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第五話

二週間後、雪也さんは今日お仕事がお休みの日らしい。だけど、家には彼の部下である角嶋勝かくしま まさるさんという方がいらっしゃっている。何故かというと…


「こちら、全て金剛石となっております。西洋の言葉で言うところの、ダイヤモンドです。」

「あわわ…。」

「好きなだけ選び。その分装飾品にしたるからな。あ、でも、指は足も含めて二十本、首は一つしかないから、そんなに多く作っても使えんな。」

「何で一度に全て使う前提なんですか、二十日に分けて使えばいいでしょう。」

「お、それや。角嶋クン天才言われるやろ?」


私は目の前に広がる煌びやかな宝石の数々に、眩暈を覚えていた。かつての茅吹家であっても、こんな多くの宝石を見ることは叶わなかっただろう。これが、篠崎家の…いや、雪也さんの力と言いますか、彼の仕事の功績と言いますか。


目の前に広がる非現実的な光景に、思わず早苗さんの姿を探してしまう。彼女は私専属の使用人ではあるけど、常に一緒にいるわけではない。おそらく現在が廊下で待機しているのだろう。


現実逃避をしていても仕方がないので、私は目の前に視線を向ける。


(きらきら、ぴかぴか…。)


出てくるのは、小さな子供がビー玉に対して抱くような感想だけだった。確実に頭が働いていない。


「あの…他のも見せていただけますか…。」

「かしこまりました。どのような宝石をご所望でしょうか?」

「えっと…色のあるやつも見てみたいです。赤とか、青とか。」


辛うじて動く頭を使い、私は言葉を繋いでいく。隣で雪也さんはあれでもないこれでもない

と色々物色をしている様子。そんな私たちを他所に、角嶋さんは別の箱を取り出す。


「こちらは紅玉、ルビーと呼ばれる宝石です。こちらは蒼玉、サファイアです。他にも柘榴石、赤珊瑚、瑠璃などもあります。」

「あ、ありがとうございます。まず、この蒼玉を見せていただきますね…。」


私は宝石に触れないように気を付け、箱の中を覗き込む。深い海のような青が並んでおり、まるで宝石たちも私を見つめているかのように感じた。息をするのも憚られ、私は思わず息を止める。


「蒼玉にするんか?宝石には石言葉っちゅう花言葉みたいなもんがあってな、蒼玉には誠実とか博愛って意味があるんや。」

「なるほど…宝石にちなんだ言葉で選ぶのも一つの手ですね…。」

「神聖とか守護って意味もあってな、海外では権力者を守るなんて言い伝えもあるらしいで。」


そう言いながら、雪也さんは手袋をして蒼玉を一つ掌に乗せて私に見せる。少し紫っぽくも見えるそれは、手の中でころころと転がり輝いている。

蒼玉に関する言い伝えを聞くと雪也さんにはぴったりなのかもしれないけど、私には合わない気がした。


「雪也さんは…どんな指輪にしたいって理想はあるんですか?」

「俺か?蜜葉のしたい指輪が俺の欲しい指輪や。」

「そ、そうですか…。」


何故雪也さんは、こんなにも私を甘やかして優しくしてくれる姿勢を崩さないんだろう。

初めて会ったその日に、『以前見かけた私に一目惚れした』とは言っていたけど、あれは本当のことだったのだろうか。私は勝手に、手っ取り早く爵位を貰うための方便だと思ってしまっていたけど。


チラッと彼のほうを見てみる。視線が合って、思わず急いで目を逸らす。彼は何も言わないまま、ニコニコと笑顔を絶やさない。

心臓の高鳴りを誤魔化すように、私は宝石に視線を向ける。その視線の先にある宝石に、私は思わず息を呑んだ。


そこには、一つの紅玉が佇んでいた。他にも紅玉はあるはずなのに、私にはそれが一際輝いて見えた。私の視線に気が付いた雪也さんが、その先にある紅玉を手にする。


「ほう、蜜葉は目がええな。これは紅玉の中でも一級品や。」

「そうなんですか?」

「大きさ、輝き、濃淡…どこを取っても文句の言われようがない一品なんや。」

「でも、大きすぎて指輪には出来なさそうですね。それに、良い品ってことはそれだけ値も張るでしょうし…。」


その私の言葉を聞き、雪也さんはぷううっと鞠のように両頬を膨らませて拗ねてしまった。


「蜜葉はお金の心配はせんでええんや。自分が欲しいと思う宝石選んだらええ。」


そんな彼の姿を見て、私は自分の言動を恥じた。確かに、今この状況で値段の話をするのはいやらしかったかもしれない。それに、彼の部下である小野さんの目もあるから、私は素直に欲しい宝石を選ぶ妻に徹するのが、彼にとっても理想の姿なのかもしれない。


とは言っても、即決したり大量買いする代物ではないため、そんな簡単には決められない。

あれこれ思考を巡らせているけど、私はさっきの紅玉が気になって仕方がなかった。


「…私、先ほどの紅玉が気になって。」

「素直でよろしい!…ちなみになんやけど、何にそんな惹かれてるん?」

「えっと…言っても怒りませんか?」

「怒られるような内容なんか?」


そういう訳ではないけど…。私は照れる気持ちを隠しつつ、思っていることを素直に口にした。


「雪也さんの瞳みたいで、綺麗だなって思ったんです。」


「………。」

「………。」

「…あの。何か言ってください。」

「そ」

「そ?」

「そんな嬉しいこと言われたら、なんぼでも買うたるがな…。確かに大きめではあるけど、指輪の設計次第ではいけんこともないと思う…。」


そう言うと、雪也さんは角嶋さんと話しを始めた。何やら私には分からない単語が飛び交っており、私は再び宝石へ視線を戻す。


昔一度だけ、茅吹家に宝石や装飾品の外商が来ていた時のことを思い出した。私は使用人に面倒を見てもらっていたけど、その時どうしても宝石を見たいと我儘を言い、両親は少しの間だけ商談中の部屋に通してくれた。

その時に見た景色と、今目の前に広がる景色が重なる。あの時は、父の事業も軌道に乗っていて、私は貴族令嬢という立派な肩書きを有していたっけ。


「蜜葉~。」

「はい!?」

「上の空やけど平気か?体調悪いか?」

「大丈夫です!すみません…。」


物思いに耽ってしまい、雪也さんの声で意識が現実に戻る。


「蜜葉が嬉しいこと言うてくれたから、俺も同じ理由で宝石選ぼかな~って!」

「私の目の色…ですか?」

「おう、蜜葉の綺麗な緑色の目と同じ色の宝石、選びたくなってな!お揃いにするために同じ紅玉から選んでも良かったけど、せっかくならこういう選び方もええかな思て。」


そう言いながら、雪也さんは緑玉を取り出しては私の目と比較して戻していく。

しばらくして三つにまで絞れたらしく、どれにするか唸りながら決めあぐねていた。


「これは少し青が多い気がするし、こっちは理想だけど少し大きすぎるか?うーん…。」

「…。」


こんなにじっくり目を見られたことはなかったから、視線をどこにするべきなのか正解が分からない。あまりきょろきょろしてもいけないだろうし、私はじっと耐えながら部屋の一点を見つめる。


「んんんんん…これや、これや!これにする!」

「決まりましたか?」

「春の新緑を思わせる綺麗な緑、まさに蜜葉に合う色やと思う。」


宝石を選び終えた私たちは、指輪の図案をいくつか見せてもらい、三つ目の案の指輪に決めた。直線が綺麗な指輪の中心に、それぞれ選んだ紅玉と緑玉をあしらう。その両端には金剛石を埋め込み、控えめながら満足のいくものになった、と雪也さんは語る。


(私的には、大きな宝石が一つあるだけで豪勢なものに見えるけど。これで控えめなんだ…。)


笑顔を絶やさないまま、雪也さんが私の方を向く。


「楽しみやな、蜜葉!」

「ええ、そうですね。」


彼が楽しそうにしているのを見て、私も心の内が温かくなっていくのだった。

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