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第三十五話 英雄と咎人【2/3】



 セオドア達がダンジョンから帰還して1日が経過した。


 昼までには街はもう、噂で満ちていた。


 酒場から市場へ、路地から工房へ、雪崩のように駆け巡る。


ーーー「おい、聞いたか?遂にルーメンベルのダンジョンの第五階層を踏破した奴が出たらしいぞ!」


ーー「確か......名はセオドアだったかな。ルーメンベルに来てまだ間もないってのに大したもんだ。ミノタウロス・スレイヤーとでも言うべきか!」


ーー「何でも勇者の鎧を纏っていたそうだ」


ーー「勇者の鎧!?じゃあ最早勇者だな!」


 しかし、いい噂だけではなくもう一つの噂はルーメンベルの住人達、そして冒険者の間にも衝撃を与えていた。


ーー「クロー・リングのクランマスター、ベルザ・ドルグは人ではなかったらしいじ」


ーー「聞いた。モンスターだったんだろ?あの温厚な笑顔の裏で、冒険者を喰らってたってよ」


ーー「なんでも、第五階層のフロアボス、黒幽牛ミノタウロスが奴の正体だったらしいぞ」


ーー「ったく!クロー・リングの連中の目は節穴かよ!モンスターをクランマスターに担ぎ上げて......こりゃ、共犯って事じゃないか!?」




 浮き立つ声と、沈む声。歓喜と虚脱。尊敬と憤怒。そのどれもが街の音になって、ルーメンベルはいつもより少し大きく呼吸していた。



「……人が、えげつないほど多い」


 フィオナが面倒そうに眉を吊り上げる。


 ギルド前の広場は、半ば祭りのような混雑だった。色とりどりのマント、各地の訛り、笑い、怒号、泣き声。


 セオドアたちは肘で人混みを掻き分けるが、進む先から声が降ってくる。


 すると一人の通行人がセオドアの顔を指す。


「おい!噂のミノタウロス・スレイヤーだ!」


「え?ミノタウロス・スレイヤー?」


 セオドアがその呼び名に唖然としていると周りの通行人達も一斉にセオドアの存在に気がつく。


「おぉ!よくやったな!若ぇのに大したもんだ!」


「あ、いえ。そんな......」


「勇者様!」


「ゆ、勇者!?僕が!?いやいやいや!そんな!僕なんかが勇者だなんて烏滸がましいですよ!!」


「握手して下さい!」


「えぇ!?あ、はい!これでいいですか!?」


「私も握手!......いや抱いて――」


 セオドアの手を握る女性の手をフィオナがわしっと掴み取る。


「はいはいはい。勇者様は忙しいから通して下さいね〜」


 フィオナは機嫌が悪そうに周りの野次馬を散らせていくも次はフィオナにも人だかりができる。


「ミノタウロスに最後に挑んだ5人のうちの一人のフィオナさんですよね!?握手して下さい!」


「わ、私も!?」


 急に持て囃されたフィオナはどうしたらいいのか分からずにあたふたとし始める。


 そんな二人を見ていた、セリカとノエルは呆れた様に笑みを浮かべた。


「うはー、こりゃしばらく外出できないね」


 ノエルがそう呟いているとセリカは無言で鼻に薬草を詰め始める。


「何してんのセリカちゃん......」


「メリルミントです。人混みに酔いました」


「これも功績のうちだな......」


 ドランが静かに呟く。


「ちょっと!みんな見てないでなんとかしてよ!」


「そうですよ!皆さん!助けて下さい!」


 セオドアとフィオナが人混みの中で助けを叫ぶ。




「ひ、酷い目に遭いました......」


「本当よ......」


 受付に転がり込むようにギルドに辿りつくとセオドアとフィオナは疲弊した様にため息をつく。


 顔を上げると冒険者ギルドの中はいつもの様相とは違った空気が漂っていた。


 気難しい顔をしていた冒険者達もセオドア達の顔を見ると「お!よくやったな、お前ら!」と表情を明るくさせるが、セオドア達が通り過ぎるとすぐに顔を顰める。


「ギルドはギルドでいつもと様子が違うね?」


 ノエルがボソリと呟く。


 冒険者達の合間を縫ってセオドア達はようやくギルドの受付カウンターへとたどり着く。


 そこにはカウンターの向こうでミュレナが額を押さえているのが見てとれた。机の上には書類の山、山、山。両眼の下には深い隈。


「……来やがりましたね。英雄さんたち」


 乾いた声に、セオドアがびくりと身を震わせる。


「お、お騒がせしてます……」


「お騒がせどころじゃありません。貴方達の功績のお陰で私はここ数日徹夜です。書類は増えていく一方。加えて貴方達への感謝のメッセージやらお礼の品などを住人達が押し寄せて持ってくるんです」


 ミュレナはジトリとした目をセオドアに向ける。


「私を殺す気ですか?」


「いえいえいえ!そんな!」


 セオドアは慌ててミュレナに取り繕うもミュレナはの目は虚で、セオドアの言葉が聞こえていない様子であった。


 そんな時にギルドの扉が開かれた。セオドア達が振り返るとそこには包帯だらけのザガンとクルムの姿があった。


 ザガンとクルムが、広間に入ってきた途端、周囲の会話が一斉に彼らの方へ傾く。怒りに濁った声、戸惑いの声、悲嘆の叫び。


 ギルドの空気がピリついていた原因はこれであった。


「……おい、ザガンだ。クロー・リングの」


「ベルザの右腕だった連中じゃないか!」


「うちの弟を返せ......お前ら……お前らは何してたんだ!」


「クランを名乗って何年だ!気づかなかったなど、言い訳が通ると思うな!」


 クルムの兎耳がびくりと跳ねる。ザガンは一度だけ目を閉じ、それから顔を上げ、いつもの軽薄な様子はなく、ゆっくりと冒険者の間を通る。


「......なんで、ザガンさん達はベルザに騙されていただけなのに......ミノタウロスを倒せたのだって、クローリングがいたからなのに!何でザガンさん達が責められなくちゃいけないんですか......」


 セオドアが表情を曇らせ、声を絞り出す。


 罵声を浴びせられる中ザガン達はセオドアの前に辿りついた。


「よぉ。セオドア!怪我の調子はどうだ!」


 ザガンは軽薄な調子でセオドアに声をかける。


 しかし、セオドアの手はやるせ無さで震えていた。


「こんなのおかしいですよ!悪いのはみんなを騙していたベルザ、ミノタウロスであるべきなのに......みんなザガンさん達を責めている......」


 ザガンはそんなセオドアに困った様に頭を掻く。


「仕方ねぇさ。第三者からしてみりゃ、ベルザに従ってた俺たちは共犯にしか見えねぇさ」


「それでも......!」


「おいおい。そう熱くなるな。俺たちもベルザの正体を間近で何年も一緒にいたのに見抜けなかったんだ。その贖罪があの罵声なら俺たちは甘んじて受けるさ」


 ザガンの言葉にセオドアは歯噛みする。


「......!」


「今はお互いやることをやろう。俺たちは俺たちで償い方を考えてる」


 ザガンは穏やかな表情でセオドアにそう言い聞かせる。


「わかりました......けど、僕にできることがあるのなら何でも言って下さい」


 セオドアの言葉にザガンは笑みを浮かべた。


「ありがとうよ、セオドア」




 すると、ミュレナが机を力強く叩いた。


 一同は驚いてミュレナを見る。


 ミュレナはワナワナと震えながら声を上げる。


「業務の......邪魔......」


 ミュレナの鋭い眼差しが一同に突き刺さる。


「お、おう。悪いな、ミュレナ、ギルド長に今回の件で報告しに来たんだが......」


 ザガンがミュレナに圧倒されながらそう尋ねると、ミュレナは大きなため息をつく。



「ミュレナ・スレイヤーの一行をギルド長室でヴェロニカギルド長がお待ちですので、どうぞ勝手に二階へお進み下さい。あと、帰りにこの山の様なお礼品をか・な・ら・ず!持ち帰って下さい。邪魔です。迷惑です」


 ミュレナはそう言うと、再び書類の山に身を投じる。


「今回の騒動であの子が一番命削ってるんじゃない?」


 フィオナが顔を引き攣らせながらセオドアに耳打ちする。


「お礼品で食べ物とかあれば、少しもの償ですが、ミュレナさんにあげましょう......」


「食べ物よりポーションとか回復魔法とかの方がよっぽどミュレナの救いになると思うわ」


「それもそうですね......」


 一行はこれ以上ミュレナを刺激しないようにそそくさと二階へと上がった。





最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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