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龍と魚と  作者: 佐々木野楓
二組の、龍と魚と
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二組の、龍と魚と①

龍華帝国皇帝、りゅう綜藍そうらんは十九歳で即位し今年二十三歳になる。一昨年、退位し隠居生活をしていた実父であり先帝あるりゅう慶嘉けいか太上皇たいじょうこうを宰相として国政に復帰させ、父と共に帝国の統治を行っていた。その宰相は、西の国から届いた書簡のせいで、半年前に西の砂漠の南の蛮族討伐へ遠征したが、半年後の冬の朝、帰国の船が港に着いたと帝都警備隊が皇帝の元へ知らせに来た。

武装のまま到着した慶嘉を、謁見の間で出迎えた皇帝は、

「太上皇、遠征ご苦労。半年ぶりの帝都は寒いだろう」

「皇帝陛下、ねぎらいのお言葉に感謝いたいます。西の砂漠に比べると、確かに寒さを感じます」

「討伐戦はうまくいったようだな。報告は受けている。これで西の国も文句は言うまい」

「しかし、族長を取り逃がしました」

「西の国の要求は、南の蛮族の勢力をそぎ取れという物だ。充分だろう」

「だといいのですが」

慶嘉の顔は浮かない。皇帝は一通の書状を取り出し、

「西の国から、先刻書状が届いた。あちらの方が戦果の知らせを早く受け取っていたようだな」

「書状の内容は?」

「西の国の女将軍率いる船団が、西の国を出港したそうだ」

「それはっ」

「遅くてもあと数日、早ければ今日明日にでも到着するだろう」

「!!」

喜び勇んで謁見の間を出て行こうとした慶嘉を、皇帝は慌てて、

「落ち受け、太上皇。まだ到着していない」

「しかしっ」

「そんな恰好でアリアに会いに行く気か?」

言われて、慶嘉は己の武装に気づき、

「………失礼いたしました」

「太上皇も帰国したばかりだ。とりあえず休め。その後は溜まった政務を片づけてほしい」

「政務は陛下にお任せしていたはずですが」

「太上皇の分はしっかり残してある」

「半年分ですか?」

「安心しろ、三か月分だ」

「………」

慶嘉は皇帝である息子へ一礼し謁見の間を出ると、後宮の『月の間』の半分を改築し作った自身の宮へ向かった。『新月の間』と呼ばれる宮には、西の離宮でも仕えてくれていた林来りんらいが白猫と共に出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。無事の御帰国お喜び申し上げます」

「ただいま、林来。白月はくげつも」

白猫に白月はくげつと名付けたのは、慶嘉とアリアである。二年半前、アリアとアルスが西の国へ出発する直前に、アリアと慶嘉が相談して決めたのだった。

白月を抱いた林来は、

「戦果を上げられたと伺っております」

「どうにかな」

「西の国も、これでアリア様と慶嘉様の事をお許しくださりましょう」

アリアが慶嘉の元へ嫁ぐ条件として、西の国は様々な要求を突きつけてきた。今回の遠征も『南の蛮族をどうにかしてほしい』という要求を受けてのものだった。

慶嘉は林来から白月を受け取り、

「ああ。既に向こうを出発して、あと数日で到着するようだ。皇帝陛下の元へ知らせが届いていた」

「本当ですか? それはよかった! やっとですね、陛下」

自分の事の様に喜ぶ林来に、慶嘉も笑って、

「ああ。やっとだ」

白月を下ろし、林来の手伝いで武装を脱ぎ着替えていると、

「ところで陛下、アリア様との婚姻の儀ですが、本当にされないのですか?」

「ああ。わたしは既に一度退位している身だし、アリアも望んでいない」

「それでは、ご到着されましたら、すぐこちらの宮へお越しになられるのでしょうか?」

「わたしはそのつもりだ」

「陛下がそのおつもりでも、あちらはどうしょう?」

「………」

「皇帝陛下はどうされるのでしょうか?」

「陛下はわたしとアリアの事より、アルスの事しか考えていないさ」

「確かに」

皇帝が赤毛の姉弟の弟に入れ込んでいる事を、周囲で知らぬ者はいなかった。

「アルス様もご一緒でしょうか?」

「そうだろう。陛下のご機嫌がよかったから」

もしアルスが一緒でなければ、溜まっている政務の量は半年分あっただろう。

「さて、執務室へ行ってくる」

着慣れた深衣へ着替え終え、そう言って部屋を出ようとする慶嘉に、

「お戻りになられたばかりですよ?」

「陛下がしっかりわたしの仕事を残してくれていたようだ。片づけてくるよ」

早く仕事を終わらせたく、慶嘉は早足で執務室へ向かった。執務室は皇帝と共用している。その方がはかどるからだ。執務室へ入ると、既に皇帝が机に向かっていた。

「もう来たのか? 休んだらどうだ?」

「早く片付けたい」

「それはそれは」

「藍華もそうだろう?」

執務室には二人しかいない。父親に幼名で呼ばれた皇帝は、

「父上、顔が笑っているぞ。意地が悪い聞き方をするな」

「ふふふ」

慶賀は笑いながら椅子に腰を下ろし、置かれていた書類を手に取った。

二人で黙々と書類仕事をしていると、侍従が入ってきた。

「両陛下にお伝えします。港に西の国の船団が到着しました」

書類から顔を上げた皇帝は表情を変えずに、

「わかった」

と簡潔に答えたが、侍従が部屋を出ていくなり皇帝と太上皇は音を立てて椅子から立ち上がり、

「待つのか?」

と問う慶嘉に、皇帝は、

「まさか。見に行くさ」

「見に行く? 迎えに行くのではなく?」

「本当は宮殿で待つのが作法だ」

「待てない」

「だろう? だからこっそり見に行く。父上も行くだろう」

「もちろん」

「だったら、もう少し目立たない服に着替えよう。深衣など街の者は着ていない」

皇帝の忠告に従い、さん、それに冬用の丈の長い外套に着替えた二人は、皇帝直属の配下である円李えんりと共に宮殿をこっそり抜けだした。街へお忍びで出かけた事がない慶嘉は、息子の手際の良さに驚きながらも、以前皇帝が、抜け出してはアルスに会っていたと言っていた事を思い出した。

「港までは距離がある。乗合馬車に乗ろう」

「乗合馬車? わたしは初めてだ」

「安くて便利だ。治安が悪い時代は客も少なかったが、父上が統治していた頃に、帝都警備隊の不正と怠慢を罰し、体制の立て直しと帝都内の治安回復をはかっただろ? その頃から女子供おんなこどもの利用も増え、より使いやすくなった。たまに乗ると街の様子がよく分かる」

「そうか。それはよかった」

「己の功績だろう? もう少し自覚を持て」

素っ気ない言い様だったが、息子なりに褒めてくれているらしい。

「………そうだな。ありがとう、藍華」

素直にそう言うと、皇帝は頬を染め、

「ほら、行くぞ」

父親を急かした。

十人乗りの乗合馬車に乗り港へ到着すると、大勢の帝都民が集まっていた。

「すごい人だ」

思わず呟く慶嘉の腕を皇帝は引っ張り、

「こっちに高台があって見やすい」

引っ張られてついて行くと、言った通り高台になっており、港の全貌が見渡せた。港には、二本のマストを持つ西の国の大型船が五隻あった。既に船は桟橋に接岸し、荷卸しが始まっている。

「一番右の船の上に、アイシャ殿下がいるぞ」

皇帝が指差す方向を見れば、赤毛の女性が男たちに何やら指示を出している姿があった。

「アリアたちはいるか?」

「見えない。アルスもいない。まだ船室かもしれないな」

そうして見ていると、港に集まっている人々が声を上げた。

「藍華様、あそこです」

円李が二人に指で指し示したのは桟橋で、そこに赤毛の二人の姿があった。

「アリアだ」

「アルスだ」

親子が同時に呟く。

桟橋に降り立った二人は、遠目から見てもその赤毛が目立っていた。西の国の装束を着た二人は、炎の様なその赤い髪を結わず背に流していた。その髪は、アリアは背の中ほどだったのが腰まで伸び、肩につく長さったアルスは背の中ほどまで伸びている。海風が吹いて二人の髪が巻き上がる。その様に人々はまた声を上げた。

「どこへ行く、父上」

歩き出した父親の腕を掴み引き留める息子に、慶嘉は、

「もう少し側に行きたい。ここでは顔がよく見えない」

「これ以上は駄目だ」

「藍華っ」

「俺だって我慢しているんだぞ!」

「………わかった。すまない、藍華」

「ったく。アリアの事になると大人気ない」

「藍華こそ」

「俺はちゃんと我慢している」

「本当に我慢していたら、ここまで来ていないだろう?」

藍華はそれには反論せず、二人は黙ったまま桟橋の赤毛の姉弟を見つめ、

「アリアは少し背が伸びたようだ」

「アルスもな」

「二年半ぶりだ」

「長かった」

皇帝の声には吐息が混じった。

「長かったな」

慶嘉も同意し、やはり大きな溜息を吐いた。

「藍華様」

円李の呼びかけに皇帝は頷き、

「そろそろ宮殿へ向かうだろう。父上、その前に帰るぞ」

「…………ああ」

名残惜しいが、慶嘉は皇帝と共に宮殿へ戻った。

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