第24話-1◆見てろ
白い線は、もうリリィだけのものではなくなった。
斧と、小さな羽と、震える手が、同じ光を握っていた。
白い外套の人物が、初めて一歩だけ下がる。
ほんの一歩だ。
だが、さっきまで俺たちを札か荷物のように測っていた相手が、測り損ねた。その事実だけで、胸に残った痛みが少しだけましになった気がした。
実際には、ましになっていない。
息をするたび、胸から肩へ焼き付いた白い筋が引きつる。斧の柄を握る指も、少し遅れてついてくる。体の中に混じった他人の命令が、まだ俺を動かしにくくしていた。
腹が立つ。
俺の体を勝手に使おうとするな。
「不純です」
白い外套の人物が言った。
薄布の奥にある顔は見えない。だが、その声には、はっきりと嫌悪が混じっていた。
「片翼の反応に、余計なものが混じっている」
「余計じゃない」
俺は斧の柄を支えに、片膝から立とうとした。
膝が笑う。いや、笑うほど余裕はない。ただ、言うことを聞かない。
リリィが俺のそばで息を吸った。
涙の跡が頬に残っている。右足はまだ痛いはずだ。白線の反動で、指先も震えている。それでも、目だけは敵を見ていた。
「余計じゃない。グローも、エイヴァも、わたしのです」
「物みたいに言うな」
思わず言うと、リリィは一瞬だけ困った顔をした。
「じゃあ、仲間」
「それでいい」
「訂正が早いねえ」
リリィの手の中で、エイヴァが片目を開けていた。
羽はしぼんでいる。飛ぶどころか、まともに立てるかも怪しい。それでも口だけは動く。
「そうだね。アタシは高級な余計者だよ」
「高級なら売れるのか」
「売るんじゃないよ」
「担保もなしだ」
「当然だね」
リリィが泣いた顔のまま、少しだけ笑った。
その瞬間、三人をつないでいた白い線が細く落ち着いた。
怒りの暴走ではない。
泣きながらでも、リリィが自分で握っている線だ。
白い外套の人物が、その線を見た。
「混ざれば、濁ります。濁れば、測定値は落ちる」
「なら好都合だ」
俺は言った。
「おまえらに測られるために生きてるわけじゃない」
「測られないものは、通れません」
「通る場所も、こっちで決める」
白い外套の人物の手袋が、ゆっくり開いた。
床に残っていた白線が、また動き出す。
ただし、今度はリリィ一人へ向かわない。俺の斧へ。エイヴァの羽へ。リリィの手へ。三つをまとめて絡め取ろうとしている。
エイヴァが舌打ちみたいにくちばしを鳴らした。
「こいつ、三人ごと測る気だよ」
「できるのか」
「やろうとしてる時点で腹立たしいね」
「成功したら」
「君の斧も、アタシの羽も、リリィの片翼も、まとめて向こうへ引かれる」
「最悪だな」
「まだあるよ。君は重い」
「今それか」
「向こうも困るだろうね」
白い線が足元を這う。
俺はその流れを見る。リリィへ直接来る線。俺の斧の柄に触れようとする線。エイヴァの羽先を探る細い線。全部が床の割れ目へ集まっている。
敵本体を斬るより、その線の足場を壊す方が早い。
だが、今の俺に何度も斧を振る余裕はない。
一回だ。
一回で決める必要がある。
バランが、入口側で剣を回した。
白い腕章の者たちは半分吹き飛ばされ、国境兵も混乱している。だが、まだ完全に終わってはいない。白い外套の人物の後ろには、門奥へ細く伸びる線が一本残っている。
逃げ道か。
声だけ逃がす道か。
どちらでもいい。切らないと面倒が残る。
「さて」
バランが息を吐いた。
「最終幕なら、ぼくの出番だろう」
「最後までうるさいな」
「うるさいだけじゃない。目立つ」
「それは同じ」
ベルニーが矢を一本だけ手に取った。
背の矢筒はほとんど空だ。残っている矢も、曲がったものや羽根の欠けたものばかり。その中で、一本だけまっすぐな矢を選んでいる。
バランが笑った。
「今は褒めてくれ」
「終わったら考える」
「その返事、意外と希望があるね」
「早くして」
「はいはい」
俺は白い外套の人物の後ろを見る。
細い線は、外套の裾から門奥へ伸びている。光は弱い。だが、そこだけ流れが違う。攻める線じゃない。逃げる線だ。
「ベルニー」
「見えてる」
「一本か」
「一本」
「外すな」
「そっちも倒れないで」
「無茶を言うな」
ベルニーの口元が、ほんの少しだけ動いた。
笑ったのかもしれない。たぶん違う。だが、今はそれでいい。
エイヴァがリリィの手の中で羽を震わせた。
「一回だ」
「ああ」
俺は斧を持ち上げる。
重い。
いつもよりずっと重い。
手の中にあるのは斧の柄だけじゃない。胸に残った白線の痛み。リリィの震え。エイヴァのしぼんだ羽。全部がつながっている。
「一回で済ませな。二回目はアタシが寝る」
「もう寝てろ」
「勝ってから寝る」
「張り合うな」
「君もね」
リリィが小さく頷いた。
「わたしが決める」
その声は、まだ少し泣いていた。
でも、はっきりしていた。
「怒ってる。でも、持っていかれない。グローに渡す。エイヴァに整えてもらう。わたしが、そう決める」
白い外套の人物が、その言葉に反応した。
「片翼を、斧に流すなど」
「使い道はこっちで決める」
俺は言った。
「わたしが決める」
リリィも言った。
「少しはアタシも決めてるけどね」
エイヴァが小さく続けた。
バランが、こんな時に本気で感心したような声を出す。
「今の決め台詞に混ざる勇気、すごいね」
「黙れ」
「撃つよ」
ベルニーが言った。
「撃て」
俺が言うと同時に、バランが前へ出た。
派手だった。
最後まで、腹立たしいほど派手だった。
剣の軌道も、踏み込みも、白い外套の人物へ向ける笑みも、全部が場の中心を奪う。白い外套の人物の注意が、わずかにバランへ向いた。
「ぼくを測るなら、丁寧に頼むよ。高くつくからね」
「不要です」
白い線がバランへ伸びる。
バランは避けない。
剣で受ける。
白い火花が散り、バランの腕が震えた。だが、下がらない。目立つだけじゃない。あいつは、こういう時にちゃんと前へ出る。
ベルニーの矢が放たれた。
真っ直ぐではない。
床に一度当たる。割れた石片に跳ねる。白い線で歪んだ空間を読んだ矢は、ありえない角度で白い外套の後ろへ抜けた。
細い逃げ線を、射抜く。
音は小さかった。
だが、白い外套の人物が初めて肩を揺らした。
「そこを」
「読んだ」
ベルニーが短く言った。
次は、俺だ。
エイヴァが羽を震わせる。
リリィの白い線が、細く絞られた。
怒りの太い線ではない。泣き叫んで砦を壊す線でもない。糸のように細い。だが、強い。俺の斧の柄へ、刃へ、腕へ通る。
胸の白線が痛む。
痛みが、逆に位置を教えてくれた。




