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第九話 裏切りの朝【1/2】


 薄れていく景色の中でボツボツと雨音に紛れてセリカの声が聞こえる。


 「こんな狂った世界を……正せるのは……貴方だけです……」


 セリカの震える声が、雨音の中に溶けていく。


 刃が突き立った胸から、熱い血が溢れ出すのを感じながら、セオドアはゆっくりと視界を閉ざした。


 その瞬間――


 視界の裏に、ビジョンが流れ込んでくる。


 


 夕暮れのような、血のような赤。


 焼け落ちた瓦礫の影の中、一人の青年が膝をついていた。


 その姿は――ハルト。


 セオドアが命をかけて導こうとしてきた少年。


 だが。


 彼の背後には、誰かの気配。


 静かに忍び寄るその影が、躊躇なく剣を突き立てた。


 刃が、ハルトの背に突き立つ。小さくハルトは痛みに呻いた。


「な、ぜ……貴方が……?」


 驚愕に満ちた声。


 その目に映っていたのは、信じがたい“誰か”だったのだろうか。


 だが、セオドアの視点からはその顔までは見えない。


 ただ、その“誰か”が最後に――静かに、残酷に、こう呟く。


 


 「……さらばだ、勇者様」


 


 鮮血が宙を舞い、ハルトの身体が崩れ落ちる。


 


「――ッ!」


 セオドアは跳ね起きた。


 外は薄暗く静けさがそこにはあった。


 目の前には手帳が開かれている。外を確認するように窓に外を見る。


 ウィンドミルの空に、鳥が群れをなして飛んでいた。


 まだ朝の光が地平線を越えたばかり。ウィンドミルの村の上空、わずかに白む空に黒い影がすっと弧を描いて横切っていく。


 風もない。葉も揺れない。ただ羽音だけが遠く、規則的に響いた。


 その群れは、一度上昇し、また緩やかに高度を落とし、まるで見えない線をなぞるように、東の空へと消えていった。


 残されたのは、薄くかかる朝霧と、まだ眠りきった村の屋根の影。屋根の上の煙突から、ひとすじの煙がのぼっていた。


 旧アトラス商会の事務所だった。


 ループした.......


 セオドアの呼吸が荒くなっていく。セリカの口から聞いた、ノエルの死......ドランの死.......そして目の前で散ったフィオナの死.......そしてセオドアの命にとどめを刺したセリカの刃........


 呼吸ができなくなる。


 ビジョンの光景.......ハルトが勇者........?


 全身から汗が吹き出していた。手足は震え、心臓は痛いほどに脈打っている。


 もう意味がわからない.......


 なんで僕達が襲われたんだ.......


 なんでフィオナさんが......!ノエルさんが........!ドランさんが!セリカさんが!!!!!


 セオドアは再び目の前が暗くなり、その場に倒れる。


……この世界は……狂ってる......




 セオドアが倒れてから2時間ほど経ったところで、ノエルが事務所に鼻歌混じりに入ってくる。


「2階の灯りがつけっぱなしだね〜?誰かいるの〜?」


 ノエルは階段を上がりセオドアの作業部屋に入る。


「セオドア君いるの〜?」


 その時、扉を開けた先に倒れているセオドアを発見した。


「セ、セオドア君!??どうしたの!?」






 遠くで、誰かの声がする。


「まったくセオドア代表も倒れるまで作業をするなんて.......」


「セリカちゃんも下で本に埋もれて寝てたよ〜」


「じ、自分の図鑑の試作品ができたので嬉しくってつい朝まで読み耽ってしまっていました......」


「ったく、記録係二人の夜更かし癖はどうにかしないといけないわね」


「.......まったくだ」


 夢.......?


 みんなの声がする。ブックメーカーの......アトラス商会のみんなの声が......


 光が差す。まぶしい。まるで夢から引きずり戻されるような感覚。


「あ、セオドア君起きた〜!」


 目を開けると、見慣れた天井があった。木の梁、古い漆喰の壁。鼻をくすぐる、ハーブティーの香り。窓の外には朝日が差し込んでいる。


「セオドア。あんた、作業場の床で寝てたのよ?」


 声がした方向に顔を向ける。そこには、フィオナがいた。


 生きて。そこにいた。


 笑みを浮かべていて、目が合ったその瞬間、彼女の頬が少し緩んだ。


 ――ああ、夢だ。


 これはきっと、死ぬ間際に見ている、優しい幻だ。


「……フィ、オナ……さん?」


 名前を呼ぶと、フィオナが少し不思議そうに首を傾げ小さく頷いた。


「な、何?私だよ?……おはよう、セオドア」


 その声に、何かが崩れた。


 セオドアは、シーツを握りしめた手を震わせながら、半身を起こす。


 そして、まるで何かに突き動かされるようにフィオナに駆け寄り、彼女の身体を――抱きしめた。


「フィオナさん……! フィオナさん……!!」


 声にならない声が喉の奥からあふれ出した。


 周囲のみんなも驚いた表情でその様子を見守り、ノエルは感激したような声を漏らす。


「ちょっと!セオドア!?」


 フィオナも驚いて顔を真っ赤にさせ、セオドアを呼びかけるもすぐに様子がおかしい事に気がつく。


 セオドアはまるで赤子のように、フィオナの肩に顔を押しつけ、涙を滝のように流していた。


 みんなセオドアのただならぬ様子に顔を見合わせる。


 言葉はもう、出てこなかった。


 悲鳴のような息と、途切れ途切れの名前。


「セオドア.......貴方.......まさか.......?」


 それだけで、彼の胸の中に渦巻いていたすべてが、吐き出されていた。


「……ごめんなさい……っ、守れなかった……ッ、何も……!」


 フィオナは何も言わなかった。


 ただそっと、彼の背を撫でた。


 その手の温もりが、確かに“生きている”証だった。


 部屋の奥では、ノエルとドランがじっと見守っていた。ノエルとドランは顔を見合わせる。


「ドラン.......これって......?」


「........恐らく......」


 二人はセオドアがループした事を確信した。


 マックスはそんな様子のドランとノエルを見て、何か考え込むように顎に手を当てる。


 セリカもセオドアのただならぬ様子に、言葉を失っていた。マックスの視線に気付いたセリカは首を横に振る。



最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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