第三十五話 英雄と咎人【3/3】
ルーメンベル、ギルド長室。
扉を開けると、ヴェロニカはいつもの豪胆な笑みで出迎えた――が、その体は包帯と添え木に覆われていた。
「おぉ!来たかガキども!入りな!」
椅子にふんぞり返りながら、戦鎚を背もたれに立てかけ、足を卓上に投げ出している。
ゾロゾロとザガンとクルム、ブックメーカーの一同がギルド長室に入ると、ヴェロニカは鼻を鳴らす。
「怪我人しかいねぇな、ここは。診療所か何かか?」
彼女の冗談に、部屋の空気が少し和らいだ。
セオドアは報告書を机に置く。
「昨日の今日でよくもまぁ報告書を書いてくるとは......真面目だねぇ」
「まだ興奮が治らないのか昨日は眠れませんでしたので」
「そう言うことか、まぁ確認させて貰うよ」
ヴェロニカはセオドアからの報告書を拾い上げると内容を確認し始める。
「クローリングとブックメーカーとの合同探索中、第三階層で野営中にミノタウロスと遭遇。ヴァンベッタ、グウェンの2名が死亡。ザガン、セオドア、以外のメンバーに撤退を命じ、二人は時間稼ぎの為にミノタウロスとの交戦。崩落に巻き込まれて第四階層へと転落。転落後ミノタウロスに追われて、第四階層から第五階層へと進行。ベルザ・ドルグがミノタウロスだと特定。ミノタウロスの追跡を掻い潜り、第六階層(仮称)への到達を果たす。そこで、勇者の鎧を見つけ、施されていた転移陣が発動し、ルーメンベルへと帰還する......」
「なるほど。ベルザがミノタウロスだと特定した方法の記載がないが?」
「そ、それは......」
「ベルザが言っていたお前の能力なんだろ?」
「はい......ですが、報告書への記載はしないで下さい」
「理由は?」
「僕の能力というわけではないのですが、その力は使い方によっては他人に悪用される危険性があるので、能力を知っている人間は僕の信頼のおける人達だけにしたいんです」
「いいだろう。報告書の空白はあたしがうまいこと辻褄を合わせておく」
「それで?勇者の鎧はどうした?」
「あ、目立ちますのでアトラス商会の事務所に置いてきました」
「ハハハ!!」
「セオドア!ありゃ国宝級の鎧だぞ!それを一商会の事務所に置いてくるとは不用心にも程があるだろう!」
「考えてみれば......そうですね......面目ないです」
「まぁ、いい。勇者の鎧についてもまた報告書を出しておいてくれ」
「わかりました」
「お前ら、死なずに戻ってきたなら百点満点だ。あとはギルドの仕事だ。――背負ってやる。全部な」
その言葉に、セオドアは胸の重石が少し軽くなるのを感じた。
部屋を辞するとき、ヴェロニカが呼び止めた。
「ザガン」
「なんです?」
「お前はクローリングの副クランマスター......ベルザ亡き後お前がクランの頭だ。これからどうするつもりだ?」
ザガンは短く息を吐き、苦く笑った。
「もう決めてます」
ギルドを出るとセオドアはザガンの背を呼び止めた。
「ザガンさん……これから、どうするんですか」
ザガンは振り返らず、ただ片手をひらひらと振った。
「クロー・リングに、ケリをつける」
ザガンは振り返ることなく歩みを進めていく。
「クルム。いくぞ」
「うむ」
二人は踵を返し、人混みの中へ消えていった。セオドアは彼らの背を目で追い、拳を胸に当てて小さく祈る。
「……ザガンさん」
クロー・リングの詰め所は、いつもより静かだった。
広い訓練場に、数百の影。負傷者も、喪章を腕に巻いた者も、冒険者ではない家族も。皆がひとところに集まり、ざわめきは波のように小さく寄せては返す。
壇上に、ザガンとクルムが立った。風が、旗の裂け目を鳴らす。ザガンはしばし沈黙し、集まった者たちの顔を一人ひとり見た。怒り、悲しみ、空虚、やり場のない憎悪。どの顔も、見慣れた仲間の顔だった。
「……まず」
ザガンは深く頭を下げた。場がざわりと揺れる。
「今回は、俺たちの不明が招いた。ベルザ・ドルグの正体を見抜けず、結果として、仲間を、街を、傷つけた。ヴァンベッタ、グウェン。――そして、名を呼び切れないほど多くの、俺たちの仲間。全員に、弔いの言葉を」
目を閉じた。誰かが嗚咽を漏らし、誰かが唇を噛む。クルムは槍の石突を土に立て、静かに頭を垂れる。
「……気づけなかった言い訳は、いくらでもできる。ベルザは巧妙だった。偽装も、立ち回りも、人の心の隙を突くのも。だが――そんなものは、ここで口にする気はねぇ。俺たちは、見誤った。それが全てだ」
言葉が、乾いた空気に沈んでいく。ザガンは拳をぎゅっと握り、続けた。
「クロー・リングは、今日をもって解体する」
呻きにも似た声が場を走った。
「待ってくれ!」「兄貴、なんでだ!」「俺たちが悪いのか!」
「解体して、どうする!俺たちはどこへ行けば!」
怒号と悲鳴。ザガンはそれらを真正面から受け止めた。叱らず、慰めず、ただ受け止める眼で。
「責任の取り方はいくつもある。こうすれば誰も傷つかない......そんな魔法はない。だから鉤爪の環の看板を掲げ続けることはできない」
声が掠れた。けれど、はっきりと響いた。
「この看板に守られていたのも事実だ。依頼も、信用も、仲間も。だが、その看板の影で見落としたものもある。……だから、ここで幕引きだ」
クルムが一歩進み出た。
「私も同意する。名に縛られず、各々が己の目で見て、耳で聞き、判断し直す必要がある。喪った者たちに、恥じぬ道を」
若い団員が涙を拭き、年長の団員が天を仰ぐ。女性の団員が震える声で言う。
「……あたしたちは、どうすれば」
「クランは解体するが、今までパーティーとして組んでいた者達は無所属になるだけだ。不安なら暫定の協力隊を組め。何かあれば、俺のところへ来い。……もう“クロー・リングのザガン”じゃねぇただのザガンで良ければだがな」
場に、微かな笑いが生まれた。涙の縁に、それでも人は笑う。絶望の中で、かすかな灯を拾う。
「最後に」
ザガンは旗に視線を上げ、破れた布を見つめた。
「ヴァンベッタ。グウェン。……ごめんな。お前らの誇りは、俺たちがこれから証明する。看板じゃなくて、俺たち自身の背で」
彼は手を胸に当て、深く、深く頭を垂れた。クルムもまた槍を横にし、静かに礼を取る。場のあちこちで、同じ仕草が連鎖した。
解体の告知は、喪の鐘のように、静かに詰め所を満たした。泣き声も、怒号も、その上からゆっくりと布をかけられてゆく。
「《鉤爪の環-クロー・リング》はこれにて解散とする!!!!」
ザガンの声が詰め所に響き渡り、遠くで鳴り響くグランベルの音に共鳴する。
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