第三十四話 執念の果て【2/2】
轟音とともに衝突した斧と角の余波は、残響の回廊を震わせた。
爆風が巻き起こり、セオドアとミノタウロスが衝突した場所には土煙が巻き起こる。
「セオドア!!!」
地面に伏していた仲間達もセオドアを呼びかける。
次第に土煙が晴れると、セオドアとミノタウロスが睨み合いながら立ち尽くしていた。
仲間達はその光景に固唾を呑む。
しばしの緊張と沈黙が流れる。
セオドアを包んでいた金色の魔力が徐々に弱まり、光を失う。
「っぐ!」
先に膝をついたのはセオドアだった。
その姿を見て、仲間たちが絶望の色を浮かべかける。
「セオドア!!!!」
それでもセオドアは、血の味を噛みながら奥歯を噛みしめた。
(……まだ倒れてはいけない……!ここで終わらせるんだ……!)
だが次の瞬間――。
ミノタウロスの肩から腰へと深々と斜めに走る裂傷がぱっくりと開いた。血飛沫が天へと舞い上がり、巨体がぐらりと揺れる。
『ぐ……おおおおおおッ!!!』
ミノタウロスは咆哮をあげ、なおも踏みとどまった。片膝を地に突きながらも、なお憎悪に満ちた瞳でセオドアを睨みつける。
『バカな……!私が……この私が……!冒険者ごときに……!!』
血を吐き巨躯は手をつく。
『違う......違う......違う......!!』
ミノタウロスが血を吐きながら現状を否定する。
『淘汰されるのは私じゃない!!』
ミノタウロスは膝をつくセオドアに這い寄ろうとする。
『淘汰されるのはお前達だ!!!』
その巨腕が、最後の力を振り絞るように振り上げられた。
『貴様の肉を裂き、骨を噛み砕き……最後に喰らってやるッ!!』
(まずい……!)
セオドアは立ち上がろうとしたが、先程の衝撃で身体がいう事を聞かない。迫り来る影に抗う術を失いかけた、その時。
「――セオドアッ!!」
鋭い声と共に、風を裂く音。
フィオナがセオドアの前に躍り出て、弓を引き絞っていた。
その細い肩は震えていたが、背筋はまっすぐに伸びていた。
恐怖に縛られた脚を無理やりに前へ運び、彼女はセオドアの盾となるように立ちはだかったのだ。
その手は確かに震えていた。だが、瞳は揺らがなかった。
決して外さない――必ず仲間を守る。そう誓う光が、双眸に強く燃えていた。
矢尻の先端には聖水が滴る。
「あんたの負けよ」
フィオナの放った矢は、真っ直ぐにミノタウロスの脳天を貫いた。
「……ッ!」
巨体がびくりと震え、膝から崩れ落ちる。
それでもミノタウロスは、なお喉の奥から嗤い声を絞り出した。
『ふ、は、はははははは!!!!』
矢に頭蓋を砕かれながら、なお狂気の言葉を吐き続ける。
『いいだろう!今回は私の負けだ!だが!私は……フロアボス……!死んでも、ダンジョンによって……復活を遂げる……!』
『必ず!必ずお前たちを喰らい尽くす……!次こそは!次こそは必ず!!』
血を撒き散らしながら床を這い、爪で石を削り、のたうち回る。
頭を割られた巨体が、なお絶望に縋る様は悪夢の残滓そのものだった。
仲間たちの背筋に冷たい戦慄が走る。
死に瀕しながらも消えぬ怨嗟――それは、この地を支配してきた二百五十年の執念だった。
その前に、満身創痍のヴェロニカが歩み出た。戦鎚を杖のように支え、血を吐きながらも、その眼光は鋭い。
「……勘違いするな、化け物」
『何……?』
「フロアボスには個体差がある。戦闘経験も蓄積されていない事はすでにギルドで証明されている。……つまり復活するのは“お前”じゃない」
ヴェロニカは血に濡れた顔で嗤うように言い切った。
「お前はここで果て、もう二度と戻らん。――ベルザの名を語った黒幽牛ミノタウロスは、今日この瞬間をもって終わりだ」
『な……に……?』
その事実に愕然とし、ミノタウロスはのたうち回る。
叫び、血を吐き、床を爪で抉りながら必死に足掻く。
『嫌だ……嫌だ……!私は……!私は……まだ喰らい足りぬ……ッ!!』
その足掻きは次第に弱まり、やがて痙攣するように動きを止めていった。
『許さない。私はお前達を......――――』
最後の絶叫を響かせ、黒幽牛ミノタウロスは完全に崩れ落ちた。
残響の回廊を満たしていた圧倒的な気配が、霧が晴れるように消えていく。
静寂が訪れた。
そこに残ったのは、立ち尽くす冒険者たちと――セオドアたちの勝利だけであった。
セオドアは荒い息を吐き、血に濡れた斧を杖代わりにして立っていた。
全身は痛みに軋み、視界も霞んでいる。だが胸の奥から、じんわりと熱が込み上げてくるのを感じた。
(……勝ったんだ……)
膝を折りそうになる足を必死に支えながら、セオドアは静かに目を閉じる。
脳裏に浮かんだのは――
ヴァンベッタ。
グウェン。
最後まで共に戦ったザガン。
支えてくれたフィオナ、ドラン、ノエル。
そして十年を掛けて彼を探し出し、救ってくれたセリカ。
命を懸け、想いを託し、この瞬間へと繋げてくれた仲間たちの顔が、次々と浮かんでは消えていく。
(みんなのおかげで……ここまで来られたんだ)
セオドアは血の味を噛みながら、わずかに笑みを浮かべた。
斧を握る手は震えていたが、その震えは絶望ではなく――確かな勝利の重みだった。
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