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第三十七話 ブックメイカーズの行進【2/2】


 翌朝、石門前の広場は人で埋まっていた。見送りの人々、志願の冒険者たち、物資を積んだ荷車。空は高く、風は軽い。昨日打ち鳴らした依頼札の鈴が、まだ余韻を残している。


「おい、見ろ。行進だ」


「クロー・リングのときみたいに……」


「いや、違う」


 黒豹の獣人が、一歩前に出た。ザガン。胸を張り、噴水を背に声を張る。


「いくぞ!お前ら!!――ブックメーカーズの行進だ!」


 たちまち歓声が上がる。クルムが槍を掲げ、クラン旗が広がる。旗には『BOOKMAKERS』の文字と、開いた本の紋。それは風を受け、朝日にきらめいた。


 ザガンが仲間に視線を走らせ、最後にセオドアへ目を投げる。


「先導、頼む」


「はい」


 セオドアが一歩進む。勇者の鎧を身につけ、肩にかけたマントが、ひるがえった。


「ブックメーカーズ、出立します。目的は第六層へ勇者の鎧の返還です!!」


 簡潔な宣言に、静かな熱が走る。


 セオドアは頷き、振り返る。フィオナ、ノエル、ドラン、ザガン、クルム――そして新たに加わった数十の小隊。視線と視線が交わり、うなずきが連鎖する。


 グランベルが、二度目の音を落とした。

 ――行け、と背を押すように。


「ブックメーカーズ、行進!」


 掛け声とともに、列が動き出す。靴底が石に打つリズムが揃い、街の中心へ、ダンジョンの門へと吸い込まれていく。見送る人々の手が振られ、祈りのしぐさが重なる。


 行進を見送るセリカとマックスの後ろから声がかけられた。


「マックスさん。セリカさん」


 セリカ達が振り返るとそこにはヘンリクとレヴィの姿があった。


「どうも」


 相変わらずの気品溢れる立ち振る舞いのヘンリクは笑みをマックスとセリカに笑みを浮かべる。


「おや、これはヘンリクさんとレヴィさん。先日はハイポーションをありがとうございます。セオドア代表も後日改めてお礼に伺うとおっしゃっていましたよ」


 マックスの言葉にレヴィの視線が鋭くなる。


「ヘンリク様に受けた恩を後回しにするとは......!」


「レヴィ、先に恩を受けているのは我々だと言うことを忘れるな」


 ヘンリクの指摘にレヴィは素直に目を伏せる。


「失礼しました」


 いつもの二人のやりとりにセリカが引き攣った笑みを浮かべる。


「失敬。あの行進はセオドアさんが率いているのですか?」


 ヘンリクはダンジョンの先に消えていったブックメイカーズの後ろを見る。


「はい。何か代表にご用でも?」


「はい。少しお願いしたい事がありましたが、ダンジョンに入ってしまってはしばらくは帰って来られませんね?」


「そうですね。恩人のヘンリクさんの頼みだと言うのにセオドア代表が不在で申し訳ありません。ダンジョンから帰還すればすぐにでも尋ねさせます」


「いえ、お気になさらず......おりいっての相談がございましたので」


 ヘンリクはそう言うと神妙な面持ちになる。


 マックスとセリカはそんなヘンリクの表情に顔を見合わせる。


「相談......とは?失礼でなければ私にお教え頂いても?」


 マックスがそう尋ねるとヘンリクは重い口を開いた。


「実は......」


 ヘンリクの口から告げられた内容にセリカとマックスは目を見開いた。





 ーー第五階層《残響の回廊》。


 空気が変わる。冷たく乾いた音が、壁のどこかで反響する。足元の砂が、かすかな波紋を刻む。


 その奥、黒い影が生まれ落ちていた。


 ――ミノタウロス。


 獣の呼気が地を熱し、血の匂いが空間に広がる。生まれ落ちたばかりのそれは、飢えに目を赤黒く光らせ、近くの小鬼を掴み取っては喰らう。骨が砕ける音。舌で血を舐める音。喰い終えると、ふと顔を上げ、遠い石響きに耳を澄ませた。


 石の角を曲がった先に、人の匂い。足音。呼吸。――獲物。


 ミノタウロスは、ゆっくりと形を変えた。


 短剣を二本差した俊敏な冒険者の姿。


額に汗、肩で息。口元に、助けを請う表情。


「た、助けてくれ! 仲間が……」


 影から影へ、偽の足音が走る。


 だが、先頭の少年は、歩度を変えなかった。目だけが、わずかに細められる。


「皆さん、距離を取って下さい。奴の偽装と擬態です」


 静かな命令。


 冒険者の“それ”は目を見開き、次の瞬間には角と筋肉の塊へと反転した。


『何故気付いた?』


 黒い瘴気が爆ぜ、回廊が低く唸る。


「テメェの事なら、なんだって知ってるぜ」


 ザガンとセオドアの鋭い視線がミノタウロスを見据える。


『アビス・ロア!!!!』


 ミノタウロスの身体からはドス黒い瘴気が放たれ、セオドア達を包む。


 ミノタウロスの口角が上がる。


 しかし、瘴気が晴れていくとそこには精神汚染の影響を者ともしない冒険者達の姿があった。


 仲間達は武器を振るい、瘴気を跳ね除ける。


『ぐっ......!』


 ミノタウロスは咆哮と同時に、突進を繰り出す。


 ドランが半歩踏み込み、盾の縁で角を払う。衝突の火花。体重を逃がし、壁へ流す。


 フィオナの矢が上から落ち、追い矢が脚の腱を穿つ。


「ノエル!」


「うん――《水精霊さん》!」


 ノエルの呼びかけに水の精霊が応え、聖水を巻き上げ、水球をミノタウロスに浴びせる。


「グォオオオオ!!!」


 ミノタウロスがたたらを踏む。頸がわずかに傾ぎ、突進の軌道が乱れる。


「聖水に浸してりゃ、俺の剣も通るぜ!!」


 ザガンが双剣を逆手に構え、影のように潜り込む。太腿の腱、脇腹、手首――連撃。返す刃が角に弾かれ、火花が走る。


 ミノタウロスはすかさずに拳を振るう。ザガンは双剣で拳を受けるも後ろへ大きく吹き飛ばされる。


 セオドアはすかさず前に出た。金色の魔力が、うっすらと輪郭に絡みつく。斧《ブレイバー》が低く唸り、刃渡りに光が走る。


「行きます!」


 一足一刀。


 肩越しに斧を送り、刃の面で角を受け、軌道をいなして首筋へ返す――が、ミノタウロスは頭をひねり、角の根で受け止めた。石がきしむ。腕に重さが沈む。


 フィオナの声が飛ぶ。


「今!」


 聖水を含ませた矢羽根が、光の尾を引いた。


 矢じりがミノタウロスの瞼に刺さり、獣の視界が白に染まる。


 その瞬間、セオドアが踏み込んだ。


「――っ!」


 斧が落ちる。肩から腰へ、深く、正確に。ミノタウロスの咆哮が崩れ、膝が石を打つ。なおも腕を振り上げる気配に、ドランが盾で打ち落とした。


「終いだ!セオドア!」


「合わせます!ザガンさん!!」


 ザガンの双剣が空を切り裂き、セオドアの斧も空を絶つ。


 ザガンの刃が道を開き、セオドアの斧が止めを刺す。呼吸を合わせた二人の連撃は、かつて敵対した過去を超える絆そのものだった。



グァアアアアアアアアア!!!


 ミノタウロスの断末魔にも似た咆哮が回廊に響き渡る。


 静寂。


 やがて、誰かが短く息を吐く音。


「……討伐、完了」


 セオドアは斧を下げ、肩の力を抜いた。回廊の空気が軽くなる。


「ダンジョン最強モンスターである事は間違い無いが、ベルザに比べるとな......」


「奴は250年もの間、冒険者を喰らい力をつけていたんです。生まれて間もないミノタウロスとは比べ物にはなりませんよ」


「って事はあんまりこいつを討伐せずに放置しておくのも問題になってくるな」


 セオドアは頷き、顔を上げる。


「そうですね。定期的に討伐隊を組む必要はありそうですね」


 セオドアは第五層の奥へと目を向ける。


「では第六階層へ行きましょうか」


 セオドアはマントを翻し、勇者の鎧を覗かせた。




 第六階層。


 広く、静かで、冷たい。天井から垂れる光の糸が、祭壇へ降りている。古代語の刻まれた石板に、幾何学の紋が絡み合う。


「ここが第六層......勇者の鎧が封印されていた階層......」


 フィオナが呟いた。


「はい。ここにこの鎧が封印されていました」


 セオドアはマントを取り、白銀の鎧が露わにする。


 セオドアはみんなを見渡す。


 フィオナはセオドアの決意を後押しするように微笑む。


 ノエルとドランが力強く頷く。


 ザガンはセオドアの肩に手を置く。


「まさかあの時、命懸けで手に入れたこの鎧を返しちまうとはな」


 ザガンの言葉にセオドアはこのダンジョンで起きた出来事が走馬灯のように脳裏に過ぎる。


「ええ。僕はもうこの鎧に命を救ってもらいました。だから次にこの鎧を必要とする人がいつか手にする事ができる様にここに戻すんです」


「50年後に現れる勇者か......そいつ以外が封印を解いちまったらどうするんだ?」


「鎧がその判断をしたのなら、おそらく大丈夫です。ここに封印されている限り、僕や誰かが保管しているより安心ですよ」


「そうか。セオドアがそう思うのなら安心だな」


 ザガンはそう言うと笑みを浮かべる。


 セオドアもザガンに微笑むと、祭壇の中央に目を向ける。


 祭壇の中央に鎧をそっと置く。


 胸甲が石に触れたところで、低い音が広がった。魔法陣が目を覚まし、紋の一筆一筆に光が通る。


 輪が繋がり、また輪を呼び、やがて祭壇全体が柔らかな光に包まれた。


 結界が張られる。外界の風が、ふっと遮られたように静まる。


 セオドアは一歩近づき、鎧の胸に指先を置く。光が、指先から腕へ、胸へと滲み込むように広がる。


「次にこの鎧を手にするのは勇者、ハルト......また待たせてしまうでしょうが、次の人は本当に貴方を必要としている人です。どうか、ここで彼が訪れるのを待っていて下さい」


 言葉が光に溶け、祭壇の上で微かな波紋になって消える。鎧の紋がひときわ明るく脈動し、そして静まった。


 セオドアが離れると結界が鎧の周囲を囲う。


 セオドアは全員を見渡す。


「目標完遂です。では帰りましょう」


 セオドアは歩みを進める。


「ルーメンベルへ」


 セオドアの言葉に仲間達は力強く頷いた。


 祭壇に残った鎧は光り輝き、再びの長い眠りにつく。


 地上ではグランベルが鳴り響く。


 セオドア達のこのダンジョンでの冒険の終わりを知らせる音。


 そして新たな冒険への始まりを告げる鐘の音が鳴り響く。




ーー第四章 ダンジョンループ編 完。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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