第十三話 埋まらぬ溝【2/2】
ノエルが森の中に消えていったかに思えたその時、
その場に杭の魔法が降り注いだ。
「きゃあっ!」
ノエルの身体に杭が突き刺さり、記録結晶が地面に転がった。
「や、やめっ……!」
セオドアの声が震えた。
脳裏にあの惨状が蘇る。
痛みでもがくノエルにフェルトが近づく。
「ったく、手こずらせやがって」
ノエルの身体に突き刺さった杭を反対派の魔法使いフェルトが無造作に掴む。
「あぁあああああ!!!!」
ノエルの苦痛に歪む悲鳴が響く。
「……やめろ!!!!!」
セオドアが駆け出そうとすると、ガストンやキール達がセオドアの行く手を阻む。
「退け!!!!!!」
セオドアは斧を振り上げるも、バルトとの戦闘で満身創痍の体は思うように動かない。
フェルトはノエルに刺さった杭を掴み、ずりずりと引きずり戻す。
ノエルは喉が張り裂けそうな悲鳴をあげる。
「......!!!!!」
瞳に再び、灰色の世界が広がっていく。
だが――
その灰色は、次の瞬間、赤く燃え上がった。
ノエルの悲鳴が、脳を焼くように響いた。
目の前で無力に傷つけられていく仲間。救えなかった罪悪感、何もできない苛立ち――
セオドアの世界は、灰色に沈んでいた。
けれど――
次の瞬間、その灰色が、熱を孕んで燃え始める。
赤だ。
血のように、焔のように――憤怒がセオドアの視界を染め上げた。
「……放せ」
低い声だった。
ガストン達がセオドアの言葉に眉を吊り上げる。
「あ?テメェ状況わかって言ってんのか?」
「お前こそ分かってるのか?」
セオドアがそう呟くとセオドアの体が爆発するように動いた。
ガストンが思わず剣を抜こうとするが遅い。
斧が唸りを上げて肩口に食い込み、呻き声を上げて後退する。
「ぐあっ、てめぇ……!」
血走った目でセオドアは反対派の一人に駆け寄り、斧を横薙ぎに振る。
腹を抉られ、反対派の一人が地に伏す。
もはや動きは理性を欠いた獣のそれ。
だが、それでも、斧の一撃一撃が、敵を圧倒していた。
「セオドアくん……」
ノエルのか細い声が、どこか遠くで聞こえる。
それでも、セオドアは止まれない。
喉が焼けるほど叫び、身を削って斧を振り続ける。
──一人、また一人と、反対派が倒れていく。
怒りに突き動かされた一瞬、その斧には確かに――魔力が乗っていた。
キールが撤退を始める素振りを見せたその時、ようやく一歩、バルトが歩を進めた。
「もういい」
その一言が、すべての空気を変えた。
反対派の誰もが動きを止める。
そして――
バルトが、地を蹴った。
「ッ……!」
反応する間もなく、バルトの姿は目の前にあった。
《影踏みの牙》。
またも背後を取られたセオドアは、避ける余裕もなく顎に蹴りを喰らい、宙に浮く。
空中で回転する身体に、《重撃解放》が叩き込まれる。
雷鳴のような衝撃音が響き、セオドアの身体は廃墟の梁を砕き、地面に叩きつけられた。
「……がはっ……!!」
肺から空気が漏れ、全身が痙攣する。
斧は遠くへ転がっていた。
指一本、動かすことができない。
赤く染まっていた世界が徐々に色を失い、灰色になっていく。
その視界に、バルトが無言で近づいてくる。
「ガストン達では敵わないのも無理はない......お前は既にスキルに目覚めつつある......」
静かに、だが確かな怒りと軽蔑を込めて、バルトはそう呟く。
「だがー、」
足が振り上げられ、セオドアの腹を無慈悲に踏みつけた。
肺が潰れ、喉が鳴った。
「これで冒険の書などと言う、幻想は終わりだ、ルーキー」
「なんで......こんなことまでして......」
セオドアは血を吐きながらバルトに問いかけた。
「情報とは自らで勝ち取ってこそ価値がある。他人から得た知識などで冒険者を語るなど、虫唾が走る」
バルトは感情的な表情を見せる。
「冒険者の書は......命を繋ぐために......必要なんです......」
セオドアが絞り出した言葉にバルトは静かな怒りの感情を見せていた。
「そんな物で繋いだ命などクズだ。貴様が助けたクズがいずれ仲間に牙を向く事になる」
バルトは怒りからか額に血管を浮き出させている。
「そんな......事......ない......」
「意見の相違だ。弱い奴の意見は淘汰されていくのが世の常だ。ルーキー」
セオドアの意識が、深く沈んでいく。
遠ざかる音。
霞む視界。
ノエルの泣き声が、風に乗って響く。
最後に見えたのは、バルトの靴が、自分の視界に降ってくる瞬間だった――。
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