第十二話 黒の正体【1/1】
ウィンドミルの街を覆う朝靄はすっかり晴れ、昼の喧騒が通りを支配していた。
人気のない裏路地を一人で歩くセオドアの目は、ある人物をじっと捉えていた。」
──冒険者ギルドのシルバーランク冒険者キールだ。
市場でパンを買い、広場で水を飲み、昼は道端の屋台で煮込みを食べていた。午後には冒険者ギルドのクエストボードを眺めては誰と口を利くでもなく、飲食スペースで酒を飲んでいた。
一日目、二日目も何もない。
「……何か……ひとつでも証拠があれば」
低くうなるように、キールを睨みつける。セオドアは尾行は三日目に入っていたが、キールはまるで一般市民のように過ごし、黒装束の集団につながるような動きは、いまだに見せていない。
セオドアは焦っていた。
あと十日もすればあの日が近づいてくる。
ループの先に見た、フィオナの死。ノエルとドランの死。自分自身の死。そして、セリカの涙。
キールは――黒装束の集団の中にいたはずの男だ。
セオドアの視界がじわじわと灰色に染まっていく。
「今、この手で捕まえれば……あるいは、すべてを……」
セオドアの手が、無意識に腰の斧へと伸びる。
その瞬間だった。
「……セオドア」
声がして、影が一つ、路地の角から現れた。
そこには、フィオナがいた。
彼女の表情は静かで、けれど、その目は確かな意思を宿していた。
「まだ、キールは何もしていない。少なくとも今の時点では......」
「でも……前のループでは……フィオナさんが……!」
「それでも」
フィオナは一歩、セオドアの前に出る。そして、彼の手を、斧からそっと引き離した。
「……あなただけは、復讐に取り憑かれてはいけない」
セオドアは目を伏せた。
怒りと焦り、恐怖と悲しみ――そのすべてが胸の内で暴れていた。
「……僕は......何も失いたくないだけなんです……もう、誰も死なせたくない……!」
「それは、私たちも同じよ。でもね――まだ何もしていないキールを裁けない。もし、今動いてしまったら......あなたが悪になってしまう」
その言葉に、セオドアは言葉を失った。
「あなたが悪に染まれば、冒険の書を誰が編んでいくの?」
静かな路地に、ただ風の音だけが流れる。セオドアの視界が次第に色を取り戻していく。
「……わかりました......ありがとうございます......フィオナさん」
やがて、ようやくのように絞り出したその声に、フィオナは微笑みを返した。
「大丈夫。セオドアが信じてくれる限り、私たちは共に立ち向かえるのよ……ね?」
セオドアは深く頷いた。
焦燥は、まだ胸に燻っていた。
だが、それでも――彼は踏みとどまった。
正しさの名を借りて、復讐に溺れる自分ではなくなるために。
アトラス商会の新事務所。陽が傾き始めた会議室で、セオドアたちは集まっていた。
「……というわけで、キールの動きには目立ったものは見られませんでした......」
セオドアがそう報告すると、フィオナとノエル、ドランはそれぞれ頷いた。
だが――
マックスが、沈黙を破るように口を開いた。
「……やはり、餌が足りませんか......」
「餌......?」
「こちらが“静観”していては、奴らは尻尾を出さないでしょう。逆に“囮”を差し出せば、情報を引き出すことができるかもしれません」
セオドアの眉が跳ね上がる。
「まさか、“実地研修”を開催するつもりですか……?」
「ええ、“前回と同じ条件”をあえて再現することで、彼らの動きを誘発するんです」
その瞬間、セオドアの拳が机に打ち付けられた。
「冗談じゃない!あんなこと、もう誰にもさせたくない!それを“餌”に使うなんて……!」
室内に一瞬、沈黙が満ちる。
だが、マックスは動じない。
「誤解です、セオドア代表。私は“襲撃を再現しろ”などと言っているわけではありません。欲しいのは、彼らが“動く機会”をこちらから与えることです」
セリカが小さく頷いた。
「つまり、情報だけ“流す”ということ……?」
「そう。実際に研修を行う必要はありません。あくまで“ギルド掲示板に研修告知を再掲載する”だけでいい。
向こうがそれにどう反応するか……その監視が、今の目的です」
セオドアはゆっくりと息を吐いた。
「……敵をあぶり出すための……罠、か」
「ええ。そして、こちらには準備と人手があります。今回は“あちらにだけ見える餌”で十分です。あなたが無理をする必要はありません」
ノエルが口を開く。
「じゃあ実際には実地研修は行わない......?」
マックスは微笑み、頷いた。
「そういうことです。セオドア代表が見てきた未来とは同じにはさせません」
セオドアは目を伏せたまま、しばし黙っていた。
だが、やがて静かに顔を上げる。
「……わかりました。やりましょう」
「密会を特定した時に我々の証言だけでは些か不安要素が残ります」
セオドアはその言葉に視線を向ける。
マックスは淡々と続けた。
「キールが黒装束の一員である可能性が高い、というのは確かに現時点での我々の推測ですが……それだけではギルドも行政も動かすことはできません」
「……証拠が必要ってことね?」
フィオナが小さく尋ねる。マックスは力強く頷いた。
「ええ。“ギルドの権限で拘束できるだけの明確な証拠”です。
例えば、キールが反対派の構成員と密会している現場映像記録、襲撃計画を記した文書、あるいは彼の発言を録音できれば理想的ですね」
ノエルが眉をひそめる。
「映像記録に録音……?」
マックスは頷くと、机の引き出しから一つの小さな水晶を取り出してみせた。
「ええ、――《記録結晶》。一定時間、所持者の視界を映像として封じ込める魔道具です」
「それって……記録魔法の魔道具じゃないですかー!」
ノエルが目を細めながら感嘆の声を漏らした。
「ええ。ギルドや裁定官も正式な証拠として扱える代物ですよ。
少々値が張りましたが、無事に黒装束を検挙できれば、賠償していただきましょう」
「なるほど……」
セオドアは水晶を手に取り、じっと見つめた。淡い光を宿すその小さな結晶に、自分たちの未来がかかっているようにすら思えた。
「ただし、魔力の操作を行える者が継続的に力を注がなければ起動しません」
ノエルがすぐに手を挙げる。
「じゃあ私がやる。魔法使えるの、私だけだよ〜!」
「勿論です、ノエル雑用。あなたに操作をお願いすることになります」
セオドアが記録結晶をノエルに手渡すとノエルは目を輝かせて結晶に魅入る。
「ではフィオナ様とドラン様、セリカ様で実地研修の開催告知を冒険者ギルドで行って頂きたくあります。資料や計画書は私の方で作成しましたのでギルドに申請して下さい」
「わかったわ」
「........」
「は、はい!」
フィオナ達はマックスの指示に強く頷く。
「尾行はセオドア代表とノエル雑用にお願いする事になりますが、くれぐれもお気をつけて下さいね」
「わかりました」
「合点承知!」
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