第十九話 すべてをこめて【2/2】
戦場は次第に混沌とし始めていた。
セリカが封じたはずのフェルトは未だ動けずにいるが、周囲の反対派冒険者たちが徐々に意識を取り戻し、再び戦線に戻ろうとしていた。
フィオナの矢は矢筒が尽きかけ、ノエルの魔力は底をつき、ドランの盾には深いひびが刻まれていた。
そしてセオドアの体も、すでに何度も斬撃を受け、傷と血がその動きを鈍らせている。
「はぁっ……はぁっ……」
斧を支える腕が震える。魔力の奔流に、神経は限界まで酷使されていた。
それでも、セオドアは立っていた。
それでも、バルトはなお無傷だった。
バルトの目が静かに細められる。
「――終わりにするぞ。強さは認めよう......だが......俺を倒すには至らん」
次の瞬間、バルトの気配が掻き消える。
《影踏みの牙》。
地面から這い出すようにして、セオドアの背後から“殺気”が現れる。
それを察知したセオドアが振り返ろうとするより早く、背中に重く鈍い衝撃が走った。
ごぉん、と金属が軋む音。直撃を防いだのはドランの盾だった。
「……まだだッ!」
ドランの体が吹き飛ぶ。盾ごと、壁に叩きつけられる。
フィオナが叫ぶ。
「ドラン!」
「ノエル、援護して!」
「もう少し……だけど……!」
ノエルの膝が崩れかける。精霊たちも息を切らし、魔力の糸が細くなっていた。
再び矢をつがえようとするフィオナの手が震える。
その時、セオドアが前に出た。
「下がってください!」
「セオドア……!」
セオドアの瞳が灰色に染まり、魔力が爆ぜる。
《心身活性〈ブレイン・ブースト〉》
これまで使ってきたどの集中状態よりも深く、脳が焼けつくほどの速度で状況を読み、筋肉に信号を送る。
バルトが斬りかかる。
一撃目、かわす。
二撃目、盾でいなす。
三撃目――相打ち覚悟で斧を叩きつける。
金属の火花が散る。
だが。
バルトが言った。
「もう見切っている」
バルトの剣に魔力が宿る。《重撃解放〈クラッシュ・ブレイカー〉》。
振り下ろされる斬撃。それを受け止めた斧が――砕けた。
セオドアの体が宙に舞い、地面に叩きつけられる。
呼吸が止まりそうになる。
視界が滲む。
耳鳴りがする。
しかし、思い出す。
フィオナの矢の感覚。
ドランの盾の重み。
ノエルの精霊達との共鳴。
――全部、俺の中にある。
セオドアは、立ち上がる。
「まだ、終わりじゃない……!」
バルトの《重撃解放》を受け、地に伏したセオドアの身体が、もう一度だけ動いた。
崩れた瓦礫の中で、彼は血に染まった手で斧の柄を掴み直す。
全身が痛みを訴えていた。視界は揺れ、呼吸は焼けつくようだった。
それでも、耳には仲間の声が、心には託された記憶が、確かに残っていた。
「……まだ……終わってない……!」
セオドアが立ち上がる。
セオドアの身体から燻った様な火の粉が巻き上がっる。
セオドアの脳裏にはこれまでのループで起きた惨状が想起される。
フィオナが杭に打たれた姿。
セリカが自分を刺した時の表情。
ノエルの苦痛に歪む表情......
火の粉が激しく巻き起こる。
『あなたが何回も何十回も何百回、死ぬのなら。私達も何千回だって死んであげる』
フィオナの言葉が脳内に響いた時、燻っていた火の粉は身体に吸い込まれ、無となる。
すると瞬時にセオドアの身体からメラメラと炎の様に魔力が巻き起こった。
《心身活性〈ブレイン・ブースト〉》。
限界を超えた集中――世界がスローモーションのように見える。
「ほぅ」
バルトは嬉々とした笑みを浮かべた。
「スキルのレベルまで上げたか、ルーキー!!!」
バルトは剣を構え、再び《影踏みの牙》を発動させる。
だがセオドアの目には、その起点がはっきりと見えていた。
(影が伸びる……左斜め後方……来る!)
刹那、バルトの気配が消えた。
次の瞬間、バルトが影から現れる――が、
「読んでます……!」
セオドアは刃を交わし、手にした斧の柄を逆手に持ち替え、その軌道に――渾身の一撃を叩き込んだ。
乾いた音が響き、バルトの体勢が崩れる。
その隙を、見逃さなかった。
「これで全部です!!」
火の粉を巻き上げながら、セオドアが跳ねるように踏み込み、砕けた斧の柄ごと、バルトの胸元へ最後の一撃を突き立てる。
爆ぜる魔力。
吹き飛ぶ瓦礫。
二人の影が、炎と共に倒れる。
――沈黙。
煙の向こうから、仲間たちの叫びが聞こえる。
「セオドア!」
倒れたセオドアの懐から記憶結晶が転がり出る。
小さく光りながら、それは確かに記録を続けていたが、徐々に光を失っていき、光は完全に失われた。
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