第十二話 黒の正体【2/2】
告知が冒険者ギルドの掲示板に張り出されてから、三日目の夜。
セオドアとノエルは、いつもの様にキールを尾行していると夜にも関わらず、ウィンドミルの門を一人抜けていくのをしっかりと視界に捉えていた。
「セオドア君......!」
「はい......やっと動いたみたいですね......」
セオドアとノエルは声を殺しながら互いを見て頷いた。
セオドアとノエルは門番に見られぬ様にこっそりと門の外へと出る。
キールの持つランタンの光を遠目で確認しながら森の中に身を隠す。
しばらくすると、森に中のある廃れた小屋の中に姿を消していくのを確認した。
セオドアがノエルの方を見て頷く。
ノエルは《記録結晶》を手に取り、魔力を注ぎ始めた。結晶が柔らかく淡い光を放ち、視界と音声を封じ込め始める。
「魔力、安定してるよ……ばっちり録れる」
セオドアは頷き、静かにキールの足取りを追った。
廃墟の裏手へと周り、小屋に開いた少しの隙間から男たちの低い声が漏れ聞こえてくる。
小さな穴から中を覗くと、数人の影が確認できた。
その中央にはキールが立ち、両隣には黒装束の男たち――
その中に、セオドアはガストンの姿を認めた。
髪を短く刈り込み、粗末な布で顔の下半分を覆ってはいるが、その体格と癖のある立ち振る舞い、何よりあの視線――間違いない。
「ガストン......」
さらに、もう一人、名簿に記されていた名前がよぎる。
――フェルト。鉄杭の魔法使いとしてギルドに登録されていた人物。確信に至る要素がいくつも揃っていた。
「……奴ら、揃ってる」
ノエルが小さく息を呑む。
部屋の中では、彼らが“討議”というにはあまりに苛烈な計画を交わしていた。
「再来週の実地研修……あれがチャンスだ。ブックマン共は分かれて動く。そこを狙う」
キールの言葉に、周囲が頷く。
ガストンが声を上げる。
「ぶっ殺してやるんだよ、連中をよ……」
別の男が叫ぶ。
「そうだ、俺たちは今まで自分達で集めた情報で生き抜いてきたんだ!あんな本に書かれてる知識やらで冒険者顔をされるのは我慢ならねぇ!」
フェルトが口を開いた。
「誰しも知識が得られるのは脅威だ。いずれ俺達の仕事を奪っていくに違いない」
ガストンが憎々しげに吐き捨てる。
「そんな事になってもあいつらは本を売って儲けてやがる!我慢ならねぇよ」
「なら、潰すまでだ」
キールが短く言った。
言葉に込められた殺意に、背後のノエルが肩を震わせた。《記録結晶》はすべてを記録し続けている。
「ブックメーカーどもを殺して、冒険の書なんざ灰にする。それが、俺たちの“正義”だ」
セオドアは、拳を握り締めた。
それは、言い逃れのできない“明確な殺意”と“計画的犯行”の証拠だった。
「……もう、十分だ」
セオドアが囁き、ノエルに退却の合図を送る。静かに、その場から立ち去ろうとした、その瞬間――
「……お前達」
低く鋭い声がかけられた。
二人が振り返ると、後ろの森に立っていた屈強な男。
鋼のような肉体、冷えた瞳、そして腰に佩いた巨大な剣。
黒装束ではない。
だが、誰もが知っている。
それは――ウィンドミル最強のプラチナランク冒険者、バルトだった。
その視線は、闇の奥底よりも深く重く、セオドアたちを見据えていた。
「……何をしている」
空気が一瞬で凍る。
果たしてバルトは“敵”か、“味方”か――
「冒険の書の反対派が......僕たちへの奇襲を企てていたので......その現場を......」
セオドアが声を殺しながら、バルトに言葉選びながら説明する。
......なんでウィンドミル最強の冒険者のバルトがここに?
セオドアが思考を巡らせているとバルトはノエルの持つ、記録結晶に目をやる。
「記録結晶か......」
そうバルトが呟いた瞬間。影が空気を裂いた。
鋭い金属音と共に、ノエルがはじき飛ばされる。頬が裂け、血が飛び散った。
「がっ……!」
「ノエルさん!!!!!」
セオドアがとっさに斧を構え、反射的にバルトに一撃を放つ。
だが――
バルトはまるで風のように、彼の攻撃を受け流し、
「弱いな」
全身に叩きつけるような蹴りが放たれた。
「ぐっ……あああッ!」
セオドアの体は宙を舞い、小屋の壁を突き破って中へと転がり込んだ。
土埃の舞う視界の中、複数の足音が迫る。
顔を上げた彼の目の前に――
「よぉ、坊主。こんなところで何してやがる......?」
ガストンが、不敵に笑いながら立っていた。
その後ろには、見覚えのある顔。テイマーのキール。魔法使いフェルト。そして複数の黒装束の影。
完全に、囲まれた......
セオドアの思考がまとまらない。
なんでバルトが......僕達に攻撃を......?まさか......
セオドアは歯を食いしばり、床に落ちた斧に手を伸ばすがガストンは斧を力強く踏みつけた。
「おいおい、まだやるつもりかよ? 無様に転がってきたくせによ」
ガストンがセオドアに視線を合わせる様に屈む。すると壊れて小屋の壁の向こう側から低い声が響いた。
「お前達。ルーキーに話を聞かれていたぞ......」
「バ、バルト......」
セオドアは痛みを抑えながらバルトを睨みつける。ガストンはゆっくりと小屋に入ってきたバルトを見ると笑みを浮かべた。
「あぁバルトさん......だが助かりましたぜ」
バルトは気に食わないといった様子で小屋にいる冒険者達を見渡す。
「何が助かっただ......この件が露呈する様なら私がお前達を殺すぞ」
バルトの威圧に何人かの冒険者がたじろぐ。
「バルト......お前も......反対派だったのか......?」
セオドアは消え入りそうな声でバルトに問いかける。バルトはただ無言で地を這いつくばるセオドアを見下ろした。
「そうだよ。坊主。なんたってこの集まりはバルトさんの指示で動いてんだからよ」
バルトの指示で......?
あの実地研修の虐殺も......?
フィオナさんやノエルさん、ドランさん......新人冒険者達を殺す様に指示をしたのがウィンドミル最強の冒険者......?
「ど、どうして......」
セオドアは震えながら声を絞り出す。
「お前達、ブックメーカーは冒険者の秩序を著しく貶めた。これ以上好き勝手にやらせるつもりはない」
バルトは静かに告げる。それにセオドアは力強く拳を握る。
「秩序だと......?」
バルトは静かにセオドアを見下ろす。
「お前らがやったのは虐殺だろうが!何が秩序だ!!」
セオドアがそう叫びながらバルトに飛びかかろうとする。
しかし、バルトは冷静にセオドアの拳を蹴り飛ばし、顔面を殴り飛ばす。
「がっ......!」
セオドアは殴り飛ばされ、小屋の壁に激突する。
「虐殺は......まだしていないだろう。それに口の聞き方に気をつけろ、ルーキー......」
セオドアは倒れ込んでいるところを襟元を掴まれ壁に押し当てられる。
「くそ......が!お前......!お前が......みんなを......!」
セオドアは激しく抵抗するもバルトは冷静にセオドアを見据える。
外ではノエルの呻き声。血で染まる袖が一瞬見えた。
だが、敵の数は圧倒的。
相手はウィンドミル最強の冒険者......
「殺してやる......!ぶっ殺してやる......!!」
セオドアは激しい怒りを小屋一帯に響き渡らせた。
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