第九話
「や~ん!蜜葉可愛い綺麗美しい!別嬪さんやな!…あ、洋服だけの話ちゃうで?」
「め…滅相もありません…。」
私は全身着せ替えられ、雪也さんの隣に立っていた。西洋から取り入れた図案を採用した衣服は、着物とはまた違う着心地がして、少しそわそわする。今いる通りには洋服を着ている人がほとんどいないため、視線が気になる。
「物珍しいものは見たくなるのが人ってもんや。気にせんと、蜜葉は世界で一番かわええで、自信持ち。」
雪也さんは帽子を被り直すと、何事もなかったかのように私の手を繋ぐ。今日は彼も洋服を着ているため、私たちは二人そろって西洋文化な佇まいになっているだろう。
宝飾店、百貨店で身なりを整えた私たちは、再び馬車に乗り込み次の場所に向かった。
「次はどちらへ?」
「劇を見に行こうと思うんや。」
「劇と言いますと、歌舞伎ですか?」
「歌舞伎もええんやけどな、今回はちゃうで。オペラを見に行くんや。」
オペラとは確か、音楽と演劇を合わせた舞台のことだったはず。貴族だった時代には学校にも通っていたため、オペラに関する軽い知識だけはあった。実際には見たことも聞いたこともないけど、未知の世界への好奇心は膨らむ一方だった。
「京之宮の朝草劇場ってとこでやってるんやけどな、最近特にオペラが活性化してるみたいで。是非蜜葉と見たいと思ってん。」
「へえ…学生時代に、オペラのことは少し聞いたことがあります。楽しみです。」
◇◇◇
朝草劇場は、西洋の建造物の特徴をふんだんに取り入れた建物だった。昔絵で見た西洋のお城のような見た目をしており、不思議と胸の高揚感を誘われるのだった。とは言っても、そこまで大きな建物ではなく、収容人数もそこそこらしいとは雪也さんの話。
入場券を受け取り、受付を通して通路を歩く。雪也さんが事前に予約をしていたみたいで、受付は滞りなく行われた。絨毯の敷かれた廊下を歩き、開け放たれた大きな扉を2人でくぐる。指定された席を探し出し、私たちは着席した。
大きな舞台と厳かな会場を前に、私は思わず周りを見渡してしまう。行儀は良くないかもしれないけど、好奇心に勝てずに全体を眺める。
「オペラっちゅうもの自体は数百年前からあるんやけどな、日ノ本の国で広がったのはここ数十年くらいの間の話や。」
小さく控えめな声で話す雪也さんの声に釣られて、私は視線を右隣の席に移す。
そもそもオペラが京之宮の劇場で演じられるようになったのは五年ほど前から。今いるこの朝草劇場が最も規模が大きく有名で、オペラといえば朝草劇場と言われるほどになったのだとか。
貴族だった時代、家族で劇を観に行った事があるけど、あれは確か歌舞伎だった。父の仕事の関係者に招待されて行ったもので、どちらかというと劇を楽しむ目的で行ったのではなく父の仕事の都合で行ったものという認識が強い。
「日ノ本の国における一番古いオペラの記録は1890年、南部にある長ケ崎っちゅう都市にある小さな西洋館で行われた…」
「あ、それ聞いたことあります。”聖剣士の杯”という、西洋で有名な冒険譚を子供向けに解釈したものを劇にしたんですよね。」
「お、なんやよう知っとるやん。密葉は博識やんな、すごいすごい。」
「い、いえ。学生時代に聞き齧った程度の知識です。偉そうにすみません。」
「なんで謝るん?知識があるのはええことや。誇り。」
「それに俺、楽しそうに喋る蜜葉のこと見るの好きやし、そんな蜜葉とおしゃべりできるんのも嬉しいねん。」
たまたま知っていて答えられる話題だったから、思わず雪也さんの言葉を遮って喋ってしまった。そんな私に怒るでもなく、彼はただひたすら感心を示しているだけだった。
「蜜葉の学生時代っていうと、良妻賢母を目指すような花嫁修行的な事が主軸やったんかな。」
「そうですね。夫を献身的に支え、子供のために尽くす。そんな女性が理想であり、素晴らしいと学んできました。」
学校では家事、裁縫、礼法を中心に、一般教養とされる文学や算数を学んだ。数年前の出来事だけど、昨日のことのように思い出す事ができる。学校は嫌いじゃなく、むしろ楽しんで通っていた。まあ、父の事業の失敗によって家が潰れて、学校にも通えなくなったけど。
「ほーん。まあ、どういう嫁さんが良いかどうかは各家庭のことやから意見するつもりはないけど…。」
「?」
「これからの時代は女も仕事するし、男も家のことやっていく時代になる…と俺は勝手に思ってるけどな。」
雪也さんは何か思う事があるらしく、この先の未来の話をしてきた。確かに最近、女性の実業家の方の話を耳にした記憶がある。私も雪也さんのために何か仕事ができないか、考えたこともある。知識も技術もない今の私にはできることがないかもしれないけど、何か勉強を初めても良いかもしれない。
などと、話題を二転三転しているうちに、オペラの上演時間十分前になった。事前に購入した小冊子を眺めつつ、私はこれから始まる演劇に思いを馳せた。




