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 第三話 商業ギルドへ【2/2】


 セオドアたちブックメーカーは、ミアが用意した紹介状と試作品《冒険の書・初心者編》を手に、ウィンドミルの中心街ー、


――商業ギルドの本館へと足を踏み入れた。


 磨き抜かれた石畳のフロア、行き交う人々は皆、整った制服か洗練された職人の装いをしている。


 その中で、革の軽装をまとった自分たちは、どこか場違いな存在に思えた。


 セオドアは、ふと足を止めて振り返るように仲間たちを見る。その目は真剣でありながら、どこか懐かしさを湛えていた。


(……ここに来るのは、久しぶりだ)


 思い返せば、冒険者として最初にこの建物を訪れたのは、ウィンドミルに来てまだ右も左も分からなかった頃ー、


 ブロンズランクだった自分は討伐を避け、力仕事の依頼を選んで、商業ギルドの倉庫整理を任された。


 荷車を引き、木箱を担ぎ、汗と埃にまみれながら、ただがむしゃらに働いた日々。


 あの頃は、まさか“自分が本を作り、それを商業ギルドに売り込む日が来る”なんて、想像すらしていなかったな。


 背後からノエルがぽん、と背中を叩いた。


「大丈夫だってば。セオドア君ならちゃんと伝えられるよ〜。ほら、社長スマイル忘れてる〜」


「……スマイルって、こうですか?」


「うんうん、それ。ちょっと引きつってるけど!」


 セリカが隣でニヤリとした笑みを浮かべる。ドランは無言で先に扉を押し開ける。フィオナはすでに堂々とした足取りで中へと進んでいた。


 受付で紹介状を差し出すと、しばしの待機を経て、彼らは応接室へと通された。


 広々とした室内には、香の匂いがほのかに漂い、分厚い帳簿や貴金属で飾られた調度が並ぶ。


 ほどなくして、威厳ある身なりの女性が現れた。年齢は四十を少し過ぎた頃か。洗練された身のこなしに、並々ならぬ経験を感じさせる。


「はじめまして。商業ギルドウィンドミル支部・監査担当のベアトリスです。グレッグ支部長より紹介状をいただいております。……冒険の書についてのご相談と伺っておりますが?」


 声は低く、明瞭で、判断力に満ちていた。


「はい。冒険の書・初心者編の試作品を作成し、今後の製造・流通を検討いただければと思い、お持ちしました」


 セオドアが丁寧に本を差し出すと、ベアトリスは受け取って中をめくる。目を通す速さは流石というべきか、しかし一ページごとに僅かな表情の変化があった。


 ――驚き、考察、納得。最後に静かに本を閉じた。


「これは……思った以上に、よく出来ていますね」


「ありがとうございます!」


「内容は素晴らしい。ただ、問題は“これをどうやって大量に製造し、流通に乗せるか”という点です。


製本コスト、印刷所の確保、搬送ルート。


特に、この街を起点にするならば、周囲の冒険者ギルドのある都市にどう供給していくかも含めて考えなければなりません」


 ベアトリスの指摘は現実的で、かつ冷静だった。


 だが、セオドアたちの決意に揺らぎはない。


「まずは……地元の冒険者の命を守ることが第一です。


そのために三十部を手作業で仕上げ、販売しました。その結果、予想以上の反響がありました」


 フィオナが口を開く。


「新人冒険者たちは、本当に必要としていたんです。この冒険の書にが彼らの命綱になると信じて」


「ふむ……」


 ベアトリスはしばし黙考し、手帳に何かを書き込むと、やがてゆっくり頷いた。


「……わかりました。


まずは“仮支援”という形で、製造ラインの確保と印刷所の紹介を行います。


資金援助も少額ながら検討しましょう。


……ですが、この街での量産と流通が安定するまでは、ギルドとして正式な認可は出せません。よろしいですね?」


「はい!ありがとうございます!」


 セオドアの声が自然と高くなる。胸に詰まっていた不安が、少しずつほどけていく。


 ベアトリスは書類を整理しながら最後に言った。


「あなたたちの信念は理解しました。そして、それが“商い”としても通用するか、これから見せてください。


あと次回の相談までに立ち上げる商会の名前を決めておいてください」


「名前......?ですか?」


「はい、今後はセオドア様を代表者にしたその商会との取引という事になりますのでよろしくお願いします」


「わかりました......」


(名前か......パーティー名をそのまま......)


 セオドアは深く頭を下げ、仲間たちもそれに続いた。


 こうして、冒険の書は次なる一歩――本格的な量産と流通へと動き始めた。


 夕暮れの空が橙に染まる頃、ブックメーカーの面々はギルドの集会室に集まっていた。


 テーブルの上には、ベアトリスから渡された「商業ギルド仮契約書」と「商会登録用紙」が置かれている。


 契約書には、製造支援と資金援助に関する条文が整然と並んでおり、右下の空欄にはまだ商会の名前が記入されていない。


「さて、問題はここだね〜」


 ノエルが書類を指差しながら、やや困ったように笑った。


「“商会名”……ですよね......」


「もういっそ、ブックメーカー商会でいいんじゃない?」


 フィオナが肩をすくめながら言う。だが、セオドアは首を横に振った。


「僕もブックメーカーでいいんじゃないかとも考えました。


けど、冒険者のパーティー名だからこそ、「本を作る者達」って意味が強くなっていました。


いざ商会となって本を作るからブックメーカーと名付けた場合、そのまんま過ぎるというか......」


 ドランが黙って頷き、セリカは紙に名前案らしきメモを書き連ねている。


 カンペの様に“レーコーダー(記録者)商会”と書いてみんなに見せる。セリカの提案に同時にみんな首を横に振る。


「セオドア商会とか〜?」


 ノエルが提案する。


「それじゃあ自伝出版みたいになっちゃうじゃない。しかも、まんまだし」


 フィオナが却下する。


「うーん、やっぱりカッコいい名前がいいわよね」


 皆が好き勝手に案を出す中、沈黙を守っていたドランがふいに顔を上げた。


「……アトラス」


 全員の視線が一斉にドランに集まる。


「アトラス?」


 セオドアが首をかしげる。


「......古の巨人の名前だ」


「確か.....世界を支えたという神話の巨人ですね。セオドア氏の立ち上げる商会がいずれは世界を支える存在になる......そんな意味でしょうか?」


 セリカの問いにドランは少し恥ずかしそうに頷く。


「……いいね〜それ〜!」


 ノエルが笑う。


 フィオナも頷いた。


「強くて、美しくて、意味もある。ぴったりね」


「アトラス......商会......」


 そして、“編む”と誓ったあの日の想いもまた――この名に託せる気がした。


「……いいですねドランさん!“アトラス商会“にしましょう!」


 仲間たちがうなずく中、ドランは照れ隠しのように、ほんの少しだけ顔をそむけながら頷いた。


 セオドアは、ゆっくりとペンを手に取った。


 重みのある羊皮紙に、まだ何も記されていない空白の欄。


 そこに――自分たちの名を刻むのだと思うと、ほんの少し、手が震えた。


 仲間たちは、静かに見守っている。


 ノエルはニコニコとした表情で肘をつき、セリカはどこか神妙な顔で書類を覗き込み、フィオナは腕を組んだまま、じっとその一瞬を見つめていた。


 ドランは変わらず無言だが、その視線はどこまでもまっすぐだった。


(世界を支える――そんな願いを、この名前に込めて)


 セオドアは静かにペン先を動かし、“アトラス商会”と丁寧に記入した。


 最後の一画を書き終えた瞬間、インクの匂いがふっと鼻をかすめる。


 羊皮紙の上には、これまでの努力と、これからの決意が一つになった“名前”がはっきりと浮かんでいた。


「……書きました」


 顔を上げたセオドアの表情には、やりきった達成感と、どこか晴れやかな光が宿っていた。


 その瞬間、フィオナが勢いよく立ち上がった。


「よーし!! これでアトラス商会の旗揚げよーーーっ!!」


 勢いのあるその号令に、集会室が一気に華やぐ。


 ノエルが椅子を勢いよく引いて飛び上がり、両手を挙げて歓声を上げる。


「やったーっ! これで私たちも正式な商人だね〜!」


「いやいやいや、まだ仮登録だと思いますが……でも、アトラス商会出版......セリカの植物図鑑......、アトラス商会出版社のセリカの鉱物図鑑......!いや〜夢が広がるっ!」


 セリカは自分の図鑑が出版された時の語感を確かめ、珍しく目を輝かせている。


 ドランは無言のまま立ち上がり、静かにセオドアの肩をぽんと叩いた。


 セオドアはそれに応えるように、仲間たちを順番に見回した。


「……ありがとうございます。みなさん。これからも忙しくなりますが、どうぞよろしくお願いします!」


 その言葉に、誰もが静かに、けれど確かな笑みを返す。


 こうして――《アトラス商会》は、正式にその名を刻んだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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