第三十六話 金色の先導者 【1/3】
クロー・リングの解散という衝撃的なニュースは瞬く間に広まり、ルーメンベルは急速に色を失っていった。
朝の露が石畳に残るうちから、行商人は荷車を軽くし、情報屋は口を重くする。ダンジョン前に連なる行列は短く、いつも喧騒で満ちていた情報市も、いまは煤のような沈黙をまとっていた。
セオドアたちは、そんな町の空気に胸を締めつけられながらも、休むことは許されていなかった。
セオドアにはまだやる事が残っていた。
ビジョンで見たハルトの死する未来を変えるという事。
「僕が見たビジョンではハルトがミノタウロスに挑み、敗北する未来でした」
アトラス商会の事務所の会議室。
セオドアの言葉にみんなは不思議そうな表情を浮かべる。
ノエルが声を上げた。
「でも、ルーメンベルを騙してベルザを名乗っていたミノタウロスはもう討伐したんだよね?」
ノエルの問いにセオドアはゆっくりと頷いた。
「はい。ですが、ミノタウロスは第五階層のフロアボス。ダンジョンによってミノタウロス自体は復活するんです。この瞬間にも新たなミノタウロスが復活を遂げていてもおかしくはありません」
フィオナはセオドアに疑問を呈す。
「けど、新たなミノタウロスが復活したとしても、もう勇者の鎧はセオドアが持っているんだから、ハルトに託す事ができたらミノタウロスの討伐は......」
そう言ってフィオナはセオドアの方を見る。
セオドアはフィオナの言いかけた事を理解した様子で、頷いた。
「はい。勇者の鎧があればミノタウロスの討伐難易度は格段に下がると思います。けど......」
セオドアは言うのを躊躇われたように一度口元をキュッと結ぶ。
息を吐き、決意したような眼差しを上げる。
「僕は勇者の鎧はダンジョンに戻そうと思っています」
セオドアの言葉に一同は目を見開いた。
「は?」
一同の間の抜けた声が出る。
「なんで!?勇者の鎧よ!?セオドアが命懸けで手に入れたんでしょ!?」
フィオナがセオドアに詰め寄る。
しかし、セオドアの決意は揺らがない様子であった。
「はい。命を賭けたのは僕たちであって、ハルトじゃないんです。そこが問題だと思っています」
セオドアの言葉にフィオナは顔を顰める。
「どういう事?」
「毒キノコから始まったハルトの死のループ。次はベルゼルグ、そして裏切りの冒険者、そして次はミノタウロス......ループが起きるたびにハルトの乗り越えなければいけない死線は更に更にと高くなっていく......」
セオドアの言葉に一同は息を呑む。
「僕達はあくまでもハルトに冒険の書で情報を届けるだけ、彼が乗り越える死線そのものを無くすのではないんです。彼にも死線を乗り越える力をつけて貰わなければ、これから要求される死の回避に段々と僕が追いつけなくなってしまう」
セオドアの言葉に事務所は静まり返る。
フィオナが重苦しい空気の中、口を開いた。
「ハルトにも試練を残しておくって事?」
セオドアははにかみながら口を開く。
「勇者相手に図々しい考えだとは承知していますが......僕はそう考えています」
セオドアの考えを聞いた一同は互いに顔を見合わせる。
「だったら私たちがやるべき事は......」
フィオナの言葉の続きをセオドアが声に出す。
「冒険の書を編む事です」
セオドアの言葉にみんな頷くとすぐに冒険の書-ダンジョン編の制作に取り掛かり始める。
薄い紙の匂いと、インクの尖った香りが満ちる机に「冒険の書(ダンジョン編)」の原稿が置かれ、手描きの図解、危険箇所の見取り図が積み重なる。
「第五階層に立ち込める瘴気には精神を汚染する力があります。ここの対策をしておかなければ話になりませんからね」
「対策としては聖職者の扱う、精神保護の魔法をかけるか......抗精神薬のようなものを例に上げる事ができれば......」
「ルティナ草と言う植物が第四階層に自生していると薬屋で伺いましたが、それはどうでしょうか?効能を見る限り、精神安定の効果が期待できますよ!」
セリカが提案する。
「私も実物を見たことはありませんが、第四階層で手に入るのであれば、現地調達可能な第五階層対策として重宝する筈です!」
「いいですね!今度、第四階層に潜った時に探してみましょう」
ドランが太い指で鉛筆を走らせる。ノエルはその横で、
セリカは目を赤くしながらも、淡々と推敲を重ね、マックスは各段階で必要な装備と市場価格を一覧化していく。
フィオナは矢羽の手入れをしながら、セオドアの原稿に目を落として、時折、静かに頷いた。
アトラス商会は着々とダンジョンについての冒険書の骨組みを組み上げていく。
皆がその順調な製作過程に安堵していた。
しかし、事務所の外の世界は穏やかではなかった。
ルーメンベルを覆う暗雲が日に日に目に見える形で露わになっていく。
セオドアとフィオナが情報収集の為にダンジョンへと潜る準備を街に買い出しに行っていたその時。
「モンスターの手先だった奴に売るものはねぇ!!帰れ!!!」
食料店から一人の冒険者が店の外へと押し出され、罵声を浴びせられる。
店のドアが勢いよく閉められ、追い出された冒険者は下を俯いていた。
「大丈夫ですか?」
セオドアとフィオナはすぐに冒険者へと駆け寄る。セオドアはその冒険者に見覚えがあった。クローリングの行進人加わっていた一人であった。
「あ、あなたは......ブックメーカーの......」
「はい。セオドアです。ダンジョンではお世話になりました」
「よして下さいよ。お礼なんて、自分は聖水瓶投げてただけっすから......」
「そんなことありません。皆さんのおかげでミノタウロスを討伐する事ができたのですから......それより、さっきのは......?」
「あぁ......かっこ悪いとこ見せちまったっすね。クランマスターがミノタウロスだったって事でクローリング......いや、元クローリングってだけでどこ行ってもあんな感じっすよ......」
「......命をかけて戦ったのに......そんなの......」
「こればっかりは仕方ないっすよ。人の噂もなんとやらって言いますし、ほとぼりが冷めるのを堪えるだけっすね」
「何が必要だったの?私たちが代わりに買ってくるわ」
「いやいやいや!いいっすよ!売ってくれるとこ探すだけっすから!あなた達も今は僕らにあんまり関わらない方がいいっすよ!」
「そんな!一緒にミノタウロスを討伐したのにクローリングだけ非難を浴びている事に僕は耐えられないです!」
「お気持ちはありがたいっす。けど、もうホント大丈夫なんで!」
冒険者はそういうと二人の前から走り去る。
「ねぇ!ちょっと!」
フィオナが呼び止めるも冒険者は立ち止まる事なく走り去っていく。
セオドアは拳を強く握る。
セオドアの脳裏にダンジョンでの苦難が過ぎる。
(あの苦難を一緒に過ごした仲間が......あのミノタウロスを討伐した英雄達が......ザガンさんが、クローリングの仲間達が......)
「......っく!こんなの間違ってます!」
セオドアのやるせない叫びが暗雲の立ち込めるルーメンベルの空に虚しく吸い込まれていく。
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