第九話 裏切りの朝【2/2】
セオドアの涙がようやく落ち着きを見せた頃、部屋に静けさが戻っていた。
ノエルがそっとお茶を置き、マックスが腕を組み直す。
その中で、フィオナが膝を折り、セオドアの目線にそっと合わせるように問いかけた。
「……セオドア。何があったの? あなた……どこまで見てきたの?」
フィオナの声は優しかったが、まなざしには鋭い光が宿っていた。
セオドアはしばらく口をつぐんでいたが、やがてぽつりと口を開く。
「……計画していた実地研修の日……問題なくモンスターの討伐は遂行しました.......
そんな時に僕たちは襲われました......クラッグハウンドの群れが突然現れて……みんなでなんとか切り抜けたんです........
誰一人欠けずに.......」
言葉が震えた。
聞いていたノエルとドランの表情が一瞬強張る。セリカも小さく息をのんだ。
「切り抜けたそう思ったんです.........それで.......それで........」
セオドアが続きを話そうとするも、目の前で杭が打ち込まれたフィオナの光景。
血に塗れて腕の中で冷たくなっていくフィオナの体の感触を思い出す。
「うっ........!」
セオドアは嘔吐する。
「セオドア!大丈夫、大丈夫だから......!」
フィオナがセオドアを介抱しようとするとセオドアが手を挙げて遮る。
「僕は........フィオナさんを死なせてしまいました.........!」
セオドアの言葉にみんな息を呑んだ。
「みんな......!新人冒険者達も.........!ノエルさんも!ドランさんも.......!みんな死なせてしまいました........!」
セオドアはそこまで語ると、唇を強く噛んだ。
フィオナはその様子を見て、静かに頷き、セオドアを抱き寄せる。
彼女の手が、そっとセオドアの手に触れる。その温もりに、セオドアは少しだけ目を伏せた。
「それで.......!僕は........」
セオドアは顔を上げ、周囲を見渡しセリカを見つけた。
セリカさんに刺されて死んだーーー
「......ループしてここに戻ってきました.......」
「ループ……」と、マックスが小さく呟いた。
その表情には、理解しきれない戸惑いが浮かんでいた。
セリカもまた、硬直したような面持ちで、セオドアとフィオナを交互に見つめている。
この時間軸では、まだ二人に「ループ」のことを打ち明けていなかった。前回は今日二人にタイムループについて打ち明けた日であったからだ。
その様子に気づいたフィオナは、セオドアのほうを向いて尋ねた。
「……セオドア。マックスとセリカに私から話してもいい?」
セオドアは、一瞬だけ迷ったようにフィオナの目を見つめた。だが、すぐに頷いた。
「はい……お願いします」
フィオナはゆっくりと立ち上がり、マックスとセリカに向き直った。
「驚かせるかもしれないけど、どうか……信じて。セオドアは、時間を……“繰り返して”きたの。何度も、何度も。それがタイムループ」
その言葉に、セリカは目を見開き、マックスは一拍おいてから重く眉をひそめる。
「時を……繰り返す?つまり、同じ日々を何度も……?」
「えぇ。セオドアは記憶を保ったまま、同じ時間を何度も生き直しているの」
マックスはしばらく黙っていたが、やがて静かに息を吐いた。
「……なるほど。でなければ、今のセオドア代表の涙の意味が……説明できませんね」
セリカは小さくうつむいていたが、やがて顔を上げる。
「セオドア氏……私の未来も……見たのですか?」
その問いに、セオドアは一瞬だけ目を逸らす。
けれど――セリカに刺されたことだけは言えなかった。
「……はい。でも、全部は……」
言葉を濁すセオドアに、セリカはそれ以上は何も尋ねなかった。
ただ、小さく「……わかりました」とだけ、口にした。
空気が、再び沈黙に包まれる。
けれどその沈黙は、冷たくも、重くもなかった。
それは――信じるために必要な時間だった。
空気がようやく落ち着いてきたころ、フィオナがそっと口を開いた。
「……ねえ、セオドア。ひとつ、聞いてもいい?」
彼女の声は、さっきまでとは違って、静かで穏やかだった。
「ビジョン……って、言ってたよね。ループする前に、何か見たんでしょう?前回はベルゼルグにハルトが殺される場面だったって言っていたけど........」
セオドアは一度、視線を落とした。唇が微かに震える。だが、彼女の問いからは逃げなかった。
「……はい、……今回もハルトが、死ぬところでした」
フィオナの目がわずかに見開かれた。ノエルもドランも思わず身体を動かす。マックスの手が顎にかかる。
「焼けた瓦礫の中、ハルトは膝をついていました。そして……背後から、誰かに剣を刺されたんです。
振り返って、最後に言いました――」
セオドアの声が低く沈む。
「『なぜ……貴方が……?』って」
部屋に沈黙が満ちる。その言葉が持つ“裏切り”の重さに、誰もが言葉を失っていた。
「そして、その誰かが……こう言いました。『さらばだ、勇者様』……と」
その瞬間、マックスの瞳が鋭く細められた。
彼は静かに、ゆっくりと息を吸い、話し始める。
「……勇者様、か。なるほど、なるほど。少し、繋がったかもしれません」
「え?」
フィオナが眉をひそめると、マックスは椅子を引いて浅く腰掛けたまま、指先を組んだ。
「アストニア王国が保有する歴代の“魔王災厄記録”には、未来の大災厄として“魔王の再来”が予言されているんです。発生予定は、およそ50年後。これはこの間の解放祭でも大々的に報じられたものです」
セオドアは解放祭の記憶を思い出す。毒キノコによって何度も繰り返したあの祭りを。
村長のジョージが石碑の披露の際にそんな事を言っていた事を思い出す。
「50年後……」
「ええ。そして、その再来に備え、王国の宮廷魔法使いの主導で“勇者召喚の儀式”を計画しています」
ノエルが目を丸くした。
「ってことは……その“勇者召喚”で異世界から呼ばれるのが――」
「――そのハルトという少年ってことになるでしょうね」
マックスが重々しく頷いた。
「つまり、セオドア代表がこれまで命を懸けて守ってきた“少年”は、50年後に異世界から召喚される、未来の“勇者”である可能性が高い」
アトラス商会のメンバーに衝撃が走った。
セオドア自身も、その事実を初めて口にしたかのように、表情を凍らせていた。
「……ハルトが、50年後の勇者……」
フィオナがつぶやくように言った。
セオドアは小さく頷く。
「……納得がいきました......村で見たビジョンではハルトはこの国では見ないような服装でした。
それにアルシェール語が読めない......異世界から来たのだったら納得がいきます.......」
セオドアは拳を握りしめていた。
「なんで......僕は、未来の勇者である......ハルトの死を見て、死まで同期するのでしょうか......?」
「それに関してはさっぱりですよ。私は商人です」
マックスの言葉にセオドアは俯く。そんなセオドアの様子を見ていたフィオナが拳を作るセオドアの手にそっと手を置く。
「理由は分からなくても目的がはっきりしてきたのよセオドア」
「フィオナさん.......」
「今まではどこの誰とも知らない未来の少年の死を防いできた......けど今ははっきりとしたのよ。50年後の勇者を救う為だって」
フィオナの笑顔を見て一瞬安堵したセオドアだが、脳裏には虚で血塗れのフィオナの顔がよぎる。
「でも.......今回のループは.......僕にはあまりにも.......」
「大丈夫だよ!今回はベルゼルグの時とは違って私達がついてるよ!」
「それでも僕は誰も守れなかったんです.......!」
「.......セオドア」
ドランがセオドアの肩に手を置く。
「僕はみんなを死なせたんですよ.......」
「それでも今回はまだみんな生きてるわ」
フィオナの声は、微笑を含んでいた。
「悲惨だった未来を私たちで変えよう。貴方が歩みを止めない限り私たちはずっと側で支える」
セオドアはその言葉に、目を見開いた。
マックスが言った。
「まぁ勇者には死んでもらっては困りますからね。私もより一層ご助力いたしますよ。こと商売に置いてですが」
ノエルが拳を胸に当てて、にっと笑う。
「わかりやすい目標ができたじゃん。勇者ハルト君の命、私たちで全力ガードしちゃおっか!」
ドランは何も言わず、頷くだけだったが、その眼差しはどこまでも強かった。
「話が壮大になって来ましたが、私の知識でお役に立てるのであれば........」
セリカがぎこちなく笑みを浮かべる。
セオドアは、皆の顔を一人ずつ見た。
そして、しっかりと、うなずいた。
「……ありがとう、みんな」
その声には、再び灯り始めた“意思”の色があった。
夕暮れが近づく頃、セオドアは小さな会議室にフィオナ、ノエル、ドランの三人を集めた。
空気は静かだった。外から差し込む西陽が、木の床に長く影を落としている。
「なんでセリカちゃんとマックスに出て行ってもらったの?」
「今から話すことは、僕にとっても、少し……整理が必要なことなんだ」
セオドアの声はかすかに揺れていたが、その瞳はしっかりと前を向いていた。
「実地研修のあの日……最後に僕が死んだのは、黒装束の手ではありませんでした」
三人が一斉に息を呑んだ。
セオドアは、言葉を選びながら、続けた。
「僕を殺したのは……セリカさんでした。……彼女が、僕の胸に刃を……突き立てたんです」
ノエルの目が見開かれる。ドランの眉がぴくりと動いた。
「......裏切ったのか?」
ドランが静かに怒りを露わにする。
「そんなわけないでしょ!」
フィオナがきつい口調でドランを咎める。
フィオナはセオドアの方へと振り向く。
「本当なの?」
「はい。ですが――僕も彼女を“裏切り者”だとは思っていません」
そう断言したとき、フィオナが小さく目を細めた。
セオドアは立ち上がり、窓の外を一瞥する。沈みかけの太陽が、町並みに赤金の光を投げかけていた。
「セリカさんは、あの時……泣いていたんです。“こんな狂った世界を正せるのは貴方だけです”って、そう言って、僕を刺した」
フィオナが小さく目を伏せる。
「前回のループの今日。僕はマックスさんとセリカさんにもタイムループについて話しました。セリカさんは僕が死ぬことでもタイムループが起こるのを知っていたんです」
「……つまり未来を変えてほしかった......」
ノエルの言葉は、驚きよりも納得の色を帯びていた。
「そうです。だから……あれは“裏切り”じゃない。信頼の上での……希望を込めて僕を殺したんです」
誰も言葉を返せなかった。
ドランが静かに目を閉じた。彼の無口な背中から、感情が波のように伝わってくる。
やがてフィオナが、ゆっくりと歩み寄り、セオドアの隣に立った。
「その時セリカじゃなくて私が生き残ったとしたら.......セオドアを殺してループを起こすなんてできなかったと思う.......」
フィオナの発言にみんな下を向く。
「私も.......セオドア君を殺せなかったと思う.......」
「.......俺もだ」
ノエルとドランもフィオナに続く。
「今考えてみたら.......セリカさんが僕を殺してくれなかったら、あの世界で一人生きる事になったかもしれないんです.......あの地獄で.......」
脳裏にはフィオナや新人冒険者の最後がフラッシュバックする。
「勿論無くしたくない思い出もありました......けれど、それよりみんなを失う事の方がもっと怖い......」
フィオナさんと花畑を見にいく約束も今じゃなかった事になっている。
けどーー、
『こんな狂った世界を……正せるのは……貴方だけです……』
セリカの最後の言葉を思い出す。
「だから彼女は僕にとって命の恩人なんです」
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