第二話 鐘の鳴る都市【1/2】
ルーメンベルへ向かう街道は、広く整備された道と、点在する集落を結ぶ穏やかな風景が続いていた。
アトラス商会の面々は、積み荷を載せた馬車とともに、のんびりとした一週間の旅路を辿っていた。
「のどかでいいね〜!」
ノエルが馬車の後方の荷台に顎を乗せながらそう呟くとほのぼのした顔のまま「オロオロ」と嘔吐する。
「大丈夫ですか、ノエルさん?」
セオドアは苦笑を浮かべながらノエルの背中をさする。
「ノエルの馬車酔いは今に始まった事じゃないからほっときなさいよ」
フィオナが呆れた様にため息をつく。
セリカは手帳をパラパラと捲ると顔を上げた。
「このメリルミント草があれば、酔いには効くそうですが?」
セリカが広げたメリルミント草の情報にフィオナは眉を吊り上げる。
「メリルミント草?どこに生えてるのよ?」
「セオドア氏。地図をお借りしても?」
「どうぞ」
セリカはセオドアから地図を受け取ると指を指す。
「ルーメンベルもう近郊に入っているので、この森に群生していると思われます」
「ルーメンベルまではあと二日はかかります。ノエルさんも辛そうですし、途中で採取しますか?」
セオドアがそう言うとセリカは勢いよくセオドアを見た。
「いいんですか!」
セリカは目を輝かせて鼻息を荒くする。
「あ、ノエルさんの為ですよ」
セオドアが釘を刺す。
「いやいやいや!もちろん!私の採取癖が出ているわけではありません!
メリルミント草はルーメンベル近郊に群生している特殊なミントで、その香りは清涼感が漂い嗅いだ者の鎮静効果と酔い覚ましとして医療的にも、民間の酔い止め薬としても用いられる薬草なんです!」
セリカは饒舌に語る。
(絶対、採取目的だ)
馬車に乗る全員がそう思った。その後ろでノエルは「オロオロ」と嘔吐する。
セオドアは地図を確認しながら前方を見やる。
「寄り道をしても予定通り、あと二日でルーメンベルに着けそうですし、採取に行きましょう」
セオドアの呼びかけに全員が頷く。
「では、皆さん。私とノエル雑用は馬車の見張りをしておりますので、お気をつけていってきてください」
マックスは街道の近くに生えている木にもたれかかるノエルに視線を落とす。
「うぇ〜......」
「まったく、今から薬草取ってきてあげるから大人しくしてるのよ」
フィオナが腰に手を当ててぼやく。
「うぇぇ……ありがと〜……」
ノエルは木にもたれてぐったりしていた。顔色はまだ青白い。
「じゃあいってきます。マックスさん、何かあればすぐに信号弾を打ち上げて下さいね」
「わかりました。代表もお気をつけて」
森の中には、昼でも薄暗さの残る静けさがあった。
鬱蒼とした木々の合間に、陽光が斑に差し込む。
「この辺りに群生しているはずです……!」
セリカが鼻息荒く、地面に這いつくばるようにして植物を探している。
「お、これは……!」
セリカが土を掘り返し、小さな白い葉を持った植物をそっと抜き取った。
「間違いありません、これがメリルミント草です!」
「やったじゃないですか、セリカさん」
セオドアが微笑む。セリカは得意げにそれを束にまとめていく。
すると――。
森の奥、風が通り抜けたかと思うと、微かに金属がぶつかり合うような音がした。
全員の表情が引き締まる。
「……今の、聞こえましたか?」
「剣戟の音……誰か戦ってるわ」
フィオナが矢筒に手をかける。
セオドアは即座に頷いた。
「行ってみましょう。もし人がモンスターに襲われているのなら放ってはおけません」
フィオナ、ドランは頷く。素材採取に夢中になっているセリカの首元をフィオナが掴むと静かに茂みをかき分けて音の方角へと進む。
ほどなくして、小さな開けた空間が現れた。
その中央で、一人の女性が剣を振るっていた。
年は二十代後半ほどだろうか。冒険者風の軽装に身を包みながら、長剣を自在に操り、群がる狼型モンスター数体を相手に、まるで舞うように立ち回っていた。
「……すごい」
セオドアが思わず呟く。
その剣筋には一切の無駄がなく、敵の数に対して完全に優位を保っている。だが――
「……あっち!もう一人いるわ!」
フィオナが指さした先。大きな樹の根元で、旅人風の青年が膝をついていた。背負っていた荷物が崩れ、襲われたのだろう、腕から血が流れている。
彼の傍には折れた剣が転がっていた。モンスターは青年にじりじりと近寄る。
「救援に入ります!」
セオドアの叫びと同時に、ドランが駆け出した。大盾を構えながら前衛へ突っ込む。
女性剣士に飛びかかろうとしたモンスターの牙をドランの大楯で遮る。
狼たちの注意が一斉にドランへと向いた。
「何者!?」
女性剣士が乱入してくるセオドア達に驚く。
「......助太刀する」
ドランは静かに告げる。
「今よ!」
フィオナの矢が一匹の狼を貫く。
セオドアは躊躇なく青年のもとへと駆け出し、青年に飛びかかろうとしたモンスターを斧で一刀両断にする。
セオドアの無駄のない動きに青年は目を見開く。
「大丈夫ですか!?」
セオドアの呼びかけに青年は我に帰ったように返事をする。
「あ、ああ……助かった……」
青年の顔立ちはどこか気品を感じさせた。
唸り声がセオドアと青年を囲む。気がつけば、モンスターに当たりを囲まれていた。
「誰かは知らないが......助太刀感謝する......しかし......これまでか......」
青年は絶体絶命と感じ、項垂れる。
「いえ、任せて下さい......」
セオドアは斧を構えると身体から火の粉の様に魔力が迸る。次第に火の粉は炎の様に燃え上がる。
「〈心身活性〉!!」
(これは......スキル......)
青年はセオドアから巻き起こる魔力の炎に魅入られる。
モンスターは一斉に飛びかかるもセオドアは表情を変えずに、素早く一頭一頭対処し、一瞬にしてあたりのモンスターを切り伏せる。
モンスターが動かなくなるのを確認したセオドアの身体からは魔力の炎が徐々に弱くなっていき、やがて火の粉となって消えた。
「大丈夫ですか?怪我を見せて下さい」
セオドアはすぐに青年に近寄ろうとすると、青年との間に女性剣士が素早く割り込んだ。
「この方に近寄るな!」
剣の少女が鋭い声を上げ、セオドアに切っ先を向けていた。
その目はわずかに獣のような警戒心を孕んでいる。
「ちょっと!助けてやったのに何するのよあんた!!」
「待って下さい!僕たちはただの冒険者です!この人を助けようと――」
「リヴィ!!剣を納めよ!!!」
青年の叱責がセオドアの声を遮る。
リヴィと呼ばれた女性剣士は横目に青年を見ると素直に剣を鞘に収めた。
「失礼だろう!彼らは、助けてくれた恩人なのだ!感謝してもしきれない!!」
青年の言葉に頭を下げる。
「失礼致しました」
「連れが失礼した......冒険者様方。私の方からも謝罪する」
そう言って青年は頭を下げる。その姿にリヴィはキッとセオドア達を睨みつける。
「リヴィ!」
青年はその視線に気付いて声を荒げる。
「失礼致しました」
リヴィは大人しく目を伏せる。
二人のやり取りに違和感を感じつつも仲を取り持つ様にセオドアが声を上げる。
「いえいえ......急に現れて警戒される気持ちもわかりますので、どうか頭を上げて下さい」
青年が顔を上げる。
「心遣い、感謝いたします」
「いえいえ、もし宜しければお名前を伺ってもよろしいですか?」
セオドアが尋ねると、青年は微笑を浮かべて名乗った。
「私はヘン......リク......、ヘンリクです。ただの旅人です。こっちは旅の連れのリヴィです」
一瞬、名乗りを戸惑った様子であったが、青年は自身をヘンリクと名乗り、女剣士をリヴィであると紹介する。
「ヘンリクさんとリヴィさんですね。僕は冒険者をやっている、セオドアといいます」
セオドアが名乗ると仲間もそれに続く。
「フィオナよ」
「......ドランだ」
「......セリカといいます」
ヘンリクは仲間達の自己紹介に笑顔で頷いた。
「セオドア様、フィオナ様、ドラン様、セリカ様......助けていただき、感謝します」
ヘンリクは整った姿勢で頭を下げる。
「助太刀、感謝します」
リヴィが礼儀正しく頭を下げる。
「自己紹介も済んだ事ですし、ヘンリクさんの傷の手当てをしませんか?」
セオドアの提案にヘンリクは笑顔を浮かべる。
「お願いしてもよろしいですか?」
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