。
「……ここが、ルーメンベル!ウィンドミルの何倍も大きいですね」
セオドアが呟く。
「そうね。ここで新しい冒険が待っているのね......」
フィオナの瞳の奥に輝きが見える。
その言葉に応えるように、再び風が吹いた。鐘の音が、遠くで静かに鳴り響いていた。
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