第三十六話 金色の先導者【3/3】
「勇者の鎧......って事はあいつは......セオドア?」
広場のどこかで声が上がる。
その声を皮切りに広間にどよめきが走った。
「なんで、セオドアが?」
「勇者様がなんであんなやつを庇うんだ?」
そんな声が上がる中、セオドアが口を開いた。
「みなさん!聞いて下さい!!!」
セオドアの声は遠くまで澄んで届いた。
「僕は......冒険者のセオドアと言います!まず、被害に遭われた皆さまに、心からのお詫びを申し上げます」
セオドアは頭を深く下げる。
「ルーメンベルのみんなのお気持ち……怒りも、悔しさも、恐怖も、痛いほどわかります!!」
幾つもの視線が刺さる。
セオドアは逃げずに受け止め、深く頭を下げ続ける。
「ベルザの正体を見抜けなかったのは僕も同じです......本当に申し訳ありませんでした!!」
勇者の鎧を纏うセオドアの謝罪に住民達はお互いの顔を見合わせ、ざわつく。
「しかし!!」
セオドアの言葉ですぐにざわめきが止まる。
「どうか、そのうえで、お願いがあります!」
顔を上げ、壇に膝をつき続けるザガンの背を見る。
セオドアは、群衆に向き直った。
「――どうか、彼らを見てあげて下さい!」
セオドアはザガンを指し言葉を続ける。
「彼らはルーメンベルのダンジョンを踏破すると言う強い意志で冒険者をやっていました!そのために互いに助け合い、切磋琢磨し、命を賭けて夢を追い求めていました!しかし!皮肉にも信じていたクランマスターが仲間を手にかけていたんです!」
クローリングのメンバーを思いセオドアの声が震える。
「そんな彼らの気持ちを考えた事はありますでしょうか!彼らの仲間を失った喪失感。彼らが信じていたものの裏切りにより与えられた絶望感を!!」
先ほどまで罵声を浴びせていた住民達の表情がばつが悪そうに下を向く。
「僕には痛いほどわかります!考えただけで、涙が出て......吐き気がして......息ができなくなるんです!」
セオドアの目からは涙が零れ落ちる。
「けど......!それでも彼らは折れなかった!それでも彼らは戦ったんです!彼らのお陰でベルザ・ドルグという名の巨悪を討ち果たす事ができたんです!!」
セオドアは涙を流しながらも住民達の顔を見渡す。
「今、こうして皆さんの平穏があるのは、そんな思いを押し殺して命懸けで戦った彼らがいたからなんです!」
壇上の横で控えていた元クローリングのメンバー達もセオドアの言葉に涙を流す。
「だからどうか......彼らを責めるのはもう......終わりにして下さい......」
言葉が石畳に落ち、ゆっくりと染み込む。
セオドアの訴えに多くの住民は押し黙り、中にはクローリングの気持ちを思ってか涙を流すものまでいた。
広間の住民の中に紛れていた元クローリングのメンバーも涙を流していた。
セオドアの言葉に住民達から上がる罵声はなくなっていた。
しかし、一人の住民が震える声を上げた。
「だからって全部許して元通りって事にはなんねぇだろ!」
「そうよ!クローリングはあのモンスターが立ち上げたクランなんでしょう?もう信じられないわ!」
住民達の不安の声が上がる。
セオドアは顔を深く息を吸い、口を開く。
「全て元通りに戻そうとは言っていません!」
ざわめきが波立つ。
「ルーメンベルはダンジョンの出現により、栄えてきた街です。クローリングはダンジョンの攻略に命をかけ、そして情報を共有し、街の発展に大きく貢献してきました」
「ベルザの思惑によって設立されたクランではありましたが、ベルザ以外のクランメンバーは真剣にダンジョンへと挑んできたんです。そんな彼らの思いを否定する事はこのルーメンベルという大都市の存在そのものを否定することだと思います」
「みんなはここ数日のルーメンベルを見てきたはずです!クローリングが解散し、活気が失われたこの街の有様を!」
住民達はセオドアの言葉に顔を見合わせる。
「この街には彼らが必要なんです!ベルザの意志を継ぐのではありません!命を賭けてきた彼らの意志を継ぐのです!」
ひとりの女性が涙声で叫ぶ。
「クローリングを信じろってこと!?」
セオドアはまっすぐにその女性を見た。
「――信じられないのであれば......僕を、信じてください」
広場が息を呑む音がした。
ヴェロニカの片眉がわずかに上がる。
ザガンが顔を上げ、セオドアを見た。
「僕が全ての責任を負います」
セオドアは断言した。
ヴェロニカがセオドアに詰め寄る。
「セオドア......言っている意味がわかってるのか?」
セオドアは住民達を見据えたまま答える
「はい......わかっているつもりです」
セオドアは深く息を吸いこみ、顔を上げる。
「僕がクローリングに代わる新クランを立ち上げます」
広間にいる全員に衝撃が走った。
石畳の隙間を風が渡り、旗の裂け目が小さく鳴る。
セリカが胸の前で手を組み、ノエルが唇を噛み、ドランが腕を組んだまま動かない。フィオナは矢筒に手を添え、ただセオドアを見守っている。
やがて――ひとりの老人が杖を突きながら、前へ出た。
皺だらけの手が震えている。だが、声は意外なほど通った。
「わしの息子は、クローリングで冒険者として死んだ......誉れある死だと自分を納得させてきた。しかし、今回の件でクローリングを恨まざるおえなかった......」
老人の言葉に広間は沈黙に包まれる。
「だが......お前さんの言うようにここ数日ルーメンベルは目も当てられん。わしは息子が入っていたクランが街全体を活気づけていたのを誇りに思ってた。恨んでいる半分、クローリングがいなくなるという事に大きな喪失感を抱えておる」
老人は真っ直ぐな瞳でセオドアを見つめる。
ゆっくり瞬きをして後ろを振り返る。
「みなもそうじゃないのか?ルーメンベルはこのままで良いのか?」
老人の問いかけに住民達は押し黙る。
「わしは嫌じゃ。また活気を取り戻したルーメンベルを見たい」
老人は小さく笑い、杖の石突をカン、と一度鳴らした。
「ワシは、この少年に任せてみたい」
その言葉に、群衆のざわめきは、たしかに質を変えた。
怒号の縁から、低い囁きへ。囁きの間から、ため息と、考える沈黙へ。
「勇者様なら......」
と住民達は口々に納得の色を見せ始める。
群衆達の同意の意思が固まり始める。
老人は再びセオドアへと向き直り、笑みを浮かべて頷いた。
住民達の期待にセオドアは涙を拭う。
セオドアは、ゆっくりと壇の端に振り返る。
ザガンと、視線がぶつかった。
「――ザガンさん」
彼の名を呼ぶ声は、どこまでも静かだった。
「この街にはあなた達が必要です。僕と一緒に一から始めてみませんか?」
ザガンの肩が、ぴくりと震えた。
牙の間に、噛み殺した息が漏れる。
彼は一度だけ空を仰ぎ、目尻を拭った。黒い毛並みに濡れた光が走り――そして、膝をついた。
「……あぁ。俺からも頼む!セオドア!俺を......俺を......」
かすれた声。
やがて、しっかりとした響きに変わる。
「お前の仲間にしてくれ......っ!」
セオドアはザガンに返事に笑みを浮かべる。
「はい......これからよろしくお願いします。ザガンさん」
「あぁ。任せろ......」
クルムが槍を胸に寄せて前へ出る。
「セオドア。私も共に歩ませてくれ!」
その一歩が、堰を切る合図になった。
元クロー・リングの列から、若い男が、女が、年配の冒険者が、次々に前へ進み出る。
「俺も!」「私も!」「俺も入れてくれ!」
声が重なり、広場の空気が、少しずつ熱を帯びる。
広間の壇上の前には元クローリングのクランメンバー達が前に躍り出る。
次第に声が重なる。
「俺たちも仲間に入れてくれ!」
壇上前に集まった数百の冒険者が片膝を付きセオドアへと懇願していた。
その光景に住民達は圧倒される。
広場の空気が、いっせいに解けた。
どこからともなく、ぱち、と乾いた拍手がひとつ。
続いて、二つ、三つ。間を置いて、十。二十。
拍手はやがて面になり、音の波となって石畳を震わせた。
泣き笑いの顔が増え、誰かが「頼むぞ!」と叫び、別の誰かが「任せたぞ、勇者!」と応じる。
フィオナ達も住民達の様子を見渡し嬉しそうに笑い合う。
セオドアは深く頭を下げた。
陽は高く、白い雲がゆっくりと流れていた。
怒りの熱は、まだ完全に消えてはいない。けれど、その熱は、少しずつ、希望の灯へと形を変え始めていた。
遠く、鐘楼に風が当たり、グランベルがかすかに鳴った。
あの日と同じ音だったが、響き方は違って聞こえた。
終わりを告げる音ではない。始まりを押し出す音――そう思えた。
英雄と咎人は、同じ石畳の上に立っている。
セオドア達がルーメンベルへと到着した時は商売敵であったクローリングは今や、セオドアの強力な味方となった。
ヴェロニカは戦鎚を地に叩きつけ、声を張り上げた。
「――冒険者ギルドはここに、セオドアをクランマスターとする新クランの設立を受理する! こいつらの未来の活躍をもって、今回の贖罪とする!」
その宣言は鐘の音のように広場を震わせた。
住民達の歓声がルーメンベルの空を突き抜け、遠くのグランベルが共鳴するように鳴り響いた。
英雄と咎人は、同じ石畳に立ち、新たな一歩を踏み出したのだった。
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