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 第十五話 毒牙の谷に剥く牙【2/2】


 ふたりは再び装備を整え歩みを進めようとしたその時、


「セオドア」


「はい?」


「……お前、さっき“ループ”とか何とか言ってたな。あれはどういう意味だ?」


 ふいに、ザガンが真顔で問いかけた。


 セオドアは、戸惑いながらも視線をそらさず、息を整えた。


「それは──」


 そうして、彼は語り始める。


 死によって繰り返すの時間の繰り返しを。


 セオドアは瘴気の薄い空間に腰を下ろし、ザガンの真剣な視線を受け止めながら、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「僕は……死ぬと、時間が巻き戻るんです。正確には、未来でハルトという少年が死ぬこと”が原因で、が巻き戻されています」


 ザガンの眉がわずかに動いた。


「……は?」


「そうなりますよね」


 ザガンの反応にセオドアは力無く笑う。


「僕も最初は偶然だと思ってました。何度も、同じ時間を繰り返すうちに確信したんです」


 焚き火の残り火のような空気の中で、セオドアの声は淡々としていた。けれど、その一語一語には確かな重みがあった。


「未来でハルトが死ぬと、僕も死ぬ。ハルトの死を回避するには未来を変えるしかない。彼が死なない未来を作るために、僕は時間を繰り返すんです」


「あー......何だ?それは?あんたのスキルか?」


「僕に起きている現象を“ループ”と呼んでいます。そしてループは僕の意思やスキルとは全く関係なく発動します。


 魔法や呪いでもない......僕もこの現象についてはまだまだわからない事ばかりなんです。


 なんでこんな現象が起きているのか?なんで僕なのか?この時間の繰り返しに終わりはあるのか......わからない事だらけです」


「じゃあ今回のミノタウルスの襲撃はお前にとっては初めてじゃなかったのか?」


「はい......二回目です」


「一回目はどうなった?」


 ザガンは真剣な表情でセオドアに問いかける。


 セオドアは口にするのを憚れる思いであったが、ゆっくりと話し始めた。


「ベルザさんは今回同様に分断されてしまってどうなったのかはわかりませんが、僕やザガンさんを含めたベルザさん以外のメンバーは......全滅しました」


 セオドアの言葉にしばらくの沈黙が流れる。


「なるほど。だからあんたはあの状況ですぐにみんなに撤退を叫んだ訳だな......」


 ザガンの瞳が細められる。鋭く、獣のような光が宿る。


「なら聞くが──なぜヴァンベッタとグウェンを助けられなかった?」


 その一言にセオドアの額に汗が流れる。


「そ、それは......」


「あんな化け物が襲ってくるってわかってたのなら何故もっと早く行動してやらなかった」


「僕がループから目覚めた時にはすでにヴァンベッタさんはミノタウルスに......グウェンさんも止めようとしました!一回目でも止めました!!二回目も止まられなかったんです!!」


「たった二回試して駄目だっただと?」


 ザガンの表情には激しい怒りが見てとれた。


「なら何回も試せよ!!!あんたんところはまだ誰も死んでないからいいよな!!こっちは2人も......!ヴァンベッタとグウェンが死んでるんだぞ!!!」


「僕の言葉じゃグウェンさんは止められません!!!あの一瞬の間にグウェンさんを......恋人を目の前で殺された人の行動をどうやって止めろというんですか!!!」


「手足折ってでも!引きずってでも撤退させりゃよかったじゃねぇか!!!」


「そんなこと......!」


「もういい......セオドア......」


 ザガンは膝に置いた双剣に視線を落とす。


「やり直せ......」


 カチン、と音を立てて、ザガンの右手が剣の柄を握る。


 そして、そのまま静かに、剣を抜いた。


「……え?」


「あんたがもう一度死ねば、やり直せるんだろ?だったら──今ここで死ね」


 すっ……と、もう一振りの剣も抜かれ、毒の瘴気を裂くように構える。


 ザガンの表情からは怒りも、悲しみも、すべてが消えていた。


 そこにあるのは、ただひとつ──決意。


 仲間を想う者の、静かな狂気。


 セオドアはゆっくりと立ち上がり、目を見開いた。


「待ってください……そんな簡単な話じゃないでしょう......」


 セオドアに緊張の汗が流れる。


「……知ったこっちゃねえな」


 ザガンは静かに構えを低くする。まるで、野生の獣が狩りの瞬間を待つように。


「俺にとっちゃ、大切なのは“仲間”だけだ」


 そして──足音ひとつなく、ザガンが消えた。


「──くっ!!」


 セオドアは咄嗟に斧を構え、迫り来る斬撃を受け止める。


 岩壁に火花が散り、ふたりの影が瘴気の中で交差した。


 岩肌に響く金属音。斧と双剣がぶつかるたび、火花が瘴気の薄闇に散った。


 ザガンの斬撃は鋭く、容赦がなかった。《影爪穿断》――黒豹獣人特有の身体能力を活かした高速の刺突と切り返し。その一撃一撃が、殺意そのものだった。


 セオドアは必死に防ぐ。だが、斧は防御に適した武器ではない。連続攻撃を受けるたびに腕が痺れ、後退を余儀なくされる。


「やめて下さい!!!ザガンさん!!!!」


 必死に問いかけるが、ザガンは答えない。ただ、その目はまっすぐセオドアの心を見据えていた。


「あぁ!!!お前が全員を救えたらやめてやるよ!!!」


 セオドアが双剣の斬撃を続け様には避け切ったかと思うと目の前にはザガンの蹴りが迫っていた。


(この双剣は囮......!本命は蹴りだったのか......!)


 ザガンの蹴りはセオドアの顔面を捉える。セオドアは大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。


「がはっ......!」


 セオドアは痛みで顔を歪めていると容赦なく追撃の姿勢に入るザガンの姿が視界に入る。


(このままじゃ......!殺される......!)


 セオドアの脳裏にそんな考えがよぎる。


(殺されてまた、やり直す......?いや!やり直した所で、ヴァンベッタさんもグウェンさんも僕には救えない......!同じ末路を辿るだけだ......!)


 セオドアの身体から魔力の炎が火の粉をあげて、巻き起こる。


 セオドアはブレインブーストを発動させ、ザガンの攻撃を研ぎ澄まされた反射神経で避け切ると大きく距離を取る。


「それがあんたのスキルか......!


 ザガンが殺意の籠った眼差しをセオドアに向ける。


「僕は止まれないんです......!今も仲間の命が危ないんです......!ザガンさん!!どうか剣を納めて下さい!!」


「俺の仲間はどうだっていいってのか!?」


「そうじゃないですッ!僕の言う仲間は今生きている仲間たちです!!フィオナさんもドランさんも、クルムさんも!そしてベルザさんだって、今も必死であのミノタウルスと戦っているかもしれないんです!!!」


「あんたがやり直せばそんな事にもなってねぇって言ってんだ!!!」


「ループしたところで、僕にはヴァンベッタさんを救えない!!!恋人を殺されたグウェンさんを止める術はないんです!!!」


 ザガンの強烈な斬撃をセオドアはスキルで身体能力を強化しながらやっと受け止めていく。


 何度も剣戟を交える2人は次第に息を切らしていく。


 ザガンは最後の力を振り絞る様に双剣を構える。


「終わらせてやる......!」


 セオドアは苦痛に顔を歪ませながらも斧を構える。


 睨み合いになり、ザガンが最後の斬撃を放とうとしたその時だった。



「ごふっ......」



 セオドアの口から大量の血液が溢れ出した。



「......!」


 ザガンはその光景に目を見開く。


 セオドアはそのまま力無く両膝を地面につけ、斧が手からこぼれ落ち地面に転がる。


 セオドアの顔は青ざめており、どんどんと血の気が引いていく。


 ザガンは困惑した様に眉間にシワを寄せる。


(毒......?あいつは......あの時、毒消しを飲んでいる......しばらくは毒への耐性がついている筈なのに......何故だ......?)


 ザガンはセオドアから小瓶を受け取った時のことを思い出す。


 第四階層に落ちてからセオドアに渡された小瓶。自分が飲み干した後もセオドアはもう一つ小瓶を持っていた。


「セオドア......あんた毒消しは飲んだんだろ......?」


 セオドアは力無く笑みを浮かべる。


『毒消しか......第三階層までしかいかねぇって言ってたのに準備がいいな』


『冒険の書の心得に“そなえよつねに”って掲げていますからね』


 もしもの時の為に準備している装備を2つも持っている筈がないとザガンの頭の中で結論づけられた。


「まさか......!毒消しは一つしかなかったのか!?」


 ザガンの問いにセオドアは笑みを浮かべながら答える。


「はい......毒消しは一つしかありませんでした......」


 ザガンは眉を吊り上げる。


「なんで俺なんかに......!」


「ザガンさんは......この第四階層の経験者です......僕より貴方が倒れては僕達の帰還は絶望的だと思ったからです......」


 セオドアがそういうと激しく咳き込み、地面に手をつき、血液が溢れる。


 セオドアは地面に転がり、仰向けになり、呼吸を整える。


「セオドア......」


 ザガンはゆっくりとセオドアに近寄る。


「手間が省けましたね......ザガンさん......次はもう少し上手くやってみますね......」


 セオドアは力無くそう言うと、意識を保っているのがやっとなのか瞼が閉じかける。


「あぁ......」


 ザガンは双剣を振り上げる。


 セオドアは覚悟を決めて目を閉じる。



 キィンーッ!!!



 金属音が第四階層に響いた。


 セオドアは脳裏に再び流れるビジョンを待っていたが、一向にその気配はない。


 不思議に思ったセオドアがゆっくりと目を開けると。目の前には鉤爪のある手が迫っていた。


 驚いたセオドアは声も上げられずにされるがままにその手に持ち上げられる。


 ザガンはセオドアを背負うと、セオドアのマントでザガンとセオドアきつく結びつける。


 ザガンは地面に深々と刺さっている双剣に寄りかかりながら立ち上がる。


「ザガンさん......?」


 セオドアが呼びかけるとザガンは無言でセオドアを背負いながら歩き始める。


「僕を......殺さないんですか......?」


 セオドアは掠れる声で尋ねる。


「あぁ......」


 ザガンが静かに答えた。


「なんで......」


 ザガンは歯を食いしばりながら、涙を流した。


「俺は自分が不甲斐ない......!!!」


 ザガンの声が瘴気の谷に響く。


「すまない!!!俺はヴァンベッタやグウェンが死んだことをお前のせいにした!!」


 ザガンの懺悔にセオドアは微かに目を見開く。


「......考えたらわかることだ!!あんたの話を聞いたらヴァンベッタは救えない事はわかってた!!グウェンも例え俺が同じ状況に立ったとしてもあいつを止める術は俺にもねぇ!!!」


 ザガンの足元にポタポタと雫が落ちる。


「頭ではわかってたんだ......!けどよ......あいつらは俺の仲間なんだ......!失いたくなかった!そんな時にあんたのループを知っちまったら......失った責任をあんたに押し付けたくなっちまった......!」


 ザガンは男泣きしながら感情を吐露する。


「まだまだ......あいつらと冒険したかった......!!」


 セオドアも救えなかった自分の無力さに涙を浮かべる。


「謝って済むことじゃないのはわかってる......!けどよ......!もうこれ以上仲間を失わない為に力を貸してくれ......セオドアッ!!!!」


 ザガンの懇願にセオドアは小さく頷いた。



「......はい」



 ザガンはセオドアを背負いながら瘴気の立ち込める谷間を歩み始めた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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