第十話 黒の輪郭【1/2】
午前の光が斜めに差し込む旧アトラス商会の会議室。窓際のテーブルにはフィオナ、ノエル、ドラン、セリカ、マックスが顔を揃えていた。
空気は静かで、けれどどこか張りつめていた。
セオドアは一度深く息を吸い込み、視線を一人ひとりの顔に順に向ける。
「……今から起こる事について改めてお伝えしておこうと思いますが、まずは先にやっておかなければならない事があります」
「ありがたいですね。未来からの助言を頂けるのであれば、かなりアドバンテージを得る事ができますからね」
マックスが笑みを浮かべた。
「まず、前回ループの今日ですが、あの日も僕はマックスさんとセリカさんにタイムループについてお話ししました」
「まぁ前々から、セリカ記録係以外の皆さんの冒険の書へのただならぬ執着は感じていましたからね」
「私も同じくです.......けど、話してくれたんですね......嬉しいです」
マックスの話にセリカも同調するも、前回のループでも打ち明けてくれていた事にぎこちない笑みを浮かべる。
「今までは不安な気持ちにさせて申し訳ありませんでした」
「いやいやいや!今は私なんかの気持ちなんて置いておいて、つ、次にいきましょう、はい!」
「ありがとうございます、セリカさん」
「次に反対派閥の嫌がらせのエスカレートを考慮し、このアトラス商会の事務所を退去します」
「え〜?」
ノエルが驚きの声を上げる。フィオナ、ドラン、セリカも驚いたような顔を浮かべる。
マックスはそれにニヤリと笑みを浮かべていた。
「なるほど、セオドア代表は本当に未来を見て来たんですね......今実感しました。その提案、今日まさに私がしようと思っていましたから」
「はい。マックスさんの提案でした。今のこのアトラス商会の事務所は冒険の書の反対派閥にも場所を知られています。
実際、事務所を秘密裏に移転してからは事務所への嫌がらせは無くなりましたから」
「え〜みんなで頑張って来た事務所なのにな〜」
「ノエル雑用。そのみんなで頑張って制作した記録.......情報を保管しているこの事務所に火をつけられた日には全てが水の泡ですからね」
「そうだね!退去!退去しよう!」
「マックスさん、丘の中腹にある物件の手配をお願いできますか?」
「考えている事を見透かされているのは少々気味が悪いですが......勿論ですよ、セオドア代表。
というより物件も今日提案するつもりでしたから、既に手配済みでございます」
「助かります」
「まずは早々に退去の準備を始めましょう。前回ループでは既に退去に向けて動き出している時間でしたので、急ぎましょう。
続きは移転が済んでからお話しします」
「わかったわ!」
「お引越しだね!じゃあ私は現場監督するからみんな頑張ろう!」
「.......お前も働け」
「皆さん、くれぐれも秘密裏にですからね」
「.......わかった」
「絶対に同じことを繰り返さないために。……もう誰も失わないために。皆さん、力を貸してください」
セオドアは真剣な表情でみんなに呼びかける。アトラス商会の面々は大きく返事をした。
丘の中腹にひっそりと新しいアトラス商会の事務所が移された。
外の風は柔らかく、木立に遮られた小道を通る風音は、旧事務所の喧騒とは無縁の静けさを湛えていた。
セリカが重そうな書類の束を抱えているのを見つけたセオドアはすぐさま駆け寄る。
「あ、セリカさん!僕が持ちますよ!」
「いやいやいや!そんな.......」
「持たせて下さい」
「あ、なら.......」
セリカはセオドアが書類の束を持っていくのを見送るとまた重そうな荷物に手をかける。
「セリカ!それは重そうだから私が持つわ!」
「え?いやいやいや!」
「いいのいいの!」
フィオナはセリカが持ち上げようとしていた荷物を持ち上げ、事務所の中に運んでいく。
不思議そうに首を傾げながらもまた荷物に手をかけようとすると、ドランが黙ってその荷物を肩に担いだ。
「........」
「......ドラン氏?」
「........」
ドランはセリカを無言で見ると何事もなかった様に運び始める。
「何がなんやら.......」
セリカが再び書類の束を持つとノエルが駆け寄ってくる。
「セリカちゃん!セリカちゃん!それ、私が持つよ!」
「え〜ノエル氏もですか!?私、素材採取で鉱石とか運んでいるんで別にこのぐらい.......」
「いいんだよ!いいんだよ!」
そう言ってノエルはセリカから書類の束を預かると事務所に向かって駆け出そうとして派手にすっ転んび書類がその場に散乱する。
「ノエル氏!?」
セオドア達はセリカがセオドアの命の恩人であるとせめてものお礼を見せていた。
無事に引越しが終わり、簡易的な整頓も済んだ夕暮れ時。
セオドアは皆を会議室に集めた。
まだ荷ほどきの途中で、棚には空の箱が並び、資料は仮置きされたままだが、それでもこの場所には、不思議な安心感があった。
少なくともセオドアは前のループでは2週間も謹慎でこの事務所に箱詰めであったからか、安心感がある。
「皆さん、まずは移転作業、お疲れさまでした」
セオドアが口を開くと、ノエルが手をひらひらと振る。
「お疲れ様〜」
「ノエル雑用は仕事増やしてませんでしたか?」
マックスがノエルを横目で見ながらため息をつく。
「頑張ったから褒めてよ〜!」
「はいはい、落ち着いてノエル。話が進まないでしょ」
フィオナがお姉さんの様にノエルを宥める。
「さて……ここからが本題です」
セオドアは真剣な眼差しで皆を見渡し、続けた。
「前回のループで、僕たちはこの時期、二つのことを並行して進めていました」
一瞬、場の空気が締まる。
「ひとつは、“冒険の書・中級編”の制作です。初級編で培った知識をさらに体系化し、より実践的な内容を含めた中級編を作成していました」
「やっぱり次は中級だよね〜。初級編は文句なしで評判良かったもん」
ノエルが反応するが、セオドアの表情が変わらないのを見て、すぐに黙る。
「そしてもうひとつは、......“新人冒険者への実地研修”です」
セオドアは前のループの光景がフラッシュバックするのを押し殺しながら言葉にする。
前のループで奇襲を受けたという実地研修という言葉を聞いて、みんなの顔に緊張が走る。
「目的は中級編が出るまでにブックマンへの興味を留めておく為......新人冒険者に実際に僕らが依頼をこなしている様子を見てもらうという試みでした」
「その時に.......?」
「はい......、予想外のモンスターの群れの乱入........そして.......」
言葉に詰まるセオドアにマックスが言葉を付け加えた。
「黒装束の集団による虐殺ですか......」
「ちょっとマックス」
無神経なマックスの発言にフィオナが咎める。
「失礼。ですが事実確認.......この場合未来に起ことなので言葉が違うとは思いますが、今は確認する場ですからお許しを」
「……マックスさんのいう通りです。今はあの未来を避ける事に集中すべきですから、僕の事は気にしないで下さい」
「あまり、無理はするな......」
ドランが静かに伝えた。
「ありがとうございます」
セオドアは一呼吸おくとまた前ループについて話し始める。
「ただ、その実地研修に至るまでに、一つ問題がありました。……僕とフィオナさんがガストンさんの“挑発”に乗ってしまったんです」
「ガストン」
フィオナが嫌悪感を表した様な顔で呟く。
「具体的には?」
マックスがセオドアに質問する。その質問に無意識にフィオナを見る。それに何かに気がついた様にフィオナの顔に影が差す。
「ごめん......多分私だよね........」
フィオナが申し訳なさそうに呟く。
「前ループでは明日、ギルドで依頼を受ける際にガストンさんが冒険の書を販売している棚の前で破いて踏みつけていたんです」
ノエルが顔を顰める。
「最低......」
「あの野郎.......!ほんと.......!」
フィオナは怒りから机に拳を叩きつけた。それにマックはため息をつく。
「落ち着いて下さい。話に聞いただけでそこまで怒るのであればそれを実際に見たフィオナさんは殴るかかるなりしてギルド内で暴力沙汰を起こしたのでしょう」
「はい........フィオナさんがガストンに掴みかかって、ガストンさんがフィオナさんを殴り返しましたので、僕も頭に血が昇ってしまいまして.......」
「それで?」
「2週間の謹慎処分です。……そして謹慎明け直後に、実地研修の日を迎えることになります」
室内の空気が重く沈んでいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。
次回もどうぞよろしくお願いします。




