第三十七話 ブックメイカーズの行進【1/2】
――グランベルが、青空に澄みわたる音を放った。
重く垂れ込めていた暗雲は、嘘のように消えていた。露の残る朝の石畳を陽射しが走り、市場の帆布には新しい品々の色が踊る。
串焼きの煙が立ちのぼり、屋台の呼び込みの声が重なり、子どもらの笑い声が噴水で跳ね返る。宿の表には依頼札がびっしりと貼られ、鍛冶場からは鋼の匂いが流れ出ている。
「聞いたか?新しいクランだってよ、ブックメーカーズ」
「勇者の鎧を纏ったセオドアって少年が率いるんだろ?すごいなぁ」
「またダンジョンが動き出す。今度は、ちゃんと前に進むためにな」
酒場の戸口でも、雑貨屋の軒先でも、語られるのは希望の形だった。クロー・リング解散ののち、空虚を埋めるように広がっていた沈黙は、いつしか別の音に置き換わっている。
街は、やっと息をつきなおしたのだ。
そんなざわめきのただ中、アトラス商会の二階の会議室では、最後の一枚の紙が綴じられていた。
革表紙の中央に、金の箔押しで題が入る。
――『冒険の書・ルーメンベル・ダンジョン編』。
「……できました」
セオドアが小さく息を吐く。指先に乾いたインクのざらつき。綴じ紐をぎゅっと締め直す音。隣で見守っていたノエルが、抑えきれずに跳ねた。
「やったぁ!本当に、ほんとに完成だよ!」
「いやいやいや!感無量です!」
セリカは頬をぬぐいながらも、最終ページの脚注に目を走らせる。「第五階層における精神汚染――対策:ルティナ草の煎じ薬、聖水の小瓶」。
積み上げてきた検証の行数が、そのまま誰かの命綱になるのだと思うと、胸が熱くなる。
ドランが分厚い親指で背表紙をひとなでし、低くうなずく。
「......いい出来だ」
マックスがその横で帳簿を閉じた。
「初版はギルド提出用二十部、市場頒布十部で手配済みです。紙代は見積どおり、装丁は奮発しました。長持ちしますよ」
フィオナは矢羽根の手入れを止め、セオドアに微笑みかける。
「ねぇ、言って。最後の一言」
「……はい」
セオドアは表紙をそっと抱え、仲間の顔を一巡り見渡した。
「冒険の書......ルーメンベル・ダンジョン編......完稿です!みなさん!お疲れ様でした!!」
セオドアの言葉にみんなは目を丸くしていた。
「あれ......駄目でした?」
セオドアが笑顔を引き攣らせる。
「いやー、群衆の心を突き動かした演説を聞いた後じゃ今のはねー」
「物足りないよねー!」
フィオナとノエルが笑い合う。
「ちょっと!毎回あんな演説できるわけないじゃないですか!」
セオドアが冷や汗を流しながら言い訳する。マックスは笑みを浮かべる。
「いえ、毎回お願いしますよ、セオドア代表。クランマスターにもなられたのですから」
「そうよ!クランマスター!」
「そうだよ!クランマスター!」
「......期待してるぞ、クランマスター」
「いやいやいや!いい演説でしたよ!クランマスター!」
「冷やかさないでくださいよ!みんなぁ〜!」
セオドアが涙目になりながら肩を落とす。
アトラス商会の事務所には暖かな笑いに包まれた。
冒険者ギルドは、混み合っていた。
討伐の報告、新契約の申請――その全ての窓口に列が伸びる。正面カウンターでは、ミュレナが三束の書類を同時に捌いていた。
「……はぁ。また仕事を増やしに来た顔ですね、英雄さんたち」
目の下の隈は深くミュレナはセオドア達を睨みつける。
「いつもすいません。ミュレナさん......」
セオドアが『冒険の書・ルーメンベル・ダンジョン編』を差し出すと、ミュレナは両手で受け取り、表紙を見た。
「冒険の書......ルーメンベル・ダンジョン編......」
ミュレナが表紙を眺めているとミュレナの背後から太い腕が伸びて冒険の書を掴み取る。
「できたか!紙の匂いだけで、酒が飲めそうだ!」
豪快な笑い声とともに、ヴェロニカが現れた。包帯は減ったが、足取りはまだ少し重い。
ヴェロニカはパラパラと冒険の書をめくり、大きく頷くと勢いよく本を閉じる。
「最高だ!この本もそうだが、お前達は多くのものをこのルーメンベルにもたらした!今後の活躍も期待しているぞ!」
ヴェロニカは豪快に笑うと本をミュレナに押し付ける。
「よし!あとは任せたぞ、ミュレナ!」
そう言うとヴェロニカはカウンターの奥へと消えていく。
セオドア達はミュレナに仕事が増えた瞬間を目の当たりにし、顔を引き攣らせる。
「じゃ、じゃあ僕たちはこれで......」
ミュレナはジロリとセオドア達を睨みつける。
「お邪魔しました!!」
セオドア達は蜘蛛の子を散らすようにカウンターから走り出す。
ミュレナはため息をつくと受け取った冒険の書に目を落とす。
「この本で冒険者達が命を落とすことがなくなれば私も少しは眠れますかね......」
ミュレナの無愛想だった表情に少しの笑みが溢れた。
夜。アトラス商会の奥の倉庫。蝋燭の灯に、白銀の鎧が静かに浮かび上がっていた。
勇者の鎧。幾度かの戦いを経ても、刃こぼれひとつない光沢。胸甲の縁に刻まれた古い紋様が、呼吸のように淡く明滅している。
セオドアは、鎧の前に立った。ひとつ呼吸を整え、掌をそっと当てる。
「……250年前の勇者の鎧......」
セオドアは鎧を見つめながら呟く。
(ミノタウロスと戦った後も傷一つついていない程の耐久性......)
セオドアの目が細められる。
(けど、魔王と呼ばれる存在と戦い鎧が無傷......本当に250年前の勇者はこの鎧を身につけていたのか......?)
セオドアは鎧の表面を見るが、傷は見られない。
(250年前......このダンジョンが出現したのと同時期。勇者がこのルーメンベルのダンジョンを攻略したという話は聞いたことがない......それなのに鎧はダンジョンの五階層の下に封印されていた......)
セオドアは鎧を前に頭をひねる。
(つまりはダンジョンが出現した時からあそこに封印されていた?)
「だったら、250年前の勇者はこの鎧を身につけていない......」
(となると......250年前の勇者が身につけていた鎧はこれとはまた別にある?それとも歴史に残らないように勇者があのダンジョンに挑み、鎧を封印していった?)
セオドアがしばらく唸るも、納得のできる真相には辿り着かなかった。
「結局......わからない事ばかりですね......」
セオドアがそう呟くと鎧に宿る神聖の気配が、微かに応えるように脈打つ。
すると、セオドアの部屋の扉がノックされる。
「セオドア。入ってもいい?」
フィオナの声が聞こえた。
「はい、どうぞ」
セオドアが答えるとフィオナがセオドアの部屋へと入る。
「勇者の鎧......本当にダンジョンに返すのね?」
「はい。僕には荷が重すぎますよ。必要としているのは未来の勇者......ハルトです」
「そうね。けど......なんでセオドアが鎧の封印を解く事ができたのかしら?」
「この鎧を手にした時、頭の中で声がしたんです」
「声?」
「はい。『――選ばれし者を継ぐ者よ』と」
「選ばれし者を継ぐ者......セオドアが勇者の資格を250年前の勇者から引き継いだって事じゃない?」
「まさか。僕なんかが勇者だなんて重責背負えないですよ」
「そう?私にとってセオドアは勇者そのものよ」
「え?」
「いつも私たちの為に命を賭けて......ピンチになると駆けつけてくれる勇者様......」
フィオナはセオドアの頬を撫でる。フィオナの手は暖かく、触れられた箇所から癒されるような温もりを感じる。
しかし、セオドアの顔には翳りがあった。
「そんな顔しないで」
「今のフィオナさんにはそう見えているかもしれないですが......僕は何度もみんなを守れなかった、頼りない奴ですよ」
セオドアはそう言って目を伏せる。
フィオナは微笑む。
「そんな事ない。どんな困難でも最後にはみんなを救ってる。あなたは私にとって間違いなく勇者なのよ」
セオドアが反論しようと顔を上げる。
「でも......!」
フィオナは両手をセオドアの頬に当てて顔を近づける。
セオドアの唇にそっと柔らかい感触が広がる。
セオドアの目が見開かれる。
「......!」
しばらくの沈黙。
フィオナの匂いや息遣いがセオドアの思考を優しく包み込む。時が止まった様な感覚になる。
数秒。数十秒。数分。
セオドアには長い時間が経ったように思えた。
フィオナの唇が離れる。
「フィオナ......さん......?」
フィオナはセオドアに微笑む。
「これは......頑張った勇者へのご褒美だよ」
そう言ってフィオナは満面の笑みを見せた。
セオドアの顔がみるみる赤くなっていく。
「あ、ええっと?ありがとうございます......?」
セオドアの言葉にフィオナはきょとんとした顔を浮かべる。
「ぷっ、あははははは!」
フィオナは笑い声を上げる。
「お礼ってどう言うこと?始めに出る言葉がそれ?」
フィオナの指摘にセオドアは慌てて申し開きをする。
「ええ?だって?その......なんて言ったらいいのか!」
「言葉なんていらないの」
そう言ってフィオナはセオドアの手を取る。
フィオナの顔も赤く染まっている。
再び自然と二人の顔が近寄る。
その時。
不意にセオドアの部屋の扉が開け放たれる。
「セオドア君〜。明かりついてるけどまだ起きて......」
ノエルが扉から顔を出す。
手を繋いで顔を近寄せていた二人の姿がノエルの目に映る。
「ノエル......」
二人の表情が引き攣る。
ノエルはメデューサにでも石化されたかのように固まっている。
「落ち着いてノエル!違うのよこれは!」
「そうです!そうです!」
二人が申し開きをしようとノエルに詰め寄る。
「二人が......キスしようとしてた......!」
「見間違えよ!」
「そうですよ!ノエルさん!」
「ノエル......見た......!」
「見てない!見てない!」
「みんなに知らせなきゃ......!」
「あ、ちょっと待ちなさい!ノエル!!」
ノエルはえっさほいさとセオドアの部屋を後にし、フィオナはそれを追いかけて部屋を飛び出すも、すぐにセオドアの部屋の扉から顔を出す。
「おやすみ。セオドア」
「おやすみなさい。フィオナさん」
フィオナはセオドアの部屋から飛び出すと再びノエルを追って事務所を駆け回りはじめる。
部屋に残されたセオドアは顔を赤くしながら、頬をぽりぽりとかく。
灯が揺れ、鎧の縁に小さな灯りがが這う。セオドアはひとつ深く礼をして、灯を吹き消した。
翌朝、石門前の広場は人で埋まっていた。見送りの人々、志願の冒険者たち、物資を積んだ荷車。空は高く、風は軽い。昨日打ち鳴らした依頼札の鈴が、まだ余韻を残している。
「おい、見ろ。行進だ」
「クロー・リングのときみたいに……」
「いや、違う」
黒豹の獣人が、一歩前に出た。ザガン。胸を張り、噴水を背に声を張る。
「いくぞ!お前ら!!――ブックメーカーズの行進だ!」
たちまち歓声が上がる。クルムが槍を掲げ、クラン旗が広がる。旗には『BOOKMAKERS』の文字と、開いた本の紋。それは風を受け、朝日にきらめいた。
ザガンが仲間に視線を走らせ、最後にセオドアへ目を投げる。
「先導、頼む」
「はい」
セオドアが一歩進む。勇者の鎧を身につけ、肩にかけたマントが、ひるがえった。
「ブックメーカーズ、出立します。目的は第六層へ勇者の鎧の返還です!!」
簡潔な宣言に、静かな熱が走る。
セオドアは頷き、振り返る。フィオナ、ノエル、ドラン、ザガン、クルム――そして新たに加わった数十の小隊。視線と視線が交わり、うなずきが連鎖する。
グランベルが、二度目の音を落とした。
――行け、と背を押すように。
「ブックメーカーズ、行進!」
掛け声とともに、列が動き出す。靴底が石に打つリズムが揃い、街の中心へ、ダンジョンの門へと吸い込まれていく。見送る人々の手が振られ、祈りのしぐさが重なる。
行進を見送るセリカとマックスの後ろから声がかけられた。
「マックスさん。セリカさん」
セリカ達が振り返るとそこにはヘンリクとレヴィの姿があった。
「どうも」
相変わらずの気品溢れる立ち振る舞いのヘンリクは笑みをマックスとセリカに笑みを浮かべる。
「おや、これはヘンリクさんとレヴィさん。先日はハイポーションをありがとうございます。セオドア代表も後日改めてお礼に伺うとおっしゃっていましたよ」
マックスの言葉にレヴィの視線が鋭くなる。
「ヘンリク様に受けた恩を後回しにするとは......!」
「レヴィ、先に恩を受けているのは我々だと言うことを忘れるな」
ヘンリクの指摘にレヴィは素直に目を伏せる。
「失礼しました」
いつもの二人のやりとりにセリカが引き攣った笑みを浮かべる。
「失敬。あの行進はセオドアさんが率いているのですか?」
ヘンリクはダンジョンの先に消えていったブックメイカーズの後ろを見る。
「はい。何か代表にご用でも?」
「はい。少しお願いしたい事がありましたが、ダンジョンに入ってしまってはしばらくは帰って来られませんね?」
「そうですね。恩人のヘンリクさんの頼みだと言うのにセオドア代表が不在で申し訳ありません。ダンジョンから帰還すればすぐにでも尋ねさせます」
「いえ、お気になさらず......おりいっての相談がございましたので」
ヘンリクはそう言うと神妙な面持ちになる。
マックスとセリカはそんなヘンリクの表情に顔を見合わせる。
「相談......とは?失礼でなければ私にお教え頂いても?」
マックスがそう尋ねるとヘンリクは重い口を開いた。
「実は......」
ヘンリクの口から告げられた内容にセリカとマックスは目を見開いた。
ーー第五階層《残響の回廊》。
空気が変わる。冷たく乾いた音が、壁のどこかで反響する。足元の砂が、かすかな波紋を刻む。
その奥、黒い影が生まれ落ちていた。
――ミノタウロス。
獣の呼気が地を熱し、血の匂いが空間に広がる。生まれ落ちたばかりのそれは、飢えに目を赤黒く光らせ、近くの小鬼を掴み取っては喰らう。骨が砕ける音。舌で血を舐める音。喰い終えると、ふと顔を上げ、遠い石響きに耳を澄ませた。
石の角を曲がった先に、人の匂い。足音。呼吸。――獲物。
ミノタウロスは、ゆっくりと形を変えた。
短剣を二本差した俊敏な冒険者の姿。
額に汗、肩で息。口元に、助けを請う表情。
「た、助けてくれ! 仲間が……」
影から影へ、偽の足音が走る。
だが、先頭の少年は、歩度を変えなかった。目だけが、わずかに細められる。
「皆さん、距離を取って下さい。奴の偽装と擬態です」
静かな命令。
冒険者の“それ”は目を見開き、次の瞬間には角と筋肉の塊へと反転した。
『何故気付いた?』
黒い瘴気が爆ぜ、回廊が低く唸る。
「テメェの事なら、なんだって知ってるぜ」
ザガンとセオドアの鋭い視線がミノタウロスを見据える。
『アビス・ロア!!!!』
ミノタウロスの身体からはドス黒い瘴気が放たれ、セオドア達を包む。
ミノタウロスの口角が上がる。
しかし、瘴気が晴れていくとそこには精神汚染の影響を者ともしない冒険者達の姿があった。
仲間達は武器を振るい、瘴気を跳ね除ける。
『ぐっ......!』
ミノタウロスは咆哮と同時に、突進を繰り出す。
ドランが半歩踏み込み、盾の縁で角を払う。衝突の火花。体重を逃がし、壁へ流す。
フィオナの矢が上から落ち、追い矢が脚の腱を穿つ。
「ノエル!」
「うん――《水精霊さん》!」
ノエルの呼びかけに水の精霊が応え、聖水を巻き上げ、水球をミノタウロスに浴びせる。
「グォオオオオ!!!」
ミノタウロスがたたらを踏む。頸がわずかに傾ぎ、突進の軌道が乱れる。
「聖水に浸してりゃ、俺の剣も通るぜ!!」
ザガンが双剣を逆手に構え、影のように潜り込む。太腿の腱、脇腹、手首――連撃。返す刃が角に弾かれ、火花が走る。
ミノタウロスはすかさずに拳を振るう。ザガンは双剣で拳を受けるも後ろへ大きく吹き飛ばされる。
セオドアはすかさず前に出た。金色の魔力が、うっすらと輪郭に絡みつく。斧が低く唸り、刃渡りに光が走る。
「行きます!」
一足一刀。
肩越しに斧を送り、刃の面で角を受け、軌道をいなして首筋へ返す――が、ミノタウロスは頭をひねり、角の根で受け止めた。石がきしむ。腕に重さが沈む。
フィオナの声が飛ぶ。
「今!」
聖水を含ませた矢羽根が、光の尾を引いた。
矢じりがミノタウロスの瞼に刺さり、獣の視界が白に染まる。
その瞬間、セオドアが踏み込んだ。
「――っ!」
斧が落ちる。肩から腰へ、深く、正確に。ミノタウロスの咆哮が崩れ、膝が石を打つ。なおも腕を振り上げる気配に、ドランが盾で打ち落とした。
「終いだ!セオドア!」
「合わせます!ザガンさん!!」
ザガンの双剣が空を切り裂き、セオドアの斧も空を絶つ。
ザガンの刃が道を開き、セオドアの斧が止めを刺す。呼吸を合わせた二人の連撃は、かつて敵対した過去を超える絆そのものだった。
グァアアアアアアアアア!!!
ミノタウロスの断末魔にも似た咆哮が回廊に響き渡る。
静寂。
やがて、誰かが短く息を吐く音。
「……討伐、完了」
セオドアは斧を下げ、肩の力を抜いた。回廊の空気が軽くなる。
「ダンジョン最強モンスターである事は間違い無いが、ベルザに比べるとな......」
「奴は250年もの間、冒険者を喰らい力をつけていたんです。生まれて間もないミノタウロスとは比べ物にはなりませんよ」
「って事はあんまりこいつを討伐せずに放置しておくのも問題になってくるな」
セオドアは頷き、顔を上げる。
「そうですね。定期的に討伐隊を組む必要はありそうですね」
セオドアは第五層の奥へと目を向ける。
「では第六階層へ行きましょうか」
セオドアはマントを翻し、勇者の鎧を覗かせた。
第六階層。
広く、静かで、冷たい。天井から垂れる光の糸が、祭壇へ降りている。古代語の刻まれた石板に、幾何学の紋が絡み合う。
「ここが第六層......勇者の鎧が封印されていた階層......」
フィオナが呟いた。
「はい。ここにこの鎧が封印されていました」
セオドアはマントを取り、白銀の鎧が露わにする。
セオドアはみんなを見渡す。
フィオナはセオドアの決意を後押しするように微笑む。
ノエルとドランが力強く頷く。
ザガンはセオドアの肩に手を置く。
「まさかあの時、命懸けで手に入れたこの鎧を返しちまうとはな」
ザガンの言葉にセオドアはこのダンジョンで起きた出来事が走馬灯のように脳裏に過ぎる。
「ええ。僕はもうこの鎧に命を救ってもらいました。だから次にこの鎧を必要とする人がいつか手にする事ができる様にここに戻すんです」
「50年後に現れる勇者か......そいつ以外が封印を解いちまったらどうするんだ?」
「鎧がその判断をしたのなら、おそらく大丈夫です。ここに封印されている限り、僕や誰かが保管しているより安心ですよ」
「そうか。セオドアがそう思うのなら安心だな」
ザガンはそう言うと笑みを浮かべる。
セオドアもザガンに微笑むと、祭壇の中央に目を向ける。
祭壇の中央に鎧をそっと置く。
胸甲が石に触れたところで、低い音が広がった。魔法陣が目を覚まし、紋の一筆一筆に光が通る。
輪が繋がり、また輪を呼び、やがて祭壇全体が柔らかな光に包まれた。
結界が張られる。外界の風が、ふっと遮られたように静まる。
セオドアは一歩近づき、鎧の胸に指先を置く。光が、指先から腕へ、胸へと滲み込むように広がる。
「次にこの鎧を手にするのは勇者、ハルト......また待たせてしまうでしょうが、次の人は本当に貴方を必要としている人です。どうか、ここで彼が訪れるのを待っていて下さい」
言葉が光に溶け、祭壇の上で微かな波紋になって消える。鎧の紋がひときわ明るく脈動し、そして静まった。
セオドアが離れると結界が鎧の周囲を囲う。
セオドアは全員を見渡す。
「目標完遂です。では帰りましょう」
セオドアは歩みを進める。
「ルーメンベルへ」
セオドアの言葉に仲間達は力強く頷いた。
祭壇に残った鎧は光り輝き、再びの長い眠りにつく。
地上ではグランベルが鳴り響く。
セオドア達のこのダンジョンでの冒険の終わりを知らせる音。
そして新たな冒険への始まりを告げる鐘の音が鳴り響く。
ーー第四章 ダンジョンループ編 完。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークや感想をいただけると励みになります。
次回もどうぞよろしくお願いします。




