第24話-2◆ここは勝った
敵を斬るな。
足元だ。
白い外套の人物の影の下、床に残った術式核。砕いた装置から逃げた線が、最後に結び直された場所。
俺はそこへ踏み込んだ。
膝が折れそうになる。
リリィの手が震える。
エイヴァの羽が一枚、抜けかける。
それでも、線は切れない。
「グロー!」
「見てろ」
斧を振り下ろす。
白い外套の人物が手を伸ばした。
遅い。
斧の刃が、敵の体ではなく足元の白い核を砕いた。
白い音がした。
変な言い方だが、そうとしか言えない音だった。石が割れる音でも、金属が折れる音でもない。長く張られていた糸が、ようやく自分の持ち主を思い出して切れたような音。
床の白線が逆流した。
ただし、リリィへではない。
国境砦の石組みへでもない。
割れた床へ、土へ、外へ。
測る線が、道を開く線に変わっていく。
白い外套の人物の手袋が裂けた。銀糸がほどける。外套の裾が、内側から崩れるように白い灰へ変わった。
「不純な……」
「余計じゃないって言っただろ」
俺は息を切らしながら言った。
リリィが、斧へ通した線を自分の手元へ戻す。
エイヴァが小さく呻く。
「戻し方が少し雑だねえ」
「ご、ごめん」
「いいよ。雑でも、自分で戻したなら上出来だ」
白い外套の人物の薄布が裂ける。
だが、その下に顔はなかった。
いや、あったのかもしれない。見えた瞬間、白い線が崩れて、形がほどけた。人の体というより、外套と札と声を組み合わせた器のようだった。
俺は斧を構え直そうとした。
腕が上がらない。
白い外套の人物は、崩れながらも笑った気がした。
「現場器は、ここまでですか」
「何だと」
「記録は、すでに渡りました」
声だけが、白い線の残りから響く。
外套は崩れているのに、声だけがまだ残っている。腹立たしい。
「どこへ」
「国境の向こうへ」
リリィが息を吸う。
「姉さんは」
白い声が、淡く揺れた。
「探せばよいでしょう。測られながら」
「黙れ」
俺は斧を上げようとした。
上がらない。
代わりに、ベルニーの矢が飛んだ。曲がった矢だ。それでも、白い声の残っていた札を射抜いた。
白い札が割れる。
声が消えた。
エイヴァが低く言う。
「逃げる声だけは達者だね」
崩れた白い外套の中には、何も残らなかった。
白い布。
裂けた銀糸。
割れた札。
それだけだ。
死体はない。
本体を倒したわけではない。
だが、国境砦にあった白い線は消えていく。白い腕章の者たちは動けない。国境兵たちは混乱している。白い巡礼団の通行札は、床に散らばっていた。
ここは勝った。
全部ではない。
でも、ここは勝った。
リリィがふらついた。
俺は支えようとして、自分もふらつく。
結局、二人ともよろけた。
「おい」
「ごめん」
「謝る前に立て」
「グローも」
「俺は立ってる」
「斜めです」
「斜めでも立ってる」
エイヴァがリリィの手の中で、かすかに笑った。
「どんぐりの背比べみたいな意地だねえ」
「鳥は黙って寝ろ」
「寝たら落とすだろう」
「落とさない」
「前科があるからねえ」
「どの前科だ」
「たくさん」
バランが剣を下ろし、肩で息をした。
「終わった、ということでいいのかな」
「ここはな」
俺は言った。
バランは少し笑った。
「君らしい、景気の悪い勝利宣言だ」
「景気がいいなら金をくれ」
「急に生々しいね」
「ずっとだ」
ベルニーが床に散った札を拾い始めていた。
白い札。焼け焦げた紙片。銀糸の切れ端。半分割れた木札。通行記録らしい薄い板。
「記録」
ベルニーが短く言った。
リリィの顔が上がる。
俺はリリィを見た。
「歩けるか」
「歩ける」
「嘘か」
「少し嘘」




