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第十九話 すべてをこめて【1/2】



 フィオナの拳でガストンが崩れ落ちた直後、廃墟の戦場には一瞬の静寂が訪れた。


 だが、それも束の間――。


「ガストンがやられたぞ!」


「応援を!」


 反対派の冒険者たちが動き出す。混乱の中で指揮系統が崩れていた彼らも、徐々に危機を察し、立ち直り始めていた。


「フィオナ!囲まれる前に動くよ!」


 ノエルが叫び、精霊たちに指示を飛ばす。風精が前線をなぎ払い、土精が敵の足元を揺るがす。


「......こっちは任せろ!」


 ドランが身体をひねって突進し、斧を構えた敵の戦士の一撃を盾で正面から受け止める。そのまま《鉄壁装甲》の魔力を展開し、敵を押し返した。


 フィオナは戦場を駆け、弓を引き絞る。


「視線を切って!」


「任せて!」


 ノエルの風精が砂塵を巻き上げ、敵の目をくらませた瞬間――


 フィオナの《烈風穿矢》が放たれる。矢は風を纏って蛇行しながら、別方向に退避しようとしていた敵の背を正確に射抜いた。


 膝をついた男に、ドランが駆け寄って一撃を加える。ガストンに続き、数名の戦闘不能者が生まれ、戦況が明らかに傾きはじめていた。


「残りは……三人! ノエル、火と風、同時!」


「合点承知の助け!」


 ノエルの詠唱とともに、炎と風を束ねた魔法が敵陣を吹き飛ばす。身を焼かれた敵が地面を転がり、叫び声を上げた。


 ブックメーカーの仲間たちは、すでに“守られる側”ではない。


 彼ら自身の手で、確実に未来を切り拓いていた。


 廃墟の中央、剣と魔法が交錯する混沌の中――バルトは静かに戦場を見渡していた。


 倒れたガストン。拘束されたフェルト。次々に戦闘不能となる反対派の仲間たち。崩れた陣形の中を、ブックメーカー......シルバーランクの冒険者たちが駆け、魔力をまとった技を繰り出している。


 その光景を、バルトは無言で見つめた。


 彼の目に宿るのは怒りでも嘲りでもない。あったのは、深い――疑念。


「……妙だな」


 鍔迫り合いの中、バルトがぽつりと漏らす。


「何がですか……?」


 セオドアが問い返すと、バルトは一歩退き、再び刃を構えながら低く続けた。


「この集会を突き止めたのもそうだが......スキルは、そう簡単に扱えるものではない。ましてやお前たちは、シルバーランクに上がったばかりのルーキーに過ぎなかったはずだ」


「……!」


 鋭い視線を交差させながら、バルトは言葉を重ねる。


「魔力の練度、身体の軌道、精神の強度――どれ一つ欠けてもスキルは発現しない」


 その問いは、剣よりも鋭くセオドアの心に突き刺さる。


 だが、セオドアは答えた。


「僕たちは――何度も繰り返してきたんです」


 バルトの眉がわずかに動いた。


「失敗して、また挑んで……何度も仲間を失って、そのたびに掴んだ感覚がある。僕一人じゃ無理でした......けれど、仲間が託してくれた“感覚”が、僕たちをここまで強くしたんです」


 セオドアの体から、再び火の粉のような魔力が立ち昇る。《心身活性〈ブレイン・ブースト〉》が極限まで練られ、感覚と判断が研ぎ澄まされていく。


「これは、僕たち全員の経験の結晶です。バルトさん――あなたが思ってるより、ブックメーカーの決意は強固ですよ」


 その言葉と同時に、セオドアの斧が閃く。


 バルトは一歩後退しながらも笑う。


「……ふん。だが、まだ甘い......」


 その瞬間、影が踊る。


 《影踏みの牙》――バルトが影から影へと飛び、再び背後を狙う。だが、セオドアの集中はすでに限界を超えていた。


「......ッ!!」


 火の粉をまとったセオドアの剣が、バルトの影を裂くように振り抜かれる。


 金属音と、爆ぜる魔力。


 斧と影がぶつかり合う中、バルトはセオドアの動きに再び剣を突き立てるが――


 その一撃を、別の影が弾いた。


 金属の響きとともに、ドランが盾を構えて割って入る。


「......援護する!」


「ドランさん!」


 ドランの盾には《鉄壁装甲〈アイアン・コート〉》の魔力が展開され、バルトの斬撃すらも鈍らせていた。


「なら、次は私が」と言わんばかりに、背後から疾風が駆け抜ける。


「――援護、いくわよ!」


 フィオナの声とともに、矢が風を裂いて飛来する。バルトの足元を狙いすました《烈風穿矢〈れっぷうせんし〉》が、破裂音を立てて炸裂。


 バルトが身を翻して矢を避けたその隙を、逃さなかった。


「今よ、ノエル!」


「りょ〜!」


 空中から跳ねるように舞い降りるノエル。両手を広げ、四属性の精霊たちに呼びかける。


「《精霊契約・一式〈スピリット・アコード〉》、全開だよ――!」


 火と風、水と土の精霊魔法がバルトの周囲を一斉に包囲し、退路を断つように着弾する。爆風と土煙の中に、影が一閃した。


 煙を切り裂いて、バルトが飛び出してくる。


 だがその表情に、焦燥はなかく未だにその身に傷を負ってはいなかった。


 セオドアは、傷だらけの身体を震わせながら、バルトの前に再び立つ。その隣にフィオナ、ノエル、ドランが並び立つ。


「……まさか、シルバーランクのお前達にこいつらがやられるとはな......」


 バルトは低く呟き、再び剣を構える。


「......しかし、まだまだスキルを扱いきれていない様だな......」


 仲間たちが背を支え、火の粉を浴びながらも、セオドアは斧を構え直す。


 その瞳には、もはや迷いはない。



「バルトさん。次は――四人で行きますよ」



 瓦礫の砕ける音と、金属が軋む音が、戦場に響いた。


 バルトの斬撃を、ドランの盾が受け止める。


「ぐっ……!」


 重たい衝撃が、ドランの足元を抉るように襲う。だが、彼は耐えた。《鉄壁装甲〈アイアン・コート〉》の魔力を前面に集中させ、盾を押し返す。


「いい防御だ......」


 バルトが短く吐き捨てる。瞳の奥に宿るのは、静かに燃える殺意。


(重い……なんだこの斬撃は。盾越しでも骨まで響く……)


 ドランがそう感じるほどの一撃は、バルトのスキル《重撃解放〈クラッシュ・ブレイカー〉》によるものだった。


 圧倒的な重量と速度。それを《影踏みの牙》と組み合わせることで、バルトはほとんど隙のない立ち回りを見せていた。


「援護します!」


 セオドアが横から飛び込み、《心身活性〈ブレイン・ブースト〉》で動体視力と反応速度を強化しながら斧を振るう。


 しかし、バルトは一歩も退かない。


 むしろ、余裕すら感じさせながら受け流し、逆に体勢を崩そうと仕掛けてくる。


「ここだよ!」


 ノエルが精霊魔法を展開。火と風の渦がバルトの足元を吹き上げ、視界を遮る。


「今よ!」


 フィオナの矢が、正確に飛ぶ。だが――


 バルトは斜めに跳ね、地を転がり、すべてを回避した。


(……まるで、次の一手まで見えているかのような動き……!)


 セオドアの心に冷や汗が走る。


 いまこの瞬間、バルトと対峙しているのは四人。


 セオドア、ドラン、フィオナ、ノエル。


 全員がスキルを習得し、準備は万端だった。だがそれでも――


 たった一人の男に、押されている。


「強すぎる……!」


 フィオナが歯噛みする。矢をつがえる手が震える。


 ノエルの精霊たちも、再召喚の魔力に時間を要していた。


 セリカの《封呪環〈シール・リンク〉》でフェルトの魔力は封じられている。


 だが、その他の反対派の冒険者たちのうち、数名が次第に意識を取り戻し、武器を手にし始める。


「これ以上、長引いたら……!」


 セオドアは唇を噛む。


(包囲される……!)


 焦りが全員の胸に芽生え始めた。


 その中でもバルトは、ただ静かに立っていた。


 息一つ乱さず、まるでこれまでの戦いすら、準備運動のように思っているかのような――絶望的な余裕で。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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