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第二十話 憧れの果てに【1/2】


 ――夜が、明けようとしていた。


 戦場に残るのは、風と血の匂い、崩れた石の影。瓦礫の隙間から、薄桃色の光が差し込み始めている。


 静寂の中、セオドアは横たわっていた。砕けた斧の柄を握ったまま、荒く、浅い呼吸を繰り返していた。


「セオドア!」


 フィオナたちは駆け寄り、その体をそっと抱き起こした。


「みんな......」


「やったわね......セオドア......」


 セオドアは弱々しく顔を上げてバルトの方を見る。


 そのすぐ傍に、バルトもまた倒れていた。肩口から血を流し、呼吸は弱々しい。けれど、まだ意識はあった。


「……ぐっ」


 バルトはうめきながら、仰向けのまま静かに身を横たえた。空を仰ぎながら、バルトはぼそりと呟いた。


「……見事だ、ルーキー。斧が砕けていなかったら......死んでいたところだ......」


 セオドアは目を開けることすら難しい中、それでも小さく笑った。


「……ありがとうございます」


 風が吹いた。夜明けの光が、二人をゆっくりと包み込む。


「……なぜ......冒険の書を......。僕らを殺そうと思うまでに反対するのですか......」


 バルトは、遥か遠くを見るように目を細めた。


 そして――


「反対する理由か......」



 バルトは瞳を閉じ、夜明けの光を受けながら、低く、ぽつりと語り出す。


「……昔、私にも仲間がいた。五人で組んだ小さなパーティーだったが、全員が志を持ち、夢を持っていた。無名でも、どこかの誰かを救えるような冒険者になろうと」


 風が草を揺らす音だけが響いている。


「ある日、私たちは大規模なモンスターの異常行動を発見した。一歩間違えれば、町が一つ消えていたかもしれない……だから仲間の一人、アルトって奴が言い出した。“この情報を広めよう”と」


 セオドアは静かに聞いていた。ノエルやフィオナも、声を挟まず耳を傾ける。


「ギルドに報告して、冒険者全体に注意を促した。それは正しかった。実際、多くの冒険者がその情報で救われた。……だが」


 バルトの声が低く沈む。


「その“救われた”奴らの中にいたんだ。


ある遠征で、奴らは危機に陥った時……アルトが広めた情報を逆手に取り、仲間を見捨てて逃げたんだ。守るべき隊列を崩し、後方にいる私達の仲間を囮にしてな」


 バルトの拳が震える。


「私たちの仲間は……そいつらの“おかげ”で全滅した。だが、奴らは知っていたからこそ、他人を犠牲にして自分だけ生き残れた」


「……」


「情報は力だ。だが、誰もが正しく使うとは限らない。お前たちは“正しさ”を信じて疑わない。


だがそれは、時に誰かを殺す刃にもなる。


冒険の書も同じだ。


綺麗事ばかりを並べ、倫理も覚悟も持たぬ連中に力だけ与えたら、同じ惨劇が繰り返される」


 バルトは顔を歪め、嗤う。


「だから私は、冒険の書を嫌悪する。そんな正義を信じる奴が、また誰かを殺す。誰かの覚悟を踏みにじって、生き残る」


 セオドアは、言葉を失っていた。


 バルトの言っていることは、間違っていると即断できるようなものではなかった。


 彼の憎しみには、理由がある。


 ただの敵ではない、背負っている過去がある。


 だからこそ――


 セオドアの胸に、また別の“重さ”がのしかかってくるのだった。



 沈黙のあと、セオドアはゆっくりと目を伏せた。


 バルトの語った過去は、確かに胸に突き刺さるものだった。


 正義が、誰かを殺す刃になることがある――


その現実を、バルトは血で知っていたのだ。


 それでも、セオドアは顔を上げた。かすれた声で、しかしはっきりと。


「……それでも、僕は書きます」


 フィオナやノエルが驚いたようにセオドアを見る。だが彼の視線は、バルトだけを見据えていた。


「……あなたが言ったこと、理解できないわけじゃありません。情報は誰かを殺すこともある。正しさが人を傷つけることもある。けれど……」


 言葉を区切って、セオドアは血で汚れた斧の柄をきつく握りしめた。


「それでも、僕は書くんです。書き続ける。


……だって、あなたの仲間が――


アルトさんが広めた情報で、救われた命も、確かにあったはずでしょう?」


 バルトの瞳が、かすかに揺れた。


「その命の中には、もしかしたら――未来の誰かを救う人がいるかもしれない。


その可能性を、あなた自身が否定してどうするんですか」


 夜明けの光が、セオドアの頬を照らす。傷ついたその顔に、静かな強さが宿っていた。


「あなたの仲間が夢見た“誰かを救う冒険者”――僕は、それを信じたい。だから書くんです」


「……」


「この手で。何度でも。何度死んでも、何度でも書いて――誰かの背中を押す本にしてみせます」


 風が吹いた。


 バルトは、目を閉じた。


 その顔には、怒りも憎しみもなかった。


 ただ、少しだけ――かつての、仲間と語り合った夜を思い出しているような、そんな表情だった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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