第十三話 埋まらぬ溝【1/2】
小屋の壁に押し付けられながらもセオドアはなんとか呼吸をしながら、バルトを睨みつけていた。
背後にはガストンたち反対派、外ではノエルのうめき声――状況は最悪だった。
それでも、セオドアの胸に湧き上がっていたのは、ただ一つ――
怒り。
「バルト……」
唇が切れ、血を滲ませながらセオドアは立ち上がる。足元はふらついているが、瞳は決して折れていない。
「お前だけは……絶対に殺す……!」
怒号と共に、セオドアは素早くバルトの顔めがけて蹴りを繰り出す。
しかし――
「遅い」
バルトは冷静にセオドアの足を眼前で受け止めて、足首を握りこんだ。
「......!」
セオドアは抵抗しようとするも、足首を掴んだまま、バルトはセオドアを投げ飛ばした。
セオドアは廃墟の床に激突し、埃が粉塵となって、あたりの視界が悪くなる。
粉塵の中からセオドアは素早く駆け出し、ガストンが踏みつけていた斧を拾い上げる。
「テメェ!!」
ガストンが気付いて剣の柄に手をかけるもセオドアは素早くガストンの柄に足をかけて鞘から引き抜けない様にする。
「なっ......!?」
その一瞬の間にセオドアは斧の峰でガストンを殴りつける。
斧を取り返したセオドアはすぐにバルトへと視線を向けるも、そこにはバルトの姿はなかった。
いないー......!
するとセオドアの背後にぬらりとバルトの影を感じた。
速い......!
セオドアは斧の向きを反転させ、背後へと振り抜く。
次の瞬間、セオドアの斧は空を切っていた。返す刀のように、バルトの拳がセオドアの腹部に突き刺さる。
「ぐっ……!」
肺から空気が抜け、セオドアの体がよろめく。だが、踏みとどまり、再び斧を構える。
「まだだ……まだ……!」
闘志を燃やし、斬撃を放つセオドア。
けれど、バルトの動きは一切見えないほどに速かった。
── 一撃、二撃。
斧を弾かれ、蹴りで体勢を崩され、拳で脇腹を砕かれるような衝撃が走る。
これが……プラチナランク......
思考が霞む中、セオドアは必死に食らいついていた。
……なんで……こんなに……差があるんだ......!
バルトは、わずかに眉をひそめた。
「筋はいい。その体捌き、すでにゴールドランクに到達していると言って良いだろう」
「何......?」
セオドアは膝をつき斧の柄で身体を支えるのがやっとで眼光だけはバルトを鋭く捉えていた。
「だが私とお前には絶対的に埋められない差がある」
バルトは冷たい目でセオドアを見下ろした。
「経験の差とでも言いたいんですか......?」
「そんな物は当たり前だ。ゴールドランクとプラチナランクには決定的な力の差がある」
「......」
「解らぬか。己が生命に与えられた能力を具現化し、技とする......《スキル》の獲得だ。これが、ゴールドランクより上に立つ冒険者に必要な条件なのだ」
「スキル……?」
現実を突きつけられたセオドアの心に、冷水のような絶望が流れ込む。
埋まらない差。
絶対的な力の壁。
バルトが言う「スキル」――それは、セオドアの知らない領域だった。
セオドアは膝をついたまま、荒い息を吐きながら斧を杖代わりに立ち上がろうとしていた。
「知りませんよ......だから......何だって言うんですか......?諦めて首を差し出したらいいんですか?」
セオドアは斧を構えながらバルトを睨みつける。
バルトは無言のまま歩を進める。その気配は、まるで絶対の死を運ぶ執行者のようだった。
「解らんようなら、見せてやろう。これが、“格の違い”というものだ」
その言葉と同時に、バルトの足元に淡い魔力が灯った。
次の瞬間――
「《影踏みの牙》」
バルトの身体が、霧のように揺らいだかと思うと、セオドアの斜め背後に瞬間移動していた。
「な……!?」
斧を振り返す間もなく、膝裏を鋭く蹴られ、セオドアは膝から崩れ落ちる。
そこへ追い討ちのように拳が振り下ろされた。
「ぐあっ……!」
視界が霞む。斧が手から転がり落ちそうになる。
バルトの動きはもはや“速い”では表現できない。それは“見えない”だった。
「私のスキルは、対象の影に瞬時に移動することができる」
セオドアは口の端から血を滲ませながら、それでも立ち上がろうともがく。
瞬間移動......廃墟の外で僕達の背後にすぐに現れたのはスキルだったのか......
「まだ折れぬか......」
そう言いながら、バルトは構えを変える。
「……もう一つ見せよう。《重撃解放》」
バルトの拳に魔力が集まり、空気が揺れる。
放たれた一撃は、風の塊のようにセオドアの腹部を直撃した。
「うっ……!!」
壁際まで吹き飛ばされ、木片と砂埃が舞う。
セオドアの体は崩れるように地に伏す。肺に空気が入らない。視界が白く霞む。
ただの打撃で済む衝撃じゃない......!拳がまるで鉄球の様に重い......!
「プラチナランク以上の冒険者は、皆こうして“自分だけの技”を持つようになる。それが冒険者の“本当の強さ”だ」
どこか哀れみすら感じさせる声だった。
吹き飛ばされたセオドアは沈黙していた。
ガストンがそんなセオドアを見て高らかに笑い声を上げた。
「ざまぁねぇな!坊主!」
ゲラゲラと笑い声があたりに響く。
セオドアの指が、再び斧の柄にかすかに触れた。
その瞬間、廃墟の外から風が走った。
「――セオドアくん!!」
ノエルの声と共に、精霊魔法の風刃がバルトに向かって飛ぶ。
バルトは顔色一つ変えず、身体を半歩ずらすだけでそれを躱す。
ノエルの身体には大量の血が滲んで見えた。
セオドアはなんとか顔を上げてノエルの姿を確認する。
ノエルさん……!
ノエルは苦痛に表情を歪ませながらも笑みを浮かべ《記録結晶》を懐に仕舞った。
記録結晶......!
そうだ......!僕達の目的は今ここでバルト達に勝つことじゃない......!あの記録結晶を冒険者ギルドに届ければ、バルト達を検挙する事ができる......!
「……っ!」
セオドアは顔を上げる。ノエルの顔は蒼白で、今にも崩れそうだった。
セオドアは痛みに耐えながら、なんとか身体を起こす。
ノエルは起き上がったセオドアを確認すると踵を返し、森へと走り出した。
「……逃がすかよ!」
反対派の一人がノエルを追おうとする。
だが――
「行かせるか!!」
セオドアが斧を振る上げながら、ノエルの追っ手の前に出る。
ノエルは森の奥へと消えていった。
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