第一話 風と共にーー去りぬ者たち【2/2】
数日後。アトラス商会の会議室には、仲間たちが勢揃いしていた。
テーブルの中央には、一冊の厚みのある本が置かれている。表紙には、しっかりと金字でこう記されていた。
《冒険の書・中級編》
「ついに完成したわね……」
フィオナがその表紙を指でなぞびながら、感慨深そうに呟いた。
「イェーイ!ブックメーカーの集大成だね!」
ノエルが胸を張る。
「いやー!素材の採取ポイントや確率、危険度ランクも全部データでまとめましたからね!」
セリカも誇らしげに本を撫でる。
「もちろん、各種スチール・シルバー級の依頼に対応した戦術パターンも掲載済みです。ノウハウとしてはウィンドミルで到達できる最高レベルに達したと言ってよいでしょう」
マックスは端正に整えた中級編の初版を数冊、丁寧に並べると顔を上げた。
「ですが、――だからこそ、次が必要です」
その言葉に、仲間たちの視線が一斉にマックスへと向いた。
「私たちアトラス商会が今後も“冒険の書”を進化させていくためには、ウィンドミル以外の地域に触れる必要があります。
環境も依頼内容も異なる地域に対応した新たな情報が必要なのです」
「……つまり?」
フィオナが身を乗り出す。
「新たな市場の獲得に拠点の移動を提案します」
「次の拠点......?」
セオドアは目を見開く。
「はい。次の拠点は......」
マックスは広げた地図の一箇所を指で示す。
「《ルーメンベル》。王都に近い交易と冒険の都市。そして、ダンジョンが存在する都市です」
「前の魔王出現時に現れたダンジョン……」
ドランが唸る。
セオドアは首を傾げる。
「ダンジョン……って普通の遺跡探索とは何か違うのでしょうか?」
その言葉に、皆が少し驚いたように目を向けた。セオドアが自分の無知を恥じるように頭をかく。
「すいません。勉強不足で......」
すると、フィオナがすぐさま頷き、親指を立てた。
「それならフィオナのダンジョン初心者講座、開講よ!」
「え、そんなノリで?」
「セオドアに何かを教えるなんて機会は滅多にないからね!」
フィオナはテーブルの地図を指差しながら説明を始めた。
「まず、ダンジョンってのは自然にできた迷宮じゃなくて、魔力の干渉で出現する地下構造物のこと。自然洞窟と違って、内部の構造が時々変化するのが特徴よ。罠や魔物の配置も自動的に変化するの」
「……まるで生き物みたいですね」
「そう。ダンジョンは“魔力の巣”とも言われてて、強い魔物や希少素材が集まりやすいの。だから当然、危険も跳ね上がるわ」
「なるほど……だからダンジョン攻略は高ランクの冒険者の仕事なんですね」
「そうよ!それと忘れちゃいけないのが“報酬”。ダンジョンの奥には、魔法具や遺物、古代の財宝なんかが眠ってることもあるのよ!中には一生遊んで暮らせるだけのお宝だってある噂よ!」
「ルーメンベルのダンジョンは勇者の装備が眠ってるって噂が有名だよね」
ノエルの目がきらりと輝く。
「勇者の装備......?」
セオドアの脳裏には勇者ハルトの姿が過ぎる。
「50年後の勇者ハルトじゃなくて、250年前の勇者の装備ね。けれど、あくまで噂程度よ」
セオドアの反応に気付いたフィオナが付け加えた。マックスも頷く。
「ええ。もしそれが真実であれば――ダンジョン攻略についての情報は冒険者からすれば喉から手が出るほど欲しい......つまり冒険の書の題材としては最適です」
マックスは皆の反応を確かめてから、セオドアに視線を向けた。
「セオドア代表。判断をお願いします」
セオドアは静かに中級編に視線を落とし、表紙に指を触れる。
ウィンドミルで積み上げてきた記録と経験......
ヒルクレストから右も左も分からず出てきた頃を思い出す。ウィンドミルでブロンズ冒険者として依頼をこなした日々。
ベルゼルグを倒す為に何度も繰り返した灰色の日々。
フィオナさん達と出会い、冒険の書を書き始めた日。セリカさんが協力してくれた日。アトラス商会を立ち上げて、マックさんが加わって本格的に冒険の書の制作を始めた日。
反対派と和解する為に奔走した日々。
ウィンドミルには数えきれないほどの思い出がある。
しかしーー、
セオドアは、顔を上げた。
「……行きましょう。ルーメンベルへ。次の冒険の書を作りに」
朝靄が街を包む時間。冒険者ギルドの前には、いつもよりも多くの人々が集まっていた。
「……これは?」
驚いたセオドアが荷袋を背負いながら呟くと、フィオナが肩を並べて微笑んだ。
「そりゃあ、ブックメーカーとアトラス商会の旅立ちだもん。ちょっとした祭りよ」
ギルド長グレッグが、腕を組んで一歩前へと出る。
「この街で“冒険の書”を作り、反対派の意見を変えたお前たちは、冒険者の歴史を塗り替えたと言っても過言じゃない。ルーメンベルのギルド長にも話は通してある」
静かに目を細めると、グレッグはセオドアに手を差し出した。
セオドアは迷わず、その大きな手を握り返す。
「……ありがとうございます。何から何まで、本当にお世話になりました」
「……ふん」
グレッグは鼻を鳴らし、誇らしげに笑った。
受付嬢ミアが、涙をこらえながらセオドアたちを見つめる。
「また……絶対、戻ってきてくださいね……! その時は、上級編の原稿、見せてください!」
村を出て、一人きりで冒険者として生きてきた――その中で、ミアの親切な言葉に何度も救われたことを思い出し、セオドアの目にも、静かに涙が滲んだ。
「もちろんです。……本当に、ありがとうございました。ミアさん」
セオドアが微笑むと、ノエルが隣で「上級編にはミアさんの似顔絵も載せるね〜!」と冗談を言い、場が少し和む。
その後ろには、バルトと――リオの姿もあった。
バルトは何も言わず、無言で頷く。
セオドアも同じように静かに頷き返す。
そして、リオ。
「セオドア!俺が冒険者になったら、すぐ追い越してやるからな!それまでにくたばるんじゃねぇぞ!」
かつての憧れと憎しみが混ざった視線はもうなく、今の彼は“未来”をまっすぐに見据えていた。
「楽しみにしていますよ、リオ君」
最後に、ダリルやロゼをはじめとする新人冒険者たちが、手を振って声を上げる。
「セオドアさん、いってらっしゃい!」
「中級編、もう五周読みました!」
「オレもいつか、ルーメンベルまで行ってみせます!」
セオドアたちはそれぞれに応えながら、馬車の方へと歩き出す。
街道の先には、風の吹き抜ける草原が広がっていた。
セオドアが最後にギルドの看板を見上げ、深く一礼をする。
そして、笑顔で言う。
「行こう、みんな。新しい冒険の書を作りに――ルーメンベルへ!」
風が吹いた。
幾度ものループを越えた少年の歩みに、今、新たなページが刻まれようとしていた。
第四章 ダンジョンループ編 開幕!
ウィンドミルに別れを告げ、新天地へ......
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