第三十六話 金色の先導者【2/3】
そんなある日。
「本日、クローリングの元副クランマスター、ザガンが今回の件でルーメンベルの住人達に謝罪の場を設けるらしいです」
アトラス商会の事務所に買い付けから帰ってきたマックスがセオドアに告げた。
「ザガンさんが......謝罪......」
セオドアの表情に不安が過ぎる。
「日に日に元クランメンバーへの非難は強まる一方。中には暴力を受けたと言う事案もあります。これを重く受け止めたザガン元副クランマスターはヴェロニカギルド長に謝罪の場を設ける様に相談を持ち掛けたとのことです」
マックスの言葉にセオドアはすぐに席を立つ。
「セオドア......!」
フィオナがセオドアを呼びかける。
セオドアはフィオナと目が合うと力強く頷き、事務所の玄関へと駆け出す。
「お待ちを、セオドア代表、フィオナさん」
ピシャリとマックスがセオドア、フィオナを呼び止める。
セオドアは焦燥に駆られながらもマックスを振り返る。
「なんですか......マックスさん」
「セオドア代表が駆け付けてどうするおつもりですか?」
マックスの指摘にセオドアは下を向く。
「どうって......ザガンさんがこれ以上非難を浴びるのは耐えられないんです......」
セオドアの返答にマックスは鋭い眼差しを向ける。
「貴方が謝罪の場に乗り込んでどうにかなるのでしょうか?」
その言葉にセオドアはすぐに返答できなかった。
「それは......」
「考えなしでは火に油を注ぐだけです」
マックスの言葉にセオドアは拳を強く握る。
「......っく!」
しばらくの沈黙、すると不意にマックスの表情が柔らかくなる。
「ただ、私はセオドア代表にはこの騒動を収めるだけの素質を備えていると思っています」
マックスの言葉にセオドアは顔を上げる。
「僕が......?」
「ええ。ミノタウロスを倒した1番の功労者として名を馳せたセオドア代表。そして兼ねてからの誠実さ......残すはちょっとした演出だけです」
「演出......?」
「はい」
マックスは笑みを浮かべた。
広場では、憤怒の声が飛び交う。
朝の鐘が一度だけ低く鳴り、広場に人の波が集まった。
屋台の帆は畳まれ、代わりに怒りと不安の声が、帷のようにたなびいている。古い噴水を背に、簡素な壇が設えられ、その上に二つの影が立った。
ヴェロニカは包帯越しに腕を組み、群衆を見回す。
隣に立つのは、黒豹の獣人、元クロー・リング副クランマスター――ザガン。
いつもの軽口は影も形もない。胸元深くまで頭を垂れ、拳は血が滲むほど固く握られている。
壇下にはクルムなど、クローリングに主要メンバーが顔を揃えていた。
「ザガンさん......」
ローブで顔を隠したセオドアは憔悴しているザガンやクルムを見て、拳を握る手に力が入る。
その手を同じくローブで顔を隠しているフィオナが握る。
フィオナは「堪えて......」と小さくセオドアに言い聞かせる。
その後ろには同じく駆け出したい気持ちを抑える。ブックメーカーのメンバー達がいた。
「はい......」
セオドアは駆け寄りたい気持ちを抑える。
ヴェロニカの声が、石壁に反響し、広場を渡る。
「ルーメンベルの住人諸君。ギルド長として、まずは謝る。冒険者クラン、クローリングのクランマスター、ベルザ・ドルグの正体を見抜けず、被害を止められなかった。ギルドの管理不行き届き、痛恨の極みだ」
ヴェロニカは深々と頭を下げる。
「すまなかった!!」
静かなざわめき。
ヴェロニカは短く息を吐き、隣のザガンに視線をやった。
ザガンは一歩、前へ出る。
眼前には、憎しみ、悲しみ、恐怖、疑念――幾百という感情の渦。
彼はルーメンベルの住民達を見渡す。
「――俺は、ザガン。元クロー・リング副クランマスターだ。まずは……この度は多大なる悲しみと恐怖を生んだクランマスターを止められなかった事に関して謝罪させてくれ......」
ザガンは深々と頭を下げた。
「本当にすまなかった!!!」
ざわめきが、ひと呼吸だけ、弱まる。
ザガンは頭を上げない。土に額が触れそうなほどまで折り曲げた背が、細かく震えている。
「ベルザが何者だったのか、俺たちは気づけなかった!都合のいい言葉を、都合よく信じた。結果、多くの仲間達は失い街を傷つけてしまった!!!俺は……」
言葉が喉で詰まり、息が乱れる。
それでも、彼は言い切った。
「……赦されるなんて、思っていない!怒ってくれ!罵ってくれ!これは、俺たちの不明が招いた現実だ。ヴァンベッタ、グウェン……俺は、死んでいった仲間達に顔向けできねぇ!!!」
元クランメンバーの列から嗚咽が洩れる。クルムは槍を握る手を白くさせながら、ただ前を見据えていた。
最初の罵声は、小石のようにささやかだった。
しかし、それはやがて波紋となり、声を呼び、声が声を連れて押し寄せる。
「弟を返せ!」
「どう責任を取る!」
「共犯だ!」
「気づけたはずだろうが!」
「お前らは金だけ稼いで、影では人を喰わせて......ふざけるな!」
ザガンは頭を上げない。
背に突き刺さる言葉の棘を、黙って受け止める。
やがて、言葉だけでは足りなくなった者が、手にした小石を放った。乾いた音と共に、腐った果実が壇に叩きつけられる。
ヴェロニカが一歩踏み出しかけ――ザガンがそれを手を挙げて制止する。
ザガンは全てを受け止めると言う覚悟の眼差しをヴェロニカに向ける。
「ザガン......」
ヴェロニカが目を細める。
怒号がもう一段高くなる。誰かの腕が振りかぶられ、石の塊が弧を描いた――。
ザガンの額にぶつかる。
ザガンは頭を下げたまま、額から血を滴らせる。
その後も石が飛びザガンの身体にぶつけられていく。
ザガンは下唇を噛み締め、涙を浮かべながらも住民達の罵声と痛みに堪える。
住民が大きな石を拾いあげ、ザガンに向かって構えた。
その時。
フィオナがセオドアを引き留めていた手を離す。
金色の風が、すっと人混みを流れた。
住民が投げ込んだ大きな石はザガンの頭に向かって弧を描いていた。
ザガンにぶつかる直前。
パシッ!
広場に乾いた音が響き渡った。
ザガンは放られた石がぶつかる衝撃を今か今かと身構えていたが、乾いた音を皮切りに広間が鎮まり返っている事に気がつく。
ザガンが目を開けると、視界は金色の光に照らされていた。
ザガンはゆっくりと顔をあげ、光の正体を目で追った。
ザガンの瞳には金色の魔力を纏った一つの背中が写っていた。
「セオドア......?」
セオドアがザガンの前に立ち塞がり、伸ばした掌でその石を受け止めていた。
「遅くなってすいません......」
セオドアはローブを解く。白銀の板金が朝の光を撥ね、広場いっぱいに暖かな色を投げる。
黄金の魔力が静かに巻き上がり、ざわめきが吸い込まれるように薄らいだ。
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