第十一話
雪也さんとのデエトからしばらく経ち、外には雪が降り始めた。積もるほどでは無いけれど、本格的に冬が訪れ始めた。
そんなある日の夜、自室にいた私は早苗さんとの会話で雪也さんの帰宅を知った。
「雪也さんが、部屋で泥酔している…?」
「左様です。足羽様と豊川様と先程まで飲みに行っていたみたいです。今し方帰宅し、自室で潰れていると武邑が言っていました。」
早苗さん曰く、雪也さんは寝室のベッドに沈み、ただひたすら独り言を言いながらゴロゴロと転がっているらしい。たまに気が抜けて蛇の姿に戻ったり、正気になって人の姿になっているという。その部分だけ話を聞くと、何かそういう怪異なのかと思ってしまう。
「ちょ、ちょっと様子を見てきますね。」
「承知しました。何かあれば呼びつけてください。おそらく、寝室の前には武邑が待機しているはずですから。」
私は軽く頭を下げ、自室を後にした。どんな飲み方をしたのかとか、友人たちと何を話したのかとか、悪酔いをしないといいなとか、色々気になることはある。会話ができる状態なのかは不明だけど、様子を見ないと何も分からない。私は少し歩く速度を早め、雪也さんが怪異と化している寝室に向かった。
◇◇◇
「雪也さん、調子はどうですか。」
「おう、克之介か。帰ったんやなかったのか。今日は泊まりか?」
「蜜葉です。足羽さんはご自宅のはずですよ。お水飲みますか?」
「そうか、銀だら西京焼き定食か。」
「何も話が繋がっていません。しっかりしてください雪也さん。」
「………。」
「あっ!いつの間にか蛇の姿に!」
泥酔している雪也さんは、前後不覚どころの話ではなかった。話は二転三転し、気が付いたら蛇の姿になって布団の上をうねうねしている。とりあえず私は寝台の縁に座り、蛇の姿の彼を抱き抱えて布で包んだ。いつだったか、蛇は変温動物なのだと話す彼を思い出す。
「…ぷにぷに。」
私はむにゃむにゃ言っている彼の蛇としての体を撫で、鱗に指を這わせる。雪を彷彿とさせるその白い体は、まさしく彼の名前を冠する雪そのもののようだった。
「…雪也さん、幼い私のお気に入りだったおもちゃの指輪、持ってたりしませんか?」
返事はなかった。昔、私は白蛇を助けたらしいけど、その時の記憶はほとんどない。貴族だった時代に行った、数週間の冬の旅行。その時に助けたらしい白蛇。蛇の状態の雪也さんを撫でていたら、以前病院で母が話してくれた過去の話を思い出した。
「かつのすけ…こん…。」
「…わ!いつの間にか人の姿に!」
白蛇を撫でていたはずの私は、気が付いたら雪也さんの頭を膝枕にした状態でその白い髪を撫でていた。雪也さんは友人たちの名前を呼びながら、ポツポツと言葉を繋いでいった。
「俺は…になったら…あの子に…やろな…。」
(あの子?)
「一目惚れやったん…俺が…絶対…にしたるって…。」
彼が発したのはたった二言だった。だけど、彼の頭を撫でる手を止めるのには充分すぎる発言だった。
雪也さんには再会したい想い人がいて、その人のことは一目惚れだった、らしい。
雪也さんと私の結婚は、ある種の契約結婚だった。母の治療を約束する代わりに、私は爵位を彼に譲る。それがこの婚姻関係の始まりだった。
自分でも割り切ったつもりでいた。彼が私を利用するなら私も彼を利用するまでと思っていた。でも、彼との思い出が増えていくたびに、私の心にはどうしようもない感情が芽生えていた。そんな気持ちに見て見ぬふりをし、気付かないようにしていた。
(私、雪也さんのことを本気で_)
その先の言葉は続かなかった。涙は出なかったけど、心にぽっかりと大きな穴が空いてしまったような気分だった。この気持ちを自覚しないまま、彼のことを利用するだけ利用できる冷徹な女でありたいと思ってしまった。
だけど、今の私にそんなことはできない。彼が私のために何かしてくれるたびに、私も彼の力になりたいと思うようになっていた。些細なことでもいいから、彼の隣に立って、妻として支えたいと思うようになっていた。
でも、彼が隣に望むのは私じゃない。
私の膝に頭を乗せて寝息を立てている雪也さんを前に、私はどうしようもなく悲しい気持ちになってしまうのだった。
◇◇◇
「………ん。」
「…あ、雪也さん。起きましたか?」
「んん。あれ、蜜葉、俺昨日克之介と紺と飲んで、解散して、それで…?」
「ご帰宅後、寝室に直行し寝台でゴロゴロしながら人になったり蛇になったりしてましたよ。」
「何その俺怖。もはや怪異やん。」
次の日の朝、私は何事もなかったかのように振る舞った。早朝から再度寝室前で待機してくれていた武邑さんに声をかけ、水を持ってきてもらうように頼んだ。悪酔いはしていないみたいで、とりあえず安心をした。
そう、私はこれを選んだ。”今まで通りに彼に振る舞う”こと。ただし、近づき過ぎず離れ過ぎずの距離を保つこと。いつか雪也さんの思い出の人が見つかるかもしれない。その時、彼の隣に立つべきは私じゃない。
(だけど、その時が来るまでは、彼に恋することを許してほしい。)
「俺、なんか変なこと言っとらんかった?」
「…いいえ?ゴロゴロしていたかと思ったら、すぐ寝てしまいましたから。」
「………。…そうか。」
私は心を押し殺すように、両手を胸の前でぎゅっと握る。体温が移った薬指の指輪が、鈍く光った気がした。




