第二十話 憧れの果てに【2/2】
――空が白み始めた頃。
遠くから蹄の音と金属の響きが近づいてきた。廃墟の静寂を破って、複数の足音と怒声が重なり始める。
「冒険者ギルドだ!全員、武器を置け!」
「そこを動くな!」
瓦礫の隙間から次々に現れる、ウィンドミルの衛兵たち。彼らの胸当てには、街の紋章が刻まれていた。総勢十数名。その先頭に立つのは、ギルド長・グレッグ。
険しい顔で廃墟の惨状を見渡し、中央に倒れているバルトと仲間に抱えられるセオドアに視線を向ける。
「……バルト......セオドア......」
「ギルド長......どうして......?」
セオドアの質問にグレッグは眉を吊り上げる。
「“冒険者同士が殺し合ってる”ってお前んところの従業員から通報があったんだよ!」
「従業員......マックスさんか......」
セオドアは力無く笑みを浮かべる。
「殺し合ってる......ってそりゃ血相変えてくるね......」
ノエルも疲れた笑みを見せた。
「ったく......どういう事だこれは!?」
グレッグの声には、怒りと、哀しみが混じっていた。
バルトは目を細め、起き上がる力もなく、ただ口を開く。
「グレッグ......私は......こいつらを殺そうとした......」
バルトの言葉にグレッグは鋭い視線を送る。
「......どういう事だ。説明しろ」
グレッグの問いかけにバルトは表情を変えずに呟く。
「こいつらの作る冒険の書が許せなかった......」
バルトの言葉を聞いたグレッグはバルトに同情するかの様な表情を見せる。
「バルト、お前......まだ、あの時のことを......?」
ギルド長であるグレッグはバルトの過去に起こった悲劇を知っている様であった。
バルトは力無く頷く。
「あぁ......私には......あの時が人生の全てだった......証拠はルーキー達が持ってる記憶結晶に収められているだろう......」
グレッグはセオドア達の方へと視線を向ける。ノエルが記憶結晶をグレッグへと手渡す。
記憶結晶がグレッグの手の中で光始める。
グレッグは記憶結晶に記憶されたビジョンをか確認し終えると、後悔した様に目を閉じる。
「......馬鹿野郎め」
グレッグはそうバルトに吐き捨て、ため息を吐くと真剣な表情に変わる。
「現場検証はこれからだが……状況証拠は揃ってる。記録結晶の回収、そして……お前自身の口から語られた“虐殺計画”の動機」
グレッグが一歩踏み出す。
「……バルト。お前を、冒険者虐殺未遂の首謀者として拘束する。異議は?」
バルトは、もう何も言わなかった。身を起こす力もなく、ただ、薄明の空を見つめていた。
衛兵たちがバルトに枷をかけ、その身体を担いでいく。
セオドアは、傷ついた身体を起こしながら、その光景を見つめていた。
――これで、終わった。
だが同時に、胸の奥で、得体の知れない痛みが疼いていた。
バルトは、ただの悪ではなかった。夢を見て、仲間を失った男だった。
セオドアは静かに手を胸にあてる。
「……もう誰も、間違った正義で死なせない。そのためにも、書き続けるんだ……」
薄明の空の下、廃墟での戦闘を終えた冒険者たちが、衛兵の護送により街へと戻ってくる。
鎖に繋がれたバルト。
その姿に、セオドアたちは複雑な想いを抱きながら、無言で後ろを歩いていた。
だが――門をくぐろうとしたその時、
「……なんだよ、それ……」
その声に、皆が立ち止まる。
門の前に立っていたのは、一人の少年――リオだった。
まだ少年の面影を残すその瞳が、バルトを、セオドアを、真正面から見据えていた。
「なんだよ、それ……父さん……!」
リオの顔が、苦悶に歪む。
(父さん......?)
セオドアは言葉を失った。
「なんで、父さんが鎖に繋がれてんだよ……!」
「リオ......」
バルトは力無くリオの名前を呼ぶとただ、目を伏せ、苦しげに唇を噛んだ。
「答えてよ、父さん!なんで!?どうしてこんなことになってんだよ!」
リオはバルトの鎖を外そうと隊列の中に割って入る。
「おい!罪人に近寄るな!」
衛兵はリオをバルトから引き剥がす。
「罪人!?父さんが何をしたって言うんだよ!?」
リオは衛兵の手を振り払いながら、問いかける。
「待って......リオ君には......」
(聞かせちゃいけない!)
セオドアが衛兵を止めようと声を上げるも、衛兵は少年に真実を突きつける。
「こいつは冒険者パーティー、ブックメーカーの虐殺計画の首謀者だ!」
リオは衛兵の言葉を聞いて固まる。
「リオ君......!」
セオドアはふらつく足を無理やり動かしてリオの元へと駆け寄る。セオドアはリオの肩を持ち、呼びかける。
「父さんが......セオドア達を......虐殺......?」
「リオ君、違うんだ、よく聞いて......」
セオドアが説明しようとするとリオはセオドアの手を力強く振り払う。セオドアは地面に突き飛ばされる。
「セオドア!」
フィオナ達がすぐに駆け寄る。
「なんで......?」
リオの拳が震える。
「それなのに、父さんはセオドアを殺そうとして、セオドアは父さんを……!」
怒りと困惑がせめぎ合い、言葉が続かない。
「俺の知ってる“父さん”じゃない……!俺の憧れた“セオドア”でもない……!」
涙が目元に滲む。
けれど、リオは泣かなかった。
怒りのままに、叫びをぶつけた。
「お前がいたからこんな事になったの……?」
その一言は、まるで刃のようにセオドアの胸に刺さる。罪悪感から肺が締め付けられ呼吸ができなくなる。
「リオ......君......違うんだ......」
やがてリオはその場を振り切るように駆け出し、門の先の朝霧へと消えていった。
残された静寂のなかで、フィオナがぽつりと呟く。
「……リオ君がバルトの息子だったなんて......」
セオドアは何も言えなかった。
リオの叫びが、心に深く突き刺さっていた。
バルトは、冒険者虐殺未遂の首謀者として正式に投獄された。
かつてウィンドミルで最強と謳われた男の末路に、街は静かに揺れた。
彼を慕い、共に行動していた冒険者たちもまた、反逆の罪に問われ、それぞれ拘束された。
ギルドの掲示板に張り出された処分通知の下には、数多の視線と噂が集まり続けていた。
――そして、リオ。
彼は“大罪人の息子”という烙印を押された。
街の大人たちは顔を曇らせ、子どもたちは怯え、誰も彼に手を差し伸べようとはしなかった。
ギルドも家族もなくなったリオに、ウィンドミルに居場所がなくなっていた。
「リオ君は......他の街の孤児院に引き取られる事になりました......」
程なくしてセオドア達は受付のミアから聞かされた。
リオは遠く離れた他都市の孤児院へと移されることが決定した。
本人の意思を確認する間もなく、それは粛々と進められていく。
その知らせを聞いたセオドアは、深く眉をひそめた。
――これが、自分たちの選んだ未来なのか?
ギルドに蔓延っていた不正と圧力は一掃された。反対派の検挙は、目的としては達成された。
けれどそこに、歓喜や達成感はなかった。
代わりに胸に残るのは、あのときリオが見せた――怒りと、混乱と、絶望の眼差し。
「僕たちは、本当に……これでよかったんでしょうか」
セオドアの問いに、誰もすぐには答えられなかった。
けれど、その問いは消えることなく、彼らの心に、静かに突き刺さり続けていた。
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